ブログトップ 記事一覧 ログイン 無料ブログ開設

翻訳ミステリー大賞シンジケート このページをアンテナに追加 Twitter

第八回大賞 本投票受付中
第八回授賞式&コンベンション参加申込み受付中!

■神戸読書会 4月29日 開催!■
■松山読書会 5月20日 開催!■

■各地読書会カレンダー■

※イベントカレンダーに掲載ご希望の方は事務局までメールでお知らせください。
翻訳ミステリー・イベント・カレンダー
イベント内容(案内記事リンク/=関連書アマゾン)
10 【対談】翻訳家と編集者のしごと(朝日カルチャーセンター新宿教室) 講師:ドイツ文学翻訳家・酒寄進一 東京創元社編集者・佐々木日向子
27 第22回翻訳百景ミニイベント「翻訳出版の現在を語る」樋口真理(三省堂)、小野寺志穂(ハーパーコリンズ・ジャパン)、古賀一孝(サウザンブックス)、鹿児島有里(フリー編集者)、越前敏弥(文芸翻訳者)
22 翻訳ミステリー大賞・読者賞総まとめ&『おやすみ、リリー』発売記念イベント(梅田蔦屋書店) 越前敏弥&関西翻訳ミステリー読書会(大阪・神戸・京都)有志メンバー
22 第八回翻訳ミステリー大賞授賞式&コンベンション(大田区産業プラザPiO)
21 『世界文学大図鑑』刊行記念トーク&サイン会(紀伊國屋書店グランフロント大阪店) 越前敏弥(文芸翻訳者)
20 【注目】 第八回翻訳ミステリー大賞 本投票締切


2017-03-30

第36回『タイムアウト』(執筆者:畠山志津佳・加藤篁)

――ありそでなさそであったらヤだけどあるかも? な世界

全国20カ所以上で開催されている翻訳ミステリー読書会。その主だったメンバーのなかでも特にミステリーの知識が浅い2人が、杉江松恋著『読み出したら止まらない! 海外ミステリー マストリード100』をテキストに、イチからミステリーを学びます。


「ああ、フーダニットね。もちろん知ってるよ、ブッダの弟子でしょ。手塚治虫のマンガで読んだもん」(名古屋読書会・加藤篁

「後期クイーン問題? やっぱフレディの死は大きいよね。マジ泣いちゃったなー。We will rock youuuu !!!」(札幌読書会・畠山志津佳


今さら聞けないあんなこと、知ってたつもりのこんなこと。ミステリーの奥深さと魅力を探求する旅にいざ出発!


畠山:全国各地から桜の開花宣言が届く時期になってまいりました。毎年「桜ぁ? 北海道はまだ積雪ガッツリあるんだゼ、それどころか時々吹雪くんだゼ、桜、桜ってイヤミかコラ!」みたいな僻んだことを言っていると嫌われますのでね、考え方を変えようと思いますの。窓の外はこんもりの雪ですが、桜スイーツをどっさり買い込んで舌と胃袋は春爛漫でございます。美味しいモノ、それは Justice!


 そして春といえばパン祭り、じゃなくて「翻訳ミステリー大賞授賞式&コンベンション」

 今年の大賞候補作は『熊と踊れ』『その雪と血を』『拾った女』『マプチェの女』『ミスター・メルセデス』の5作です。さて栄冠はどの作品に? そしてフランス語短篇翻訳コンテストの結果は? 読者賞は? 他にも垂涎必至の企画満載。なにより全国の翻訳ミステリーファンとたくさんお話ができるのはとっても楽しいです。個人的には各地の読書会の世話人さんと、情報交換含めて四方山話をさせていただきたいと思っています。

 4/22(土)ゴジラ第2形態の上陸地、蒲田でお会いしましょう!




 さて、杉江松恋著『海外ミステリー マストリード100』を順に取り上げる「必読!ミステリー塾」でございます。今回のお題は、デイヴィッド・イーリイの短篇集『タイムアウト』です。こんなお話。

タイムアウト (河出文庫)

タイムアウト (河出文庫)

なにからなにまで“ぱっとしない”歴史学者ガル教授。彼の夢はイギリスに行くこと。ロンドンでの人文学的調査にダメモトで応募した結果、なんと夢の渡航が現実に!ガル教授を含めた40名の調査団は意気揚々とアメリカを出発したものの、降り立ったところはだだっ広くて木も芝生もない茶色一色の荒廃した土地だった。ココハドコ、ワタシハダレ?---「ロンドンへようこそ」「これは不死鳥計画です」…はい?

