いち在日朝鮮人kinchanのかなり不定期更新日記

2016-07-29

相模原障がい者殺傷事件の犯人はザイニチ ― 差別事件に差別で応える差別主義者への吐き気

今般の神奈川県相模原市での障がい者殺傷事件に絡み、「犯人はザイニチ」という言説がネット上で沸き立っている。

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約10分でこれだけ収集できる。

ネットにおける毎度毎度の光景であるのだが、猟奇的な事件、理解不能な出来事があると、早速、「犯人は日本人ではない」「これは日本人の発想ではない」「犯人はザイニチ」と、盛大な『切断作業』が繰り広げられる。過去には石原慎太郎が再三このテの発言を繰り返した完成形であるが、比較的最近でも有名どころで以下のようなものがある。



この種のことは、今に始まったことではない。

*いいことをするのは、日本・日本人、日本を好きな人

*悪いのは、韓国中国・ザイニチ、日本が嫌いな人

という単純な図式で、「我」と「彼」を分離し、「彼」を落とし、下げることで、「我」を保全しているのである。

このような言説に依って立つ者は、「我々の側ではない」「我々には関係のない変な人」という風に、「彼」を外野に押し込んで、思考を停止させることのみに関心があるのであって、本当に「彼」がザイニチかどうかというのは重要ではないし、どっちでもいいことなのだ。ザイニチと認定した時点で「彼」で確定なのだから。

結局、ザイニチとは、「よくわからない人=犯罪者(あるいは予備軍)」という記号で用いられているのであるが、このように犯罪者が逐一とザイニチ認定され、日々ザイニチの悪いイメージが自らの周囲で積みあがっていくわけだから、ザイニチ当事者にとっては、愉快であろうはずがない。

このように差別的な言説がこうもやすやすと良心の呵責もなく次々と垂れ流される日常、日本において差別的な言動を繰り出すことがこれほどにも障壁が低い現状こそが、この社会で差別の芽を徹底的に育て、今般の事件はそれが「成木」として顕在化したのである。

少なくとも、今般の、日本の犯罪史上にもまれにみる、圧倒的な犠牲者を生みだした差別事件・ヘイトクライムを前に、自らもまた差別主義を繰り出そうと考える輩が、次から次へと沸いて出てくる現実に、私は吐き気を禁じ得ない。

そして、このように『ある属性が犯罪性向を備える』ということに対して、まともな反論を試さず、自らの頭で思考しなかった『声なき傍観者』が、かの日ナチを支え、かの日東京で朝鮮人を殺しまわったのである。私はこの日本社会の空気に、ジェノサイド前夜のキナ臭さを感じて久しいが、政治から、人々から、この空気を打ち消そうという意気も乏しいことに、改めての絶望も感じている。

2016-07-27

相模原障がい者殺傷事件 ― 何故ヘイトクライムとして論じられないのか?(20160729追記あり)

神奈川県相模原市で、障がい者に対する大量殺傷事件が起こってしまったことに対して、ブロガーの端くれとして書き残しておく。

昨日からの報道やワイドショー、新聞の書きっぷりは、違和感というか、備えるべき視点を欠いた筆致ばかりで、相変わらずだな、と思った。

この社会で決定的に欠く、「他者からの眼差し」という視点だ。「他者への眼差し」、ではない。少数者がこの社会をどのように捉えているのか、という視点である。



相模原事件は、「障がい者に対する嫌悪」「障がい者の生命や尊厳の軽視」を原因としたヘイトクライムである。

彼が事前に衆院議長に充てた手紙からも、彼が措置入院に至った経緯からも、それは明らかである。「愛する日本国、全人類のために」、障がい者を安楽死させるべきだと確信を持っていたのである。

ヘイトクライムとは、ある属性(国籍・民族・肌の色・性別・宗教・障がいの有無・出身地や居住地など)を持つことを理由として、それに対する憎悪や排除意識から、それを標的にした犯罪行為・迫害行為、と一般的には定義されよう。

今般の彼の行為は、障がい者に対する憎悪や軽視の意識から、専らそれを標的にすると宣言し、そしてそれを実行したわけであるから、全くブレずにヘイトクライムそのものと言えよう。

彼の思想は、ナチが障がい者二十万人の命を奪った時に振りかざされた文句そのものである。https://www.ushmm.org/wlc/ja/article.php?ModuleId=10005200

