Hatena::ブログ(Diary)

東浩紀の渦状言論 はてな避難版

2011-04-18 しそちず!4号幻の送り状メッセージ

以下は、コンテクチュアズ友の会会報『しそちず!』第4号、送り状用に書いた挨拶です。社員の独断により送付されませんでしたので、ここで公開します。

編集長からのご挨拶

東日本大震災の被災者の方々に心よりお見舞いを申し上げます。

会員の方にも被災地在住の方々がいらっしゃいます。

復興の辛苦のなか、もし本会報が少しでもみなさまの苦しみを和らげるものになっているならば、それに越した喜びはありません。

少しでも楽しんでいただければと存じます……。

……というわけで、なんともかんとも、たいへんな災厄が起きてしまいました。

東北および北関東地方の惨状とは比較になりませんが、首都圏でも放射能汚染の恐怖、計画停電による不安はまだまだ続き、かつての日常が復活するには長い時間がかかりそうです。この震災は日本社会のあらゆる場所に深い傷跡を残し、言論もむろん例外ではないでしょう。ゼロ年代の思想が云々とかもはや言っている場合ではない、ぼくたちは突然のように、50年、100年にいちどの大きな歴史の節目に投げ出されてしまったようです。今後は、次の10年ではない、次の100年を考えなければなりません。

いやはや、それはまったく重い責務です。鬱になりそうです。というかぼくはそういうのはとっても苦手です。でも、現代日本で言論人として生きている以上、この責務からだけは逃がれるわけにいかない。

とりあえず我が社コンテクチュアズは、この危機に対し、言論・思想を担う新しい出版社として最低限の社会的責任を果たすべく、急遽『思想地図β』震災特別号の刊行を決定いたしました。「危機(災厄)と思想の力」を主題とし、この過酷な現実を生き抜くためのアクチュアルな思想の可能性を探る意欲的な目次を構成し、定価の3分の1を支援金として被災地に送らせていただく予定です。

刊行時期や目次など詳細については、本会報次号でも告知しますが、ぼくのツイッターでの呟き @hazuma や公式アカウント @contectures を適宜ご覧になっていただければ幸いです。

さて、会報『しそちず!』第4号をお送りいたします。

今号もふたたび大幅ページ増。巻頭特集では、マンガ表現論でエッジを走り、じつはぼくの15年来の畏友でもある伊藤剛氏の研究室におじゃましました。例によっての二号分割掲載で、次号はマンガ表現の「目」と「視線」の機能について、じつに刺激的な理論の構想が語られるので、お見逃しなく。

第二特集は、昨年末から先月2月26日の創刊記念イベントまで、この3ヶ月間コンテクチュアズを(いい意味でも悪い意味でも!w)翻弄し続けた大型企画、「AZM48 the movie」の総括記事です。入江悠監督参加のコラムと鼎談、狂乱の2.26イベントの報告記事、そして宇野常寛氏連載の原作小説もついに最終回へ……。まったくの偶然なのですが、震災を経た現在の視線で見ると、それはまさに、震災前の、あの幸せで内向的で能天気だったゼロ年代を象徴する企画だったようにも見えないことはありません。2月26日からまだ1ヶ月経っていないというのが、ぼくにはまだどうも信じられないのです……。

そして今号は、この版型、ページ数で送る最後の会報です。次号より本紙は大幅にリニューアルし、版型こそ小さくしなりますが、逆に大幅ページ増、目次も一新し新人の投稿原稿を受け付けるなど(正式な募集は次号からですが、意欲あるひとはいまからでもぜひぜひ! 2万字以内が目安のノンフィクションの論考を幅広く募集します)、『思想地図β』の友の会としてふさわしい読みがいのある会員制マガジンに生まれ変わる予定です。

ほかも某事情により代表がぼくに変わったこと(!)や、オフィスが四谷から五反田に引っ越し面積が10倍以上になったこと(!!)など、この春は社内も動きが激しく、じつは無数に報告しなければならないことがあるのですが、震災に比較すればすべてが些細なことですし、なによりももはや紙面が尽きました。

