假面特攻隊の一寸先は闇!読みにくいブログ(笑) このページをアンテナに追加 RSSフィード

★★★特撮・アニメ・時代劇・サブカル思想をフォロー!(予定・汗)★★★
悪名高き……いや、世間的には全く無名な(笑)、特撮批評(評論)・感想(レビュー)サークル『仮面特攻隊(假特隊/仮特隊)』。そのBlog版をひっそり始めたいと思います。当面は主宰者が昨05年、同人各誌に書いた文を、それ以前の文も過去日付にじょじょにUP。Blog名の由来ですが、主宰者の文が「読みにくい」と指摘されることが多いので(涙)、嘗胆・自戒の意も込めました。精進したいと思いますので、よろしくお願いいたします。またなにぶん、アナログ・アナクロ人間の残業リーマンでして、基本的には毎日PCを立ち上げません。ただ同人活動15年でイタズラ電話や脅迫状が絶えなかったことを思うと(ゲラゲラゲラ)。コメントもつかないとは思いますが、少しならともかくあまりにも荒れた場合、ウェイン町山Blogにならってシャットしちゃえばイイでしょう(笑)。あと特撮同人関係の知友はコメントを禁止します。「○○さん、ひさしぶり」「ようこそ、××さん」とかを衆目の場でやるのって、個人的にはスキじゃないので。〜お奨め:今こそ昭和ウルトラの遺産を活かせウルトラマンネクサス仮面ライダーTHE FIRSTゴジラFINAL WARS。(文・T.SATO)

2016-11-02 美少女戦士セーラームーン20周年記念BOOK

[]『美少女戦士セーラームーン20周年記念BOOK』に畏友が執筆参加! 『美少女戦士セーラームーン20周年記念BOOK』に畏友が執筆参加!を含むブックマーク 『美少女戦士セーラームーン20周年記念BOOK』に畏友が執筆参加!のブックマークコメント


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コミックマーケット91(2016/12/29〜31、冬コミ)参加! 〜新刊・仮面特攻隊2017年号「特集シン・ゴジラ」・2016年号「特集・48年目の怪奇大作戦」・三毛猫ホームズ石立鉄男版・かいじゅう19・セーラームーンR1993・プリキュア全史ほか批評感想資料本多種委託


 度重なる発行延期の末、20周年ならぬ24周年(笑)の2016年の今年10月、ついに刊行された商業誌『美少女戦士セーラームーン20周年記念BOOK』!

 (過日10月15日(土)からの20周年記念ミュージカル第4作目『美少女戦士セーラームーン -Amour Eternal-』でも先行発売!)

 この書籍に、拙サークルをはじめ特撮アニメ感想系同人誌にも多数投稿している、長年の同人ライターの畏友・森川 由浩氏も執筆参加!


美少女戦士セーラームーン20周年記念BOOK

美少女戦士セーラームーン20周年記念BOOK


 『セラムン世代人のメインターゲットの方々はもちろん、ご同慶の当時もう大きなお友達であった90年代型オタク(笑)のみなさまも、あの時代の空気をパックにした書籍を、貴重な資料としても記念にぜひに!




弊サークル「假面特攻隊」ほかでも、森川 由浩氏制作の「あの時代」を真空パックにせんとする大冊資料系同人誌委託販売中!

2016年11月13日(日)、サンクリ2016 Autumn

 池袋サンシャインシティ・ワールドインポートマート4階A23ホール・M−06aに出店!

2016年11月23日(祝)、第二十三回文学フリマ

 東京流通センター第二展示場・2階(Fホール)・カ−34に出店!

2016年12月29日(木)、コミックマーケット91(冬コミ)1日目(特撮ジャンル)

 東京ビッグサイト・東5ホール・ノ−04aに出店!

2016年12月31日(土)、コミックマーケット91(冬コミ)3日目(評論ジャンル)

 東京ビッグサイト・東2ホール・P−12b(VAT)にも間借り出店!