彼の事件を考察するに真っ先に出てこなければならないのは、この思想自体が、これまで人類の歴史のなかで幾度となく持ち出され、振りかざされ、そして生命が奪われ続けたという事実であり、第二次大戦後の世界は、ナチをはじめとした人権軽視の思想がもたらした悲劇を繰り返さないという人権基準から発進しているなか、彼の行為は、この人類の価値基準に対する挑戦である、という指摘であるべきである。



ひとりの犯罪者の行為なのに何を大層なことを言っているのか、と思う人がいるかもしれない。

しかし、彼の行為は、以下の事項を改めて明らかにした。これまで人類が幾度となく経験してきた事項である。

*差別心は人を殺しうる、ということ

*差別心の前では人間性は奪われる、ということ

*差別心の標的は悉く社会的弱者に向かう、ということ

池田小事件を引き合いに出すような視点があったが、ふたつの事件は背景が異なる。おのれの劣等感からエリート層の子弟を狙った池田小事件と、マジョリティ(社会的強者)の専制という立場から価値判断をして歪んだ正義感を振りかざした今回の相模原事件とは、事件の効果は全く異なるのである。



障がい者の存在を軽視し、尊厳を無視し、社会の隅に追いやり、社会と接触しないようにし、結果社会的な偏見、差別心の芽を徹底的に育んできたという土壌があって、今般の事件は、起こるべくして起こったのである。

この事件の評価で目が向けられるべきは、この思想そのものの危険性であり、差別と訣別するという社会的な宣言の必要性こそに言及されねばならない。単独犯ではなく複数名の行為であれば、あるいはこれがより強固な社会的排斥の対象になっている属性に向かったならば、犠牲がより甚大になっていた、ということが推定されるに過ぎない。

それなのに、彼の行為に対する評価は、ただの奇人の行為と矮小化され、彼が衆院議長宛の手紙に込められた『政治的主張』は、この思想が歴史的にどのような系譜の中にあるのかという評価に付されぬまま、無批判且つ興味本位に垂れ流された訳だから、その目的すら達成されてしまったのである。



この報に触れた昨日、自宅に戻ってから夫婦で交わした会話の第一声は、奇しくも、しかし必然として同じ言葉だった。

「ウリハッキョ(私たちの学校の意、朝鮮学校のこと)、大丈夫かなぁ」

差別の愚かさに対する言及が乏しいまま、それによって繰り返されてきた被差別者の悲哀が省みられぬまま、今般の事件すらも、ひとりの奇人の犯罪行為とでしか消費されないのであれば、第二第三のヘイトクライムの犠牲者が発生するのは必然である。社会的な偏見に常に晒される朝鮮人家族にとってこれは、まったく他人事ではない。模倣犯の発生は早速、体力の弱い女子供に向けられるのは世の常である。セキュリティもままならない朝鮮学校の教室に、妄想発信の憎悪を発散させる輩が現れないとも限らない。



f:id:dattarakinchan:20160727220308p:image

http://www011.upp.so-net.ne.jp/kamogawa-lo/hate_pyramid/pyramid_updown.html

これはヘイトクライムを論じる際に引き合いに出される「ヘイトピラミッド」である。現近代の日本社会が、悉く社会の差別に対して鈍感であり、差別的な言説に対して一定の親和性を保ってきた、そして近年の排外主義の台頭についても政治家が「表現の自由」をタテに護ってきたことが、ゆるゆるとピラミッドを登ってきたのである。いままさに頂点近くまで登ってきてもなお、そのことが社会的に総括されないのであれば、残るはジェノサイドか制度的な排斥である。そこまで社会が堕ちぬよう、差別が社会悪であるというコンセンサスが、まともに形成されなければならない、と思う。



(追記)被疑者がザイニチだという、いつもながらの言説がネット上を回っているようである。

良いことをする人は日本人、あるいは日本/日本人が大好き。

悪いことをするのはザイニチ、韓国人、あるいは韓国中国の云々。

…どうでもいい。

飽きないのだろうか?



(20160728追記)私が言わんとすることを補強する意図で、きょう掲載された記事を紹介する。

相模原殺傷 尊厳否定「二重の殺人」全盲・全ろう東大教授

毎日新聞 2016年7月28日 13時14分(最終更新 7月28日 18時57分)

http://mainichi.jp/articles/20160728/k00/00e/040/221000c

(引用開始)

相模原市障害者施設殺傷事件を受け、障害者の関係団体が相次いで声明などを発表する中、全盲と全ろうの重複障害を持つ福島智・東京大先端科学技術研究センター教授から「暗たんたる思いに包まれています」というメールが27日、毎日新聞に届いた。福島さんが「今回の事件から考えた原理的な問題」をまとめたという原稿を紹介する。

