いち在日朝鮮人kinchanのかなり不定期更新日記

2017-02-27

朝鮮学校問題を理解するための資料の整理

先日、大阪朝鮮学園大阪府大阪市を相手に補助金給付を求めた民事訴訟の一審判決が下り、大阪朝鮮学園がまさかの全面敗訴となりました。

http://www.sankei.com/west/news/170126/wst1701260077-n1.html

判決文詳細を入手していないのですが、判決報告集会で伺った内容によるとこの判決は、

*原告(朝鮮学校側)が主張した今裁判の本質及びこの差別政策が何故出現したのかという原告側の指摘()については全く答えず、

*被告(大阪府・市)が朝鮮学校のみを排除するために、普遍性や公正性が欠片もない『後だしジャンケン』で拵えた狙い撃ちの「基準」を合理的だと言い放ち、

補助金は「贈与」であるから「出す/出さない」は行政の裁量、という被告が主張さえしていない法解釈をわざわざ持ち出し、裁量だから切り捨てても構わないと言ってのけ、

行政の不手際や不作為についても司法が追認して『救済』し、

*挙句に補助金の不支給によって、朝鮮学校生徒の就学上の不利益が発生することを「仕方がない」と言い放つ、

まさに『人権の最後の砦』たる司法が自らの存在価値を投げ捨て、公平性・公正性を一顧だにせず、日本が批准した人権規約にも背き、ひたすら行政政府及び維新地方公共団体)の意図に寄り添って書かれた、ひどい判決でした。結審から判決までは約半年、裁判官はそれだけの時間を費やし、先般政府が示した『通知(参照:http://d.hatena.ne.jp/dattarakinchan/20160331/1459442175)の趣旨を追求して、それに辻褄を合わせることに腐心したのです。

大阪無償化裁判弁護団長の丹羽氏が判決集会で述べたものから引用する。

(1)朝鮮学校に通う朝鮮人子弟とは、日本の朝鮮植民地支配という歴史的経緯に端を発した歴史的な存在であり、その歴史認識に立ち返らないと本質的議論はできない。

(2)今裁判は国際人権訴訟である。種族的マイノリティには普通教育課程のほか、マジョリティより強力に、種族的アイデンティティの涵養のための教育の便宜を確保しなければならないというのが国際的な人権の基準である。日本の現状は大いに劣後し、今補助金不支給もその流れの中にあるがそれは妥当なのか。

(3)朝鮮学校子弟への補助金は、20数年来、継続して、何の争いもなく支給され続けてきたものである。それがある首長の台頭によって問題化され排除されるに至ったのである。北朝鮮は暴力団と一緒だと言って、政治的な攻撃によって排除したのである。政治家の政治的主張によって、朝鮮人子弟の教育・福祉が断絶されるのは妥当なのか。

こんなものを認めるわけにはいきませんし、こんなものに黙っていては、全国各地で繰り広げられている行政訴訟が、法治も理屈もほったらかしに雪崩を打ったように『100:0』で負けることにもつながってしまいます。朝鮮学校を支える者が、しっかり考えや理論を整理し、自らの正当性を確認し、正義は我の側にあることをしっかり打ち出して戦っていかなければなりません。

そのために、約2年前にアゲた論点整理のエントリー(http://d.hatena.ne.jp/dattarakinchan/20150112/14210446)をベースに、加筆・修正をしたものを再掲します。

朝鮮学校問題を正確に理解するための一助となれば幸いです。



【1】当ブログのエントリーのまとめ

ブログでは、何度も朝鮮学校について触れてきました。そのなかでも朝鮮学校の理解及び無償化補助金闘争の論点整理に有効と考えるものを列挙します。

2011-09-06 朝鮮学校について、親の立場で考えてみる。

http://d.hatena.ne.jp/dattarakinchan/20110906/1315331441

2011-09-14 朝鮮学校無償化排除にきっぱりと反対する。理不尽だからだ。

http://d.hatena.ne.jp/dattarakinchan/20110914/1316010150

2012-02-08 拉致問題解決朝鮮学校への圧力が何で結びつくのか全然理解できない。

http://d.hatena.ne.jp/dattarakinchan/20120208/1328713301

2012-12-26 「高校無償化」は朝鮮学校には結局不支給 ― 子供たちへの差別の固定化を憂う

http://d.hatena.ne.jp/dattarakinchan/20121226/1356494138

2013-01-11 朝日新聞朝鮮高校無償化排除反対の社説 ― 0点の駄文

http://d.hatena.ne.jp/dattarakinchan/20130111/1357875261

2013-02-20 朝鮮学校へ補助金代わりに「拉致本」支給 ― 日本政治の劣化が止まらない

http://d.hatena.ne.jp/dattarakinchan/20130220/1361364369

2013-02-26 朝鮮学校の補助金の代わり、「拉致本」の次は「切手」? 埼玉県知事の人権感覚に恐怖する。

http://d.hatena.ne.jp/dattarakinchan/20130226/1361849728

2013-08-20 保護者、在日同胞、日本人、大学教員、韓国の芸能人… ― みんなで朝鮮学校の子供たちの学びを支える。

http://d.hatena.ne.jp/dattarakinchan/20130820/1376958063

2015-03-04 아이들아 이것이 우리 학교란다(子供たちよこれがウリハッキョだ)