◎『美少女戦士セーラームーンS1994』!(森川 由浩)

(鋭意制作中! 先の商業誌に参画していたために遅延してましたが、来年2017年春〜秋頃を目指して刊行予定!)



◎『美少女戦士セーラームーンR1993』!(森川 由浩)

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●序文 美少女戦士セーラームーンR The First Meeting 1993

●『美少女戦士セーラームーンR』作品解説

アニメ全43話レビュー

 第一話放映日&最終回放映日の朝日新聞番組欄

●劇場版 美少女戦士セーラームーン

●ミュージカル 美少女戦士セーラームーン

●出版界に於ける『美少女戦士セーラームーンR』

 講談社児童誌(なかよしたのしい幼稚園・おともだち・テレビマガジン

 アニメ雑誌(アニメージュニュータイプアニメディア・月刊OUT・B−CLUB(ビークラブ))

 マーチャンダイジングライツレポート

 東映社内報

 謎本……『セーラームーンの秘密』など

 キネマ旬報

●LD&CD 映像と音響ソフト

 東映ビデオ情報ペーパー NEW DISC PRESS

 東映ビデオ LDソフト

 CD

●玩具の世界

●各種資料&データバンク

 台本

 関連CM集

 本放送フォーマット

 フィルモグラフィー 

 放映開始日リスト

 まんが日本昔ばなしVSセーラームーン(視聴率比較)

 視聴率データ

 メインスタッフ&キャストリスト

(B5判・P106・オフセット・1000円)



◎改訂再販! 『美少女戦士セーラームーン1992 転生版』!(森川 由浩)

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●序文 美少女戦士セーラームーンThe First Meeting 1992

●『美少女戦士セーラームーン』作品解説

アニメ全46話レビュー

美少女戦士セーラームーン再放送ヒストリー

●出版界に於ける『美少女戦士セーラームーン

 講談社児童誌(なかよしたのしい幼稚園・おともだち・テレビマガジン

 アニメ雑誌(アニメージュニュータイプアニメディア・B−CLUB(ビークラブ))

 マーチャンダイジングライツレポート

 TV Bros.

 東映社内報

●LD&CD 映像と音響ソフト

●各種資料&データバンク

 台本

 絵コンテ

 本放送フォーマット

 フィルモグラフィー 

 放映開始日リスト

 まんが日本昔ばなしVSセーラームーン(視聴率比較)

 視聴率データ

 メインスタッフ&キャストリスト

(B5判・P110・オフセット・1000円)



◎『美少女戦士セーラームーン全史』! 〜売行絶好調につき第2刷!(完売)(森川 由浩)

東欧ポーランドセラムンサイトでも紹介!

  http://tsukinokanata.com/(TOPページ)

  http://tsukinokanata.com/bssm/varia/media-all-books-fanmade/(該当ページ)

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〜子供&オタを巻き込んだ大ブームを体感する世代が、時代の空気も含めて伝えるのがコンセプト!

 「セラムン」をそも知らない世代、リアルタイムで観てないファン世代にも送る!

アニメーションの章 作品解説

美少女戦士セーラームーン

美少女戦士セーラームーン

美少女戦士セーラームーン

美少女戦士セーラームーンSuperS

美少女戦士セーラームーン セーラースターズ

・シリーズ終了後・再放送などの展開

セーラームーン映画の世界

・資料集 

講談社児童誌の世界

・ビデオ・LD・DVDソフト

・LD巻末おまけ映像特典

・玩具資料

・作品データベース

フィルモグラフィ

・視聴率データ

★実写ドラマの章 作品解説

・前夜祭特番

東映チャンネル ピンスポ!

