Hatena::ブログ(Diary)

障害・介助・ベーシックインカム

2018-05-26

ツェランの讃美歌Psalm

深夜、強制収容所体験したパウル・ツェランのPsalmという詩が心に響いたので、自分なりに訳してみた。

「無き者」というのは、強制収容所絶滅収容所で、誰にも聞かれることも見られることもなく、無くなった方々、痕跡なく無くなっている方々のこと。

その無き者の上に私たちがある。

私たちもまた無き者なのであろう。

けれども、この歌がある。


讃美歌Psalm

無き者 私たちをふたたび 土と粘土から 捏ね上げること無く。

無き者 私たちの塵に言葉を吹き込むこと無く。

無き者。

讃えられてあれ、無き者。

あなたの為に

私たちは開花したい。

あなたに

向かって。

虚無、

私たちは虚無であった、

今も、

これからも。

開花しつつ。

其は、

虚無の薔薇

無き者の薔薇

魂の煌々たる雌しべ

天の荒漠たる雄しべ

そして、赤き花びら。

其は、私たちが 棘の上で

おお その棘の上で歌った

深紅の言葉による

Psalm

Niemand knetet uns wieder aus Erde und Lehm,

niemand bespricht unsern Staub.

Niemand.

Gelobt seist du, Niemand.

Dir zulieb wollen

wir blühn.

Dir

entgegen.

Ein Nichts

waren wir, sind wir, werden

wir bleiben, blühend:

die Nichts-, die

Niemandsrose.

Mit

dem Griffel seelenhell,

dem Staubfaden himmelswüst,

der Krone rot

vom Purpurwort, das wir sangen

über, o über

dem Dorn.

2014-01-24

書評福祉と贈与―全身性障害者・新田勲と介護者たち』

以下は、『リハビリテーション』(鉄道身障者福祉協会)の2014年2、3月合併号に掲載される予定の原稿の予定稿(草稿)。

字数制限があったので、かなり表現は絞りました。

個人的には、一章ごとにコメントいれていきたくなるような、内容充実の本です。

思い入れの強い本なので、これだけ書くのにも、けっこう精魂使ったー。

図書紹介

福祉と贈与―全身性障害者・新田勲と介護者たち』(深田耕一郎)


 新田勲―この人のことを知る人は、障害者運動をやっている人々の中でも、どのくらいいるのだろうか。

 1940年に生まれ、まもなく脳性まひを受傷、70年代前半に府中療育センター闘争を苛烈に闘い、その後、東京都内で介護者を入れての地域自立生活を開始し、東京都厚労省に24時間介護のための介護料を要求、以降たゆむことなく行政交渉を行い、90年代には24時間介護保障を獲得。現在の日本の障害者介護保障制度の礎をつくった唯一無二の人だ。晩年も、がんとの闘病生活を闘い抜き、終始重度障害者の立場から、「いのち」の保障をうったえ続け、そして昨年2013年1月に、ふっと消えてなくなるかのように、息をひきとられた。

 近年、「自立生活運動」といえば、自立生活センター(CIL)の活動が華々しいという印象を抱く人が多いだろう。CILの日本での創設者の一人中西正司氏は、上野千鶴子さんとの共著で『当事者主権』を書き、その中でCILは「次世代福祉の核心」とまで言われている。なおかつ、CIL系の運動は、まだ長時間介護保障のない地域で、重度の障害者の自立生活やそれに必要な行政交渉をサポートすることで、地域での24時間介護保障を次々と実現させている。

 だから、CILが24時間介護保障を勝ち取ってきた団体のように思われる向きもあるが、介護保障運動の歴史をかえりみれば、それはかなり一面的な理解でしかない。

 はっきり言えば、アメリカ由来のCIL系の運動だけでは、日本に公的な24時間介護保障は根付かなかっただろう。軽・中度、あるいは資力のある障害者の自立生活のみが可能となっていたかもしれない。


 本書『福祉と贈与』は、日本における障害者介護保障の礎を築いた全身性障害者・新田勲のライフヒストリーを詳細におい、また彼のもとに集った介護者や障害者からの聞き取りをもとに、彼がどのように介護者と「ともに生きる」自立生活を営んできたか、彼が生涯を賭して追及してきた「福祉活動」とはなんだったのか、そして、それを現在とりあげることにどのような意義があるのか、などについて記された、大部の力作である。

 ところで新田勲が都や厚生省に対して強烈な交渉力を発揮し、さまざまな制度保障を獲得したにも関わらず彼のことがさほど世間で知られていないのにはそれなりのわけがある。

 本書では、中西らの運動は「表の、かっこいい運動」と言われるのに対して、新田らの運動は「裏の運動」と言われる。またCIL系が合理的でかっこいい「モダン・サイド」のグループと言われるのに対して、新田らのグループは土着的な、義理人情の「ヴァナキュラー・サイド」のグループと言われる。新田にはいわば障害者運動の「裏の世界」の親分的なところがあった(新田は本書の中で多くの人から「アニキ」と呼ばれている)。

 新田らの運動は、障害者介護者が「ともに生きる」コミューンを志向したものであった。そして、その間柄の中で、障害者介護者双方ともに、みずからを相手にさらけ出すこと、お互いに相手のことを真に思うことが求められた。当然、その関係は、ときに喜ばしいこともある反面、ときに息苦しく、厳しいものがある。またその人間関係はしばしば特定の間柄で終わり、普遍化しない。

 だから、CIL系の運動は介助を手段、サービスとしてとらえ、あえてその人間関係を捨象することで介助サービスを普遍化させる道を選んだ。そこに特定の人間関係義理人情はあえてもちこまれない。

 しかし、他者の身体に触れ結びつく介護という営みにおいて、その人間関係や人間的感情をどれほど捨象できるだろうか。近すぎる介護はときに暴力でもあるが、またときにエロスを感じさせるものでもある。

 新田らは、「いのち」を他者にたくすことでしか生きられない重度障害者の立場から、あえて後者のどろどろした人間関係にもとづく「福祉」の道を歩んだ。それは運動の創成期の混沌でもあったのだろうが、おそらく生命そのものがもつ混沌をも表しているのだろう。そこには法外な悦びと苦しみが同居している。

福祉はドラマティックである、「ぶつかりあいの人間ドラマ」である、その「福祉の世界へようこそ」、と本書は説くが、どんなに福祉のサービス化が進んだとしても、福祉が「いのち」の営みである以上、そのドラマはついえることはない。ドラマをふたたび福祉の世界へ呼び戻すために、ぜひ多くの人に本書を手にとってほしい。



【参考図書】

『愛雪―ある全身性重度障害者のいのちの物語』(新田勲著)

新田さんの自伝。苛烈なまでに情熱的な物語。たくさんの女性が登場します。


『足文字は叫ぶ!―全身性重度障害者のいのちの保障を』(新田勲著)

新田さんの運動の軌跡を描いた本。歴史的資料も多く掲載されており、介護保障に関心のある人は必読!

足文字は叫ぶ!―全身性重度障害者のいのちの保障を

足文字は叫ぶ!―全身性重度障害者のいのちの保障を


『介助者たちは、どう生きていくのか―障害者の地域自立生活と介助という営み』(渡邉琢著)

第3章、第4章の障害者介護保障運動史で、障害者運動のさまざまな潮流の離合集散がコンパクトに描かれており、新田さんらの運動が、障害者運動の全体像の中でどの辺に位置しているのか、また介護保障の制度がどのようにつくられてきたかについて、けっこう勉強になるし、おもしろい。

介助者たちは、どう生きていくのか―障害者の地域自立生活と介助という営み

介助者たちは、どう生きていくのか―障害者の地域自立生活と介助という営み

2014-01-22

アベノミクス」(リフレ政策)を理解するために

久しぶりに、ブログ更新します。

JCILの機関紙「自由人」75号の書評コーナーに書いた原稿をのせます。

経済学素人が書いたものなので、いろいろまちがい等あるかもしれませんが、その点ご容赦ください。


アベノミクス」(リフレ政策)を理解するために

【参考図書】

『歴史が教えるマネーの理論』(飯田泰之2007年ダイヤモンド社

歴史が教えるマネーの理論

歴史が教えるマネーの理論

『不況は人災です!』(松尾匡2010年筑摩書房

不況は人災です! みんなで元気になる経済学・入門(双書Zero)

不況は人災です! みんなで元気になる経済学・入門(双書Zero)

『世界の99%を貧困にする経済』(スティグリッツ2012年徳間書店

世界の99%を貧困にする経済

世界の99%を貧困にする経済

アベノミクスのゆくえ』(片岡剛士2013年光文社新書

『解剖アベノミクス』(若田部昌澄2013年日経新聞出版社)

解剖 アベノミクス

解剖 アベノミクス

『そして日本経済が世界の希望になる』(クルーグマン2013年PHP新書

 今回は、いつもとは違ったかたちでの書評コーナーとなる。副題に示す通り、今はやりの、「アベノミクス」を理解するための読書コーナーである。紹介する本も、新刊本ではなく、ちょっと古いものも含まれる。

 現・安倍政権経済政策である「アベノミクス」なんて、理解したくない、あるいは理解するまでもない、という人も多いと思う。

 どうせ、金持ち優遇、弱い者いじめ格差拡大経済政策だろ。

 おカネをじゃぶじゃぶ刷って、株価をあげて、景気をよくして、株主大企業をもうけさせるだけだろ。

 そして、最後は、バブルが崩壊して、もっと経済が悪くなるんだろ…

 等々、アベノミクスに対する多くの人(少なくともぼくのまわりの人々)の見方はこんなところだろう。

 ぼくもそうだった。

 けれども、どうせすぐ失敗に終わると思われたアベノミクスは、新聞等の報道によれば、粘り強く好調を維持している。6月ごろに、一時大きく株価が落ちて、あぁ、これで終わりだなと、安倍政権に批判的な人たちの多くは思った(期待した)と思うが、結局一時的な下落だけで、また持ち直している。この好調の原因はなんなんだろう。なんで失墜しないんだろう。なんで多くの人が支持しているんだろう。その原因を知りたいと思った。

 また、もう一つ不思議に思ったことがあった。アメリカ左派系(と言えるのかな?)の経済学者クルーグマンスティグリッツ(ともにノーベル経済学賞受賞者)が「アベノミクス」を全面的に評価しているのだ。二人とも、時の権力者に批判的で、貧しい労働者の味方の経済学者という印象があるのに、なぜ、アベノミクスを賞賛するのだろう。(たとえば『世界の99%を貧困にする経済』の著書スティグリッツは、「われわれは99%だ」「ウォール街を占拠せよ」というウォール街占拠運動のきっかけをつくった人でもある。)なんでそうした経済学者アベノミクスを評価するのか、そこらへんの理屈が、さっぱりわからなかった。

 ちなみに、ぼくは基本的に、安倍政権の政策は大嫌いである。憲法改正軍事国家化、愛国心の強制などについて、正直、生理的に嫌悪している。アベノミクスもその嫌悪感の延長で、理解したいとも思わないわけだが、それでも、敵をやっつけるには、まず敵の理屈を知らないといけない。批判するにしても、ある程度成功しているその経済政策をひとまず理解した上で批判しないといけない。

 そんなこんなを思い、アベノミクスを勉強することにした。

 そうして、何冊かその関連の本を読んで、けっこうおもしろいこともわかってきた。経済の本を読んだのははじめてで、正確にはお伝えできないけれども、最近の一連の読書を通じてわかったこと、発見したことについて、以下、簡単に報告したい。

1.「アベノミクス」は、その政治色を抜いて純粋に経済学的に見れば、デフレ不況脱却のためのごく普通の、しかも世界標準の政策パッケージのようだ。

 「アベノミクス」は、金持ち優遇・大企業優先の右翼政党自民党」の経済政策だから、さぞかし庶民いじめの政策なのかと思いきや、学問的にはどうもそうではないらしい。(そういえば以前、知り合いの左派系の経済学者に「アベノミクス」はどうなんですか?と尋ねたら、「いいに決まってるじゃないですか」、と即答され、びっくりしたことがある。)

 アベノミクスとは、基本的には三つの政策からなっている一連の政策パッケージのことである。一つは、日銀による大胆な金融緩和(市場への貨幣供給)。二つ目は、政府による財政出動。そして三つ目は、規制緩和構造改革による成長戦略。この三つの政策でもって、「失われた20年」と言われるデフレ不況を脱却しよう、というのが目標である。