http://d.hatena.ne.jp/dattarakinchan/20150304/1425483134

2015-04-12 朝鮮学校について、改めて親の立場で考える。

http://d.hatena.ne.jp/dattarakinchan/20150412/1428851268

2016-02-18 日本政府朝鮮学校への補助金完全凍結を指導 … また朝鮮学校を『利用』するのか?

http://d.hatena.ne.jp/dattarakinchan/20160218/1455808854

2016-03-23 朝鮮学校補助金排除反対の朝日の社説 ― 私も思う、子どもらに責任はない。

http://d.hatena.ne.jp/dattarakinchan/20160323/1458749805

2016-03-31 日本政府朝鮮学校への補助金交付に『留意』を通知 ― 朝鮮学校生徒へのレイシズムそのもの

http://d.hatena.ne.jp/dattarakinchan/20160331/1459442175

2016-05-25 『朝鮮学校への地方公共団体補助金に対する政府の不当な介入に抗議する研究者有志の声明』に全的に賛同します。

http://d.hatena.ne.jp/dattarakinchan/20160525/1464135962



【2】朝鮮学校無償化問題FAQ

朝鮮学校を高校無償化から排除する動きについての、基本的な問題点の整理は、こちらでほとんど成されております。

http://seesaawiki.jp/mushokamondai/



【3】歴史教科書 在日コリアンの歴史

在日コリアンという人種がどのように生み出されたのかを端的に知るために。



【4】知っていますか、朝鮮学校

朝鮮学校が何なのか知らない、まったくの初心者にはおすすめ。

知っていますか、朝鮮学校 (岩波ブックレット)

知っていますか、朝鮮学校 (岩波ブックレット)



【5】「無償化連絡会・大阪」結成集会レジュメ

高校無償化法適用に向けての連絡会が大阪で立ち上がった際の結成集会で貰ったレジュメ。問題点が端的にまとまっており、論点整理に有効。

特に、これまでどのような経緯で無償化から排除され、補助金が打ち切られるに至ったのか、時系列を追うのに有用。

無償化連絡会大阪レジュメ.pdf 直



【6】「高校無償化」措置を朝鮮学校に適用することを求める大学教員の要請書

高校無償化法の適用から朝鮮学校のみが外されているということが、「法的に」筋が通らない、ということを、「法的に」理解する学習資料として有効。

http://d.hatena.ne.jp/mskunv/

特に、こちらに掲載されている、『パブリックコメント』に寄せられた高林敏之氏の稿は、理路整然と論点がまとまっておりとても参考になります。

http://d.hatena.ne.jp/mskunv/20130110



【7】公立高等学校に係る授業料の不徴収及び高等学校等就学支援金の支給に関する法律施行規則の一部を改正する省令案に関するパブリックコメント(意見公募手続)の結果について

それに対し、「朝鮮学校に高校無償化法を適用しないのは妥当だ」と強弁する日本政府の文書。言い訳文書としても非常にレベルが低いことが分かります。まさに「判で押したように」朝鮮学校はキタチョーセンで、拉致問題解決していないからダメだと言っています。つまり自らの政治課題が解決していない責任を子供らに押し付け、政治的に敵対する北朝鮮の勢力に属する子供らを差別的に取り扱います、と国家が高らかに宣言したわけです。歴史的な文書と言えるでしょう。そして今般の大阪地裁判決に、その論拠の稚拙さが受け継がれているのです。

パブコメ結果.pdf 直



【8】「朝鮮学校への嫌がらせ裁判に対する意見書」

同志社大学の板垣竜太准教授(社会学部・朝鮮近現代社会史)が、京都朝鮮第一初級学校襲撃事件民事裁判に提出したもの。朝鮮学校の現在、及びその歴史を眺めるうえで非常に有益。世間では朝鮮学校が朝鮮政府親和性を保っていることで「キタチョーセンの学校」と評価されていますが、本意見書では、朝鮮の教育機関と一体というわけではなく、あくまで在日朝鮮人のための学校であることが客観的に証明されているのをはじめに、朝鮮学校が歴史上日本政府からどのように扱われ、その中で、在日朝鮮人当事者がどのように思考、行動したのかが詳細に記述されています。