・外伝の外伝 映像特典ミニドラマ

・新聞記事

実写版雑誌展開

講談社  

小学館

マーチャンダイジングライツリポーツ  

・CBC特撮アワーのあゆみ

・タイトルリスト&視聴率表 

★ミュージカルの章 解説

・月刊ミュージカル広告    

・CS特番関連

★原作漫画の章   

・「なかよし」とセーラームーン 

扉絵集  

・「なかよし」表紙集   

・KCコミックス   

セーラームーン情報局  

コードネームはセーラーV

扉絵集     

・「るんるん」表紙集 

美少女戦士セーラームーン原作漫画リスト 

 (B5判・P342・オフセット・2500円)



◎『プリキュア オールヒストリーズ New Stage』!(森川 由浩)

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★「プリキュア」シリーズ10周年記念! 「プリキュアオールヒストリーズ」増補改訂版刊行!

 『ふたりはプリキュア』(2004)〜『ハピネスチャージプリキュア』(2014)まで全11シリーズ総覧!

・誕生前史 『どれみ』『セラムン』『ナージャ』との三者関係

 2004年 『ふたりはプリキュア

 2005年 『ふたりはプリキュア MaxHeart』

 2006年 『ふたりはプリキュア Splash☆Star』

 2007年 『Yes! プリキュア5』

 2008年 『Yes! プリキュア5 GoGo!』

 2009年 『フレッシュプリキュア!

 2010年 『ハートキャッチプリキュア!

 2011年 『スイートプリキュア♪

 2012年 『スマイルプリキュア!

 2013年 『ドキドキ! プリキュア

 2014年 『ハピネスチャージプリキュア!

講談社児童誌の『プリキュア』 〜記事特色・付録・コミカライズ単行本化状況・徹底解説!

 「たのしい幼稚園」「おともだち」「なかよし」・コミカライズ・単行本・「プリキュアおはなしブック」

・作品データベース(全シリーズサブタイトル & 関東・中部・関西全話視聴率リスト!)

・15秒予告編・東京MXプリキュア再放送全記録・プリキュア新聞・講談社児童誌のプリキュア

・前史 〜朝日放送大阪)製作TVアニメ枠年譜&解説!

朝日放送アニメの時代

朝日放送日朝八時半枠のルーツをさかのぼる

ダイハツ枠の時代=テレビ黎明期の日曜夜

朝日放送製作アニメの誕生と「腸捻転」改編

・日曜朝への枠移動……日アサキッズタイムへ

朝日放送製作アニメ枠年譜

・時代の検証……ダイハツ劇場と日曜ゴールデンタイムの流れ

・時代の検証……ニチアサキッズタイムの確立・枠拡大と日曜朝枠の流れ

 (B5判・P179・オフセット・1600円)



◎『プリキュアシネマヒストリーズ』! 全プリキュアシリーズ映画本 (森川 由浩)

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・『ふたりはプリキュアMaxHeart』

・『ふたりはプリキュアMaxHeart 雪空のともだち』

・『ふたりはプリキュアSplash☆Star チクタク危機一髪!』

・『Yes!プリキュア5 鏡の国のミラクル大冒険!』

・『Yes!プリキュア5 GOGO! お菓子の国のハッピーバースディ♪』

・『ちょ〜短編 プリキュアオールスターズ GOGOドリームライブ』

・『プリキュアオールスターズDX みんな集まれ奇跡のともだち大集合』

・『フレッシュプリキュア! おもちゃの国は不思議がいっぱい!』

・『プリキュアオールスターズDX2 レインボージュエルを守れ!』

・『ハートキャッチプリキュア! 花の都でファッションショーですか?』

・『プリキュアオールスターズDX3 未来に届け! 世界をつなぐ☆虹色の花』

・『スイートプリキュア♪ とりもどせ!♪ 心がつなぐ奇跡のメロディ♪』

・最新作『プリキュアオールスターズNewStage みらいのともだち」 〜もモチロン速報!!

*序文 テレビシリーズ初作『ふたりはプリキュア』解説からはじめて、

 併映作品『ちょ〜短編 プリキュアオールスターズ GOGOドリームライブ』も含む全13作品を徹底解説!

●資料集 *割引券・前売券、チラシ、パンフレットといった各種アイテムから新聞記事、各種特番を特集

●附録 東映テレビアニメヒロイン映画年表……「東映まんがまつり」からの東映少女アニメ映画化史を総括!

