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2010-01-30 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

ブログ終了のお知らせ


 思うところあって、今後は実名を明らかにして発信するほうが良いだろうと考えるに至りました。よって、そちらは別途、本ブログとは異なる場所で始めることとし、これに対して、匿名でこれまでやってきた本ブログは、これにて終了ということにさせていただきます(本ブログで実名を明らかにすれば良いとの考えもあるかもしれませんが、本ブログはもともと実名を明らかにしないという立場から運営してきたので、ここで実名を明らかにする形に変更するのは適当でないと考えました)。記事自体はこのまま残しますが、今後は更新は行ないません。お読みくださった方には、これまでこの場末のブログに対して賜ったご注目に対してお礼を申し上げる次第です。


当主(vox_populi)敬白


 

2010-01-16

[] 民主党幹事長小沢一郎氏秘書の逮捕――明らかに東京地検特捜部のやりすぎ


 率直に言って、この手の話題にはあまり付き合いたくない。金がどこからどこへ流れたの、それが何に使われたのといった話をくまなく追いかける趣味は当方にはないからである。


 しかし、今回の逮捕劇はどう見てもやりすぎである。もし万が一小沢氏の側に何らかの非があったとしても、である。この印象は私だけがいだいているものではなく、例えば、実際にこの種の問題で検察への告発を行なっておられる弁護士阪口徳雄氏もそういう印象を述べておられる


 もとより私は、こういう按配だから、今回の件について特別な情報源など全く何も持っていないが、一連の動きの中で気づいたことを記しておきたいと思う。その前に、知る人ぞ知る情報サイトThe JOURNALにおいて、今日(2010年1月16日)の午後に行なわれた民主党大会における小沢氏及び鈴木宗男氏の発言を紹介したページがあるので、ここでもそのリンクを紹介しておくことにする。リンクはこちら


 まず今回の報道の中で驚いたのは、昨年3月に突然東京地検特捜部によって逮捕された小沢氏の公設第一秘書、大久保隆規氏が今でも相変わらず公設第一秘書のままだということである。小沢氏が自ら及び大久保氏の無実を完全に信じているからこそこういうことができるのだろうと想像される。この事実は、今回の一連の報道に接する際に大いに重視されるべきである。言うまでもなく、大手メディア検察情報の垂れ流しに終始しており、小沢氏側の言い分はほとんど全く伝えられていないからである。


 次に指摘しなければならないのは、今民主党政権にはこの件との関連で何ができるか、という点についてである。これについては、上で紹介したThe JOURNALのページから聞くことができる鈴木宗男氏の発言が重要である。詳しくはご自分で聞かれるがよいだろうが、鈴木氏は昨年12月に検察からの情報のリークの有無について鳩山政権に対して質問主意書を出しており、これに対して鳩山内閣答弁書検察のリークを否定する趣旨の回答をしたとのことである。しかし、同じ鈴木氏が、今回逮捕された石川議員との会話の中身を「ムネオ日記」で披露しており、それを読む限りでは、検察からのリークはやはりあるとしか思えない(「ムネオ日記」の2010年1月12日の項を参照)。つまり、今や検察の捜査について、民主党検察のリークの言わば被害者になり、かつ同時に、行政の一部門である検察を有する政府の立場にあるものとして、加害者にもなっているのである。鳩山首相を始めとする民主党政権の閣僚たちは一刻も早くこのことのおかしさに気づく必要がある。そして気づいたなら、これを改めるべきである。これまでの活動を見る限り、この問題で役割を果たすべき千葉法務大臣には行動力のかけらもないことが窺われるので、同法相に任せておかずに、民主党政権政府全体の問題として事に当たるべきだろう。


 とりあえずこの程度にしておく。


 

2009-12-26

[] 民主党政権初の予算――問題も見えてきた


 民主党政権初の予算ができあがったという。朝日新聞の記事をまず見ておくことにする。

92.3兆円の政府予算案決定 人を重視、公共事業圧縮

2009年12月25日20時46分


 鳩山政権は25日、2010年度政府予算案を閣議で決定した。「コンクリートから人へ」を掲げ、公共事業の削減率を過去最大とする一方、社会保障は手厚く配分した。一般会計総額は92兆2992億円と過去最大に膨らむなか、予算の組み替えは進まず、借金頼みが加速。マニフェスト政権公約)関連予算も圧縮を迫られた。


 「コンクリート」の代表格である公共事業費は09年度当初比18.3%減の5兆7731億円と1978年以来の6兆円割れ。削減率は小泉政権下の02年度当初予算の10.7%をはるかにしのぐ。道路や港湾は25%も削減した。


 一方、「人」に関連する社会保障費は同9.8%増の27兆2686億円と急拡大した。中学生以下の子ども1人あたり月2万6千円(10年度は半額)を支給する子ども手当に国費1.7兆円も計上。医師不足対策として診療報酬も0.19%増と10年ぶりにアップ。年金介護雇用のための予算も増えた。


 この結果、社会保障費は、各省庁が政策に使う一般歳出(53兆4542億円)の半分を初めて超えた。高校の実質無償化の費用増で文教費も同8.2%増の4兆2538億円に急増した。


 「地域主権」を掲げる立場から地方税収の落ち込みを補うため、地方自治体に配る地方交付税など地方への配分額は5.5%増の17兆4777億円と過去最大になった。


 このため、歳出総額は09年度当初予算より3兆7512億円(4.2%)も増えた。


 歳入面は、火の車だ。


 景気低迷で10年度の税収は18.9%減の37兆3960億円。新規国債の発行額は過去最大の44兆3030億円に上り、目標とした「約44兆円以内」はかろうじて守ったが、当初予算段階としては戦後初めて借金が税収を上回った。


 鳩山政権公約実現に必要な財源は、一般会計と特別会計の予算の全面組み替えでひねり出すとしてきた。「霞が関埋蔵金」と呼ばれる特会の剰余金などによる税外収入を15.8%増の10兆6002億円まで確保した。財政投融資特会と外国為替資金特会を中心に計8特会から7.9兆円を一般会計に繰り入れた。外為特会では、本来は計上できない10年度分の剰余金を法改正して計上するという異例の措置でつじつまをあわせた。


 しかし、行政刷新会議の「事業仕分け」による削減額は約7千億円どまりとなったこともあり、公約関連予算の圧縮を迫られた。ガソリン税などの暫定税率の廃止は見送り、子ども手当は現行の児童手当の仕組みを残して地方自治体や事業主に負担を求める。公約で7.1兆円としていた必要財源は、減税分を含めて計3.1兆円に減った。


 公約工程表通りなら、11年度は12.6兆円の財源が必要になる。10年度末の国と地方の長期債務残高は862兆円と、国内総生産(GDP)の1.8倍に達する見通しで、中長期的な財政再建目標の設定も急務だ。(福間大介)


 ところで、さきほどNHKで、政権発足から今回の予算政府案決定までを追う番組をやっていたが、その中で、障害者障碍者)関係で厚労省が300億円を要求したところ、3分の1しか認められず、200億円を削られたというような話があった。この後で見た記事だから余計に強く印象を受けたということもあるのだが、民主党の平岡議員の「今日の一言」の最新記事をここで紹介しておきたい。

12月25日 岩国基地関係の来年度予算


 本日、鳩山政権で初めての当初予算となる平成22年度予算の閣議決定が行われました。当初予算としては最大規模の92兆円余の予算となりましたが、この予算の中には、米軍岩国基地関係の予算が含まれています。その中で、岩国市民の皆さんにとって特に関心の高いのが、米軍再編(空母艦載機厚木から岩国への移駐)予算で、防衛省所管で約470億円(契約ベース)、国土交通省で約20億円(民空関係)ありました。


 一般的には、予算が計上されることは有難いことなのですが、今回の予算計上には、大いに問題があります。特に、愛宕山用地買取経費約200億円については、地元の住民の皆さんに事前に何らの説明の機会が設けられることもなく計上されました。ある記者から、以前「前政権時代に既定路線になっている」と聞いたことがありますが、地元住民の皆さんへの説明もなく、官僚が敷いていた路線をそのまま踏襲してしまったと言えると思います。


 私としては、新政権発足時に21項目の要確認事項(「空母艦載機の移駐問題に関する要確認事項」、9月30日付の「今日の一言・在日米軍再編見直し」に掲載)を防衛大臣外務大臣等に提示して検証を求めていたにも拘らず、このような事態に至ったことを大変申し訳なく思っています。そして、今回の件については次の通りコメントさせて戴くこととし、防衛省及び外務省の政務三役(大臣、副大臣大臣政務官)にも伝えました。


『1、民間空港再開に必要な事業に係る予算計上は、政府も「空母艦載機の受入れが条件となっているものでない」ことを認めているところであり、米軍再編問題発生のずっと前から地元の要請であったことに応えるものと理解している。


2、しかしながら、空母艦載機移駐関係の予算(特に、愛宕山地域開発の土地買取り、岩国基地内施設整備等)については、私が新政権発足時に21項目の要確認事項(「空母艦載機の移駐問題に関する要確認事項」)を防衛省及び外務省に提示し回答を求めていたにも拘らず、地元住民の皆さんに対する説明の機会を作ることもなく今回多額に計上されたことは、極めて遺憾である。


3、地元住民の皆さんに対する説明の機会が新政権発足後今日まで作れなかったことは、政府普天間基地の移転先問題に奔走していたこともその原因の一つであると思われるが、説明の機会がこれまで十分に作れなかったことからすれば、今回の空母艦載機移駐関係予算は、辺野古関係予算と同様、「計上はするけれど執行は見合わせる」とすべきである。


4、私としては、「空母艦載機移駐関係予算は、21項目の要確認事項に関する説明も含め、あくまでも地元住民の皆さんに対する説明責任が果たされた後でなければ執行すべきではない」と考えており、政府説明責任を果たすための行動を速やかにとるよう強く要請したい。』


 防衛大臣は、予算の閣議決定前ではありましたが、「できる限り早い機会に、地元の皆さんに説明をする機会を持ちたい。」との意向を示していましたので、是非その機会を早く作りたいと思っています。



 ところで、上記の21項目の要確認事項については、昨日(24日)、防衛省から「回答」をもらいました。末尾に添付していますのでご覧になって戴きたいと思いますが、はっきり言って、「これまでの政権が行ってきたことを正当化しよう」という意識が強く出すぎており、新政権防衛省外務省の政務三役による十分な検証がされていないのではないか、と私は思っています。


 例えば、「厚木から岩国への移駐は日米両国のどちら側からの提案か」の問に対して、「日米のどちらかが提案したというものではない」(1、(1)?)と回答していますが、守屋・元防衛事務次官は、07年11月号の「月刊現代」で、「岩国への移駐は自分(守屋)の発案であり、当時の国務次官補が、『それは良い案でやってみる価値がある』と言った」旨の記述を行っています。その事実を全く知らない素振りです。


 また、「岩国への移駐以外の選択肢はあり得ないのか」の問に対しては、防衛省が自分達で勝手に条件を作って「他の基地においてこれらの条件を満たしているところは、存在しませんでした」(1、(1)?・?)と回答しています。私が具体的に尋ねた「グアム」については一応の説明があるものの、現在、空母艦載機の夜間離発着訓練を行っており、かつ、これらの条件を満たしていると考えられる「硫黄島」についての言及は全くありません。


 更に、「防衛省岩国市役所建替え経費の補助金をカットしたこと」についての質問に対し、「4 最後に」で「強引な方法により、市民の間に混乱や迷惑をかけたり、行政に対する不信感を募らせるようなことは決してあってはならないと考えています。」と言いながら、他方で、そのカットを正当化するための言い訳を展開しています(1、(2)?)。岡田外務大臣が10月27日の記者会見防衛省補助金カットのやり方を批判しているにも拘らず、です。


 更に、「愛宕山用地の買取り要請に応じる場合、その土地利用策定はどのように行うつもりか」との問に対しては、「買取り後の土地利用は地元の意向も十分考慮して、決定することとしています」(2、(2)?・?)と回答していますが、その前段で「買取の経緯」を述べる中で、「米軍家族住宅用地としてなら、山口県岩国市からの買取り要請に応じる」ものであることを明らかにしています。


 いずれにしても、普天間基地の移設問題で多大の時間と労力を費やしてしまった新政権ですから、岩国への空母艦載機移駐問題については、今から本格的な検証を行ってほしいと思っています。その観点からも、政府による現地の住民説明をできる限り早く実現して行きたいと考えています。

(以下、防衛省からの回答書が掲載されている――ここでは略)

 こういうところで、無駄なことに金がつけられている。しかも、「愛宕山用地買取経費約200億円」は、これをそのまま上記の障碍者関係に回せば、少なくとも2010年度は厚労省の要求どおりの資金の手当てがつく規模の金額である。


 しかも、平岡議員のこの記事によれば、民主党政権が少なくとも防衛に関しては前政権の方針を踏襲しようとしているかのごとき印象を与えているという。これは単にこの一事にとどまらない重大な問題である。言うまでもなく、民主党政権の使命は、前政権と異なることをするという点にこそあるのであり、それは防衛という分野にも当てはまるはずなのだから。


 だいたい、今回の予算政府案でも防衛関係の予算総額は4兆7903億円だとのことだが、そんなに必要なのか。防衛予算ではよく、高いものを購入して後年度負担などという形がよく使われるやに聞いているが、こここそまさに予算削減のメスが入れられるべき領域なのではないか。鳩山政権防衛大臣に北沢などという輩を当てたことに私は失望しており、果たしてこの北沢とやらは、グアムにちょっとさわってきたぐらいで「海兵隊のグアム移転は無理だ」などと抜かすような、全く役に立たない(その意味で、予想どおりの)活躍をしてくれているが、これはやはり(平野とやらを官房長官に当てたことと並んで)人選ミスだったと言わざるをえない。


