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第八回翻訳ミステリー大賞 決定!!

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2017-07-13

書評七福神の六月度ベスト発表!

 

書評七福神とは翻訳ミステリが好きでたまらない書評家七人のことなんである。


 今月も書評七福神がやってまいりました。東京では今年初の真夏日を記録し、うだるような暑さが到来しております。こういうときは無理な外出を避け、冷房の効いた室内で翻訳ミステリー読書といきたいですね。ではでは、始まります。

 

(ルール)

  1. この一ヶ月で読んだ中でいちばんおもしろかった/胸に迫った/爆笑した/虚をつかれた/この作者の作品をもっと読みたいと思った作品を事前相談なしに各自が挙げる。
  2. 挙げた作品の重複は気にしない。
  3. 挙げる作品は必ずしもその月のものとは限らず、同年度の刊行であれば、何月に出た作品を挙げても構わない。
  4. 要するに、本の選択に関しては各人のプライドだけで決定すること。
  5. 掲載は原稿の到着順。

北上次郎

『砕かれた少女』カリン・スローター/多田桃子訳

マグノリア・ブックス

砕かれた少女 (マグノリアブックス)

 先月当欄で取り上げたカリン・スローターの『サイレント』は6月刊、こちらは5月刊の翻訳だから、先にこちらを紹介するべきだった。ウィル・トレント・シリーズの弟2弾である。サラ・リントンを始めとするグラント郡シリーズの主要キャラがこちらに合流する前の作品だが、それでもこれだけ面白いのだから、カリン・スローターの作家としての力量が図抜けているということだろう。フェイスがここから登場したことを初めて知る。これでウィル・トレント・シリーズは1〜4作まで翻訳されたことになるので、あとはグラント郡シリーズの翻訳が待たれる。こちらのシリーズ、弟1巻の『開かれた瞳孔』が復刊されたら(2〜6が未訳)、絶対にみんな、ぶっ飛ぶ。


川出正樹

『彼女たちはみな、若くして死んだ』チャールズ・ボズウェル/山田順子

創元推理文庫

彼女たちはみな、若くして死んだ (創元推理文庫)

 若い女性が犠牲者となった10の事件からなる先駆的な犯罪実話集『彼女たちはみな、若くして死んだ』を強力に推す。ヒラリー・ウォーを虜にし、『失踪当時の服装は』を書かせ、〈警察捜査小説〉確立のきっかけとなった本書は、ミステリ界にパラダイム・シフトを引き起こすきっかけとなった重要なノンフィクションだ。扇情的な書き方を廃し、犠牲者や犯人らの内面描写を一切行わず、冷徹に淡々と事実のみを綴る独特なシンプルな筆法は、逆に悲劇に見舞われた人間が抱いたであろう心情をくっきりと浮かび上がらせる。

 相手を同じ人間と見なさず、歪んだ欲望と自己承認欲求に根ざした勝手な理屈で女性の命を奪う男たちによる残酷な犯罪は、今日に至るまで連綿と繰り返されている。なればこそ、 覗き見趣味がしたたる実話読み物とは一線を画すチャールズ・ボズウェルのジャーナリストとしての矜恃がはっきりとうかがえる不朽の作品集を、多くの方に読んで欲しい。

 フィクションでは、ルーマニア人作家E・O・キロヴィッツによる、嘘と真のモザイクを敷きつめた〈鏡の迷路〉を歩まされているかのような企みとサスペンスに充ちたWhydunit『鏡の迷宮』(集英社文庫)と、探偵役のドライデンが、いつにも増して因縁深い事件とかかわったゆえに英国流本格ミステリと米国流私立探偵小説の融合というジム・ケリーの特長がより色濃くなった『凍った夏』(創元推理文庫)がお薦め。


千街晶之

『閉じられた棺』ソフィー・ハナ/山本博・遠藤靖子訳

クリスティー文庫

閉じられた棺 (クリスティー文庫)