●書下ろしコラム 東映テレビアニメヒロイン映画史……『プリキュア』映画の先輩たち!

 『東映まんがまつり』に始まる東映TVアニメヒロイン作品映画化の歴史!

 〜若いマニアの中でも特に好事家(笑)の連中に、女児向けTVアニメ意匠とテーマとスタッフの変遷を、大昔と中昔と今のリレーバトンをつなげるべくぜひとも一読していただきたい!(笑)

 (B5判・P100前後・オフセット・1200円)



以上、mixiでHN「morikawa_」か、メアド「ssssskpt(a)yahoo.co.jp」「maxheart2090(a)excite.co.jp」でも通販可)

 ※:(a)はスパムメールよけで、実際にはアットマーク「@」の文字となります)



2015年6月14日(日)、美少女戦士セーラームーン オンリーイベント Protection Planet 〜終了!

 大阪市中央区備後町3−2−6シキボウホール7階大ホール貸室A、B−1(morikawa_S)にて刊行!

  http://protectionplanet9.wix.com/protectionplanet

2015年6月21日(日)、とら祭り 〜とらのあな20周年 〜終了!

 幕張メッセ国際展示場5〜7ホール、F−35a(假面特攻隊)にて委託販売

2015年7月26日(日)、美少女戦士セーラームーン オンリーイベント ムーンミラクル 〜終了!

 都立産業貿易センター(台東館)、C−15(morikawa_S)にて販売

  http://www.youyou.co.jp/only/moon/index.html

2015年8月14日(金)、コミックマーケット88(初日) 〜終了!

 東京ビッグサイト、東3ホール、サ−16a(假面特攻隊)にて委託販売!(88670-1076)

2015年8月14日(金)、コミックマーケット88(同・初日) 〜終了!

 東京ビッグサイト、東5ホール、ヒ−40a(VAT)にて若干委託販売!(88135-1061)

2015年8月30日(日)、コミティア113(評論ジャンル) 〜終了!

 東京ビッグサイト、東2ホール・ね−14a(假面特攻隊)にて委託販売

2015年10月11日(日)、美少女戦士セーラームーン オンリーイベント 月華遊星5 〜終了!

 東京浅草橋 東京卸商センター3F 展示室A・B・C・D、ブースNo.ト−5(morikawa_S)にて参加!

  http://gekka.kagennotuki.com/

2015年11月15日(日)、コミティア114(評論ジャンル) 〜終了!

 東京ビッグサイト、東3ホール・か−11aに出店!

2015年12月30日(水)、コミックマーケット89(冬コミ)(特撮ジャンル) 〜終了!

 東京ビッグサイト、東4ホール・メ−34a出店!

2015年12月31日(木)、コミックマーケット89(冬コミ)(評論ジャンル) 〜終了!

 東京ビッグサイト、東5ホール、ホ−39a(VAT)にも間借り出店!

「コミケWebカタログ」:メアド(アカウント)登録にて参照可!

2016年1月31日(日)、コミティア115(評論ジャンル) 〜終了!

 東京ビッグサイト、東5ホール・W−04aに出店!


[関連記事]

美少女戦士セーラームーン実写版)最終回 〜中後盤評 脚本家小林靖子文化系女子か?

  http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20041105/p1



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同人誌即売会・参加告知 〜全記事見出し一覧 (スマホの場合、画面遷移後に一番下の「PC版」を押下すると参照可。「スマホに最適な表示」で元に戻る」)

2016-10-06 土曜ワイド劇場『三毛猫ホームズ』(石立鉄男版)

[]土曜ワイド劇場三毛猫ホームズ石立鉄男版6部作・1979〜1984 〜新刊!徹底詳解同人誌土曜ワイド劇場『三毛猫ホームズ』石立鉄男版6部作・1979〜1984 〜新刊!徹底詳解同人誌!を含むブックマーク 土曜ワイド劇場『三毛猫ホームズ』石立鉄男版6部作・1979〜1984 〜新刊!徹底詳解同人誌!のブックマークコメント


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「コミケWebカタログ」:メアド(アカウント)登録にて参照可! 〜三毛猫ホームズほかも数ページ公開!