今後ともコンテクチュアズへのご支援、よろしくお願いいたします。

『思想地図β』震災特別号、そしてその次の2号、必ずよいものにします。

 2011年3月23日

停電で暗い羽田空港にて

合同会社コンテクチュアズ

代表 東浩紀

2011-03-22 For a change, Proud to be Japanese : original version

 地震の瞬間、ぼくは同僚とともに東京都心部の四谷にある古い雑居ビルの六階にいた。

 日本人は地震に慣れている。ぼくもまた幼少期から無数の地震に遭遇してきた。だから揺れ始めた瞬間も動じることはなかった。いつもより大きいなあ、と思ったぐらいだった。

 けれども揺れはいつまでも止まらず、振れ幅は少しずつ大きくなっていった。やがてフロアの天井と壁が異様な音を立てて軋み始め、だれからともなく、これはまずい、外に出ろと叫びが上がり、ぼくたちは砂埃が舞うなか狭い階段を争うように駆け降りた。なんとか戸外に出て振り返れば、ビルはぐらぐらと激しく横に揺れ、隣のビルといまにもぶつかりそうになっている。群衆から声にならない悲鳴が漏れた。あたりを見渡すと、すべての車が停止し、広い車道は周囲のビルから逃げ出してきた人々で埋まっていた。

 ぼくたちはみな携帯電話を取り出した。電話は通じない。ネットは繋がる。メールは不安定だ。ツイッターの書き込みによって、それがはるか北方を震源地とする巨大地震で、公共交通機関はすでに運行を停止していることを知った。顔も名前も知らないツイッターユーザーの安否は続々と明らかになるが、妻との連絡はいっこうに取れない。娘を預けた保育園も繋がらない。

 結局ぼくはその日、自宅まで一三キロの道のりを歩いて帰ることとなった。幹線道路沿いの歩道は、同じように徒歩での帰宅を決断した通勤者たちで埋まり、ぼくたちはただひたすら軍隊のように、それぞれの自宅にむかい無言で行進を続けた。帰宅したのは、もうすっかり日が暮れたあと、午後七時も回ってからだ。

 ぼくは東京で生まれ、そして三九年間東京に住み続けてきた。しかし、この都市がここまで混乱した――というよりもむしろ呆然と立ち尽くしたと言ったほうが正確だろうか――のを見たのは初めてだ。

 しかもそれは、悪夢の始まりでしかなかった。地震から津波へ、そして福島の原発事故へと続くその後の展開は、みなさんもすでにご存知のとおりである。その悪夢は、この原稿を書いているいまも収束の兆しを見せていない。

 さて、今回の震災が日本社会に対して与える影響を見積もるのは容易ではない。事態はまだ進行中だし、なによりもこれほどの大きさの災害となると、影響はじつに多岐に亘り、予測を超えた深さで国のかたちを変えるはずだからである。

 たとえば政局は震災以前とがらりと変わるだろう。民主党政権はふたたび息を吹き返すだろうし、党内の力関係も大きく変わるだろう。東北地方の経済復興には長い時間がかかるだろうし、原発事故のあとではエネルギー政策も根本から見直さざるをえない。しかしそれらの変化はまだ予測可能なものだ。一六年前、阪神淡路大震災の二ヶ月後にオウム真理教のテロが起きたように、震災が国民に残した精神的心理的動揺は、のち思いもかけないかたちで吹き出す可能性がある。これから半年、一年の日本の動きは、さまざまなレベルで注視し続ける必要があろう。

 というわけで、具体的な予測や評価はまだまったくできないが、それでも話を抽象的な側面に絞ってよいのならば、震災後六日目のいまでも言えることがただひとつある。

 それは、この災害を契機として、日本人がいまかつてなく――少なくともこの二、三〇年では経験したことがないほど強く――「国家」の存在を肯定的に意識し始めたということである。