一体イギリスに何が起こったのか?そして荒唐無稽な計画は成功するのか?(表題作「タイムアウト」他14篇)


 作者のデイヴィッド・イーリイは1927年米国シカゴ生まれ。大学で文学とジャーナリズムを学んだのちに従軍。除隊後に新聞記者を勤めながら執筆活動を始めました。

 1962年「ヨットクラブ」でMWA(アメリカ探偵作家クラブ)最優秀短篇賞を受賞。それからはイタリアに移住して専業作家となったそうです。

 羽柴壮一氏の解説によると、イーリイの父親はルーズヴェルト大統領の下でニューディール政策を支えた大物行政官だったそうで、“リベラルな姿勢や社会への関心など多くの面で父親から影響を受けている”といえるだろうとのこと。


 まずは久々の自白です。作者の名前も本のタイトルも全く知りませんでした!

 いやー、「知らない宣言」って、言っちゃうと気持ちいいですね。こともなげに「あ、それは読みましたよ」と、文字間から虚栄心を吹き出させることの次に気持ちいいですね。え? アタシだけ?


 というわけでイーリイ入門者、ドキドキしながら読んでみました。

 ……ねぇ、ちょっとナニコレ、気味悪くない?

 どこぞの国で現在進行形で行われていることとシンクロして、共感どころか、ざわっとするんですよ。確固たる教育方針を持った校長ととっても躾のいい生徒がいる学校とか、核で全滅した国を何事もなかったかのように完全に再建しようとするトンデモ計画とか、他人の生活を詮索し突きまわして逃げ場を失わせる似非正義の人たちとか。

 50年近く前に書かれた小説と今現在の状況が似ているというのは、小説がすごいのか我々現代人が愚かなのか。

 しかも、ひどく重たいわけでも残忍なわけでもなく、ときおり明るさすら感じさせるのが、これまたさらに現実感をいや増しています。

 そんな感じで、私は一貫した風刺色を楽しみました。

 加藤さんはどう読んだ?


加藤:いやー、バタバタしているうちに気付けばもう3月も終わりですよ!

 我が家もこの3ヵ月は大変でした。高校を卒業する長男が、スッタモンダの挙句に離れた大学に行くことになり、下宿探しやら買い出しやら引っ越しやらで大わらわ。

 金に羽が生えたみたいに飛んでいきましたよ。

 もうワケがわからなくなっちゃって、一瞬、オアフ島のペントハウスを売ろうかとすら思いましたもん。よく考えたらそんなもの持ってなかったんですけどね。

 先日も入学式に必要だってんでスーツを買いに行ったら、なんかのCMに出てたような気色悪い店員が満面の笑みで「初めてのスーツですね。皆さん礼服も一緒に買われますよ」とか言ってくるし。


 そして、第8回翻訳ミステリー大賞授賞式&コンベンションの参加募集が始まりましたね。

 こんな折ですが、今年は張り切って上京するつもりですので、事務局の皆さん、参加される皆さん、宜しくお願いいたします。


 そんなこんなで、僕もイーリイは初めてでございました。インリン(オブ・ジョイトイ)は知ってたけどね。

 これまで、このミステリー塾では、短編の名手たちによるミステリー史に燦然と輝く珠玉の短篇集を攻略してきたわけですが(<攻略はしてない)、今回はまた、これまでと一味も二味も違うビターな味わいで、なかなかデリシャスでございましたよ。


 スタンリイ・エリンの『特別料理』の回で杉江さんに教えてもらった「奇妙な味」としか表現のしようがない異色作家の系統だと思うのですが、そこに描かれているのは意外にも、不条理でもヘンテコでもない普通の世界。でも何かがちょっとだけ違うような、いやそうでもないような。

 奇をてらわず淡々と日常を描いているように見せかけて、気が付くとトンでもないところに運ばれている。そんな話が多かった気がします。


 正直に告白すると、最後まで読んで意味が分からなかった話がいくつかあったなあ。何が書かれているのか理解できないというのではなく、そこから何を感じ取ればいいのかがわからず不安になる。

 難解なモダン・ジャズとか現代アートを鑑賞したときのあの感じ。

 わかりにくいというより、ミステリー的な唯一の答えが存在しないというべきかもしれませんね。


畠山:確かにとまどうラストのものがあったよね。

「ミステリーの短編」というと最後の一撃、ラストでの頭を殴られたような衝撃を予想&期待をするんだけど、この短篇集ではおかしな世界に運んで行ってそのままさよならーーーっていうケースもあるし、テイストとしてはSFっぽかったり文学っぽかったりもするので、頭を柔軟にしようと自分に言い聞かせつつ読んでいました。


 でも読了すると、むしろこちらの勝手な「ミステリーの短編」イメージを“忖度”(3月の流行語月間MVP!?)していない感じがいいなぁ、と思うのです。てか、作者自身がそんなにカテゴリーを意識していないんでしょうね。

 なので読者もあまりカテゴリーに囚われず、まっさらな気持ちで読み始めるといいのではないかしら?

