本レポートは、日本における切手収集(郵趣)文化の歴史的な変遷、特に戦後の大ブームとその後の衰退、そして現代における状況を分析するものである。1960年代から1970年代にかけて、日本は空前の切手ブームを経験した。これは戦後の経済成長、象徴的な記念切手の発行、東京オリンピック開催、そしてメディアによる投機熱の煽りが複合的に作用した結果であった。ピーク時には、記念切手発売日に郵便局に行列ができるほどの国民的な趣味となっていた。
しかし、このブームは永続しなかった。電子メールやSNSの普及による手紙文化の衰退、切手バブルの崩壊とそれに続く経済低迷、趣味の多様化による他の娯楽への関心シフト、郵政当局による記念切手の過剰発行やシート単位販売への移行、そして収集家層の高齢化と若年層の関心低下といった複数の要因が絡み合い、切手収集は急速に衰退した。
現在、日本の切手収集界は、ブーム期に比べて大幅に縮小しているものの、消滅したわけではない。収集家人口は減少し高齢化が進んでいるが、オンラインコミュニティなどを活用し、活動を続ける熱心な愛好家が存在する。収集のトレンドは、特定のテーマに沿って集める「テーマティク収集」や、郵便史研究、あるいは中国切手など特定の外国切手への関心へと変化している。市場においては、ブーム期に発行された多くの日本切手の価値は額面程度まで下落している一方、一部の希少な戦前切手や、歴史的背景から価値が高騰している中国切手などは高値で取引されている。オンラインオークションが主要な売買の場となっている。
結論として、日本の切手収集文化は、社会経済や技術の変化、政策の影響を受けて劇的に変化した。かつての国民的ブームから、より専門的でニッチな趣味へと移行し、規模は縮小しながらも、新たな形態で存続している。今後の展望としては、若年層へのアピールやデジタル時代における有形趣味としての価値の再発見が課題となるが、特定の分野における専門性や国際的な市場動向との連動により、趣味としての命脈を保ち続けると考えられる。
II. 黄金時代:日本の切手収集ブーム(1960年代~1970年代頃)
A. 社会経済的背景:戦後の風景
第二次世界大戦後の日本は、驚異的な経済復興、いわゆる「高度経済成長」を遂げた。この時代、国民の所得水準は向上し、余暇時間も増加した。こうした社会経済的変化は、新たな趣味やレジャー活動への関心を高める土壌を育んだ。豊かさと文化的充実への希求が高まる中で、切手収集は、子供から大人まで、比較的手軽に始められる知的で教育的な趣味として受け入れられた 1。収集活動は、単なる娯楽に留まらず、ある種のステータスや、将来的な価値への期待感をも伴うものと見なされていた。昭和後期には、大規模なインフラ整備が進み、それを記念する切手も発行され、時代の活気を反映していた 1。
B. ブームの触媒:国民的関心の点火
戦後の切手収集ブームは、いくつかの要因が複合的に作用して燃え上がった。
- 象徴的な切手の発行: 特定の切手が、その芸術性や希少性から爆発的な人気を博し、ブームの火付け役となった。特に、1948年発行の「見返り美人」や1949年発行の「月に雁」といった切手趣味週間のシリーズは、菱川師宣や安藤広重の浮世絵を題材としており、日本の伝統文化への関心と収集熱を結びつけた 2。これらの切手は、当初から評価が高く、その後の価格高騰が収集熱をさらに刺激した 2。
- 1964年東京オリンピック: この国家的な一大イベントは、切手ブームを加速させる決定的な契機となった。大会開催を記念した切手、特に大会に先立って発行された寄付金付き切手は、国民的な高揚感と一体感を捉え、多くの人々を切手収集の世界へと誘った 1。オリンピックは戦後日本の復興と国際社会への復帰を象徴する出来事であり、関連切手の収集は、その歴史的瞬間への参加意識を満たす行為でもあった。この時期、すでにブームはピークに達していたとの見方もある 2。
- メディアによる加熱と投機的関心: マスメディア、特に週刊誌などが、特定切手の価格急騰をセンセーショナルに報じたことで、ブームはさらに過熱した 2。額面わずか10円程度の切手が数千円、時には数万円にもなるという事実は、人々の射幸心を煽った 2。さらに、1964年頃に出版された『切手でもうける本』のような書籍は、切手を単なる趣味ではなく、利殖の手段として喧伝し、純粋な収集家以外の、投資目的の層をも大量に引き込んだ 3。この投機的要素の増大は、需要と価格を人為的につり上げ、ブームにバブルの様相をもたらした 6。
