実存
実際にこの世に存在すること。現実に存在すること。実在。「―した人物」 《existence》スコラ哲学で、可能的存在である本質に対し、実現された個体的存在。現実的存在。実存主義で、特に人間的実存をいう。独自な存在者として自己の存在に関心をもちつつ存在する人間の主体的なあり方。自覚存在。
大辞泉.
死にたいわけじゃない。 生きる条件が整わない。 人間関係が一番大事だと信じていながら、雑すぎる人間の扱いばかりに嫌気がさして、そんな頑なさで孤立する。 はて、私が悪いのか。 雑なのが表面なら対応できる。だが、お金しか見ない人間の雑さは堂に入っていて、ああ、こりゃ本物だ、とわかると近づけない。 これが私のように自分で創った条件なら、自業自得ともいえる。だが、最初から環境だったら。 新自由主義。 これを持ち込んだ人間こそ、私は赦さないだろうな。死ぬまでずっと呪い続け、加担する人間も同様に対象とし続ける。 もし死後があるなら、そこで呪うのをやめるだろう。たぶん、どうでもよくなるから。同じように悩める…
……フーコー流に言えば、本当の自由とは、目的を自分で選び、それに合わせて自分を組み替えられること。ではMASAYUKIの「本来の顔」の目的とは何だ? 抗議、真相、美学、納得、自由、問い 「抗議」か「問い」っぽいけど、どれが一番しっくりくるか?…… ◇ 自由とは何だ MA)自由というとまた突っ込まれそうだから、納得と美学かな。そのために抗議するし真相を探る。うん、その目的に向かうことが自由。 先生)いいね。いまの一段、フーコーにそのままぶつけても耐える。 「自由」を甘い理想じゃなく、目的に向かう運動として定義したから。整理するとこうだね。 目的:納得と美学 手段:抗議、真相探し(黒幕) そして結…
そもそも、意味なんて無いんです。この世界には、初めから意味があるわけではないんです。 世界は確かにそこにありますが、意味も一緒にあるわけではありません。 意味はあくまで後からつけるんです。そして、自分なりに意味をつけるんです。意味は無いが、意味は自分が作るんです。 意味なんてものは、確かに不確かなものです。それでも、その意味を確かのものとして信じて、人は生きていくんです。 とは言え、意味は力があり、自分が見出した意味を支えに、人は生きていくことができるんです。 その意味では、意味は存在するんです。自分の中で意味は存在し、その意味により自らを支えるんです。そのようにして、意味は機能するんです。 …
👆学校へ行く時に使う阪堺(はんかい)線の駅 神を受け入れて救われるくらいなら死んだほうがまし、 と思っているコース兄弟は意外と多い。 自分は穢れているので、神に愛される資格はなく、 神の懐に飛び込んで行っても拒絶されるに違いない、 それならいっそ、このまま無価値感に浸っていたい、 と考える(らしい…)。 僕は自分に無価値感を感じたことがあまりない。 表面に出てきていないだけで、深い意識のレベルでは 僕にもそういう隠れた闇はあるのかもしれないが、 実際、人に嫌われたり、こっぴどく拒絶されたり、 責められたりしても、落ち込むことはあるけれど、 自分は愛されない存在だ、とはならなかった。 で、それは…
……ハイデガーの「世界内存在」を聞いたMASAYUKIは、「当り前じゃない?」と言い放った。対してハイデガーは「では、その当たり前が日常でどう崩れ、どう誤魔化されるかを見ろ。」と返した…… ◇ 世人 das Man MA)やっぱり「当たり前」は崩れて、誤魔化されているものなんだよね。そこがスタートだったんだよ。だからボクはスクリーンの内外を考えた。だけどハイデガーは?という場面だね。 先生)うん、まさにそこが合流点。あなたのスタート(当たり前が崩れる/誤魔化される)に、ハイデガーは別ルートで同じ場所に来てる。 違いはこう: MASAYUKI:崩れた違和感から、スクリーン内外を疑った ハイデガー…