 そうすると、あら不思議。あらためてタイトルを見返したら「なんだったの?」と戸惑ったお話しの方が印象に残っているんです。

 そこで一篇あげるなら「ペルーのドリー・マディソン」かな。アメリカのいわゆる“支配層”を風刺しているんですが、あまりのかっ飛び方にこちらもバカ笑いしてしまいそうでした。あれだけ突き抜けていたら、風刺されているほうも怒るどころか「そうね、それは楽しいわね」と手を叩いて喜ぶかもしれない。

 グサッと刺す感じではなく、ふんわりじんわりした社会風刺。時間が経つごとにじわじわきます。


 全作品を共通しているのは登場人物たちが基本的に「善人」だということでしょうか。あ、もちろんその「善」がどう表現されるか、他人からどう見えるかはいろいろありますが。そういう人たちがささいなきっかけで狂気に陥っていく、ほんのちょっと歪んだ未来へ向かっていく。そのバリエーションが驚くほど豊富なので、この短篇集しか読んでいない私は、「デイヴィッド・イーリイってどんな作家?」と聞かれたら答えに窮します。

 も、もうちょっと読みたい。長編も読みたい。いったい次はどんな世界が開かれるのか、新たなページをめくるのにドキドキするような作家です。


 それにしても加藤さん、ご子息がもう大学生ですか! それはおめでとうございます。

 思えば私たちが読書好きが集まるネット掲示板で知り合ったころ、息子クンはまだちびっ子だったんじゃなかった? そして加藤さんは、育児に追われる妻とよちよち歩きの息子を尻目に夜な夜な飲み歩いては午前様、という前世紀の遺物丸出しな日々を送ってたっけね。反省してる? ま、そのツケは仕送りでしっかりお支払いなさいw


加藤:あのチビがいつのまにか大学生とは驚くよ。背丈はとっくに抜かれていたけど。

 つい先日も、いい加減そろそろ酒の飲み方を覚えろってビールを飲ませようとしたら(<5年くらい前から拒絶され続けてきた)、「未成年が飲酒するきっかけとなる原因の一位は親戚からの誘いだって知ってた?」と物知り顔で諭されてしまったよ。

 一体オマエは俺の何を見て育ったのだ?


 話をイーリイに戻すと、僕のお気に入りは表題作の「タイム・アウト」。

 アメリカとソ連が冷戦の最中に間違ってイギリスとアイルランドを核で消滅させてしまった世界。慌てた両国は力を合わせ、世界に内緒で何事もなかったように再建するというお話でした。

 たまたま出たばかりのル・カレの回顧録(『地下道の鳩』)を並行して読んでいたので、可笑しかったなあ。

 設定からして馬鹿っぽくて大好物なんだけど、筒井康隆みたいなドタバタ展開や、カート・ヴォネガットみたいな深そうで深くなさそうでやっぱり深いみたいな話かと思ったら、そのどちらでもなくって、まさに奇妙な味わいでございました。


 イーリイの短編って、世界観というか設定が徐々に明らかになってゆくというのが、大まかに共通したパターンみたいですね。小出しにして最後にストンと落とすのではなく、じわじわ染みてくる感じ。

 だから、話の内容を知っていても何度も楽しめるし、初読、再読、三読目とそれぞれ味わいが違うんじゃないかな。実際、この短い期間に何作かは再読しちゃったもん。

 そんなこんなで、初イーリイを堪能いたしました。


 そーいえば畠山さん、札幌読書会の「奇術師×奇術師」は凄い企画だったね。アイデアは浮かんでも実現するのはなかなか大変そうだもの。レポートを楽しみにしています。

 それにしても、最近、各地の読書会が素敵に脱線しているのが心配です。

「十分に成熟した読書会では、もはや本の話はオマケである」みたいなことになってきてない?

 まあ、札幌と名古屋には言われたくないだろうけど。




■勧進元・杉江松恋からひとこと


 ご子息の入学おめでとうございます。「理想の学校」が収録されている『タイムアウト』の話をしながらその件に触れられたので一瞬、ええっ、となってしまったことを告白します。学校は寄宿制ですか。


『マストリード』に収録する短篇集は結構選定に時間がかかっています。MWA最優秀短篇賞を受賞した「ヨットクラブ」が本書には収録されているわけですが、この作品は発表当時たいへんな衝撃を周囲に与えたわけです。その驚きに匹敵するものはシャーリイ・ジャクスンのあの短篇しかない。しかし、短篇集全体のミステリー度ではこっちが上かなあ、といった具合に。あれこれ候補を検討した末に残った一冊が本書でした。

