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2018-08-12 読書日記 〜喜びのツボ

[] 05:35 読書日記 〜喜びのツボ - 堀井の「居間 客室 読書室」 を含むブックマーク

f:id:horii888888:20180812053529j:image

            <「好き嫌い」と才能 楠木建 編著>より

   * 随想日記の楽しみのツボ

 「好き!」と実感できるには、1万時間、10年は要しただろうか。

それでも素直に好きと言えないところがある。毎日毎日、底の浅い自分と向き

合うのも… しかし底を見つめ直す機会になっている。出たとこ勝負のテーマ

素材探しも、全神経をはったり、緩めたの中で可能になる。書き終えて、信濃川

へ向け解放されるポタリングの早朝の霊気は心地よい。 その前に、テーマ

ついて、まず自分が「わかった」「おもしろい」の瞬間がないと、数年後の私に

伝わらない。だから、浅い理解、小さい感動としても、己の振動が必要である。

「だから何になる?」など論外。面白いから、好きだから以外の何ものもない。

その後のポタリングを含めた早朝の3時間セットの他は、「おまけ」という感覚。

(「おまけ」あればこそだが、その達成感で元をとっている。)

   〜その辺りから〜

≪◉ 楠木: 常日頃見たり聞いたりするなかで自分の興味関心に引っかかったり

 する出来事や現象からロジックを思いついていくのが好きなんですね。データ

ベースとか体系的に収集したデータセットではなく、偶然出会った素材や事例が

自分の考え事のタネになり肥料になる。自分のアタマにある好き嫌いフィルター

を通じて自分の思考に入ってきた現象をじっくり考え、そこにどういうロジック

があるかを考える。これが僕の仕事の基本動作です。 

司会: 〜米倉誠一郎先生との対談で喜びのツボの話が出ました。青島先生の喜びは

源泉に近い川上にあり、米倉先生は河口。楠木先生は中間という比喩でした。〜

◉ 楠木: 学者ごとに喜びのツボは違っていて、どんな時が楽しいのか、青島君

 に聞いたことがある。そうしたら、「わかった!」という瞬間が一番楽しいと。

これは僕の推測ですが、彼にとっては「わかった!」という感動がというか、

精神の高揚さえあれば、あとは全部「おまけ」なんじゃないかと。誰かに認め

られるかどうかはオマケ、付け足しのようなもの。自分が面白いと思ってる

ことを届けて、相手が面白がってくれれば最高です。僕が好きなのは定量的な

実証研究ではなく、事例の断片から自分の論理を組み上げていくような定性的

な研究ということです。30歳半ばで開き直って、「掲載されなくても結構、好き

なように書こう」となりました。これが、「定性復古の大号令」。発令された

ことは僕以外の誰も知らないことですが。

◉ 楠木: …芸風は一つしかない。自分の好き嫌いのツボと心中する覚悟で

 やらないと、努力の娯楽化という好循環は生まれないし、良い仕事が出来ない

じゃないか。つまり、自分の芸風を知るとか、自分の土俵が分かてくることは、

土俵の外にアルモノを捨てるということ。何かを得るということは、常に何かを

捨てているわけです。考えてみれば、これは実は、すごく人間にとって自然な話

になる。≫

▼ 上記は、17年間、一日一テーマで6千数百を書きつづけられた有り体その

 ままが、表現してある。ここの小項目に「読み、書き、推敲」が好き。」と

ある。何のためでなく、この面白さが、教養ベースの蓄積の実感があるため。

これを続けていると、過去文と、書上げた文章との偶然の出会いがシバシバある。

他にも多々、「意味ある偶然の一致」の機会がある。偶然と必然の境目が何とも

考えさせられる。 それと自分とは、そもそも何とは何ぞや? 何者でもない

多重性格者? 単純でいて、小難しくて、いい加減で、怠け者で… 

・・・・・・

5993,幸せの確率 ー1

2017年08月12日(土)

          ー幸せの確率 あなたにもできる!  内山直 (著)

   * アーリーリタイアのすすめ ―

 新潟の医師が開業12年後の40歳後半でリタイア。医院は後輩医師に任せ、

悠々自適の第二の人生を始めて1年余り経って、この本を出版した。内容は

さすがにシリアスで、長期的天引き預金と、硬い投資を勧めている。

私の場合、引き足が遅く、母親を見送った51歳時に、還暦にラインをひいて、

1年1年を全エネルギーを投入し生きた経験がある。大よそ80歳までの30年で、

し残したこと、やりたいことを、9年間に圧縮した生き方をした。

それもあってか、この内容に興味を魅かれ、読むことが出来た。

   〜内容紹介〜

 アーリーリタイア(早期リタイア)そのものや、自由度の高い生き方に興味を

持つ人に対し、幸福学や心理学の学術データを用いて、真の幸せとは何かと問い

かけると共に、ファイナンシャル理論や行動経済学の観点から、そのために必要

な蓄財・運用術を、わかりやすく紹介しています。

生存率・貯蓄率・満足率・リスクリターン率という4つの「率」から、生涯を

通してみた「幸せの確率」がどうすれば上がるのかを考察し、アーリーリタイア

にひとつの答えがあるのではないか、とのアイディアを提起しています。

停滞を始めた現代の資本主義社会で生きる我々が、真に幸せに生きるには

どうすべきなのかを問う、新しい生き方の指南書^p1

   〜出版社からのコメント

 生活のためにあくせく働くのはもうたくさん!

 もっと家族や友だちとのんびり過ごしたい!

そんな人にぜひ読んでいただきたいのが本書です。まだ40代の著者は、現在、

無職。幼い3人の子供を育てながら、執筆、イベント企画、ヨガ・瞑想など、

興味あることに次々と挑戦しています。この「隠居生活」を支えているのは、

行動経済学や現代ポートフォリオ理論に基づいた蓄財法や運用法。もともと

金融のプロでもなんでもない著者は、アーリーリタイアを夢見て独学し、

独自の資産形成術を編み出しました。 そのノウハウを本書で余すところなく

お伝えします。 稼がなくちゃ! という縛りから解放されて、自由で幸せな

生き方を求めるすべての人に、本書を送ります。

   

   〜カスタマーレビュー

この本で真に書かれていることは何か? それは、社会的に成功して、まだ

まだ現役として活躍できる医師がセミリタイアするまでの記録、そこに至る

までの考えです。

成人男性の生存確率は

60歳で約92%

65歳で約88%

70歳で約82%となっています。

定年と言われる60歳までに12人に一人。

更に6人に1人(!!!!!)は70歳まで生きられないことを統計は示しています。

人は、なんとなく平均寿命の80歳まで生きられると考えてしまいますが、

そんなことは決してありません。

著者はそのことをある日の夢(悪夢)で自覚しています。そして、人生の残り

時間を真剣に考え、残った時間で何がやりたいのかを真剣に考え、アーリー

リタイアを目指しています。資産形成、過剰な欲望のコントロール、質素な

生活を実践して、アーリーリタイアを実現させています。

著者にとって、セミリタイアは目的ではなく、自身がやりたいことの実現手段

として書かれています。普段は意識していませんが、人間はいつか必ず死にます。

明日生きているという保証もどこにもありません。

人生の残り時間を意識し、その残り時間でなにをやりたいのか?

それを自覚することの大切さを、この著書は教えてくれます。

そして、著者の辿ったアーリーリタイアへの過程は、間違いなくアーリー

リタイアを目指す人にとっては道標になるでしょう。

リタイアのための資産形成について書かれた本は多数ありますが、アーリー

リタイアする際の精神面での問題に書かれた本はあまりありません。

アーリーリタイアは、大多数の人とは異なる生き方を選ぶことになるので、

そこで様々な精神的な葛藤や迷いが生じるのは必然です。

その必然の葛藤や迷いの解決に、著者の考えは大いに役立つはずです。

▼ 百歳を超えても医師を続けた日野原重明の生き方もあるが、さっさと

 現役をひく生き方もある。あとは、その人の人生観である。世界の秘境を

見て歩きたいため、医師になり、冒険と掛持ちの星野道夫の人生に魅かれる。

最期は熊に襲われ喰いちぎられて亡くなったが、はや、21年も経った。

生き方、死に方には、考えさせられる。

 恵まれた才能があればこそだが、そこには長年の計画がある。

で、何時ものような偶然で、以下の文章が文脈として現れ出てくる。

・・・・・・

4898,ホントに大事なお金の話  −3

2014年08月12日(火)

        『知っておきたい ホントに大事なお金の話』佐伯 良隆 (著)

 * お金と「幸せ」について ー幸せは金で買えるか?

  幸せは金で買えるかは古代哲学からの大問題。

   ー以下で、その辺りを取り上げている。

≪・2002年に、ノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カネーマンが

『年収7万5千ドル以上になると、それ以上の所得の増加は「生活満足度」は

 高めても「幸福度」は殆ど変わらない』と結論づけた。

・2013年、ミシガン大学スティーブンソンとウォルファーズは、各国の詳細

 なデータ分析から、一人当たりGDPと「生活満足度」には明確な相関があり、

「幸福度」とも一定の関係がある、とした。

・それでは日本人の幸福度はどうでしょう。国の豊かさを示すGDPは50年前

 には4000ドルでしたが、現在は43000ドルと、10倍以上になりましたが。

 一人当たりの経済活動費は飛躍的に増加し、私たちが手にする金も増えました。

 それが連動するなら、日本人は10倍も幸せになったはず。

・ある調査で、世界各国で自分の幸福度を10段階で自己評価したものを集計した

 結果、2012年時点で、日本は6・5で、1960年度から50年で、ほとんど変化を

 してなかった。一方、北欧諸国は8・0前後と高く、他の欧米諸国の多くも

 7・0〜7・5、深刻な経済危機をかかえている失業率20%のギリシャさえ6・4%。

 日本は主要先進国中、最低レベルなのです。OECDの幸福度指数でも、

 経済力の割りに高くない。一人当たりGDPが14位にかかわらず、

 幸福度指数が34ヶ国中21位でした。・・・ ≫

▼ バブルの崩壊以降、右下がりの経済環境の中、戦前世代、団塊世代

 団塊ジュニアは、右上がりの時代と比べてしまうのが要因の一つ。私の場合、

終戦から40年近く右上がりの時代に生きて、それまでの40年は日本の歴史的

繁栄時代に生きることが出来て、非常に良かったことは確かである。で、現在は? 

というと、バブル崩壊までに、その恩恵を充分に受けていたこともあり、当時の

温もりがあってか、それなりに良いし、満足をしている。

 森の生活の30数年間は、7百万〜千5百万の収入だったが、年金生活の現在、

3分1から4割の収入になったが、収入なりに楽しみがあって、当時が良かった

と思いは皆無。7万5千ドル(750万円)といえば、一般の家庭生活で、生活を

していくに気にしないで済むレベル。御隠居生活なら400万もあれば、充分。

父親の質実剛健の教えが、年金暮らしで再度、生きてくる。預金が10億もあれば、

やはりハワイに夏場と冬場の数ヶ月は滞在しているのだろうが!

饅頭嫌いは建前で、饅頭大好きが、やはり本音である! 

小さな中古マンションに引越し、半分はハワイに行くことは可能だが、

そこまでは出来ない!のは・・ この考えも、バブル期の残物?

・・・・・・

5628, お金に強くなる生き方 〜?

2016年08月12日(金)

             【お金に強くなる生き方 〜佐藤 優 (著)】

   * 金融資産1億以上は、2・5%

 以前にも書いたが、日本の富裕層(一億以上の金融資産家)は2・5%=

358万人という。紀元前のギリシャでも、現在のアメリカでも、支配層が3%、

中間層が30%、下層階級が67%の割合は変わらないという。資本主義国の

優等生の日本では、一億円以上の金融資産がトップ層の目安になる。 

 年金生活に入って、今さら渇望するほど欲しいものもないし、日常の生活の

楽しみを良しとして淡々としているだけで充分。10億、100億あったところで、

使う意欲もない。 反面、日常生活でのお金の有難さは、強く感じている。 

 700万円位までは幸福度と比例して右上がりになるが、その辺りから、収入

増加に比例しなくなるという。 ということは、日本では公務員の平均給与が、

600〜700万辺りのため、高給取りの部類になる。 ならば、公務員になって、

大人しく生きることが一つの模範かも。アメリカでは、7割の人が「自分は幸せ」

と思っているという。何か変と思うが、これが事実である。 〜その辺から〜

<3分1の世帯が貯蓄率ゼロでありながら、全世帯の貯蓄平均値が1000万以上。

 これは何を意味しているか。とんでもない金融資産を増やしている世帯がある

ためである。 大多数の日本人はさほど賃金が上がった実感がなく、物価上昇

だけは感じているというのが現実。反面、ポルシェを買っていく人も多い>

▼ 都会サラリーマンの退職者に、2千万以上の預金を持つ人が多い。

 それに比して、地方は、親から引継いだ商店を潰して、夫婦して国民年金で、

預金がゼロに近く、何とか生活している人が増加している。地方格差の問題で

ある。とはいえ、今のところ、生活費を切詰めれば何とか生きていける。

リタイア後の生活で、お金を使わなければならない場面が圧倒的に少ない。

その上に、酒などを切詰めれば、年金内で、生活が出来ないことはない?