朝鮮学校の嫌がらせ裁判に対する意見書.pdf 直



【9】 【Q&A】大阪朝鮮学校と大阪府「私立外国人学校振興補助金

たぶん、2012年の「無償化」連絡会でもらった資料。「無償化」除外の動きと一体で、大阪府・市の補助金が廃止されました。その不当性を考えるうえで有益な資料。

【Q&A】大阪の朝鮮学校と大阪府「私立外国人学校振興補助金」.pdf 直



【10】朝鮮学校への「高校無償化」制度適用に関するQ&A

同様に、「無償化連絡会」でもらった資料。「高校無償化法」の適用が、朝鮮学校にだけ適用されないことの不当性を学習するのに有益。

朝鮮学校への「高校無償化」制度適用に関するQ&A.pdf 直



【11】高校無償化裁判―249人の朝鮮高校生たたかいの記録

東京無償化裁判のことが中心に書かれていますが、すべての高校生に学ぶ機会を確保すると宣言した無償化法から朝鮮学校のみがはじかれるに至った流れ、各裁判の主張や論点と裁判所に提出された訴状なども参照することができます。



【12】朝鮮学校物語 あなたのとなりの「もうひとつの学校」

韓国で出版された本の日本版。実は最近韓国では朝鮮学校に対する理解を深め、支援をしようという動きが少しづつ起きています。この本では、朝鮮学校がどのように起り、変遷したかという歴史解説とともに、内部の人間(学生や保護者)に焦点を当て、何故朝鮮学校に子供を送るのか、が身近に感じられるのが特長です。



【13】人種差別撤廃委員会による日本の第7回〜9回定期報告に関する調査最終見解

国連人種差別撤廃委員会による日本政府への勧告文書。朝鮮学校への「高校無償化法」の適用、地方自治体補助金等回復についてはパラグラフ19で言及され、付則では「特に重要な勧告」だと付言されています。この審査過程において日本政府は、前記【7】にも挙げたように、「学校が朝鮮総連と密接な関係にある」「拉致問題が進展していない」ということを堂々と言ってのけ釈明して見せましたが、この釈明は、最終見解ではまったく採用されていません。逆に「国連の場で、政治的な理由をもって朝鮮学校のみを排除することを露骨に表明した」と、委員の怒りを買っています。

調査最終見解.pdf 直



【14】地裁判決を受けてのコメント

判決報告集会で配られたもの。大阪朝鮮学園無償化連絡会大阪・ウリハッキョと子どもたちを守る市民の会(韓国)、3者によるコメント。

敗訴コメント.pdf 直




【15】大阪無償化補助金訴訟関連年表

判決報告集会で配られたもの。政治によって朝鮮学校の子弟が如何に翻弄されているのかが分かります。

高校無償化関連年表.pdf 直

2017-01-30

デマ放送『ニュース女子』の手法 ― 思考も表現方法もネトウヨそのものだ。

本年1月2日に放送された、東京MXテレビ『ニュース女子』の、沖縄に関する虚偽に満ちたヘイト・デマ放送について、ブロガーの端くれとして、少し触れておきたい。

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報道番組として真実を伝えようとする気概も、真実に迫ろうとする心意気も、報道に携わる者としての矜持も、なにひとつ、微塵も感じることはできない。沖縄の市民とガイジン、日本の国体に相対している(と彼らの頭の中で想像している)者に対する徹底的な差別意識・嫌悪感のもと、「このような結論に導きたい」という強い意思を持って、わざと取材せず、妄想発進の『真実』を安い素材をつなぎ合わせて演出して描いたものに過ぎない。これは報道ではない。ただの差別扇動だ。真実がなんであろうと関係ない、憎悪を燃やす対象を排斥するために作られたもので、思考も表現方法も、youtuberのヘイト動画そのものである。

このようなものはネット上ではそこら中に溢れているものだし、ページビューを稼ごうとフェイクニュースを量産するサイト(https://www.buzzfeed.com/kotahatachi/korean-news-xyz-2?utm_term=.ee1pBgpaV#.qdagJBgzo)や炎上商法を定期的に繰り出すヘイト有名人等、いまに始まったものではない。それに有効な批判を下す声が完全に存在感を失い、他者の尊厳を穢す『表現の自由』が闊歩するほど、ネット言論は差別と親和性を保ち、良心は失われている。

しかし、たとえそうであったとしても、このような差別扇動が地上波で垂れ流されたことはさすがに大きな問題だ。わざわざ検索せずともチャンネルを合わせさえすればデマが『真実』の顔をして垂れ流される。図らずも、『ニュース女子』中のゲストの女子たちが、「そうなんですかぁ?」と、スタジオの悪いオジサンの妄言に安く乗っていることでも分かるように、リテラシーのトレーニングをろくに積んでいない者は、『真実』のふりをしたデマにも差別扇動にも安易に乗る。それが大掛かりであればあるほど、それは受け入れられる。

被差別者という属性を背負った私にとっても、これはまったく他人事ではないし、この番組の標的となった辛淑玉さんが声明を出している。全面的に賛同する。まったく許されるべきではない。http://ryukyushimpo.jp/news/entry-434266.html

