オリックス・ブルーウェーブ

オリックス・ブルーウェーブ

(スポーツ)
おりっくすぶるーうぇーぶ

神戸市に本拠地を置くプロ野球チーム。
オリックス・バファローズの前身の一つ。阪急ブレーブスを起源とする球団。
一軍はパ・リーグに所属する。
ホームスタジアムはグリーンスタジアム神戸(GS神戸)→Yahoo! BBスタジアム。
チームカラーは藍色と黄色。
球団歌は「輝け潮流」、応援歌は「ビクトリーマーチ」。
リーグ優勝2回(1995,1996)、日本一1回(1996)。
DJ KIMURA氏による日本初のメジャーリーグ風
場内アナウンス「スタジアムDJ」を行った。

沿革

  • 1990年11月1日、神戸市に移転、オリックス・ブレーブスからオリックス・ブルーウェーブに変更。
  • 1991年、土井正三が監督に就任。チーム力を維持し、3位に止まる。
  • 1994年、仰木彬が監督就任。イチローを抜擢、優勝争いに加わり、3位。
  • 1995年、阪神大震災を逆境に「がんばろうKOBE」をスローガンとし、優勝を争い神戸市民に希望を与えた。
  • 同年8月19日、ブルーウェーブとしては初のパ・リーグ優勝*1。82勝47敗1分、勝率.636。
  • 1996年、前年の強さを維持し、優勝争いのトップを走る。
  • 同年9月23日、2度目のパ・リーグ優勝を果たし、リーグ連覇。*271勝46敗6分、勝率.607。
  • 同年10月24日、日本シリーズで読売ジャイアンツを相手に4勝1敗、初の日本一に輝く。
  • 1997年以降、球団内部の軋轢、改革を急ぐあまりに黄金時代を形成できず、低迷。
  • 2000年12月 イチローポスティングシステムにより米シアトル・マリナーズへ移籍。
  • 2001年、2年連続のBクラス転落、仰木彬が勇退。
  • 2002年、石毛宏典が監督就任。球団史上2度目、ブルーウェーブとしては初の最下位に沈む。
  • 同年、田口壮外野手、FAで米セントルイス・カージナルスへ。
  • 2003年、グリーンスタジアム神戸がネーミングライツによりYahoo! BBスタジアムと名称変更。
  • 同年4月23日、石毛宏典が解任され、レオン・リーが監督就任。
  • 同年、29失点のパリーグ記録、「日曜日23連敗」の珍記録を樹立。2年連続最下位。
  • 2004年、伊原春樹が監督に就任。機動力野球を見せるが、最下位に沈む。
  • 2005年、大阪近鉄バファローズとの合併により、「オリックス・バファローズ」となる。

歴代監督

*1:球団11回目。

*2:球団12回目。

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