 娑婆は良いように出来ている。持った額だけ、それがパワーになることも

現実である。「金持ち、金をつかわず」である。使う必要がないためである。

・・・・・・

5263,ホモ・サピエンスの誕生と、生き残り 

            〜地球大進化46億年 ー?

2015年08月12日(水)

      ー「NHK 地球大進化 知られざる“生命の星”の秘密」ー

   * ホモ・サピエンスの誕生と、生き残り

 最後まで残ったネアンデルタール人と、私たちホモ・サピエンスの差が、

複雑な言語を操る能力の差であった。 これは、現代社会の人間の能力にも

当てはめることが可能である。人間にとって最も重要な能力は、これである。

とすると、現代では情報端末を使いこなし、欲しい知識を得て、知恵に変える

能力=インテリジェンスになる。それが、そのまま、能力格差につながる。

 今では、ネット社会が、現実社会の上を覆ってしまい、それが現実を左右

する時代になってきた。IS(イスラム国)などは、その典型事例といえよう。

 ネアンデルタール人として、死滅するか。ホモ・サピエンスの次世代の人間

として生きるか?それぞれが大きな分岐点に立たされている。〜その辺りから〜

≪ ネアンデルタール人ホモ・サピエンスの間に横たわっていた大きな溝、

 それは複雑な言葉を操る能力の差。もしネアンデルタール人が現在に生きて

いたらいつも会話をしている私たちの姿はとっても奇妙に見えたことでしょう。

言葉を獲得したホモ・サピエンスは、その能力を最大限に役立てました。

狩猟民族は言葉によって緊密な連携プレイを取り効率よく狩りを行っている。

そして狩りが終わった時、改めて言葉の果たす大切な役割が分かります。

その日の狩りを皆で振り返る時、言葉がさらに交わされます。

大人同士は狩りが失敗した理由を考え、新しい工夫を話し合います。

大人の会話を聞いた子供たちは狩りの技術を学んでいきます。

私たちは自らの経験を言葉で仲間や子供に伝えています。言葉を持って初めて

私たちは世代を超えてそれぞれの知識を共有できるようになったのです。

 言葉を持ったホモ・サピエンスとうまく操れなかったネアンデルタール人

二つの氏族の運命を分ける時代がやってきた。4万年前、ヨーロッパーは

200万年間続いていた氷河期の最後のピークを迎えていきました。

寒さは厳しさを増し北半球ではぶ厚い氷河が欧州の北側を覆い尽くしていた。

この過酷な世界で生きるために言葉はホモ・サピエンスにとって大きな助けとなる。

寒冷地に住む動物たちは季節の移り変わりとともに大きな群れをつくって移動。

その時、ホモ・サピエンスは言葉によって獲物が移動してくる時期や場所の

情報を交換しそれに備えて狩りの計画を練ることができたのです。

言葉が未来を予測する力になったのです。 ≫

▼ 現在では、情報機器とネットが、日々進化して、現代人は、それに

 翻弄されている。しかし、時間とともに、それらを使いこなすことになるが、

その能力格差が果てしなく大きくなり、制御不能になるのでは? と思われる。

 言語能力だけでなく、洞窟画も、ネアンデルタール人には無かったという。

そこにも人間の能力の意味を知ることが出来る。より広く、深い知識を得て、

様々の世界を知り、音楽、絵画、演劇など多くの芸術に感動し、それを満たし、

新しい何かを創造することが人生であることを示している。

・・・・・・

4531, 生きる悪知恵  ー9

2013年08月12日(月)              

 * 最近、涙もろくて困るんです・・  「生きる悪知恵」西原 理恵子(著)  

A: 「男は人前で涙を見せてはいけない」と教えられて育った昭和の男です。

ところが、不惑を過ぎた頃から、どうも涙腺が弱くなってきました。

いや、近しい人のお葬式とか娘の結婚式とかで泣くのならいいんですが、

本当にちょっとしたことで泣いてしまうんです。特にヤバイのが映画。

昔だったら絶対泣かないどころか、半分バカにして笑ってたようなべタベタ

な泣かせ映画で泣いてしまって、周りに気づかれないようにするのが大変。

おっぱいバレー」や「ルーキーズ」で涙があふれてきたときには、我ながら

呆れました。一人のときならいいですが、人前ではみっともなくて困ります。 

どうすれば、ちいことで泣かずに済むようになるでしょうか。(51歳・男・自営)

B:  昭和の男だって、泣いていいんですよ。星飛雄馬だって父ちゃんだって、

 よく泣いてたじゃないですか。「少年兵は簡単に人を殺す」って

(戦場カメラマンだった)鴨ちゃんに聞いた括だけど、それは子供は生きていく

うえでのいろんなことを知らないから。子供はすぐ虫を殺すけど、大人は

「かわいそうだから、やめておこう」ってなるのと一緒。大人の涙は色んな

ことを経験したから出る涙な。「いろんな人生にお疲れ様」という涙。

私の周りの大人もよく泣く。もう泣きまくり。男も女も。この年になると

みんなもう背負っているものが一杯になって。ちょっとしたことで「ああ……」

って溢れてくる。私もホントに、世界中いろんなとこに旅行に行っても、本を

読んでいても、子供のチョッとしたこととか、猫が寝てるのとかを見ても、過去

の何かとすり合わせようとするみたいで、自分の中でこみあげてくるものがある。

ヘミングウェイの「何を見ても何かを思いだす」じゃないけど、もう走馬燈が

回り始めてるのかも。「人前でみっともない」って、そんなことない。

もし「泣いてる父さんが嫌だ」なんて言う人が周りにいたら、そんな人とは

つき合わないね。やっばり今まで我慢してきたことかたくさんあるわけで、

そろそろ体の中の我慢のツボがいっぱいなんですよ。だから溢れてるわけで、

それを無理に止めるとホントに心の病気になってしまう。だから、よく泣き、

よく笑い、よく飲んで、よく食べて、外に出て、体を動かし日にあたること。

その年で精神を壊すと大変ですから、我慢することなどしないで。

遠慮せず、泣いてください。だって、あと少ししたらもうチンコも立たなく

なって病気になって死ぬだけですから。歌にもあるでしょう、「泣きなさい、

笑いなさい」って。すべて自然のままに垂れ流しでいきましょう。 

結論、 自然のままに垂れ流せぱよし。

▼ 20歳代によく布団の中で泣いたもの(但し人前では泣かなかった)。

 それが30歳過ぎた頃から 泣かなくなった。泣いていられるほど置かれた

立ち位置崖っぷちだっただけだが。 布団でも人前でも、涙を流すと何か

踏ん切りができる。さめざめ泣くことと、腹から笑うことの中に、心の深い傷

に対して人類の長年かけ作りあげた自浄作用があるようだ。自浄作用といえば、

先日、信濃川の長岡大橋をポタリングの途中、初老の男が、川に向かい背中を

反らした後、前を屈むようにしながら数度、ワォーッ」と喚いていた。 

何かがあったのだろう。今度、誰もいないとき、やってみようと思ったが、

これ、気持ちがいいはず。今度、シネマで、ストーリーに感情移譲をして、

泣く練習をしてみようか。

・・・・・・・

4156, EUメルトダウン

2012年08月12日(日)

       「EUメルトダウン 欧州発 世界がなくなる日」 浜 矩子 (著)

 オリンピックも終わろうとしているが、これから年末までの4ヶ月半の日々が、

緊迫した日々になる。この本の題材のとおり、「EUメルトダウン」と、

イスラエルによるイラン核施設への可能性である。ズバリ8割だろう。

この書籍は書店では目にして立ち読みをしていたが、数日前に図書館で見つけた。

去年暮れに出版された本で、その後の推移は、ほぼ当たっている。その都度EUは

何とか緊急融資を決定し、乗り切ってきた。しかし、どれもこれもギリギリの決断。

  ーまずは、アマゾンの内容紹介よりー

≪ ギリシャに端を発した、欧州の財政危機問題はポルトガルイタリア

 スペインといったいわゆるPIIGS諸国に連鎖し、遂にEUの屋台骨の一つである

フランスまでにも飛び火して、金融危機が勃発しようとしている。さらに、

もう一つの屋台骨であるドイツも改革疲弊・限界支援で今後の動きが読めない。

EUは、まさにメルトダウン寸前の状態にある。ギリシャの破たんが、すぐそこまで

来ている今、ユーロは暴落し、諸外国の株価も急落している。

EU発の世界経済大崩壊 ″第二のリーマン・ショック″は日に日に現実味を

帯びてきているのである。果たして世界最大の国家″EUは生き延びられるのかー。

そして、この欧州危機は世界に伝播し、大恐慌に陥ってしまうのか―? 

‘ユーロという通貨の統合の果実が毒’に変わりつつある今、世界経済は大変革の

ターニング・ポイントを迎えている。欧州危機を乗越えるにはどんな方策があるか? 

そして、日本は今後EU諸国とどの様に関わっていくべきなのか?

エコノミスト・浜矩子氏が、EUの経済危機を、EMS(欧州通貨制度)の崩壊、

マーストリヒト条約締結から現在に到るまでの歴史的事実から、EU、そして

欧州各国がとるべき政策を考察、解説する。≫

▼ 1979年に発足した欧州通貨制度は、その縛りを各国が守ることから

 始まったが、その足並みが揃わず、大きな壁に突き当たったが、最後に妙案が

出てきた。事実上のドイツ・マルク本位制に見立てて、各国が、ドイツの経済実態

に自国経済のパフォーマンスに摺り寄せることだった。インフレ率も、成長率も、

失業率も、金利も、目指すはドイツだった。要するに「ベスト・プラクティス

を各国がすることだった。ところが1990年代に入って、安定するはずのドイツが、

東ドイツを吸収したため、西ドイツ・マルクが消滅、統一マルクになって、

価値の定まらない通貨になってしまった。西ドイツの人々は、東ドイツの人々の

ために「連帯税」を取られ、その力を失っていった。そして、問題であった、

南欧の人たちの仕事に対する甘さが、そのまま、ドイツに重く圧し掛かって、

その将来に暗い影を落としてきているのが現状。ドイツ国民も、どこまで、

この重圧に耐えられるか、もし、反対政党が、離脱でも言い出し、勝利を

収めれば、メルトダウンが大爆発を起こし消滅することにもなりかねない。

その前にPIIGSの一つがデフォルトの可能性が大である。時の権力者は自分の代

での爆発は避けたいもの。それが積もり積もって、限界点に到達したか?