「重複障害者は生きていても意味がないので、安楽死にすればいい」。多くの障害者を惨殺した容疑者は、こう供述したという。

これで連想したのは、「ナチス、ヒトラーによる優生思想に基づく障害者抹殺」という歴史的残虐行為である。ホロコーストによりユダヤ人が大虐殺されたことは周知の事実だが、ナチスが知的障害者らをおよそ20万人殺したことはあまり知られていない。

一方、現代の世界では、過激派組織「イスラム国」(IS)の思想に感化された若者たちによるテロ事件が、各地で頻発している。このような歴史や現在の状況を踏まえた時、今回の容疑者は、ナチズムのような何らかの過激思想に感化され、麻薬による妄想や狂気が加わり蛮行に及んだのではないか、との思いがよぎる。

被害者たちのほとんどは、容疑者の凶行から自分の身を守る「心身の能力」が制約された重度障害者たちだ。こうした無抵抗の重度障害者を殺すということは二重の意味での「殺人」と考える。一つは、人間の肉体的生命を奪う「生物学的殺人」。もう一つは、人間の尊厳や生存の意味そのものを、優生思想によって否定する「実存的殺人」である。

前者は被害者の肉体を物理的に破壊する殺人だが、後者は被害者にとどまらず、人々の思想・価値観・意識に浸透し、むしばみ、社会に広く波及するという意味で、「人の魂にとってのコンピューターウイルス」のような危険をはらむ「大量殺人」だと思う。

こうした思想や行動の源泉がどこにあるのかは定かではないものの、今の日本を覆う「新自由主義的な人間観」と無縁ではないだろう。労働力の担い手としての経済的価値や能力で人間を序列化する社会。そこでは、重度の障害者の生存は軽視され、究極的には否定されてしまいかねない。

しかし、これは障害者に対してだけのことではないだろう。生産性や労働能力に基づく人間の価値の序列化、人の存在意義を軽視・否定する論理・メカニズムは、徐々に拡大し、最終的には大多数の人を覆い尽くすに違いない。つまり、ごく一握りの「勝者」「強者」だけが報われる社会だ。すでに、日本も世界も事実上その傾向にあるのではないか。

障害者の生存を軽視・否定する思想とは、すなわち障害の有無にかかわらず、すべての人の生存を軽視・否定する思想なのである。私たちの社会の底流に、こうした思想を生み出す要因はないか、真剣に考えたい。

(引用ここまで)



(20160729追記)

2016-07-11

盛り上がらなかった祭り(参院選)の後で、無権者は思う。

参院選が終わった。思ったとおり、盛り上がらなかった。というか、有権者が、マスコミが、まったく盛り上げなかった。民主主義の手段たる選挙が、こんな投票率、そしてこのザマで、自分らの民主主義を何だと思っているのだろうか。私はとにかく、重く、暗く、陰鬱な思いである。

この思いについて、いくらか拙い文を連ねてみる。



私は朝鮮人だ。韓国籍だ。従って無権者だ。

この間、私の職場でも、職場の同僚や、パートやアルバイトの連中が、期日前投票に行ったかどうかと話をしているのを耳にした。パート連中が、「選挙行った?」「行ったよ、期日前!」「私も明日行くわ、でも誰が出てるんか全然知らんわ(笑)」などと『平和』なことを言っていた。

私はそれに居合わせても、一緒に笑ったり、或いはそれを諌めたりができなかった。私は無権者だ。その話題に立ち入ったところで、私には『関係の無い』話だ。私には『共通の話題』ではないのだ。

職場での立場は上から数番目、何かあればすぐに彼らは「金さんお願いします」と頼ってくる。職場では中心メンバーである私が、職場の人間ほぼ全てが持っている投票権を、私だけは持っていない。

この心情を、ある在日の学者はこんな風に形容していた。「みんなで入場券買って競馬場に行ったんだけれど、私だけ馬券を買わせてもらえない。仕方がないのでみんなが買う馬券を見るんだけれど、何でこんな変なのに賭けるんだろうって、そんな感覚かな」と。なるほど、とは思う。

私にとって選挙は、何とも言えない居心地悪さ、やるせなさ、疎外感、孤独感というものを感じるものだ。毎回そうだ。しかし今回ほど、その気持ちを抑えるのが困難だった選挙は無かった。