この番組については、既に多くの批判が向けられているし、BPOにも上程され、ほどなく断罪されることと思う(仮にこれが『表現の自由』とされ、DHCが言う『言論弾圧』との主張https://www.dhctheater.com/information/2017-01-20-283265/を受け入れるのであれば、それは即BPOの自殺を意味する)し、既に数多の検証や批判にさらされており、私がこの期に及んで上屋根を重ねる価値はないと思うので書かない。

私が気になったのは、この番組が選択したコトバだ。基地建設等に反対する住民たちに対し、「週休二日だ」だの「定年過ぎてて逮捕されても生活に影響がない」だの「テロリストと呼んでも過言ではない」だの愚言を弄して侮辱しているのだが、その際やたらと「基地の外」というテロップを、強調した文字と色で出している。

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反対派住民が陣取るのは基地の敷地外であることは当たり前だし、日本語としても不自然だが、これはどういうことなのか。

勘が鈍くてももう分かると思うが、これは反対派住民を『きちがい』だと最大級の侮辱をしているのである。『きちがい』を『基地外』と書くのは、ネトウヨが用いるインターネットスラングの中でも代表的なものだが、どうやらこの番組の制作者は、骨の髄までネトウヨに毒されているようだ。それを「2ちゃんねる」に書き込むだけでも醜悪そのものなのに、それをわざわざ地上波の電波に乗せようというのだから悪趣味にも程がある。

どうやら、この番組の制作会社、関西発のネトウヨ番組で、橋下徹を出演させていたことでも知られる『そこまで言って委員会』も作っているらしい(http://www.boys.co.jp/works/)。「本音の議論」と言えば聞こえはいいが、要は卑しい内面を晒しながら、他者を選別し、優劣や貴賤を競わせ、強者が強者の立場をひけらかす、という唾棄すべき醜悪な番組だ。こんな番組が10年以上も垂れ流され、いつの間にか関西のワイドショーは同種の論調で溢れ返っている。大阪を覆う維新政治と歩調を合わせながら、ポピュリズム・感情政治・敵を拵え弱者に叩かせる手法で、羞恥心や道徳観を完全に置き去りにして、ニヤニヤと卑しい笑顔で他者を貶める番組が、日々流され続けている。

日々、弱者が、被差別者が、生きづらい世の中になっている。

2017-01-08

学習資料の紹介 − ヘイトとは?(のりこえねっと作成)

約半年ぶりの更新となってしまった。

この間、仕事上のプロジェクトやら種々のしがらみやらでなかなか時間が取れなかったこともあるが、何よりもこの社会が際限なく劣化を続けるなかで、最早語る言葉を失っていたというのが実際である。ただアタマの中で組み立てていた考察については、追々文字にしていこうと思う。つい最近、ある在日ブロガーと接触する機会があり、自分なりに刺激を受けた。やはり微力ではあるが、細々ではあるが、発信する意義があると実感した。どれだけできるかはわからないが、今後も「いち在日朝鮮人の視点」を残していこうと思う。



今回は、『のりこえねっと 〜 ヘイトスピーチレイシズムを乗り越える国際ネットワーク』が作成し、著名な在日朝鮮人の文化人である辛淑玉さんが出演する、「シリーズ ヘイトとは?」という学習資料を紹介する。

既に出回って相当程度経っており、比較的よく知られたコンテンツなのだが、よくできた学習資料であり、ヘイトスピーチレイシズム排外主義を理解する上での教育教材として一定の価値があると考えるところから、20回のシリーズ全部を並列的に提示する。



第1回「ヘイトスピーチとは何か」

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http://www.youtube.com/watch?v=cRpz0RoGGf8

第2回「ヘイトクライム」

D

http://www.youtube.com/watch?v=2BETF713Ug8

第3回「朝鮮人は出ていけ」

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http://www.youtube.com/watch?v=1VtcZEplTBM

第4回「『ニガー』という言葉」

D

http://www.youtube.com/watch?v=UpBZO-l3ZNw

第5回「沈黙効果と過剰適応」

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http://www.youtube.com/watch?v=4etmtyZXWWg

第6回「ルワンダでおきたこと」

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http://www.youtube.com/watch?v=eHLuIcmDcQM

第7回「犯人は外国人風」

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http://www.youtube.com/watch?v=sDwbI_DhfVw

第8回「相撲をめぐるレイシズム

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http://www.youtube.com/watch?v=1ytEEBTakJ8

第9回「『三国人』という言葉」

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http://www.youtube.com/watch?v=Tj5y9Pd1P2o

第10回「日本人ではない」

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http://www.youtube.com/watch?v=1a4NH7ncakc

第11回「僕には黒人の友達がいる」

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http://www.youtube.com/watch?v=_1CVwyKZdt0

