芸術家。作家、画家。 ハイレッド・センター、櫻画報、路上観察學会、トマソン観測センター、ライカ同盟、日本美術応援団などの活動を行う。 千円札を印刷して芸術作品としたため、刑事事件に問われ有罪となった(千円札裁判)。また、老人力を提案するなど独特の視点を持つ。 小説家としての筆名は尾辻克彦。 参考リンク:http://www.pluto.dti.ne.jp/~imasa/akas.html 2014年10月26日死去。享年77。
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都会に行ってました松本駅で電車を待っていたら、いつもの「まつもとお〜」じゃないのに気がついてあの40年親しまれた自動アナウンス「まつもとお〜」が終了してから初めて松本駅から電車に乗るってことに気がつきましたあの特徴のある「まつもとお〜」が聞こえないホームはちょっとだけ物足りない感じがするなさて都会につきまして目的地へ久々の都会は雨 約半年かけて準備したお仕事の日準備の時間も楽しかったし、あれこれ想定してアイデアをねったことだし終わって達成感!あー楽しいお仕事だったなープレゼンが終わってみんなでお食事に向かう時はすっかり雨も上がりもう2度と会わないかもしれないし、またお仕事するかもしれないし一旦…
70年代都市の文化的熱気(イメージ) 全国的な物語は、すでに壊れていた。 1960年代末、全共闘、寺山修司、そして『ガロ』が行ったのは、体制への反抗というよりも、「意味が共有されている」という前提そのものの破壊だった。 だが、破壊だけでは文化は続かない。 壊されたあと、人はどこに身を置き、何を拠り所に生きていくのか。 1970年代のサブカルチャーは、その問いに対する、極めて静かで、しかし決定的な回答だった。 それは大きな主張でも、革命的なスローガンでもない。 もっと小さく、もっと個人的で、もっと説明されない世界への移行だった。 1|「大きな物語」が壊れたあとの空白 第7回で見た通り、1960年…
この本、タイトルに興味を持って衝動買い。いつか読もうと思いつつ、書棚にたぶん十余年眠っていた。奥書を見ると、1990年1月に出版され、手許の本は2004年1月第25刷となっている。ロングセラーになっている新書だろう。 著者については全く無知のままで購入し、本書を読む中で著者の人生遍歴が少しわかった。最新の刷りではどうなのか知らない。手許の本では、奥書に、「1937年横浜生まれ、武蔵野美術学校中退、画家、作家」という情報と著書が列挙されているだけである。 本書を読み始めて、著者自身についての情報が少し入手できた。本書の流れに沿って記されている著者情報をまず列挙してみよう。 *1990年に近い時期…
今週のお題「これに影響を受けました!」 「路上観察」が好きです。 「路上観察」とは字の通り 路上にある 人によっては気にもとめないようなものに 魅力を感じてカメラに収めるというものです。 といっても そのために外出するということは なかなかなくて、 たまたま目にした「好き!という景色」を 急いで写真に収めるという感じです。 だから 車で目にすることも多く、 歩いていても時間がなくて アングルなどにこだわる暇もなく 「カシャ!」で終わりなので、 変なアングルだったり 手ぶれしてるものも多いです。 しかも 「好き!という景色」は いわゆる「風景」だけでなく 建物や看板などの「建造物」が多いので、 …
赤瀬川源平の「科学と抒情」をめくっていたら、 拾った犬のニナについて書いているところがありました。 家の裏にある山道に捨てられていた子犬に 近所の子供たちがこっそり牛乳やビスケットをあげていたんだけど、 親に知られて、 飼ってくれませんか、と段ボールを抱えた子供が家にやってきた…という経歴。 大きさから生まれたのは5月27日ごろだろう、ということで 27のニナになった、という話です。 そういえばこの人の建てた家は、ニラハウスと呼ばれていたんですよね。 家を建てるまでを書いた「我輩は施主である」は読んだのだけど、 町田市だったのか。 www.city.machida.tokyo.jp 科学と抒情…
まぁ、貨幣とか紙幣は極論「紙」だからね。バーチャルなんだよね。だから「モノ」が優位なのだ。紙に印刷した「仮想的な信用」で、価値が変わる。新NISAが始まって加速したね。トランプが当選し、急激に貨幣や紙幣より不安定な「暗号通貨」が幅を利かせ始めている。マゾ的変態だとおもうねぇ。だって、市民が自ら自分の首を絞めてイーロン・マスクやらに、上納金を納める構図になってるじゃん。あれ、気づかない? 流石の赤瀬川原平、紙幣の汚れは「人間社会の垢」みたいだとね。 垢にも、色々あるけれど苦労して積み重ねた結果の垢の意味じゃないね。汚いものの総称だからねぇ。赤瀬川原平は容赦ないね。いいたくなかったけれど、いうタイ…
福山のマシャとポカリに出ていたな凄え奴だぜ篠原有司男 www.youtube.com www.ccma-net.jp 生きている篠原有司男長生きだ前衛アぁト篠原有司男 www.nippon.com ja.wikipedia.org
2020年4月号掲載 毎日新聞夕刊報道グループ記者(当時)/藤原章生 「セルフ特派員になろうかと」。先日、高校の山岳部の先輩と会ったとき、そんなことを口にした。これは自分の造語だ。それまでこんな言い方はしなかったのに、リタイアしたあとのことを問われたとき、さらっと「セルフ特派員」という言葉が出てきたのだ。 こんな話だ。私は過去31年の記者生活のうち32歳の年のメキシコ留学の1年を含め14年半を海外特派員として過ごしてきた。それ以外では、エンジニアを辞めて27歳で新聞記者になった直後に長野市で2年、そして大町市で1年、さらには震災後の1年を福島県の郡山市に駐在した。知り合いが誰もいない土地に入り…
2018年9月号掲載 毎日新聞夕刊報道グループ記者(当時)/藤原章生 日曜日の午後、思い立って玉川学園の尚子さんを訪ねた。芸術家、赤瀬川原平さんの奥さんである。赤瀬川さんが亡くなったのは2014年10月26日。あれからもうすぐ4年である。 「奥さん」と書くと、「そういう呼び方が女性を差別している」と思われる方もあるだろうが、尚子さんの場合、この呼び方がしっくりくる。妻、パートナーというとちょっと違和感がある。 赤瀬川さんが亡くなった日、私は尚子さんに電話で呼び出され、かけつけた。頬の冷たくなった遺体のそばで、娘の桜子さんと尚子さんとしばらく共に過ごした。そして、夕暮れを前に南伸坊さんら友人らが…
2014年12月号掲載 毎日新聞地方部編集委員/藤原章生(当時) ここ2週間余り、風邪で臥せっていた。のどの痛みから始まり、37度台の熱にせき、たんがともなう、典型的な風邪だが、ずいぶんと長い。風邪薬や抗生物質をのんでも完治しない。単に抵抗力が落ちているようだが、何年かに一度、こういうことがあるので今回もそのパターンだと思う。 例えば、南アフリカや、メキシコを離れる直前、ギリシャ危機の取材が山を越えたころに、同じようなことがあった。その例から見ると、長い緊張から解けたあとに必ず起きている。熱心に仕事をして走り回っているときではなく、「そろそろ終わり」「山を越えた」という時期を選んで、このパター…