自らが掲げる憲法と手続きをないがしろにし、少数意見を踏みつけながら、ただひたすらに思い込むことだけを追求する政治勢力。掲げる改憲草案は人権条文を大きく後退させ、前近代的で時代錯誤な文句が並ぶ。よりによって安倍が緊急事態と言い出せば全権掌握できるにまでなっている。それなのにマスコミは懐柔策に屈しチカラを失い権力者の太鼓持ちに化し、権力者と一緒になって少数者弱者異端者を吊るし上げることに熱中している。

これは『普通の感覚』であれば、危なっかしくて仕方がない。ナチの台頭前夜とも思うし、民主主義をこれほどに分かりやすく破壊する勢力の台頭は、市民が英知を結集して阻止しなければならないはずだが、市民は問題意識を共有できていない。

私のこの暗い思いを、ほぼ重ねている文を、映画監督森達也氏が書いている。URLを紹介するので参照願いたい。選挙前に書かれたものだが、ほぼ予想通りになってしまった。

まだ絶望していないあなたへ

リタス 2016年7月4日

http://politas.jp/features/10/article/496



私が、永住外国人参政権について、どのように考えているのかについては、本稿を進めるうえで重要な視点ではないのでこの際置く。

しかし、日本の主権者である日本の市民自身が、

情報リテラシーを高め、自らの代表者に常に関心を持ち、

*自らの権利たる投票権を行使し、「よりましな」「より危険でない」者を選ぶ

という、私からしてみれば当たり前の行動を、こうもやすやすと放棄する姿を見るにつけ、つまりは、主権者自らが主権者であることを放棄している姿を見るにつけ、私の無権者としての虚無感は、言いようのないほど高まっている。

そして、なおも続く安倍政治を前に、今度は朝鮮人の何が奪われるのか、私の関心は既にそちらに向いている。

拡充には最後まで手をつけられず、排除には最初に手をつけられるのが、マイノリティの人権、特に敵性とされた朝鮮人の人権である。安倍が政権を取り直して真っ先に手をつけたのが朝鮮高校の無償化排除固定であったことが象徴であるが、彼はことあるごとに朝鮮人の自尊心に土足で踏み込み続けてきた。日本社会が彼に更なる政治生命を与えたいま、そのことにもなお私は警戒を続けなければならない。

いま私は、言いようのない感情と共に、虚ろな目でテレビを眺めている。

2016-06-13

親父の背中に思う。

思うところがあって、今日は私の親父について書いてみようと思う。

私の親父は、偏差値にかけてどちらかと言うと真面目だと自認する私に言わせても、これほどの生真面目な人間はなかなかお目にかかれない、と思うほどの、堅物ともいえる真面目な人間である。曲がったことが嫌いで、時間や約束を守ることを自分にも他者にも厳密に課しながら、とにかく直向きに生きてきた人間である。

いまはもう70を過ぎたが、人一倍仕事に熱心で身体を削って生きてきたので、実年齢以上に年老いた姿、身重な身体になってしまった。学費の高い朝鮮学校に高校卒業まで通わせてくれ、次いでこれまた高い学費の私立大学にも通わせてくれた。それなのに私はその苦労に報いることなく、ろくに大学で勉強せず、日々バイトに明け暮れ女友達と遊び呆け、社会に出ても心配ばかりをかけてきた。まったくの親不孝者だと恥ずかしい気持ちになる。

いま私自身が親の立場になり、嫁と一人息子を養うようになってはじめて、親父の苦労の片鱗でも理解できたような気がするが、親父とのエピソードを顧みると、私の苦労など取るに足らないようなものだと、いま小さくなった親父の背中に、ある種の想いを馳せる機会も多くなってきた。

いくつかの親父とのエピソードを書いてみようと思う。



私の幼少期、親父はたびたび家族を野原や野山に連れ出してくれた。山の頂上を目指す道すがら、親父は野に生える草花の名前を息子らに教えたりして過ごすのだが、ある日、登山道の傍らから竹より細く葦にも似たような、自分らが住む都会ではお目にかからない植物の茎を見つけてきてポキっと折り、手際よく口で食んで皮を剥いては息子らに「食べてみろ」と与えるのである。噛むと酸っぱい味がする。確か親父はこの植物のことをスカンポと呼んだが、これ以外にも食べられる野草らをよく知っていて、親父は息子らに教えたり、与えたり、採って持ち帰ったりしたのだった。

またある日は、植物のツルや転がっている枝や石ころ、電気のコードなどを手際よく組み上げて、鳥を捕えられるワナを拵えて見せてくれた。親父が小枝のふもとに生米を蒔き、その小枝に鳥がとまるとワナが動いて鳥が捕えられるのだという。実際小枝を動かしてみると、曲げられていた木の幹が戻ろうと立ち上がる力とかを用いてワナが動き、カゴがその場に落ちてくる。手品かと思わせるような見事な技にワクワクした。残念ながら息子の目の前で獲物が掛ることはなかったが、親父はそのようなワナを作る術をいくつも知っていて、私を楽しませてくれた。