 たとえ遺族公認の「名探偵ポアロ」シリーズ続篇であろうと、(前作『モノグラム殺人事件』もそうであったように)ソフィー・ハナの作品世界はアガサ・クリスティーのそれとは全く違うし、彼女が描くポアロも全然ポアロらしくない。だが、クリスティーのパスティーシュとしてどうかという観点から離れるなら、これほどよく出来た黄金期風本格ミステリを書ける現代作家もなかなかいない。大富豪の遺言状書き換えが事件を呼ぶという定番の古めかしい設定からスタートしつつ、その後の展開はなかなか予想できない。矛盾した証言、次々と明らかになる意外な事実、関係者たちの嘘を暴いてゆくポアロの鋭い洞察、そして最後に鮮やかに立ち上がってくる殺人者の人物像と、隅々まで面白くてわくわくさせられる。ソフィー・ハナのことはクリスティーの後継者として見るのではなく、全く別の個性を持つ優れた作家として評価しよう。


吉野仁

『その犬の歩むところ』ボストン・テラン/田口俊樹訳

文春文庫

その犬の歩むところ (文春文庫)

 ほかの作家が同じような話「犬によって救いや癒しを受けた人たちの物語」を書けば、大半はただ泣かせるパターンの寄せ集めになるかもしれないが、ボストン・テランはちがう。陳腐な人情劇とはまったく異なる骨太なドラマがここにある。心の琴線への響きが強く深いのは、文章表現が巧いからだろうか。なによりアメリカ現代史の有名な事件や災害が残した暗部について考えさせられる側面はもちろん、犬という生き物の愛おしさをあらためて思い知る。そのほか、サンドローネ・ダツィエーリ『死の天使 ギルティネ』は帯に「ジェフリー・ディーヴァー絶讃」とあるが、まさにイタリアのディーヴァーと呼びたくなるほど外連味あふれる犯罪の連続と個性豊かなキャラクターの活躍で楽しめた。このシリーズ、必読です。


霜月蒼

『神様も知らないこと』リサ・オドネル/川野靖子訳

神様も知らないこと (ハーパーBOOKS)

 幼い姉妹が父親の死体を庭に埋め、父の死を受けて自殺した母親の死体を隠すところで物語ははじまる。ふたりは両親の死を誰にも告げぬまま生活をつづけようとする。聡明だが不良気味の姉と、イノセントで少し変わり者の妹、ふたりの隣人で一人で暮らす老人の一人称で物語は語られ、徐々に三人それぞれが置かれた苛酷な環境が明らかにされてゆく……。

 派手な事件は何も起こらない。けれども、ガラスの上をつなわたりするような少女たちの危うい歩みと、世の偏見のために忍従を強いられる隣人の生がはらむ破滅の予兆は、読む者を捉えて離さないだろう。世界の酷薄さから眼をそらさず、死や悪をめぐる描写は手加減せず、でも少女たちが体験するささやかな幸せは鮮烈に描かれるし、最後には人間への信頼のようなものをきちんと残して物語は閉じる。

 6月は他にも、好調ハーパーBOOKSの『嘘つきポールの夏休み』、ディーヴァーとイタリア流ジャーロを組み合わせたようなスリラー『死の天使ギルティネ』、テラン『その犬の歩むところ』など快作が多数の月でした。


酒井貞道

『フロスト始末』R・D・ウィングフィールド/芹澤恵訳

創元推理文庫

フロスト始末〈上〉 (創元推理文庫)

フロスト始末〈下〉 (創元推理文庫)

 名シリーズ最後の作品である。警察署の繁忙を目まぐるしく描きつつ、重い事件と軽やかな台詞回しを両立し、おまけに人間模様を活き活きと描き出す。要はいつも通りの芸風で、いつも通り最上級に面白い。この水準を最初から最後まで維持したのは奇跡だ。少々重い要素が散見されて、作者の若干の変調を観測できる辺りは興味深いが、ここから更なる変化/発展を遂げるかを確認することは、作者の死(10年も前だ!)によって絶対に不可能となった。ならば本シリーズが無事に訳し終えられたことを喜び、感謝するのを優先したい。他にはジム・ケリー『凍った夏』も素晴らしい出来栄えであった。