(実際の同人誌はモノクロ印刷になります・汗)

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2016年11月13日(日)、サンクリ2016 Autumn

 池袋サンシャインシティ・ワールドインポートマート4階A23ホール・M−06aに出店!

2016年11月23日(祝)、第二十三回文学フリマ

 東京流通センター第二展示場・2階(Fホール)・カ−34に出店!

2016年12月29日(木)、コミックマーケット91(冬コミ)1日目(特撮ジャンル)

 東京ビッグサイト・東5ホール・ノ−04aに出店!

2016年12月31日(土)、コミックマーケット91(冬コミ)3日目(評論ジャンル)

 東京ビッグサイト・東2ホール・P−12b(VAT)にも間借り出店!


 往年の「土曜ワイド劇場」ワクで放映された石立鉄男坂口良子版『三毛猫ホームズ』シリーズ6部作(1979〜1984)の全貌が今ここに明らかに!

 極小活字の圧倒的な情報量で、シリーズ全6部作を徹底詳解・レビュー・スタッフロール再録! 『三毛猫』石立版同人誌が満を持して降臨!



◎新刊! 「土曜ワイド劇場三毛猫ホームズ石立鉄男版6部作・1979〜1984 PART1」!(ビオラン亭ガメラ

●第1作『三毛猫ホームズの推理 女子大密室殺人』(1979年12月1日放映)

●第2作『三毛猫ホームズの追跡 女性専科連続殺人の謎』(1980年6月14日放映)

(B5判・P28・コピー・300円)



◎新刊! 「土曜ワイド劇場三毛猫ホームズ石立鉄男版6部作・1979〜1984 PART2」!(ビオラン亭ガメラ

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●第3作『三毛猫ホームズ怪談 赤猫は死を招く』(1981年5月16日放映)

●第4作『三毛猫ホームズの狂死曲 バイオリン連続殺人』(1982年12月25日放映)

(B5判・P28・コピー・300円)



◎新刊! 「土曜ワイド劇場三毛猫ホームズ石立鉄男版6部作・1979〜1984 PART3」!(ビオラン亭ガメラ

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●第5作『三毛猫ホームズの運動会 だるま競争殺人事件 さらば愛する人よ』(1983年5月14日放映)

●第6作『三毛猫ホームズの駆落ち 相続人連続殺し 父危篤・至急連絡乞う』(1984年12月22日放映)

(B5判・P28・コピー・300円)

(……3冊まとめて購入すれば、100円値引きして、800円!・笑)



(実際の同人誌はモノクロ印刷になります・汗)

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以上の同人誌は、メアド「biogame(a)svk.jp」でも通販可!

 ※:(a)はスパムメールよけで、実際にはアットマーク「@」の文字となります。



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2016-09-25 仮面ライダーゴースト 〜中盤合評・仮面ライダーネクロム改心!

[]仮面ライダーゴースト 〜中盤合評・仮面ライダーネクロム改心! 仮面ライダーゴースト 〜中盤合評・仮面ライダーネクロム改心!を含むブックマーク 仮面ライダーゴースト 〜中盤合評・仮面ライダーネクロム改心!のブックマークコメント


『シン・ゴジラ』 〜震災・原発・安保法制! そも反戦反核作品か!? 世界情勢・理想の外交・徳義国家ニッポン!

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『仮面ライダー』シリーズ評 〜全記事見出し一覧 (スマホの場合、画面遷移後に一番下の「PC版」を押下すると参照可。「スマホに最適な表示」で元に戻る」)


 『仮面ライダーゴースト』(15年)も、2016年9月25日(日)についに最終回が放映!


 ……とカコつけて(汗)、『仮面ライダーゴースト』中盤合評を発掘UP!


仮面ライダーゴースト中盤合評 〜悪の3号ライダー仮面ライダーネクロムが正義へと改心するドラマ顛末!