2018-08-11 読書日記 〜嫌なことはやらない

[] 07:35 読書日記 〜嫌なことはやらない - 堀井の「居間 客室 読書室」 を含むブックマーク

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            <「好き嫌い」と才能 楠木建 編著>より

   * まずは「嫌いなことをしない」

 「好きな事をやる」より、まず「嫌いな事をしない」が、第一歩。

私自身の人生をけっこう、気に入っているのは、これを貫いてきたため。

 戦略とは「何に焦点を合わせ、集中することより、何を絶対にしないかを

優先すること」というが、人生も、ビジネスでも同じ。「嫌なことはやらない!」

黒柳徹子の「仕事も、遊びも、好きなことしかしない」からこそ、現在でも現役

でいられるコツ」は有名だが、それ以前に「嫌いなことはやらない!」が優先とは… 

20歳の頃、「キリスト教倫理」の課題に『人生の将来設計図』が夏休みの課題。 

 考えあぐねた結果、『創業人生を生きる』で、両親の戦後の転職の苦労話を

書き連ね、自分も、同じ人生を生きたいと、書上げ提出。 驚いたことに、

丁寧な長文の返事が返ってきた。そこには

 『素晴らしい、その人生を生きるべきです!』 単純なものだが、

この遣り取りで、自分の日常が一変してしまった。丁度、都会生活と、寮の先輩

夫婦がペアレントをしていた軽井沢山荘のヘルパーに駆り出されて、単調な学生

生活から抜け出し始めた頃であった。何か世界が、将来が明るく輝き出したような… 

 世界は「自由、平等、博愛」を理想としているが、現実は真逆。それらは一つは

ずつ自分で獲得するものと。人生は自分の意思で選択するものと。考えるとは、

まず何が好きで、何が嫌いかから出発する。

 

  〜著者の、以下の部分が、一番の要点…

≪ テレビの創成期の日本テレビのプロジューサーだった井原高忠さんが

 書いた『元祖テレビ屋大奮戦』という本に、ガツンとやられた。…

<自分の好き嫌いで仕事をしている!これこそ理想だ>と思いました。

漠然とした自分の方向感覚が出来ました。以来、井原さんが僕のモデルです。

会ったことがないが、勝手に心酔しています。彼の本の素晴らしいところは、

<「好きなことをしろ」より「嫌いなことをするな」である>というメッセージ

が前面に出てくるところです。 フツーの人はそもそも自分が好きなことが何か

わからない。それで困っているのに「好きなことをやれ!」って言っても…。

好きなことはわからなくても、まず嫌いなことをやらないと決めたのです。≫

▼ 兄姉たちは、両親から距離を置いていたが、末っ子の私は、常日頃、

 親元にまとわりついて育ってきた。 面白いのが、商売のコツの話。

情報と知識の重要性、特に読書と新聞購読がベースと… それと知恵の捻り

出しの具体的ケースの数々。何ごとも好きになるまで努力をすること。

それと師と仰ぐ人の存在。父は津上製作所社長の「津上退助」「野本恭八郎」。

努力の量も、質に変化していくこと。ここでいう、『努力の趣味化』。

何とも面白いのが、津上退助が「女好き」を聞きつけ、母親に電話させ、

面談の機会を得た話。それをキッカケに贔屓にされて、戦中の困難を乗り

越えたと! その時は戦死者が多数出るという話題から、仏壇販売を手掛けて、

難局を乗り越えたと!

 まず「嫌いなことをしない」こと。好きなことをすれば、当然「嫌いなこと」

は薄れていく… ただし、嫌なことも慣れ、コインの裏表と同じく、そこに

素晴らしい何かが隠れていることがえてして多い。時と、場合次第である。 

 誰がすき好んで、17年も連日、頼まれたわけでなし、小難しいテーマ

取上げ、書きつづけますか。嫌が応でも意地で続けてきたため。 

人生で一番良かったことは、嫌なことでも、嫌と思わなくなれたこと。

良し、悪いの比率が6対1のため。好きを増やすか、嫌いを減らすかは人による。

<500mで安住してきた人、大好き。> 私自身のこと? それとも皮肉か?

・・・・・・

5262,贅沢を敵にしない 〜ニーチェ「超」入門〜

2015年08月11日(火)

              〜ニーチェ「超」入門〜白取春彦

   * 贅沢を敵にしない        

 ここで何度も書いているが、小・中・高・大学の同級会に毎年、出席して

いるが、進学するほど当然、空気が違ってくる。その大学でも、進級するに

つれ、属したグループの人の質(知識、家柄、人柄,etc)もアップしていく。

 4年前から、世界が住居の長岡だけに狭まったが、この小さな世界の段差が

嫌でも見えてくる。この城下町は未だ『贅沢は敵』の精神が付いてまわる。

 稼いだだけ、堂々と使えば良いだけだが。で、30年間、堂々と使ってみて、

どうだったか? いや、良かった。本当に!使った分は、あの世とやらに、

持っていける。ということで、両親にも教わっていたが、以下の論に納得! 

≪ やせた土地には作物が育たない。これと同じことが人間にもいえる。

 貧しい状況から豊かなものは生まれてこない。しかし、経済的に豊かな

状況からのみ何かが生産されるということではない。心が豊かであれば、

あるいは豊かな感受性を持っていれば、そこから生まれてくるものが必ずある。

豊かな知識、豊かな経験、豊かな能力、豊かな力、豊かな度量、そういった

ものから必ず生まれるものがある。

 しかしまた、いくら莫大な資産を持っていようとも、それを使わなければ

何かが生まれてくるということはない。当然のことながら、贅沢から生まれる

ものは多い。贅沢を好む気持ちからでさえ、蕩尽からでさえ生れるものがある。

ケチ、節約、出し惜しみ、死蔵、衰弱、弱気、過度の貯蓄などから豊かなもの

は生まれない。それでは、豊かなに生きられない、人生を十全に生きられない、

いきいきと生きられない、ということを意味する。

 たとえば、返済に数十年もかかるローンを組んだために好きな本も買えずに

図書館から借りては返し、質の悪い衣服をまとい、質素な物を食べなければ

ならない生活というのは、それ自体が豊かなことではないし、豊かなものを

生むのがとても難しくなる。実際に、そのために子供すら育てられない家庭が

あるのだ。粗食だの節約だの質素だのというのは、早々に人生を見切った老人

にまかせておけばいい。わたしたちは人生を見切るという愚をおかさないため

にも、豊かさを好み、贅沢を味方にしておかなければならない。

 そうでないと、ただ生きるだけになるからだ。税金をはじめとした支払いの

ためだけに生きることが人生といえるのだろうか。それはそもそも人生と呼べ

るのか。 豊かに、多彩に、悲喜こもごも、味わい尽くすのが人生である。

 あのイエスさえ、粗末な衣服をまとってはいなかった。ニーチェもまた

質素な生活はしていなかった。昼はいつもホテルレストランステーキ

オムレツを食べていた。ニーチェは、人間はもともと贅沢を好むものと述べる。

 人は豊かさを好むものだ。禁欲よりも放縦になびく。誰が好んで広い空より

も狭い空をあおぎたがるだろうか。誰が好んで、多くの可能性よりもわずかな

手だてを選択するだろうか。人間の本性の顔は贅沢に向いているのだ。

 たしたちは、机上の計算をするだけで金銭を得ることが当然だと思っている

ような経理的な人間にだまされてはいけない。これだけの金しかないのだから

この程度しかできないと彼らはいうのだ。彼らは金こそ可能性と力だと思い込ん

でいる。数字の計算が重要だと思っているような彼らより、本当に生産に

たずさわっている人たちは知っているはず。狭さよりも広さ、制限よりも解放、

圧迫よりも自由、計算上の明日よりも望みを含んだ今、貧弱よりも豊満、臆病

よりも大胆、反撥よりも限りない抱擁。そういったものこそ、人間をもっとも

人間らしい自由に導き、そこから新たなものを生むことを。かがんで身構えて

いては何も掴めない。踏み出し、進み、手を伸ばし、欲望をあらわにし、

求めなければならない。賛沢は何かを捨てることではない。何か新しいことを

得ることだ。贅沢は人間の能力を解放することなのだ。〜p109〜111  ≫

▼ 上記の意味すら理解できない人が、地方には多い。周辺の思惑に左右され、

「かがんで身構えて何も掴もうとしない!」 そう、ただ彷徨っているゾンビ

のような人が、身近な顔色を伺っているだけ。近づかなければ良いだけだが、

それが、また・・ 21歳時に、一ヶ月で、現在の300万以上の大学の欧州一周

ツアーに参加してみて、それまでの、小さな先入観が粉々に粉砕された。

そこで知ったのが、上記のこと。可能な限り力を発揮し、その力で、最大限、

豊かさを得て、この世を楽しむことこそ人生。 だからこそ創業を目指した。

 創業45年の人生、一応、豊満で、面白おかしい経験が行蔵に残っている。

贅沢は敵でなく、素敵である。どの道、直ぐに死ぬのだから!で、以下に続く!

・・・・・・

4897,閑話小題 ーシャバシャバ

2014年08月11日(月)

   * 娑婆とは

 「娑婆」の定義を知りたいとネットで検索したところ、次の内容があった。

≪ 娑婆とは仏法では人が生きる世界を指し、世界四苦八苦に耐える自由の

 ない世界としている。しかし、俗語的に娑婆は刑務所に入っている人にとって

の外の自由な世界を意味する。これは江戸時代、遊郭を娑婆に対する極楽安堵の

地と例えていたが、遊郭で働く女郎からは「娑婆(外の世界)こそ自由の世界」

になるためで、意味は逆だがどちらも人が普通に暮らす世界をさす意味では

変わっていない。俗語的意味で娑婆がよく聞かれるのはドラマの出所シーンで

「シャバの空気はうめえ」というセリフ。また、日常生活でも合宿中の生徒や

新入社員、人里離れた地で勤務する人など自由のきかない生活をしている人が

「早くシャバに戻りたい」といった形で使用する。≫ 

≪「彼岸」は「此岸」に対する言葉で、ともに仏教から出た言葉。「此岸」

(こちらの岸)とは、私たちの住む世界のことで、仏教では娑婆(しゃば)世界

ともいいます。「娑婆」とは昔のインドの言葉で、堪忍土とも訳され、耐え忍ぶ

世界という意味です。≫ とあった。

▼ 父の口癖が娑婆。日常的に世間を娑婆と言換えて使っていたため、たびたび

 聞いていた言葉。商家は、日常が戦場の真只中で四苦八苦世界の側面があった。 

終戦直前に、空襲の焼夷弾で街が焼かれた直後に物心がつき、一家は転業を

しながら日々を過ごす娑婆世界の環境であった。若者言葉に「やばい」と

「シャバ」をかけ「シャバイ」があるとか。今の私の日々は、シャバイになる?

この言葉から「ショバイ」が連想される。ショバイ日々、商売に熱中する日々。

ショバショバである。現在の私は「ショボショボ」になるのか!

・・・・・・

5992,閑話小題 〜最後の講義・12 ー石黒浩:対談

2017年08月11日(金)

   * 人の感情を推し量ることからの開放

 大人数の家族の末っ子として育ったこともあり、周囲に気を使い過ぎる

きらいがある。 SJでも、軽い会釈か、挨拶さえしないで独り、無言で、

イージーライン、ヨガ、ウォーキングマシン、マッサージのコースを大よそ、

2時間、熟している。メンバーをみると、3分の2が独行で、残りが2〜3人で

談笑しながら過ごす。対話の話題には、こと欠かないが、日常会話は苦手。

どうしても口が重くなってしまう。 まずは、何気なく褒めれば良いのは

分かってはいるが… 表情を最小にしたロボットが、思いの外、重宝して

いるようだ。無表情な部分を人は、想像でカバーしているようだ。無口で、

無表情の人に何やら魅かれるのは、そのせいである。

――

<石黒>

 アンドロイドの研究を行ってきた結果、最終的に行きついたのが、

「人の存在をどうやったら表現できるか」、「その条件は何か」ということ。

人間の脳は、「見る」と「聞く」を足し合わせて、1+1の2で認識すると

思われがちですが、実は、2つ情報が重なったときに、4とか5に反応する

しくみになっています。その結果、「知っている」という状態になるのです。

ハグビーの場合も2つの情報は「声」と「触感」です。

 人間そっくりアンドロイドをつくって分かったことは、人間は大事では

ない要素を引き算して認識するということです。さらに、あるところまで行き

つくと人間は相手のことを想像でカバーし始めます。テレノイドが受け入れ

られるのは、人間は、「誰かはっきり認識できる相手に話しにくいこともある」

という性質があるからです。後期高齢者や認知症の人は、人に対して申し訳

ないといった感情から、話ができなくなっています。ところがテレノイドに

対しては、自分の記憶の中で適当な想像を働かせながら話すことができます。

<本荘>

 それは面白いですね。リアルな人間よりも、テレノイドに対しては、人間に

対する遠慮のような感情が湧かなくなるから、ピュアに受け入れられるのですね。

<石黒>

人間は相手のことを推察しますが、相手の感情を直接見ることができるわけ

ではない。すべて自分の想像の産物です。ネガティブな想像をはじめれば、

とことんネガティブになってしまう。ところが、ロボットだと分かっていれば、

ネガティブな想像をしなくなります。 私たちが行った実験では、高齢者、

認知症の人、自閉症の子ども、みんなロボットが大好きです。

今の社会では、人の感情などを推し量る必要があるため、そこで問題が起きる

ことが多いのです。もちろんロボットで全ての問題が解決できるわけではあり

ませんが、少なくとも治療の手段にはなります。ロボットを使用してある程度

話せるようになれば、人間を相手にして話す、といった活用です。 既に、

自閉症専門病院では、小型のコミュニケーションロボットであるCommUが使われ

ています。精神障がいの女の子の例ですが、大ゲンカをする嫌いな相手の女の子

がいるのですが、嫌いな理由は一切医師には言わない。しかしCommUにはすべて

話すのです。CommUを通じて、次は相手の女の子と話すことを約束した結果、

普通に話すことができて、関係を回復させることができました。 

心に引っかかっている、ちょっとした何かを取り除く助けになるかもしれない。

それがロボットの可能性です。

<本荘>

認知症や精神障がい以外にも、ロボットは、転職や職探しのケースで効果がある

と聞きましたが。

<石黒>

 ジョブカウンセリングも同様、人間のカウンセラーだと遠慮して言えないこと

があります。遠隔操作のロボットであるとわかっていれば、心を開きやすい傾向

があります。マツコロイドのお悩み相談は何度もやりましたが、相談者は素直に

話してくれます。落ち着いて緊張することなく、論理的に話せるのが特徴です。

――

▼ スマートフォンの普及で、仲間同士がネットで繋がりを持つことが可能に

 なった昨今、ブログが、感情の吐きだしとして有効に働くことになる。

マイナスも多いのだろう。 歳を重ねる度に、人は自閉症的になるようだが…

・・・・・・

5627,お金に強くなる生き方

2016年08月11日(木)

