高野長英(1804-50年)は仙台藩水沢の生まれで、医学をシーボルトに学び、江戸で医業を営んだ。1831年に戊戌夢物語を著して幕府の攘夷策を批判し、蛮社の獄の際に収監された(1839年)。4年後の牢火災の際に逃亡し宇和島などに潜伏したが、6年後に江戸で捕縛され自刃した。 緒方洪庵(1810-63年)は備中の出身で、大阪や江戸、長崎で蘭学を修めて大阪で適塾を開いた。医学や蘭学を志す多数の弟子(橋本左内、福沢諭吉、大村益次郎、大鳥圭介、長与専斎、佐野常民など)を育て、種痘の普及にも尽くした。晩年は奥医師・西洋医学所頭取となり江戸で亡くなった。 大村益次郎(村田蔵六:1825-69年、長州人)は適塾…