(2016年6月〜7月執筆)


仮面ライダーゴースト 〜中盤合評1

仮面ライダーゴースト』第3クール評

(文・中村達彦)


 予定通りと言うか、早くもと言うか4クール目に突入した。その前のエピソード群、前後編でやるべきであったタケルの消滅と復活を1話でみせた力技もさることながら、面白い話が続く。うち3人目のライダー、アランの成長話に目が行く。


 アランはたこ焼き屋台のフミ婆さんへ心を開き、家族に替わるこの世界での拠りどころを得たが、フミ婆さん突然の死。だがその死こそ、フミ婆さんの最後の教えでもあったのだ。敵怪人との戦いでなく、病気での死というのも、最近の作品ではないシーンであり、印象深い。

 その死を乗り越えたアラン。続いてサンゾウゴーストから与えられた試練#36〜#37の特訓話。猿・豚・河童の3人にいじめられるも、特訓を経て、お供に。続く敵幹部ジャベルとの再戦で、この3人を「仲間だ!」と言い切るシーンも「うっ!」と来た。


 なおアランを演じる磯村勇斗は、昨年公開した映画『ガールズ・ステップ』(15年)で主人公を温かく見守る幼馴染を好演していた。同映画はお勧めの学園友情話だ。ちなみに主人公たちを応援する甘味処の店長役で、10年前『仮面ライダーカブト』(06年)の仮面ライダーサソード神代剣役でデビューした山本裕典が出演しているのも見逃せない。機会があったら観てもらいたい。


 他のエピソードも、「心を繋ぐ」の言葉通り、シブヤと母の和解、科学者兄弟の和解、アイドルグループの和解と、戦いの中の一方で人々の心を修復させ、良い方にドラマを持っていく。唯の人間に過ぎない天空寺の面々、か弱い少女カノンまでが、タケルを助けて戦いにも、人々の問題解決にも尽くす姿も、観ていて気持ちが良い。

 前向きな人間ドラマと同時に、守護神ガンマイザーをコントロールしているが立場が逆になりつつある敵幹部アデルや、ディープコネクト社で陰謀を張り巡らせる敵幹部イゴールなどの伏線も並行で進んでいき、次回も気になる。


 その一方、シリアスなドラマとは真逆の数々のギャグ。#34〜#35の男性陣の童話キャラなりきり、タケルや科学者兄弟もさることながら御成のラプンツェル姿、カノンだらけに萌えるマコト、御成とアランの顔落書き合戦、#36〜#37の『仮面ライダーウィザード』(12年)のヒロイン・コヨミ(演・奥仲麻琴)が転生したようなゲスト・ホナミのアイドル話で、先の童話キャラなりきりでオアシスの役目を果たしたアイドル姿のメインヒロイン・アカリ(コンサートでホナミを復帰させるため一肌脱いだのは、やはりの展開だが、良かった)、彼女の前ではギャグキャラに落ちてしまうイゴールと、枝葉の部分でも楽しませてもらった。シリアスドラマであることをついつい忘れてしまう。


 前作『仮面ライダードライブ』(14年)の出演陣が、ドラマにグラビアにと現在、活躍を続けているように、来年は『ゴースト』出演陣も活躍してくれんことを。その前に、4クールへ突入し、様々なドラマやキャラクターの結末をどうやってつけてくれるかだが……。


(了)



仮面ライダーゴースト 〜中盤合評2

無限の魂が道を切り開く!

