倭。 もともとは古代中国による古代日本の呼称だったが、「日本」という国号が採用されるまでは日本でも用いられていた。
中華思想により、漢民族は周辺の異民族に蔑称を用いたが、「倭人」とは「背丈が短く背が曲がっている人」を意味する。
なぜか『旧唐書』では倭国伝と日本国伝に分かれているほか、『旧唐書』以降の史書では日本国(倭国)は倭奴国だったと書かれている。
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家の近くにある小さな水田は、今年も園児たちを 招いて、古代米(赤米)の田植えを行った。 稲穂は未だ出ていないが、大きく育った稲の株は もう稲独特の香りを辺りに漂わせている。 ふくよかな 倭国の匂う 青田道 追記 農耕の発明が人間社会の不幸を招いた側面は 否定できないにしても、矢張り我々は農耕民族の 末裔だ。 水田の風景は心を癒してくれる。
本稿は、後漢書、魏志倭人伝などに見える記述を素材とし、史料の範囲で確認できる事実と、そこから導き得る推論を整理した学術的性質の私的考察です。史料の性質上、本文には複数の解釈が成立し得る部分があり、ここで述べる内容は確定的な結論ではなく、あくまで史料に基づく一つの可能性にすぎません。なお、本稿は学術的仮説であり、特定の学説を否定する意図はなく、引用は学術研究の紹介であり、民族的価値判断とは無関係です。 委奴国の謎 後漢書東方列伝にある倭の記述を見ると 建武中元二年,倭奴國奉貢朝賀,使人自稱大夫,倭國之極南界也。光武賜以印綬。(後漢書) とある。ここにある「光武賜以印綬」が志賀島で発見された「漢委…
本稿は、隋書、太平御覧、翰苑などに見える記述を素材とし、史料の範囲で確認できる事実と、そこから導き得る推論を整理した学術的性質の私的考察です。史料の性質上、本文には複数の解釈が成立し得る部分があり、ここで述べる内容は確定的な結論ではなく、あくまで史料に基づく一つの可能性にすぎません。なお、本稿は学術的仮説であり、特定の学説を否定する意図はなく、引用は学術研究の紹介であり、民族的価値判断とは無関係です。 中国史記での時制混乱 別稿(隋書倭国伝の謎)では隋書東夷伝の記述には、時制の混乱があり、卑弥呼の時代、400年あたりの時代、600年あたりの時代、その直後の時代の記事が組み合わさっているため解読…
本稿は、新唐書・後漢書などに見える記述を素材とし、史料の範囲で確認できる事実と、そこから導き得る推論を整理した学術的性質の私的考察です。史料の性質上、本文には複数の解釈が成立し得る部分があり、ここで述べる内容は確定的な結論ではなく、あくまで史料に基づく一つの可能性にすぎません。なお、本稿は学術的仮説であり、特定の学説を否定する意図はなく、引用は学術研究の紹介であり、民族的価値判断とは無関係です。 「日本」とは 「倭」が「日本」に変わったのは、大化の改新以降で、701年の大宝律令には「日本」の国号が使用されている。648年に唐に派遣された使者が「倭」の文字を雅でないとして「日本」としたとの記録が…
久し振りに日本史、それも「謎だらけ」で埋め尽くされている倭国から日本へ「いつ」移行したか?問題です。 AD57年に北九州の委奴国が後漢光武帝から貰った「志賀島の金印」で始まる列島の歴史の中で、その後邪馬台国やら倭の五王やら白村江やら壬申の乱とか色々なドラマを生み出しつつすったもんだした挙句に最後は大和王権が「列島統一」して日本国を確立して行ったという「経緯」が最大の謎です。つまり倭国から日本国へと「易姓革命」が起きていた・・・それを詳らかにしようというのが偉大な「斎藤忠先生」のこの本です!。これ、私の生涯の楽しみである「謎解き」の中でも「最も刺激的なテーマ」なんですねぇ。まあ歴史の謎解きという…
これはあの有名な朱熹が編集した宋代の名臣96人のエピソード集です。ただ余りに人数が多いからか一人一人の分量がとても短く、だいたいが「ある時こんな事があった・・・云々」的なちょっとした話を大量に寄せ集めた雑録本です。なので、誰か興味のある人物の全体像をこの本から読み解こうとする資料目的の使用には余り向いてないと感じました。結構長いので、暇に任せてちょっとずつ「つまみ食い」するのがいいのかと思います。読んでいて特に難儀だったのは、出てくる名臣の名前ですね(英米人と違ってなんか覚えにくいが、単なる慣れの問題とも言える)。中国の人の名前はだいたい姓1文字・名1文字というのが多く、しかも難しい古い字で書…
日本の古代史を考察するとき、中国の史書が重要な史料とされる。例えば、このあたりの本。 これらに書かれている情報は、興味をそそるものばかりである。 で、中国発の古代の倭国(日本)の情報をコンパクトにまとめた本が、「岩波文庫」にある。重要なところをしっかり押さえ、読みやすく、そして価格が安い。歴史に興味のある人は、持っていても損はない一冊だと思う。 『新訂 魏志倭人伝・後漢書倭伝・宋書倭国伝・隋書倭国伝 中国正史日本伝(1)』編訳/石原道博 発行/岩波書店 新訂 魏志倭人伝・後漢書倭伝・宋書倭国伝・隋書倭国伝: 中国正史日本伝 1 (岩波文庫 青 401-1) 作者:石原 道博 岩波書店 Amaz…
倭人と倭国の話 「倭(わ)」は昔の中国において、主として古代の日本とそこに住む人々を表すために用いられていた用語です。当初は北部九州を中心とした西日本の小国を一括して「倭」「倭種」などと称していたようですが、三国時代以後にヤマト王権が倭連合の盟主に共立されてからは、その王権ならびにそれを含めた連合国全体をも指すようになり、日本側も自然とそれを受け入れて、ヤマトにも「倭」の字が採用されたのではないかと推察されます。 中華の文献に「倭人」や「倭」の字が登場するのは、古くは『論衡』や『山海経』があります。 『論衡』には、 周時天下太平 倭人來獻鬯草 (周時天下太平にして、倭人来たりて鬯草を献ず) 成…
又、色々な発掘調査で「九州だ」「畿内だ」とやってますけど、これって地震研究とか同じで、東大派や京大派の史学者の利権や金儲けの様な気がしてならないのです。 研究費用って音頭取っているところにお金が動く訳で、それらしい本を出しては金儲けって事じゃないでしょうかね? 昨今では、ゲノム解析やミトコンドリアDNA解析も進んでいるので、真実は分かっていても、あえて避けている様な気がしています。 写真の本は一部ですけど、色々な本を読んで、私が感じている内容のまとめです。 1.邪馬台国はあったのか? →ありましたが、邪馬台国ではなく倭国でしょう。魏志倭人伝の言葉は中国から見た日本を貶んだ文字で表現したと推測し…
ライブドアブログ「帆人の古代史メモ」に「114 『和をもって貴し』は『倭をもって貴し』である」をアップしました。http://blog.livedoor.jp/hohito 縄文論とは直接には関わりありませんが、「9.『委・倭人』のルーツはどこか?」では、雲南の「イ(夷・倭)族(烏蕃、ロロ族:1200万人)」とわが国の「委・倭(い)人」との関係を整理していますので、参考にしていただければ幸いです。 聖徳太子についての各説を極論的にまとめると、右派は「日出処天子致書日沒処天子」と「新羅侵攻」に着目して独立・武闘派であると主張し、左派リベラルは反天皇制から「聖徳太子架空説」を唱えるか、「和を以て貴…