 日本人は、第二次世界大戦に破れて半世紀以上、国家や政府を誇りに感じることがほとんどできなかった不幸な国民である。とりわけこの二〇年、バブルが崩壊し長い不況に入ってからはそうで、首相の顔は驚くほど頻繁に変わり政策は停滞し、日本人のあいだには政治的シニシズムが蔓延している。実際、一六年前の阪神淡路大震災では、政府の対応はあまりに杜撰かつお粗末で、多くの国民から強い非難を浴びた。

 ところが今回は状況が劇的に異なる。むろん非難の声はある。原発事故および首都圏の大規模な停電は、国民生活に深刻な影響を及ぼし続けており、当然のことながら政府と電力会社はマスコミから厳しい追及を受けている。しかし他方、国民のあいだでは彼らを擁護する声がじつに強い。救援活動のスポークスマン、枝野幸夫官房長官はネットで英雄となっているし、自衛隊の救援活動は絶賛されている。ツイッターの投稿は震災一色だ。ぼくはいままで、日本人がここまで「公」のことばかりを考え、話題にし続けた光景を見たことがない。日本国民も日本政府も、ついこのあいだまでは愚痴と内ゲバばかりでまったく前に進めない優柔不断で身勝手な人々だったのに、いまや別人のように一丸となって大胆に国を守ろうとしている。つまり日本人は、日本の若い世代がよく使う表現を借りれば、震災後突然「キャラ」が変わったように見えるのである。

 日本人はいま、めずらしく、日本人であることを誇りに感じ始めている。自分たちの国家と政府を支えたいと感じている。

 むろん、そのような「キャラ」はナショナリズムに繋がるのでよくない、との意見はありうるだろう。ネットでは早くもその種の懸念が登場しているし、また熱狂はしょせんは一時的なもので長続きしないという見方もある(おそらくそうだろう)。しかし、ぼく自身はそのうえでも、やはりその現象にひとつの希望を見いだしたいと思う。

 震災前の日本は、二〇年近く続く停滞に疲れ果て、未来の衰退に怯えるだけの臆病な国になっていた。国民は国家になにも期待しなくなり、世代間の相互扶助や地域共同体への信頼も崩れ始めていた。

 けれども、もし日本人がこれから、せめてこの災害の経験を活かして、新たな信頼で結ばれた社会をもういちど構築できるとするのならば、震災で失われた人命、土地、そして経済的な損失がもはや埋め合わせようがないのだとしても、日本社会には新たな可能性が見えてくるだろう。もちろん現実には日本人のほとんどは、状況が落ち着けば、またあっけなく元の優柔不断な人々に戻ってしまうにちがいない。しかしたとえそれでも、長いシニシズムのなかで麻痺していた自分たちのなかにもじつはそのような公共的で愛国的で人格が存在していたのだという、その発見の経験だけは決して消えることがないはずだ。

 今回の震災、海外のメディアでは、災害に直面した日本人の冷静さや公徳心が驚きをもって受け止められ、高く評価されていたと伝え聞く。しかしじつはそれは、当事者の日本人にとっても驚きだったのだ。なんだ、おれたちやればできるじゃないか、だめな国民じゃないじゃないか、というのが、おそらくはこの数日間、日本人の多くが多少のくすぐったさとともに味わった感情のはずなのである。

 あとはその感情を、時間的にも社会的にもどこまで引き延ばすことができるのか、その成否に、今回の震災だけではない、その二〇年前から続く長い停滞と絶望からの復興がかかっている。

ーー

以上の原稿は、New York Times に2011年3月17日掲載された原稿For a Change, Proud to be Japaneseの、英訳される前の元原稿です。

3月16日執筆。英訳原稿は日本語原稿の6割ほどの翻訳です。時差と締め切りの関係で、要約編集は翻訳者と編集者が行いました。日本語版にはタイトルはありません。タイトルは New York Times 編集部が決めました。

日本語版公開を許可いただいた New York Times 編集部に感謝します。また翻訳および New York Times 編集部との連絡役を担当してくれた河野至恩、Jonathan E. Abel 両氏に深く感謝します。両者はぼくの『動物化するポストモダン』の英訳者でもありました。

2011年3月22日公開。

2009-12-30

コミケ出店

f:id:hazuma:20091230100423j:image

直前の告知になりましたが、明日コミケに出店します!