杉江松恋

『書架の探偵』ジーン・ウルフ酒井昭伸

新☆ハヤカワ・SF・シリーズ

書架の探偵 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

 人口が10億人まで減少した22世紀の地球、オンデマンドで印刷される以外に紙の本が作られることはなくなった時代に、それでも実物を陳列する図書館は存在していた。そこで貸し出されるのは「作家」だ。作家の脳をスキャンし、その記憶を写した複生体(リクローン)たちが図書館の書架で生活し、貸し出しを待つ日々を送っていた。SF・ミステリー作家の複生体であるE・A・スミスもその一人だ。ある日彼は美貌の女性コレット・コールドブルックに長期で借り出される。彼女は最近になって父と兄を相次いで亡くしていた。その兄が死の直前に手渡してきたスミスの著書『火星の殺人』になんらかの秘密が隠されていると考え、作者自身であるスミスに接近してきたのだという。しかしスミスには、自分がその『火星の殺人』なる本を上梓したという記憶がなかった。

 私立探偵小説のプロットを応用すると同時に、本に関する小説というビブリオ・ミステリーの性格も備えた意欲作である。ミステリーに関する造詣が深いがために自著にまつわる謎解きに主人公が駆り出されるという話の構造に自己言及の要素が含まれており、現実とその複製である虚構との関係について読者は各処で思いを馳せることになる。読み進めれば読み進めるほどに本の世界の中に引き込まれていくのである。これほどまで自然に没頭させられる小説はまたとない。素晴らしい読書体験を約束してくれる一冊だ。

 今月はチャールズ・ボズウェルの里程標的犯罪ノンフィクション『彼女たちはみな、若く死んだ』が刊行されており、ヒラリー・ウォーのファンとしては読まずにいられない一冊であった。また、パトリック・ジュースキント『香水』を思わせる殺人者小説、トーマス・ラープ『静寂 ある殺人者の記録』も素晴らしいのだが、書架で貸出を待つ作家、という設定だけでもう忘れられなくなるジーン・ウルフの作品を選んだ。豊作の6月であった。

 


 ひさしぶりの全員バラバラ月でした。それだけ票が割れるほどに傑作が目白押しだったということでしょう。翻訳ミステリー界は今年も絶好調です。2017年も下期に入りました。次はどんな傑作が刊行されるのか、期待は膨らむばかりです。(杉)

 

書評七福神の今月の一冊・バックナンバー一覧

 

香水―ある人殺しの物語 (文春文庫)

香水―ある人殺しの物語 (文春文庫)

2017-06-15

書評七福神の五月度ベスト発表!

 

書評七福神とは翻訳ミステリが好きでたまらない書評家七人のことなんである。


 今月も書評七福神がやってまいりました。先月のこの欄更新時には杉江松恋はえっちらおっちら箱根山を越えていたわけなのですが、その後日を改めて三島宿から吉原宿までまた歩いてきました。6月の陽射しですっかり灼けたのですが、その後AbemaTVというところで生放送に出る機会があり、失敗したなと思いました。ドーランでも隠しきれない日焼け痕が。頭にタオルを巻いていたので額に境界線ができて、まるでベビーカステラでしたよ。境界線といえば国境を越えておもしろいのが翻訳ミステリー。というわけで今月も始まります。

 

(ルール)

  1. この一ヶ月で読んだ中でいちばんおもしろかった/胸に迫った/爆笑した/虚をつかれた/この作者の作品をもっと読みたいと思った作品を事前相談なしに各自が挙げる。
  2. 挙げた作品の重複は気にしない。
  3. 挙げる作品は必ずしもその月のものとは限らず、同年度の刊行であれば、何月に出た作品を挙げても構わない。
  4. 要するに、本の選択に関しては各人のプライドだけで決定すること。
  5. 掲載は原稿の到着順。

川出正樹

プリズン・ガール』LS・ホーカー/村井智之訳

ハーパーBOOKS

プリズン・ガール (ハーパーBOOKS)