           【お金に強くなる生き方 〜佐藤 優 (著)】

   * 年収600万で上位10%

 佐藤優の【お金に強くなる生き方】というテーマに惹かれて図書館から

借りてきた。現実的な内容で合点がいく。年収600万で上位10%とは驚き。

 正社員の収入が414万円で、非正規を含めると、中央値が300万半ばになる。 

これが現実である。 〜その辺りを抜粋する〜

《 先ほどの国税局の調査で平均年収が414万円。この数字は平均で、高所得者

 に引っ張られているため。実際は、これより低い。「年収300超〜400万以下」

が17・4%。 男女別に見ると、男性が「年収300超〜400万以下」が18・7%が

最も多く、次いで、「400〜500万以下」が17・1%。 女性で最も多いのが

「100万〜200万以下」で、26・1%、次いで「200〜300万以下」が21・8%になる。

 おそらく、この数字が一般的な日本人の給与所得者の実感に一番近い。

つまり、年収300万台が中央値である。日本の労働者の年収上位10%には、年収

580万台の人が入ります。年収600万なら間違いなく上位10%に入る。

 どうもバブルの頃のイメージが抜けきれず、平均値のマジックに惑わされるが、

年収500万位が平均的な数字のような感覚があるが、現実は、かなり違っている。

300〜400万も稼いでいれば自分を卑下する必要もないのに、何か焦って、変な

投資をして騙されるケースが多い。》

▼ 「年金生活者」の言葉自体に問題がある。「年金補助生活者」が性格な答え。

 これが浸透してないため、不平が政府に向かう。とはいえ、三人に一人が預金

ゼロというから、僅かな年金では生活できない。そこで、「生活保護制度」で

何とか生きていける。とはいえ、バブル崩壊以降は、厳しさは増している。

 〜で、これも偶然だが、以下に続く!

 ・・・・・・

4155, 閑話小題 ーオリンピックも後半に

2012年08月11日(土)

   * オリンピックも終盤に入った

 ロンドンオリンピックも終盤になってきた。今回のオリンピックは日本として

メダル数が多い。外国にならいメダルが取れそうな種目に集中してきた効果が、

ここで出てきたようだ。特に女子選手の活躍が目立っている。

国が衰るとオリンピックサッカーワールドカップの成績が良くなるというが。

 そういえば以前ほどオリンピックに大騒ぎをしなくなった。不景気で、

浮かれていられないということか。 そろそろ国内外の政治も動き出してきた。

9月から年末にかけ、中東のシリアイランか、ユーロ圏の経済危機で焦臭い

動きがで始めるだろう。 今のところオリンピックへのテロは起きてないが、

無事終了して欲しいもの。テロリストも国を背負っているので躊躇するのが

道理だが、それが通らないのが彼ら。

  * 地平線の距離は?

 地平線という言葉は、何か私たちを惹きつける。「どの位?」というと、

20キロか、30キロと思うが、実は4キロ強。一番身近では海原と空の境目

がある。海岸線に100Mの展望台をつくったら、36キロ先とか。タンザニア

のセレンゲッテーの草原で、360度の草原の地平線を見たが、これは感動もの。 

私たちが数十キロ先の山や海原が見えるのは段差があるため。

  * つれづれに

 この時節、早朝のポタリング自転車散歩)の帰り道、子供のラジオ体操の

帰り姿と出くわす。その姿を見て、「この子供たちは60年、70年先も生きて

いるのか!」という思いが出ている。つい最近までは、そんなことは無かったのに。

一線を退いたこともあるのだろう。羨ましいとか、気の毒にとかいう気持ちは

無いが、これが昔からの年寄の気持ちだったのだろう。最近、隣家が取り壊され

更地になって3ヶ月経つが、幼児二人を連れた父親が、日曜日に空き地の中で

楽しそうに佇んでいた。恐らく近く着工が決まっていて、近い将来、家族で住む

のを楽しみにしている姿が良い。人生で一番、幸せな時である。

2018-08-06 読書日記 〜修羅場を愉しむ

[] 05:19 読書日記 〜修羅場を愉しむ - 堀井の「居間 客室 読書室」 を含むブックマーク

f:id:horii888888:20180806051851j:image

          <「好き嫌い」と才能 楠木建 編著>より

    * 修羅場は人を純化させる!

  ヤマトホールディングスの社長の木川眞の言葉〜

修羅場では人間はものすごく純化する!』が目に入った。20歳、30歳代は、

修羅場の連続。 有能の人からすれば、能力不足が招いた事態でしかないが、

私にとって、初めての経験。 ひたすら、真正面に無心で全身で立ち向かい、

知恵を出しながら「貫き抜けること」しか頭にない一種、無心の気違い状態。

 それは純化した心持であればこそ可能になる。20歳代後半、30、40、60歳代

の半ばに、修羅場がやってきた。 失敗は許されない。そこで自分を道具に

化して、無心の何かに憑りつかれた純心の魔物のような存在が感じ取れた。

それが後々、返り矢として問われるが、当然、覚悟の上。甘んじるしかない。

 挫折、崩壊の節目時の修羅場に到達した中の純粋性から知恵が湧出てくる。

節目に、チャンスを見出すのは、その内なる純粋性の知恵からであり、普段の

自分から昇華したエネルギーである。人生に大かれ少なかれ誰も経験すること。

 ロマン・ローランの『ベートーベンの生涯』にある手紙の一節、

『苦悩をとおり抜け歓喜に!』の言葉を代表に様々な言葉がある。

『純粋な心だけが美味しいスープを作る!』

『不死の心を持つ我々人間は、苦悩と歓喜の為だけに生まれる。その中で

 最も優れた者は、苦悩を突き抜けて、歓喜を勝ち得ると言える。』

『友よ拍手を! 喜劇は終わった。』

『墓の下にいても、あなた達の役に立てる。これほど嬉しいことがあるだろうか。』

『音楽とは精神と感覚の世界を結ぶ媒介のようなものである。』

『困難な何事かを克服するたびごとに、私はいつも幸福を感じます。』

これらの言葉の中に、彼の辿ってきた修羅場の激しさを感じ取ることが出来る。

交響曲第9番「合唱付き」ピアノ協奏曲第5番「皇帝」。

ヴァイオリン・ ソナタ第5番「春」。ピアノ・ソナタ第8番「悲愴」の代表曲に、

その純化した魂を感じ取ることが出来る。特に難聴の病になった時の絶望感その

ままの、交響曲第5番「運命」が魂をうつ。『苦悩を付き抜けて歓喜に至る』、

そのままが伝わってくる。余命数ヵ月を直感したときに、誰もが陥る絶望感。

その後の『歓喜』はあるのだろうか? いや、乾いた『ピーッ、プツン!』か。

・・・・・・

4892,定年後の4年目のリアル −2

2014年08月06日(水)

            「定年後のリアル」勢古 浩爾 (著)

 面白そうな要点の抜粋が、アマゾンのレビューに幾つかあった。

≪ ・「この先わたしたちはどうすればいいのだ、・・・というように具体的な

 方策を他人や本に求める根性がすでにだめである、・・・「自分のリアル」は

 自分にしかわからない」(6~7頁)。

・「わたしのこころは基本的に幼少年期からずっとおなじものである。

 中年になってもこころはひとつ。・・・わたしはこれを自分年齢だと考えるが、

 その中核は、多くの人にとっては少年期や思春期のときのこころのままでは

 ないのだろうか」(67頁)

・「社会的年齢と生理的年齢と自分年齢は絡み合い、相互に反発しあって

 一致することはあまりない。そのときは一も二もなく、自分年齢を優先すれば

 いいと思う。いいも悪いもない。そうするしかない。基本的には自分の

 「こころのリアル」に従って生きていくのが一番である」(70頁)。

・「どんな立場もなくなるということが、これほどまで自由だとは知らなかった」

                           (104頁)。

・「さみしいなあ、でもそれがどうした」と思うことである。

 これは「ありのままの自分でいいんだよ」ではない。これが自分の現況である、

 というだけのことである」(153頁)。

・「つまらないことだが、三日間絶食をしてみた。結果、食は生活の句読点

 であり、それが失われると一日はのっぺらぼうの時間になる。それが失われる

 と生活の楽しさの大半が失われる、ということに気づいた」(169頁)

・「わたしたちは自分なりのしかたで自分の生を生きるほかはない」(208頁)。

・「さて、ここでわたしは、「定年後、残りの人生をベストに過ごすには

 どうしたらいいのだろう?」という問いに対しては、たった一言でもって

 完璧無比に答えることができる。「あなたの好きなように生きてください」

 である。 ・・・「好きに生きよう」である。

「好きでなくても、今の生活しかないのなら、それで生きよう、である」(213頁)

・「私が死んでも、・・世界にとってはまったく大したことはない。

  この世はつねに生きている者たちのもの」(235頁)

 食って、寝て、本(新聞・週刊誌・小説を含む)読んで、勉強(歴史、思想史、

 数学、等々)して、AV観て、何か執筆でもし、たまには小料理屋で一杯やって、

 あるいは散歩や旅行にでも行って・・・そういう生活に私は入りたい。≫

▼ 私が一番、実感したことは、「どんな立場もなくなることが、これほどまで

 自由だとは知らなかった」である。確かに、少し寂しいし、肩書き無しの自分に

向合うと、今まで如何に、その土台の上で好い気になっていたかを、思い知る。

しかし、それも時間が解決してくれる。ただ、突きつけられるのは収入が激減

してしまう現実。仕事上を含め付合いなどの経費は殆ど無くなるが、可処分所得

も皆無になり、ヘソクリをしてない?自分に後悔する。この辺りが、一番の

「定年後のリアル」の問題。次が、「自由の不自由」の問題。 何もかも自分で

計画をたて、判断をしなくてはならない。が、更に厄介なのが、今までの仕事の

拘束に換わって家庭内の、差別が待っている。

 

・・・・・・

5257,二度の地球規模の大爆発 〜地球大進化46億年 ー?