 平岡議員は今後は国家戦略室入りをして、政府内部から予算の問題にも携われることになるようだ。同議員は、共謀罪創設防止などで活躍したこともあり、また安全保障に関しても総合雑誌に論文を発表するなどしており、大変期待のできる政治家である。理想的には、こういう政治家をこそ、例えば防衛大臣に据えるべきだと私などは思うが、仮にそうならないとしても、同議員には活躍を期待したい。そして、平岡議員だけでなく、政府に入っていない民主党政治家たちは、これから行なわれるであろう予算審議において、実のある審議を行なって予算を修正し、民主党政権によりふさわしい予算案を作り上げるよう努力してもらいたいものである。


 

2009-12-24

[] 藤崎駐米大使は即刻更迭されるべきだ


 少し前の話になるが、事の重大さに鑑み、本ブログの記事として載せておくことにする。


  有名ブログ「きっこのブログ」にあった記事だが、

「米政府、駐米大使の呼び出しを否定」(世田谷通信)


 日本のマスコミ各社は、日本時間の21日、ヒラリー・クリントン米国務長官が藤崎一郎駐米大使国務省に呼び出し、日米合意に基づき辺野古への移設計画を早期に実施するように指示したと報道し、「異例の呼び出し」「アメリカの怒りは頂点」などと書きたてた。しかし、日本側のこれらの報道を受け、米国務省のクローリー次官補は、日本時間の23日、ワシントンでの記者会見で、「クリントン長官は藤崎大使を呼び出してはいない。藤崎大使は『普天間問題の解決には時間が必要だ』という日本側の立場を伝えるために、自ら国務省に立ち寄ったのだ」と説明し、日本のマスコミ報道内容を否定した。(2009年12月23日)

 これだけでは確かとは言えないので、国務省Webサイトを見たら、ブリーフィングのページがあった。以下引用すると、

Philip J. Crowley

Assistant Secretary

Daily Press Briefing

Washington, DC

December 22, 2009


INDEX:


JAPAN

The Secretary and Japan's PM met briefly in Copenhagen; the U.S. feels that the current plan for the realignment is the best way to go forward; we are continuing to work with the Government of Japan and the Realignment Roadmap High-Level Working Group


DPRK

"Rumors of the demise of the Six-Party Talks have been greatly exaggerated" and the U.S. and other Six-Party members continue to urge North Korea to return to the talks; recent meetings in Pyongyang were hopeful; however, future actions by North Korea will speak louder than words


CLIMATE CHANGE

The results of talks in Copenhagen bear out that verification aspects are among the most important ingredients in any successful climate change progress; access to data will allow for the kind of transparency that is necessary


TRANSCRIPT:

 QUESTION: Do you have any readout of the Secretary’s meetings yesterday with the Japanese ambassador? I had heard she called him in to talk about Futenma.

 MR. CROWLEY: The -- I think the Japanese ambassador came by to see both Assistant Secretary Kurt Campbell, stopped by to see Secretary Clinton. During the course of the meeting, the ambassador gave us an indication that they needed more time to work through issues related to the basing agreement. We continue to believe that the current plan provides the best way forward, but we’ll continue our discussions with Japan on this issue.

 QUESTION: You said that -- “stopped by.” You wouldn’t describe him as being called in on a --

 MR. CROWLEY: All right, let me --

 QUESTION: -- day when the government was being closed and --

 MR. CROWLEY: He was -- I think -- my -- I mean, he -- I don’t think he was called in. I think actually he came to see us.

 Yes.

 QUESTION: There were some reports in the Japanese press that the Secretary perhaps took issue with some comments that the prime minister had made in Copenhagen. He said something like she showed understanding, or basic understanding over the Futenma issue. Can you confirm?

 MR. CROWLEY: I was with the Secretary in Copenhagen, and she had an encounter with the prime minister in the hallway as they were both moving to meetings. I think they also interacted during the course of a dinner there hosted by the Queen of Denmark. I don’t know, very specifically, what the nature of their discussions were. Obviously, this remains important to us and we will continue to work with the Japanese Government on these issues.

 We continue to think that the realignment plan that currently exists is the best way in reducing the burden on Okinawa and -- but maintaining our ability to defend Japan and to maintain security in the region. I think the message that Japan gave to us yesterday was just it’s going to take a little more time.

 QUESTION: Thank you.

 QUESTION: One more on Japan.

 MR. CROWLEY: All right. We have some -- we’re -- go ahead.

 QUESTION: Can I ask on North Korea?

(以下略)

 確かに、「きっこのブログ」にあるように、大使は呼び出されてなどいないようである。つまり、今回の「大使呼びつけ」とやらは、藤崎大使とやらが自分で出向いていき、その顛末を自分でメディアに語った話が誇張されて伝わったもののようだ。


 今回の報道が、外交に関する民主党政権の不安定さを人々に印象づける上で大きな役割を果たしていることを重大視するのであれば(そしてもちろん、重大視するべきである)、民主党政権はこの駐米大使を即刻更迭するべきである。さもなければ示しがつかず、民主党政権はますます外務(害務)官僚に侮られることとなろう。


 

2009-12-15

[] 利用者無視の一方的な不利益変更には抗議するべき――バス共通カードの廃止


 迂闊ながら私は今ごろになって「バス共通カード」の廃止を知った。このページから見られるいろいろなバス会社のWebサイトによると、早いところでは既に11月20日ごろにこのことが発表されていたらしい。例えば東急バスの場合ではこのページで発表が見られる。


 それにしても、利用者を無視したこのような変更は実に腹立たしい限りである。これに関して、例えば東急バスでは「バス利用特典サービス(バス特)」なるものを実施しており、バス共通カードのサービス終了に伴いこの「バス特」のサービスを拡大することで埋め合わせを図るかのごとき姿勢をとっている(これに関する発表はこちら)。


 しかしこの「バス特」とやらが全くインチキなサービスであることは明らかである。なぜなら、当該ページの下のほうに小さく書いてあるが、「ご利用累計額が10000円分を超えた場合、または、翌月になった場合は、新たに0円からの累計となります」とあるからである。つまり、「バス特」とやらのポイントは1か月間しか続かないのだ。これは明らかにサービス低下、しかも大幅な低下である。


 当然ながら、私は既に抗議のメールないし意見を各バス会社に送った。自分がやったから言うわけではないが、こういう勝手な不利益変更に対しては、個々人が抗議の声を上げるべきである。それをせずにただ文句をつぶやいているだけでは、この社会は良くならない。他でもなく我々自身が、社会を形作りつつ生きている結果として、今の社会はかくあるわけなのだから。


 

2009-12-01

[] インフレ目標論というデタラメと、日銀による新規国債引受というまっとうな政策


 経済について書く場合、本ブログの書き出しはいつも同様である。すなわち、私は経済に関するド素人だと言ってよいが、しかしそのド素人であっても、書きたいこと、書かなければならないと思うこともあるのである。


 11月29日の朝日新聞のオピニオン欄では、「デフレとどう闘うか」との題のもと、2人の経済学者の論考が掲載されていた。うち1人(池尾和人氏)の論考については特に何かを言うつもりはない。全く具体性を欠いた談話にすぎず、論評に値しないからである。


 ここで問題にしたいのはもう1人の論考(「寄稿」となっている)のほうである。その著者、岩田規久男氏は、いわゆるインフレ目標論の主唱者として有名だが、その氏は今回の論考の中で、自らの主唱するインフレ目標論的政策は実現に「時間がかかる」として、そこでそれに代わって「考えられるのが、昭和恐慌からの早期脱出に成功した高橋是清蔵相にならって、日銀による国債の直接引き受けを実施することである」とのたまっている。これを読んで、岩田氏の節操のなさ、いい加減さを感じたのは私だけだろうか。


 誤解のないようにまず言っておくが、ここで問題になっているインフレ目標論とは、物価上昇が昂進している時のインフレ目標論ではない。物価上昇が強まっている時のインフレ目標導入が有意義であることは、もとより論を俟たない。これは自明であり、そのような意図からする物価安定化は、先進国であればどこでも実施されているたぐいの政策だろうと思われる。これに対して、岩田氏ほかがこれまで唱道してきたのは、デフレ時におけるインフレ目標論である。そして、私の誤解でなければ、岩田氏ほかのインフレ目標論は、金融の超緩和を目指すという、金融政策的な議論だったはずである。


 金融の超緩和を目指すという、岩田氏ほかの言わば金融インフレ目標論は、全くのペテンであると言ってよいのではないだろうか。だいぶ前にこういう話に多少首を突っ込んだことがあったが、その時にも、何度聞いても、金融の超緩和がどのようにしてインフレ醸成につながるかということが私にはわからなかった。もちろん、私の頭が悪いからだからなのだろうが、しかしもし私の頭が悪いだけなら、なぜアメリカでは、岩田氏と同様インフレ目標論を主唱していたバーナンキFRB議長になったにもかかわらず、そして、今のアメリカがほぼ間違いなくデフレ状況にあるにもかかわらず、金融インフレ目標論者たちが主唱した金融インフレ目標論(金融の超緩和などを伴う)は今日まで現実に実施されずに来たのだろうか。このことこそが、デフレ下のインフレ目標論なる議論の非現実性を如実に示しているように私には思える。


 これに対して、日銀による新規国債引受というのは、要するに紙幣を刷ってばらまくという政策であり、非常手段ではあるのだが、しかし決してデタラメではない。否、今の日本ではまさにこういう政策こそが、景気回復のために重要なのではないだろうか。なぜなら、紙幣を刷ってばらまけば、当然相対的にインフレが生じることになり(これはデフレの解消につながりうる)、かつそれに伴って、円は今の円高から(相当大幅な)円安へと振れるだろうが、そうなれば日本の輸出産業の競争力が回復することになる。


 但し、岩田氏のダメさ加減は、日銀による新規国債引受によって得られた資金で何をやるかという点が明確でないところに現れている。ここで意味のある政策を提言できないようではどうしようもない。


 ではお前には何が言えるのかって? もとより私は経済の素人であり、私と岩田氏を比較すること自体が間違いなのだが、それでもあえて言えば、今大都会の都市部では自転車の交通がめちゃくちゃである。片側一車線の道路で自動車に向かって走ってくる自転車(つまり、片側一車線の道路の右側を走る自転車)の数は最近とみに増えており、また、歩道を高速でぶっ飛ばす暴走自転車もある(その他、無灯火の自転車も実に多い、などなど)。これらの問題の一部はもちろんマナーの問題だが、実はそのほかに、今の交通体系の中で自転車の位置がきちんと定められていない点が、これら問題の原因の一つであるように私には思える。すなわち、今の交通体系では自転車は車道の左端を走ることになっているはずだが、実際には車道には違法駐車が多く、自転車がまともに走れない状況が存在する。また、仮に違法駐車がない場合でも、道路の幅が充分でなく、自転車のすぐわきを自動車が追い抜いていくような状況があり、これでは自転車を運転する側は、当然ながら、生きた心地がしない。つまり、車道の左端を走れなどという現行の規則を振りかざすだけでは問題は到底解消しないのである。


 ではどうすれば良いか。すべきこととは当然、自動車用の道とも歩道とも異なる自転車専用道の整備であり、例えばこれを、大都市部を中心に大々的に行なえばよいのではないか。そのために、日銀による新規国債引受で得られた資金を使って公共事業を行なえばよいのではなかろうか。


 もちろんこれに限った話ではないが、少なくとも私は1つの案は提示できたことになろう。


 

2009-10-23

[] 郵政新社長人事をめぐる、低劣な批判報道


 メディアでは、元官僚日本郵政社長就任が、脱官僚依存を掲げる新政権への疑念とともに語られているが(例えば朝日新聞のこの記事。末尾に引用しておく)、報道の低レベルぶりには全く呆れるほかない。


 新政権が脱官僚依存を言うのは、大小様々な政策の大胆な転換は政治主導でなければできないからであり、問題は、新政権がどういう政策転換を目指すかだ。前政権は、もっぱら輸出大企業を優遇し、世帯所得が増えない実感なき「景気回復」を目指してきた。竹中平蔵氏や「過労死自己責任」と放言した人材会社社長等を宣伝役とした新自由主義的政策の結果であり、新政権はこれに非常に批判的だ。圧倒的大差で政権交代を実現させた国民世論も、同じく批判的だと言ってよい。


 だから、輸出大企業を中心とする今の経済界経済界がこうなっていることは、経団連の主要メンバーを見れば一目瞭然である)から日本郵政の社長が出ないのは理の当然だ。新政権報道の低劣な批判にひるまず、必要な政策転換をどんどん実行すべきだ。


 なお、朝日新聞は今なお上記二氏他を紙面に頻繁に登場させている。長年愛読してきたが、社の姿勢を大いに疑わざるをえない。


追記

 朝日新聞民主党批判のレベルの低さを裏づける証拠として、本文中に引用した記事と、関連する社説とを以下に引用しておくことにする。松田京平とかいう記者、及び朝日新聞全体は、自らの不見識を恥じてもらいたいものである。

官僚OBの「ドン」起用 郵政社長に元大蔵次官・斎藤氏

2009年10月21日14時35分


 日本郵政の後任社長に元大蔵省(現財務省事務次官斎藤次郎氏(73)が決まった。今でも古巣の財務省に影響力を持つと言われる官僚トップOBの起用は、「脱官僚依存」を掲げる鳩山政権理念とは大きく異なる人選だ。


 斎藤氏は93年発足の細川連立政権時代、新生党代表幹事だった小沢一郎氏と連携を強め、その後も親交は続いた。07年、民主党代表だった小沢氏が当時の福田康夫首相自民党総裁)と「大連立」に動いた時は、仲介役を果たしたとされる。日本郵政トップへの起用は、民間の有力候補が見当たらない中、亀井静香郵政改革担当相が「小沢人脈」を頼ったとの見方もある。


 だが、民主党はこれまで、官僚出身者の「天下り問題」の是正に積極的に取り組んできた。昨年の日銀総裁人事では、参院財務省OBの正副総裁候補を3回にわたって不同意にした経緯がある。


