日本の大学の博士号

「日本では昔は文系の博士号を出さなかった」というようなことを言う人がいる。これが「あまり」がついたり、「若い人には」がついたりすればいいが、「まず」「まったく」とか、「若い人にはまったく」とかつくと、それはデマである。実際には1924年以来多くの文学博士号が出ていて、中には30代の人もいる。そこでデマを防ぐために主な博士号取得者をあげておく。西洋文学系の場合、1960年ころからとらないことが増えるが、それは本国でとるほうが価値が高いと思われるようになったからだが、それにしては東大英文科の状況はひどく、中野好夫西川正身、大橋健三郎、平井正穂から、平石貴樹大橋洋一あたりまで、教授で博士号をとった人が、国内海外問わずいない。今は新井潤美阿部公彦など教員はまずとっている。英国と東大でとった河合祥一郎もいるくらいだ。あとフランス文学では菅野昭正、ドイツ文学では柴田翔、ロシヤ文学では川端香男里沼野充義がとっていない。本国でとるべしという強迫観念がこういう人を生み出したのか、私は知らない。

1924 笹川臨風「東山時代の文化」
1925 高野辰之「日本歌謡史」49歳
1926 平泉澄「中世に於ける社寺と社会との関係」31歳
   中村孝也「元祿及び享保時代における経済思想の研究」
1927 齋藤勇「詩ニ関スル「キーツ」ノ見解」60
1929 豊田実「ジョージ・エリオット研究」44歳
   諸橋轍次儒学の目的と宋儒(慶暦至慶元百六十年間)の活動」
1930 武田祐吉万葉集仙覚本ノ研究」
   辰野隆「ボオドレエルの態度」42歳
1931 大西克礼「カント「判断力批判」ノ研究」
   後藤末雄「拾七、拾八世紀ニ於イテ仏国思想上ニ及ホセル支那思想ノ影響」45
   金倉円照「ブリハダーラヌヤコーパニシヤツドバーシユヤの研究」
1934 藤懸静也「浮世絵起源論」
   橋本進吉「文祿元年天草版吉利支丹教義ノ用語ニツイテ」
   宇野円空「マライシアニ於ケル稲米儀礼
   久松潜一「日本文学評論史ノ研究」40
1935 金田一京助ユーカラノ語法特ニソノ動詞ニ就テ」53
   島津久基「近古稀覯小説ノ研究」
1937 坂本太郎大化改新の研究」
   出隆「ギリシア人ノ霊魂観ト人間学
1938 戸田貞三「家族構成」
   加藤常賢「爾雅釈親を通じて見たる支那古代家族制度研究」
1941 石川謙「石門心学史の研究」
1942 花山信勝勝鬘経義疏の上宮王撰に関する研究」44
1943 中村元「初期ヴエーダーンタ哲学史
   服部四郎元朝秘史の蒙古語を表はす漢字の研究」
   時枝誠記「言語過程説の成立とその展開」
1944 麻生磯次「近世文学の支那的原拠と読本の研究」
1945 鈴木信太郎「「ステフアヌ、マラルメ詩集」考」
   金子武蔵「ヘーゲルの国家論」
   相良守峯「独逸中世叙事詩研究」
   守随憲治「歌舞伎劇戯曲構造の研究」
1946 松浦嘉一「ダンの修辞的映像に現れたる彼の世界観及び将来の英帝国に対して彼の抱きたる幻想」
1947 前田陽一「モンテーニユとパスカルに於ける護教学的論証「レーモンスボンの弁護」と「パンセ」の関係についての研究」
   尾高邦雄「職業社会学
1948 池田亀鑑「古典の批判的処置に関する研究」
1950 玉井幸助「更級日記錯簡考」
   家永三郎「主として文献に拠る上代倭絵の文化史的研究」
   桂寿一「デカルト哲学研究」
1951 暉峻康隆「西鶴 :評論と研究」
   山本達郎「元明両朝の安南征路」
   岩生成一「南洋日本町の研究」
   倉野憲司「古典の研究」
1952 岩崎武雄「カントとドイツ観念論
   重友毅雨月物語の研究」
1953 小池藤五郎「徳川時代大衆文学の主軸である赤本、黒本、青本の研究」
   堀一郎「わが国民間信仰史の研究」
1954 高木市之助「古文芸の論」
   市古貞次「中世小説の研究」
1955 石田吉貞「藤原定家研究」
   宇野精一「先秦礼思想の研究」
   豊田武「中世日本商業史の研究」
1956 渡辺一夫「フランソワ・ラブレー研究序説」
   杉捷夫「スタール夫人文学理論(「文学論」一八〇〇年まで)成立課程の研究」
   有賀喜左衛門「日本家族制度と小作制度」
1957 志田延義「近世調成立期以前の日本歌謡史の諸問題」
   松尾聡「平安時代の散佚物語の研究」
   松村博司栄花物語の研究」
   小場瀬卓三「モリエールドラマツルギー
1958 小野忍「中国現代文学の研究」
1959 平川彰「律蔵の研究」
   阿部秋生「源氏物語研究序説」
   井上光貞「日本浄土教成立史の研究」42
   玉城康四郎「天台実相観における心の捉え方の問題」
   前田護郎「言語と福音」
1960 佐々木潤之介「幕藩制下基礎構造の研究」
   竹内敏雄「アリストテレスの芸術理論、美学的、文芸学的研究」
   大島建彦「民間文芸史の研究」
1961 高橋健二「ヘッセ研究」
   築島裕平安時代漢文訓読語につきての研究」
   児玉幸多「近世宿駅制度の研究」
   海老沢有道「南蛮学統の研究」
   手塚富雄ゲオルゲリルケの研究」
   高橋義孝「文学研究の諸問題 ドイツ文芸学を中心として」
   宝月圭吾「中世量制史の研究」
   竹内理三「日本に於ける貴族政権の成立」
   阿部吉雄「江戸初期儒学と朝鮮儒学
   詫間武俊「双生児法による遺伝心理学的研究」
   石田英一郎「河童伝説 日本の水精河童と馬を水中に引き入れんとするその習性とに関する比較民族学的研究」
   桝井迪夫「チョーサーの脚韻語の構造研究」47歳
   永積安明「日本中世文学の成立」
   三上次男「満鮮原始墳墓の研究」
   井上究一郎マルセル・プルーストの作品の構造」
   星野慎一「晩年のリルケの伝記的研究」
   西嶋定生「二十等爵制の研究」
   井本農一「蕉風を中心としたる俳諧史の問題的研究」
   大石慎三郎享保改革の経済政策」
   長沢規矩也「和漢書の印刷とその歴史」
   増谷文雄「アーガマ資料による仏陀の生涯の研究」
   武田清子「人間観の相剋」
   中島文雄「英文法の体系」
   佐藤進一「鎌倉時代より南北朝時代に至る守護制度の研究」
   小松茂美後撰和歌集 校本と研究」
   次田香澄「玉葉和歌集・風雅和歌集の研究」
   宮本常一「瀬戸内海島嶼の開発とその社会形成」
      梅津八三
   新城常三「社寺参詣の社会経済史的研究」
   尾山篤二郎「大伴の家持の研究」
  