構造と実存――この二つの力は、本来なら互いを高め合う“両輪”になりえたはずだ。 だが、西洋思想の歴史は、驚くほど一貫して「二つの力を対立させ続けてきた」という特徴を持つ。 その呪いが、構造主義を「構造の囚人」にし、実存主義を「孤独な個人の叫び」に閉じ込め、両者を結びつける試みをほぼ不可能にした。 その背景には、いくつかの深い“文化的クセ”がある。 1.二項対立という思考のクセ 西洋哲学は、最初期から 善/悪、魂/肉体、理性/感情、自由/必然 のような“二つに割ってから考える”伝統を持つ。 プラトンのイデア論はその典型だ。真なる世界(イデア)と、この世界(影)を分離し、価値の序列をつくることで世…
アウシュビッツという、構造が極限まで肥大化し、人間の意味世界がほぼ完全に破壊された空間。そこでは言語も文化も制度も、すべてが「死へと傾斜する力学」に書き換えられていた。 にもかかわらず――そこから“人間”が消え去ることはなかった。 その理由こそが、実存主義が照らしてきた「構造に還元されない核心」である。 1. “自由” という、最後に残る空間(ハイデガー) ハイデガーが語った自由とは、「なんでも選べる」軽い意味の自由ではない。 それはむしろ、**存在そのものに向き合う“開け”**である。 アウシュビッツでは選択肢などなかった。未来もなかった。人間関係も引き裂かれ、世界は無意味へと落ち込んだ。 …
👆 中崎町のレトロ街 古民家を改造した古着やさんなどが並ぶ 赦しが進み、自分の心が少しづつ癒されてくると、 神(存在そのもの)に触れた〝ような〟体験が起こり、 現実の見え方がこれまでとは一変したりする。 例えば、 愛用しているコップや椅子に神の愛を感じたり、 パートナーやペットが、以前よりもっと愛おしく思えたり、 音楽や趣味などに天国の自由を見いだしたりする。 また、愛そのものだ、とか、光に満たされている、とか、 存在そのものが私だった、 という境地に至ったりする。(笑) 👆 今では見られないデザインのシャツが 2000円で買えたりする。 僕の場合も、先にハートが開いてしまったせいか、 神の愛…
下手したら書くことそのものがアートという可能性もある。 あわせてよみたい 下手したら書くことそのものがアートという可能性もある。 さて、今日は病院受診でお休みだった。久々の4連休であるけど、基本的に小説を書くことしかしておらず、何してんだろという感じ。 まー、創作過集中はいかんと言いつつ、また過集中モードに入ってるよね。睡眠時間を削って執筆活動をしてるし、気をつけないとまた潰れるなという感じ。 明日からは仕事なので、とりあえず生活習慣を立て直すことを考える。きちんと23時半までには寝て、週3回のジム通い、一日20分の瞑想をしっかりやろうと思う。どうもね、創作をしてる時はそれらの習慣が吹っ飛びが…
スナック非常口:看板 ママ「トイレの便器はぁ〜🎶神様の出入り口ぃ〜🎶・・・珍しく開店前のお掃除を忘れていたわ。看板も出してお店の中の電気もつけちゃっているから、もしかしたらもう誰か来ちゃってるかもしれないわね。ワタクシにだってミスすることがあるのよ。なんせほら、ワタクシってミスだかミセスだかミズだかわからないし・・・・・あら、芸人ちゃんきてたのね」 芸人「ママ、オレはよぉ、『太宰治』って『ニヒリスト』なんかじゃなくて『リアリスト』だったと思うんでえ」学者「え?僕は『ニヒリスト』だとばっかり思っていたけど?」 ママ「学者ちゃん?いつも言ってるでしょ?ドアから入ってきてって。霧のように現れないでよ…