- 企業のプロモーション活動: 江崎グリコのような企業が、自社製品のキャンペーン景品として切手を採用したことも、特に子供たちの間で切手収集を普及させる一因となった 2。1957年、1964年、1966年など複数回にわたり、外国切手などが当たるキャンペーンが展開され、切手収集はより身近な存在として社会に浸透していった 2。
C. ブームの頂点:国民的趣味へ
切手ブームは、1960年代に頂点を迎え、1970年代初頭まで続いたとされる 1。資料によってピーク時期の捉え方には幅があるが(例:1960年代ピーク 7、昭和39年(1964年)には既にピーク 2、昭和30年代~50年代 1、昭和40~50年代 8)、概ね1960年代半ばから1970年代前半が最盛期であったと見られる。
- 広範な参加: 切手収集は、特定の層だけでなく、老若男女を問わず、家族ぐるみで楽しまれる国民的な趣味となった 7。単なるニッチなホビーではなく、社会現象と呼べるほどの広がりを見せた。
- 郵便局前の行列: 新しい記念切手の発売日には、それを買い求める人々が郵便局の前に長蛇の列を作る光景が常態化した 1。これは、現代では想像し難い現象であり、当時の熱狂ぶりを物語っている。この行列という行為自体が、趣味を取り巻く社会的な興奮と一体感を象徴していた。
- 価格の急騰: 熱狂的な需要と投機的な買いにより、「見返り美人」や「月に雁」といった人気切手の市場価格は、額面の数百倍、数千倍にまで跳ね上がった 2。この急激な価格上昇は、さらなる投機を呼び込み、ブームを自己増殖的に拡大させる要因となった。
このブームの背景には、単なる収集趣味を超えた、戦後日本の社会心理が深く関わっていた。経済復興期の高揚感、国家的イベント(特にオリンピック)を通じた国民的アイデンティティの確認、そして伝統文化への再評価といった要素が、切手という小さな紙片に凝縮され、多くの人々を惹きつけたのである。しかし同時に、メディアや一部業者によって煽られた投機熱は、当初からブームに不安定なバブルの性質を内包させており、後の衰退の遠因ともなった。
III. 衰退の構造分析:ブームはなぜ去ったのか
かつて国民的な熱狂を巻き起こした切手収集ブームは、様々な要因が複合的に作用することで、徐々に、そして確実に衰退していった。
A. コミュニケーション手段の変革:手紙文化の斜陽
最大の要因の一つは、コミュニケーション手段の劇的な変化である。インターネットの普及に伴い、電子メール、そして後にはSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)がコミュニケーションの主要な手段となった。これにより、伝統的な郵便、特に手紙や葉書の利用頻度が大幅に減少した 10。
この変化は、切手収集に二重の打撃を与えた。
- 日常的な接触機会の減少: 手紙を送る機会が減ったことで、人々、特に若い世代が日常生活の中で切手に触れる機会が激減した 10。かつては当たり前だった切手が、次第に「珍しいもの」となり、趣味への入り口が狭まった。
- 文化的な繋がりの希薄化: 手紙を書くという行為が日常から遠のくにつれて、コミュニケーションツールとしての切手の文化的な重要性も薄れていった 11。手紙には依然として感傷的な価値が見出されるものの 12、その実用的な必要性は大幅に低下した。郵便ポストの削減 15 や郵便事業の人員問題への懸念 16 も、この大きな流れを反映している。
B. 経済的変動:バブル崩壊と優先順位の変化
- 切手バブルの崩壊: ブーム期に形成された投機的なバブルは、やがて弾けた。特に、1972年の沖縄本土復帰に関連する琉球切手への投機は過熱したが、長続きしなかった 5。『切手でもうける本』を発行した切手経済社は、沖縄切手バブルが崩壊したとされる1973年に破綻したとの情報もある 5。かつて高騰した多くの切手の価格は、1970年代後半以降、伸び悩み、あるいは下落に転じた 2。投資目的で参入した人々は、価格上昇が見込めなくなると急速に関心を失っていった 17。