1962 中村幸彦「戯作論」
   玉上琢弥「源氏物語研究」 
   犬養孝萬葉集の心情表現とその風土的関聯につきての研究」
   伊東一夫「島崎藤村の人と文学における諸問題」
   渡辺照宏「摂真実論並びに釈の研究」
   金岡秀友「ミーマーンサー・スートラ研究」
   田村芳朗「鎌倉新佛教の研究 日蓮思想の周辺」
   福鎌忠恕「モンテスキュー社会学思想」
   関敬吾「日本昔話の研究」
   三角寛「サンカ社会の研究」
   魚返善雄「文体理論の言語学的研究」
   辻達也「享保改革の研究」
   井浦芳信「日本演劇史の研究」
   金田一春彦「邦楽古曲の旋律による国語アクセント史の研究」49
   笠原一男一向一揆の研究」46
   鎌田茂雄「華厳思想史研究」
   赤塚忠「周代文化の研究」
   大畑末吉「ゲーテにおけるスピノチスムス」61
   護雅夫「古代北アジア遊牧民族史の研究」
   早島鏡正「パーリ仏教における実践の発展」
   石田瑞麿「日本仏教における戒律の研究」
   藤堂明保「上古漢語の単語群の研究」
   花山勝友「十住心論の研究」
   小林正「「赤と黒」成立過程の研究」
   前田恵学原始仏教聖典の成立史的研究」
   榎一雄「エフタル勃興前後の中央アジア
   下村富士男「明治初年条約改正史の研究」
   佐藤晃一「トーマス・マン研究」
   小林太市郎「大和絵史論」
   菊池栄一「イタリアにおけるゲーテ
   福武直「日本村落の社会構造」
   登張正実「ドイツ教養小説
   窪徳忠庚申信仰の研究」
   小島憲之「出典論を中心とする上代文学の考察」
   安士正夫「バルザック研究」
   国松孝二「ニーチェ伝研究序説」
   斯波義信「宋代における商業的発展 : 宋代商業史のための基礎的研究」 