 今年8月の総選挙では官僚主導から政治主導への転換を掲げ、大勝につなげた。有権者の強い支持を得て成立した鳩山政権理念と、今回の人選は結びつかず、政権としての一貫性を欠いている。


 平野博文官房長官は21日の記者会見で、日銀総裁人事との整合性を問われ、「それと一緒に比較するのはちょっと違うと思う」。重ねて「どう違うのか」と問われると、「私は違う。こういう認識です」と述べ、具体的に説明することはできなかった。(松田京平)

郵政新社長―民から官へ、逆流ですか


 「官から民へ」を掲げた小泉改革の本丸だった郵政民営化を、鳩山政権が逆回転させ始めたことを象徴するような人事である。


 亀井静香・郵政改革担当相は、日本郵政グループの持ち株会社である日本郵政の次期社長に元大蔵(現財務)事務次官斎藤次郎東京金融取引所社長を起用すると発表した。


 前日には政府が郵政改革見直しの基本方針を閣議決定。それが自らの経営方針と相いれないことを理由に、西川善文日本郵政社長が会見で辞意を表明したばかりだ。


 政権交代した以上、公約に沿って郵政改革を抜本的に見直し、郵便局網の公共性重視に軸足を置いて軌道修正することは、うなずける。それでも、将来の国民負担を避けるための経営改革を断行し、同時に民間との公平な競争を確保するという民営化の基本原則は守られるべきだ。


 そのためには、民間出身の優れた経営者の下で組織を活性化させることが必要条件ではあるまいか。


 ところが、西川氏の後任は官僚の代名詞のような事務次官OBの斎藤氏だというのだから驚く。政治主導で決めたこととはいえ、「官僚丸投げの政治から、政権党が責任を持つ政治家主導の政治へ」とした鳩山政権政権公約理念に背くのではないか。


 西川氏が辞意表明に追い込まれた経緯からして、後任の社長を引き受ける人が民間から出てくるとは考えにくい状況だった。火中の栗を拾う人が他にいないということだろうが、斎藤氏は今は民間人であるにせよ、天下り先の金融取引所のトップであり、「剛腕の大物次官」と呼ばれた人物だ。これでは社長も経営も「民から官へ」ですか、と問わずにはいられない。


 24万人の大所帯である日本郵政グループが、株式会社の形は維持されても、実態は官業へと後退するのではないか、と心配でならない。


 不思議なことに、民主党内に目立った反発は出ていない。斎藤氏は細川政権下で新生党代表幹事だった小沢一郎民主党幹事長と組んで国民福祉税構想をかつぐなどした盟友である。今回の人事にそうした背景を感じる人もいるだろう。


 斎藤氏はきのうの記者会見で「小沢さんからは全く話はなかった」とし、亀井氏の要請だったと述べた。


 いずれにせよ、この人事は旧特定郵便局長とつながりの深い国民新党や亀井氏の言いなりとも映る。亀井氏は斎藤氏について「郵政民営化見直しに関する考え方が連立3党と一致している」ことを起用の理由とした。


 だが、閣議決定した郵政見直しの方針や今回の社長人事が民営化を柱とする郵政改革とどう両立するのか。鳩山由紀夫首相の明確な説明を聞きたい。


 

2009-10-10

[] 都知事石原慎太郎の許されざる奢り


 都知事石原慎太郎(言うまでもないが、「石原慎太郎都知事」と書かないのは、石原が「新銀行東京」「首都大学東京」などと語順をひっくり返す馬鹿さ加減を皮肉るためである)の言動・行動には一々怒りを覚えるが(これについては本ブログの「記事一覧」中の「都知事選」の欄の過去記事を参照されたい)、2016年五輪開催をめぐる一連の発言には、深甚なる怒りを改めて覚えさせられた。石原慎太郎はどこまで奢り高ぶっており、どこまで愚かなのか。ここであえて記録にとどめておきたい。言うまでもないが、石原慎太郎は本来直ちに都知事をやめるべきであり、ついでに言えば政治家をやめるべきであり、さらに言えば・・・と、ここまでは書くまいが、ともあれ人間として最低の部類の輩だと評さざるをえない。


 私が心の底からの怒りを覚えたのは朝日新聞の次の記事を読んだ時である。

石原知事五輪招致150億円「痛くもかゆくもない」

2009年10月10日5時31分


 16年夏季五輪招致で敗れた東京都石原慎太郎知事は9日の定例記者会見で、税金100億円を含む招致活動費150億円について「財政再建の余剰分であり、東京の財政は痛くもかゆくもない」「余剰分で夢を見ようと思って(招致活動を)やったのは間違いじゃない」と述べた。


 活動費は3年分で、税金のほか、企業からの寄付など民間資金50億円が含まれる。使途を公表する方針を打ち出している石原知事は会見で、外部監査による検証も検討する考えを示した。


 一方、ブラジルリオデジャネイロの招致活動に関して「ブラジル大統領がかなり思いきった約束をアフリカの(国際オリンピック委員会委員の)諸君としたようだ」などと発言し、リオの招致委員会が反発している問題については、「私の言ったことが正しく理解されていない」「(ブラジルが)悪いと言っているわけじゃない」と釈明した。

 100億円の税金を使っておいて、「東京の財政は痛くもかゆくもない」だと? まず言うまでもなく、100億円の金は石原らが無駄に使ってよいような金額では全くない。それだけの金額があれば、例えば雇用対策のために何ができただろうか。東京都庁がある新宿では毎夜、実に多くのホームレスが段ボールを広げて寝ている。今回の暴言は、石原はこういう人々のことをなんとも思わないと言っているように私には聞こえて仕方がない。


 また、石原は、ブラジルの招致活動について自分の発言が正しく理解されていないなどと言っているが、自分で自分の言ったことを理解していないようであり、全く無恥な輩である。参考までに、そのあたりを報じた朝日新聞の記事を引用しておくことにする。

石原知事発言「裏取引」にリオ招致委、非難の声明

2009年10月6日20時41分


 16年の夏季五輪開催地に選ばれたブラジルリオデジャネイロの招致委員会は5日、東京都石原慎太郎知事が、ライバル都市のイメージを損なう論評を禁じた国際オリンピック委員会(IOC)の規則に抵触する発言をしたと非難する声明を出した。IOCに正式に抗議するという。


 リオの招致委は朝日新聞の取材に、「4日の記者会見で『裏取引』があったかのように言及した部分だ」と説明した。


 石原知事は4日の会見で、「例えば、ブラジル大統領が来てですね、聞くところ、かなり思いきった約束をアフリカの(IOC委員の)諸君としたようです。それからサルコジ(仏大統領)がブラジルに行って『フランス戦闘機を買ってくれるなら(五輪招致で)ブラジルを支持する』とか」などと発言。開催地選考に関しても「目に見えない非常に政治的な動きがあります」と話していた。


 リオの声明について、都幹部は「人づての情報を確認せずに口にした知事は、やや軽率だったかもしれない」と声を落とした。別の幹部は「東京は20年五輪に再挑戦するかもしれない。IOCの心証を損ねないよう、誠実に対応しないといけない」と話した。


 IOCは、開催候補都市に向けた行動規範で「ライバル都市のイメージを損なう恐れのある論評を慎まなければならない」としている。(平山亜理=リオデジャネイロ、岡雄一郎)

ブラジルフランスの間でどういうやりとりがあるか、私は知らない。しかしここで問題なのは、言ってみれば週刊誌に載るようなゴシップ的な記事のたぐいの話を、政治家が公けの場で発言してしまうという、分別のなさなのである。石原慎太郎という人間には品格がないから、場もわきまえず見境なく発言してしまって、こういう結果を引き起こしてしまうのである。2007年の都知事選で石原慎太郎を支持した有権者はこの事実と向き合わなければならない。そして、このようなことは、果たして国際的に見て極めて恥ずかしいことでないかどうか、自ら考えるべきである。


 私一人ではどうしようもないが、しかし石原慎太郎都知事から辞めさせようという運動がもしあるなら、今すぐにでも参加したい気持ちである。こういう輩が都知事の座にとどまり続けるのを容認するのは極めて不名誉なことだということを、東京都民は身にしみて感じる必要がある。


 

2009-10-09

[][] 民主党経済財政政策への注文


 以前、選挙直後に勝手に閣僚名簿を考えたことがあり、その際私は財務大臣として藤井裕久氏を考えていた。財務省のことをよく知っており安定感がある、というぐらいの理由でそう考えたのだが、ただどうも、この方は今の日本の経済状況がどういうところにあるか、よくわかっておられないのではないか。先の円高容認発言といい、以下に引用する朝日新聞の記事に見られる発言といい、少々(相当に)不安にさせるものがあると言わざるをえない。


国債増発、今年度必要ない」 藤井財務相、税収減でも

2009年10月9日22時17分


 藤井裕久財務相は9日、「今年度も(国債を)増発する必要はない。(税収が)減っても、いろいろな手法はある」と述べ、景気悪化に伴う税収減の穴埋め策として国債発行に頼らない考えを示した。記者団の質問に答えた。09年度の新規国債の発行額を、麻生内閣が計画した約44兆円以下に抑える考えだ。


 09年度予算では46兆円の税収を見込んでいるが、法人税の落ち込みなどで数兆円の下ぶれが起きるとの見方が出ている。藤井氏は財政規律を重視する立場から、借金に頼らず、まずは既存予算の歳出カットや使い残しなどで生まれる財源でやり繰りする考えとみられる。


 また、藤井氏は同日の民放テレビ番組の収録で、「国債麻生政権では44兆円出している。それよりは減らさなければ、国債市場の信認にこたえることにならない」と発言。すでに鳩山由紀夫首相が示した方針通り、10年度予算でも国債発行を09年度の予定額より減らす考えも示した。

 昨今電車に乗るとすぐに目につくことだが、車内の広告が非常に減ってきている。東京に住んでいる私の場合、既に私鉄では数か月前(或いはもっと前)から、当の鉄道会社の広告が目につくようになっていた。言うまでもなく、広告の掲示を水増しして、車内が閑散としたイメージをつくらないための努力なのだが、最近では(利用者が比較的多いと思われる)JRでもこれが目につくようになり、しかもそれでもなお広告が少ないと思える時がある。


 さらに、田原総一朗氏のブログを見ると(念のため言うと、私はジャーナリストとしての田原氏を全然評価していない)、テレビ局も新聞も広告が減って困っているとのこと。同じようなことを出版関係者(兼ジャーナリスト?)も言っており、これらから見て明らかに、広告宣伝に対する企業の支出は激減しているようである。もちろん、テレビ・新聞だけが広告減となっているのなら、既存の媒体での広告宣伝をやめて新たな媒体に移っている、という可能性もあるだろうが、むしろそうではなく、広告減は今の景気の冷え込みを如実に反映していると考えるほうが当たっているように私には思われる。


 こういう時に民主党は財政の無駄をカットする。もちろん、それは国民が民主党に期待していることであり、結構なのだが、しかしそれだけをやっていたのでは、景気を余計に落ち込ませる可能性が確かにある。よって、予算の無駄をカットする一方で、大規模な景気対策の可能性は決して否定すべきでないと思う。


 それなのに、藤井財務相は「財政規律を重視する立場から」国債増発に対しては否定的だとのこと。財政規律を重視する立場に立っていた橋本内閣の失政が何をもたらしたか、本当によくわかっているのだろうか。自殺者がそれまでの2万人台から3万人台に跳ね上がったのは、橋本内閣の失政の結果という面が確かにあったのである。ここでその二の舞をやろうものなら、(その先はあえて言わないが)それこそとんでもない事態になりかねない。率直に言えば、私などはむしろ、新規国債日銀引き受けといった、通常なら禁じ手とされる政策の出動すら、今の状況では必要なのではないかと思っているのだが。


 民主党政権はくれぐれも間違えないでいただきたいと切に願う。



 ところで、朝日新聞の記事で「亀井・返済猶予案、町工場で聞いてみた」というのが目にとまった。内容は各自でご覧いただくのがよろしいだろうが、亀井大臣の発案に対するもっぱら否定的な声を「町工場の声」として紹介するこのような記事は、作ろうと思えば正反対のものもできるというたぐいの記事であり、極めて恣意的な、したがって低級な記事だと言わざるをえない。この記事を書いた石田博士という記者の見識を大いに疑わせる代物である。


 ただ、その中で、地元の産業振興協会の理事の考えとして、

小泉政権期に金融庁の検査が「国際会計基準」に合わせて厳密になったことが中小企業を追いつめた」

ということが述べられていたのはたぶん当たっているのだろう。そして、この関連で、私は不思議でならないのだが、以前に民主党桜井充参議院議員が「諸悪の根源、金融検査マニュアル」という文章をメールマガジンで送っていた。まさに金融検査マニュアルこそが、中小金融機関を含む金融機関の上記のような貸し出し姿勢(より正確には、貸さない姿勢)を生み出してきたのであり、そしてそれを変えるためには、桜井議員の言葉によれば「税金を一円も必要としない」はずなのである。それなのになぜ、民主党政権は、金融検査マニュアルの改訂を行なわないのだろうか。ここは、どう考えても理解に苦しむ。


 できる施策を総動員することが、今の不況(或いはむしろ、大不況)への対処として必要なのではないか。民主党政権はもっともっと危機感を強く持って、事に当たってもらいたいと希望する次第である。


 

2009-09-23

[] 民主党政権公約をひたすら実行せよ


 前原国交相が八ツ場ダム地元に「理解を得るまでダム建設事業の廃止手続きは進めない」と言ったとのことだが、もし本当なら、民主党政権交代を目指したのは何のためだったかを疑わせる。


 民主党政権の船出に合わせて行なわれた世論調査は、もちろんご祝儀も込めてだろうが、軒並み70%超の高率で鳩山内閣支持という結果を出した。しかしもちろん、それは無条件の支持ではなく、支持率調査と同時に行なわれた設問への回答では、新政権が財政の無駄を削ることへの期待が非常に高い。しかも八ツ場ダム建設の中止は選挙戦中に鳩山代表他が再三約束した事だ。今さら中止しない選択肢はありえず、それを先延ばしにする選択肢もありえない。


