鉄道路線の営業を廃止すること。またはその廃止された路線のこと。 鉄道路線は細長く、他に転用することが難しいため*1、廃止当時のまま放置されている廃線跡も少くない。また、道路や自転車道などに転用されていても、鉄道路線独特の線形(直線や緩かなカーブ)や跨線橋、橋台などが残っている場合が多い。 これらの廃線跡を探訪する趣味もある。
*1:複線ならば道路にすることができるが、複線の路線が廃線になることは、そうそうない
2026年7月14日 | 読了時間:約5分 乗る人の約20倍の市民が「必要」と言い、必要と言う人の半数が「お金は出したくない」と言った。 2026年7月10日、 滑川市 が公表した 富山地方鉄道 のアンケート結果が明らかにしたのは、単純な「要る・要らない」ではなかった。 週1日以上この路線を使う市民はたった 3.2% 。 それでも約 7割 が存続を求めた。 この数字の裏には、地方交通の存廃問題が抱える構造的な矛盾がある。 実は「乗らないのに必要と言う」行動には、無責任とは正反対の理由が隠れていた。 この記事でわかること 3%しか乗らないのに廃線の瀬戸際 廃線にするとむしろ費用が増える 乗らない…
noteとのコラボエッセイとして、毎月2回ペースで「なつかしの鉄道乗りある記」を連載します。このエッセイは、今は廃線となってしまった地方ローカル線や第三セクター路線の乗車体験記として綴っていきます。 なつかしの鉄道乗りある記「ちほく高原鉄道・往路編」第1話 - 旅人マイケルオズのニッポンひとり旅語り 「ちほく高原鉄道・往路編」第2話 南本別駅の次の岡女堂(おかめどう)駅は、同名のお菓子の会社が近くにあり、その会社により作られた駅である。ただ、どう考えても工場勤めの人が利用するような駅には思えず、工場の敷地脇にポツリとホームが置いてあるという感じ。 観光駅かというと、多くの観光客が訪れるはずの土…
かつて、成田から三里塚を経由して八日市場に至る成田鉄道「多古線」が存在した。 前身は、日本初の県営鉄道である千葉県営鉄道多古線、1911年(明治44年)7月、成田-三里塚間が、同年10月、三里塚-多古間がそれぞれ開通している。今回の記事では、改軌事業前の1926年(大正15年)以前にスポットを当てて執筆したいと思う。 目次 |わが国最小のレール幅で開通 |特殊なスタイルの双合式機関車 |とにかく速度が遅い軽便鉄道 |わが国最小のレール幅で開通 レール幅の規格には、新幹線や一部私鉄が採用している1,435mm(標準軌)、JR在来線や多くの私鉄が採用している1,067mm(狭軌)、京王電鉄や東急世…
平成筑豊鉄道 (2016/7) 赤字のため廃止されることが決定した平成筑豊鉄道 将来的に鉄道から路線バスへの転換となるらしい 太陽さん11歳 (2016年7月) ランキング参加中写真・カメラ ランキング参加中【公式】2025年開設ブログ ランキング参加中gooからきました
noteとのコラボエッセイとして、毎月2回ペースで「なつかしの鉄道乗りある記」を連載します。このエッセイは、今は廃線となってしまった地方ローカル線や第三セクター路線の乗車体験記として綴っていきます。 ★前回までご紹介したくりはら田園鉄道 なつかしの鉄道乗りある記「くりはら田園鉄道」第1話 - 旅人マイケルオズのニッポンひとり旅語り 「ちほく高原鉄道・往路編」第1話 北海道東部を縦断し、池田と北見を結ぶ第三セクターのローカル線「ちほく高原鉄道」が、2006年4月に廃線となることが決まったというニュースを聞き、その前に何としてでも乗ろうと思い、前年2005年の10月に「列車に乗るためだけの旅」を決…
JR東海道本線の清水駅にやってきました。 この日は近くのIAI日本平スタジアムで清水エスパルスのホームゲームがあり、駅周辺は朝からミカンみたいな恰好をした人が多くいました。 駅の東側から南へと伸びる歩道はおそらく旧国鉄清水港線の廃線跡です。 清水港線のモニュメントがありました。 清水港線(しみずこうせん)は、静岡県清水市(現・静岡市清水区)の清水駅と三保駅を結んでいた、日本国有鉄道(国鉄)の鉄道路線(地方交通線)である。貨物輸送の衰退もあり、1980年(昭和55年)の日本国有鉄道経営再建促進特別措置法(国鉄再建法)施行により第1次特定地方交通線に指定され、1984年(昭和59年)4月1日に全線…
noteとのコラボエッセイとして、毎月2回ペースで「なつかしの鉄道乗りある記」を連載します。このエッセイは、今は廃線となってしまった地方ローカル線や第三セクター路線の乗車体験記として綴っていきます。 なつかしの鉄道乗りある記「くりはら田園鉄道」第3話 - 旅人マイケルオズのニッポンひとり旅語り 「くりはら田園鉄道」第4話 列車は田園風景のなかをゆっくりと進み、一駅ずつたんねんに停車していく。平凡な風景のまま、再び沢辺駅へと戻ってきた。今度は下り列車との交換行われるため、さきほどの初老の駅員が忙しそうにタブレットの受け渡しに飛び回っていた。 現在、くりでんは沢辺駅のみが交換駅となっているようであ…
人込みが苦手、人に道を聞くのが苦手、流行りの場所が苦手な大人の自分である。一方、古道とか古墳とかに興味があり、博物館や美術館めぐりは好きなほう、趣味は”ブラタモリ”と答える。ということで、込んでいない博物館・美術館を中心に旅日記を書いていこうと思います。 どこの市町村にも一つは存在する郷土資料館・博物館、企業が自社の歴史を展示しているミュージアム、地域産業や地元作家の博物館や美術館、そんな場所を訪れていきたい。不定期ですが、興味があれば読んでください。 最初に紹介するのは3月末に訪れた「黒野駅レールパーク(黒野駅ミュージアム)」という施設です。 ■ 名鉄揖斐線の面影を残す「黒野駅レールパーク」…
noteとのコラボエッセイとして、毎月2回ペースで「なつかしの鉄道乗りある記」を連載します。このエッセイは、今は廃線となってしまった地方ローカル線や第三セクター路線の乗車体験記として綴っていきます。 なつかしの鉄道乗りある記「くりはら田園鉄道」第2話 - 旅人マイケルオズのニッポンひとり旅語り 「くりはら田園鉄道」第3話 一般乗客がほとんど乗っていない観光列車風の「OH!バンデス号」は、栗駒駅、鴬沢駅などと一駅ずつ淡々と過ぎていく。さとう宗幸氏の元気のいい観光案内付き車内放送のおかげで、沿線のようすなどもそれなりに楽しみながら乗車できた。 とはいっても、ほとんどはごく平凡な田園地帯を走っており…
ゴールデンウィークに兵庫県加古川市、播磨町にかつて走っていた別府鉄道の廃線跡を一部区間ですが歩いてみました。貨物主体で本数は少ないものの旅客列車もあった別府鉄道ですが、1984年に廃線となりました。廃線跡の多くは遊歩道になっています。 今日は少しですが紹介します。野口と別府港を結ぶ野口線。旧国鉄高砂線と接続する野口駅をでて南東にカーブする区間です。 別府川にかかるガーダー橋です。 鉄道橋は現在歩行者用の橋として使われています。 円長寺の近くの公園に保存されているキハ2号です。ボランティアにより塗装をし直して大切に維持されています。 キハ2号の説明がフェンスに貼られています。昭和6年(1931年…