 イーリィの作品で初めて作者名を意識しながら読んだのは『大尉のいのしし狩り』に収録されている「緑色の男」だったように思います。なんと気持ち悪い、でもその気持ち悪さが癖になるの、と雑誌のバックナンバーをひっくり返しながら読み続けました。イーリィの短篇には、読むと悪意の粒のようなものが体内に侵入してくるような感覚があります。その悪意の粒は俗物根性と至って相性が悪く、世の中に充満している美談主義のようなものとも激しく反応します。気がつけば自分もすっかり辛辣な物の見方をしていたりして、一度感染すると大袈裟ではなくて人生が一変するほどの力をイーリィ作品は持っています。「切れ味」とか「どんでん返し」とかを求めるのもいいのですが(そしてそれもイーリィ作品は備えていますが)「世界の見え方を変えてしまう不安の種」も短篇の大きな魅力だと思い、最終的には『タイムアウト』を選んだ次第です。本書を読んでおもしろかった方、ぜひ他の短篇集も読んでみてください。いわゆる〈異色作家短篇集〉の味が好きな方には絶対のお薦めです。


 さて、次回はドナルド・E・ウエストレイク『ホット・ロック』ですね。これも楽しみにしております。





加藤 篁(かとう たかむら)

f:id:honyakumystery:20140219081629j:image:small:left

愛知県豊橋市在住、ハードボイルドと歴史小説を愛する会社員。手筒花火がライフワークで、近頃ランニングにハマり読書時間は減る一方。津軽海峡を越えたことはまだない。 twitterアカウントは @tkmr_kato

畠山志津佳(はたけやま しづか)

f:id:honyakumystery:20140219081630j:image:small:left

札幌読書会の世話人。生まれも育ちも北海道。経験した最低気温は-27℃(くらい)。D・フランシス愛はもはや信仰に近く、漢字2文字で萌えられるのが特技(!?) twitterアカウントは @shizuka_lat43N


●「必読!ミステリー塾」バックナンバーはこちら



ヨットクラブ (晶文社ミステリ)

ヨットクラブ (晶文社ミステリ)


2017-03-29

「邪さ」入り乱れて〜H・カーマイケル『ラスキン・テラスの亡霊』他(執筆者:ストラングル・成田)

 

『ほかの誰でもなく、あの女自身の邪さが彼女を殺した……その悪こそが、彼女の命を奪い取ったのだ』邪さ……邪さ。そんな言葉を使う人間には会ったことがない。そこにはどこか、旧訳聖書のような響きがあった」

 〜ハリー・カーマイケル『ラスキン・テラスの亡霊』より

 

「気がついたの、その……よこしまなことが……起きていることに」

 昨夜、ベッドの中で、クリスに会った時のリハーサルをしていた折に“よこしま”という言葉を思いついた自分の機知が誇らしかった。まさに自分が発見したことの衝撃を正確に伝える言葉だ」

 〜D.M.ディヴァイン『紙片は告発する』より

 

 今月取り上げる二つのミステリに「邪な」という言葉(英語で同一かは不明) が登場するのは偶然にすぎないが、人の心の「邪さ」を織り上げつつ、サプライズ・エンディングを用意する二人の英国の本格派作家が並んだのは好一対の組み合わせだ。

 

 『ラスキン・テラスの亡霊』(1953) は、一昨年紹介された『リモート・コントロール』(1970) が「本格ミステリ・ベスト」本などで好評を博したハリー・カーマイケルの本邦紹介第二弾。

『リモート・コントロール』の帯には、「D.M.ディヴァインを凌駕する英国の本格派作家」の文字が躍っていたのが印象的だった。当欄としても、その年のクラシック・ミステリ、ベスト1に選んだだけに、これに続く本書は注目の一作だ。 『リモート・コントロール』 が比較的後期の作品だったのに対し、本書は、ぐっと時代を遡って第三作、ごく初期の作品に当たる。

著名なスリラー作家クリストファー・ペインの妻エスターが睡眠薬に入った毒物を摂取して死亡する。状況は、事故か自殺か他殺なのか判然としない。

 調査には当たるのは、『リモート・コントロール』でも探偵役クインの友人として顔を見せた保険会社の調査員バイパー。

 関係者の調査で、夫人エスターが多くの人から憎まれる存在であったこと、毒物を投与する機会をもつ関係者が複数いたこと、さらにエスターの死の状況がペインの新作スリラーの内容と酷似していることも判明してくる。続いて、エスターの愛人とみられる主治医の夫人が不可解な状況で死亡するという第二の事件が発生する。