- 経済全体の停滞: 1990年代初頭のバブル経済崩壊は、日本経済に長期的な停滞(「失われた時代」)をもたらした。これは、人々の可処分所得を圧迫し、趣味にかける費用を抑制させた可能性がある。また、投資対象としての関心も、より安全とされる資産や、当時注目されていた他の分野(例:ITバブル期の株式 18、後の金 19)へと移っていったと考えられる。切手は、この時点では主要な投資対象とは見なされなくなっていたが、経済全体の停滞感は、高価な収集品への熱意を冷ます一因となったであろう。郵便事業の財政も悪化し、郵便料金の値上げも行われた 21。
C. 余暇活動の多様化:競争の激化
テレビゲーム、インターネット、携帯電話、漫画、アニメ、さらには多様なアウトドア活動など、新しい娯楽や趣味が次々と登場し、人々の余暇時間の過ごし方に多様な選択肢をもたらした 22。
切手収集は、一部からは伝統的で受動的な趣味と見なされ、特に刺激的でインタラクティブなエンターテイメントに慣れ親しんだ若年層の関心を惹きつけるのに苦労した 22。趣味の世界にも流行り廃りがあり、切手収集は時代のトレンドから取り残され、主にブームを経験した世代の趣味というイメージが定着していった 22。
D. 郵便事業の政策と市場への影響
郵政当局(当時)の政策も、意図せずしてブームの衰退を加速させる要因となった。
- 記念切手の過剰発行: ブーム期の需要に応えるため、また歳入増を期待してか 3、郵政省は記念切手の発行種類と発行枚数を大幅に増やした 3。これは、個々の切手の希少価値を著しく低下させ、ブームを支えた収集価値や投資妙味を損なう結果を招いた 7。収集品の価値の根幹である「希少性」が、政策的に薄められてしまったのである。
- シート単位販売への移行: かつては1枚単位で購入できた記念切手が、原則として10枚程度のシート単位でしか購入できなくなった 10。これにより、1回の購入に必要な金額が上がり、特に子供や小遣いの範囲で楽しんでいた層、あるいは気軽に始めたい初心者にとっては、収集のハードルが高くなった 10。手軽なエントリーポイントが失われた。
- 郵便料金支払いルールの変更: 2019年には、料金別納郵便など一部の郵便料金の支払いに、切手を使用することが制限された 11。それ以前は、企業などがコスト削減のために額面より安く流通している中古切手を購入し、郵便料金の支払いに充てることができた。この変更により、額面割れした普通切手などに対する大口の需要が激減し、流通市場が大幅に縮小するという影響が出た 11。
E. 人口動態の傾向:高齢化する趣味
ブーム期に若者や子供として切手収集を始めた世代は、現在高齢期を迎えているか、すでに故人となっている 8。遺族がコレクションに関心を持たず、売却するケースも多い 11。
一方で、高齢化する収集家層を補うだけの若い世代を新たに取り込むことに、この趣味は成功していない 22。手紙文化の衰退による日常的な接触機会の喪失 10、他の魅力的な趣味との競合 22、シート販売のような収集のハードル上昇 10 などが、若者の関心を遠ざける要因となっている。国内最大の収集家団体である日本郵趣協会の会員数が、ピーク時の約3万人から約6千人にまで減少している事実は、この人口動態の変化を如実に示している 24。年賀状を送る習慣の衰退、特に若年層での顕著な減少も 25、切手に触れる機会をさらに減らしている。
これらの要因は単独で作用したのではなく、相互に関連し合い、衰退を加速させる「負のスパイラル」を生み出した。技術革新が手紙文化を衰退させ、切手の存在感を薄れさせる一方で、経済状況の変化と投機バブルの崩壊が投資としての魅力を奪った。さらに、郵政当局の政策が収集の魅力を損ない、多様な娯楽の登場が新たな参加者の流入を妨げ、既存の収集家層の高齢化が進む。このように、複合的な要因が重層的に作用した結果、かつての国民的ブームは終焉を迎えたのである。特に、郵政当局の政策は、需要管理や歳入確保を意図したものであったかもしれないが、結果的に希少性やアクセシビリティといった収集活動の根幹を揺るがし、趣味としての魅力を損なう方向に作用した側面は否定できない。また、手紙文化の衰退は、単に切手の使用頻度を減らしただけでなく、新しい世代が自然に切手に興味を持つきっかけとなる日常的な接点を奪ったという点で、より深刻な影響を及ぼしたと言えるだろう。
IV. 21世紀の日本の郵趣:現在の風景