 地元の人々の生活への配慮はもちろん必要だが、それは意見交換会でなく説明会によって理解を求めれば充分だ。地元への過度の配慮は、地元以外の全国の有権者に対する背信行為になりかねないということを国交相及び民主党政権は認識すべきだ。



追記(9月28日)

 末尾に掲げたのは数日前の朝日新聞の記事だが、これについて少し触れておきたい。


 まず、この記事のうち、一晩にメールが4千通来たというのはもちろん真実だろうが、果たしてそのうち「8割が批判的な内容」というのは本当だろうか。もしこれが本当なら、少なくとも3200通の中身を一々チェックしてその内容を確認したのでなければならないはずだが、そんなことをやったとはまず考えられない。それにそもそも、8割が批判的だとすれば、残り2割つまり800通は批判的でない(ダム建設に賛成とまで言わなくとも)ということになるが、その割合は異常に高いように私には思われる。


 それはともかく、この記事の中にある「ネットの巨大掲示板」とはもちろん2ちゃんねるのことだろう。そして、私自身はもともと、2ちゃんねるなどという代物は全く評価に値しないと思っている。ただ、そう言った上で付け加えれば、この記事を読んで私は或る種の感慨を禁じえなかったことを白状しなければならない。


 つまり、長野原町に対して行なわれたのは、「まつり」とでも言うのだろうか(よくは知らないが)、ともあれインターネット側からのお騒がせなメール集中ということではあるのだが、しかし、長野原町の町役場にとってみれば、これほどのメールを受け取ることは空前絶後だろう(仮に複数のメールが同一人によって出されていたとしても)。これを単に「電話もひっきりなしで、仕事にならない。なぜ地元が悪者にされるのか」というふうに受け取るのは全く正しくない。先鋭的ではあれ、確かに世論の一部がこういう形で噴出したのであり、(上述のようにカウントが不確かだとしても)その圧倒的多数は自分たちの町がやろうとしていることに対して批判的なのである。これを全く無視するようでは、政治(行政もまた政治の一部である)に携わる人間として失格だと言わざるをえない。


 他方で、インターネットの側について言えば、今なお、自分たちの力の表現の仕方がわからずにいるように思えてならない。例えば、自分たちの思い思いの言葉で批判・中傷するというようなやり方よりもむしろ、今回の問題で言えば八ッ場ダムの建設がいかに無駄であるかを詳しく述べたウェブサイトへのリンクを紹介するメールが何千何万と送られていたならどうだろうか。こういう時には、攻撃は整然にして斉一的であるほうが遥かに効果的だと私は思う。インターネットの側は、力が依然限られているとはいえ、しかし全く無力ではないのだから、自らの力をより有効に使う方法を考えるべきではないだろうか。もう一段の成熟が、インターネットの側には求められているように思われる。


 上で言及した記事は以下のとおり。

八ツ場ダムの町、一晩にメール4千通 批判・中傷8割

2009年9月26日5時29分


 前原誠司国土交通相が建設中止を表明した八ツ場(やんば)ダムのある群馬県長野原町の町役場に、一晩で4千件のメールが殺到していたことが25日わかった。建設推進を求める地元に対し、8割が批判的な内容。町は「中傷が目立ち、メールサーバーへの負荷もかかる」として、メールの受け付けなどを25日朝、停止した。


 地元の住民代表らが23日の前原国交相との意見交換会への出席を拒否したことを受け「対話拒否はおかしい」「(民主党総選挙に勝ったという)民意に背くのか」といった批判や、「ダムが中止になって、なぜ喜ばないのか」という意見が多く、なかには「ごね得」「非国民」などと中傷するメールも。


 同町によると、通常は一日数件が届く程度。前原国交相が現地視察をした23日は200件を超すメールが届いた。担当者が25日午前8時すぎに確認すると、前夜からの間に4千件届いていたという。ネットの巨大掲示板に役場のメールアドレスが書き込まれたことが原因らしい。


 担当者は「電話もひっきりなしで、仕事にならない。なぜ地元が悪者にされるのか」と憤っている。


 

2009-09-16

[] 民主党政権はすべての記者会見をオープンにせよ


 民主党政権がスタートしたこういう日に民主党の批判をしたくはないが、政権の本質にもかかわることなので、あえて書いておきたい。


 「新首相就任会見、雑誌記者の参加認める 内閣記者会」という記事がある。一応引用しておくと、

首相就任会見、雑誌記者の参加認める 内閣記者会

2009年9月15日20時9分


 内閣記者会は15日、鳩山首相首相官邸で16日に行う就任会見について、外国特派員10人程度、雑誌・専門紙誌の記者10〜15人の出席を認める方針を決めた。内閣記者会は規約で、原則として会員以外の会見への出席を認めておらず、これまではオブザーバーとして特派員5人程度が参加するだけだった。


 官房長官内定している民主党平野博文役員室長から内閣総務官室を通して内閣記者会に対し、情報公開の観点から、外国特派員、雑誌・専門紙誌の記者の出席を認めるよう要請があった。内閣記者会加盟各社の代表が15日、協議した結果、規約の規定にかかわらず今回は参加を認めることにした。規約を改正するかどうかは今後協議する。

見られるように、雑誌記者が参加できることがさも情報公開の前進であるかのごとき形で語られているが、しかしこれはとんでもない話なのであって、実際には、記者クラブ(この場合には内閣記者会)に所属しないジャーナリストは原則として参加できなかったらしい。


 つまり、民主党が自らの政治姿勢の根幹に据えていたはずの「情報公開」ということが、政権スタート当日から歪められたのである。この点について詳しくは、次のコラムが書いている。

新聞が書かない民主党の「公約破り」

 また、この点を論じた番組(収録は9月15日、つまり政権発足前日のことだと思われる)が以下のリンクからビデオで見られるので、これもぜひご覧いただきたい。

1-6民主党 記者クラブ開放の公約を反故に 神保哲生 x 上杉隆

2-6民主党 記者クラブ開放の公約を反故に 神保哲生 x 上杉隆

3-6民主党 記者クラブ開放の公約を反故に 神保哲生 x 上杉隆

4-6民主党 記者クラブ開放の公約を反故に 神保哲生 x 上杉隆

5-6民主党 記者クラブ開放の公約を反故に 神保哲生 x 上杉隆

6-6民主党 記者クラブ開放の公約を反故に 神保哲生 x 上杉隆


 これで民主党は本当に政治改革などできるのだろうか。政権の先行きを大いに懸念させると言わざるをえない。例えば、容易にできる記者会見のオープン化を実現できずに、取り調べの全面可視化などという、遥かに難しいであろうことが、実現できるだろうか。


 既存のメディアがいかにダメであるかということを、我々はよく知っている。そしてその原因の相当部分が記者クラブの存在にあるということもよく知られている。記者クラブがあるからこそ、既存のメディアは相当程度官僚プロパガンダに踊らされており、それが今の官僚主導政治を作ってきたのではないだろうか。これを突き崩さずして、どうして官僚主導政治を打破できるだろうか。


 民主党政権は、官邸での会見を始めとして、各大臣及びその下の政務三役の会見に至るまで、すべての記者会見政権主催の会見とし、すべてのジャーナリストにオープンにすべきである。そうせずして、民主党政権官僚主導を打破できるとは私には思えない。


 

2009-09-04

[] 政治家ブログの更新度と政権交代


 今回政権交代が実現したのに伴い、これまで与党にいた(つまり、これから野党にいることになる)政治家の発信にも今まで以上に注意する必要があるだろうと思って、そういう種類のブログの情報を集めてみたが、いささか驚かされた。


 というのは、これからの野党政治家の発信たるや、一部を除けば極めてお粗末だからである。


 もちろん、私は全部を集めているわけではないし、当然ながら好き嫌いもある。そして一応設けた基準は、今回の選挙国会議席を獲得した政治家ブログ情報を集める、というものである(従来から閲覧していたものについては必ずしもその限りではないが)。だから、当然ながら数は限られてくるわけだが、それにしても、ちょっと少なすぎないかと思うほどの貧弱さだった。


 具体的に言うと(あくまでも印象に基づいて言うのだが)、自民党政治家の中でよく発信しているのは

衆議院議員 河野太郎発行メルマガ「ごまめの歯ぎしり」ブログ版

世耕日記

石破茂(いしばしげる)ブログ

ぐらいである。


 選挙前までは

早川忠孝の一念発起・日々新たなり

というのも更新頻度が高かったが、この政治家は落選し、今後は頻度が低くなるであろうことが予想される(それにそもそも、国会情報を知りたい当方としては、あまり価値がないものとなってしまった)。


 また、

伊藤達也ブログ【調布市・三鷹市・稲城市・狛江市選出】

選挙前まではよく更新していたが、やはりこの政治家も落選し、以来茫然自失状態となったからか、選挙からもう1週間近くなるのに全く更新されていない。


 これら以外に今回、上記の基準に基づいてリストに加えた自民党政治家のブログとしては次のようなものがある(なお、リンクは張っていないので、興味のある方はご自身で検索されたい。私自身は、調べるのに「超人大陸」のこのページを使った)。

「えんどう利明のブログ

「新かつとしコラム」

「伊東よしたか」

「田村のりひさ直球勝負!!」

「親指の独り言」

「涼晴記」

「ケンタブログ

しかし、これらのいずれも、真面目に更新しているとは言いがたい状態にある。

公明党をなぜ入れないかって? 公明党などという政党は、私にとっては一刻も早く無くなってほしい政党でしかない。つまり私は、そんな政党政治家が言うことに一々聞く耳を持つほど寛容な人間ではないということである。)


 これに対して、私は民主党及び他の野党政治家(その多くはこれから与党政治家になる)のブログも20余りふだんからチェックするようにしているが(もちろん、いわゆるRSSリーダーなるものを使ってである)、こちらは(すべてとは言わないが)概してまめに更新されている。


 自民党政治家の多くはインターネットもろくに使えない連中だったのだろうか? そういう可能性もなくはないが、しかしそうではないだろうとまずは考えたい。とするなら、この歴然たる違いは一体何を意味するのか? 自民党政治家は、ブログにうつつを抜かす暇を惜しんで地元回りに励んでいた、ということなのか? しかし私の見るところでは、まめに更新している政治家は地元回り等もよくやっているように見える。とするなら、これは一体どういうことなのか? 与党ボケとでも言うべきものがあるのだろうか。


 政治家というのは、ただの有権者でさえものを言いたくなる日本の政治の、そのど真ん中に位置している人々のはずである。彼らが自分の言いたいことに事欠くとはまず考えられない。ところが、(これまでの)与党野党でこれだけ異なってくるというところからすると、与党というのは、当の政治家本人がしっかりしていないと、政治家をだめにするシステムなのではないか?


 まだ謎は解けないが、ともあれ、与党野党ブログによる発信の度合いにこのような違いが見られるとは、極めて興味深い現象ではある。そしてともかくも、これからの与党インターネットでの政治活動(特に選挙時における)を全面自由化するなど、時代に合った改革を行なっていただきたいものである。


 

2009-09-03

[][] 鳩山論文への態度に見るアメリカ人の傲慢さ


 ふだん引用しない読売新聞からまず記事を引用しておきたい。

民主鳩山氏「米紙論文反米ではない」


 鳩山代表は31日、党本部で記者団に対し、米国ニューヨーク・タイムズ紙に掲載された鳩山氏の論文米国内の一部から批判されていることについて、「決して反米的な考え方を示したものではないことは、論文全体を読んでいただければわかる」と強調した。


 論文は、米国主導のグローバリズム市場原理主義を批判し、アジア中心の経済体制の構築などを主張している。鳩山氏は「寄稿したわけではない。(日本の)雑誌に寄稿したものを、抜粋して載せたものだ」と述べた。論文は日本の月刊誌「Voice」9月号に掲載されたもので、英訳は鳩山事務所で行ったという。同紙関係者は本紙の電話取材に対し、「紙幅に合わせて短縮し、いくつか不明瞭(めいりょう)な単語を変えたが、内容で本質的なことが編集で変えられたことは断じてない」と強調した。

(2009年8月31日22時04分 読売新聞

 記事のリンクはこちら


 NYTimesの記事は私も読んだが、確かにこれだとアメリカ人に対する批判が強いかなとは思った。そして実際、「米紙に寄稿の「鳩山論文」相次ぎ批判 米国内の専門家ら」などという記事も出てきている(末尾にこの記事のコピーを掲げておく)。


 しかし、言うまでもないが、アメリカ人はもっと批判されなければならない。例えばglobalismに関して言えば、昨年秋のリーマン・ブラザーズの破綻に始まる金融危機は、アメリカ(そしてヨーロッパ)の金融資本の狂奔がもたらしたものではないか。これに対する真摯な反省の声など、聞いたことがない。ふざけるなと言わざるをえない。また、東アジアにいる日本が東アジア諸国との協調関係をこれまで以上に重視するべきなのは当然である。


 加えて指摘しなければならないのは、冒頭で引用した読売新聞の記事に見られるアメリカ人の傲慢さである。つまり彼らは、他人の論文を勝手に縮めておいて、それを何ら恥じるところがない。これを傲慢と呼ばずして何と言おうか。「紙幅に合わせて短縮し、いくつか不明瞭(めいりょう)な単語を変えたが、内容で本質的なことが編集で変えられたことは断じてない」などと言ったとのことだが、何が本質かを決めるのは、文章の形という点から言えば著者であり、内容の理解という点から言えば読者であって、それ以外にはない。記者ごときが勝手に短縮したり単語を変えたりするなどということは、著者に対する冒瀆(ぼうとく)と言ってよい。


