幕末の医師を記した契機に、往時を見直した。①ペリー来航(嘉永6年、1853年)、②安政の大獄(安政5年、1858年)、③長州征伐での幕府軍敗北(慶応2年、1866年)、④王政復古の大号令(慶応3年、1867年)、⑤戊辰戦争(慶応4年、1868年)、⑥その終了、で分けてみる。 ペリー前にも開国を迫る事態は多発していた。幕府は外国との交流で政権が揺さぶられることを恐れ拒否的に対応した。その一方、彼我の戦力差やアヘン戦争の顛末も認識しており、ペリー来航に際しては、現実論に立ち条約を結び(開国)つつ、日本の軍事強化を図ろうとした。 しかし、国論は圧倒的に攘夷だった。困った幕府は天皇、諸侯、人民にまで意…