ブームが去り、収集人口が大幅に減少したとはいえ、日本の切手収集文化は完全に消滅したわけではない。規模は縮小したものの、より専門化し、新たな形態を模索しながら存続している。
A. 今日の収集家コミュニティ:少数精鋭化とオンライン化
- 推定規模と人口構成: 現在の活動的な収集家の数は、ブーム期と比較して著しく少ない。日本郵趣協会の会員数がピーク時の約3万人から約6千人へと5分の1に減少したことが、その規模縮小を象徴している 24。50代以上の世代を中心に、自宅に古い切手コレクションが眠っている家庭は少なくないものの 8、積極的に活動している収集家は限られ、その年齢層は高齢層に偏っている傾向が見られる 22。
- 活動形態の変化: 伝統的な切手クラブや研究会も存続しているが、収集家同士の交流や情報交換の場は、オンラインへと移行する傾向が強まっている。インターネット上の専門フォーラム、SNSグループ、ブログなどが、地理的な制約を超えて愛好家を結びつける役割を果たしている。JAPEXのような切手展も開催されているが、一般層へのアピールには課題も指摘されている 28。売買に関しても、オンラインオークションやフリマアプリが、従来の専門店と並ぶ、あるいはそれ以上に重要なチャネルとなっている 29。
B. 現代の収集対象:専門化と新テーマ
収集の対象やスタイルも変化している。かつてのように一国の切手を網羅的に集める「ゼネラルコレクション」を目指す収集家は減少し、より個人的な関心に基づいた収集が主流となっている。
- テーマティク収集: 特定のテーマ(主題)に沿って、国や時代を問わずに関連する切手を集める「テーマティク収集(トピカル収集)」が、現代の主要な収集スタイルの一つとなっている 29。動物、花、乗り物(鉄道など)、アニメ・漫画のキャラクター、スポーツ、歴史上の出来事、特定の芸術家など、テーマは多岐にわたる 29。これにより、収集家は自身の興味関心に合わせて、達成可能でパーソナルなコレクションを構築できる。また、国の行事などを記念して発行された切手を通じて、自身の思い出や関心のある出来事を振り返るという楽しみ方も健在である 29。
- 専門分野への深化: 一部の収集家は、より専門的な分野に特化している。例えば、消印や郵便物のルート、料金体系などを研究する「郵便史(ポスタルヒストリー)」 28、印刷上のエラーや変種(バラエティー)の研究、特定の時代や地域の切手に絞った収集などである。
- 外国切手への関心: 外国切手は、デザインの多様性や異文化理解の観点から、依然として人気がある 29。特に注目されるのが、一部の中国切手の異常な高騰である。文化大革命期(日本の切手ブームと時期が重なる)に発行された切手 32 や、1980年発行の「赤猿」 4 などは、歴史的な希少性(文革中の破壊や収集禁止 32)と、近年の中国経済の発展に伴う富裕層による自国文化遺産の買い戻し需要が相まって、国際市場で極めて高額で取引されている 4。1960年代発行の「蝶」(1963年)、「牡丹」(1964年)、政治的テーマの切手なども高い価値を持つ 3。これは、日本のブーム期に発行された多くの切手が低迷しているのとは対照的な現象である。
C. 市場の動態:変化した環境
現在の切手市場は、ブーム期とは様相を異にしている。
- 価格動向: ブーム期以降に大量発行された日本の記念切手や普通切手の多くは、現在、額面と同程度か、場合によっては額面以下の価格で取引されるのが一般的である 11。1960年代~70年代の投機的な価格は完全に消滅した 2。真に価値が認められるのは、発行枚数の少ない戦前の希少切手や、特定のエラーがある切手などに限られる。一般的な記念切手の資産価値は、郵便料金としての額面価値を除けば、ほぼ無いと言ってよい状況である 11。
表1:主要な日本切手の価格変動(推定)
切手名 | 発行年 | 額面 | ブーム期ピーク時価格(推定) | 現在の市場価格(推定) |
---|---|---|---|---|
見返り美人 | 1948年 | 5円 | 数千円~数万円 2 | 数千円程度(状態による) 6 |
月に雁 | 1949年 | 8円 | 数千円~数万円 2 | 数千円程度(状態による) 6 |
東京五輪寄付金 | 1961年 | 5+5円 | 数百円~ 2 | 額面~数十円程度 |
*注:価格はあくまで目安であり、状態や市場状況により大きく変動します。ピーク時価格は1970年代頃の推定値、現在価格は近年の市場動向を反映したものです。*