 アベノミクスという言葉が、安倍首相を礼賛しているようでなんとなく嫌なら、「リフレ政策」「リフレーション」などの言葉を使えばいいかもしれない。そして、それぞれの政策は、経済学的には、デフレ脱却のためにはさもありなんの、普通の政策である。

このうちリフレ政策の肝は、一つ目の大胆な金融緩和にある。大胆な金融緩和を決意をもってやり抜き、マネー不足の市場にお金をしっかりと供給し、みんなの財布のひもを緩めて、景気をよくする。歴史的にも、戦前、アメリカ大恐慌のときや、日本の昭和恐慌のときに使われ、成功を収めている手法だ。

2.驚くことに、「アベノミクス」(=リフレ政策、特に大胆な金融緩和)は、もともと、欧米では、左派系の経済政策らしい。

 不況になり、ものが売れなくなると、当然企業や会社は経営が苦しくなり、労働者を雇えなくなる。クビになった労働者失業者となる。もともと、リフレ政策は、不況の状態を改善し、景気を回復させ、働きたい人がみんな仕事にありつける「完全雇用」の状態を目指す政策のようだ。中央銀行がお金を大胆に市場に供給することで、みんなの財布のひもを緩め、ものが売れなくなっている状態を改善し、会社の経営の見通しをよくして、労働者を雇えるようにする、それが大きな目標なので、当然、労働者の味方の左派系の政党がこの政策を支持する。ヨーロッパでは、完全雇用実現のために金融緩和をはじめとする中央銀行の役割を強調するのが左派政党の基本的な主張のようだ。ところが日本の左派政党は、与党憎けりゃ袈裟まで憎いとばかりに、アベノミクスを批判する。そして、経済学的に裏付けのある景気回復策を主張することができていない。(『不況は人災です!』を参照のこと。左派にはぜひすすめたい名著。)

3.欧米では、保守系右派系の政党は、金融緩和でなく、金融引き締め、緊縮財政を好むようだ。

 左派とは逆に、どうやら保守系の人々は、金融引き締めや緊縮財政を好むらしい。日本では、これは特に社会保障分野で顕著。生活保護の締め付け、介護保険の要支援切り捨てなどは緊縮財政の典型。政府は手を差し伸べず、自助努力、あるいは家族の助け合いでなんとかしろ、甘ったれるな!という、価値観からだろうか。妙なしばき系、根性論系の道徳観と親和的。だから不況時にも、わざわざ金融緩和して、好景気を演出して、困ってる会社や企業、あるいは失業者を助けるようなことはしたくないようだ。(欧米における緊縮財政の問題点については、スティグリッツクルーグマンの本を参照のこと)

4.デフレ物価が安くなるから庶民にやさしい現象のようにも思うけど、実は逆で、デフレはお金持ちに有利で、インフレ庶民に有利のようだ。

 デフレだと、だれが得をしてだれが損をするだろうか。インフレだと、どうだろうか。一見、デフレは、ものやサービスの値段が安くなるので、低所得者に有利のようにも思える。実際、そういう側面はある。

 けど、デフレは、ものやサービスの価値が下がり、お金の価値が上がる現象だ。インフレはその逆で、お金の価値が低下し、いきすぎると、紙幣が紙屑となる。デフレだと、お金をもってる人がどんどん有利になる。逆にインフレだと、そのお金の価値がどんどん下がる。貯金が100万円あって、今年100万円の車が買えても、インフレで来年は車の値段が200万になったとすると、もう貯金で車は変えない。貯金の価値は半減する。

 貯金のある人には、インフレは不利だけど、借金のある人にとっては、インフレは有利である。そして当然庶民は貯金が少ない。また庶民は、特に家族持ちは、借金が多い。お金持ちは、借金が少なく、貯金が多い。インフレは、借金の負担を軽くしてくれるので、庶民にやさしく、逆に貯金を目減りさせるので、お金持ちに厳しい。

そしてまたデフレは、お金の価値が上がって、ものやサービスの価値が下がるということなので、労働する庶民の価値も引き下げられていくという現象だ。

リフレ政策理解に必要なマネーと物価の関係については、『歴史が教えるマネーの理論』がとても勉強になった。)

5.消費税増税も、生活保護費削減も、リフレ政策とは正反対の経済政策安倍政権経済政策は自己矛盾をおかしているらしい。

 消費税増税生活保護費削減を、アベノミクスの一環と思っている人も多いのではないだろうか。それは勘違いで、アベノミクスはさっき言った三つの政策パッケージ。消費税増税生活保護費削減はそこに入っていない。それらは、緊縮財政のメニューで、リフレとは対立する政策。本気でリフレーションをやるなら、景気の腰折れを避けるために消費税増税よりもむしろ減税、そして生活保護費削減よりもむしろ引き上げを行わないといけない。リフレ政策は本来、低所得者対策と親和的。

 実は、安倍政権経済政策は首尾一貫していない。たまたまアベノミクスは、デフレ脱却のための好メニューをそろえた政策パッケージとなったが、本当にデフレを脱却し、景気や雇用賃金を回復させ、庶民生活を向上させることができるかどうかは、まだわからない。

 アベノミクスの三つの政策ですら、それぞれの主導者間での駆け引きがかなりあるようだ。一つ目の金融緩和路線は、安倍首相。二つ目の財政出動公共事業好きは、麻生副総理。三つ目の成長戦略は甘利経済財政担当大臣。そして、それに増税・緊縮財政好きの人々がいる。自民政権はそれらの勢力がごちゃまぜにいて、おしひきしている状態。どう転ぶかは、わからない。(若田部p184)

6.スティグリッツクルーグマンは、安倍政権を若干過大評価してるかも!? 彼らがアベノミクスを賞賛しているのは、安倍首相が決意をもってリフレ政策を実行しようとしたから。もしそれが貫徹されるなら、不況が蔓延している世界経済にあって、「日本経済が世界の希望になる」こともあるのかもしれない。彼らにとって自国アメリカがふがいないから、隣の庭の芝生が青く見えるように、日本がよく見えるのかもしれない。ただ、自民政権も異なる立場の人たちの同床異夢の状態。スティグリッツは、アメリカのふがいなさについて、「障壁は、経済学にあるのではなく、いつものことだが、アメリカの散々な政治闘争にある」とあるところで言っているが、同様のことが安倍政権内でも起き、アベノミクスが貫徹されないかもしれない。

7.左派勢力は、リフレ政策(大胆な金融緩和日銀による市場への大量の確固たる貨幣供給)と社会保障費拡大の二つをともに要求していくことが必要では!? リフレとは、デフレ下で守銭奴と化した人々に対して、世の中のお金の流通量を増やすことで、お金の価値が下がっていく(インフレが起きそう)と思わせて、人々の財布のひもを緩めて、景気をよくしていってやろう、という政策だ。景気がよくなればおのずと失業者も仕事を見つけやすくなるし、賃金もあがりやすくなる。そうなればGDPも増加するので、税収もおのずとアップする。インフレ状態なら、国の債務負担も減るだろう。

 また、デフレというのは、お金の価値を高めて、逆に、働く庶民の価値を引き落としていく現象だ。人やものを、安く買う、ということだ。お金のことはあまりうるさく言いたくない、清貧でいきたい、成長はもういい、という人も多いが、そうした考えは実際は働く人々の価値を貶めているかもしれないことにも敏感であるべきだ。

 同時に、社会保障分野もまだまだ成長分野だ。ニーズのある新しい雇用、新しい仕事がたくさんある。そこからの経済成長だって、十分に考えられるわけだ。介助者不足、保育士不足などと嘆いてるだけでははじまらない。政策によって十分それらは解消されうるわけだ。

8.アベノミクスのさきゆきはまだ不透明経済学的に裏付けのある政策については、それはそれとしてしっかり認識した上で、安部政権経済政策の欠陥や不整合はしっかり指摘していこう。

アベノミクスそのものは、それなりに経済学的に裏付けのある政策。だから、それなりにデフレ不況からの脱出には効き目があるだろう。

けれども、安部政権の政策は、全体としてみたら、生活保護削減に代表されるような社会保障の切り捨てなど、格差を広げる方向も目立ち、所得再分配という経済政策の非常に重要な論点を軽視している。

消費税増税等の景気の腰折れを招く政策も同時に行い、全体としては政策は一貫してない部分もある。

多くの人がおそれるように、アベノミクスで一部の大企業だけがもうかり、庶民はまったくその恩恵にあずからず、格差ばかりが広がる、なんてことも政策のあり方しだいで十分に起こりうる。

そうした安部政権の政策の欠陥、不整合をしっかり指摘しつつ、けど安易な紋切り型の全否定で終わらすことなく、学ぶべきことは学びつつ、次の社会、政治、経済のあり方を考えていこう。

2012-09-27

共依存」〜ケアを通しての抑圧の悲哀と隠微さ

共依存 苦しいけれど、離れられない (朝日文庫)

共依存 苦しいけれど、離れられない (朝日文庫)

 前号で、上野千鶴子さんの『ケアの社会学』を紹介した。ケアを家族の束縛から解放させ、その社会化をより一層切り開こうとするこの本の意義を一定認めつつ、他方で障害者介護保障運動の視点から、この本の限界を何点か批判的に指摘した。批判の一つとして、前号では指摘し切れなかったが、ケアの与え手役割を担わされてきた者の加害性についての言及がない、という点がある。

 「自立生活運動は常に、健常者社会、健常者文明一般を批判すると同時に、目前に立ちはだかった「母なるもの」と対決してきた。母はしばしば障害者にとって直接の抑圧者であった。」と前号の拡大版(前のブログ記事)で書いたことがある。

 健常者の男性であるぼくがこのことを指摘するのには、確かに大きなためらいがある。けれど、この「母なるもの」との闘い抜きには、自立生活運動は語れない。日々ぼくらは、この母なるものの抑圧と向き合っているような気もする。では、この「母なるもの」はいったいなんなのだろうか。

 そしておそらくフェミニズムにとっても、「母なるもの」の加害性は、看過できない課題であるはずなのだ。上野さん自身も、『家父長制と資本制』という代表作で、「子供の抑圧と叛乱は、フェミニズムとつながる重要な課題である。女性と子供は、家父長制の共通の被害者であるだけでなく、家父長制下で代理戦争を行なう、直接の加害―被害当事者にも転化しうるからである。家父長制の抑圧の、もう一つの当事者である子供の問題と、それに対して女性が抑圧者になりうる可能性への考察を欠いては、フェミニズムの家父長制理解は一面的なものになるだろう。」と述べている。しかし、彼女にはこの問題への言及がなかった。

 この微妙な加害性は何なのだろう。確かに、女性はケアの与え手役割を社会的に、自覚的であるにせよないにせよ、ほぼ強制的に担わされてきた。男性は子育て介護、ケアから目をそらし、それを女性に一任することが社会的に許されてきた。女性は直接、ケアにあたるからこそ、直接の加害者に転じやすかった。しかし、男性がケア役割を免責され、女性に社会通念として強制的にケア役割が担わされてきた以上、女性はある面で被害者としての位置ももっている。その加害性は、論及しにくい。

 今回取り上げる信田さよ子さんの『共依存』は、その「母なるもの」の微妙な加害性について、実に見事に、女性へのシンパシーあふれる筆致で、描いている。信田さんは、その加害性、「支配の責任」をはっきりと断罪する。しかし、ケアの与え手が、ケアの受け手に対してなぜそうした支配の形態をとったのか、とるほかなかったのか、それを文学的感性豊かな文章で、記述していく。その文体のもつ、妖しい力に、読者はしばしば背筋をぞっと寒くするだろう。

 使われる題材として、山田詠美の小説や、ドラマ「冬のソナタ」、映画「猟奇的な彼女」、「男はつらいよ」、「嫌われ松子の一生」など、どれもなじみ深くわかりやすい。その人間ドラマにみられる「共依存」。信田さんの分析は、はっと自分たちの日常の人間関係をふりかえらざるをえない何かがある。

 「共依存」という言葉は、もともとはアルコール依存症の夫をもつ妻に対して使われた言葉であるそうだ。妻が依存症の夫をケアし続けることで、夫の飲酒はいっそう深まる。妻のケアが夫の依存症を維持させてしまっている。そして妻も、この人は私がいなければだめなのだという思いで、その関係の中にはまりこんでしまっている。そこから抜け出せなくなってるから、「共依存」。