第12回「朝鮮人が井戸に毒」

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http://www.youtube.com/watch?v=qqr6MFugazg

第13回「アイヌ民族はいない」

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http://www.youtube.com/watch?v=oO14YG7Y360

第14回「日本人の血税」

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http://www.youtube.com/watch?v=vUFHg_Wkw6k

第15回「竹田恒泰の外国人嫌悪」

D

http://www.youtube.com/watch?v=7f4DLCDQ41I

第16回「違法デモ」

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http://www.youtube.com/watch?v=N57YK0dUAow

第17回「言論の自由

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http://www.youtube.com/watch?v=7aJUF7hpVWI

第18回「すがわら一秀のヘイトスピーチ

D

http://www.youtube.com/watch?v=n-Gdr9J54sc

第19回「オーランドヘイトクライム」

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http://www.youtube.com/watch?v=5y9mePuj48o

第20回「公人のヘイトスピーチ

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http://www.youtube.com/watch?v=MtFQOzP2hN0



制作日が2016年の2月から7月で全20回、ほぼ1週間に1回の更新でリリースされている。これらを連続で見て驚いたことがある。一般論を提示しているものが中心であるが、時事的なネタ(相撲の件、熊本地震の件、アイヌの件など)を追っているものも多い、ということである。これがリリースされていた約半年の間に、これだけタイムリーに差別事件が発生し、結果このコンテンツにネタが供給された、ということを意味する、ということだ。

思えば昨年も、差別事件が次々と起こっては消えた。

先に挙げた熊本地震の際の「朝鮮人が井戸に毒」デマを筆頭に、市場ずしで韓国人観光客に勝手に大量のわさびが盛られるわさびテロ事件、韓国人観光客がバスの乗車券を買えば名前を勝手に蔑称で振られる事件、大阪府警の警察官が沖縄・高江で抗議する市民に向かって土人となじりそれを大阪府知事の松井が無神経に擁護した事件、道頓堀で韓国人旅行者が暴行を受けた事件、日本で生まれ育ったタイ国籍の少年を国外退去させると裁判所が言えば官房長官が法治主義だとふんぞり返りネトウヨが喝采を送る事件、新しく誕生した都知事が早速に韓国人学校に土地を貸さない都民ファーストだと高らかに宣言した事件、沖縄では国の暴政がなりふりかまわず沖縄の市民が幾ら抗っても一顧だにされないいつ終わるとも知れない事件等々、挙げだせば本当にキリがない。そしてそれらほぼ全てが、まともに報道されず、あるべき批判にさらされず、文字通り垂れ流されていった。

今回のエントリの主旨とは逸れるので端折って書くが、

石原慎太郎黒シール事件の際に徹底的に糾弾されなかったことで政治生命を終えることなくのうのうと生き長らえ、その結果幾多の差別主義政策及びその犠牲者が量産されたように、

朝鮮がらみの事件が起こるたびに朝鮮学校生徒のチマチョゴリが切られたことが徹底的に糾弾されなかった結果、いまとなっては生徒が通学途上にチマチョゴリを着ることすらできなくなったように、

差別事件の最初の段階で、あるべき批判や糾弾がされず、中途半端有耶無耶にされたら、『調子に乗って』、『付け上がり』、より差別はエスカレートする。

今年のように、差別事件が余りに頻発し、どんどん規模や激烈さを増していくと、ちょっとやそっとではだれも驚かなくなり、逆に問題にする者が疎ましい者として扱われるようになる。

差別と対峙するうえで、あるべき知性・理性・拒否感・嫌悪感がどんどん薄れ、その環境に慣らされ、声を挙げなくなっていく。

『感覚の鈍麻』だ。

そして、この『感覚の鈍麻』こそが、差別主義者がより差別を謳歌できるようにし、被差別者がより窮屈になることを強いられるものであり、人類が幾多の犠牲と学習を持って積み上げてきた知性を否定するものなのだ。

最早日本の今日の光景は、差別主義者が大手を振るって跋扈できる最終段階に入ったと私は認識しているが、あるべき感性・知性を回復するためにも、この社会の現状を、少数者はどのように捉えているのか、この学習教材を以て学んでほしい。



今年は何とか落ち着きそうなので、不定期更新は平常運転だが、何とか色々と書いていこうと思う。少しでも日本社会から差別が少なくなり、次の世代が多文化共生社会で青春を謳歌できることを信じて。

2016-07-29

相模原障がい者殺傷事件の犯人はザイニチ ― 差別事件に差別で応える差別主義者への吐き気

今般の神奈川県相模原市での障がい者殺傷事件に絡み、「犯人はザイニチ」という言説がネット上で沸き立っている。

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約10分でこれだけ収集できる。

ネットにおける毎度毎度の光景であるのだが、猟奇的な事件、理解不能な出来事があると、早速、「犯人は日本人ではない」「これは日本人の発想ではない」「犯人はザイニチ」と、盛大な『切断作業』が繰り広げられる。過去には石原慎太郎が再三このテの発言を繰り返した完成形であるが、比較的最近でも有名どころで以下のようなものがある。