 主要登場人物は多くはないが、彼らの人間関係は錯綜し、容疑者は絞り込めない。

 バイパーは、関係者の若い女性に恋愛感情をもってしまうこともあり、エスターが遺した憎しみの渦に巻き込まれていることを自覚する。

「自分には関係もない人々の人生から、どうして距離を置くことができないのか?」と自問し、「他人の問題を、あたかも自分の問題のように背負い込んでしま」う、というのがこの探偵役のユニークなところで、シリーズの基底音にもなっているようだ。ちょっと、チャンドラーや初期ロス・マクドナルド流の感傷を思わせる。

 本書では脇に廻っている相棒の新聞記者クインにも「感傷的」と評されるバイパーの性分ゆえ、バイパーの尋問は、どれも真剣勝負の迫力を備えている。関係者の多くは、「邪な」嘘と秘密を抱えており、バイパーは、直感と推理で肉迫していく場面は緊張感が持続する。

 事件は、主要人物の死をもって解決したようにみえるが、最後の最後に大きなサプライズが待ち構えている。謎解きはさりげなく多くを語らないのが作者の美学のようだが、あちこち伏線が輝き出し、不可解すぎるある人物の言動の意味が氷解するのもポイントが高い。

『リモート・コントロール』については、「最小限のひねりで最大限の効果という理想的なプロット」と書いた。本書のサプライズの演出は確かなものだが、初期の作品ということもあってか、事件と作中小説の酷似など興味を惹く要素を盛り込みすぎ、プロット全体の統一感に欠ける感は否めない。暗く物悲しいトーンや鋭利な人物描写、内省的な探偵、サプライズといった魅力的な諸要素は『リモート・コントロール』と共通するもので、邦訳が控えているという第三弾も楽しみにしたい。

 

 日本の読者の高評価を得、全作紹介が進むD・M・ディヴァインは、この度の『紙片は告発する』(1970) の邦訳をもって、未訳長編はあと二作になった。未訳作が減っていく中にあって作品の密度が衰えないのは、さすがである。本書は、全十三長編のうちの第九作。

 町議会議員の娘で町庁舎(タウンホール) のタイピストのルースが何者かに殺害される。彼女は、死の直前、秘密のメモを入手し、「よこしまなこと」が起きていることを警察に話すと広言していた。キルクラノンの町では、町長選出にまつわるいざこざが起きており、庁内には様々な思惑がひしめいていた。ルースが入手した秘密とは、彼女を殺害した犯人とは。

 ディヴァインの作の舞台は多くは地味で現実的なものだが、本書も、同様、スコットランドの町庁舎と町議会が舞台になっている。ただ、興味深いのは、町政の日常が丁寧に描かれていることで、議会運営や行政の現場がつぶさに描かれているミステリというのは珍しい。首長が行政執行を担い、議会が議決機関である日本の地方行政と違って、少なくともこの時代は、町議会の委員会に執行権があるようだ。町長 (タウンマネージャー) も議会の任命制。事件の背景には、こうした町政の現場の入札に関する疑惑や町政運営の舵取り役をめぐるさや当てがある。

 シリーズキャラクターをつくらなかったディヴァインだが、本書で主人公の役割を務めているのが、31歳のジェニファー・エインズレー。有能で美人の副書記官で、できるキャリアウーマンのはしりのような存在だが、上司の書記官ジョフリーと不倫関係にある。

 ディヴァインの小説の主人公役は、おおむね好感がもてる人物で、ロマンスの彩りがあるが、本書もその例に漏れない。ジェニファーは、上司との不倫が発覚するのではという恐れを抱えながら、人間関係が綾なす事件に巻き込まれていく一方で、事件の捜査に当たる警部補に好意をもち始める。

 およそ地味な舞台設定にもかかわらず、ディヴァイン印ともいえる丁寧な人間描写で、多数の議員や職員などを描き分け、謎解きとジェニファーの行く末に、読者の興味を引き寄せていく腕前は、変わらない。

 筆者には、ディヴァインの人間描写が巷間いわれるほどのものとは思えないものの(本書においても登場人物の数人はかなり類型的で、話の展開に併せ都合が良すぎる部分がある)、やはり、秘密を抱えた人間たちの関係をベースに、錯綜したプロットをつくりあげ、サプライズをきれいに決める術こそ、彼の真骨頂であると思われる。

 その点、本書においても、複雑な人間関係の上にあぶり出される真相はかなり意外なものだが、謎解きの決め手は小粒にすぎ、説得力に関しては十分とはいえないうらみがある。

 

 ジョン・ル・カレ『地下道の鳩』(2016) は、1961年にデビューして以降、今なお新作を発表し続け、映画化・TVドラマ化も相次ぐ巨匠の回想録。昨年の原書刊行時には、既に著者は八十半ばであるが、過去を語ってウイットに富み、瑞々しくさえある筆致に驚かされる。