 ここで、私が過剰に怒っていると思う向きもあるかもしれないが、そう考えるのは正しくない。実は、欧米人は、非欧米人の著作(特に論説的な著作)に対してはしばしばこういうことをやるのである。そして彼らはそうするのが当然の権利であるかのごとくに思っている。つまり、自分たちのほうが文化的優位に立っていると思っているのであり、ここに見られる傲慢さが、まさに今回の件にも見られるのである。私が鳩山氏なら、当然当の記者・新聞社に対して釈明(否むしろ、謝罪)と、全文掲載とを求めるだろう。それは当然の権利なのである。アメリカ人が日本人をなめていることが今回の件から透けて見えていること、これに対して日本人はもっと怒らなければならない。これは愛国主義の問題ではなく、知的誠実さの問題である。



 上で言及した「米紙に寄稿の「鳩山論文」相次ぎ批判 米国内の専門家ら」という記事は以下のとおり。但し、この記事では鳩山氏が「米紙に寄稿」したとあるが、実際にはそうでなく、冒頭に引用した記事が言うような事情だとのことである。

米紙に寄稿の「鳩山論文」相次ぎ批判 米国内の専門家

2009年8月29日3時8分


 【ワシントン=伊藤宏】民主党鳩山代表が27日付の米ニューヨーク・タイムズ紙(電子版)に寄稿した論文をめぐり、米国内に波紋が広がっている。「米国主導」の世界経済の体制を批判的にとらえ、アジア中心の経済安全保障体制の構築を強調した内容が、米側の目には「現実的でない」と映るようだ。専門家らの間には日米関係の今後に懸念を抱くむきもある。


 鳩山氏は論文のなかで、「冷戦後、日本は米国主導の市場原理主義グローバリゼーションにさらされ、人間の尊厳が失われている」と指摘。自ら掲げる「友愛」の理念のもと、地域社会の再建や、東アジア地域での通貨統合と恒久的な安全保障の枠組みを作る考えを強調した。


 これに対し、日本政治に詳しい米外交問題評議会のシーラ・スミス上級研究員は27日、朝日新聞の取材に「グローバリゼーション米国式の資本主義、との批判だが、これはG20における日本の役割にとって、何を意味するのか。民主党政権国際通貨基金IMF)体制の支援から離れて、他の体制を見いだすのか。経済再生の努力から優先順位を移すのか。米ドル体制の支援とは、別な立場をとるのだろうか」と疑問を投げかけた。


 元米政府関係者は「オバマ政権は、(鳩山氏の)論文にある反グローバリゼーション、反アメリカ主義を相手にしないだろう。それだけでなく、この論文は、米政府内の日本担当者が『日本を対アジア政策の中心に据える』といい続けるのを難しくするし、G7の首脳も誰一人として、彼の極端な論理に同意しないだろう。首相になったら、評論家のような考え方は変えるべきだ」と批判した。


 別の元米政府関係者も「グローバリゼーションについての米国への批判は一方的に過ぎるし、日米同盟の重要性に触れたくだりも、非常に少ない。鳩山氏はもっと日米関係に理解のある人だと思っていたが、変わったのだろうか」と話す。


 ニューヨーク・タイムズワシントン・ポストは、いずれも27日付で、日本の総選挙に関する記事を掲載。いずれも民主党が勝利して政権交代が起きる可能性が高いことを伝える内容で、今回の総選挙に関する米国の関心の高さを示している。


 

2009-09-01

[] 或る議員経験者による今回の総選挙評(追記あり)


 備忘のために記すのみだが、元民主党衆議院議員の水島広子氏が今回の総選挙についての感想を述べておられる。考えさせる内容なので、ここに紹介しておく次第。


 追記

 社民党の福島党首のWebサイトにある「ご意見・ご質問」の欄から以下のコメントを送った。

 今回の選挙保坂展人氏が落選したのは残念でなりません。社民党はもし今後も政党として存在感を保っていこうとするのなら、ああいう有為の士をほったらかしにしておくべきでは断じてないと思います。次期選挙(可能なら、来年の参議院選挙で、比例区上位から)での処遇も含めて、社民党の重要な政治家の一人としてしっかり支えていかれるよう希望してやみません。


 

2009-08-29

[][] 新政権が真っ先に直面する問題――現在の大不況


 少し前の記事で書いたとおり、もし民主党が政権をとったとして、その評価は民主党が政権奪取後に速やかにしかるべき行動に移れるかどうかに大きく左右されるだろうと思われる。


 それに加えてもう1つ、やはり現在の大不況にどう対処するかということが、待ったなしの課題として新政権には突きつけられるだろう。この関連で、4−6月期の実質GDPが年率3.7%という大本営発表(景気実感により近い名目成長率は年率で−0.7%)が、確か今回の総選挙の公示当日ごろに出されたが、これに対して

7月失業率、過去最悪の5.7% 有効求人倍率も最低

失業率、近畿は5年ぶりに6%超える 7月6.3%

という、経済の実態をより正確に反映している数字が今になって出てきたのは、今後の政治を考える上で意味深長だと思われる。


 現在の状況を大不況とする見方に対しては、アメリカFRB議長のバーナンキ氏が先日「景気後退はいま終局を迎えている」と言ったではないかとの反論があるかもしれない。しかし、例えば経済学者の斎藤精一郎氏は「今夏の「景気回復の動き」が「インディアン・サマー」にも似た、勢いに乏しくかつ持続性に欠くものであると考える」と述べている(リンクはこちら)。


 より黙示録的な見方を知りたければ、こういうWebサイトもある(ふだん私自身は話半分に見ているが)。


 では、仮に民主党が政権を取ったならどうするべきか。私ごときに大した知恵があるはずもないが、しかしともあれ、民主党は自らが選挙で約束した公約を実行するべく努力すべきだと思われる。その根拠は、元日銀金融研究所所長の鈴木淑夫氏の見方である。

民主党には成長戦略がある

詳しくは読者自身でご覧になるのが良いだろうが、要するに鈴木氏によれば、民主党の成長戦略とは、家計を直接潤すことによって内需を刺激し、それによって経済成長を目指すというものだと言ってよい。実際、家計でなく企業を潤すことによって家計にもその恩恵が及ぶことを期した自民党の成長戦略が破綻していることは既に明白なのだから、良くも悪くも、日本には民主党流の成長戦略を取って景気回復を目指す他に道はないのである。


 もう一言。以上述べたことに加えて、やはり新政権は、今の経済状況がそれこそ未曾有(みぞう)の不況なのだということに改めて思いを致すべきだろう。そして、過去の経験、より具体的に言えば、1930年代の大不況時に当時の政府が高橋是清蔵相のもと何を行なったかを、改めて学ぶべきではないだろうか。尋常な方法では間に合わないという可能性を真剣に考える必要があるように私には思えてならない。


 

2009-08-28

[] 選挙関連の新聞記事その他


 情報を記すのみだが、まず朝日新聞選挙関連特集記事から。

09政権選択 地殻変動

 私は数十年朝日新聞を読みつけているので、既に読んだ記事ばかりなのだが、このリンクからまとめ読みをしてみると、日本の政治が変わりつつあることが実感できて極めて面白く、メディアも捨てたものではないと思った。関心のある方に一読をお勧めしたい。


 次に菅代表代行の演説を報じた民主党Webサイトの記事だが、

いよいよ日本の歴史が大きく動く JR蒲田駅前で菅代表代行

 今の政治についてこれくらい説得力のある演説を目にしたことはない。語られているのは当然のことばかりなのだが、読んでみて、これはまさに今こそ語られなければならないことなのだ、という感を新たにした次第である。同じく、関心のある方に一読をお勧めしたい。


 選挙戦終了まであと1日。いよいよ日本の政治が本当に変わる時が近づいた。


 

2009-08-27

[] 世論調査の見方と、民主党のやる気の見極め方


 民主党が300議席を超える勢いだとの調査結果を新聞各社が報じている(例えばこちらこちら)。


 ということは、民主党は前回総選挙の自民党並みに勝ちそうだということになるわけだが、私の記憶違いでなければ確か民主党は前回の総選挙で、それ以前の総選挙の時よりも得票を伸ばしており(少なくとも比例区では)、そして前回の総選挙では投票率が数%伸びたが、投票率のその伸び分が自民党に回ったので民主党は敗北した、ということだったはずである。とするならば、仮に新聞社の調査どおりになったとしても、実際の得票数では民主党と自民党との間に天と地ほどの差があるわけでは決してない、というふうに考えるのが妥当だろう。もちろん、選挙は投票箱の蓋を開けるまでは何がどうなるかわからない代物だから、優勢が伝えられる民主党側とておごり高ぶるなどということはみじんもないだろうと思うが、仮に勝利したとしても、なお決しておごるべきでないことを、現在の調査の結果は示しているように思われる。


 民主党支持者の中には、今の調査の報道を聞いて浮かれる向きもあるかもしれないが、今の世論の動向はそのような浮かれ気分を正当化するものでは決してないのである。このことを、民主党及び民主党支持者は肝に銘じる必要があろう。



 ところで、民主党が政権を取った場合の国民の反応は「不安」だというのが、現在の報道の紋切り型である。これはとりわけ、民主党は官僚政治の打破を言うが本当に官僚をコントロールできるのかどうか、という点にかかわっているように思われる。


 しかし、言うまでもなくこういうことはやりよう次第なのであって、やり方如何では問題なくできるはずである。私ごときが偉そうに言うほどのことではなく、民主党でも当然考えられているだろうが、ここであえて一つのやり方を書いておきたい。


 すなわち、民主党が政権を取った時には、各分野で積極的に推進する政策とそうでないものとを明確に区別して、推進する政策には優先的にこれだけの予算をつけ、そしてそうでないものについては、従来どおりにやるものとそうでないものとに分け、そうでないものは当然廃止、或いはその方向で縮小することとし、これに対して従来どおりやるものについては例えばこれまでの予算の5%減ないしは10%減でやるということにし、どうやって予算を減らすかについては官僚に考えさせるのである。


 書いてみて、我ながら少しも大した話でないと思うが、要するに言いたいのは、以前から営々として行なわれてきており今後も一応必要性が認められるものについて、予算の削減努力を官僚の側に課する、ということであり、これに対して官僚の事務方のトップができないと言ってきた場合には、官僚の中でできるやつがいるかどうか見て、できると言ったやつにやらせて、できないと言ったやつを更迭すればよいまでの話である。官僚を操縦するとは、要するにこういうことなのではないだろうか。


 そして当然、こういうこと(無能な官僚の更迭、降格)ができるようにするよう、民主党は政権奪取の暁には、関連する法律(給与法などでしょうか)を直ちに改正する必要が出てくるだろう。したがって、官僚をコントロールできるかどうかに関する国民の不安を民主党が払拭できるかどうかは、民主党がそのあたりの法改正に直ちに着手しこれを実現していくかどうか、というあたりから見極めることができるのではないだろうか。


 政権直後の行動において民主党の本気度が試されていると思うのは、私一人ではあるまい。


 

2009-08-21

[] 実にふざけた話――なぜ最高裁判所裁判官国民審査期日前投票はすぐにできないのか?


 忘れないうちに書いておくべき話として、表題のことを記しておきたい。諸般の事情から期日前投票をしようと思っており、なるほど投票所入場券は極めて迅速に(私の間違いでなければ確か公示日当日である8月18日のうちに)送られてきた。そして期日前投票も翌19日から可能だとのこと。結構結構、と思っていた。


 ところが、である。よく見ると「最高裁判所裁判官国民審査は8月23日(日)から受け付けます」とある。つまり、今週(〜8月22日まで)の間は国民審査期日前投票はできないのである。


 衆議院議員選挙はできるのに、なぜ最高裁判所裁判官国民審査はできないのか。私自身は来週の期日前投票もできなくはないので問題ないのだが、知人の中には今週中しか期日前投票ができない者がいて、これでは国民審査への一票は投じられない。これは実におかしな話ではないか?


 と思っていたら、ある筋から情報が入ってきた。「総務省選挙選挙課」の話だそうである。それによると

記号式の投票用紙であるため、公示時点で対象となる裁判官が確定してから投票用紙の印刷にかかる。これを期日前投票の場所に確実に届けるには5日間を要する

のだとか。理由にならない理由とはまさにこういうものだろう。公示日直前に裁判官が死ぬことでも考えているのだろうか。そうであればその時には投票所にその旨の通知を出せば良いだけの話であり、その程度のことは印刷を遅らせる理由には全くなりえない。むしろ、期日前投票の期間を短縮することのほうが遥かに問題である。


 こういう屁理屈を理由にしているのなら、いっそこの機会に国民審査の投票方式を改めてはどうか。つまり、白紙にだめな裁判官の名前を書かせるのである。当然ながら、書く欄は人数分(今回は9人だそうである)用意されるのが良いが、これがまた遅らせる口実になるのなら、全くの白紙でも良い。


 とにかく、総務省よ、姑息なことはやるべからず。国民審査総選挙と同様に重要な投票機会なのだから、当然、同様の長さの投票期間が与えられてしかるべきである。それにしても、日本の政府のやることは実にくだらないと、改めて思わせられた。


 

2009-08-17

[] ネット解禁を妨害し抵抗している「責任与党


 選挙前に必ず1度は書いておかなければならないと思いながらぐずぐずしていたら、社民党保坂展人議員が「ネット解禁を妨害し抵抗している「責任与党」」という題で、私の言いたいことを見事に書いてしまわれた。よってくだんのごとしということである。同記事へのリンクはこちら


 全く、与党がその気になりさえすれば、選挙時のインターネット利用を認めることぐらいはすぐにもできるはずなのだが、それをやってこなかった自民党(及び公明党)は救いがたいほど後進的だと評さざるをえない。政治家の声を最も聞きたいのが選挙期間中であることは、誰が考えても当然すぎる話ではなかろうか。