この種のことは、今に始まったことではない。

*いいことをするのは、日本・日本人、日本を好きな人

*悪いのは、韓国中国・ザイニチ、日本が嫌いな人

という単純な図式で、「我」と「彼」を分離し、「彼」を落とし、下げることで、「我」を保全しているのである。

このような言説に依って立つ者は、「我々の側ではない」「我々には関係のない変な人」という風に、「彼」を外野に押し込んで、思考を停止させることのみに関心があるのであって、本当に「彼」がザイニチかどうかというのは重要ではないし、どっちでもいいことなのだ。ザイニチと認定した時点で「彼」で確定なのだから。

結局、ザイニチとは、「よくわからない人=犯罪者(あるいは予備軍)」という記号で用いられているのであるが、このように犯罪者が逐一とザイニチ認定され、日々ザイニチの悪いイメージが自らの周囲で積みあがっていくわけだから、ザイニチ当事者にとっては、愉快であろうはずがない。

このように差別的な言説がこうもやすやすと良心の呵責もなく次々と垂れ流される日常、日本において差別的な言動を繰り出すことがこれほどにも障壁が低い現状こそが、この社会で差別の芽を徹底的に育て、今般の事件はそれが「成木」として顕在化したのである。

少なくとも、今般の、日本の犯罪史上にもまれにみる、圧倒的な犠牲者を生みだした差別事件・ヘイトクライムを前に、自らもまた差別主義を繰り出そうと考える輩が、次から次へと沸いて出てくる現実に、私は吐き気を禁じ得ない。

そして、このように『ある属性が犯罪性向を備える』ということに対して、まともな反論を試さず、自らの頭で思考しなかった『声なき傍観者』が、かの日ナチを支え、かの日東京で朝鮮人を殺しまわったのである。私はこの日本社会の空気に、ジェノサイド前夜のキナ臭さを感じて久しいが、政治から、人々から、この空気を打ち消そうという意気も乏しいことに、改めての絶望も感じている。

2016-07-27

相模原障がい者殺傷事件 ― 何故ヘイトクライムとして論じられないのか?(20160806追記あり)

神奈川県相模原市で、障がい者に対する大量殺傷事件が起こってしまったことに対して、ブロガーの端くれとして書き残しておく。

昨日からの報道やワイドショー、新聞の書きっぷりは、違和感というか、備えるべき視点を欠いた筆致ばかりで、相変わらずだな、と思った。

この社会で決定的に欠く、「他者からの眼差し」という視点だ。「他者への眼差し」、ではない。少数者がこの社会をどのように捉えているのか、という視点である。



相模原事件は、「障がい者に対する嫌悪」「障がい者の生命や尊厳の軽視」を原因としたヘイトクライムである。

彼が事前に衆院議長に充てた手紙からも、彼が措置入院に至った経緯からも、それは明らかである。「愛する日本国、全人類のために」、障がい者を安楽死させるべきだと確信を持っていたのである。

ヘイトクライムとは、ある属性(国籍・民族・肌の色・性別・宗教・障がいの有無・出身地や居住地など)を持つことを理由として、それに対する憎悪や排除意識から、それを標的にした犯罪行為・迫害行為、と一般的には定義されよう。

今般の彼の行為は、障がい者に対する憎悪や軽視の意識から、専らそれを標的にすると宣言し、そしてそれを実行したわけであるから、全くブレずにヘイトクライムそのものと言えよう。

彼の思想は、ナチが障がい者二十万人の命を奪った時に振りかざされた文句そのものである。https://www.ushmm.org/wlc/ja/article.php?ModuleId=10005200

彼の事件を考察するに真っ先に出てこなければならないのは、この思想自体が、これまで人類の歴史のなかで幾度となく持ち出され、振りかざされ、そして生命が奪われ続けたという事実であり、第二次大戦後の世界は、ナチをはじめとした人権軽視の思想がもたらした悲劇を繰り返さないという人権基準から発進しているなか、彼の行為は、この人類の価値基準に対する挑戦である、という指摘であるべきである。



ひとりの犯罪者の行為なのに何を大層なことを言っているのか、と思う人がいるかもしれない。

しかし、彼の行為は、以下の事項を改めて明らかにした。これまで人類が幾度となく経験してきた事項である。

*差別心は人を殺しうる、ということ

*差別心の前では人間性は奪われる、ということ

*差別心の標的は悉く社会的弱者に向かう、ということ

池田小事件を引き合いに出すような視点があったが、ふたつの事件は背景が異なる。おのれの劣等感からエリート層の子弟を狙った池田小事件と、マジョリティ(社会的強者)の専制という立場から価値判断をして歪んだ正義感を振りかざした今回の相模原事件とは、事件の効果は全く異なるのである。