ブースは 西地区 れー24b「波状言論」。なんと壁です!

新刊は例によって宇野くんとの合同本『Final Critical Ride』の第2号。

目次は以下のとおり。

ーー

【グラビア&インタビュー】松田賢二

【対談】東浩紀×宇野常寛「聖地巡礼2――平成仮面ライダー補完計画 MISSING ACE」(随行記:浅子佳英)

〔特集〕エヴァ/ヱヴァ2009

 【対談】東浩紀×山本寛

 【鼎談】東浩紀×伊藤剛×竹熊健太郎

 【対談】宇野常寛×荻上チキ 

 【論考】稲葉振一郎 

 【論考】坂上秋成

【特別寄稿】入江哲朗 

【付録CD】決断主義トークラジオAlive4 東浩紀×宇野常寛×濱野智史×李明喜×浅子佳英etc

A5版:64頁/1,000円

ーー

ほか、思想地図第2期出版のため宇野くんや濱野くんと一緒に新春設立する、「合同会社コンテクチュアズ」の記念Tシャツも販売する予定です。

よろしくお願いいたします!

2009-12-21

twitter3日ほどお休みします

どうも僕がいるホテルはツィッターに接続できないようです。理由はよくわかりませんが・・・。

Android端末では試していないのですが、データローミングパケ死するのもいやなので、3日ほどツィッターはお休みします。冷静に考えてみると、このほうが休暇として正しいすがたかもしれません。

ハッシュタグ「#QF」のメンテナンスは公式アカウントさんにお任せします(本当によろしくお願いします!)。むろん、帰国したら目を通しますので、どしどし感想をお寄せください。

なお、品切れ情報などは、そのあいだぼくがRTすることができないので、@QuantumFamiliesに直接メンションして呟いていただけると助かります。よろしくお願いします。

それにしても、あの1万人のフォロアーのうち、何割くらいがこのブログに気づくのだろう。。。もうだれもブログなんて読んでいないんじゃないかとかいう不安に押しつぶされそうですが(実際ぼくがすっかりそうなっているし!)、それは自分がすっかりツィッター脳になっているから、ただそれだけのことだということも自覚していますw。

QF、発売日即重版!

好評発売中の『クォンタム・ファミリーズ』ですが、正式な発売日である本日、正式に増刷が決まりました。初版部数5000部で増刷5000部、累計10000部となります。

まったくめでたいことなのですが、ただひとつ、残念なことにやはり年内配本は間に合わないそうです。担当編集者さんによると、年内品切れの可能性はかなり高いとのこと。Amazonには最大限の部数をまわしているとのことですが、それも危ないとのことです。購入を迷われているかたには、早めの購入をお勧めします。

それにしても、増刷も大事ですが、それよりも、読者のみなさんからメールやTwitterで望外の好評をいただき、むしろそちらのほうをとてもうれしく思っています。ありがとうございます!

これからもがんばって小説を書き続けますので、よろしくお願いします!

類似アカウントにご注意ください

・・・というわけで、ぼくの小説、売り上げも評判もとても快調なわけですが、残念ながら不愉快な事件もおきています。

Twitterのぼくのアカウントはhazuma、『クォンタム・ファミリーズ』公式アカウントはQuantumFamiliesなのですが、本日、新潮社さんよりQuantumFamilieという類似アカウント(最後のsがない)が現れたと連絡を受けました。

当該アカウントは東浩紀とも新潮社とも関係がありません。ご注意ください。

なお、なぜぼくがこれをはてなで呟いているかというと、いま所用で外国におり、なぜかホテルのネットワークからtwitterが繋がらないからです。したがって当該アカウントの内容も確認できていないのですが、いずれにせよ、それがぼくの小説題名と紛らわしい名前であることは事実なので、Twitterユーザーのかたでご協力いただけるかたは広く呟いていただけると助かります。

いやはや。