私は子供心に「アボジ(親父のこと)は色んな事を知っているなぁ」と感心したものだった。

これらは親父が幼い時、飢えを凌ぐために習得した「生きる知恵」だった。そのことが分かったのは、私がある程度大きくなって、親父の幼少期時代を知ったからだった。親父の幼少期は極貧の極みだったのだ。

祖父は両班の端くれで、23の山を持つと言われる程度の土地持ちだった。小作人に田を貸して悠々自適と暮らしていた。ところが、日本の植民地政策のひとつである土地収用策によって生活の糧たる土地を奪われてみるみる落ちぶれた。朝鮮での生きる術を失った祖父は、家族とともに生きるために日本海を渡った。敗戦間際の日本全体が暗い影を背負った時期に、親父は6番目の子供として、祖父の元に生まれ落ちた。貧乏子沢山の典型であった。ろくに学も腕もなかった祖父は、肉体労働の出稼ぎで各地を渡り歩き、家は家で極めて狭いところに大人数が肩を寄せ合い、生活はまったく話にならない。祖母は親父が未だ乳飲み子程度の時期に病に斃れ、祖父は家にはほとんど帰って来ない。親父はひもじさに耐えながら幼少期を育った。野に咲く花、草木、飛びまわる鳥や昆虫。親父はそれらの中で飢えを凌げるものを食みながら、必死に生き延びたのだった。

エピソードがある。家には風呂は無く、数日に一度、良心ある近所の日本人宅に戴きに行っていた。ある日、いつものように風呂を戴きに行くと、その家の食卓には刻んだ沢庵を盛った器が置いてあった。いつ終わるとも知れないひもじさと、目の前の沢庵欲しさの誘惑に堪えかね、親父はその一切れを盗み食いしようと口に運んだが、運悪く家人に見つかってしまう。家人は親父を盗人と罵った。「もうお前の家族に風呂はやらん」と。親父はそれを泣いて詫び、二度と人様に向かって恥ず様な真似はしないと決めたのだというが、同時に今でもそのときの沢庵の味が忘れられないのだと言う。「うまかった」と。

親父はそんな話を成長期の息子(私)に聞かせ、真面目で正直な人間になれと語るとともに、息子には自分のような苦労はさせたくないのだと、自分に言い聞かせるように語るのだった。いっぽうの私は、『まんが日本昔ばなし』を聞くような、リアリティを感じられない話題としてその場をやり過ごしていたような気がする。親の心子知らずを地で行くようなもので、まったく言葉が無い。

親父は、高校を出て早々、工場の下働きのような職を得て、一日も病気や怪我で休むことなく真面目に働き、少しづつ生活が安定していった。嫁(私の母)を迎え、(こんな私のような、であるが)子宝にも恵まれ、人並み以上の生活が送れるようにと、親父は必死だった。小さな家を買い、子供三人を大学まで出してやり、それぞれが身を立てられるようになるまで育て上げた。私らの家庭はこれまで生活保護の世話にもなったことは無いし、私は成長期にひもじさを覚えたこともない。贅沢ではないが、不自由のない暮らしを送らせてもらった。尊敬できる親父だ。



そんな親父は、朝鮮学校を出てそれなりに民族心が強い嫁(私の母)の影響もあったりで、朝鮮総連絡みの地域同胞の繋がりには付き合い程度に関わっていた。現在もなお韓国籍のままであり、おのれに取りついた民族的属性を忌避するような考えは持ち合わせていないようだ。なのに、職場には日本名で就職し、それでずっと通していた。職場の同僚が朝鮮学校に通う私に接触する可能性があるときは、「朝鮮学校に通っていると言うな」「俺のことをアボジと呼ぶな」と事前に釘を刺されたりと、自分が朝鮮人とバレないように神経を使っていた。

いっぽうの私といえば、朝鮮学校で学び、同年代の在日同士で語らう中で、朝鮮人であるという強い自覚を得た。親父から受け継ぎ、外国人登録に併記されていた通称も、自らの意思でわざわざ消除したりして、自分が朝鮮人であることを、忌避せず、受け入れ、それを晒すという生き方を、自らで選んできた。