障がい者の存在を軽視し、尊厳を無視し、社会の隅に追いやり、社会と接触しないようにし、結果社会的な偏見、差別心の芽を徹底的に育んできたという土壌があって、今般の事件は、起こるべくして起こったのである。

この事件の評価で目が向けられるべきは、この思想そのものの危険性であり、差別と訣別するという社会的な宣言の必要性こそに言及されねばならない。単独犯ではなく複数名の行為であれば、あるいはこれがより強固な社会的排斥の対象になっている属性に向かったならば、犠牲がより甚大になっていた、ということが推定されるに過ぎない。

それなのに、彼の行為に対する評価は、ただの奇人の行為と矮小化され、彼が衆院議長宛の手紙に込められた『政治的主張』は、この思想が歴史的にどのような系譜の中にあるのかという評価に付されぬまま、無批判且つ興味本位に垂れ流された訳だから、その目的すら達成されてしまったのである。



この報に触れた昨日、自宅に戻ってから夫婦で交わした会話の第一声は、奇しくも、しかし必然として同じ言葉だった。

「ウリハッキョ(私たちの学校の意、朝鮮学校のこと)、大丈夫かなぁ」

差別の愚かさに対する言及が乏しいまま、それによって繰り返されてきた被差別者の悲哀が省みられぬまま、今般の事件すらも、ひとりの奇人の犯罪行為とでしか消費されないのであれば、第二第三のヘイトクライムの犠牲者が発生するのは必然である。社会的な偏見に常に晒される朝鮮人家族にとってこれは、まったく他人事ではない。模倣犯の発生は早速、体力の弱い女子供に向けられるのは世の常である。セキュリティもままならない朝鮮学校の教室に、妄想発信の憎悪を発散させる輩が現れないとも限らない。



f:id:dattarakinchan:20160727220308p:image

http://www011.upp.so-net.ne.jp/kamogawa-lo/hate_pyramid/pyramid_updown.html

これはヘイトクライムを論じる際に引き合いに出される「ヘイトピラミッド」である。現近代の日本社会が、悉く社会の差別に対して鈍感であり、差別的な言説に対して一定の親和性を保ってきた、そして近年の排外主義の台頭についても政治家が「表現の自由」をタテに護ってきたことが、ゆるゆるとピラミッドを登ってきたのである。いままさに頂点近くまで登ってきてもなお、そのことが社会的に総括されないのであれば、残るはジェノサイドか制度的な排斥である。そこまで社会が堕ちぬよう、差別が社会悪であるというコンセンサスが、まともに形成されなければならない、と思う。



(追記)被疑者がザイニチだという、いつもながらの言説がネット上を回っているようである。

良いことをする人は日本人、あるいは日本/日本人が大好き。

悪いことをするのはザイニチ、韓国人、あるいは韓国中国の云々。

…どうでもいい。

飽きないのだろうか?



(20160728追記)私が言わんとすることを補強する意図で、きょう掲載された記事を紹介する。

相模原殺傷 尊厳否定「二重の殺人」全盲・全ろう東大教授

毎日新聞 2016年7月28日 13時14分(最終更新 7月28日 18時57分)

http://mainichi.jp/articles/20160728/k00/00e/040/221000c

(引用開始)

相模原市障害者施設殺傷事件を受け、障害者の関係団体が相次いで声明などを発表する中、全盲と全ろうの重複障害を持つ福島智・東京大先端科学技術研究センター教授から「暗たんたる思いに包まれています」というメールが27日、毎日新聞に届いた。福島さんが「今回の事件から考えた原理的な問題」をまとめたという原稿を紹介する。

「重複障害者は生きていても意味がないので、安楽死にすればいい」。多くの障害者を惨殺した容疑者は、こう供述したという。

これで連想したのは、「ナチス、ヒトラーによる優生思想に基づく障害者抹殺」という歴史的残虐行為である。ホロコーストによりユダヤ人が大虐殺されたことは周知の事実だが、ナチスが知的障害者らをおよそ20万人殺したことはあまり知られていない。

一方、現代の世界では、過激派組織「イスラム国」(IS)の思想に感化された若者たちによるテロ事件が、各地で頻発している。このような歴史や現在の状況を踏まえた時、今回の容疑者は、ナチズムのような何らかの過激思想に感化され、麻薬による妄想や狂気が加わり蛮行に及んだのではないか、との思いがよぎる。

被害者たちのほとんどは、容疑者の凶行から自分の身を守る「心身の能力」が制約された重度障害者たちだ。こうした無抵抗の重度障害者を殺すということは二重の意味での「殺人」と考える。一つは、人間の肉体的生命を奪う「生物学的殺人」。もう一つは、人間の尊厳や生存の意味そのものを、優生思想によって否定する「実存的殺人」である。