- 販売チャネル: 昔ながらの切手専門店も存在するが、経営環境は厳しい。現在では、ヤフオクのようなオンラインオークションや、メルカリなどのフリマアプリが、切手の売買における主要なプラットフォームとなっている 29。これらは利便性が高い反面、偽造品のリスクや出品者とのトラブルといった問題も存在する 29。また、遺品整理などで不要になったコレクションを買い取る「買取専門店」も市場の一角を占めている 3。
- 投資としての側面: かつてのような広範な投機熱は完全に沈静化している。しかし、一部の収集家は、極めて希少価値の高い切手や、需要の高い特定の外国切手(前述の中国切手など)を、資産保全や長期的な価値上昇を期待して保有している場合もある 29。英国などでは切手投資ファンドも存在するとされる 29。ただし、大多数の日本切手に関しては、投資対象としての魅力は極めて限定的である 17。現在の収集活動は、経済的リターンよりも、個人的な興味や切手そのものの美的・文化的魅力によって動機づけられていると言える 9。なお、切手の価値を維持するためには、指紋をつけない(ピンセットの使用 10)、湿気や直射日光を避ける(ストックブックでの適切な保管 10)など、良好な状態を保つことが依然として重要である。
表2:日本郵趣協会 会員数の推移
時期 | 推定会員数 | 出典 |
---|---|---|
ピーク時(\~1970年代) | 約30,000人 | 24 |
現在(2024年時点) | 約6,000人 | 24 |
現在の日本の切手収集界は、参加者層の縮小という現実に直面しながらも、変化に適応しようとしている。テーマティク収集のような新しいスタイルの普及や、オンラインコミュニティの活用は、その現れである。これは、趣味が死滅したのではなく、よりニッチで、専門化された形態へと変容したことを示している。一方で、特定の中国切手が日本の市場で高値で取引されている事実は、収集品市場のグローバル化と、特定の歴史的背景がいかに局所的ながら強力な需要を生み出すかを示唆している。これは、国内の切手市場全体の低迷とは独立した動きであり、国際的な要因が国内市場の一部に大きな影響を与えうることを示している。また、テーマティク収集へのシフトは、世界中で発行される膨大な数の切手を前に、かつての包括的な収集目標が多くの人にとって非現実的になったことへの、現実的な適応策とも解釈できる。情報過多の時代において、個人の関心に基づいて収集範囲を定めることで、達成感と継続的なエンゲージメントを維持する手段となっているのである。
V. 結論:変遷の総括と今後の展望
A. 変容の軌跡:ブームからニッチへ
日本の切手収集文化は、戦後の特異な社会経済状況下で、国民的なブームとして花開いた。経済成長による余暇と所得の増大、オリンピック開催という国家的イベントの高揚感、魅力的なデザインの切手の登場、そしてメディアが煽った投機熱が、その熱狂を支えた。しかし、コミュニケーション技術の革新による手紙文化の衰退、切手バブルの崩壊と長期的な経済低迷、多様な娯楽の登場による相対的な魅力の低下、郵政当局による大量発行や販売方法の変更、そして収集家層の高齢化と若年層の関心低下という、内的・外的要因が複雑に絡み合い、ブームは急速に終焉を迎えた。
その結果、日本の切手収集は、かつての広範な裾野を失い、より規模の小さい、専門性の高い趣味へと姿を変えた。収集家の中心は高齢層となり、オンラインコミュニティが活動の維持に重要な役割を果たすようになった。収集対象も、個人の関心に基づくテーマティク収集や、郵便史、特定の外国切手など、より細分化・専門化する傾向にある。市場においては、ブーム期に発行された多くの日本切手の価値は大幅に下落したが、一部の希少品や、国際的な需要を持つ特定の外国切手は依然として高値で取引されている。
B. 存続価値と将来の方向性
規模は縮小したものの、切手収集には依然として根強い魅力がある。歴史や文化、芸術に触れる教育的価値 9、異文化理解の窓としての役割 29、そして個人的な思い出やノスタルジアを呼び起こす力 29 は、熱心な愛好家を引きつけ続けている。切手一枚一枚が持つ物語性やデザインの美しさ 12 は、時代を超えた普遍的な魅力と言えるだろう。