 もちろん当ブログは、選挙期間中に特定の候補や政党を応援する野暮な真似はしないので、これからも適宜更新を続けていくつもりである。


 なお、選挙時であってもインターネット上で政治関係の主張(ブログなどでの)としてどういうものが可能かについては、このページが参考になる。


追記

 ふだんリンクをつけたいと思わないURLに見られる情報だが、これは有意義だと思われるので紹介しておきたい。

4人の最高裁裁判官に×(バツ)を与える国民運動」を行うことを提案します


 確かに、このページで名前が挙がっている4人は不信任を投じるべき裁判官たちだと私も思う。特に、竹内行夫なる輩はかの天木直人氏が批判してやまない元外務事務次官であり、天木直人氏が繰り出す政治批判に日頃感心している身としては、不信任票を投じない手はない。本ブログにどれほど読者がいるか知らないが(本ブログはカウンターを設置していないので)、それぞれご覧の上ご自分で判断されることをお勧めしておく。


 

2009-08-13

[] 東京における「比例区社民党」の意義


 言うまでもなく、本ブログは来たるべき総選挙での政権交代を心から熱望しており、当然ながら、民主党を始めとする野党に頑張ってもらいたいと思っている。そして実際、選挙区選挙では、私自身はまず間違いなく民主党の候補に投票することとなるだろう。


 但し、民主党が一人勝ちすることが望ましいと思っているわけでは必ずしもない。次の選挙民主党が現政権自民党公明党に勝利して政権を奪取する場合、望ましいのは、野党連立政権が樹立されることである。(善悪は別にして)共産党連立政権に加わることはないだろうから――参加しない理由は、私の見るところ、共産党の執行部の姿勢に存するというよりむしろ、共産党の地方組織の姿勢に存するように思われる――、残るは社民党国民新党である。だから、連立政権が望ましいと言う場合には、基本的には、民主党社民党国民新党連立政権を考えていることになる。そして私自身は、民主党の中でもどちらかというとリベラルな人々に期待するところが大であり、その意味では、同じく基本的にリベラル政治家が割合多くいる社民党にも期待するものが少なからずある。


 そこで、では民主党社民党の両方を応援するにはどうしたらよいか。よくある投票行動論に属すると思われるが、小選挙区では与党の候補に勝てる野党の候補――したがって、基本的には民主党の候補――に投票し、比例区では、自分が応援したい政党に投票する、というのがベストだろうと思われる。したがって、現在の野党による連立政権の実現を希望する私のような者は、小選挙区では民主党に、比例区では社民党に入れるのが良いということになる。


 東京において比例区社民党に投票することには格段の意義がある。なぜなら、たぶん私の間違いでなければ、東京選挙区から立候補する現職の衆議院議員保坂展人議員1人であり、その保坂議員は、本ブログの過去記事で書いたように、党派を超えて応援するべき理由大ありの議員だからである。


 保坂議員が立候補することになる東京8区の有権者の望ましい投票行動(もちろん、私の立場から見て「望ましい」、と言っているのである)とは、私自身の投票行動とはもちろん異なり、選挙区でも社民党(の保坂議員)、比例区でも社民党に投票することである。しかし、東京8区以外で東京に住む有権者も、もし少しでも保坂議員を応援する気持ちがあるのなら、比例区社民党に投票するのが良い、ということになる。


 もちろん、以上は私が勝手に思っていることであり、個々の有権者はそれぞれ自分の判断で投票をされるだろう。そもそも、他人に言われて(特に、こういう場末のブログに書いてあることをたまさか誰かが読んだとして)言われたとおりに行動するような大人は、特に政治的な決定という場面においては、まず皆無だろう。であるから、個々の有権者は自分の判断で投票されたい。ただ、東京選挙区有権者であって、例えば共謀罪創設法案が通らないで良かったと思うような人にとっては、比例区での社民党への投票行動は大きな意味があると思われる、それだけのことである。


 なお、選挙については、特に選挙期間におけるブログからの発信に関して、次のWebサイトの情報が役に立つ可能性が大いにあるので、一応リンクを掲げておくことにする。

ネット時代の勝手連と公選法



 以上は、ほぼ一年前に掲げた記事のほぼそのままでの再掲である。


 

2009-08-05

[][] 資源枯渇に対処するための社会制度について、一つの考え方――耐用年数価格


 まず朝日新聞の記事の引用から始めることにする。

「世界の大油田、生産ピーク過ぎた」IEA研究者が警告

2009年8月3日23時18分


 【ヒューストン(米テキサス州)=勝田敏彦】国際エネルギー機関(IEA、本部・パリ)の研究者が「世界の大油田原油生産はすでにピークを過ぎ、世界全体でも10年後にはピークを迎える」と分析していることがわかった。3日付の英紙インディペンデント(電子版)にインタビューとして掲載された。IEAの関係者が石油のピーク時期について明確に言及するのは珍しい。


 インタビューに答えたのはファティハ・ビロル博士。記事によると、世界の埋蔵量の4分の3を占める800以上の油田について初めて詳細な分析をしたところ、多くが生産のピークを過ぎており、5年以内に供給不足が起きて経済に大きな影響が出る可能性があるという。

 もとのIndependent紙の記事も末尾に掲げておくことにする。


 つねづね思うことだが、今の資本主義経済の制度として最も優れているとして、しかしそれが明白な問題を抱えていることもまた明らかである。その問題とは、大きく言えばいわゆる環境問題であり、よりミクロな形で言えば物・資源の浪費である。価格を維持するために畑のキャベツブルドーザーで潰す光景がこういう場合によく想起されるが、もちろんそれだけでなく、以前何かで聞いた、日本では年間11兆円分もの食料が廃棄されているという話もまた、資本主義のなせるわざと言えよう。これがおかしいことは明らかなのだが、しかしこれに手をつけることが今の人間にはなかなかできずにいる。資本主義に代わる制度を見いだせないから、或いはより正確に言えば、見いだせないと思っている(思い込んでいる)からである。


 私はいわゆる経済学は落第であり、またそもそも、いわゆる近代経済学(最近ではこんな言い方はしないだろうが)などというものははなから馬鹿にしている口なので、いかなる意味でも経済経済学専門家ではない。しかし、経済或いは経済学専門家とやらが何も言わないので、素人として、以前から思っている或る思いつきをこの際書いてみたく思う。


 資本主義とは、私の理解が間違っていなければ、価格メカニズムによってすべてを律する経済制度だと言えよう。この価格が一元的に比較可能なところから、様々な分野で競争が生じ、それが結果として良い効果を及ぼしているということは、今さら私ごときが言うまでもあるまい。ただ問題なのはここであって、例えば上で言った、価格維持のためにキャベツを廃棄するというような話は、数日で品質が損なわれるキャベツという産品の性格上なかなか解決が難しい問題なのだが、しかしそこまでいかないものについては、価格形成という面で工夫があって良いのではないか。つまり、価格というものの中に時間を組み込むのである。


 言い換えるなら、言わば耐用年数価格とでも言うべきものが、価格メカニズムにおいて採用されるべきなのではあるまいか。


 「耐用年数価格」の意味をわかりやすく説明するなら、例えば靴を考えてみると良いかもしれない。或る靴を履いて、もちろん履きつぶすまでの期間は人によって異なるわけだが、しかしそれでも、一応平均的な使用可能期間というものは計算可能なのではあるまいか。話の都合上、計算可能だということにして、例えばAという靴が10000円で2年もつとする。この場合、この靴Aの耐用年数価格は5000円/年である。これに対してBという靴が20000円で5年もつとする。この場合、この靴Bの耐用年数価格は4000円/年である。このようにして、現行の(すなわち見かけの)価格体系では靴Aは靴Bより安いが、耐用年数価格表示からすれば実はBのほうがAより安いし、実際使う側からすれば、真の意味で安いのはBのほうである。


 耐用年数価格を採用することのメリットは明らかだろう。すなわち、それによって、資本主義制度に由来する(つまり制度的な)資源浪費が大幅に防げる可能性があるのである。


 但し、実現のためにはもちろん問題は少なくない。まず何よりも、誰がその耐用年数とやらを決めるか、である。これについては、いろいろな商品テスト機関が競って耐用年数を発表するのが良いのではないかと私は考える。そのような競争が進めばおのずと、この分野の商品の耐用年数についてはこの機関が信頼に値するということがわかってくるはずである。また、信用度を見極める程度のことは、消費者が自ら行なうべきだろう。付け加えるなら、こういう機関はもちろん一種の格付け機関だと言うことができるが、ムーディーズその他の、世間を騒がせるだけで全く世の役に立っていない(と私は思うのだが)格付け機関などに比べれば、遥かに良心的な格付け機関だと言えよう。


 他にも問題はあろうが、しかし、まずはアイディアを言っておくのが肝要だと思うので、ここではアイディアの提示にとどめておきたい。


 Independent紙の記事は以下のとおり。

Warning: Oil supplies are running out fast

Catastrophic shortfalls threaten economic recovery, says world's top energy economist

By Steve Connor, Science Editor

Monday, 3 August 2009


The world is heading for a catastrophic energy crunch that could cripple a global economic recovery because most of the major oil fields in the world have passed their peak production, a leading energy economist has warned.


Higher oil prices brought on by a rapid increase in demand and a stagnation, or even decline, in supply could blow any recovery off course, said Dr Fatih Birol, the chief economist at the respected International Energy Agency (IEA) in Paris, which is charged with the task of assessing future energy supplies by OECD countries.


In an interview with The Independent, Dr Birol said that the public and many governments appeared to be oblivious to the fact that the oil on which modern civilisation depends is running out far faster than previously predicted and that global production is likely to peak in about 10 years – at least a decade earlier than most governments had estimated.


But the first detailed assessment of more than 800 oil fields in the world, covering three quarters of global reserves, has found that most of the biggest fields have already peaked and that the rate of decline in oil production is now running at nearly twice the pace as calculated just two years ago. On top of this, there is a problem of chronic under-investment by oil-producing countries, a feature that is set to result in an "oil crunch" within the next five years which will jeopardise any hope of a recovery from the present global economic recession, he said.


In a stark warning to Britain and the other Western powers, Dr Birol said that the market power of the very few oil-producing countries that hold substantial reserves of oil – mostly in the Middle East – would increase rapidly as the oil crisis begins to grip after 2010.


"One day we will run out of oil, it is not today or tomorrow, but one day we will run out of oil and we have to leave oil before oil leaves us, and we have to prepare ourselves for that day," Dr Birol said. "The earlier we start, the better, because all of our economic and social system is based on oil, so to change from that will take a lot of time and a lot of money and we should take this issue very seriously," he said.


"The market power of the very few oil-producing countries, mainly in the Middle East, will increase very quickly. They already have about 40 per cent share of the oil market and this will increase much more strongly in the future," he said.


There is now a real risk of a crunch in the oil supply after next year when demand picks up because not enough is being done to build up new supplies of oil to compensate for the rapid decline in existing fields.


The IEA estimates that the decline in oil production in existing fields is now running at 6.7 per cent a year compared to the 3.7 per cent decline it had estimated in 2007, which it now acknowledges to be wrong.


"If we see a tightness of the markets, people in the street will see it in terms of higher prices, much higher than we see now. It will have an impact on the economy, definitely, especially if we see this tightness in the markets in the next few years," Dr Birol said.


"It will be especially important because the global economy will still be very fragile, very vulnerable. Many people think there will be a recovery in a few years' time but it will be a slow recovery and a fragile recovery and we will have the risk that the recovery will be strangled with higher oil prices," he told The Independent.


In its first-ever assessment of the world's major oil fields, the IEA concluded that the global energy system was at a crossroads and that consumption of oil was "patently unsustainable", with expected demand far outstripping supply.


Oil production has already peaked in non-Opec countries and the era of cheap oil has come to an end, it warned.


In most fields, oil production has now peaked, which means that other sources of supply have to be found to meet existing demand.


Even if demand remained steady, the world would have to find the equivalent of four Saudi Arabias to maintain production, and six Saudi Arabias if it is to keep up with the expected increase in demand between now and 2030, Dr Birol said.


"It's a big challenge in terms of the geology, in terms of the investment and in terms of the geopolitics. So this is a big risk and it's mainly because of the rates of the declining oil fields," he said.


"Many governments now are more and more aware that at least the day of cheap and easy oil is over... [however] I'm not very optimistic about governments being aware of the difficulties we may face in the oil supply," he said.


Environmentalists fear that as supplies of conventional oil run out, governments will be forced to exploit even dirtier alternatives, such as the massive reserves of tar sands in Alberta, Canada, which would be immensely damaging to the environment because of the amount of energy needed to recover a barrel of tar-sand oil compared to the energy needed to collect the same amount of crude oil.


"Just because oil is running out faster than we have collectively assumed, does not mean the pressure is off on climate change," said Jeremy Leggett, a former oil-industry consultant and now a green entrepreneur with Solar Century.


"Shell and others want to turn to tar, and extract oil from coal. But these are very carbon-intensive processes, and will deepen the climate problem," Dr Leggett said.


"What we need to do is accelerate the mobilisation of renewables, energy efficiency and alternative transport.


"We have to do this for global warming reasons anyway, but the imminent energy crisis redoubles the imperative," he said.



Oil: An unclear future

Why is oil so important as an energy source?


Crude oil has been critical for economic development and the smooth functioning of almost every aspect of society. Agriculture and food production is heavily dependent on oil for fuel and fertilisers. In the US, for instance, it takes the direct and indirect use of about six barrels of oil to raise one beef steer. It is the basis of most transport systems. Oil is also crucial to the drugs and chemicals industries and is a strategic asset for the military.


How are oil reserves estimated?


The amount of oil recoverable is always going to be an assessment subject to the vagaries of economics – which determines the price of the oil and whether it is worth the costs of pumping it out –and technology, which determines how easy it is to discover and recover. Probable reserves have a better than 50 per cent chance of getting oil out. Possible reserves have less than 50 per cent chance.


Why is there such disagreement over oil reserves?