 Kick ass,badass! 色々と荒削りで回収し切れていないエピソードもあるんだけれど、この勢いと、なにより主人公ペティの魅力の前には、そんな細かいことはすべて吹き飛んでしまった。

 十八年間、カンザス州の片田舎で父と二人だけで暮らし、学校にも行ったことがなければ一度も町に出たこともない少女ペティ。世間から隔離され、なぜか銃火器の扱いと体術を教えこまれてきた少女が、父の死を契機に普通の人生を送るべく、生まれて初めて自分自身で考え、行動し、理不尽な状況に抗い、一人の青年と手を携えて強欲な輩に闘いを挑む。国際スリラー賞最優秀新人賞にノミネートされた、スピード感溢れる“闘うガール・ミーツ・ボーイ”のパワフルなれど健気な活躍に胸が躍る。

 今月は、エドワード・ケアリーの《アイアマンガー三部作》第二部『穢れの町』(東京創元社)も猛烈に推したい。それにしてもケアリーめ、なんてところで終わってくれるんだ。第一部『堆塵館』のときも大概だったけれど、今回、こんなところでTo be continued. とは! 前作で敷かれた伏線と布石が、次々と効果を発揮し、一段と大きく躍動的になった物語に身を委ねていたら、もうめくるページがないなんて。ああ早く、第三部『肺都』が読みたい。


霜月蒼

プリズン・ガール』LS・ホーカー/村井智之訳

ハーパーBOOKS

プリズン・ガール (ハーパーBOOKS)

 世界は危険な敵でいっぱいだ――そう告げる父親に半ば幽閉されるように田舎の一軒家で育てられ、護身術・射撃・格闘技などを叩きこまれた20歳の娘は、ある朝、父が突然死を遂げているのを見つける。身を守り、敵を倒すことしか知らない彼女は突如、外界に放り出された。そして父の遺言がキッカケで、孤独な娘に悪意が牙を剥いた……

 卓抜な着想をボーイ・ミーツ・ガールの瑞々しさで調理、仕上がりはノンストップ・サスペンスだが、ロード・ノヴェル=成長小説のプロットが謎の探索とかみ合い、最後には若い女性が自分のために自分の意志で戦う冒険小説となるのである。快作。

 ただ、ある一点が個人的には気になるのだが、読んだ者同士でそこについて議論するのも面白いかも。今月は豊作なので七福神の推しが割れそうだが、ほかにSFスリラー『巨神計画』(シルヴァン・ヌーヴェル/創元SF文庫上下)なども楽しみました。



吉野仁

『ささやかな頼み』ダーシー・ベル/東野さやか訳

ハヤカワ・ミステリ文庫

ささやかな頼み (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 語り手は、ある母親ブロガーで、「息子の友だちのお母さんが失踪した」というのが話の発端。なのだが、その母親も、失踪したママ友の母親も、さまざまな秘密を抱えていたり、表と裏を使い分けて何か企んでいたりという化粧と腹黒のサスペンスが全面展開していく物語である。これはもう明らかにギリアン・フリン『ゴーン・ガール』の影響がうかがえ、いささか極端で強引に思える場面もあるものの、人物造型や細部は作者ならではの巧さを見せている。極端で強引といえば、LS・ホーカー『プリズン・ガール』もそうした設定で出来上がっているかもしれないが、闘うヒロインの姿が印象に残った。あとは、なんといってもエドワード・ケアリー『穢れの町』(アイアマンガー三部作 2)で、1同様、この先どうなっちゃうのはやく続きを知りたい、という驚愕のラストだ。完結したらまた最初から通して三冊読みたくなること必至である。


北上次郎

『サイレント』カリン・スローター/田辺千幸訳

ハーパーBOOKS

サイレント 上 (ハーパーBOOKS) サイレント 下 (ハーパーBOOKS)

