2012-01-07
中国語でしゃべらナイト。
昨晩何気なく見たNHKの『英語でしゃべらナイト』では、以前番組に登場したビジネスマンのみなさんが英語での交渉術を実践で学ぶという企画をやっていました。
http://www.nhk.or.jp/night/archives.html#lnkthisweek
日常的に英語を使ってお仕事をされている方々で、みなさんたぶん30代。ふだんの仕事風景が紹介された後、講師のパトリック・ハーラン氏(パックンですね)と関谷英里子氏(同時通訳者)がよりよい言い回しの提案や、真意を誤解されそうな言い方の指摘が行われ、さらにはロールプレイ形式で架空の商品「レインボーハリセン」を売り込む交渉実践など、盛りだくさんの内容でした。
特に印象深かったのは、30代の比較的若い(?)ビジネスマンの皆さんが、いろいろと苦労しながらも果敢に英語での交渉に臨んでいる姿。この番組は英語がテーマですが、たぶん今この瞬間にも、広い中国語圏で中国語を駆使して交渉に臨んでいる日本人がいるだろうなあと想像したのです。
私自身の経験では、これまでは自分で中国語を駆使して交渉するというよりは、通訳者を使ってというケースが圧倒的に多かったと思いますが、以前とは比較にならないくらい多くのビジネスマンが中国語を学び始める時代になって、これからは自分で中国語を駆使してビジネスを展開する日本人もどんどん増えてくると思います。
いや、自分自身、身の引き締まる思いがしました。なぜって、私は現在教職を本業にしているので、こういうシビアな中国語環境に身を置くことが少なくなっているからです。もちろん中国人の同僚とは基本的に中国語でやり取りをしますが、相手は日本語や日本人や日本文化を熟知した人ばかりですから、要求される中国語のレベルは多少、いや、大いにそのハードルが引き下げられていると思います。
一方で教材や教案を作る際にはかなり突っ込んで中国語の文章や音声や映像に向き合いますから、それ自身が自分の中国語のブラッシュアップになっているという「役得」はあります。それでも、ビジネスマンが現地での交渉などで向き合う中国語体験と比べれば、かなり「ぬるま湯」ではないかなと思うのです。私が現地で通訳者をしていた時の実感からしてもそうですし、それに通訳者をしていた時は基本的に交渉はクライアントが行うものであって、私は訳すこと自身に徹していればいいというある種の安心感がありましたし。
というわけで、バリバリ中国語を学んで仕事に活かそうとしている若い人たちに負けないように、今年はより意識的に自分の中国語をブラッシュアップしようと思った次第。
そのうち『英語でしゃべらナイト』の中国語版みたいな番組が登場するかもしれませんね。番組のタイトル「ナイト」じゃなんだから……『中国語でしゃべりたい晩(わん)』とか。う〜ん。
2012-01-06
あけましておめでとうございます。
くらし |
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あけましておめでとうございます。今日が今年の仕事始めです。ずいぶんゆっくりしてるんですね学校はいいですねと言われそうですが、うちの学校はそのぶんふだん休みが全く取れないシフトになっているのでごかんべんください。実際、就業規則によれば私は年に有給休暇が二十日も取れることになっているようなのですが、これまで一度も取った、いえ取れたことがありません。というか、年末年始のこの時期に休んでもらって、それで有給休暇を充当という考え方なんですね。そういうのは法律的には「なし」なんでしょうけど、まあ仕方がありません。
はてなブログが一般公開ということで、さっそく登録してみました。使い勝手は……まだあまりよく分かりませんが、要するにツイッターやフェイスブックのつぶやき感覚でブログを書き、更新できる、という手軽さを追及しているようです。個人的には、はてなダイアリーとシームレスにつながってくれるとうれしいんですが。近い将来「ダイアリー」が全面的に「ブログ」へ移行するようなので、その時に過去のすべての「ダイアリー」エントリを「ブログ」につなげてもらえたらいいですね。
2011-02-14
腰痛その後
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先日、勤務先の学校ではスポーツ大会がありました。スポーツ大会といったって、毎年近くの東京ドームボウルでボウリング大会なんですけど。「せんせ〜、何でやらないの?」と言われましたけど、腰痛持ちにとってあんな重い物を片手で振り回すなどということは正気の沙汰とは思えないわけでして。
思えば二年前のこのボウリング大会でむちゃをして、それから腰痛が悪化したのでした。いや、腰痛自体はもう数十年前にギックリ腰をやって以来習い性になっていて、ここ数年はあまり腰もシクシクしないな〜と油断してボウリングなんかしちゃったのがいけなかったのです。
腰が痛み出すと、走ることはもちろん、普段道を歩くのだっておっかなびっくりになります。加えて、立ったまま靴下がはけない、ズボンもはけない、パンツだってもちろんはけません。靴下やズボンはベッドやソファーに腰掛けてからはかなきゃなりませんし、パンツは……具体的な描写は自粛しますが、風呂場の脱衣所でかなり奇っ怪な動作をしなきゃならない羽目に。
腰って本当に身体の「要」なんですよね。ギックリ腰をやったときは、ただ横になっているだけでも痛かったですし。
細君をはじめ、まわりの同僚や友人には腰のヘルニアを患った人が多く、たいがいが手術で治しています。というわけで私にも手術を勧めてくれるんですけど、どうも気乗りしないんですね。ありがたいことに私はこの年になるまで一度も大きな手術をしたことがなく、身体にメスを入れたこともありません。だからというわけじゃないけど、手術をしないで済ませられるものならそうしたいなと。それから、西洋医学を否定するわけじゃ全くありませんが、こと腰に関する限り、身体の不均衡というか歪みというか、もっと全体のバランスを考えた治療を受けたいと思います。ただ単に出っ張ってるから切るとか削るとかじゃなくて。
