挨拶は時の氏神読み方:あいさつはときのうじがみ争いごとやもめごとが起きたとき、間に入って仲裁やとりなしをしてくれる人は、まさに氏神様が現れたようにありがたいという意味のことわざ。ここでの「挨拶」は、現代の「おはよう」などの言葉ではなく、事態を収めるための「仲裁・あいさつ運動」。 「おはよう」の挨拶も十分、時の氏神だと思いますけど、それは別な話として、上手く仲裁に入る人を見ると心底尊敬してしまいます。 私はと言えば、けしかけることこそしないけど、心の中では、どちらかに加担して「やれ、やっちまえ、、」と思っていない自信はありません。酷いもんですね。 でも、もっと酷いのは善意で仲裁に入っているつもり…