1963 中西進万葉集比較文学的研究」34歳
   池田弥三郎「日本芸能伝承論」
   渡辺二郎ハイデッガー哲学の研究」
1964 神品芳夫「表現形式からみた後期リルケ
   杉富士雄「「聖女フォワの歌」の文学的一考察」
   鳥居修晃「視野における・・・」34歳
   石井進鎌倉幕府律令国家の関係についての研究」33歳
1965 戸張智雄「ラシーヌ悲劇の成立におよぼせるギリシャ古典の影響」
1966 諏訪春雄「近代演劇史の研究」36歳
1967 鹿取広人「認知・・・」39歳
   中村雄二郎パスカルとその時代」37歳
1968 小栗浩「「西東詩集」研究 :その愛を中心として」
1969 小堀桂一郎「若き日の森鴎外」36歳
   亀井俊介近代文学におけるwhitmanの運命」37歳
   柴田武「言語地理学の方法」
   秋山光和「平安時代世俗画の研究」
1971 森暢「歌仙絵の研究」
   布目嘲風「隋唐史研究 唐朝政権の形成」
   吉田六郎「ホフマンー浪漫派の芸術家」
   大曽根章介「本朝文粋の研究」
1972 高崎直道「インド大乗仏教における如来蔵思想の形成に関する研究」
   伊藤勝彦「デカルトの人間像」43歳
   原実「Tapas研究」
1973 前田専学「シャンカラ研究序説 「ウパデーシャ・サーハスリー」とその哲学」
   湯浅泰雄「近代日本の哲学と実存思想」49歳

1974 平川祐弘「和魂洋才の系譜」43歳
   小山敦子源氏物語の研究」43歳
   石田穣二「源氏物語論集」
   島田謹二「日本における西洋文学の考究 比較文学研究」72歳
   今道友信「同一性の自己塑性」
   木藤才蔵連歌史の研究」
   山本正秀「近代文体発生の史的研究」
   河竹登志夫「近代日本演劇とハムレット ハムレット移入史の研究」
1975 江藤淳夏目漱石「薤露行」の比較文学的研究」43歳
   福田秀一「中世和歌史の基礎的研究」
   下出積与「日本古代の神祇と道教」48歳
   中山恒夫「ホラテイウスと民衆」
   江島恵教「Bhavavivekaを中心とする中観学派の研究 : 空性論証の論理をめぐって」 
1976 太田雄三「日本のキリスト教徒における世界主義と日本主義 :内村鑑三を中心として」38歳
   小林一郎田山花袋研究」
   加藤秀俊「コミュニケイション体系と社会体系」46歳
   前野直彬「中国小説史考」
1977 渡辺守章ポール・クローデル 劇的想像力の世界」44歳
   山中裕「平安朝文学の史的研究」
   清水礼子「スピノザ研究」
1978 風間喜代三「印欧語の親族名称の研究」
1979 久保田淳「新古今歌人の研究」
   神作光一「曽禰好忠集の研究」
   国広哲弥「意味論の方法」
   西尾幹二「初期のニーチェ」46歳
   山口瑞鳳吐蕃王国成立史の考証的研究」
1980 義江彰夫鎌倉幕府地頭職成立史の研究」43歳
   目崎徳衛「西行の思想史的研究」
1981 鈴木康司「下僕像の変遷に基づく十七世紀フランス喜劇史」
   佐藤次高「アラブ中世社会史研究」
   森祖道「パーリ・アッタカターの研究」
1982 伊井春樹「源氏物語注釈史の研究 室町前期」
   稲垣良典「習慣の哲学」
1983 谷脇理史「西鶴研究序説」
   田仲一成「中国祭祀演劇研究」
1984 高村直助「日本資本主義史論」48歳
1985 荒井貢次郎「近世被差別社会の研究」
   稲岡耕二「万葉表記論」
   黛弘道「律令国家成立史の研究」
   山口佳紀「古代日本語文法の成立の研究」
   芳賀徹「絵画の領分」
1986 山下宏明「平家物語の生成」
1987 田代慶一郎「文学としての謡曲
   長谷川寿一「野生チンパンジーの性行動」35歳
   金井円「日蘭交渉史の研究」
   岩田靖男「アリストテレスの倫理思想」
   井田進也中江兆民のフランス」
1988 山口仲美「平安文学の文体の研究」
   上村勝彦「インド古典演劇論における美的経験 Abhinavaguptaのrasa論」
1989 桜井由躬雄「ベトナム村落の形成 村落共有田=コンディエン制の史的展開」
   笹山晴生「日本古代衛府制度の研究」
1990 遅塚忠躬「ロベスピエールとドリヴィエ フランス革命の世界史的位置」
   永積洋子「近世初期の外交」

 

 