 回想録といっても時系列に沿って自分史を綴っていくような書ではない。思い出すままに、とでもいうように、38の断章が連なる。作家が体験・見聞してきた様々なエピソードが入り混じり、緩やかなテーマのもとで結ばれている。

 登場するのは、グレアム・グリーン、アレック・ギネス、ソ連水爆の父サハロフ、サッチャー首相、アラファト議長、数々の映画監督、ロシアのマフィアなどなど綺羅星のごとき有名な、あるいは無名な人々。

 『寒い国から帰ってきたスパイ』以降、世界的な名声を獲得した作家にしても、一人の人間がこれだけドラマティックな場面に立ち会えるのかと思うほど、豊富で刺激的なエピソードが満載である。読者が著者の作品になんの知識もないことを前提にしているとあるように、ル・カレ作品に触れたことのない人にとっても、驚きと発見に満ちた本だろう。

 扱われるのは、英国のMI5やMI6で国家機密活動に従事してきた青年期、小説執筆以降、世界を駆け巡って出逢った有名無名の人々の横顔……。

 作家は旅をする。カンボジア、ベトナム、イスラエル、パレスチナ、中米、ロシア、東コンゴ……。峻烈な紛争地域を含め、現地に出かけるようになったきっかけが面白い。

 1974年、香港に到着した作家は、香港と中国本土の九龍地区がいつの間に海底トンネルでつながっていたことを知る。『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』の校正を済ませたばかりで、スターフェリーを使った九龍と香港島の間の追跡劇がこの本の魅力と考えていた作家は、古いガイドブックを参考に現地の最新事情を知らず書いてしまったのだ。校正刷りを取り出し、書き直した文章をロンドンに送るが、アメリカ向けの初版を修正するのはもはや手遅れだった。作家は「行ったことのない場所は二度と小説の舞台にするまい」と心に誓い、「過去の経験という財産を食いつぶしている」「そろそろ未知の世界にくり出すきときではないのか」と考える。(「現地に出かける」)

 ほどなく、カンボジアに出かけ、塹壕で横たわり、心底怯えて、メコン川対岸に陣取る狙撃手たちと対峙するような経験にも飛び込んでいく。

 旅の途上、人生の途上で出逢った人々の肖像が有名無名を問わず魅力的だ。プノンペンで安全な住まいと希望を失った子供にその両方を与え続ける、怖れ知らずの女性イヴェット。ビルマの王女と恋に落ちたイギリスのベテラン諜報員。国内の共産主義者の集団に潜入したまま、名もなく死んだ二重スパイ。孤児の学校で作家と踊りまくるPLO議長アラファト…。

 彼らの一部は、『スクールボーイ閣下』『ナイロビの蜂』等の登場人物のモデルになっていることも明かされている。

 映画ファンにとっても見逃せない部分も多い。映画『寒い国から帰って来たスパイ』の知られざるエピソード。ル・カレの作品を映画化しようとした(そして果たせなかった)監督リストには、フリッツ・ラング!、シドニー・ポラック、フランシス・フォード・コッポラ、スタンリー・キューブリックらが連なり、彼らとの交流も明かされている。

 本書をとりわけ、奥行きのあるものにしているのは、作家の父との関係性である。著者によれば、父ロニーは、「詐欺師で空想家、ときどき刑務所にも入った」男。詐欺師の例にもれず、「説得の達人」で、「多くの人の人生を破滅させた」。作家の母は、5歳のときに家を出ていっている。父親の破天荒な行状は喜劇的にすら描かれているが、こうした両親の子として、作家がどれだけの内面に苦しみと葛藤を抱えたかは想像に難くない。

 作家は振り返る。「私はスパイ活動で初めて秘密を持ったのではなかった。子供のころから、言い逃れやごまかしは必須の武器だった。青年期には誰もがある種のスパイになるものだが、私は腕利きのスパイだった」

 作家は自問する。「机のまえで悪事を思い描いて白紙のページに綴る男(私) と、毎朝きれいなシャツを着て、想像力以外には何も持たず、犠牲者をだまそうと出陣していく男(ロニー)のあいだに、はたして大きなちがいはあるのだろうか」と。

 本書は全体としてみると、詐欺師の父に育てられ、母に捨てられた少年、子供時代には兄への愛情を除いて「いかなる愛情を抱いた記憶がない」少年が、自らを探し続けた彷徨の記録とも読める。

 本書が、スパイであること、作家であることを同質のものとみなし、自らのアイデンティティとして引き受けた稀有の作家の回想録とすれば、その深い味わいは尽きることがない。

 

  • 当サイト掲載「訳者自身による新刊紹介」もご覧ください。

 http://d.hatena.ne.jp/honyakumystery/20170314/1489448581

  