 けれども信田さんは、この「共依存」という概念をもっと広げて考える。そしてこの言葉の中に、愛情とか奉仕といった美名を越えて、ケアという行為によって相手を所有する快感、さらには人間関係の上下を操ろうとする力・権力の行使をみてとる。

ときに依存症の夫を、ますます依存症の状態に追い込む場合があるという。夫が酔いつぶれ無力化・幼児化するとき、夫にふりまわされる存在から反転し、自分が夫を掌中に収めるポジションにたつ。この人を面倒見れるのは自分だけ、夫を生かしているのはケアの与え手あるこの私であるという万能感、「自分がひとりの人間を生かしているという所有と支配に満ちた感覚」(59)、ときにケアにはそうした支配の感覚が伴うと彼女は指摘する。「対象を自分なくしては生きられなくしていくこと、依存されたい欲求を満たすこと、これらは暴力で相手を屈服させるよりはるかに隠微で陰影に富んだ快感をもたらしてくれるだろう。」(104)

けれども信田さんは、こうした妻から依存症の夫への共依存を、ストレートには共依存とよばない。妻からしたら、それは散々振り回された夫に対する最後に残されたリベンジの手段でしかない。

「飲んだ夫を捨てることがいかに困難かは多くの離婚した女性たちへのバッシングを見れば明らかだ。そんな彼女たちに残された夫に対する唯一の支配(力の行使)が、ケアを通した夫の無力化(幼児化)である。共依存とそれを呼ぶならば、ケアの与え手役割という社会通念を遵守した、たったひとつの夫へのリベンジであるという注釈が必要だろう。」(122)

 

 むしろ信田さんは「共依存」概念を掘り下げ、より力ある者が、より弱い者に対して、ケアという美名を通して、隠微な方法で相手を全面に支配してしまおうとするあり方を、より本質的な意味で、「共依存」と呼ぶ。彼女は、共依存の特徴を、愛情・世話などの美名を隠れ蓑にして、より弱者に対して行使される支配とみなす。ジェンダーが逆転し夫が妻をアルコール依存症に追い込みそうして妻を自分の掌中に収めようとするとき、あるいは親が子どもの世話を焼くふりをして子どもを自分の都合のいいようにコントロールしようとするとき、そうした権力が発動される。自分を屈曲させて、相手を狡猾に自分の掌中に収めてしまおうという隠微な手法。相手のために尽くしていると見せかけて、相手をわがものにしてしまおうという隠れた動機。相手を幼児化し退行させることで得られる支配感。暴力・DVで相手を支配するのではなく、ケアという美名のもとでの行為により、そのうちに相手をわがものにしてしまおうとする意図。それは、男性的な見えやすい暴力とは別の支配の形態だ。

 「DVに見られるような、雄太が花にやったように殴ってしつける、思いどおりにするために殴るという行為は紛れもない支配だ〔小説『風味絶佳』が題材〕。しかし相手を自分に依存する存在にし向けていくのも支配の一形態といえないだろうか。しかも自分がいないと生きられない存在へと対象を用事かさせ無力化していく支配は、しばしば世話やケアや愛情行為と見紛うことになる。」(102)

 こうした支配のスキルは、残念なことに、近代社会において女性にあてがわれてきた社会役割からして、ちょっとだけ女性の方がたけている、と彼女はみる。これは一つの、この社会を生き延びるためのスキルだ、とみている。そして、女性に限らず、この社会の中で組織の一員となっている者は多かれ少なかれ、こうした隠微な方法を行使しているはずだ。

 「男性も同様に、企業や家庭や地域において、微細な上下関係や支配関係を泳ぐ技術なくして生き残れない社会になっている。共依存という支配は、その中を生き延びていくための有効なスキルの集積でもある。弱者のふりをして支配する、相手を弱者化することで依存させて支配者となる、相手を保護者に仕立ててケアを引き出す、などなど。隠微でどこか卑怯な香りのする支配を、私は好んでいるわけではない。しかし、生き残っていくためには、時としてそんなスキルを用いるしかないときもあるだろう。」(185)

 彼女は、こうしたスキルを使いこなせといっているわけではない。それを用いて生きていかないといけない局面はこの社会の中ではたくさんあるだろう。しかし、それがより弱者に対して用いられるとき、あからさまには見えにくいかたちであるが、その者たちに対する抑圧・加害につながっていることは気づかれないといけない。「母なるもの」による抑圧。それは美名を利用した支配の一形態。「近代家族の負の遺産」としてそこには、そうしたあり方をとらざるをえない悲哀が確かにある。その抑圧は、おそらく隠微さだけなく甘美さまでも含んだ何かであろう。そこに接近する好著である。

(JCIL機関紙「自由人」72号掲載)

2012-09-26

『ケアの社会学』(上野千鶴子書評

ケアの社会学――当事者主権の福祉社会へ

ケアの社会学――当事者主権の福祉社会へ

以下、シノドスジャーナルに掲載されている記事です。(見出し等は編集前のものです。もともとの書評は、JCILの自由人71号に掲載されました。それを大幅に拡大して、以下の書評になりました。)

前編

http://synodos.livedoor.biz/archives/1979804.html#more

後編

http://synodos.livedoor.biz/archives/1979822.html#more

障害者介護保障運動から見た『ケアの社会学』 - 上野千鶴子さんの本について

渡邉琢

1.『ケアの社会学』の評判と違和感

2.自己紹介

3.もちろん『ケアの社会学』は革新的だ

4.『ケアの社会学』の要点

5.『ケアの社会学』の問題点

6.未完の『ケアの社会学


1.『ケアの社会学』の評判と違和感

 上野さんはフェミニストとして、もっとも有名な人だろう。著作を出すごとに論壇、文壇をにぎわしているし、テレビにもしばしば出演する。あまり学問とか研究に関心ない人でも、上野千鶴子という名前を聞いたことのある人は多いだろう。

 その上野さんが、ここ10年余りの研究の成果として、『ケアの社会学』(2011年太田出版)という大著を出された。

 大きめサイズで約500ページの大著だから、普通の人はひいちゃうんじゃないかと思うけど、ぼくの知ってる介護関係の人々の間でも、この本は話題になっているようだ。残念ながら(?)読んだという人はあまり聞かないけど、読んでみたい、という人はけっこういるようだ。

 論壇における評価は、かなり高い。中島岳志さんなどによって新聞各紙の書評でとりあげられているし、本田由紀さんなんかは、「震災後の日本の指針提示」の一冊として、この本を取り上げ、「フェミニズム介護の問題に長く取り組んできた著者の集大成ともいうべき本書は、高齢化の進む日本にとって繰り返し参照される原点となるだろう」と述べている。

 また、ケアに関心のある研究者たちもこぞってこの本を読んでいるようだ。知り合いの院生たちが、『ケアの社会学』の読書会を丁寧に各章ごとに開いている、なんて話も聞く。東京大学、ケアに関心のある研究者たちの集う研究会では、「新著『ケアの社会学』を手がかりに上野千鶴子とケアの社会科学をきわめる」という立派なタイトルのイベントも行われていた。「きわめる」はいいすぎだろう、と思った。

 そして上野さん自身も、もはやアイドル的なひっぱりだこ状態。ある講演会では、フロントに上野さんへのお手紙ボックスがもうけられていたそうである。

 ぼく自身と言えば、上野さんのフェミニズム関係のものはほとんど読んでなかったのだけど、『at』(太田出版)という雑誌に上野さんが連載していたころから「ケアの社会学」には関心をもっていた。数か月前に上野さんのケア研究がついにまとめられると聞き、これは重要な本になる、ケア関連の本の中では原典的な取り扱われ方をする本になるだろうと直感し、ぜひともまとめて読んでみたいと思っていた。

 そして本を購入し、普段あんまり本は読まなくて大部な本は苦手なんだけど、わりと関心ある領域のことなので、なんとか最後まで読み通した。

 しかし、読んでみた感想は、かんばしいものではなかった。読みながら「これではあかんのちゃうか」という思いがしばしば湧いた。

 大著であり、ケアに関連する諸分野をほとんど網羅している。それなりに見事に整理している。これだけの仕事をやるのはやはり相当の才能と労力が必要だ。だけど、「ケアの社会学」というには、何か画竜点睛を欠いている。どこか大切な部分が見えてこない。

 そして、この本がこのまま手放しに賞賛され、原典としての取り扱いを受けては困る、という思いにかられた。

 どうしてそう思ったのか、違和感の所在はどこなのか、そこらへんのことについて、以下述べていく。その前に、ぼくが普段何をしていて、どういう立場からこの文章を書いているか、そうした自己紹介をしておこう。

2.自己紹介

 『ケアの社会学』は、「当事者主権の福祉社会へ」というサブタイトルがついている。この「当事者主権」という用語と思想は、上野さんが障害者自立生活運動から学んだものだ。2004年に岩波新書から『当事者主権』という本を上野さんは、中西正司さんという障害者自立生活運動のリーダーと共著で出している。

 ぼくは普段、この障害者自立生活運動の中で介助者、支援者として生息している。京都のJCILという自立生活センターで働き、また運動にもそれなりに活発に関わっている。とりわけ介護保障問題にはかなりの関心があり、行政交渉などにも積極的に顔を出している。障害者介護保障を求めるかたわらで、介助者・支援者の生活保障も必要だと考えて、「かりん燈」という団体をつくって介助者の立場から自分たちの生活保障を行政に求める活動もしている。

 介助をはじめてからは10年以上たち、自立生活センターに就職してからも7年くらいたっているから、それなりに現場経験も重ねてきた。

 上野さんの礼賛する「当事者主権」の実践現場のわりと先端にいるんではないかな、と思っている。

 そして自分の立場から上野さんの本を見るとき、これではものたりない、という思いを抱くのである。この本に書いてあることは、少なくとも障害者自立生活運動がすでに一通り経過してきたことのように思う。だから、自立生活運動の界隈にいる人たちに対しては、とりたてて新鮮なことはないから特に読む必要もないよ、などとも語っている。

 さらに、これではまずい、と思うのは、上野さんが自立生活運動の表層のみをなぞり、深層にまで達していないと感じるからだ。一口に自立生活運動といっても一枚岩ではない。上野さんにはたぶん、運動のある一面しか見えていないのではないか(ぼく自身も、その深層はまだうまく語れないのだけど)。


3.もちろん『ケアの社会学』は革新的だ

 しかしそう言うと、上野さんの本に「批判的」だと聞こえるかもしれない。けれど、ほとんどの部分は全面同意だし、よくここまで整理して丁寧に書いてくれたなぁ、とも思う。

 だから単に「批判的」にこの文章を書いていると思ってもらっては、とても困る。

 むしろやはり、これまでケア領域に目を向けてこなかった人たち、目をそらしてきた人たちにはちゃんと読んでほしい。

今でも日本社会の市井では、家族介護こそが最良のものだと思われている向きは強い。

 旧来のケアの価値観は、ざっと以下のような感じだろう。

 家族のだれかが要介護者になったら家族が面倒をみる、そんなことは当然のことだ。男はやっぱり外で働く必要があるから、女がやっぱりその世話をする方がよい。介護保険とかの制度はやっぱり使わない方がいいし、もし利用するときがきたら、遠慮して感謝しながら利用しないといけない。ちょっと来てもらえるだけでもありがたいのだから、少々のことがあっても文句を言わない、要求はしない。「権利」なんてたいそれたこと、言えるわけがない。

 ケアというのは立派な奉仕の行為。愛のたまもの。お金でやるものではない。たとえお金をもらったとしても、やりがいのある仕事なんだから、低賃金でも文句をいわない。文句をいうのは、きたならしい。

 こうした既存の価値感、常識を次々と破壊していくためには、上野さんの本はやはり読まれた方がいい。

 また、本書で採用される「当事者主権」という言葉にしても、ほとんどの人にとってなじみのないものであろう。「自立生活運動」もしかり。介護に携わっている人でも、特に高齢者介護分野の人々にとっては、「当事者主権」なんて、意味もよくわからない、その歴史的背景を知る機会もない言葉だと思う。