All numbers tend to be informed estimates. Different experts make different assumptions so it is under- standable that they can come to different conclusions. Some countries see the size of their oilfields as a national security issue and do not want to provide accurate information. Another problem concerns how fast oil production is declining in fields that are past their peak production. The rate of decline can vary from field to field and this affects calculations on the size of the reserves. A further factor is the expected size of future demand for oil.


What is "peak oil" and when will it be reached?


This is the point when the maximum rate at which oil is extracted reaches a peak because of technical and geological constraints, with global production going into decline from then on. The UK Government, along with many other governments, has believed that peak oil will not occur until well into the 21st Century, at least not until after 2030. The International Energy Agency believes peak oil will come perhaps by 2020. But it also believes that we are heading for an even earlier "oil crunch" because demand after 2010 is likely to exceed dwindling supplies.


With global warming, why should we be worried about peak oil?


There are large reserves of non-conventional oil, such as the tar sands of Canada. But this oil is dirty and will produce vast amounts of carbon dioxide which will make a nonsense of any climate change agreement. Another problem concerns how fast oil production is declining in fields that are past their peak production. The rate of decline can vary from field to field and this affects calculations on the size of the reserves. If we are not adequately prepared for peak oil, global warming could become far worse than expected.


Steve Connor, Science Editor


 

2009-07-14

[][] 臓器移植法A案の可決を断然批判する


 まさにどさくさにまぎれて、という感じだが、臓器移植法の採決が行なわれ、最も悪いA案が可決され成立してしまった。


 どの議員がどの案に賛成・反対したかはこのページ(非常に探しにくいが)から見ることができ、また新聞でも報道されているのでわかることだが、A案可決については自民党議員の大多数が賛成に回ったことが大きかったようである。


 新聞報道によると江田議長は「解散で廃案になるより一定の結論を出した方がいい」とコメントしたとのことだが、全く同意できない。見識ある判断を出すことこそが何よりも重要であり、その意味からも慎重な審議こそが必要だった。特に、参議院良識の府を自称するのであればそれが求められたはずである。参議院は自らの存在意義を証する機会を逸したと評さざるをえない。


 A案の可決により、私の誤解でなければ、脳死体となる可能性のある患者・負傷者は、当人が臓器提供をしないという意思表示を明確にしていない限りは、皆脳死判定の対象となりうることになる。これが、A案が「脳死を人の死とする」案だと評される所以であり、そのように評することは間違っていない。そしてもちろん、だからこそA案は極めて問題なのである。


 そして今後、臓器移植の供給増のために救急医療がおろそかにされるようになる懸念がある。これは、いくら救急医療それ自体に携わる医師が懸命に救命を試みようとも、である。なぜなら、救急医療は今後いっそう臓器移植医療とのせめぎ合いの中に置かれることになるからである。さらに、「臓器移植先進国」であるアメリカでは、脳死基準を満たしていない場合でも生命維持装置を外した直後に臓器の摘出を認めるというピッツバーグ方式なるものがあると聞く。このように、脳死基準なるものをいったん認めると救急医療がなしくずしにされる危険性が現にあるのである。このようなおぞましい事態に道を開く今回の国会の議決は幾重にも批判されなければならない。


 ともあれ、今回A案に賛成した国会議員は、よもや自分たちはただ賛成しただけだなどとは思ってはいるまい。何しろ、国会の決定は法として国民全体を縛るのだから、当然、A案に賛成した議員は残らず、臓器提供の意思を明確にして、仮に自分が脳死状態になった場合には必ず、心臓を含めて臓器を提供するようにしてもらわなければならない。臓器を摘出されるいわゆる脳死体(もちろん正しくは、生きている人間)は、摘出の際には体温が上昇し(つまり、摘出という侵襲に対して抵抗し)、時にはのたうちまわることもあると私は聞いているのだが。


 

2009-06-30

[][] 取り調べの全面可視化――警察・検察は市民の良識を信頼して踏み出すべき


 毎日新聞の特集記事(末尾に引用する)に触発されて書いているわけだが、結論は表題に書いたとおりである。警察・検察は全面可視化へと踏み出すべきである。


 警察・検察が全面可視化に対して消極的な理由として、記事では次のようなことが言われている。

複数の幹部は「全面可視化すると検挙できなかったり真相解明できない恐れがある」と指摘。「特に暴力団犯罪の捜査は困難。しゃべったことが法廷で明らかになると報復されるからだ。治安悪化は必至」と強調する。

 これは特に、市民が裁判に参加するいわゆる裁判員制度(私自身はこの制度にはあまり賛成できないでいるが、それはともかく)の対象となる裁判の際に、全面可視化によって取り調べの状況が明らかにされ、それが警察・検察に対する裁判員の心証を害する、といった可能性を気にしての発言ではないかと思われる。


 しかし、もしこの推測が正しいのなら、警察・検察はもっと市民の良識を信頼して、あえて全面可視化へと踏み切るべきである。もちろん取り調べる側と被疑者との間では様々なやりとりが行なわれ、その中ではきつねとたぬきの化かし合いとでも形容すべきことも時にはあるのだろうが、犯罪をめぐって何が真実かについて判断する能力にかけては、警察・検察に比べて一般の市民が格段に劣るとは私には思えない。そこで問題になっているのは、要するに人間としての良識であり、その点で警察・検察に比べて一般の人間が劣るとは思えないからである。つまり、人生経験がものを言う場面にあっては、警察・検察と一般人の間に能力の隔絶した開きなどはないと思うからである。


 引用文中暴力団に関する部分については、例えば、裁判をその部分だけ非公開にした上で、問題の場面が収録されたビデオを開示するというようなことがあってよいのではないか。判決がその部分に触れる場合には、名前を伏せるなど必要な措置を施せばよいだろう。こういう理由で全面可視化が阻まれるなどということは、全く妥当でない。



 冒頭で触れた毎日新聞の記事は以下のとおり。

クローズアップ2009:取り調べ可視化 一部か、全面か 揺れる法務検察

 <世の中ナビ NEWS NAVIGATOR>


 ◇「時間の問題」

 ◇菅家さん「自白」で焦点/「検挙にマイナス」

 4歳女児が殺害された足利事件(90年)で17年半もの間服役し、釈放され再審開始決定を受けた菅家(すがや)利和さん(62)。無実にもかかわらず自白したことで、取り調べに厳しい目が向けられている。冤罪(えんざい)防止のため、取り調べの全過程の録画・録音(全面可視化)に踏み切るべきなのか。「犯罪検挙に大きなマイナス」として導入を拒み続けてきた法務検察当局を大きく揺さぶる事態になっている。【石川淳一、安高晋、小林直】


 ■日弁連が攻勢

 「刑事に髪の毛を引っ張られたり、け飛ばされたりした。13時間『お前がやったんだろう』と言い続けられ、怖くなって『どうでもいいや』と思って認めてしまった。(起訴されなかった79年と84年の)別の2件も体を揺すぶられて『お前だ、お前だ』と言われ怖くなって言った」。東京高裁による再審開始決定翌日の24日、菅家さんは東京都内で開かれた日本弁護士連合会主催の議員向け集会で当時を振り返った。そのうえで「調べの最初からビデオを設置してもらい、(取調室の)中をよく見えるようにしてほしい」と訴えた。


 日弁連は全面可視化について、以前から「取調室の中で何が行われたのか、はっきりした証拠を用意できる」と主張。足利事件を全面可視化への大きな足がかりと位置づける。一部を録画・録音する現在の一部可視化は「捜査側に都合の良い部分だけが収録されかねず危険」として、来月4日に東京霞が関弁護士会館で市民向け集会も開き攻勢を強める。


 ただ法務検察サイドの動きは鈍い。複数の幹部は「全面可視化すると検挙できなかったり真相解明できない恐れがある」と指摘。「特に暴力団犯罪の捜査は困難。しゃべったことが法廷で明らかになると報復されるからだ。治安悪化は必至」と強調する。


 菅家さん釈放翌日の5日の閣議後会見で森英介法相は「取り調べの効果を十分上げるには支障になるとの考えに変わりはない」と全面可視化に否定的だった。一方、佐藤勉国家公安委員長は同日「すべてが(全面可視化に)集約されるとは思っていないが、当然検討課題であり、警察としてどう対処するか考えなければならない」と違いをみせた。


 ■国会審議かぎ

 かぎを握るのは国会の動きだ。民主社民両党が提出した捜査当局に全面可視化を義務づける法案は参院で可決済みだが衆院では審議入りしていない。昨年の通常国会でも衆院で審議入りせず廃案になっている。


 11日の参院法務委員会民主党松岡徹議員は、菅家さんへの自白強要について追及し、同じ民主党の松野信夫議員も「可視化すべきだ」と強調した。すると与党である公明党の木庭健太郎議員も「直ちに全面可視化するには危惧(きぐ)もあるが、少なくとも本当に全面導入できないのか本格的検討に入るべき時」と語った。


 「今回はDNA鑑定の問題。現行の一部可視化で十分だ」と語る法務省幹部もいる。しかし検察首脳は「足利事件の影響は極めて大きい。裁判員制度も始まっており、全面可視化はもはや時間の問題だろう」と語る。これまで実施に否定的だった捜査側を大きく揺さぶり、法務検察当局が既に一枚岩とは言えない状況になっている。


 ◇英伊豪は「全面」 「おとり」や「司法取引」、多様な手法も

 英国イタリアオーストラリアは既に全面可視化を実施している。米国は一部の州だけ、フランスは成人の重罪など、韓国検察官の裁量で実施・不実施を決めるなど限定的な運用だ。ただ米、英、イタリアなど多くの先進国弁護士の立ち会いを認めており、取り調べに限れば、総じて日本より捜査側の制約は多い。


 一方、取り調べ以外にも多くの捜査手法が認められている。主流は罪を認めたり共犯者を告発する代わりに刑を軽減する「司法取引」や「刑の減免制度」。電話の交信内容を聴く「通信傍受」や、室内に録音機を置く「会話傍受」を取り入れる国もある。窃盗団に古物商を装って近づくなど容疑者に犯行機会を提供する「おとり捜査」や、身分を隠し相手組織の一員になりすます「潜入捜査」を制度化する国も多い。


 日本では通信傍受法に基づく傍受は薬物密売など年間約10件。おとり捜査も「薬物犯罪などで通常の捜査では摘発が困難な場合に許容される」と限定的に運用を認める最高裁判決(04年)もあり実施例はわずかだ。司法取引・刑の減免制度、会話傍受、潜入捜査は認められていない。


 検察幹部は「全面可視化するなら、新たな捜査手法が必要になる」と語る。


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 ■ことば

 ◇取り調べの全面可視化

 取り調べの全過程を録画・録音すること。現在実施しているのは一部の録画・録音(一部可視化)。調書完成後、自白した動機・経過、取り調べ状況を取調官が質問し容疑者が答えるシーンや容疑者が調書を確認、署名する場面などをDVDに記録。検察は08年4月以降、原則として自白した裁判員裁判対象事件で、警察は今年4月以降、同様の事件のうち将来自白の任意性で争いの起きそうな事件で一部可視化を実施している。

2009-06-21

[][] 臓器移植法案、衆院で可決――拙速な採決を断然批判する


 既に数日前の出来事だが、本ブログでも何度か取り上げた重大問題ゆえ、一言だけ書いておきたい。今回、大変残念なことに(と言っておきたい)、脳死臓器移植を大いに促進しようといういわゆるA案、すなわち「脳死を人の死とする」法案が衆議院で可決された。この採決をめぐって多くの衆議院議員が「今国会参院でも採決するように」との希望を述べているが、全くとんでもない。ふざけるなと言わざるをえない。


 衆議院議員たちに問うが、いったいお前たちはこの問題をめぐって何時間審議を行なったのか。また、様々な立場の専門家を何人呼んで、その見解をどう比較考量したのか。また、その議論をお前たち自身はいったいきちんと理解したのか。そして、最大の疑問だが、そもそも誰がお前たちに、人間の死についての定義ないしはそれに類することを行なって良いなどという委託を行なったのか。この最後の点について言えば、少なくとも私はそのようなことを国会議員に委ねた覚えは全くない。多くの国民もまた私と同じ思いだろうと思う。


 今の国会(特に衆議院)が、解散を目前にして、議員たちが浮足立った状況にあることは、誰の目にも明らかである。そんな状態で、地元回りもしなければならず多くの人に会って話をしなければならない政治家に、いったいどれほど考える時間があったというのか(そもそも今の政治家のうちのどれほどが考える頭を持っているかという、より深刻な疑問を別にしても)。最も控え目に言っても、今回の採決は拙速との批判を免れない。それをあたかも国会の良識ある決断であるかのごとく、参院に対して早期の採決を促すなどとは、天を冒涜する所業だと言わざるをえない。


 なぜこれほどまでに怒りを覚えるかを言っておかねばならないだろう。本ブログでは既に以前、この記事この記事脳死臓器移植の問題に触れているが、そこでも書いたように、要するに臓器移植というのは、人間の材料化を認めるということである。言うまでもなく、人間は材料ではない。人間は全体であって、人間の尊厳を守るとは、その人間の全体性を守るということと同じである。これに対して、臓器移植という治療法は、人間を部分の集まりとみなし、その部分を置き換え可能とすることであり、それはとりもなおさず、人間を材料として使ってよいとみなすことである。本当に、人間を材料扱いして良いのだろうか。私には極めて疑問である。人間の材料化と、人間の尊厳や人権といったこととは、どう考えても相容れないとしか私には思えない。


 

2009-06-17

[] イラン情勢の行方


 などと書いても、別に当方に特別な情報源があるわけではない。ただ、今回の大統領選と、それに伴って起こっている騒ぎとを見て思うことを記しておきたいだけである。


 その思うこととは、要するに、今イラン宗教者を最高指導者とする政治体制をとっているが、その体制には今や政治的正統性は存在するのかどうか、という疑問である。イラン情勢を伝えるニュースが届けてくる映像は、全く他の国々と変わりがなく、あれだけを(他の知識なしに)見たなら、イランがそのような宗教国家であるなどとは到底信じがたいだろう。もちろん、現大統領アフマディネジャド自身は全くの俗物としか見えず、しかも先日のテレビの特集では、露骨に人々を政府の力で買収するなどというやり方で人気取りを図っているようであり(私が見たのは、貧窮する年金生活者に対して突然1年分の年金相当額を政府或いは大統領が与える、という話だった)、これまた極めて俗っぽい話である。


