浄土真宗とキリスト教には、どこか似たものがある。そう語られることがあるし、かつてプロテスタント系の教会に通っていた私は、実際そう感じたこともある。 しかし、歳月を経て、私は次第に両者の根本に似た違いに目を向けるようになった。 一、宗教者の姿――イエスと親鸞 新約聖書の福音書に現れるイエスの姿は多面的である。ある時は病者に手を差し伸べる癒やしの人、ある時は律法学者を厳しく批判する預言者的存在であり、「神の国」について譬えを用いながら、深く語る存在でもある。 「心の貧しい者は幸いである。天の国はその人たちのものである」(マタイ5:3)という山上の説教は、現代の弱き者に寄り添う言葉としても響いてくる…