前者は被害者の肉体を物理的に破壊する殺人だが、後者は被害者にとどまらず、人々の思想・価値観・意識に浸透し、むしばみ、社会に広く波及するという意味で、「人の魂にとってのコンピューターウイルス」のような危険をはらむ「大量殺人」だと思う。

こうした思想や行動の源泉がどこにあるのかは定かではないものの、今の日本を覆う「新自由主義的な人間観」と無縁ではないだろう。労働力の担い手としての経済的価値や能力で人間を序列化する社会。そこでは、重度の障害者の生存は軽視され、究極的には否定されてしまいかねない。

しかし、これは障害者に対してだけのことではないだろう。生産性や労働能力に基づく人間の価値の序列化、人の存在意義を軽視・否定する論理・メカニズムは、徐々に拡大し、最終的には大多数の人を覆い尽くすに違いない。つまり、ごく一握りの「勝者」「強者」だけが報われる社会だ。すでに、日本も世界も事実上その傾向にあるのではないか。

障害者の生存を軽視・否定する思想とは、すなわち障害の有無にかかわらず、すべての人の生存を軽視・否定する思想なのである。私たちの社会の底流に、こうした思想を生み出す要因はないか、真剣に考えたい。

(引用ここまで)



(20160729追記)



(20160730追記)

相模原市障害者殺傷事件に対する抗議声明

特定非営利活動法人DPI障害者インターナショナル)日本会議

20160727_seimei.pdf 直



(20160806追記)

共に生きる・トブロサルダ 大阪コリアンの目/183 /大阪

毎日新聞2016年8月5日地方版

http://mainichi.jp/articles/20160805/ddl/k27/070/443000c

(引用開始)

相模原殺傷事件 「ヘイトクライム」広がらぬよう 犠牲者に自ら重ねる障がい者

暗たんたる気持ちだ。抹殺したいと考えるほどの憎悪とは何か。相模原市の障がい者施設「津久井やまゆり園」で起きた事件が、社会に大きな衝撃を与えている。これから真相がさらに明らかにされていくだろうが、それにしても語る言葉を失う。

逃げられない心身のまま、致命傷を負って犠牲になった方々は何を思い、どのような言葉を残したか。入所者たちが味わった恐怖、驚がく、絶望は想像を超える。施設を利用していたご家族もまた、奈落に突き落とされた悲しみの中におられることであろう。

容疑者は今回の事件前から、障がい者への憎悪に満ちた言動を周辺に繰り返していたという。「抹殺」のための手順を記した文書を作成し、他者にも伝えている。

それらからこの事件は「ヘイトクライム」だと私は認識している。「ヘイトクライム」とは特定の集団や民族を憎悪し、社会から排除、抹殺を目的とする犯罪行為のことを言う。昨今深刻化した「ヘイトスピーチ」が広く知られるところとなったが、「ヘイトスピーチ」を放置すれば、次に「ヘイトクライム」が社会をおおうことを私たちは今一度深く受け止める必要がある。

案の定、SNSには今回の犯罪に共感する書き込みにあふれ、その内容を見れば第2、第3の事件すら危惧される感覚を持つ。

この事件は東京都知事選挙のさなかに起きた。ヘイトスピーチを繰り返すグループのリーダーが立候補し、選挙中にも特定の集団や民族を排斥する言動を繰り返していた。それでも投開票の結果、この人物に11万票が投じられた。

国会でのヘイトスピーチ対策法の成立を受け、街頭での差別的な演説は多少なりとも難しくなっている。しかし、各種選挙に立候補し、選挙戦を利用して差別的な言動を繰り返すなどの事例も増えている。今後、選挙を隠れみのとした扇動にも注意し、その実態を明らかにしていく必要がある。

今回の「津久井やまゆり園」事件について、容疑者の背景や深層心理を徹底的に究明し、事件を未然に防止できなかったのかの検証、憎悪発言の果てに起こった「ヘイトクライム」の可能性を追及し、社会の病理を鋭くただすことが求められる。何より処罰感情が高まり、異常者による異常な出来事だと片づけて、真実が未解明のまま極刑を急ぐ世論にならないよう呼びかけたい。そのためのメディアの役割は大きい。

わが家族で、この事件の報道をもっとも見入っていたのは私の妻だ。妻には肢体不自由の障がいがある。感情を押し殺し無表情を装ってはいたが、深く傷ついていた。いや多くの障がいを持つ人々が、自分が殺されていたかもしれないと犠牲者に自らを重ねている。<文 金光敏(キムクァンミン)>

■人物略歴

1971年、大阪市生野区生まれ。在日コリアン3世。特定非営利活動法人・コリアNGOセンター事務局長。多文化共生、人権学習の教育コーディネーターを務め、さまざまな子どもたちを支援するソーシャルワークにも取り組む。

(引用ここまで)