親父は全ての社会生活を通称で行い、朝鮮人であることを隠しながら生きている。朝鮮人であることは悪いことでも恥ずかしいことでもないのに、である。

自分にも他者にも厳しく、真面目で直向きな親父が、本名を名乗らず、『嘘』をついている。

私は思春期特有の反骨心も手伝って、「朝鮮人として堂々と生きればえぇやないか」「なんでうちの表札は通名しかないんや、うちは金家ちゃうんか?」と思っていた。親父に養ってもらっているのに、こんな『いっちょまえ』なことを考えたりしていた。

いま大人になって振り返ってみたとき、その頃の自分が、如何に青臭く、浅はかだったのかと、本当に恥ずかしい気持ちになる。



在日二世である親父が就職をした1960年代は、いまより遥かに外国人に対する差別が激烈であった時代である。国民年金制度からは排除され、公団住宅にも入れない、就職差別・居住差別・結婚差別は当たり前の時代だ。朝鮮人であることを晒して、まともな就職先にありつくなど、とても考えられない時代だった。在日二世、ちょうど戦後間もなく生まれた世代に個人事業主が多いのはこのためだ。雇ってもらえないから興すしかなかったのだ。

この時代において、朝鮮人であることを晒す生き方など、食っていく・命を繋いでいくうえにおいては、何の役にも立たない。むしろ障害でしかない。出どころが悪ければ、自分が築き上げたものですら、一瞬にして崩れ去りかねない。この時代において、自らの民族性を晒す生き方など、多くのザイニチにとっては、『人並みに食う』『安心して生きる』が満足してはじめて追求できる、ただの戯言でしかなかったのだ。

親父もそのような背景の元、日本社会で、日本人たちの中で、生きるために『日本人』を選択した。日本人たちの中で朝鮮人として顕在化することが人間扱いされない世の中における、生きるための選択だったのだ。

かつての植民地支配によって内包した朝鮮人に、日本政府は満足な法的地位を与えず『二級国民』として扱い、終戦後には日本国籍を取り上げ、危険分子として排斥するなど、一貫して続く植民地主義のなかで、ザイニチは、その民族性を、ある時は晒し、またある時はひた隠しにし、という様々な選択を個々に重ね、激烈な差別の時代を生き抜いてきたのだ。生きるというのは理屈ではない。時にしたたかに、そして時に愚直に、やれることをやり、使えるものを使う。そのような様々な選択の中に、日本人名(通称)があったのだろう。戦前、創氏改名によって『日本人』を押し付けてきた象徴たる、屈辱にまみれた名前を、戦後もなお使い続けなければならなかったのには、「社会がそれを許さなかった」「社会に受け入れられるために使ってきた」という歴史的な潮流があったのだ。

1970年代以降、段々とそのような激烈な差別が解消され、日本社会の中でザイニチが朝鮮人として顕在化するという選択をしても、生存の危機に晒されないようにはなった。その背景には、国際化・グローバリゼーション・国際人権感覚の高まりと日本社会とが無縁で無くなったこともあるが、何よりも私の親世代と、それを支援してくれた多くの心ある日本人が、指紋押捺拒否や、居住差別・就職差別解消のための各種裁判闘争など、差別に抗い、一つひとつ解消してきた、という成果があったからに他ならない。

それを知らないでいた成長期の私は、しょうもない虚栄心を働かせて「朝鮮人として生きる」「通称を使うなんておかしい」などと息巻いていた。このことほど、いまから思えば身の程を知らないことは無い。先人が、『朝鮮人』として生きられなかった時代を、多くの選択を経ながら生き抜いてきて、一つひとつ権利を積み上げてきた結果、自分が『朝鮮人』として生きられるのであり、私は先人が築いた舞台で踊っているに過ぎなかったのだ。まったく恥ずかしいことこの上ない、と思う。



翻って、

ある講演会で在日の学者が言っていたことが頭に浮かんだ。おおよそこのような主旨だ。

「今の時代が、私が生きてきた中でいちばん苦しいのではないか、私たちに『死ね』『殺せ』と、何のてらいも無く言えるような時代に戻ってしまった。ジェノサイドが起こる前夜のような気がしてならない」

確かに、

日本で生まれた朝鮮人であるということ「だけ」で、知らない人間に死ねだ殺せだ言われる筋合いはまったく無い。それなのに、ネット上でそのような言説が失せた日は無い。しかも言っている側は、実に楽しそうに、である。『死ね』『殺せ』が気楽なエンターテインメントに化し、それに良心の呵責の欠片もない。そんな言葉が溢れかえる世の中になってしまった。政治の貧困さが、そのような言説を放置し、あるいは勢いを与えてさえいる(アリバイ作りのような法律は通ったが政権中枢の姿を見る限り私の評価が変わるわけではない)。

『死ね』『殺せ』を言っている側、攻撃している側、放置している側には、私や私の親父のような具体的な生活者としてのザイニチの人生が視界に入っているのだろうか?