しかし、今後の展望には課題も多い。収集家層のさらなる高齢化と、次世代への継承の難しさ 22 は深刻な問題である。郵便物利用の継続的な減少 26 は、切手の存在感をさらに希薄化させる可能性がある。若年層の関心をいかに喚起するかは、趣味の存続にとって不可欠な要素であり、旧来の指導法や制約に囚われないアプローチが求められるかもしれない 28。
一方で、いくつかの可能性も存在する。インターネットは、地理的に分散した収集家を結びつけ、情報共有や交流を促進する強力なツールとなり得る。デジタル化が進む現代社会において、切手のような「モノ」に触れ、整理・分類する有形の趣味が、逆に新鮮な魅力を持つ可能性もある。アニメやキャラクターを題材とした切手が、そのファン層を新たに取り込むといったクロスオーバー効果も期待できるかもしれない。また、希少性の高い切手や、郵便史のような専門分野は、今後も安定した愛好家層と市場を維持する可能性がある。
総じて、日本の切手収集がかつての国民的ブームに回帰することは考えにくい。しかし、完全に消滅することもなく、専門性の高いニッチな趣味として存続していく可能性が高い。オンラインコミュニティに支えられ、個人の多様な関心に応えるテーマティク収集や、国際的な市場と連動する特定分野(例:中国切手)に活路を見出しながら、その命脈を保っていくであろう。今後の切手収集は、量的な拡大ではなく、質的な深化と、個々の収集家の情熱によって支えられていくものと予想される。
引用文献
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- 「郵趣のダイバーシティ」?? - 五代目 郵趣手帖, 5月 1, 2025にアクセス、 https://yokohama5118.com/2025/01/01/%E3%80%8C%E9%83%B5%E8%B6%A3%E3%81%AE%E3%83%80%E3%82%A4%E3%83%90%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%86%E3%82%A3%E3%80%8D%EF%BC%9F%EF%BC%9F/
- 切手収集を趣味にする魅力は?切手の価値やプレミア切手について紹介 - ウリエル, 5月 1, 2025にアクセス、 https://www.uriel-cuore.co.jp/column/stamp_thecharmofcollecting/
- 切手収集にコレクターがハマる理由とは?すぐ始めたくなる魅力3選を紹介! - バイセル, 5月 1, 2025にアクセス、 https://buysell-kaitori.com/column/stamp-column-kitte13/
- コインや切手収集は資産にできる趣味? 将来を考えてコレクションを始めたい!, 5月 1, 2025にアクセス、 https://financial-field.com/living/entry-243110
- コレクションを売るなら、知っておきたい高値の切手 - COYASH(コヤッシュ), 5月 1, 2025にアクセス、 https://coyash.jp/contents/%E3%82%B3%E3%83%AC%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%82%92%E5%A3%B2%E3%82%8B%E3%81%AA%E3%82%89%E3%80%81%E7%9F%A5%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%81%8A%E3%81%8D%E3%81%9F%E3%81%84%E9%AB%98%E5%80%A4%E3%81%AE/
- 切手収集は、制約の少ない趣味として成立すると私は考えています。 - Stampedia founder's blog, 5月 1, 2025にアクセス、 https://stampedia.blog.fc2.com/blog-entry-220.html
- 情 郵 審 第 1 2 号 令 和 6 年 3 月 7 日 総 務 大 臣 松 本 剛 明 殿 情報通信行 - 総務省, 5月 1, 2025にアクセス、 https://www.soumu.go.jp/main_content/000932353.pdf