「当事者主権」ということで、上野さんは、あくまで「当事者」とはニーズの第一の帰属先である要介護者本人のことを指す、と言っている。けど、世間でもほとんどの福祉現場でも、普通に本人の思いは通用しないのが当たり前だ。介護保険では「利用者本位」なんて言葉もよく聞かれるけど、そんなのほとんど骨抜きだ。本人の思いは、もっともらしい装いをまとって家族や介護職員の思いへと普通にすりかえられる。「こういう状態になったんでしたら、○○するのが、ご本人にとって一番いいんです。」「当事者主権」は耳触りがよいだけに、都合よく曲解されることに対しては、ぼくたちは慎重な見定めをしなければならない。

 ぼくらは今でも、家族による介護殺人を目の前にしている。障害児も親に殺されるし、要介護の親も、息子、娘に殺される。ちょうど先日も、一日で三件、障害児殺しのニュースがとびこんできた。現在においても、要介護者は家族に押し付けられる。主として女性たちに押し付けられる。家族介護がいい、などという規範はたいがいにしておくべきだ。そうした社会規範は、暗黙のうちに「強制労働」へとつながっていることを認識すべきだ。

 そしてまた、職員たちの虐待もなぜ起きるか。だれが福祉の介護現場を放置しているのか。なぜ現場はいつも手いっぱいなのか。そうしたことについて、もっと多くの人が真剣に悩んでいくべきだ。

 旧来のケアに関わる社会常識を説得力あるかたちでつき崩し、新たな福祉社会へのビジョンを提示しようとするかぎりにおいては、上野さんの本は、多くの人にとって示唆に富み、革新的であろう。

4.『ケアの社会学』の要点

 ちょいと先走ったところもあるけど、とりあえず『ケアの社会学』の要点を簡単に紹介しよう。

 ケア―本書では高齢者介護障害者介助、育児等の上位概念としてこの語が用いられているが、本書では特に高齢者介護に焦点があてられている―については、すでに上野さんにとってはここ10年余りにわたる関心の対象となっていた。2000年代に入ってから、ケア領域に関する報告発表、発言が頻繁になされるようになる。

 その途上で、先に述べたようにヒューマンケア協会代表の中西正司さんとの共著『当事者主権』が岩波新書から出されている。この本は、障害者自立生活運動とフェミニズムの運動の歴史がほぼ同様の歩みをたどっており、そしてその現在での共通の到達点が「当事者主権」というかたちでまとめることができるということ、そしてその当事者主権の内容と意義について書かれたものだ。基本的には障害者当事者運動の歴史や主張・思想に沿って話が進められ、自立生活センターという運動体かつ事業体の成果や達成点について語られ、かつそれが「次世代型福祉の核心」とまで称されている。上野さんの、障害者当事者運動への思い、肩入れはかなり強い。本書『ケアの社会学』の基本主張も、副題に「当事者主権の福祉社会へ」とある通り、障害者自立生活運動が達成してきたものが基礎となっている。

 他方で、彼女にはフェミニストという彼女本来の立場からの問題意識もあり、その視点からも本書を書いている。『家父長制と資本制』という80年代に出た彼女の代表作があり、そこで彼女はマルクス主義フェミニズムという彼女の立場を鮮明に押し出し、家族問題、女の立場の問題、さらにそこに見られる育児介護等の女性の不払い労働の問題が近代社会の社会構造(それがまさしく「資本制」と「家父長制」)に起因する問題であることを示したのだけれども、今回の『ケアの社会学』は、そのかつての作品の「直接の続編」である、と言われている。『家父長制と資本制』の末尾では、「なぜ人間の生命を生み育て、その死をみとるという労働(再生産労働)が、その他すべての労働の下位におかれるのか、という根源的問題」について触れられ、そして「この問いが解かれるまでは、フェミニズムの課題は永遠に残るであろう」と言われる。彼女はだから、『ケアの社会学』においても、ケアを「ケアワーク」「労働」として位置づける。ともすれば「愛」とか「奉仕」「やりがい」とかの言葉でごまかされる、そうしたケアの「労働」という側面、そして場合によっては、社会的圧力により女性におしつけられるケアの「強制労働」という側面も重視して論を進める。そうした観点から、(主として「嫁」、「娘」による)家族介護自明視の問題点等をあばいていく。

 だから『ケアの社会学』では、彼女は、「ケアされるもの」として当事者の視点、そして「ケアするもの」としての(特に女性の)当事者の視点のいずれも重視する。ケアは基本的に「ケアの与え手と受け手のあいだの相互行為」と定義される。そして、ケアという「相互行為」が「のぞましい」のは、ケアの与え手と受け手双方が満足する場合、詳しく言えば、「1.ケアの与え手にとってケアしたいと思う人(と内容)をケアすることが選べ、ケアしたくない人のケアを避けることができるという条件と共に、2.ケアの受け手が、ケアを受けたい人からのケアを受け、ケアされたくない人のケアを避けることができるような条件のもとで、ケアが相互行為として成り立った」場合、とされる。その際ベースにあるのは、ケアの人権アプローチという方法である。彼女は「ケアの人権」として、1.ケアする権利、2.ケアされる権利、3.ケアすることを強制されない権利、4ケアされることを強制されない権利の4つをあげる。それらのケアに関わる権利が各当事者間で適切に享受される場合が、最適なケアだ、ということになる。

 他方で、「当事者主権」という概念の適切な理解のもとで、ケアの与え手と受け手のあいだに根本的な非対称があることも指摘する。つまりケアの与え手がケアからの退出・撤退が可能なのに対し、ケアの受け手はケアから逃れる事ができない。その意味で両者は非対称な力関係のバランスのもとにある、つまりありていにいえばケアの受け手の方が根本的に弱い立場にある。だから、彼女は、「当事者」という言葉を、純粋にニーズの帰属先としての本人に対してのみ使うべきだ、という。そうした本人のニーズこそが一次的ニーズであり、それ以外の家族や介護者のニーズは、そこから派生する二次的ニーズにすぎない。そこははっきりわけて考えるべきだ、と考える。そして、第一次的なニーズの当事者こそ、制度や政策、サービスの最初で最後の判定者だ、と述べる。ここらへんは原則的な障害者当事者運動の主張の通りである。

 彼女が本書『ケアの社会学』で根本にすえる規範は、上記の二つ、つまり「ケアの人権アプローチ」と「当事者主権」である。そして後者をより根源的な規範と考えている。ケアに対するこうした論点整理を行なった上で、彼女は高齢者介護分野の実践に、具体的に言及していく。

 この実践編の中で上野さんが問おうとしているのは、「誰が介護を担うのがよいのか」、という問いである。家族がいいのか、あるいは行政がいいのか(措置制度)、あるいは民間の営利企業がいいのか。彼女は、このどれでもなく、第4の領域として「協セクター」の優位を立証しようとする。

 そこでとりあげられるのは、主として市民参加型の福祉サービス事業体としての生協福祉・福祉ワーカーズコレクティブである。彼女は、市民参加型のこうした福祉サービス事業体を「協セクター」として、高く評価する。ケアに関しては、単なる市場も、単なる家族も、単なる国家も、どこにおいてもこれまで単体では限界につきあたっていた。市場(民)の失敗(営利企業の論理の中では、ケアを必要とする人々は放置される)、家族(私)の失敗(市場の外部としてケアは家族領域にあてがわれてきたが、そこには女性の不払い労働があったし、また介護殺人に代表されるように家族介護には限界がある)、そして国家(公)の失敗(家族介護が限界に達した後、国の救済としての措置制度があったが、入所施設に代表されるように要介護者は極めて劣等処遇のもとにおかれる、しかも費用も高くつきやすい)、それらを経て、彼女は協セクターに可能性を見る。そして、先駆的な例として、ワーカーズコレクティブ等の市民事業体をとりあげ、そこで働く人々のフィールドワークを行なう。

 全体としては、最初に述べたようなケアの理論的課題を取り扱うのが前半にあり、中盤以降、相当数のページを割いて、各地の先進的事例とされる市民事業体が取り上げられる。最後は、ケアの未来について語られて、おわる。ケア労働に関しては、ケアワークが階層の高い女性からより階層の低い女性たちに移転されていく「ケアチェーン」問題の難しさが述べられるが、次世代型福祉に関しては、当事者運動に夢が寄せられ、高齢者障害者の連帯や、福祉サービスユニオンの構想が提案される。

 以上が本書の結構である。ハードカバー上下二段組で500ページの大著である。理論面でも網羅的だし、またかなりのフィールドワークに基づき、先駆的実践例の紹介も豊富である。

 ケアに関して、これだけ網羅的な書物はなかなかないわけだから、人それぞれで本書を読み進めていけば、ところどころに発見があるだろう。

 しかし、まさに現在進行形の運動の真っただ中にいるぼくの立場からしたら、これだけでは物足りないのである。しかも上野さんの議論には大きな欠点があるようにも思う。


5.『ケアの社会学』の問題点

 『ケアの社会学』の問題点について、いくつか思いあたったことを述べていこう。

 a.まず一つ目、ごく簡単な点から。「当事者主権」を唱えるこの本では、第一次的なニーズの当事者こそ、制度や政策、サービスの最初で最後の判定者だ、と適切に述べられている。だからこそ、『ケアの社会学』においても、徹底して「ケアされる側」の声へと向かって踏み込んでいくべきなのである。けれども、上野さんはそれができなかった。中盤以降で扱われるケアの実践紹介は、すべて提供者側、つまり「ケアする側」への調査である。「ケアされる側」の視点はほぼ完全に欠落する。もちろん高齢者には当事者運動がない、という彼女の嘆きはわかる(障害者の声は、7章で採用されている。)けれども、『ケアの社会学』という立派なタイトルをつける以上、要介護者本人の声に向かって上野さんはもっと進んでいくべきでなかった。少なくとも、当事者団体に勤めるぼくとしては、これでは納得ができない。

 ちなみに述べれば、上野さんが言うように、「当事者」とは、確かに「当事者になる」ものである。けれども、ほっといて誰もが「当事者になる」わけではない。そこには陰に陽に、さまざまな支援や助けがあるのである。人が「当事者になる」に際しては、だれか他者にぐいっと踏み込まれてはじめて動き出すということも往々にしてある。だからこそ、本人の聞こえざる声に向かってへの踏み込みが必要なのだ。そこへの踏み込みの足りない本書はやはり重要なポイントが欠落しているように思う。

b.また、そこに関係して、構成的にといっていいか、論理的にといっていいかわからないが、『ケアの社会学』の中でぼくがもっとも問題と感じるのは、意図してかどうかしらないが、「当事者」概念のすりかえを本書の中で上野さんが行っている部分である。

 ケアの規範理論からいえば、「当事者」はニーズの帰属先としての本人に対してのみ言われる。しかし途中から、ワーカーズコレクティブについて論じるあたりから、上野さんは、協セクターで活動する(主として女性の)経営者や組合員を「当事者」としてたてる。NPO法人等の協セクターでは、「自分たちがほしいサービスを自分たちの手で」供給する、そうした「当事者」性がある。さらにそうしたところで働く彼女たちは、みずから「家族介護の当事者」であったりもする。などと語られる。またワーカーズコレクティブの調査研究のやり方は女性自身による「当事者研究」であるとも言われる。上野さんは、こうした女性たちの「当事者性」を重視して、そこから高齢者介護先進事例について語っている。