私が、私の親父が、何故に死ななければならないのか、何故に殺されなければならないのか。私の、そして親父の、ささやかな人生を振り返った時、何故なのか、本当に、これっぽっちも想像がつかないのだ。

先に書いたように、人一倍苦労し、人一倍努力して、ようやく人並みの生活を手に入れた親父が、人並みに生きる手段として通名を使っていたことは、『死ね』『殺せ』という社会的制裁に値する行為なのだろうか?

朝鮮人として生きようにも生きられなかった社会の在り様、個人の自由や人格の領域でさえ朝鮮人であればいちゃもんをつけられる不寛容な社会の在り様を差し置いて、誰にも認められているはずの通り名の使用を、朝鮮人だから排撃の材料にする、人間の心の在り様とは、いったい何なのだろうか?

私は攻撃者に対する怒りと共に、親父の苦労に対する悲哀を覚えるのだ。



激烈な社会環境の中、様々な選択をしながら生き抜いてきた親父の背中を思う。

今日のように社会が堕ち、日々排撃される立場にまたもや置かれたことを、親父は言葉にせずとも心底憂いているのではないかと思う。

人間の宿命で親父も長くはないだろう。

ジェノサイド前夜のような今日の空気感が、薄雲が晴れるように無くなればいいのに、と思う。

2016-05-26

『ヘイトスピーチ対策法』成立に対する拙考

今月24日に『ヘイトスピーチ対策法』が成立した。私や多くの心ある反差別に取り組んだ方々が望んだもの、そして最初に旧民主党が中心になって提示したものとは程遠い、いわゆるザル法だが、それでもなお一縷の希望を見出す。



成立した法律では、ヘイトスピーチの定義を、

専ら本邦の域外にある国若しくは地域の出身である者又はその子孫であって適法に居住するもの(以下この条において「本邦外出身者」という。)に対する差別的意識を助長し又は誘発する目的で公然とその生命、身体、自由、名誉又は財産に危害を加える旨を告知するなど、本邦の域外にある国又は地域の出身であることを理由として、本邦外出身者を地域社会から排除することを煽動する不当な差別的言動をいう。

としている。

http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_gian.nsf/html/gian/honbun/houan/g19002006.htm

これに対し、私がヘイトスピーチ研究の第一人者だと認識している、師岡康子弁護士による著書『ヘイト・スピーチとは何か』による定義は以下のとおりである(48頁)。

ヘイトスピーチとは、広義では、人種、民族、国籍、性などの属性を有するマイノリティの集団もしくは個人に対し、その属性を理由とする差別的表現であり、その中核にある本質的な部分は、マイノリティに対する『差別、敵意又は暴力の煽動』(自由権規約二〇条)、『差別のあらゆる煽動』(人種差別撤廃条約四条本文)であり、表現による暴力、攻撃、迫害である。

1969年に発効した人種差別撤廃条約を日本が批准したのは1995年であるが、ヘイトスピーチ禁止条項については留保をしたままになっていた。繰り返しの改善勧告に対しても日本政府はゼロ回答だったのである。今般の『ヘイトスピーチ対策法』を、この宿題に対する20数年ぶりの回答と捉えるのであれば、当然に人種差別撤廃条約を援用してヘイトスピーチを定義すべきであるが、今般の法律では、日本独自の定義を拵え、ヘイトスピーチを限定的に捉え、限定的にそれを解消しようと試みるのである。

これまで反差別反ヘイト運動を眺めていれば自ずと分かることだが、ヘイトに苦しめられてきたのは、何も「本邦外出身者」ばかりではない(確かに最も激烈かつ『共感』を掻きたてたのが朝鮮人に対するヘイトスピーチであることは認めるが)。

アイヌ琉球、障がい者、女性、LGBT、被差別部落出身者、宗教者、ヒバクシャ、などなど、挙げればキリが無い。

マジョリティが、被差別マイノリティという身分に落とし込んだ者に対し、その差異を取り出してあげつらうという図式で発生するのがヘイトスピーチである。マジョリティという属性をひけらかしてマイノリティを貶めたい、rawanさんの言を借りれば『魂が悪い』人間の匙加減で、攻撃対象は如何様にも変幻するものである。