 サラ・リントンを主人公とする「グラント郡シリーズ」は、2002年に翻訳された『開かれた瞳孔』から始まったが、全6巻で一応の終幕を迎え、2006年から始まったウィル・トレント・シリーズにサラは出張出演していく。その「新ウィル・トレント・シリーズ」の第1作『ハンティング』で初めてこの作家の真価に気がついた私はあわてて『開かれた瞳孔』に遡ったが(これがすごいのなんの)、問題は「グラント郡シリーズ」の第2〜6巻がいまだに未訳であることだ。サラの夫ジェフリーの死でこのシリーズは一応完結したというのだが、具体的にどういうことがあったのか知りたい。そこで早川書房さんにお願い。『開かれた瞳孔』を復刊し、次に第2〜6巻を翻訳してもらえないだろうか。復刊帯のメインコピーはすでに決めている。

 本書は2002年のベスト1である−−と2017年になって気がついた!

 あるいは

 カリン・スローターはここから始まった!

 これでどうだ。

 ということを考えたのは、本書『サイレント』を読んだからである。サラはまだジェフリーを忘れていないのである。その熱い感情がこの物語の底を流れている。若い女性の死体が発見され、容疑者として逮捕された男が自供したのちに留置場で自殺。地元警察の失態としてジョージア州特別捜査官のウィル・トレントがこの地にやってくるという筋立てだが、とりたてて珍しくもないこの話を色彩感豊かな物語にしているのは、サラの熱い感情にほかならない。

 ラストまで一気読みの傑作だが、これを読み終えると、「グラント郡シリーズ」を全部読みたいという思いがどんどん大きくなっていく。


酒井貞道

『ささやかな頼み』ダーシー・ベル/東野さやか訳

ハヤカワ・ミステリ文庫

ささやかな頼み (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 ママ友の友情の裏に隠された、スケール矮小な悪意を無駄にねちねちと描く、露悪的なB級ミステリなんだろうなあ……と斜に構えつつ読み始めたところ、ノワールと言い得る程にドス黒いものが噴出する作品でびっくりした。

 中盤に明かされる驚愕の事実(複数)により、登場人物は誰も彼もが一気にアンダーグラウンド臭を放ち始める。しかしもっと注目したいのは、序盤から、主人公の言うことがブログとモノローグとで違う点である。「本音と建前が逆」というよりも、「公言していることと独白がずれている」と言った方が近く、この結果、主人公は、信用できない語り手としての性格を帯びる。これに加えて、語り口自体には露悪趣味がなく、語り手は語り手なりに懸命に生きていることがしっかりわかるように書かれているので、本書は皮相なご近所イヤミスではなく、より根深い何かとして結実する。衝撃の事実発覚後の展開も、劇的で非常によろしい。オススメです。


千街晶之

グラウンド・ゼロ 台湾第四原発事故』伊格言/倉本知明訳

白水社

グラウンド・ゼロ 台湾第四原発事故

 2015年、台湾北部の第四原発がメルトダウンし、一帯は立入禁止区域となった。その時に記憶を失ったエンジニアは何故か軟禁状態に置かれ、彼の治療を担当する心理カウンセラーの周辺でも不穏な出来事が……。原発事故の日に向けての物語と、事故後の総統選挙に向けての物語という二種類のタイムリミットを並行して進行させながら、実在の台湾の政治家やメディア関係者も大勢登場するパラレルワールドSFのかたちで現実と虚構を巧みに重ね合わせた迫真のサスペンス小説だ。主人公が最後に直面する衝撃的な真実は、原発事故が社会にもたらす分断そのものを表現している。アジア初の脱原発国家の道を歩みはじめた台湾から届けられたこの物語を、日本の読者は果たしてどのように受け止めるだろうか。


杉江松恋

『穢れの町』エドワード・ケアリー/古屋美登里訳

東京創元社

穢れの町 (アイアマンガー三部作2) (アイアマンガー三部作 2)