2015年08月06日(木)

      ー「地球大進化 第3回 知られざる“生命の星”の秘密」ー

   * 爬虫類から哺乳類への主役交代

 地球環境により、その都度、新しい生命が生まれ出てきた。 そして、

環境の激変で、それらが絶滅。違う環境に適した生命が生まれ出てきた。

知的生命たる人間が、それ故に、自滅するのに百年はかからないというが、

何か時代の様相からみて、考えられないことがない。 〜その辺りから〜

≪ 2億5千万年前、突然生命に襲いかかった地上最大の火山噴火、それが

 当時生きていた生物の実に95%を絶滅させるしまうことになった。

さらにその後訪れた巨大恐竜の全盛時代、私たちの祖先はその影に怯えながら

暮らすことを余儀なくされていきます。しかしこの暗黒の時代を乗り越えた時、

私たちの祖先は爬虫類から哺乳類へと一気に進化し、大きな飛躍を成し遂げる

ことになる。おなかの中で子供を育て哺乳で養うという哺乳類独特のLife style

の誕生。それは全ての生命を絶滅の危機に追いやるような地球の途轍もない

大変動とその後の恐竜の支配がなければ生まれなかったことが分かってきた。

地球生命史上、最も劇的といわれる哺乳類誕生のドラマとは・・・

 ○ 大量絶滅:地球が95%死んだとき

 私たち哺乳類を語る前に、まず2億5千年前に起きた史上最大の生物絶滅事件

の実態を探る旅からスタートする。実はこの事件こそ私たちの哺乳類の誕生の

ためになくてはならないものだと考えられているからです。それは恐竜が登場

するはるか昔の出来事でした。案内してくれたのは南アフリカ博物館、ミジャー

スミス博士です。20年に渡ってここカルー盆地で動植物化石を調査してきた。

乾燥した大地に絶滅が起こる直前の地層がむき出しになっていた。

ここに童子の陸上を闊歩していた動物の足跡が残っているという。

この動物の体長は3m、しかし恐竜ではありません。最初の恐竜が地上に現れる

のはこの足跡よりさらに2000万年も後のこと。足跡をつけたのは一体どんな

動物だったのか。実はこの時代に繁栄していたのは現在の哺乳類と非常によく

似た動物、ディクトドンと呼ばれる草食動物の化石(南アフリカ蔵)。

体長は50?、穴熊のように地面を掘った巣で暮らしたと考えられています。

またゴルゴノプスと呼ばれる肉食動物、体長3m。鋭いきばが特徴です。

この時代の百獣の王、いわばライオンのような存在だったと考えられている。

これらは皆、爬虫類のように卵によって繁殖したと考えられています。

しかし骨格や歯に私たちの哺乳類と共通の特徴が数多く見られるため、哺乳類

爬虫類と呼ばれています。この仲間の中からやがて哺乳類へと進化的動物が現れる

ことになります。「哺乳類型爬虫類は一般にはあまり知られていない存在です。

しかし実に多様で当時の環境に非常にうまく適応していた動物であること知ると

皆さん驚くことでしょう。しかも私たち人類の祖先にあたる動物なのです。

彼らは恐竜が現れる数千万年も前に繁栄しました。いわば地球を初めて

支配していた動物たちだったのです。」≫

▼ 上記のプロセスを経て、哺乳類が、そして類人猿が地上に現れ、主役の

 座を占め、人間へと進化?してきた。乗越えることが出来ないような、

大きな壁が、逆に進化をもたらすのは「人生」と同じ。成長後、挫折と崩壊、

そして灰の中からの再生から、その都度、新たな自分が生まれ出てくる。

・・・・・・

5987,閑話小題 〜最後の講義・7 ー石黒浩:対談

2017年08月06日(日)

    ―所属する集団で意識が左右される―

 20歳代を振りかえ考えると、意識、価値観が、その時々に所属した集団で

大きく変わっていった。その中で、自分の志(天に輝く星)を目安にして判断

していったが、若さが故のエネルギーがあってこそ。大きな判断ミスは比較的

少なかった? それぞれの節目時での自問自答を、少ない経験と知識の範囲で、

するしかなかった。 何事にも自由に触媒し、実戦出来ることが、若さの特権

であった。20歳で「創業」を志して、21歳で「欧州+東南アジア・ツアー」に

参加をし、アッパーの人種を知り、22歳で「武澤ゼミ」に参加。そして、

ジャスコの合併」に立ち合い、その後、産能大に編入。その後、金沢に

一年半、修行の身を経験。 26歳で千葉市郊外の新興住宅地・千城台で、

「千城ビル」の一年の準備。27歳で最大の協力者の父親の死に立ち合う。

その半年後に結婚と同時に、ビル内で飲食ビルを立上げ、焼きたての、

パン屋のFC店をオープン。数ヶ月後に実家で「御家騒動」が生じて、急遽、

二つの店は知人の紹介で経営委託をして、Uターン。振返ると、濃厚な10年間

だった。尤も、30歳代は、さらに濃度が増していったが。「所属する集団で

意識が左右される」というが、その中で、それに流されない強力な意志が必要

となる。それは「発狂」状態。狂う時には、狂わないと、出来ないことがある。

学者の生き方と自ずから違って当然。他人のことなど、所詮は理解しようが

ないし、出来るわけがない。 〜その辺りから〜

 ――

≪ <本荘>

皆さんの中で、小学生のときに、人の「気持ち」や「考える」ということに

対して、疑問を持ったことのある方はいますか。

<石黒>

みんな問いは持っていると思います。その問いを大人に投げかけると、

「うるさい」と言われ、「そういうことは、大人になったら分かるよ」と、

うそをつかれるのです。僕自身は、人の話を聞かない子どもでした。授業参観

とかで、先生の言ったことを全部無視して、1人だけ絵を描いていたら、それを

見た母親が泣いていました。自分は、「人とは違うのだ」と思いました。

<本荘>

アインシュタインみたいですね。 以前、中学生に対して「若いのだから、

何でもトライすればいい」と言ったところ、「初めてそういうことを言われた」

と返されたことがありました。 周りの大人は、日常的に「(○○を)やっては

いけない」、「オマエにはできない」などと言ってしまっているのです。

<石黒>

もっと不思議なのが、PTAなどの場において、「こういった親はダメだ。」

と説いて周囲からは賛同されている大人が、家に帰ると、自分自身がダメな大人

になってしまうことです。つまり、所属する組織や群れに適応するように振る

舞うことができても、別の集団に属した瞬間に意識が変わってしまう。

自分の中で、何が疑問で何を解決しないといけないかを考えていないと、集団の

意識に簡単に振り回されてしまう。だから人の話を聞いてはいけないのです。≫

――

▼ 6年前に長岡・新潟間の31年間の通勤生活を終えて、自宅周辺の生活圏に

収まった。高校を卒業をして30歳近くまでの県外生活を含め、合計43年間を、

曖昧な二重生活をしていたため、現在、息苦しい生活を強いられているが…

 とはいえ、割切ってしまえば、それはそれで… 問題は受け止め方。

<共同体には、それぞれの長年かけた価値観や道徳感があり、それを前提に生活

している中で、何やら得体のしれない妙なことを、ここで書いている。>が現状。

 最近、泡沫候補上がりのトランプが大統領になって失態を重ねているが、

根底に、「コミュニタリアニズム」がある。「自分の生れた場所や、仲間が第一」

の考え方。地域社会は、外の世界に対する無知のヴェールで覆われているため、

本来、強固である。グローバリズムの弊害が顕著になっている現在、原点回帰も、

当然かもしれない。EUの問題と同じ。「悪貨は良貨を駆逐する」ではないが、

唯我独尊の姿勢も、情報化故に必要となる。 ロボットロボットでしかない。

されどロボットでもあるが。 所詮、人間の心など、泡沫でしかない。

・・・・・・

5622,人生を幸福で満たす20の方法 〜?

2016年08月06日(土)

          <人生を幸福で満たす20の方法> 三宮 麻由子(著)

   * 空虚な日々を楽しむ方法 〜好奇心が世界を開かせる

 好奇心が幸福を満たすための第一歩という切口は新鮮である。

老いるとは好奇心が萎んでしまうことだろう。特に知的好奇心から萎む。

教養とは知的好奇心ベースを言うのだろうが、その枯渇したのが「おばさん」。

現象を、そのまま現実として受け止める蓄群である。やはり、知的好奇心が、

萎んだ心を開放させてくれる。

≪  1、好奇心で心を満たそう

  情報の八○パーセントを受け持つといわれる視覚を失うのは、正直なところ

 かなりしんどいことである。しかし、その特色を生かして音を味わい、音で

できた風景を心のなかに再構築することは実に楽しい。これによって、私は

scenelessからscenefulへ止と生まれ変わることができた。そして、ここまでの

道程を楽しくリードしてくれたのは、他ならぬ好奇心だったのである。

  好奇心は、幸福の真空を埋めるばかりか、このように人生に新しい世界を開き、

人を生まれ変わらせる可能性を秘めた宝物だと思う。それを豊かに養い、年齢に

関係なく育てていくポイントはただひとつ。少しでも印象に残ったことがあったら、

それを迫いかけて一歩を踏み出すことである。

 素朴な疑問を素直に追いかけ、何か新しいこと、面白いことはないかと目を

キラキラ輝かせ、耳をピンと澄ませて受信アンテナの感度を上げていくのである。

もちろん、野次馬はいけないけれど、よい好奇心、特に知的好奇心は、必ずや

私たちにワクワクする世界を開いてくれることだろう。

 きょうからできること

興味の向かなかった分野を覗いてみよう

きょう発見したことをメモしてみよう

明日は何をチェックしようか、と考えてみよう  ≫

――

【とにかく、やってみましょう!やれたらそれだけ豊な1日になるのです】

子供の頃の好奇心は、何処に行ったのだろうか。何もかもが面白く、世界は

光り輝いていた。そして、学生時代にみた世界の、あの輝き。高度経済成長

に青春を過ごせた幸運。 好奇心は感性である。磨くほど、それは光り輝く。

・・・・・・

4525, 生きる悪知恵  ー4

2013年08月06日(火)

  「生きる悪知恵 ー正しくないけど役に立つ60のヒント」西原 理恵子 (著)

 歯車の一つとしてのサラリーマンが、自分で商売をしてみたい気持ちも分から

ないでない。私が、ここで度々取り上げる飼い犬、野良犬、狼、の例えがある。

飼い犬がサラリーマン、野良犬は商売人、狼は一つの判断ミスで餓え死ぬ作家・

芸術家政治家・創業実業家あたり。その最もひ弱な飼い犬が、「定年間近に

僅かな退職金元手で何か商売」というストーリーに無理がある。それも小さい

ながらも創業など、土台無理。野良犬にも野生剥き出しで、餌をあさる逞しさが

必要だが、とっくの昔に去勢されている自分が見えない。そして出来もしない

夢に憧れている。 それが、「あっぶね〜」のである。

《  * 夫が脱サラして田舎暮らしをしたいと言い出した

Q:夫が脱サラして田舎暮らしをしたいと言い出した。早期退職の退職金元手に

 田舎でそば屋をやりたいと言うんです。そば打ちは趣味でやっていて、確かに

 おいしいことはおいしいのですが、商売の経験もなく成切すとは思えません。 

A:あっぷねー。 商売は雪山と一緒なんで、うりかり一緒に登ったら夫婦で

 遭難しまうで〜 だいたい「田舎でそば屋」って、水商売上がりの女が

「お花屋さんやりたい」って言うようなもんで、あまりにも夢見すぎ。

 田舎ってどのへんを考えてるのかわからないが、田舎ってそんなに客来ないよ。

 人いないから。こういうパターン、今すごく多いみたいだけどね。ダンナは

 会社の人間関係に疲れて「田舎で暮らしたい」、奥さんは「デパートのある

 とこじゃないと嫌」っていうんで定年退職後にケンカになちゃうっていう。

 これ、半々にすればいいと思うんだ。都会に小さなアパート借りて、奥さんは

 そこで暮らして、たまにダンナさんのいる田舎に会いに行くとか。だって

 今までダンナが生活支えていたわけでしょ。だったら、奥さんも今から

 働けばいいじゃない。老舗のそば屋で働いてノウハウを盗めば一石こ鳥(笑)。 

 とにかく上手くいっている人と、いってない人の話を聞けばより。そうすれば、

 旦那さんも勘違いに気づくかもしれないし。でも、このダンナさんも今まで

 頑張ってきたんだから、一度失敗させてあげてもいいんじゃない? やらずに

 後悔するより、やって後悔したほうが絶対いいし、あんまりお金をかけずに

 小さく失敗してみるといい。退職金を突っ込んで田舎に家を買うんじゃなくて、

 古い民家をちっと改造したようなお店とかあるじゃない。田舎じゃなくて

 埼玉ぐらいにしておくとか。それだったら、失敗しても取り返しがつくって、

 失敗すると決めつけちゃってますけど、だいたい失敗しますから。》

▼ こういう質問自体が愚問そのもの。サラリーマンに成りきった人が、

 創業、それも田舎でそば屋など、何年も蕎麦屋を続けきた主人に失礼である。

彼らでさえ、大方が冷凍やインスタント麺の普及で危機の瀬戸際。趣味と職業は

全くの別問題。20年前に、近くのバイパス沿いに趣味がこうじて蕎麦屋を出した

人がいた。そこの主人が、蕎麦の奥行の深さを滔々と講じたが、好きでない私は、

ポケッとして聞くしかない。そして1〜2年後に、その店は閉店していた。

凝った店構えだったが! 本当のソバ通など少数派で、金にはならない。

早く言えば、月末の材料と電気光熱費を支払うために働いているようなもの。

それが殆ど。厨房と、店内の一つ壁とカウンターの内外では異次元の世界。 

これは創業者と、二代、三代目にも言える。本能剥き出しを必要とする創業者を

狼とすれば、中途半端な二代目、三代目は野良犬、いや宅上犬。宅上犬ほど、

野良犬や、狼を笑い見下す。家を出て、ゴミ漁りや、荒地で野生生物の捕獲の

経験がないためである。

・・・・・・

4150, 5年前に、現在の状況を予測できたか?