それなのに、法律によって抑止しようとしているのが「適法に居住する本邦外出身者」に対する差別のみ、ということでは、対策の体を成し得ない。反差別反ヘイト側に集う者の連帯の輪を分断しているようにさえ見える。

最も、差別主義者にとっては我々在日朝鮮人は『密入国者の子孫』ということになっている。それに対して、行政の側からこのような言説に対する明確な反論は、これまで試されてこなかった。差別主義者が我々を攻撃する際に、「密入国者の子孫は出て行けという政治的主張」だと言い張れば、それはこの法律の枠外、ということに(差別主義者の頭の中では)なってしまう。差別主義者への牽制という実効力も、まことに疑わしい。

私は、差別はどこから生まれるのかという根本に対する着眼、差別に対する社会的な学習の蓄積というものの欠如があるのに、それこそそれが欠如しているという認識が『欠如』のままに、法律という建物を急ごしらえで拵えたから、このような『上っ面をなぞったような法律』になったと思っている。

あらゆる差別は、人間の知性を否定した、歴史に対する「無知」と、普遍的人権思想に対する「無知」から来ている、と私は考えている。これまでに発生した差別事件がことこどく、そのことを裏付けている。

この膨大な「無知」に対応する学習を取り付けずして、土台を固めずにして、その上にいくら華美な建物を立てても、それは住むに値しない。

今般法律のターゲットたるヘイトスピーカーは、「無知」の時間的蓄積で湧いてきた『極端な者』である。これを立法府が認識せず、いま湧いてきたヘイトスピーカーのみに対処療法的に対策を打ったとしても、(心配しなくても)次から次へと同種の者は湧いてくる。少なくとも政治の世界では同種の者が湧き続けている。この膨大なそして徹底的な「無知」に目を向けない限り、根本治癒には程遠いのだ。

しかし、少ないが希望を見出だすとすれば、法律では教育の充実及び啓発活動についての、国及び地方自治体の責務を明確化していることである。上記の「無知」を埋めることで、湧いてくる者が少なくなっていくことを、長い目では期待したい。

今回の法律の成果は多くはなかったが、この法律を根拠にした地方自治体条例制定、及び本法律の改定等、数次の肉付けを経て、実効力を備えた差別主義者へのコントロールとなることを期待する。この法律は小さな一歩だが、諦めずに大きな果実を得られるように、私も微力を尽くしたいと思う。



(付記)

本法律の不十分さを指摘する記事を紹介する。

ヘイト法成立「第一歩だが、改正を重ねてより良いものに」伊藤和子・HRN事務局長

毎日新聞 2016年5月24日

http://mainichi.jp/articles/20160524/mog/00m/040/007000c

(引用開始)

24日成立したヘイトスピーチ対策法は、罰則のない理念法だ。ヘイトスピーチ解消に向けては、国に相談体制の整備や啓発活動などを義務づけ、地方自治体にも努力義務を課す。人権団体「ヒューマンライツ・ナウ」(HRN)事務局長の伊藤和子弁護士同法成立の意義を聞いた。

伊藤さんは「ヘイトスピーチに関する法律は日本になかったので、その意味で第一歩」と評価しながら、保護される対象者を限定した要件を設けたことを問題点に挙げた。同法ヘイトスピーチ解消の対象を「本邦(日本)外出身者」で「適法に居住する者」と規定しているため、「対象外の人たちへのヘイトスピーチが容認される恐れがある」と指摘する。

容認される恐れがある人たちとは、具体的には難民認定を申請する人、配偶者ビザを持ちながら家庭内暴力などで避難する人、両親がオーバーステイの状態で生まれた子、外国人旅行者−−などだ。

同法の付帯決議には、「本邦外出身者」で「適法に居住する者」以外に対するヘイトスピーチは許されると理解するのは誤り、と盛り込まれたが、伊藤さんは「付帯決議に与野党が合意できたのなら、(保護の対象の)要件を外すべきだ」と主張する。

ただ、男女雇用機会均等法やDV防止法を例に、「不十分な内容の法律も改正を重ねてより良いものにすることは可能」と見る。「差別を無くしたいと思っている人たちが分断されてはいけない。切り捨てられた人たちを法律の枠内に含めていく必要がある」と強調した。

(引用ここまで)




(追記)

D

ヘイトスピーチの解消に関する決議が、参議院法務委員会にて全会一致で採択された。法律の主旨を補完し、今後進むべき方向性や、対象に含めるべき被差別者にまで言及している。私は本稿で法律の『不足感』について書いたが、このような共通認識が国会で形成されたことについては、素直に賛辞を送りたいと思う。