 月末にこれを読んで以来、他の小説を選ぶなんて絶対無理、一晩でも『穢れの町』の話がしたい、というような状態になったので一も二もなく『穢れの町』なのですよ。

 エドワード・ケアリーが十年の沈黙を破って発表した〈アイアマンガー三部作〉の第二作、前作『堆塵館』はごみの売り買いで富を築いた一族の少年とメイドとしてやってきた少女が出会うボーイ・ミーツ・ガール・ストーリーで、巨大な館の中で物語が完結するゴシック・ロマンス風趣向が素敵だったのですが、今回のお話はその堆塵館を飛び出て周囲の町で繰り広げられる。これがまさかのレジスタンス小説で、強大な力を持つ者が弱者を迫害するという救いようのない図式の中に前作の結末で明かされた〈誕生の品〉の謎が絡んでいくわけですね。エキレビ!に書いたレビューで『堆塵館』は『未来少年コナン』のインダストリアみたいだと書いたのだけど、本作もそれは引き継がれ、民衆対権力者という図式が浮かび上がってきます。設定はファンタジーのそれなのだけど、時代設定が前作以上に明確にされることによって実際の歴史と接近し、現実を脅かすグロテスクな影が物語に落ちてくるのでした。両世界大戦下を舞台にしたエスピオナージュが好きな人にはお薦め、エリザベス朝の歴史ミステリー・ファンにももちろんお薦め。本シリーズにはケアリー自身によるイラストが添えられていますが、その破壊力も素晴らしい。これを読まないなんて絶対に後悔する、と断言できる無類のおもしろさでございました。


 時代を反映してか黒い淀みが根底にある作品が多く選ばれた月という気がいたします。2017年の翻訳ミステリー動向からますます目が離せなくなってきました。来月もどうぞご期待ください。(杉)

 

書評七福神の今月の一冊・バックナンバー一覧

 

グラウンド・ゼロ 台湾第四原発事故

グラウンド・ゼロ 台湾第四原発事故

未来少年コナン Blu-rayボックス

未来少年コナン Blu-rayボックス

2017-05-16

書評七福神の四月度ベスト発表!

 

書評七福神とは翻訳ミステリが好きでたまらない書評家七人のことなんである。


 今月も書評七福神がやってまいりました。五月晴れ、というのでしょうか、本日私は徒歩で箱根山を越えております。えっちらおっちら。

 例によって宣伝ですが、本のサイトbookaholicにおいて二分の七福神である川出正樹氏と杉江松恋が、その月に読んで最もおもしろかった翻訳小説(ミステリー以外の場合もあり)を三作ずつ紹介するという対談をしております。ポッドキャストで音声配信もしているので、書評七福神と併せてお聞きくださいませ(これは前回分)。通学・通勤のお供にダウンロードをして聴いていただければ幸い。こちらの連載との被りなども予想していただければおもしろいと思います。毎月やっておりますので、公開収録も一度覗いてみてください。

 ではでは、始まります。

 

(ルール)

  1. この一ヶ月で読んだ中でいちばんおもしろかった/胸に迫った/爆笑した/虚をつかれた/この作者の作品をもっと読みたいと思った作品を事前相談なしに各自が挙げる。
  2. 挙げた作品の重複は気にしない。
  3. 挙げる作品は必ずしもその月のものとは限らず、同年度の刊行であれば、何月に出た作品を挙げても構わない。
  4. 要するに、本の選択に関しては各人のプライドだけで決定すること。
  5. 掲載は原稿の到着順。


北上次郎

『楽園』キャンディス・フォックス/富田ひろみ訳

創元推理文庫

楽園 (シドニー州都警察殺人捜査課) (創元推理文庫)

 シドニー州都警察殺人捜査課シリーズの第2作だが、前作『邂逅』はホント、すごかった。新刊時に読み逃がしたので書評の機会を逸してしまったが、こんな異色の警察小説、読んだことがない。それに比べれば今回はやや普通だが、それは前作と比べるからそう思うのであり、これもまだまだ異色。あのハデスが健在なのだから。刑事の養父が死体処理を請け負う闇の社会の実力者というのは、それだけで異色だろう。そのハデスが何者かに見張られていると訴えてきて、その真相を探るというのが今回の筋。いや、もうひとつあるか。若い女性の失踪事件が相次ぎ、その捜査のために農場に身分を隠して潜入するという話と並行して語られていく。それにしても、前作の書評を書きたかったホントに。2016年最大の痛恨だ。