2012年08月06日(月)

 今から5年前といえば、2007年8月である。それから13ヶ月後に

リーマンショックが生じた。当時は以前に経営していた会社のリストラ効果で、

何とか目途が立ったところで、米国の住宅ローンの債権証券が危険水域にある

と新聞が書き始めていた。そして2008年9月15日にリーマンショックが

現実に起きてしまった。それから売上は激減、二年半後に倒産に至った。

あの時と現在の状況を比較すると、現在の方が格段悪い。今後5年後を考えると、

早ければ年内に、遅くとも数年内にリーマンショックなど比べようもない激震

が世界中に駆け巡る。それからして、かなり厳しい想定を現実としてしなければ

ならない。私自身も年齢からみて、これまでの不摂生を考えると、今さらなので

腹を据えているが。 実際のところ5年後、どうだろう?この5年の激変より

遥かにマイナスの状況と見るのが自然。今から5年後に「現在の状況を予測

できたか」という問いに対して、やはり想定外であるという答えが帰ってくる

だろう。目に前に迫っている経済大津波は分かっているが、実際に起きて

みないと実感できないのが人間。想定外のことは考えられないが、万一の備え

を作っておくことは可能である。家族経営をしているところは、

�身内を外に出すか、それとも自分が出るか。�身内の債務保証を無くすこと。

�売上が半減した時の想定をしておくこと。�運転資金がマイナスに転じた時の

対処の想定。(見切り千両のタイミングの想定)�予備資金の準備、などが

考えられる。私の場合、7年がかりで予備資金を準備、万一、これを一時的

にも流用した時が見切り時とし、そして実際に実行した。ところで5年前に、

現在の状況は想定外だったのだろうか? その頃、危機管理セミナーに立て

続けて参加していた。予測通りの部分と、まだ予測に至ってない部分があるが

潮流は大方、予測通り。しきりに金の購入を勧めていたが、当時より金価格は

2〜3倍。恐らくハイパーインフレが5年内で吹き荒れるが、その状況が

予測不能ということか。中国が一度、国内外で動乱が起こる可能性があるが、

いずれにしても立ち直りは早いはず。ユーロ圏、アメリカロシア、中国、

日本と、いずれも激変するはず。 大変とみるか、面白いとみるかだが、

前者だろう。まず経営者は5年後の仮説をたてないと!

2018-08-05 閑話小題 〜二年続けて「長岡花火は行かずしまい!

[] 05:24 閑話小題 〜二年続けて「長岡花火は行かずしまい! - 堀井の「居間 客室 読書室」 を含むブックマーク

f:id:horii888888:20180805052421j:image

    * 猛暑の朝、やはりTVの話題ですか!

 ◉ 暑い夏は、寝室でTV映画とスポーツ観戦を

 一月生まれもあってか、暑さに弱い。そこで、例年のごとく、寝室に籠って

録画した映画とドラマ三昧。ブルーレイの300本以外に、ディスクに数十本、録画

をしたのを、当たるも八卦と、一番面白そうなのから順次見ているが、当たりが

当然、多い。 空いていたら迷わず録画をして、閑な時間に頭出しをして、90点

に到達してないと消去をするが、なかなか少ない。それでも時々、飽きがくるが、

そこで、YouTubeの何時もの定番のコースへ… 。

 

 ◉ ワールドカップも終わり…

 甲子園の高校野球が今日より始まる。地元からは中越高校が出るが、相手は

慶応高校で、強豪チーム。残念だが、8〜9割は勝てないのだろうが、そう思って

みれば、負けても落ち込みは少なく済むし、甲子園、何が起こるか分らない。

前評判の良いのは、この数年、準々決勝まで勝ち上がっていたチームばかり… 

多くの有望選手もいる。さて、今年のスターに誰が? ますます俗っぽくなった

自分が良いのか悪いのか。 成るほど、<命短し、恋せよ乙女>である。

 ◉ 去年に続き、今年も花火見物に行かず自宅のTVで…  

 以前から人混みが苦手。会場で生でみるか? ドッチが好きかの好みの問題に。

現場に溶込んで雰囲気と共に楽しむか、冷房の効いた寝室で、独り、電気を消し

TVで見るのも、なかなかのモノ。TVの画面がリアルで、これはこれで…

 3日、BS:TBSのライブの花火中継に回すと、花火案内人が見たことのある

年寄りがいた。 …それが何と小学校同期生の「長谷川健ちゃん」。

「60歳超えからは、その5歳上は「大年寄り」と言うが…。 先生の子息で、

当時から、人を寄せ付けない異様な感があった人。 当時から現在に至るまで、

殆ど口はきいたことがなかったが、古希の同期会のスナップの写真を送って

くれた。 無難に花火の蘊蓄を話していたが、どこかソワソワした浮いた感が

あったが、これで当分、良い、悪いの世間話のネタの恩恵?を受ける羽目に。

 ◉ 私の知人に数年前にリタイアした人がいる。それをキッカケに65インチ

 有機TVを入替えたのはいいが、夫婦して嵌って、夫婦交代制で見ているため、

24時間、TVを付けっぱなしという。で、加熱のため、修理に出したとか。

考えてみたら、我家の二台のTVを合算すると他山の石ではない。 

NHKで、4k、8kの専門チャンネルが新設され、これが生活を一変えるというが。

現在でも現場の数倍、数十倍の臨場感を味わえる?と、言うから…。

これにゴーグルでも使えば、更にライブ感が増す。

 

・・・・・・

4891,定年後の4年目のリアル −1

2014年08月05日(火)

             「定年後のリアル」勢古 浩爾 (著)

 朝日新聞の新刊広告に『定年後の7年目のリアル』があった。3年間、私が、

ここで書いてきた内容と同じような見出しにあった。 そこで、アマゾン

内容紹介を見たところ、前著の『定年後のリアル』があり、『・・7年目のリアル』

の内容は続刊。 内容紹介だけだが、生々しいだけ私の内容の方がシリアスの筈・・  

 ーまずは、内容紹介よりー

《 ◇お金、仕事、健康、生きがい……退職したら、どんな毎日が待っている?

不況のいま、いかにして生きていくかという問題がクローズアップされている。

特に定年退職が迫った人に対してメディアは、定年後は「6,000万円の貯えが必要」

「孤独死にご用心」を語る。著者は、さまざまな定年本、定年者たちの生き方を

引き合いに出しながら、メディアが煽る「不安」など、実際にはそれほど思い

わずらう必要もないことがほとんどという。いまの日本人は、過剰な情報に振り

回され、不必要なほど不安になってしまっているというのだ。たとえば貯蓄や

健康状態の「平均」がどの程度かといった話が盛んに語られ、自らを引き比べて

不全感を増している人も多いが、現実には「平均」は自分の生き方とはあまり

関係のない情報であり、気にしすぎる意味はない。またアンチエイジングや若さ

を保つ方法が日々声高に喧伝されているが、本来、人は年を取ったら取ったなり

の自分を認めていくのが自然であり、若さを過度に持ち上げる価値観自体がいびつ

だともいえる。 ・・人は死ぬ、年を取ったら衰えるのが当たり前であり、

そうした事実を正面から受け入れて、初めて本当の人生に出会える。そのうえで

一日一日から得られる人生の喜びを享受して生きていくのが、定年後の理想的な

生き方だという。さまざまな不安の正体を解き明かし、心をほっとしてくれる。》

▼ 私の喩えで、「森の生活からサバンナへ!」がある。 森の中でイメージ

していたサバンナの生活は、そこはそこで面白く、生きがいもあり充実をしている。

森の住人には、それが理解できない。そのことを、森の住人に問いかけている

内容のようである。しかし、これは森の生活で、準備をしてきたかで大きく違う。

私の場合は、ハードランディングだったとしても、万一の備えを長年にかけして

いた為、何とか着陸をした。そして、リアルな毎日が待っていた。そして

4年目に入って、そんなことより、老いそのものの方が現実として迫ってくる。

この紹介の中で「老いの一日一日から得られる人生の喜びを享受して生きていく

のが、定年後の理想的な生き方だ」というが、享受するのは、喜びと楽しみだけ

でなく、怒り、哀しみが伴なう。老いは確実に精神も肉体も衰えさせている。

哀しみに覆われた日を何とか過ごすのもリアルの一日になる。逆に有余る時間で、

思いのままに一日を過ごす楽しみもある。

夕暮れの残照の中での、最後の宴も良いもの!

・・・・・・

5256,蓄群本能  〜ニーチェ「超」入門〜

2015年08月05日(水)

             〜ニーチェ「超」入門〜白取春彦

   * 蓄群本能 

 誰も持っている『群蓄本能』。城下町では、その小さな世界で群蓄本能が、

互いの足の引張りあいになり、その個性を内に押しとどめるしかなくなる。

違うということが、マイナスの世界。割切るしかないとしても。〜その辺りから〜

≪ わたしたち現代人はただなんとなく、道徳とは個人の行為に関する規範だと

 思い込んでいる。あるいは、人間性が生んだ規範、社会を健全に生きるための

知恵のようなものだと思っている。 ところがニーチェは、「道徳とは、共同体

のために個々人の内部で作用する一種の畜群本能から生まれたものなのだ」

(『悦ばしき知識』116)という。 この畜群本能というのは、「共同体が個人より

も価値が高いのだから、個人の利益より共同体の利益を優先すべきということと、

「一時的な利益よりも永続的な利益を優先させる」という、国家や社会の全体を

益するための考え方を因習とし継承してきたあげく生まれた。

 たとえば、盗んではならないという身近な一つの道徳律を考えても、ニーチェ

の説はあてはまっているように見える。実際に、空腹ゆえにパンを盗んでも、

社会に損失を与えたとして罰せられる。そして、「個人よりも全体を優先する

という因習が覆う社会で人間は教育され、生活してきた」。よって、「人の心に

ある道徳性とは、これらさまざまな因習の全体に向かう感情にすぎないのだ」

になる。一般的な道徳が自然な心情や宗教の神の配慮から生まれてきたのでは

なく、利益の重さをどこにおくか、つまり功利がその出発点になる。

そう考えた二ーチェは、もちろん道徳の発生を理性に見るカントに反対する立場

にいるわけだ。二ーチェのこういう考え方は、現代哲学で使われている用語で

いえば明らかに構築主義的だということはもうわかるだろう。

 だから、ニーチェはこうもいう。

・「道徳的、倫理的であるというのは、古くからあった掟、古くからの因習に

 従順であることを意味しているのだ」・・

・「良心の中身とは何か。幼少時代のわれわれが尊敬し、かつ恐れた人々が、

 理由もなく規則的にわれわれに要求してきたものすべてが良心の中身だ。

 …そういうさまざまな古い権威に対する信仰が良心の源泉なのだ。したがって、

 良心は人の胸の中にある神の声などではない。その人の心の内にいる幾人かの

 人間の声である」(「人間的」)

 つまり、良心は群れとして生きる人間がみずから生み出したものだということ。

だから、本当に個性的であることはいやがられるし、個性的ゆえに良心の痛みを

覚えやすい。しかし、そこを越えなければ、新しいものは出てこないのだ。

けれども、自分の中に巣くっている古い群れの声にしたがわない行為、考え、

発見はどれも社会からは悪だとみなされる。過去をふりかえれば、みなそう。

新しい思想、新しい知識、新しい方法は、それぞれの時代で弾圧され、

狂気だとみなされ、犯罪扱いされてきた。≫

▼ 一匹狼的か、群れる羊の一匹として生きるか。論語も蓄群の精神マナー?

 確かにマナーは必要だが、古くからある因習に従順過ぎると、世界を自分

から小さくするし、個性的人生からは遠ざかることになる。「個性、個性と

いうが、所詮は砂利の一つの石ころじゃないか」ともいうが、その石ころの

デザインを自分でしてきたか、してなかったか? それも同じことか?