ストラングル・成田(すとらんぐる・なりた)

f:id:honyakumystery:20130314093021j:image:small:left

 ミステリ読者。北海道在住。

 ツイッターアカウントは @stranglenarita

  

五番目のコード (創元推理文庫)

五番目のコード (創元推理文庫)

寒い国から帰ってきたスパイ (ハヤカワ文庫 NV 174)

寒い国から帰ってきたスパイ (ハヤカワ文庫 NV 174)

ナイロビの蜂〈上〉 (集英社文庫)

ナイロビの蜂〈上〉 (集英社文庫)

ナイロビの蜂〈下〉 (集英社文庫)

ナイロビの蜂〈下〉 (集英社文庫)

   

【毎月更新】クラシック・ミステリ玉手箱 バックナンバー

 

【毎月更新】書評七福神の今月の一冊【新刊書評】

 

【毎月更新】金の女子ミス・銀の女子ミス(大矢博子)

2017-03-28

アンソニー・ホロヴィッツ『007 逆襲のトリガー』(執筆者・駒月雅子)

 

 

 突然ですが、みなさまにクイズです。

 
:時代も国境も超えた絶大な人気を誇るシリーズもの小説の主人公で、その人間離れした活躍ぶりが、原作者亡き今も世界中の人々を魅きつけてやまない英国人男性といえば?
ヒントA:映像化作品も出るたびに大ヒット。
ヒントB:原作者の著作権を管理する財団が、現代の作家たちと組んで公式続編を発表している。

 

 では、答えを大きな声でどうぞ!

 

 ありがとうございます。はっきり聞こえました。一番多かったのは、“シャーロック・ホームズ""ジェームズ・ボンド”でした。もちろん、どちらもあてはまりますよね。石畳の道を馬車が行き交う十九世紀のロンドンで天才的頭脳を駆使した名探偵と、英国秘密情報部所属の工作員として第二次世界大戦以後の世界で命がけの任務を遂行した"殺人ライセンス"を持つ男。二人とも老若男女から愛される不滅のヒーローです。どなたも映画やテレビドラマで彼らを演じた俳優が誰かしら頭に思い浮かぶでしょうし、次作の小説や映像を心待ちにしている方々も多いと思います。

 ヒントBに関してですが、ジェームズ・ボンドシリーズの公式続編は1968年のキングスレー・エイミス『007/孫大佐』を皮切りに、今回の最新作も含めて長編だけで25作(チャーリ・ヒグソン他のヤング・ボンド・シリーズやノベライゼーションを除く)が生みだされてきました。歴代の著者には日本でもおなじみのジェフリー・ディーヴァーや、ホームズの宿敵モリアーティ教授を主役にパスティーシュを書いたジョン・エドマンド・ガードナーも名を連ねています。

 

 そこへ新たに仲間入りしたイギリスの作家アンソニー・ホロヴィッツ。最近の邦訳作品はコナン・ドイル財団公認の『シャーロック・ホームズ 絹の家』『モリアーティ』で、シャーロック・ホームズとジェームズ・ボンド、両シリーズの公式続編を任された初の作家ということになります。イギリスのテレビドラマ『刑事フォイル』『名探偵ポワロ』などの脚本を手がけたほか、小説ではティーンエイジャー版ジェームズ・ボンド、"アレックス・ライダー"のシリーズを十作まで発表しています。この少年スパイものでは、読み手の視線を高いところへ低いところへ自在に動かすアクション・シーンが痛快で、その巧みな技は本書でも健在です。フォイルやポワロの渋みとアレックスの抜群の運動神経が合体した主人公の魅力をぜひご堪能ください。あらすじを簡単に紹介しましょう。

 

 1957年、『ゴールドフィンガー』の事件後プッシー・ガロアとともに帰国したジェームズ・ボンドは、すぐに新たな指令を帯びてドイツへ向かう。地獄の難コース、ニュルブルクリンクで開催されるカーレースに出場し、ソ連が企む英国人レーサーの暗殺を阻止するためだ。命がけの危険なレースになったが、大胆な秘策が功を奏して任務は成功。ただ、現地でソ連の諜報機関スメルシュの人間と接触するアメリカの韓国人実業家シン・ジェソンを目にして、不吉な予感をおぼえた。レース後、シンが湖畔の古城で催すパーティーへ出かけたボンドは、シンの私室に忍び込んで、アメリカのロケットが写った写真を見つける。時代は米ソ中心の宇宙開発競争へと突入していた。軍事的な意味合いでも、宇宙を制する者が地球を制する。シンはスメルシュと結託してアメリカのロケット打ち上げを阻もうとしているのか? 調査のためボンドはアメリカへ飛ぶが、ロケット計画に関わる海軍はボンドの警告に耳を貸さず、協力の姿勢をまったく示さない。その程度の邪魔で宇宙開発は揺るがないと自信満々だ。では、スメルシュの企みには別の目的があるのか? ボンドは古城で出会った謎のアメリカ人女性ジェパディと組んでシンの身辺を探るうち、恐るべき陰謀の正体にたどり着くが……