川出正樹

『渇きと偽り』ジェイン・ハーパー/青木創訳

ハヤカワ・ミステリ

渇きと偽り (ハヤカワ・ミステリ)

 舞台は旱魃にあえぎ、ただでさえ殺伐としている上に、過去の事件に対する疑惑からいまだに住民たちが探偵役に憎悪を抱き続けているオーストラリアの閉鎖的な田舎町。帰郷した探偵が、過去と現在の事件を調べるうちに、自らのアイデンティティを再確認し、自分を見つめ直す。言ってみれば定番なんだけども、とても面白い。それは、この作品が、入念に布石が打たれ、伏線が敷かれ、意外な真相へと至る堅固なフーダニットだからだ。

 妻子をショットガンで射殺した後、自らの頭を吹き飛ばしたとされる旧友ルーク。彼とともに少年時代に巻き込まれた少女の死に関して、故人の父親から「ルークは嘘をついた。君も嘘をついた。葬儀で会おう」という思わせぶりな手紙を受けとった連邦警察官フォークは、かつて石もて追われた故郷を二十年ぶりに訪れ、ルークの死の真相を調べる羽目になる。シリーズ一作目となるデビュー作ということで、今後、注目したい新人だ。

 今月は、同じくオーストラリア人作家であるキャンディス・フォックス『楽園 シドニー州都警察殺人捜査課』(創元推理文庫)も堪能しました。キャシー・“氷の天使”・マロリーやリスベット・“ワスプ”・サランデルに惹かれる方に、エデン・アーチャーによる、犯罪者がたむろする灼熱の農場への潜入捜査行をお薦めします。


千街晶之

『渇きと偽り』ジェイン・ハーパー/青木創訳

ハヤカワ・ミステリ

渇きと偽り (ハヤカワ・ミステリ)

  苦い過去を背負った主人公が、新たな事件の発生を機に故郷に帰り、改めて過去と向かい合う……という展開自体はよくあるが、その故郷が、何年も雨が降っていない日照りに悩まされている町という舞台設定と、それが醸し出す殺伐とした空気が本書の出色な点だ(原題はずばり“THE DRY”)。この設定があるからラストが盛り上がる(同じ日照りミステリという点で、ジム・ケリーの『火焔の鎖』を思い出した)。意外かつ腑に落ちる真相も見事で、新人のデビュー作としては水準以上の出来映えだ。


霜月蒼

『Gマン 宿命の銃弾』スティーヴン・ハンター/公手成幸訳

扶桑社ミステリー

Gマン 宿命の銃弾(上) (扶桑社ミステリー) Gマン 宿命の銃弾(下) (海外ミステリー)

 銃撃戦の巨匠、ひさびさの快作。時代は1930年代。ギャングや強盗団が法執行機関とガチで殺し合いを続けていた時代。ハンターが書き続けているガンマン、ボブ・リー・スワガーの祖父の物語であり、トンプスン短機関銃やコルト・ガヴァメントといったトラッドな銃たちに加え、魔改造されたフルオート拳銃までもが登場、オールド・ダッド・スワガーとFBIの男たちがジョン・ディリンジャーやプリティ・ボーイ・フロイドやベイビーフェイス・ネルソンと銃撃戦を行なうのである。冒頭で射殺される二人組の名前が明かされた瞬間、ある種の読者の気持ちはブチアガるはずであり、ブチアガったその気分は最後まで持続するだろう。上巻おしりあたりで訪れる「アウトローの爽快&痛快感」は、この時代のこういう物語がもたらしてくれる最高の気分でもあり、さすがハンター翁、よくわかってらっしゃる。


吉野仁

『渇きと偽り』ジェイン・ハーパー/青木創訳

ハヤカワ・ミステリ

渇きと偽り (ハヤカワ・ミステリ)