 悲しいかな、ここで上野さんは「当事者主権」の原則を外してしまっている。そしてケアの与え手側を「当事者」と語る過ちをおかしてしまっている。

 上野さんはそのことをわかっているだろうが、慣れていない読者たちはそこにころっとだまされるだろう。

 あとにも振り返って述べるが、ここには、女性解放の立場と障害者当事者運動の立場の両方の立場に立とうとする彼女の中での無理が現れているのだと思う。女性自身が社会を切り開いていくことに期待するフェミニストとしての立場がここでは勝ってしまっていて、当事者原則からちょっと外れてしまっているのかもしれない。

 c.また、彼女が思い入れしているというワーカーズコレクティブにおけるケアの内容が、おそらく貧弱であろう点も、気になるところである。この本の中で何度か言われているが、障害者介護保障運動は在宅独居による24時間介護を実現しながら運動を進めてきた。そこの中心には常に、重度障害の当事者がいた。しかし、どう見ても、ワーカーズコレクティブの実践では、介護程度の軽い高齢者の要望にしか応えられていない。ワーカーズコレクティブで提供されるサービスは、相対的に豊かな層の女性たちゆとりや生きがいの延長としての有償ボランティアでしかない、と言われている。そして「「自分で働き方を選べる」ワーカーズコレクティブは、その結果として利用の集中する朝や夕方の時間帯や休日・夜間のワークの引き受けてがいないという人手不足に悩まされる結果となった」そうである。与え手の都合優先で考えていたら、受け手は常に不利をこうむらざるをえない。自分の働きたいときにだけ働く、そんな気分で重度障害者生活が支えられるわけがない。深夜の介助はだれが行うのか。常に必要なときにそばにいてくれるのか。その介護がなければ重度障害者の自立生活など成り立つわけがないのに、今日はごめん、その時間はムリ、夜はムリ、で重度障害者生活が支えられるだろうか。与え手主導のサービス提供組織では、重度障害者はおいてきぼりにされる、そうしたことはすでに障害当事者運動が何十年も前から主張してきたことだ。ワーカーズコレクティブにおける、そしてまた介護保険における、介護保障の水準は、障害者福祉制度とは雲泥の差がある。いくら女性主体のワーカーズコレクティブ(高齢社会をよくする女性の会も含めて)に期待しようが、おそらく介護保障の水準が(少なくとも深さに関して)上がることはない。これは歴史が証明している。介護保障というのは、ケアされる当事者が中心となった運動によってはじめて深まっていくのである。(なお、あまり知らない人のために。障害者福祉では、障害者運動が勝ち取った成果によってホームヘルプが一日24時間利用できるが、介護保険ではホームヘルプの利用時間は上限で一日あたりせいぜい3、4時間。提供者側からの運動によっては、これが5、6時間になったとしても、24時間になることはありえないだろう。入所施設を除いては。)

 d.また、「協セクター」に期待を寄せる上野さんであるが、その「協セクター」は救貧や弱者救済に責任をもつ必要がない、と述べている点は気になるところである。「ワーカーズコレクティブの有償サービスは、困っているが利用料金を負担する経済能力がない人たちには手が届かない。生協のような有償の介護事業体にとっては「公益性」といってもあくまで会員間の互助活動にとどまっており、救貧や弱者救済に責任がもてるわけでもないし、持つ必要があるともいえない。むしろこうした弱者救済こそ真の意味の公的福祉、すなわち官セクターの役割であり、協セクターとは役割分担すべきであろう。」(p300)

 ここには若干の但し書きは必要であろう。上野さん自身は、ケアの市場化には反対で、ケア費用については国家化、ケア労働については協セクターへの分配が望ましいとする立場であり、つまり事業としては協セクターにまかせるが、費用面は公的責任において保障するのがよい、と考えている。それは現在の自立生活運動の主流の主張でもある。だから官と協の上記のような役割分担で何を指しているのか判然としない。まさか、生活保護水準の人たちには官セクターによる最低限の劣悪サービスでよい、と考えているわけでもないだろうが。

 それはそれとして、基本発想として協セクターというのが、お上の力を頼らず、自分たちで互助的に支え合いながら事業をしていこうという側面があることは確かである。

 しかし、障害者自立生活運動の歴史に目を転じれば、こうした市民事業体が、重度障害者生活を支えることができなかったことはすでに歴史が証明している。

自立生活運動でも、初期のヒューマンケア協会に代表されるように住民参加型の有償介助派遣事業の試みはあった。しかしその弱点は早急に認識された。多くの障害者購買力がないし、重度障害者介護保障はその発想からは不十分だからである。自費による有償サービスで生きていけるのは、介護が一日あたり数時間程度ですむ障害者たちまでであり、重度障害者はそこからはこぼれる。自立生活運動においてその弱点を補ったのは、それ以前からあった公的介護保障要求運動との連携である。そして、公的介護保障要求運動は徹底して公的責任を追及した。行政に、重度障害者の24時間介護を保障しろ、と迫ったのである。この運動こそ、現在成立している障害者の24時間介護制度の基礎をつくったものであるが、そのことはあまりに認識されていない。重度障害者の24時間介護制度は、行政の公的責任を強く問う中で成立したのである。

上野さんのように、協セクターの可能性に期待して、「弱者救済こそ真の意味での公的福祉の役割」で、協セクターと官セクターは役割分担したらよい、なんて甘いことを言っていたら、公的福祉はどんどん撤退するに決まっている。公的福祉が撤退した後でも、経済力のある人たちは、その購買力を武器に、介助・介護を利用できるかもしれない。しかし、それでいいのか。(なお、障害者介護保障運動の歴史については、拙著『介助者たちは、どう生きていくのか』(渡邉琢、生活書院)4章に詳しく書いているので参照にされたい。)

e.また、経済力というところで、どうも上野さんには、セレブ的発想がある。たとえば、ヘルパーの指名制度を介護保険に導入できないものか、真剣に考えているようである。「利用者から人気の高いヘルパーに指名が集中すれば、指名料をとって報酬を増額すればよい」そうである。別にセレブ的発想が悪いというわけではない。けれども、これでは貧乏人の反感を買うのは必至だ。金持ちは金を払ってよいケアを受けられる。貧乏人はだれがきても文句いわずがまんしなさい、と言っているようなものだ。そういう嗜好はそれはそれで当然と思うが、それならば『ケアの社会学』は『(セレブの)ケアの社会学』という但し書きが必要ではないだろうか。(そういえば、上野さんは『おひとりさまの老後』という本では、金のある高齢シングル女性のサクセスストーリーのみを取り上げた、と言っている。(現代思想2011・12月臨時増刊号))

d.そして最後に、上野さんは、なぜ「ケアワークは安いのか」という問題設定をするが、彼女にはどうも働く人たちへのまなざしがあまりないような気がする。彼女の視点は、まず基本は経営者に向かい、そしてサービス利用者として障害者にも向かう。けれども、もちろん働く人への言及はあるけれども、どうもその人たちへのまなざしがない。これはぼくが介助者であるゆえの感覚なのだろうか。ワーカーズコレクティブの事例にしても、高経済階層の女性たちが「活動」の主力であり、「労働」して稼がねばならない低経済階層の女性たちはあまり登場しない。指名制の話しにしたって、顔立ちがよくスキルの高い人たちは高い報酬をもらっていくであろうが、うだつの上がらない人たちはそこで格差をつけられる。すべて一律がいいと言っているわけではないが、ヘルパーの選別に対して多くのヘルパーの心理が動揺することは、彼女はご存じなのだろうか。彼女の視点は、基本的にケアワーカーを使用する側にあるように思う。経営者としてケアワーカーを使用する視点。利用者としてケアワーカーを使用する視点。そして彼女には自らがケアワーカーになるという視点があまりないのかもしれない。「わたしたちの社会の女性のケア労働は、もっと条件の悪い他の女性たち(外国人、移民、高齢、低学歴、非熟練等々)の負担において「解決」される」(p451)。これは彼女自身の言葉であるが、彼女はこの課題に対しては十分な解決策を示していない。そして、ぼくが思うに、彼女の『ケアの社会学』からはこの課題は等閑視されざるをえない。上野さんの『ケアの社会学』は『ケアワーカー使用者の社会学』と言い換えられうる側面もあるように思う。

6.未完の『ケアの社会学

 前半で述べたように、この本は、大半の世の「常識人」にとっては革新的内容を含んでいる。彼女の家族破壊と女性解放の戦略は、やはり『家父長制と資本制』以来一貫している。そして、育児と介助、介護をひっくるめたケアという人間の生命に関わる再生産様式に対する彼女独特のまなざしも一貫している。生命の育みとその死の看取りへの深い関心が、戦闘的な彼女の思想の根っこにあるのだろう。それでも、本の構成、内容、論理上、ぼくが感じたところでは以上のような問題点があった。

労働者性」の軽視と感じる部分に関しては、ここではこれ以上論究できない。むしろ彼女はその部分は論じずに突っ走っていけばいいように思う。それが時代を切り開いてきた先駆者の役割なのだろう。

もう一つ、女性の立場と障害者の立場との間の溝について。本の問題点を論じる中で、障害当事者の視点に立つよりも、フェミニストとしての立場が勝ってしまっているのではないか、だから当事者主権の原則を外しているように見える、と述べた。残念ながら今回のこの本では、その二つの立場の間の溝については言及されていない。彼女もそこらへんを内省することは嫌がるかもしれない。

しかし、障害者運動の嚆矢が「母よ!殺すな」であったことは強調されていいように思う(『母よ!殺すな』(横塚晃一、生活書院)参照のこと。70年代、福祉政策の欠如(=家族への押し付け)の中で母親による障害児殺しが多発したとき、母への同情は世間から多数あり、減刑嘆願運動まで起きたが、殺された障害児への同情の声は一切見られなかったという。それに脳性まひ者たちが抗議したことが障害者自立生活運動のはじまりとされる)。もちろんなぜ「父よ、殺すな!」でないのか、あるいは「母に、殺させるな!」でないのか、といった問いを考えてみるのは有意義である。けれども、障害者たちは、女としての母との格闘から、自分の道を切り開いてきた。自立生活運動は常に、健常者社会、健常者文明一般を批判すると同時に、目前に立ちはだかった「母なるもの」と対決してきた。母はしばしば障害者にとって直接の抑圧者であった。「当事者主権」を本当に語るならば、そこら辺まで踏み込んで論じていってほしい。

上野さんの『ケアの社会学』の内容が深まるには、この辺の格闘が書き込まれていかねばならない。それ抜きには、当事者主権の形式的追跡にとどまるであろうし、70年代と同じ過ち―ケアされる側の声は無視され、ケアする側への同情に終始する―が繰り返されないとも限らないのだ。「当事者主権」の論理も、「利用者本位」などと同様、現場では簡単にすり替えられるのだ。

実は『家父長制と資本制』において、すでにそこら辺の格闘に対する示唆がある。その本の6章に「子供の叛乱」と題する節がある。以下、そこから引用するが、以下の引用で、「子供」を「障害者」ないし「要介護者」、「ケアされる者」に置き換えてほしい。ここに見られる抑圧の問題と取り組んでいくことなしには、『ケアの社会学』は完成していかないであろう。

「子供の抑圧と叛乱は、フェミニズムとつながる重要な課題である。女性と子供は、家父長制の共通の被害者であるだけでなく、家父長制下で代理戦争を行なう、直接の加害―被害当事者にも転化しうるからである。家父長制の抑圧の、もう一つの当事者である子供の問題と、それに対して女性が抑圧者になりうる可能性への考察を欠いては、フェミニズムの家父長制理解は一面的なものになるだろう。」(p133、岩波現代文庫版より)

『ケアの社会学』はまだまだ未完成である。この本の読者は決してここで甘んじていてはいけないのだ。この本に書かれている内容に対して、別の視点、すなわち本来の「当事者」の視点で書かれたものが追加されることが切に待望される。そしてそれは掘り起こされていかなければならない。ケアの課題に対しては、もっと重層的な立場からのやりとり、対話が必要である。その際常に、自分がどこの立場からものを語っているのか、問われざるをえないし、自問せざるをえないだろう。この「大著」をこえて、ケアにまつわる議論を進めてゆくために。日々葛藤の中にありつつ、障害者の地域生活を支える介助者、支援者として生きている者として精いっぱい書かせてもらった。

2011-07-23

書評『困ってるひと』

困ってるひと

困ってるひと

『困ってるひと』(大野更紗 ポプラ社 2011年

 

「先生(お医者の)は自分の価値観にあわない患者は徹底して切り捨てる。ここで諦めて撤退したら、同じことのくりかえし。ふんばろう。「清く正しく美しく」死ぬまで苦痛に耐え散りゆく「日陰の花」に、、、なるかボケェ」(twitter、@wsaryより)

 

 『困ってるひと』。この本は、1984年生まれのうら若き20代新型難病女子の壮絶・キテレツな、日本最深部の医療機構探訪ノンフィクション物語。

 30代草食系(実は肉食系)男子のぼくとしては、20代女子の行動と表現、エネルギーの爆発は、驚きの連続。なんかとっても新鮮な気持ちで、新世代女子の生き様を見た思い。

 大野さんは、福島県の、ムーミンたちが暮らしているような、山奥の谷間に生まれた村一番の(?)才女。福島の名門女子高にいき、そこで周囲に埋もれてしまうこともなく、キテレツさを残したまま上智大学へ。上智にいってから、なぜか学業はほっといて、ひょんな出会いから、ビルマ難民支援にはまり、身を費やすこととなる。大学院にいき、いよいよ本格的に難民支援へと思った矢先、世にもチョー珍しい難病を発症する。そこから、この本では、彼女の壮絶な病院放浪記がはじまる。彼女自身が、先進国日本における、医療難民当事者となる。

 難病というのは、「筋膜炎脂肪織炎症候群」と「皮膚筋炎」、というらしい…

 そんなこと言われても、だれもわからない。たいていのお医者さんも診断つけられない。なぜかチョーまれな、難病にかかってしまった。

 自己免疫システムが暴走する症状。身体が勝手に暴走する。皮膚が勝手にこわばる、壊れる、腫れる、膨らむ、何か液を出す、潰瘍だらけetc.