 

 序盤にボンドがゴルフやカード・ゲームで敵と軽く一勝負するのがこのシリーズの特徴で、今回はそれがサーキットでのカーレース。しかもこの部分、なんとイアン・フレミングによる未発表の遺稿が土台になっていて、激しい死闘の空気が十二分に伝わってきます。この作品ならではの魅力を挙げると、大きくまとめて二つあります。ひとつは、読んでいてめまいに襲われたり息苦しくなったりしてくる真に迫った脱出劇。ボンドは不死身だから絶対に助かるとわかっていても、こっちの身体が持ちそうにありません……。本書は第一部と第二部に分かれ、それぞれ「空高く」と「地下深く」というタイトルがついています。ダイナミックな動の要素はもちろん、それらをつなぐ背筋が凍りそうな静の仕掛けも必見です。もうひとつは、丁寧に描かれた登場人物の心情。たとえば、敵のシン・ジェソンは恐るべき怪物ですが、それを作り上げた過去の体験を著者は歴史の悲劇とからめて読み手にじっくり語りかけます。心の闇という言葉では表しきれない絶望の悲鳴が聞こえてくることでしょう。 

 007シリーズの公式続編プロジェクトは現在も継続中で、イアン・フレミング財団は次の作品もホロヴィッツが書くと発表しました。刊行は二〇一八年春の予定。今度もイアン・フレミングの別の遺稿から採ったアイデアが盛り込まれるとのことです。

 最後におまけをひとつ。冒頭の話題に戻りますが、シャーロック・ホームズ俳優の代名詞ともいえるジェレミー・ブレットは、ショーン・コネリーの後継者として映画版ジェームズ・ボンドの候補になったことがあります。実現したらどんなボンドになっていたかな、と想像するのも楽しいですね。

  

駒月雅子(こまつき まさこ)

f:id:honyakumystery:20170327192311j:image:left

 翻訳家。訳書にカリン『ミスター・ホームズ 名探偵最後の事件』(角川書店)、マクロイ『ささやく真実』(創元推理文庫)など。角川文庫のホームズ正典翻訳を粛々と進めております。あこがれの人はデヴィッド・ボウイ、好きなアニメは「ユーリ!!! on ICE」

 

■担当編集者よりひとこと■

 

‟英国人から抜群の信頼度を誇る男“ことアンソニー・ホロヴィッツの最新作は、コナン・ドイル財団公認に続き、イアン・フレミング財団公認の「ジェームズ・ボンド」シリーズ続編です!

 ふむふむ、シャーロック・ホームズとジェームズ・ボンドにはこんなにも共通点があるのですね。あらすじや読みどころは駒月さんが充分に書いてくださっているので、担当編集からはちょっとした願望……いえ、野望を。

全世界から、長く、熱く、愛されてきたジェームズ・ボンド。だからこそ、「興味はあるけど、今からだと入りにくい」「知っているけど、実は読んだことも観たこともない」……特に若い年代の方から、こんな声も聞こえてきます。そんな皆さまに、せっかくの‟公認“最新作ですので、『007 逆襲のトリガー』をおすすめし、深淵なる「ジェームズ・ボンド」シリーズへの入口としていただくというのも、アリだと思うのです。

 

 思わずニヤリなネタが満載で、長年のファンの方に楽しんでいただけるのはもちろん(訳者付記で何点か解説していただいています)、ボンドの大胆な秘策が光る息もつかせぬカーレースがあったかと思えば、ハッと息を飲む伏線の回収があり、息苦しくなる脱出劇、明らかになる息の止まるような巨大な陰謀……老若男女、シリーズ既読でも未読でも、読了後はきっとはあはあしているはずです(笑)。

とくに、アンソニー・ホロヴィッツの『シャーロック・ホームズ 絹の家』『モリアーティ』を楽しめたという方へ。あの原作に対するリスペクトや、読者を飽きさせないメリハリのついたストーリー展開、通り一遍ではない黒幕の過去のトラウマも健在です。

読みやすさや細部の表現にまでこだわりぬいた駒月さんの翻訳も、入口のひとつです。どうぞお楽しみください。これからも新たなファンを増やしながら、書籍、映画ともに盛り上がっていきますように――ジェームズ・ボンドは永遠に!

   

(KADOKAWA 担当編集T)   

 

007/ゴールドフィンガー 007シリーズ

007/ゴールドフィンガー 007シリーズ

   

【随時更新】訳者自身による新刊紹介 バックナンバー