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井筒俊彦

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井筒俊彦

いづつとしひこ

井筒 俊彦(いづつ としひこ)1914年 - 1993年 慶応大学名誉教授。

言語学者、イスラーム学者、東洋思想研究者ギリシャ思想、ギリシャ神秘主義言語学の研究に取り組み、ギリシャ語アラビア語ヘブライ語ロシア語など多くの言語を習得・研究した。

アラビア語を通じてイスラム思想の研究も行い、1958年に『コーラン』の邦訳を完成させた。井筒訳の『コーラン』は言葉に関する厳密な言語学的研究を基礎とした優れた訳として、現在にいたるまで高い評価を受けている。

コーラン』邦訳の他にもイスラム思想、特にペルシア思想とイスラム神秘主義に関する数多くの著作を出版したが、自身は仏教徒で、晩年には研究を仏教哲学老荘思想朱子学などの分野にまで広げた。(ウィキペディア一部改変)

井筒にイスラームをもらたしたのは具体的にはどのような人々であったのか。それははっきりとした固有名をもった出会いであった。井筒は司馬*1にむかって二人のタタール人と一人の日本人の思い出を語っている。ロシアに生まれ、革命政府の意向に徹底的に反抗し、日本において軍や頭山満など右翼の大立者と深い関係を結んだ汎イスラーム運動の領袖の一人、当時100歳に近いアブデュルレシト・イブラヒム老。さらにはそこを身一つで訪れた同じくタタール人の放浪の大学者ムーサー・ジャールッラー。そういった二人の反骨の「韃靼人」との運命的、実存的な出会いが井筒俊彦を真のイスラーム研究者としたのである。そして彼らに全面的な保護と援助を与えていたのが「大東亜共栄圏」のイデオローグ・大川周明であった。井筒はなんら隠すことなく司馬に語っている。「大川周明が私に近づいて来て、私自身も彼に興味をもったのは、彼がイスラームに対して本当に主体的に興味を持った人だったからなんです。知り合いになった頃、これからの日本はイスラームをやらなきゃ話にならない、その便宜をはかるために自分は何でもすると、私にいっていました。」井筒もまた、アジアを変革するという「大東亜共栄圏」構想に含まれる「正」のアジア主義(もちろんそれは「負」と見分けがたく容易に「負」になってしまうものでもあろうが)に大きな共感を寄せていたのである。すなわち、井筒のイスラームへの関わりは、「時代」と直結した非常に主体的かつ実践的なものだったのである。

213頁 安藤礼二 「意味の深みへの探求『意識と本質』(井筒俊彦)」 雑誌「現代思想6月臨時増刊 総特集 ブックガイド日本の思想」(2005年)所収