寛永16(1639)年、江戸幕府が「寛永十六年七月令」を布告し、ポルトガル船の入港を禁止します。 もし来航した場合は船を破壊し、乗組員は斬罪に処す…と。 経済事情で考えると、日本にとって南蛮貿易を失うことは痛手だったのでしょうけど。 「島原の乱」でのキリスト教の脅威を考え、そのバックにいるポルトガル人の宣教師を排除するためにやむを得ない措置だったのか。 www.betty0918.biz 1633年から出されている鎖国令ですが、この5番目の「寛永十六年七月令」こそ、本当の意味で鎖国令と呼べるものだという見解があります。 寛永16年7月5日に出されたこの第五次鎖国令とも呼ばれるこの法令で、江戸幕…