 主人公が久し振りに故郷へ戻ったとたんに事件に巻きこまれる。その背後には過去の忌まわしい出来事が関係していた。おそらく、これと同じプロットの作品はこれまでも何千何万と書かれてきたのではあるまいか。四月刊では、グレン・エリック・ハミルトン『眠る狼』の書き出しがそうだった。ジェイン・ハーパー『渇きと偽り』も同じ。警察官が旧友の葬儀に参列するため帰郷し、その不審死を捜査していく過程で自らの過去が暴かれる。ありがちなストーリーに加え、善悪のはっきりした人物の登場、さらに真犯人がだれなのか、途中でバレバレな内容である。定番、類型的、陳腐なフーダニット。しかし、しかしである。ページをめくる手をやめられない。現在および過去の事実を小出しにしていくプロットが巧みなせいなのか、読んでいるあいだ、とても面白い。うるさいこと気にせず一気にサスペンスを楽しんでほしい。


酒井貞道

『海岸の女たち』トーヴェ・アルステルダール/久山葉子訳

創元推理文庫

海岸の女たち (創元推理文庫)

 テーマは社会派、そして主人公は身重であり失踪した夫(ジャーナリスト)を探す話、ということになると、私などは、安直ではあるが松本清張を思い起こす。そして実際、本書でクローズアップされる社会的問題――移民問題とそれに関連しての奴隷貿易――を、主人公は、心理的には非常にパーソナルなレベルで受け止めている。ミステリでは、下手な作家が書くと《社会問題》は妙に大仰な印象を与えるものだが、作者は見事に、主人公自身の物語としても昇華しており、最初から最後まで違和感は微塵もない。ほとんど完璧な社会派ミステリとして高く評価したい。ナラティブも抜群に上手く、読者の興味を惹きつけて放さないストーリー展開も堂に入ったものだ。「大型新人」と断じてしまっても問題はなかろう。



杉江松恋

『12の奇妙な物語 夜の夢見の川』中村融編

創元推理文庫

夜の夢見の川 (12の奇妙な物語) (創元推理文庫)

 本書収録作のキット・リード「お待ち」を読んだ瞬間、厭な音が喉から漏れてきて、以降はこの短篇のことしか考えられなくなってしまった。娘のハイスクール卒業記念で自動車旅行をする母子の物語であり、小さな街に入った彼らがそこから出られなくなってしまうのである。娘はもちろん母親と長い旅行をするよりも友達と遊んでいたい。そのへんの心が判らない、結構おしつけがましい母親だなあ、と思って読んでいると、その母子関係が別な形に見えてくる。大人になった今だからいいものの、これを十代のときに読んでいたら、まして自分が女性だったら一生忘れない悪夢を見たかもしれない。それくらい強烈な印象の残る作品だ。

「お待ち」は浅倉久志による旧訳なのだが、新訳もとりまぜて12編が収められている。いわゆる奇妙な味と呼ばれるべき短篇群であり、「お待ち」と対になりそうなのがロバート・エイクマン「剣」である。前者が若い女性の話だとすれば、こちらは男性の話で、薄暗い部屋で行われた、誰にも明かしたくない過去の思い出について書かれている。結末で立ち上がってくる図柄が素晴らしいエドワード・ブライアント「ハイウェイ漂泊」や日常で感じる些細な違和や不快感を具象化したケイト・ウィルヘルム「銀の猟犬」、ちょっと、今歯医者行ってんだからやめてよ、と言いたくなったクリストファー・ファウラー「麻酔」など、いずれ劣らぬ気持ち悪さで実に楽しい短篇集である。前作『街角の書店』も未読の方はぜひどうぞ。


 新人の作品が目立ちましたが、それ以外も秀作揃いの一ヶ月でした。ますます読書が楽しみになりそうです。さて、次回はどんな小説が出てきますことか。(杉)

 

書評七福神の今月の一冊・バックナンバー一覧

 

火焔の鎖 (創元推理文庫)

火焔の鎖 (創元推理文庫)