上杉鷹山

上杉鷹山

(一般)
うえすぎようざん

米沢藩9代藩主。上杉謙信の10代目の子孫に当たる。
破産状態にあった米沢藩を見事に立て直した。飢饉の予防に勉め、「かてもの」の
リストを作り、平民たちの食生活の指針とした。彼の治世、餓死者は一人も出なかった
という。
「為せば成る 為さねは成らぬ 何事も 成らぬは人の為さぬなりけり」はこの人の歌。

宝暦元年(1751年)7月20日:日向国高鍋藩主,秋月種美の次男として江戸で生まる。
宝暦10年(1760年):八代目米沢藩主上杉重定の養子となる。
明和4年(1767年):家督を継いで17歳で九代目米沢藩主。
文化3年(1806年):56歳で「養蚕手引」を発行・配布
文政5年(1822年):死去。72歳

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