・・・・・・

5986,閑話小題 〜最後の講義・6 ー石黒浩:対談

2017年08月05日(土)

 ロボット学者ゆえに、切口が新鮮である。自分のロボットをつくり、常日頃、

対峙すると、無機物のロボットの、サルトルのいう、「対自」「対他」「即自」

が、クッキリと浮かび上がってくるのだろう。 ヨガの仕上げの5分間の

「死者のポーズ」として、宇宙の彼方から魂の抜けた己の姿を逆照射する

イメージと同じような。「定年までの自分」と、「それ以降の自分」の対峙も

似たような? これらは、一般的には「余命半年、3ヶ月」と宣言された時に、

初めて、自分に突きつけられるのだろう。落語の米朝のロボットが、生身の

米朝と高座に上がっている写真があるが、文化遺産として残すには最適だろう。

――

   ―人の気持ちの正体とは―

<本荘> 石黒先生は小さいころから「テーマ(問い)」を持たれましたよね。

<石黒> 僕は、小さいころ夢がなくてぼんやりしていたのですが、小学5年の時、

「人の気持ちを考えなさい」と大人に言われて衝撃を受けました。

その気持ちを考えることは大事なことなのに、考え方自体を一度も教わって

いないし、大事にしろというその「気持ち」を見たことがないわけです。

皆さんは「気持ち」が何か知っていますか。

<本荘> 「気持ち」を100字以内で説明せよ、というやつですね。

<石黒> そうです。「気持ち」でも「考える」ということでもどちらでもよい

ですが、それを定義した瞬間にコンピューターが勝ってしまいます。 だから、

小学校5年生のときには、「自分の考えている次元とは違う世界に行けるなんて、

大人はすごい」と思っていました。ようやく高校生ぐらいになって、全員うそを

ついていると分かったので卒業しないままずっと学校の中にいるのです。

▼ 石黒は、「気持」について、逆照射して考えるため、曖昧な定義を

 戒めているのでは? 

そこで、<「気持ち」を100字以内で説明せよ>の私の答を即興で書くと…

【「気持ち」で浮かぶ言葉は、感情である。感情といえば「喜怒哀楽」と、

「感動、感激、感謝」になる。「クールヘッド、ウォームハート」と分けると、

温かい心。逆に、冷たい心とは、生物の本能の「エゴ」を優先すること。】

 たまたま、考えを進めるに、去年の以下の文章が参考になる。ロボットには

無い真逆の問題だから。幸・不幸など、感情でしかないことが浮かびあがる。

・・・・・

4149, 強迫性障害

2012年08月05日(日)

 オリンピック開会式で久しぶりにサッカーのベッカム選手の姿があったが、

彼は強迫性障害であることを最近、告白した。「何でもまっすぐに並んでいない

と気が済まないし、何でもペアになってないと気が済まない」という。自宅の

冷蔵庫や、宿泊先の部屋でもすべてを「左右対象でまっすぐ」に並べ直す作業に

長時間を費やす。 ディカプリオ主演、『アビエイター』のモデルになった

大富豪のハワード・ヒューズも、この病。この映画をみたが、

「すべてのものが汚染されている」という考えにとりつかれ、人との接触を

避けるようになり、自分が買い取ったホテルで20年間も暮らして、最後は

孤独死を遂げた。 ーそこで、ネット辞書で検索してみるとー

≪ 強迫性障害とは、簡単にいうと「わかっちゃいるけどやめられない症候群」。

自分でも不合理だと思いながら何回も繰り返すので、本人には大変つらい病。

よくみられるものは、トイレに入った後何回も手を洗う、ドアのカギをかけたか

どうか、ガス栓をしめたかどうか何回も確認するというもの。本来これらの行為

は安全を確保するために誰でも行うが、それが何回も何十回も確認しないと

気がすまない状態になると社会的に支障をきたすことになり、何らかの治療が

必要となります≫ とあった。 これは、心の病と、脳の病の原因があり、

それぞれの治療がおこなわれているという。心の病の場合、過去の「喪失と悲しみ

が、原因になっていることが多い。病気に至るのは、喪失の悲しみを乗り越え

られないため。人生は、考えてみれば喪失と悲しみがつきもの。

そんなことをいったら現在の私は、重症の強迫性障害に陥っていて当然である。

定年も転職も失業も同じ。「喪失と悲しみ」の中で、最も辛い一つは、連れ合い

との死別。傷が癒えるに最低二年は要するという。 亡くなった姉が晩年、

合唱の先生をしていたが、未亡人だけのグループをつくって(歌で互いに癒しを

隠れテーマにして)いた。その姉が私に「誰も平静を装っているが、死別の傷の

ためか尋常でない何かを感じる!」という。躁鬱症も、分裂症も、この強迫障害

も、誰もが多かれ少なかれ持っている。それをコントロールしようとしてできる

ものでない。私も当然、それに思い当たる強迫障害に近い症状が幾つかある。

多人数の兄姉の末っ子で、両親が終戦直後で、家業の再創業期にあり、異常な

生活環境にあった影響が、心の奧底に大きく存在していた。人生を通して、

その脱皮が人生のテーマだった。それぞれが、それを抱え生涯を生きている。

私の場合、心の底から笑える性格があったのと、両親の温もりが地熱として

あったのとが、症状を軽くしてくれた。分裂、躁鬱、強迫障害症の三つを

束ねるのが自己になる。

・・・・・・

5621,人生を幸福で満たす20の方法 〜?

2016年08月05日(金)

         <人生を幸福で満たす20の方法>三宮 麻由子(著)

 創業の準備の15年間は、常に何かに追立てられている気分だったが、充実

した日々でもあった。創業を目指したからこそ出来たことが多い。目指すことが

ハッキリしていれば、様々な好奇心が旺盛になってくる。創業は、その努力の

積重ねの結果であり、決して博打ではない。これは、幸福への努力と同じ。

  〜紹介内容より〜

 幼くして視力を失うという絶望の中から、微かな希望を見出して日々を生き

抜き、いま幸福に満たされているエッセイストが綴る「幸福のつくり方」。

人生に虚しさを感じたとき、どのように心を幸福感で満たしたらいいのか?

生きる意味が分からなくなったとき、絶望の淵に立ったとき、どうやって希望を

見出して乗り越えるのか? 心に幸福を生む考え方とは? 珠玉の20話。 

  [ 目次 ]

:空虚な日々を楽しむ方法:(好奇心で心を満たそう ゲーム感覚

              チャレンジ 手触り感のある生活 ほか)

:絶望の日々を生き抜くために:(危機は自然体で乗り越えよう 

    夢を叶える方法     出会いと別れの達人になろう ほか)

:幸福力アップの秘訣: (人生相談の極意 いまを「旬」として生きる 

             幸福を生み出す魔法の言葉 ほか)

  〜プロローグ〜より〜

≪ 外的な環境がどんなものであるかにかかわらず、心が幸福で満たされれば

 人生は幸福なものになる。心に不幸な感覚が満ちていれば人生は惨めで不幸な

ものになる。心をそのどちらの分銅によって傾けるかは、ひとえに私たち自身が

「幸福になりたい」と願う意志と、逆境にあっても光を見出す「幸福力」の強さ

にかかっているのだ。ただし、「幸福である」ことと「幸福を目的にする」こと

は違う。J.S・ミルがいうように、幸福そのものを人生の目的にしてしまうと幸福

にはなれないだろう。それは本末転倒であろう。なぜなら、幸福は行動の結果、

つまりミル風にいえば副産物であって、目標として提示されるものではないから。

ではどうやって幸福になるのか。私の考えでは、「幸福のベクトル」に乗った

行動の積み重ねによって人生を幸福で満たし、不幸を追い出してしまえばよい

のではないだろうか。ちょうど節分に豆まきで鬼を退散させるように、心の隙間

から入り込もうとする不幸を退散させ、幸福の光で心を照らしていくのである。

本書では、そのためにできる二〇の実践例を、幸福のレベルに応じて三つの段階

に分け、私の経験に基づいて語った。

 ところで、幸福に至るには試練を直視しなければならない。私の場合、最大の

試練は光を失ったことであった。だが、これを受け入れて自己の特色として

生かす術が身につけば、試練はむしろ幸福のための糧となり、最後には幸福の源

とさえなり得ることも、私は学んだ。だからいまではこれを試練としてではなく、

生物的な特色としてニュートラルにとらえ、シェネレスという造語で呼ぶことが

できるようになってきた。そしてこのような考え方ができてくると、幸福感も

高まり、おそらく幸福力も高まってくるのだと思う。

 そんな意味からも、本書ではさまざまなほかの試練とともに、この最大の試練

とどう向き合ったかを、これまでより深いところから語った。願わくは、これを

「障害の受容」のストーリーとしてではなく、あなた自身が幸福を追求するうえ

でのヒントとしてお読みいただければ幸いである。・・ ≫

▼ 幼くして視力を失う試練の中で、「幸福のベクトル」に乗った行動の積み

 重ねによって人生を幸福で満たし、不幸を追い出してしまうかを提示する。

老いるということは、死に向かい受容するプロセスでもある。その中で、幸福感

を維持するヒントが、ここに多く書かれている。 〜つづく

・・・・・

4524, 生きる悪知恵  ー3

2013年08月05日(月)

  「生きる悪知恵 ー正しくないけど役に立つ60のヒント」西原 理恵子 (著)

60の人生相談が収録されていて、仕事編、家庭編、男と女編、性格編、トラブル

カテゴリー分けされている。その中から、印象の強い面白い順といえば、

「男と女編ーヤリたいときがヤレるとき」。    

  * 妻子ある男と交際を続けるべきかに →3チンポもて!

《 Q: 8年付合っている妻子持ちとの交際をやめるべきか? に対して

 A:オーケストラの人としゃべっていたら、「いやあ、ウチは不倫率が高くて」

と言っていたけど、音を合わせてるんだから、しょうがねえよなっていう。

だってやったほうが早いもんね。フィギアスケートのペアとか社交ダンスとか、

「アンタらヤってないほうが不自然じゃっん」みたいな。しかも、そういう

クリエーターは、従来の決まりやモラルを破るのが仕事だから、「この人いいな」

と思ったら、さっさとヤっちゃう。そりぁ、たまに会ってデートずるだけの拘束

しない相手って楽に決まってるよ。女の人が自立してたりすると、よけいにね。

そのまんまの関係でダラダラしてるのが好きなんじゃない? 別にやめる必要も

ないと思うし。今の相手より好きな人が見つからないというか、見つける努力を

してないだけ? あなたの場合、次を見つける努力はしたほうがいいですね。

スぺアていうかバックアップはとっておいたほうがいいですから。私の周りの

モノノフの女たちは「3チンポを持て」と言います。「いいですか、1チンポ

ではいけません。それがなくなったらどうするんでか。必ず2本はバックアップ

持っておくように」って泳かせておいてもいい、年に1回くわえるだけでもいい。

必ずバックアップを持っておいてください。そうじゃないと、相手が「やっぱり

奥さんにバレちゃったし、となった時に、路頭に迷うじゃないですか。

30過ぎて路頭に迷うとキツイですよ。 》

▼「3マンコ」など、中村うさぎか、西原でなければ書けない。水商売なら

ともかく、普通の女性が、そのまま実行でもしたら? この章の「男と女編」

の副題ーヤリたいときがヤレるときーが良い。

「後悔、先に立たず」でなく「後悔、後に立たず」? 何事も硬い壁を壊し、

もう一歩踏み込むこと。人生を通して必至に壊してきたが、この程度。壊した分

だけ変形しただけ? あらためて周囲を見渡してみて、壊さなかったら、

これほどツマラナイ人生もない!と、実感。ところで、男の相談者だったら

「3マンコを持て」と回答はしない。そんなのはザラにいて面白みがない。

「やりマンになれ」より「3チンポを持て」は、漫画家でしか表現できない言葉。 

漫画家は一つの絵の中に、捻った笑いを含めるため、自然と言葉もこうなる。

2018-08-03 幸福な人ほど「知的」になるのはなぜか?

