歳を重ねるほどに、日常が愛おしくなる。五十代も半ばになると、なおさらにそう感じるようになった。経験したことが増えたからか、何か非日常的な「ハレ」を求めることに面白味を見出せなくなってしまったのだ。ハレにも限界があることを、何度も経験することによって知ったような感覚である。無論、それは単なる思い違いかもしれないし、感性が鈍っただけかもしれない。ただ、今の自分にとっては、ハレの日よりもケの日の日常のほうが、ずっと愛おしい。 日常のひとこま。 楽しさ、美味しさ、驚き、喜び。若い間はハレを求めて、「もっと、もっと」と生きてきた。いや、こんなことに気づくのは遅いくらいだったのかもしれない。実際、いくつに…