 アトピーで寝たきりになった経験のある30代男子としては、免疫システムの暴走には何ほどか理解がある。けど、彼女の症状は壮絶をきわめる。激痛を伴う、関節も動かなくなる、高熱が出続ける、身体が勝手に崩壊していく…

 いくつかの病院に通い、お医者さんに症状を見てもらう。けど、だれも診断できない。適当な検査をして、うーんうーんとうなり、結局、手におえないとはあまり正直にいわず、様子を見ましょう、実家にもどられてはいかがですか、というだけ。こんなに苦しんでるのに、お医者さんは何も助けてくれれない。入院もさせてくれない。おうちで安静に、としかいえない、安静にしていられる状態じゃないから、病院にきているのに!

 さて、そんな彼女も、ついにある病院・お医者さんたちと運命的な出会いをする。この出会いがなかったら、「早晩、享年25歳、チーンだったわい」とのこと。この病院は、原因不明の症状を発症している彼女を受け入れてくれた。入院させてくれ、もう大丈夫、と言ってくれた。

 けど、ここから、閻魔さまも真っ青な、検査地獄の日々がはじまるのであった。

 ここから彼女が経験することになる医療検査は、まさに現代版合法的「拷問」。検査部屋は、ビルマの政治囚が刑務所で受ける拷問部屋を連想してしまう。電極やら、クギのような針やらが散乱している。

 いたい!いたーい!ほんまにいたい!

 なぜかくもいたい検査を次から次へと受けねばならないのか!

 彼女の紹介している検査例

 閉鎖・騒音地獄のMRI。乳を圧搾されるマンモグラフィー乳がん検査)。口や肛門にながーいチューブをつっこんでいく内視鏡検査(胃カメラ大腸検査)。腰骨にぶすっと太いクギのような注射をさし、骨髄液を採取する骨髄穿刺(マルク)。さらに体のあちこちの筋肉に電極のついた針を刺し、グリグリする筋電図。そして、麻酔なしに、人間の皮膚を切り裂いていき、筋肉の組織を切り取るという筋生検(麻酔をかけると筋肉組織が変質してしまうらしい)。

 こうした、もろもろのチョー激痛検査を日々繰り返し受ける。なんでこんないたい検査ばっかりなんだー。けど、生きていくこと自体が、とってもしんどい。体を横にするだけで、激痛が走る。生きてるだけで、激痛地獄。その上さらに、医療検査によるきわめつきの激痛地獄。

 こうして、ようやく、彼女の症状に対して、診断名がつけられる。それが先に紹介した、漢字もよく読めない世にも稀な難病。

 こういった難病は、現代では根治のすべがない。だから、対処療法で症状を緩和させることができるくらい。ステロイドの大量投与作戦を敢行する。ステロイドアトピーによく効くけど、副作用がとってもこわいという、あれです。

 このステロイド大量投与作戦もあえなく失敗。彼女、目の玉ぎょろぎょろ、ロックト・イン(locked-in)の危篤状態となる。体がついていかなかった。

 こうした経験を繰り返す、闘病生活。ステロイドの適量投与で多少安定するにしても、身体は、ぶっこわれていく。彼女のおしり、腫れて膨らんで、そして破裂して、穴があいて、半分なくなっちゃった!(おいおい、普通に書くなよ!)病院の連戦練磨の強者医師たちも、どーしよーもなかったらしい。

 さてさて、こうした闘病入院生活も、そのうち倦怠期がくる。

 新型難病女子は、援助のワナにはまる。入院生活を、友達の援助に依存するが、友達も、もう限界!もうムリ!となる。ビルマ難民支援を続けていた彼女は、みずから援助される側の厳しさを知る。

「「救世主」は、どこにもいない。ひとを、誰かを救えるひとなど、存在しないんだ。わたしを助けられるのは、わたししかいないのだと、友人をとことん疲弊させてから、大事なものを失ってから、やっと気がついた」。

そして、

「ひとが、頼れるもの。それは「社会」の公的な制度でしかないんだ。わたくしは、「社会」と向き合うしかない。わたし自身が、「社会」と格闘して生存していく術を切り開くしかない。難病女子はその事実にただ愕然とした。」

 けれどもその事実に気づいた新型難病女子は、また日本の福祉制度の複雑怪奇・貧しさ・不在を知る。日本は先進国だからといって、安心することなかれ。難病なんて、厚労省の局長のさじかげん一つで、医療補助の対象となるかどうかが決まる。厚労省の局長の色眼鏡にかなわなければ、チョー金持ちしか生きていけないのが現代日本。いいお医者が見つかるかどうかもかなり微妙。さらに医者がいても運が悪いと、助けてくれる制度がない。

 障害者手帳の交付だって、ご存じのとおり、めっちゃいい加減。困ってるかどうか、苦しんでるかどうかなんて関係なく、関節がどれくらい曲がるか、とかで判定されるこの世の中。なめんじゃねーよ。

 この後、新型難病女子は、ペ・ヨンジュンチェ・ジウもほっぺが真っ赤になるような、恋をする、デートをする。そして、医者や役所(福祉制度)とも格闘をへながら、病院を出ての自立生活も遂行する。そのへんの、物語のクライマックスのことは、本を読みながら、じっくり味わってください。

 「ひとりの人間が、たった一日を生きることが、これほど大変なことか!」

 彼女の実感のこもった言葉だが、それでもなお、彼女は「こんな惨憺たる世の中でも、光が、希望がある」と語る。たまたま難病当事者となった彼女。彼女の経験とメッセージはとてもすばらしい。多くの難病の人たち、あるいは別の困難を抱えた人たちが、実は知られることなく苦しみの果てに亡くなっていっている世の中である。彼女はたまたま表現力を兼ね備えた新型の女子であったというだけだ。

 わたしたちの身近にも、きっといる、いろんな事情で「困ってるひと」が。そのひとたち、そしてわたしたちが、いかに希望と光を見つけていけるか、それがわたしたちに課せられている課題だ。その課題に身をもってとりくんでいくことが、彼女のメッセージに応えることだと思う。

 

 (JCIL機関紙「自由人」70号掲載)

2011-03-08

『介助者たちは、どう生きていくのか』

介助者たちは、どう生きていくのか―障害者の地域自立生活と介助という営み

介助者たちは、どう生きていくのか―障害者の地域自立生活と介助という営み

【目次】

第1章 とぼとぼと介助をつづけること、つづけさすこと

第2章 障害者ホームヘルプ制度 ― その簡単な説明と課題

第3章 障害者介護保障運動史―そのラフスケッチ?70年代青い芝の会とその運動の盛衰

第4章 障害者介護保障運動史―そのラフスケッチ? 

                公的介護保障要求運動・自立生活センター・そして現在へ

第5章 障害者運動に対する労働運動の位置と介護保障における「労働」という課題

第6章 障害者自立生活の現在的諸相―介助者・介護者の関わりのあり方から見て

あとがきにかえて―介助者たちは、どう生きていくのか

 ぼく自身が、縁あって本を出すことになった。上記の『介助者たちは、どう生きていくのか』であり、今年2月末に刊行されたばかりである。自分自身の本についてこの欄で書評を書くのは変な気もする。けれど、この本に書かれていることは、現在の、そしてこれからの自立生活運動にとってとても大切なことであり、自立生活運動にとってはここ数年出た本の中ではもっとも重要な本の一つだと、ぼく自身は考えている。だからこの欄でも、ぼくとしてはとりあげざるをえず、手前味噌になる点、ご容赦いただきたい。

 本書は、「介助者たちは、どう生きていくのか」という、筆者個人の、自分自身に関わる問い・問題意識からスタートした本である。けれど本書で描かれているのは、「介助者」に関わることだけではない。実は、自立生活運動のある重要な一側面がこの本に描かれている、そういう読み方もできる。

 この本で筆者は、介助者の現状と歴史をつぶさに描いた。しかし当然に、そのとき、自立生活運動の中で介助者はどういう位置にあったのか、そして現在どういう位置にあるのか、介助者は自立生活運動の考え方の中で、かつて何を感じ・考えながら運動に関わっており、また現在ではどういう気持ちで介助に入っているのか、また運動において介助という仕事はどこでどのようにあらわれたのか等々の問いに直面し、その意味で、深く自立生活運動と向き合い、それと正面きって対峙することなしには、この本は描きえなかった。だから、この本は自立生活運動のある側面 ― 障害者介護保障運動に関わる側面、および障害者がいかに健全者・介護者・介助者と言われる人々と出会い、向き合ってきたか(そして、その裏面で健全者・介護者・介助者たちは何を思い活動に携わってきたか、そして現在何を思い働いているのか)という側面 ― を描いた本である。

 そしておそらく、そうした側面について、ここまで広範かつ具体的に描いた本は、少なくともここ十数年の間には存在しなかった、と言っていいと思う。

 本書では、かつてそして現在の、さまざまな団体や人々が登場する。簡単にあげるだけでも、神奈川青い芝の会、全国青い芝の会、関西青い芝の会連合会、リボン社、グループゴリラ、東京青い芝の会、大阪青い芝の会、在障会、公的介護保障要求者組合、ヒューマンケア協会、自立生活センター立川、自立生活センターグッドライフ、全国障害者介護保障協議会、メインストリーム協会、あるいは現在普通に働いている介助者たち等々…

 これらは、最近では一まとめに「自立生活運動」にくくられることがあるが、実際は、一まとめにされるほど自立生活運動は貧弱ではない。こうしたそれぞれの団体がそれぞれなりに自我を発揮しながら、ときに相互にぶつかりあい、いがみあい、そしてときにプラスに影響しあい、そうして運動が深化、進化、発展を遂げてきた。そして、それぞれの運動団体の中で、健全者・介護者・介助者たちはその団体の思想潮流に規定されつつ、ときに自己主張しつつ、ときに過ちをおかしつつ、ときに双方協力しあいつつ運動に関わってきた。これまで、あまりにもそうしたことの全貌については知られなさすぎた。

 おそらく本書を手に取る人々のほとんどは、ごく少数の事情通を除いて、これまで自分が関わっている中では知らなかった考え方、事実等に出会い、ある種のインパクトを受けると思う。それは自立生活運動の多様性の証である。運動はその都度その都度、さまざまな思想潮流がぶつかりあい、発展してきた。「自立生活運動は進化する」。これはメインストリーム協会代表廉田氏の言葉であるが、まさにそのままに、運動の進化過程を本書を通じて見ることができるであろう。

 筆者はたまため縁あって、本書を書くことになったわけだが、現在筆者がが知っていて大事だと思っていても他の人は知らないことが数多くあり、ぜひともそれは障害者福祉、障害者自立生活運動に関わる人々には知っておいてもらいたいとも思っていた。伝えるべきことは確かにあった。

 筆者が自立生活運動に触れたのは、2000年にJCILで介助者として登録したのが最初である。当初はバイトであり、これが現在の自分のライフワークになるとは思っていなかった。2003年の「支援費バブル」をへて、ゆえあってJCILの職員となった。以降、JCILで自立生活運動の事務局員、介助コーディネーター、介助者等を務めている。2006年から「かりん燈」という介助者の会で、介助者の生活保障を要望する活動をはじめた。

 たまたま運動に関わる立場にあったからだと思う。これまで全国の多くの団体や人々に出会うことができた。筆者の属するJCILはじめ、JIL、DPI、全国障害者介護保障協議会、公的介護保障要求者組合、グッドライフピープルファースト、障大連メインストリーム協会…等々。しかし、確かにみな「自立生活」という理念は共有するものの、そこにいる人々(障害者・健全者ともに)の印象は大きく異なっていた。そして、介助や介護に対する考え方も大きく異なっていた。運動は一枚岩で成立しているのではなかった。それぞれの考え方があるからこそ、運動は厚みをもつのだった(ときに対立の中で仲たがいすることもあるだろうけど)。