 今から思えば、現体制は、もし自己保存を図るのであれば、宗教者でありながら改革者を演じたハタミ氏が大統領だった時にもっと自己改革を遂げて、今日では極めて異例である宗教国家という体制を(変容させつつ)維持するしかなかったのではあるまいか。以前見たイランの映画では若者たちのアメリカへの憧れが何らの違和感もなしに描かれていたが、たぶんそれは現実を反映したものなのだろう。そういう若者たちが、現状への単なる不満を超えて、自分たちの自由を抑圧するものとしての体制に対して不満を持つようになれば――そしてそのような不満は、ひょっとするとまさに今、出てきつつあるのではなかろうか――、イランの体制が根底から揺さぶられることになっても少しもおかしくない。


 イランについては全く不案内なので、これ以上書くことはできないが、いずれにせよ、これからしばらくは、単にイランの政治でなくむしろイランの体制がどうなるかが、国際政治上の大きな見ものであるように思われる。


追記

 イランのこの騒動をめぐってオバマ大統領の発言が伝えられているが、これがなかなか面白い。以下引用しておくことにする。

「ムサビ、アフマディネジャドの両氏大差ない」米大統領

2009年6月17日15時12分


 【ワシントン=望月洋嗣】オバマ大統領は16日、イラン大統領選について「アフマディネジャド大統領とムサビ氏との政策には宣伝されているほどの違いはない。いずれにせよ、我々は歴史的に米国を敵視してきた体制を相手にすることになる」と述べ、静観する姿勢を示した。米CNBCテレビのインタビューに答えた。


 オバマ氏は「イラン保守勢力が改革派を弾圧する最も簡単なやり方は、『米国改革派をそそのかしている』と言うことだ」と説明。「判断するのはイラン人だ。我々はおせっかいは焼かない」と語った。一方、「10万人もの人々が街頭で抗議しているのは選挙の正当性に納得していないからだ」とも述べ、イラン政府民主主義を保証するよう呼びかけた。

 朝日新聞のこの記事のリンクはこちら


 ふつうの米大統領ないしは西側(特にイギリスあたり)の政治指導者であれば、イラン民主主義を尊重せよと声高に言って、再集計ないしは再投票を求めるところではないかと思われるが、この発言のオバマは全く傍観を決め込んでいるように見え、大変面白い。周知のようにアメリカは他国に対して極めて干渉がましい国だが、そのアメリカがこのオバマのもとで今後どう進んでいくのか。これもまた国際政治上の見ものだと言えよう。


 

2009-06-12

[] やっぱりとことんだめな麻生太郎――筋の通らない、鳩山総務相の事実上更迭


 もともと麻生太郎などに何らの期待を持っているわけでもない私だが、しかしこれほどだめな奴だとは思わなかった。今回の鳩山邦夫総務相の更迭はどう考えても筋が通らない。


 過去記事で保坂展人議員のトークライブの内容を紹介した際に触れたことだが、日本郵政は現在民間会社ではない。「民営化」なる言葉は実に誤解誘発的であり、正しくは、日本郵政は単に株式会社化されただけであり、その株式は100%政府が所有しているのだから、したがって日本郵政国営企業、というのが誤解を招くなら、国有会社である、と言うべきである。よって、日本郵政が蔵している問題については、当然政府があらゆる責任を負う必要がある。例えば、今回の更迭劇の発端となったかんぽの宿の問題で、なぜあのようなでたらめな売却が行なわれようとしたのか、それを、単に法的というだけでなく政治的にも、つまり国民の目から見て納得がいくまできちんと、説明をする必要がある。そのような説明が行なわれたとはとうてい言えない。そして、責任者を政府が自らきちんと処分しなければならない。その際、今回の件について言えば、社長が処分を免れるとはまず考えられない。


 西川氏を辞めさせたら後に社長のなり手がいないなどという声も聞かれたようだが、全く無意味な心配である。なり手がいなければ報酬を高くして人を集めればよいだけの話であり、そうしてもなり手がないほどの人材不足という状況には現在の日本はない。


 今回の出来事は、要するに、いわゆる民営化なることに伴う様々な問題を、今の自公政権は処理できないということを露呈した一件だった、と言ってよいだろう。(論評に値しない公明党を度外視すると)自民党は、民意をきちんと把握することのできない、本当に腐れ切った政党となってしまったようである。次の選挙麻生太郎首相にはもちろん首相を辞めていただかなければならないが、正しいことを行なえないのなら、政治家自体も辞めてしまったほうが良いのではないだろうか。


追記

 記事が出たら書こうと思っていたことだが、麻生ぶら下がり会見で次のように言っている。

――西川社長は続投ということでよろしいんでしょうか。


 「西川さんの件については、いま、仮にも郵政会社というのは、民間会社。株主が特殊とは言え、その株主が人事権を使うっていうのは、基本的には、民間の事業に対して、国が直接色々なことを介入したりするっていうのは、努めて避けるべきだと、私は、基本的に、そう思っています。」

 日本郵政株主が誰なのか(もちろん政府)、そしてその株主が誰に対して説明責任等々責任を負っているかを、麻生太郎が全く理解していないことが実に明確に現れている。


 だめだこりゃ


 

2009-06-04

[][] 警察・検察は無謬でない――だからこそ求められる説明責任


 既に周知に属することだろうが、冤罪事件で無実の受刑者が釈放されることが決まったようなので、ここに記して記憶にとどめることにする。まずは朝日新聞の記事の引用から。

足利事件・菅家受刑者釈放へ 検察、再鑑定受け入れ方針

2009年6月4日10時33分


(写真の転載はしないが、付されている言葉には意味があるので、言葉のみ転載しておくことにする・・・vox_populi)

写真:菅家利和受刑者は朝日新聞記者にあてた手紙でも無実を訴えていた菅家利和受刑者は朝日新聞記者にあてた手紙でも無実を訴えていた


写真:90年5月に発生した足利事件で、当時4歳だった女児が遺棄された現場。菅家受刑者は91年12月に逮捕された=足利市岩井町


 90年に栃木県足利市で当時4歳の女児が殺害された事件で無期懲役が確定した菅家利和受刑者(62)の再審請求で、東京高検は4日、女児の衣服に残った体液のDNA型が菅家受刑者の型と不一致だったとする再鑑定結果を検察側が受け入れる方針を明らかにした。菅家受刑者の再審が始まるのはほぼ確定的だ。検察側はあわせて、菅家受刑者について刑の執行を停止する異例の方針を固めた模様だ。


 00年の最高裁判決の確定以後9年ぶりに、千葉刑務所から釈放されることになる。

 記事のリンクはこちら


 警察・検察が間違えることがあるのはこれに限った話では無論ないが、しかし今回くらいはっきり警察・検察の誤りが世間に示されたこともないだろう。警察・検察は無謬でない。このことを我々は肝に銘じる必要がある。


 今回の捜査に関しては、やはりどのようにして自白が強要されたかが重要な点であり、この点が明らかにされなければならない。さもなければ、冤罪の再発は防げないだろうと思われる。


 そしてこの足利事件に限らず、冤罪の可能性が極めて高い事件は他にもまだまだある。思いつく限りで挙げても、高知県の白バイ隊員の事故死の事件、いわゆる御殿場事件袴田事件などがある。


 この点から見ても政権交代は必要であると主張すると、奇異に聞こえるだろうか。しかし決してそうではない。なぜなら民主党は、政権をとった暁には情報公開を一層推進することを約束しているからであり、そして、冤罪の発生を防ぐために必要なこととは、まさに情報公開(言い換えれば、権力の側の説明責任)だからである。民主党は必ず政権交代を実現し、そして必ず初志のとおりに情報公開をより徹底し、今の権力の側の様々な問題を剔抉してほしいと期待する。


 

2009-06-03

[] 第67期名人戦第5局――今度は名人のジリ貧負け


 名人戦に関する前回の書き込みでは私は羽生のことを将棋界の「第一人者」と呼んで書いたが、そのような評価は早晩改めなければならなくなるかもしれない。今回の名人戦第5局羽生は実にみっともない、プロしかも名人として最もやってはならないジリ貧負けを喫したからである。


 敗因については、もちろんいろいろあるだろうが、やはり74手目だろう。ここで後手は△3二龍と龍を自陣に引いたが、この後この龍を活かすことが全くできていない。よって、ここはどうあっても△1四龍と頑張るべきだったのではないかと思われる。


 ただ、羽生の勝ち負けを超えて一言言うとすれば、今回の第5局は、将棋の有段者が見れば力の入った将棋、力相撲ならぬ力将棋として鑑賞に値するのかもしれないが、終局までのそれら数十手は(というのは、確かに出だしは極めて華やかな指しっぷりではあったので)、素人目にはとてもとても、鑑賞して楽しめる代物ではない。棋士はファンをわくわくさせる棋譜を作ることができて初めてなんぼのものである。そういう観点からすれば、今回の第5局は両対局者の極めて不出来な作であり、両者にはこういうへぼ将棋(といってももちろん、ふつう言う意味でのへぼ将棋とは異なるのだが)を作ったことを反省してもらいたいと願う。


 ではどういう将棋がへぼ将棋でない好局、名局かって? それについては、本ブログでも以前に様々な棋譜に触れており、その中には現在でも閲覧可能なものもあるので、記事一覧の「文化」の項目でご覧いただきたいと思う。個人的には第48期王位戦第7局(この記事にリンクを掲げてある)と第32期棋王戦第1局(この記事にリンクを掲げてある)がお勧めだが。


 今回のようなみっともない将棋名人戦の決着がつくことのないよう願うのみである。


 

2009-05-29

[] これではだめだぞ、社民党――保坂展人氏を国会に送り出すために全力を尽くせ


 或るところから情報を得たのであえて書いておきたいと思うが、それによると、社民党の都議レベルだろうか、或いは区議・市議のレベルかもしれないが、そのレベルでは、保坂展人氏は「外様」或いは「よそ者」とみなされているらしく、その結果、来たるべき総選挙のための保坂氏の活動に対するそのようなレベルでの支援は基本的に見られないのだそうだ。


 いったい保坂氏は社民党国会議員として何年働いてきたのだろうか。少なくとも2005年の郵政選挙での奇跡的な当選以来、早4年近くぶっ続けでしかもものすごい馬力で働いてきておられ、しかもそれ以前にもさらに何年か国会議員をしておられる(正確には1996-2003年と、2005年以降現在まで)。私の目には、辻元議員よりもまた福島党首よりも保坂氏こそが、国会における社民党のエースと見える(実際、議員としての活躍ぶりを考えるなら、これは少しも大げさでない)。保坂氏がいない社民党に、いったい何が期待できると言うのか。「外様」と言い「よそ者」と言いあまりにも馬鹿げた考えであり、全く聞いてあきれる話である。


 社民党政党としての存在をやめたいのなら話は別だが、そうでないのなら、他の人をさしおいてでもまず保坂氏をこそ国会に送り出すよう社民党は全力を尽くすべきである。さもなければ、保坂氏は本気で社民党からの離党を考えたほうが良いかもしれない。保坂氏が今の国会に欠かせない人材だと思う者の一人として、忠告を申し上げておきたい。


 

2009-05-21

[] 第67期名人戦第4局――名人の力負けか


 以前にも書いたことだが、本ブログ羽生名人のことをひょろ弱と呼ぶとして、それは羽生(敬称略。以下同様)が弱いからではもちろんない。もちろん羽生は強いのだが、しかし勝負の世界では第一人者はべらぼうに強くあってもらわなくてはならない。そこであえて口汚く、「ひょろ弱」と呼ばせてもらっているのである。私が言うまでもないかもしれないが、べらぼうな強さとは、例えて言えば、升田のように鋭く、かつ大山のように容易に土俵を割らないといったところではなかろうか(なお、升田はよくポカをやったが、ポカをすることはひょろ弱いこととは異なる)。升田の強さについては、東公平氏の筆になるこの観戦記が何度読んでも面白く、また見事に語っている。


 さて、今しがた終わった第4局である。棋譜朝日新聞のこのページに出ているので参照していただくとして、やはり問題なのは60手目、郷田九段が△4五桂と跳ねたところだろう。

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実戦ではこれに対してひょろ弱が▲3四飛と指し、以下△3一歩▲4五銀△9九角成と進んだが、この後飛車が働かずに取られてしまい、そして取られてからはやはり犠牲が大きすぎたと見えて、あっという間に終局となってしまった。


 ではどうするべきだったか。やはり、飛車のその後の不遇を思うなら、ここは角と刺し違えるべきだったろう。上図から▲2二飛成△同金▲4五銀とやって、参考図1である。狙いは言うまでもなく、▲7五角打とすることにある。注意すべきことは、まず後手に飛車を打たせてから角を打つようにするということである。

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例えば、参考図1で後手が△2八飛と打ってきたなら、以下▲4二角成△同玉として▲1七角と飛車金両取りに打つ。以下の進行の一例は△7七角▲6八歩△4七桂▲6九玉△2九飛成▲3八銀△4九龍▲同銀△5三桂▲5八玉。

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 参考図1で後手が△8九飛と打ってきたなら、以下▲6九歩△9九飛成▲7五角打△8六飛▲同歩とする。

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以下の進行の一例は△4七角▲5八銀△2九角成▲7一飛△6一香▲7三桂

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こうして次の▲8四角を狙うのである。


 こうやったなら先手も相当ではなかったか。とはいえ、まあ負けたのは私ではなくひょろ弱なので、力負けということにしておこう。郷田九段の剛直な攻めが炸裂した将棋ではあった。


 

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