というわけで、これは昔会社の先輩から紹介されたのが縁で、断続的ながらもう二十年近くカイロプラクティックの治療院に通っています。「カイロ」と聞くと、多くの人はなぜか「あのボキボキッとやるやつ?」とおっしゃるんですけど、え〜、全然違います(^^;)*1。詳しくはこちらを参照してください。
カイロプラクティックの治療に特徴的なのは、その「ほとんどなにもやってないんじゃないか感」。実際、治療時間はほんの数分程度ですし、腕時計やベルトは外すものの来院した着衣のままですし、足を上げたり手を挙げたり身体を傾けたりはするものの先生の手はほんの軽く身体に触れるだけ。治療の理屈を理解、というかリスペクトできないと、「なんだ、これで数千円も取るなんて詐欺じゃないか?」と思うかも知れません。でも、この方法で徐々に、徐々に、身体の歪みを治してバランスを回復していくみたいなんですね。そうそう、カイロプラクティックは一般に、一回で劇的に効く、ということは少ないようです。いま通っている治療院の先生は「それまで無理して歪みをためてきたぶんだけ、治るのにも時間がかかるよ」と言っていました。
この治療院は練馬区にあります。宣伝するみたいでナニですから具体的な名前は出しませんが(知りたい方はメールでどうぞ)いろいろな治療院に通ってようやくここに行き着きました。鈴木宗男氏を彷彿とさせる風貌のここの先生は、実は二十数年前に会社の先輩が紹介してくれた先生の師匠にあたる方なんですが、私にとっては「神の手」です。現在一年あまり通って、最近では靴下もズボンも普通にはけますし、ジムでランニングマシンや筋トレもできるようになりました*2。
一回4200円で保険もきかないので結構な出費になりますが、私は腰のあたりが怪しくなってきたら身体のメンテナンスのつもりで通っています。それから、普段の生活でもいろいろと腰に気を遣うようになりましたね。足を組まないとか、極端に思い物を片手に持たないとか、姿勢良く歩いたり座ったりするとか、できるだけ夜遅くまで食べたり飲んだりしないとか(できるだけ、というのが情けない。でも就寝直前の飲食は腰にも負担を掛けるんだそうです)。
2011-01-01
元旦に
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西日本では豪雪の被害が深刻なようですが、東京はとてもおだやかな年明けでした。
昼頃から千葉に住んでいる義父を迎えて、宴会。商店街の年末福引きで当たった金券で少々お高めの純米大吟醸を買ったので、これをお屠蘇がわりに。
で、数の子、かまぼこ、伊達巻き、黒豆、栗きんとん、筑前煮などなどを片っ端から平らげました。う〜、年末からの贅沢三昧で数キロは太ったと思います、たぶん。
専門家の役割
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この年末年始はどこにも行かず、ひたすら料理作りと読書三昧です。とりあえず「積ん読」になってる本を片っ端から読んでいますが、その一方で同僚から借りた『ガラスの仮面』全巻再(再々?)読破なんかもやっているのでなかなか消化できません。
村上春樹の『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』と『走ることについて語るときに僕の語ること
』を続けて読んでいて、昨晩内田樹氏のブログを巡回に行ったらこの二冊について書かれていて、ま、単なる偶然なんですけど、元旦ということでもあるし何かそこに意味めいたものを探してしまうのが人情というもので。
内田氏はご自身が今年土地を手に入れ家を作ることになった、ということにからめて、土地やインフラや教育や行政のような「社会的共通資本」は「それぞれの分野における職業的専門家によって、専門的知見にもとづき、職業的規律にしたがって管理、運営されるものである」という宇沢弘文氏の論を紹介し、その「社会的共通資本」に「才能」も加えるべきとおっしゃるのです。
村上春樹の『走ることについて語るときに僕の語ること
』や『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです
』は「書く」ことの専門家がその「専門的知見」と「職業的規律」について書いたものである(少なくとも私にはそう読めた)。
それは村上さんが「自分はある種の才能の受託者だ」というふうに感じていることを表している。
例えば、次のような文章にはその「受託者の自覚」が記されているように私には思われる。
「僕は決して選ばれた人間でもないし、また特別な天才でもありません。ごらんのように普通の人間です。ただある種のドアを開けることができ、その中に入って、暗闇の中に身を置いて、また帰ってこられるという特殊な技術がたまたま具わっていたということだと思います。」(『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』、文藝春秋、2010年、89頁)
その「特殊な技術」は大上段にふりかぶった文学理論や勘定高いビジネスマインドによって管理されるべきではない。その技術の使い方について、長期にわたって集中的に考えてきた「専門家」に受託されなければならない。
村上さんはたぶんそう考えている。
「才能」というと何だか「選ばれし者」みたいな排他的特権的なニュアンスも漂うのですが、これは「人が社会の中でそれぞれに果たす役割」のことだと思います。
私は、今やっている仕事が自分の「専門」だとはまだなかなか思えないんですけど、最近ようやく「これが自分の役割なのかもしれない」とは思うようになってきました。本当に、ようやく。とはいえ何度も転職や「改行(職種を変えること)」を繰り返してきたので、「その技術の使い方について、長期にわたって集中的に考えてきた」とはとても言えません。
今年は自分が何かの役割を果たすことができるように、そして「専門家」に近づけるように、技術の使い方を集中的に考えていきたい、と思ったのでした。






私もちょっと中国語の勉強から遠ざかっていたので、最近、あまりの体たらくに我が事ながら愕然としまして、気持ちを引き締めようと思いました。留学時代にどうしてもっとやっとかんかったかなぁ〜。あんなに時間があったのに…( ´Д` )