 障害者も介助者も、普通に生きている限り、多様な考え方や人々に出会う機会はそう多くはない。他団体の人々と会うにしても気の合う人々とだけ会うということがやはり多いであろう。けれど、わたしたちはもっとごちゃごちゃしたルーツや社会関係の中で生きている。ともすれば独りよがりになり行き詰りがちな運動団体、福祉団体の傾向の中で、筆者は多くの人々がごちゃごちゃしたルーツや社会関係に触れ、考えることが必要だと思っていた。「自立生活」をめぐって、これまで障害者も健全者も多種多様な関わり方があった。そしておそらくこれからもあるだろう。もしあなたが、あなたの団体が、一種の行き詰まりの中にあるとしたらこの本を開いてほしい。この本は、人々の実践につなげるための本、障害者地域自立生活の展望へとつなげたいという思いから書いた本である。

 現在、中央では障害者制度改革推進会議が毎月2、3回開かれ、障害者施策の抜本改正のために日夜改革の準備が進められている。2010年民主党政権樹立に伴う推進会議の設立は、確かに障害者運動においては革命的であった。これまでマイノリティであった障害当事者たちが中心となり、新たな制度改革が進められようとしている。一方で厳しい政治情勢もある。推進会議はないがしろにされ、やはり障害者施策は単なる政争の具に落ちようとしている。改革の実現のためには、何としても地域から障害者および関係者たちが声をあげ、たとえ政権交代なり何がおきても、改革の流れを続行させることが必要である。

 ところで一方で、わたしたち地域で生きている者の日常生活はどうだろう。障害者の自立生活は進んでいるか。自立生活に、人に言えないしんどさをかかえていないか。障害者及び介助者の運動離れが進んでいないか。介助者の心離れが進んでいないか。「共生社会」の実現は進んでいるか。

 改革で実現できるのはあくまで制度レベルの形式的な話である。結局中身はわたしたちがつくっていくしかない。制度があってわたしたちがあるのではなく、わたしたちがあって制度があるのである。

 そのわたしたちの生き方をどう展望するのか。本書では答えは出していない。けれども、考える材料は提示したつもりである。不十分な点は確かにあろう。それでも、今後の障害者の地域自立生活や共生社会の実現に向って、本書が一つの足がかりになればと切に願う。

(日本自立生活センター機関紙「自由人」69号掲載)

2010-07-09

フーコーの『カントの人間学』

カントの人間学

カントの人間学

今日本屋に寄ったおり、この本を見つけて、あっ、ついに出たんだと思い、けっこう喜んで買ってしまった。

フーコーカント人間学論。うわさは聞いていて、けっこう興味があった。

夜、家に帰ってぱらぱらめくってみると、わりに分量が少ない。

他にやることがあったのだけど、とりあえずおおまかに目を通してしまった。

予想していた内容とはちょっと違ったけど、生きたカントが浮かび上がってきたように思う。

ごちごちの体系哲学者カントでもなく、ごりごりの道徳哲学者でもなく、現代風にスマートにされたカントでもなく、実際に18世紀に生きて、年取って、自身の哲学にもとづきつつ長生きのすべをさぐりながら死んでいったカントの姿がなんとなく浮かんできた。

18世紀の膨大な文献を渉猟するフーコーの面目躍如だ。

伝記作家はだいたいかっこいいところを描こうとするからあかん。

フーフェランととの文通なんて、これまでだれが取り上げただろう。

マイクロビオティック、すなわち人間の寿命をのばす術』なんて本の著者に晩年のカントが経緯を払い、ある意味で自身の哲学の参考にしようとしているらしいのだから、おもしろい。

それもおそらく、晩年のオプスポストゥムムに描かれる超越論哲学に結びていていく。

後年、歴史的存在論、批判的存在論を説いたフーコーカントさばきはとてもおもしろい。

批判哲学と人間学をネガとポジと捉え、その反転、反復の運動に価値をみる。

批判哲学だけに目をやり、そこに人間学的本質があると信じ、いわゆる超越論的錯覚に陥っていった後世の人々を冷ややかにみているようだ。


誤った人間学というものがありうるだろう。実際、私たちはその例をしりすぎるほど知っている。誤った人間学はア・プリオリなものの構造を始まりの方へ、事実上あるいは権利上の始原(アルケー)の方へとずらそうとする。カントの『人間学』が私たちに教えてくれるのは別のことである。『人間学』は『批判』のア・プリオリを本源的なものにおいて、すなわち真に時間的な次元において反復するのだ。p118


ここで言う、「真に時間的な次元」というのがとても大切な部分だ。

それはどんな次元か。

それは、錯覚であり、だらしなさであり、ぼーとしていることであり、おしゃべりしていることであり、散漫なことであり、、、、そうしたあいまいさや間違いの多い日常の時間のことだ。


『批判』において時間は直観と内感の形式であり、所与にそなわった多様性はすでに作動している構成的な能動性を通じて示されるだけだった。時間は多様を、あらかじめ「我惟う」の統一によって支配されたものとして示していた。反対に『人間学』における時間は、のりこえることのできない散逸につきまとわれている。というのも、この散逸はもはや所与と感性的な受動性のものではないからだ。むしろそれは総合の活動が自分自身に対して示す散逸であり、総合の活動に「戯れ」のような色合いを与える。多様を組織しようとする総合の活動は、その活動自体から時間的にずれる。だから、この活動はどうしても継起のかたちをとり、誤謬と、惑わしに満ちたあらゆる横滑りを生じさせてしまう(凝りすぎるverkuensteln」「詩作しそこなうverdichiten」「狂わせるverruecken」)。『批判』の時間が本源的なもの(本源的な所与から本源的な総合まで)の統一を保証し、それゆえに「原(ウア)Ur-」の次元で展開されていたのに対して、『人間学』の時間は「逸(フェア)Ver-」の領域に運命づけられている。なぜならそこでは、時間によって諸々の総合が散逸し、ばらばらになってしまう可能性がたえず回帰するからである。時間のなかで、時間を通じて、時間によって総合がなされるのではない。時間が総合の活動そのものをむしばむのだ。p113


ここで、「『批判』の時間が本源的なもの(本源的な所与から本源的な総合まで)の統一を保証し、それゆえに「原(ウア)Ur-」の次元で展開されていたのに対して、『人間学』の時間は「逸(フェア)Ver-」の領域に運命づけられている。」と言っているくだりなどは、かなりしびれる。

つまり『人間学』は、そうした散逸、逸脱で特徴づけられるような時間の次元で、批判でいうアプリオリ(本源的なものUr-)を反復するわけである。


『人間学』は起源の問題に真の意義を返してやる。その意義は最初にあるものを明るみに出し、ある瞬間として特定するところにはない。そうではなくて、すでに始まってはいるけれども、決して根幹にあることをやめない時間の横糸をふたたび見いだすことが重要なのだ。本源的なものとは実際に最初にあったものではなく、真に時間的なものである。それは時間のなかで、真理と自由が互いに属するところにある。


本源的なものとは「時間のなかで、真理と自由が互いに属するところにある。」

フーコーは、ここでいう「真理と自由」については本書においては多く語らない。

それは別の著作をまつのだろう。

ちなみに、なんとなくの印象だけど、汚れに染まった時間的なものから目をそむけず、むしろそこに真理の契機をみるフーコーの見解については、読みながら、こりゃぁ、「不断煩悩得涅槃」だなぁみたいなことを思ってしまった。

真理と自由についての心意気からすれば、臨済の言う「随所作主立処皆真」みたいなもんだなぁ、としょうもないことを妄想してしまった。

「用いんと要せば便ち用いよ」

それが「理性の使用」と響き合っているや否や!?

2010-04-26

ごはんをつくってあげたい、ということ

今日、人と話していて議論になった。

ある全身性の障害をもつ女性が、パートナーのためにごはんをつくってあげたいと思った。

そこそこ年なので、旦那のために女性がごはんをつくるのは当然であり、それが女性の役割だと思っている。

その女性は、女性の役割をはたせてこなかった。

一つには、パートナーが見つからなかったから。

もう一つには、重度の全身性の障害があるから。

彼女は、自分で家庭の家事の仕事ができない。

自分の身の回りのことは、介助者に言えばやってもらえる。

自分の自立は、介助者に指示をすればはたすことができる。

けれど、人のために介助を利用することはできない。

家族の食事までも、介助者につくらすわけにはいかない。

最近、パートナーが見つかり、相手のために毎日ごはんをつくりたいと思った。

いつも入っている介助者に、何の気なしに、これからごはんを二人分つくってもらうかも、と言った。

その介助者は、同じ時給で働いているのに、男性障害者の介助者は何もせず、わたしだけ働くのはなんだかなと思う、と言ったそうだ。

ぼく個人としては、この女性介助者の意見がまっとうと思った。

介助者としては、あくまで利用者個人の介助に関することをやるのが仕事であって、そのパートナーの食事の世話までやるいわれはない。

たぶん、男性障害者と男性介助者は、居間でくつろいで、お酒のみながらテレビでも見てるのだろう。

そんなとき、台所で、女性障害者と介助者がそのパートナーの分までつくるというのは、なんかしっくりこないところがいろいろあると思う。

このブログの多くの読者は、基本的にフェミニズム的思考を身につけているので、そもそもこの女性障害者のもつ女性役割の観念を否定するであろう。

別に居間でテレビをみている男性のために、女性が食事をつくってあげる必要なんてない。

男性もやはり相応に家事をするべきだ。

それはそうだと思う。

女性障害者は、妻は旦那のために食事をつくるという古臭い女性差別性役割の考え方を捨てきれないだけだ。

そこを改善したらいいんじゃないか、と。

通常のフェミ系の主張からすれば、そこで話は終わる。

介助はあくまで、個人に対する支援であり、その家族の世話までする必要はない。

制度的にも、家族に対する援助は仕事の内容に入っていない。

女性障害者は、昔ながらの考え方から抜け出せておらず、自立していない。

男性障害者も、当然ながら自立していない。自分でめしをつくるべきだ。

結論としては、介助者は個人支援の原則を守り、男性障害者も女性障害者も、個人として自立して、自分自身の食事をきちんとつくるべきだ、ということになる。


しかし、それでいいのだろうか?

ここからが、火花を散らす議論となった。

障害者は、相手のために「してあげたい」と思う。

その「してあげたい」の部分には介助がつくことができないのだろうか?