[] 05:57 幸福な人ほど「知的」になるのはなぜか? - 堀井の「居間 客室 読書室」 を含むブックマーク

f:id:horii888888:20180803055714j:image

              <「自分のための人生」ダイアリー著>

   * 知性は、幸福なればこそ

 この本の小項目、<幸福な人ほど「知的」になるのはなぜか?>が、

面白い。知性のある人は概して幸せそうである。何故か美人は、清潔感と、

明るさと、質素感がある。生れ育ってきた過程と、家庭環境が相まって

自然と、そうなったのだろう。自然と、そこには知性が育まれている。

 ここで、

≪『適正とは、学習すべき課題を習得するのに要して時間』であると。

この言葉が示しているのは、充分の時間を与えられれば、どんな人でも課題を

習得できるということ。知性は、遺伝とか、他から与えられるものではないと

いうこと。知的な人ほど、「この世には、いくら学んでも学びきれないことが

ある」と知っている。彼らは、「分からない」と言うことを恐れません。

知らなければ、学べばいいのです。本当に頭のいい人は、知らないことに落ち

込まず、「知らない」を「知る」に変える努力をします。知性とは、自分の知識

の限度を心得ていることなのです。≫ とある。

▼ 都会に出て、周囲を見渡した時にまず実感したことは、都会人の読書量の

 多さと、話題の豊富さ。それ以前に話術のセンス。ただ、無口でいるしか

ない劣等感に陥ってしまう。そして、まずは読書をするが、まずは絶対量から

入るしかない。部屋や、図書館に籠って読書に熱中すると、心が落ち着く反面、

何故か疎外感が強くなり、誰か友人と群れたくなる。で、行きつく先が女友達。

その質を深く考えることなく、一生の伴侶を決めてしまう。

 「良いこと3:悪いこと1以上が幸福の目安」とすると、その状態なればこそ、

知性を呼寄せることになる。17年前に、個人HPを開設し、「一日一テーマ

自らに位置付けた。50年程前には、一日、二時間の読書時間の確保を…ライフ

ワークにした。それにしては、大した質量のベースでないが、この二つの

生活習慣が、51回の秘・異郷ツアーの別腹の世界を構築させてくれた。

さらに、40年以上の早朝散歩とポタリングも、然り。以前に書いたが、現在の

私の幸せ度数は『6対1』。7年前の節目に、構築した生活習慣が大きく影響を

与えてくれる。それと、このブログの17年にわたる随想日記の継続と蓄積がある。

些細で、自慢は出来ないが、それでも、6:1の幸福感が、下支えになっている。

知性は、己より質量が上だと、霞んで見えるが、逆になると鮮明になるから

恐ろしい。そのまま性格、特に幸福度数の質量に現れる。

・・・・・・

5619,閑話小題 〜日本五大花火大会について

2016年08月03日(水)

  * 日本五大花火大会について

 昨日、今日と、長岡花火。昨夜は、早朝の自転車コースの水道町公園に

19時半から20時半まで一時間ほどの花火見物に行ってきた。「フェニックス」

が終わるのを待って、帰ってきたが、空が曇っていたが、「フェニックス」が

上がる頃には、何とか空が晴れていた。 〜ネット検索によると〜

<二大といえば「大曲」「土浦」。三大で、「長岡」が入る。

 次に、PL、諏訪湖、片貝、熊野、 袋井、豊田とある。>

 〜他のネットでは、

< 1位 長岡まつり 大花火大会;

  2位 全国花火競技大会(大曲の花火);

  3位 土浦全国花火 競技大会;

  4位 ふくろい遠洲の花火;

  5位 赤川花火大会;

  6位 豊田おいでんまつり花火 大会;

  7位 常総きぬ川花火大会;

  8位 熊野大花火大会;

  9位 古河花火大会;

  10位 水戸 ...           >

 それぞれの特質があって、どれがベストかは言いがたいようだ。

長岡花火は、二年前に、『この空の花』で、映画化されて一躍、有名になった。

昭和24年の夏、山下清が日本一の花火を見るため長岡に現れた。その翌年、脳裏

に焼き付けた記憶で生まれたのが、貼絵の技法で描かれた「長岡の花火」である。

 これらを鑑みると、三大花火の一つというのが、正しいのだろう。

10年前までは、ツアーなどでの自己紹介で<長岡出身です>といえば、

<『田中角栄』『田中真紀子』の出身地ですね!>だったが、

「フェニックス」以来、<「長岡花火」の長岡ですね!>と言われるようになった。

・・・・・・

5254,下流老人 

2015年08月03日(月)

 去年になるが、 NHKスペシャル、ー老後破産:長寿という悪夢ー

をみて衝撃を受けた。家内も厚生年金のため、人並みの生活は出来そうだ。

先日、新聞の雑誌広告で、『下流老人』という言葉が目に付いたので、

ネット検索をすると、以下のような厳しい内容が出てきた。

≪ ・ ー下流老人とは、

1、収入がない、2、資産がない、3、社会的ネットワークがない老人をいう。

 総務省の家計調査や、所得統計から貧困ラインから下流範囲を推測するが、

生命保険会社や金融機関では、老後生活の費用は最低ラインで20万円、ゆとり

ある暮らしには30万円超が必要という。ほとんどの老人世帯は最低ラインで、

ゆとりある老人世帯は一握り。(これは金融商品や保険を売るため使われる。)

・2014年の我が国における65歳以上の高齢者人口は3300万人、総人口に占める

割合は25.9%と、共に過去最高を記録しているが、大づかみに言って、そのうち

600〜700万人が「下流老人」と見なされている。内閣府の調査でも(2010年)、

65歳以上の高齢者世帯の「相対的貧困率」が22.0%となっていることから、

この推計は大きく的を外してはいない。老人と若者の間の「世代間格差」

が問題となっているが、老人の間の「世代内格差」も凄まじいものがある。≫

▼ 10年、20年スパンでみると、9割の老人が「下流老人化」するという。

 老いれば、金を使う場面も少ないから、さほどの問題ではない?と、たかを

括っていられない。死ぬまでは金が要るが、死んだ瞬間から、生活費がゼロ

になるので、当人にとっての持ち金は微妙な問題でもある。 それでも

総世帯の15%が「下流」というから、やはり老人の立場は弱い。本格的

な国家衰退が始まってきたが、そのシワ寄せは、まず弱者に襲いかかる。

ギリシャが問題になっているが、それより、日本が遥かに深刻である。

ひたすら直視しないで、先送りしか手立てがないだけ。その限界の年が、

今年から来年。その矛先が、まずは老人と、母子家族。何がオリンピックか!

目先を凌ぐ、末期患者のリンゲルと同じ。その責任は、選んだ国民にあり。

・・・・・

4522, 生きる悪知恵  ー1

2013年08月03日(土)

  「生きる悪知恵 ー正しくないけど役に立つ60のヒント」西原 理恵子(著)

 図書館の返却コーナーで見つけた本で、面白そうなので借りてきたが、これが

面白い! 著者は、このところ売れっ子で、岩井志麻子、中村うさぎなどと

女無頼を売りにしている。しかし答えは至ってまともで、的を得て、簡単。

「被害者面するな。世間体やプライドとか言ってる暇あったら、あの手この手

を使って状況を打開しろ」で、「人生、生き延びてナンボ」が一貫している。

  ーアマゾンの内容紹介ー

=『ぼくんち』『毎日かあさん』で知られる人気漫画家・西原理恵子が、

波瀾万丈な人生経験をふまえて、恋愛、家族関係から仕事、おカネの問題まで、

あらゆる悩みに答える「人生相談」エッセイ。 主な項目は以下の通り。

「70社受けてもダメ。出口の見えない就活に疲れ果てました」

「苦手な上司に毎日のように飲みに誘われます」

「結婚して5年。妻がブクブク太っています」

「夫が浮気しているようです。追及すべきでしょうか」

「息子の部屋からロリコン漫画が出てきました」   

「60代の父が30代の女性を同棲。妙にやつれてきました」

「頼まれるとイヤと言えない性格を何とかしたい」  

「夫が痴漢で逮捕されました。無実を信じたいのですが」

「小銭を借りて返さない同僚に困っています」など。=

  ー「はじめに」の冒頭からして、これ(以下)であるー

≪ ・・私の故郷の高知県なんか、すごいですよ。

 高知で一番大きな会社はどこかっていうと「生活保護」。

「あれだけお金払える会杜、ほかにない」って。で、生活保護をもらえる人は

貯金しない人だから、きっちり毎月全額を飲み食い、遊興費で使ってくれる。

それで高知県の経済が回っている。それはまあ半分冗談ですけど、実際ケース

ワーカーさんに話を聞いたら、「確かに腹の立つヤツもおる。こいつは

インチキやろ、というのもおる」と。だけど、「具合悪くて働けんゆうたら

そうかもしれんし、そんなに悪ないゆうたら悪ないかもしれんし、人間なんだ

から玉虫色なんです。ただ、それで生活を立て直す人たちも確実にいることを

覚えてお いてください」と言うてました。日本人って「正直であれ」とかよく

言うけど、真面目すぎるのも生きづらい。もっとウソつきでいいんじゃないかと。

 私がこれまで漫画家として生きてこれたのは、正直じゃなかったから。

ウソをつくのを悪いと思うてない。一番最初のお客さんである編集者を、

いかにダマすかというところから始まりています。締め切りがギリギリで

絶対OKもらえなさそうな人には、最初にくだらないA案を見せて、あとにもう

ちょっとマシなB案をもってくるとか、目くらまし的なことをやって。あと、

10万円欲しいときには、最初に「100万円くれ」って言ってみるとか。

火事場泥棒みたいなことは我ながらうまいかな、と思いますね。もうひとつ

よかったのは、プライドがなかったこと。私の仕事は客を笑かしてナンボなので、

自分の表現がどうとか関係ない。もらえる仕事は何でもやってきた。

身もフタもないことを平気でできるというのは大事です。プライドでご飯は

食べられません。誰だって働けなくなる日は来るんだから、とにかく働けるうちは

働いてお金を貯めておけ、と。だから、今でも仕事はどんどん入れてる。

国とか会社をアテにしてたら酷い目に遭いますよ。》

▼ 西原は「借金を重ねながらも夫を看取り、子供を育て、誰に頼らないで

 大量の仕事をこなしながら、ここまで至った。人生・体験に基づいた

回答だから、「生き延びたもの勝ち! 横から攻めたり、一旦逃げたり、

ダメな時の解決は人任せ」 でも嫌に説得力がある。男には書けない

開き直りが面白みを増している。

・・・・・

3782, ユング ー15

2011年08月03日(水)

  * ユング心理学、3つの流れ ー ? 元型派  

 ☆ 元型派ーひたすらイメージと対話し、遊ぶ   

< 元型派= 古典派が自己の元型の象徴と、その変容に重点を置くのに

 対して、『元型派』は変容や自己実現はフィクション・幻想であるとする。

そして常に変容を目指すという古典派の態度そのものが、かえって人間を

傷つけるとして、変容や統合を目指さないでひたすら「イメージそのものを

大切にする」という態度をとる。それはたとえば「オルフェウス」の神話の

解釈に表れている。{ギリシャ神話の音楽と詩の神オルフェウスは、蛇にかまれて

死んだ妻を地下の世界、つまり黄泉の国に行き、連れ帰る途中に、決して後ろを

振り向いてはいけない約束を破ってしまったため、妻は洞窟の奥に吸い込まれて

消えてしまった。そして、彼の使っていた竪琴だけが天に昇って琴座の星座に

なってしまう。その後、オルフェウスは放浪の旅先で殺されてしまう。}

 この神話は古典派的視点から見れば、女性像=アニマを獲得しそこなって

男性性を確立しそこなった失敗例として扱われる。しかし、イメージそのものを

大切にする元型派は、この神話の各登場人物やアイテムが「生き生きしている

ことが大切」である。 竪琴が星座になってキラキラしているのであれば、

自己実現しているのだと理解できる。患者が統合や発達の失敗、男性性や

女性性の確立の失敗などの夢を見ても、失敗例と見ない。その夢の中の

イメージや登場人物・アイテムについて、じっくり 話し合い、そのイメージ

と遊ぶように接していくのが元型派の特徴である。

  ー元型派の治療態度とはー

 元型派は、患者の夢のイメージそのものを何よりも大切にし、イメージと遊ぶ。

古典派の患者の変容や治癒だけを目指すのではなく、患者のイメージにいかに

寄り添えるかを大事にし、夢そのものを色いろな角度から味わい、深めることを

目的とする。 時には、治療者と夢に関連させて共に空想を膨らませたり、

昔みた映画やドラマの話しをしたり、突拍子もない話をする態度である。

それは、あくまで治療者の「癒し」につながる遊びである。それらの対談の中で、

その夢は単に、その人だけのものでなく、人類に普遍的なものだったり、時空を

こえた昔話だったり、神話につながることに気づくことで、孤独が癒される。

 このように、イメージに忠実に寄り添い、深めることで、結果的に治療や変容

が生じてくるのであり、変容を起こそうと思ってはいけないのが、元型派の

基本的態度である。 >     (『ユング心理学』福島哲夫著ーP・200)

▼ 患者の夢について、色いろな角度から深く語りあううちに、患者の悩みが

 特殊なものでなく普遍的なものと気づくことから孤独感が薄らいでいく。

何ごとも肯定的に受けとめることが重要になる。〔イメージそのものを大切にする

元型派は、この神話の各登場人物やアイテムが「生き生きしていることが大切」〕

とあるが、考えさせられる。そのイメージと遊ぶように接すれば生き生きして

くるはず。神話は民族の元型である。その登場人物はキラキラ輝いていなければ!