エミール・ギメと「忠臣蔵」

エミール・ギメはフランスの富豪で、明治初期に来日して日本を見て回り、浮世絵などを大量に買い込んでフランスでギメ美術館を作ったり、日本についての著述をした人で、その挿絵を友人のフレデリック・レガメーが描いている。

 そのギメの『明治日本散策 東京-日光』(角川ソフィア文庫)を読んだら、赤穂事件について詳しい解説があったのだが、ギメはこれを、近松門左衛門の「碁盤太平記」をもとにして書いている。確かに事件を太平記の世界に移し、吉良を高師直、大石を大星由良助としたのは近松だが、当時知られていた「忠臣蔵」といえば、竹田出雲・並木千柳らの作で、ちょっと疑問が残ったから、調べようかと思ったが、別に事実関係に間違いはないし、手間がかかる割に大したことにはならないだろうと思ってやめにした。

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高村光雲「幕末維新懐古談」レビュー

岩波文庫版で読んだのだが、これは青空文庫にも入っている(ただしバラバラなので注意が必要)。高村光雲の懐古ばなしを、大正11年に日曜ごとに光太郎と田村松魚が聞いて、松魚が筆記したものだが、ですますの語り口調でべらぼうに面白い。それはまあ、光雲が才能があって作品が評価されちゃくちゃくと出世していくということの、出世物語的な面白さには違いないのだが、長女の夭折とか、廃仏毀釈とか苦労をしたところもあって、それが時代の職人の精神でさらり、さらりと流していく、そこに何ともいえぬ清々しさを感じる。

 確かに意識は古めかしいのだが、それが嫌な感じがしないというのは、もしかすると田村がそういうところを削った可能性もあるのだが、筆記者田村もまた大したもので、近時久しぶりに面白いものを読んだ。

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石川淳「諸国畸人伝 改版」 (中公文庫)レビュー

別冊文藝春秋」に1955年から56年まで連載された、十人の近世から近代にかけての工芸職人などの伝記集。大江健三郎が初めて石川淳に会った時この本をくれたというが、その後大江と石川の関係はやや曖昧模糊としている。  人は都々逸坊扇歌、鈴木牧之、小林如泥らだが、私は石川淳の小説が面白くなくて閉口していたし、これは若い頃読もうとして、何かイライラしていたのかすぐ放り出したが、今読むと割合面白かったが、鈴木牧之のところで、馬琴の悪口を言うので、まあやっぱりこの人とは合わないなと思った。どうせ石川淳は馬琴が嫌いなんだろうと思っていたからだ。あとは石川淳を好きな人が嫌いだということがある(田中優子とか鈴木貞美とか)。しかし石川淳の本としては面白いほうだが、最後から二番目の武田石翁のところだけかなりつまらなかった。あと改版の時にできたらしい誤植が三カ所あった。

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村上元三「五彩の図絵」

1973年6月14日から、74年9月14日まで、「朝日新聞」夕刊に連載された時代小説。中公文庫で上下二冊。背表紙の解説を書き写すと、

「元禄十五年十二月、赤穂浪士の討入りが、上杉家の若武者、春日今之助の運命を変えた・・・・・・。公儀に隠した城の修築、禁裡修復にまつわる黒い霧など、絵図作製の特殊技術を持つ今之助をめぐって起こる権謀術数のかずかず、泰平の世の裏面にひそむ人間諸相を雄大な構想でとらえる」。

下巻は「爛熟した元禄時代の影の世界で暗躍する若き米沢藩士春日今之助と、悪に徹した玄武道印。絵図をたてに、公儀に隠した城の修築をあばき、御所修復の裏を探って、巨万の富を掌中のものにしようとする・・・・・・。享楽の世相を背景に、うごめく人間群像をとらえて生き生きと描く」。

 下巻の解説は杉本苑子が書いていて、自分には手が出ない「大日本史料」を村上は揃えており、ほかにも徳川時代の史料類が豊富に手元にあると嘆息するように書いている。そういえば宮尾登美子原作の大河ドラマ義経」に、史料提供:村上元三とあった。遠近道印(おちこちどういん)という実在の絵図師もちょっと出てくるらしい(読んではいない)。

どう「黒幕」?

いま大河ドラマでやっている「長徳の変」についてウィキペディアで見ると、藤原道長が「黒幕」だと書いてあるのだが、どういう風に黒幕なのかは書いていないから分からない。

 平安前期の「応天門の変」も、伴善男が応天門に火をつけて源信に罪をなすりつけようとした事件だが、これについても、藤原氏が伴氏や紀氏を追い落とすための陰謀だという説があったが、実際火をつけたのは伴善男だろうし、どういう風に陰謀なのか分からないのである。