介助者は、思想的にも制度的にも、その障害者の「してあげたい」という思いを否定することになる。

気持ちはわかったとしても、現実にはその障害者の気持ちを封じることになる。

もちろん、これまで「主婦」としてやってきたヘルパーは、その女性障害者の気持ちをくんで、慣れ合いで二人分の食事もつくるかもしれない。それが女性の役割と思っている人にはあまり違和感がないだろう。

けど、最近の若い介助者たちの多くは、やはりそのやり方に違和感を抱くであろうし、「介助」という仕事の枠を超えていると思うだろう。

そもそも、何かを「してあげたい」と思うのは、人の「世話」をすることであり、「介護」をすることである。

障害者の自立生活運動で「介護」ではなく「介助」と障害者が主張してきた以上、「介護」の部分までも介助者がやる必要はない。主婦的部分は、自立生活運動では否定してきた部分である。

介助者は「介助」(パーソナルアシスタンス)に徹するべきだ。

しかしそれでも、その「してあげたい」という気持ちの実現についてはどう考えるべきなのか。

性役割(家事、育児介護)を果たしたいという女性障害者の気持ちと、その気持ちの実現についてはどう考えるべきなのか。

これまで女性役割を免除され、そもそも女性として見られてこなかった障害女性に対して、女性役割を(ときに強要されつつ)何らかのかたちで果たしてきた健常女性が何をどのように言うことができるのか。

健常者ならば、いい悪いかは別として、女性役割をはたすかはたさないかは、ある程度選択の余地がある。

けど、もし上にだした結論にしたがうならば、障害をもつ女性には、女性役割は果たしてはならない、という道しか残されていない。

先に出した結論は確かに筋道だっているが、しかしそうした選択肢のなさについてはどう考えるのか。

自分の身辺のことだけでなく人のために何かをすることにも、介助がいる人は、介助者を通さないとしたら、どのように人の役に立てることができるだろう。

もちろんいるだけでも何らかの役にたつ、みたいな言い方はできるだろうけど、それはあまりに可能性・選択肢の少ない生き方である。

職場介助者という制度も、介助者が実際に仕事・作業をしてはいけないことになっている。障害をもつ人の障害の部分をカバーすることだけが仕事である。

介助内容に関する禁止事項の中で、経済活動に関することが挙げられているのも、人のために何かをすることには介助を使ってはならなない、という決まりがあるからだろう。

総じて、障害をもつ人には、人のために何かをする、人の役に立つという可能性が極めて限定されている。

人のために何かを「してあげる」ということは、確かにパターナリズムに通じる部分もある。

けど、だからといって、何かをしてあげることが禁止されている人生とは何なのであろう。

近年の制度は、個人・本人に焦点をあててたてられてきている。パーソナルアシスタンスはその典型。

けど、人は人とつながって生きている。何かをしてあげることもあれば何かをしてもらうこともある。その関係は、通常は、対等な個人同士のつながりとして言えるようなものはなかなかない。なんだかんだいってある程度のパターナリズムもあれば、ある程度の服従もある。

もちろんそうしたパターナリズムや服従が個人の自立を阻害してきた面は否定できない。

けれども、自立のみでは社会は成立せず、また社会が成立しない以上、個人は成立しない。

支配と服従が固定化してはいけないし、性役割・性分業が固定化してもいけない。

やはり人のために何かをしたいと思うことはあるし、重度の障害をもっていても、それができるように保障があるべきだ。

その意味では、介助者と言えども、他の人のために動くこともありうる。他人の世話にまで関わるのだから、仕事量は増える。けど、そうしたケースがありうることは否定してはいけないだろう。

他方で、家族にしろ、パートナーにしろ、そこをあてにし続けていてはいけない。そこをあてにし続けることは、結局役割の固定につながり、強要につながるからだ。

議論は決して一筋縄ではいかない。

自分の価値観が絶対ではないし、その価値観が他者の抑圧につながっていることもある。

さまざまな他者の視点から、自分たちの価値観を検討しあえていけたらいいと思う。

2010-04-21

『治りませんように』(斎藤道雄著、みすず書房

治りませんように――べてるの家のいま

治りませんように――べてるの家のいま

 はるか北の果て、北海道襟裳岬に近い浦河という過疎の町にある「べてるの家」のことは以前から知っていた。その関連の本も何冊か出ており、書店で眺めてはそのうち読もうと思い、知り合いも折にふれてべてるの家のことをぼくに話してくれたが、これまでは、あえて少し距離をおき、その関連の本も読もうとはしなかった。

 「べてるの家」というのは、統合失調症アルコール依存症人格障害などさまざまな病気や障害、生きづらさを抱えた人々が寄り添い集まったゆるやかな共同体の総称だ。北海道の辺境の地で、きわめてユニークで独自な実践をしてきたために、10年ほど前からだろうか、一般的に広く知られるようになった。今では、毎年数多くの見学客が浦河の地を訪れ、地元はそれでかなり振興しているとも聞いたことがある。

 今回紹介するこの本は、そうしたべてるの家を10年以上にわたり繰り返し訪問し、そのメンバーと一緒に食事をし、世間話をし、メンバーとともに時間をすごしてきた筆者が、さまざまなインタビューや講演の記録、そして遭遇したさまざまな出来事から、そのベテルの家においてもっとも大切にされているもの、べてるの家の実践の根底にあるものを伝えようとして書き記した経験と思索の結晶であるように思う。べてるの家に関連する筆者の本としては、前著『悩む力』に続き今回で2冊目にあたる。べてるの家の真髄を伝えようとした筆者渾身の力作であろう。『治りませんように』という、ある種ドキッとするタイトルからはじまり、「しあわせにならない」、病こそが「生きる糧」などという当事者たちの言葉を通して、その言葉の奥底に隠された深い意味がさぐられていく。それらが、決して「精神障害者」たちの話ではなく、まさしく「人間」の話として語られていくそのさまは、べてるの家の日々の実践がまさしく深く人間の歴史の深層に根差したものであることを、考えさせられる契機となるように思う。

 さてまず、評者がこれまでべてるの家関連のものにいささか距離をおいていたということについて。

べてるの家の活動の基本には、「精神疾患の当事者として日々抱えなければならないあらゆる困難や問題を、[医師専門家ではなく]彼ら自身の立場から捉え直そうとする『当事者性』」を一貫して追い求める姿勢がある。「そこで彼らが見据えようとしたのは、日々山のような問題をかかえ、際限のないぶつかりあいと話しあいをくり返すなかで実感される、苦労の多い当たり前の人間としての当事者のあり方だった。」(p13)精神疾患から、いやむしろ人間であることからくる苦労を、彼らは「精神障害に代弁させることなく、自らに引き受けようとしたのであり」、そしてまた「問題だらけであることをやめようとしなかったがために、そこに浮かびあがる人間の姿をたいせつにしようとしたのである」(同)

 ここに言われるように、彼らの活動の基本には、まず「精神障害者である前に、まず人間であろうとした当事者性」がある。そうしたありのままの自己、ありのままの人間の姿を大切にする姿勢から、いくらか見聞きしている人にはなじみの、「幻想妄想大会」や「当事者研究」があり、また「三度のめしよりミーティング」や「幻聴さん」、「そのままでいい」といった言葉も生まれてきた。

 この限りでは、身体障害者の自立生活運動や知的障害者ピープルファースト運動とも、その「当事者性」を基本にすえる点で、軌を一にしている。そしてその意味では、自立生活運動やピープルファーストに関わっている人にとっては、べてるの家についても十分に興味があってしかるべきだと思う。しかしながら、ぼく個人としては、べてるの家に対してはどこかある種のあやうさもあるという気がしていた。

 身体障害者の自立生活運動から障害者運動に入ったぼくは、社会から疎外され続けてきた障害者たちの姿、そしてまたその不当性を社会に対して訴える彼らの姿を見て、その運動のあり方に共感し、これまで多少なりともその運動の一翼に関わろうとしてきたし、また現に関わっている。ただそうした立場からすると、必ずしもすんなりべてるの家のありかたに共鳴してはならないものがあるように感じてきた。

 たとえば「完全参加と平等」と言われるように、身体障害をもつ人の運動は、社会にどんどん出ていく運動、社会のすみずみにまで進出していく運動、障害をもたない人との機会の平等を求めての運動である、という側面をもつ。さまざまな場面でのアクセスの保障、情報保障の必要性が言われ、そうした意味での社会変革が目指される。すべての人がインクルージョンされる社会である。教育にしても交通にしても住宅にしても、まだまだ障害をもつ人にとって住みにくい街、暮らしにくい社会なのだから、当然に社会の側が改善されていかなければならない。

 ところがべてるの家のあり方は、逆に、むしろ社会から撤退していくあり方である。少なくとも表面的には、この社会をよくしよう、改善しようとする運動ではない。いろんなもの、人生におけるいろいろなものをあきらめ、捨て去った上で、浦河にきて、そしてそこに暮らし続ける。それは、社会の向かって「昇りゆく」生き方ではなく、社会から「降りてゆく」生き方である。

 ぼく自身は、障害者自立生活運動との出会いを通して、今まで生きてきたこの社会の諸矛盾、障害者を排除して平然としている社会の諸矛盾に直面し、そうした既存の社会のあり方に疑問をもち、新しい社会のあり方を模索していきたいと思い、障害者運動に関わってきた。そこでは、古い排除型の社会から、新しいインクルーシブな社会を模索したいという思いがあった。

 しかしながら、べてるの家のあり方には、そもそも社会自体から「降りてゆく」という側面を感じていた。いわば一種の出家であり、まさしく「身を捨ててこそ、浮かぶ瀬もあれ」と言われるような感覚、社会というものをあきらめ(捨てきれないけどそれでも)捨てているというような感覚を感じていた。

 そうした生きる方向の模索において、自立生活運動とべてるの家のあり方にはまったく別方向の志向があるように感じてきた。そして、べてるの家のあり方、社会から「降りてゆく」あり方には、「完全参加と平等」と言われる運動にとって、その足をひきずるようなある危うさがあると感じてきた。

 そして、その「降りてゆく」生き方にどこか心魅かれていたぼくとしては、そこに引きずられることを恐れて、あえて、べてるの家関連の本を手にとろうとしなかったと思う。

 しかしながら、そうしたことを感じながらでも、この本を読もうと思い、また紹介しようと思ったのはなぜか。それはやはり、この書物では、精神疾患からくる諸問題を障害の枠組みでとらえず、また、単純に社会モデルと言われるような社会の枠組みでも捉えないから、つまりそれらを「人間」の枠組みで捉えようとする姿勢が一貫しているからである。

 その昔、一読一生の書評の中で、ぼくが『母よ!殺すな』を取り上げたことがあることを覚えている方もおられるかもしれない。そのときにも、その本を、単に障害者運動の歴史についての本としてではなく、「人間の歴史」について書かれた本である、己とは何か、自己とは何かを問うた自己探求の書、人間探求の書であると書いた。それと同様のことがこの『治りませんように』においても探求されているように思う。両者に共通するのは、ありのままの自分を見つめることであり、深い絶望であり、そしてまた深い意味での人間の歴史へのつながりである。

べてるの家には、人間とは苦労するものであり、苦悩する存在なのだという世界観が貫かれている。苦労を取りもどし、悩む力を身につけようとする生き方は、しあわせになることはあってもそれをめざす生き方にはならない。苦労し、悩むことで私たちはこの世界とつながることができる。この現実の世界に生きている人間とつながることができ、人間の歴史へとつながることができる。このように生きて死ぬということが、ほんとうに生きるということなのではないだろうか。」(p246)

 自立生活運動にしても、ピープルファーストの運動にしても、そこにはごく当たり前のこととして、「しあわせになりたい」という価値観が存在している。一人暮らししたい、結婚したい、就職したいなどなど、ごく平凡なしあわせな暮らしが望まれている。この本では、もちろんそうした「しあわせになりたい」という価値観を否定しはしない。しかしながらそうした「しあわせになりたい」という価値観がどこかに落とし穴をもっていることも事実ではなかろうか。その落とし穴のゆえに、べてるの家の人々は、むしろ「しあわせにならない」という生き方を選択する。それはどのような含意だろうか。

 「しあわせにならない、というのは、けっして不幸になることを勧めているわけではない。またしあわせそのものを否定しているわけでもない。しあわせになるという生き方が陥りがちな、閉じてゆく方向性、他者への関心の喪失、それがもたらす人間存在の陰影のなさを突いている。そのような生き方は人間の絆を損ない、生きていくうえで必要な切実さを希薄なものにしてしまうという捉え方が、そこにはあるのではないだろうか。」(p243)

 エレベーターがあれば、介護があれば、住宅があれば、社会に出ることができる。自分たちが街に出れば社会は変わる、世の中は変わる。障害の社会モデルによってたつとき、それは確かだ。けれども、そのときにおいても決して消え去らない何か、忘れられてはいけない何かはきっと残されるのだと思う。それをこの本では、人間としての「苦労」「苦悩」と捉える。人間として生きている以上かならず出会う、「重苦しさ」であり、「絶望感」である。

 「浦河の地でべてるの家の人々が積み重ねてきたことは、そのような重苦しさや絶望感に打ちひしがれ、弱さとみじめさを思い知らされ、怒り、引きこもり、爆発し、逸脱しても、そのありのままをことばにし、仲間に語り、ひたすら聞きまた語りつづけることによって、人は人とのつながりを取りもどし、生きてゆけるということだった。いや、生きてゆけるだけではない。深い森のようなことばの広がりのなかで熟成され、病気がもたらす苦労はいつしか暮らしの一部となって豊饒の物語へと編みこまれてゆく。」(p9-10)

 この本に描かれていることがらは、別になんのきれいごともない。問題だらけの行動群がそのままに紹介されている。精神疾患が別に治るわけでもない。改善するわけでもない。それは深い悲しみである。けれども同時に、そこで生きている人々には不思議な安堵感と深い意味での安らぎがあるように思う。そこでは人間が生きている。人間が生き、その暮らしはそして豊饒の物語に編み込まれていっている。そうした豊饒の物語を、私たちもまた生きていきたいと思う。