(文・J.SATAKE)


 第3クールを放送し終盤を迎えた『仮面ライダーゴースト』(15)。

 生き返りの期限を切った天空寺タケルの命をつないだのは父・龍の魂であった! 新たな真紅ゴースト=闘魂ブースト魂に変身するタケル。そして仙人の言葉によれば龍はいまだ死地には落ちていないらしい……。


 中盤は15の英雄眼魂(えいゆうアイコン)とタケルが改めて対話しながら事件を追いつつ、3人目の仮面ライダー・アランをめぐる展開がメインに。

 眼魔の世界を完璧だと信じ、仮面ライダースペクター=深海マコトを眼魂の力で従えるアラン。しかしその世界は人民が肉体を管理されなければ維持できないほど荒廃していた! さらにアランの兄・アデルは国王でもある父・アドニス(演・勝野洋!)暗殺の罪をアランに着せて、15体の眼魔の守護者=ガンマイザーを手中に収める。

 身内の裏切りに心破れるアランを救ったのは敵対していたはずのタケルにマコト、その妹・カノンの優しさ、そして人生を達観したフミばあちゃんの作るたこ焼きの味だった……。


 個人の感情を押しつぶさなければ成り立たない世界で育ったアランは、友であるマコトもただ自分に従う存在でなければ認められなかった。しかし皆それぞれの感情・思いを尊重したうえで自分の心に素直に行動するのが本来の人の姿。頑ななアランをそのまま受け入れつつ、たこ焼きを勧めるフミばあちゃん。彼女が人間の懐の深さを体現してくれる。

 タケルたちの世界もすべての人がそうではないがそうしてかたち作られたからこそ、魔物が闊歩する赤黒い空となってしまった眼魔の世界とは違い、青い空が広がりフミばあちゃんのたこ焼きを食べることができる。

 自分が心から素敵と思える人・世界を守りたい。アランがやっと思い直したところでフミばあちゃんは他界……。突然の悲報に落胆するも、彼女の人柄とたこ焼きの味に癒された多くの参列者が葬儀に訪れ、孫娘が跡目を継いでゆくという感動的な展開に!

 人は亡くなってもその思いは受け継がれてゆくという本作のテーマを描き、アランの復活の契機とすることで第3の仮面ライダーとしての立ち位置を揺るぎないものとした。


 こうした一連のキャラクター描写や、シリアスからコメディ調まで振り幅の大きい展開を見事にこなしてタケルたちライダーをサポートする住職・御成(おなり)と理系女子・月村アカリの凸凹コンビの存在は本作の大きな魅力となっている。

 ゲストキャラにその回の英雄眼魂が乗り移り事態を引っかき回しながらその心情を描く。第29・30話は『特命戦隊ゴーバスターズ』(12)イエローバスター・宇佐見ヨーコ役の小宮有紗嬢、第36・37話は『仮面ライダーウィザード』(12)ヒロイン・コヨミ役の奥仲麻琴嬢と特撮ファンお馴染みのキャストがそれぞれ脱出王・フーディーニ、玄奨三蔵法師の乗り移った姿=コスプレでタケルたちに迫る!

 それに対抗するように七変化ではっちゃける御成と、彼に相乗りしてさらなる混沌を呼び込んだりするも科学の力で解決をしっかりとサポートするアカリ。

 サブキャラ・ゲストヒロインを効果的に使い、バトルアクションではライダーたちのゴーストチェンジシーンやバトルアクションもカットを細かく割らず、奥から手前へと移動する視点やロングショットなどで新味を出す。

 両前後編ともにこの凝りようは……と思ったら、最近東映作品から離れていた坂本浩一監督が担当されている! 中途参加ということでシリーズの雰囲気を損ねないようにしつつも、監督独自のヒロイン愛やバトル演出で楽しませてくれる!


 こうした個々のエピソードは適度に笑わせながらほろりとさせるヒーローバトル展開で不満はあまりないのだが、物語全体としての大きなうねりが感じられないのが残念なところであろうか。

 そのひとつがゴーストスペクターパワーアップの経緯。タケル・マコトが眼魔の世界へ潜入してほぼ『棚からぼた餅』で新型変身アイテムであるアイコンドライバーGやディープスペクターゴースト眼魂を入手してしまう――仙人と瓜二つ? の科学者=イーディス長官の画策ではあるのだが――。タケルたちと眼魔の世界を行き来する流れを繰り返すかたちとなり、もうひとひねりあってもよかったのではないだろうか。


 タケルは15の英雄眼魂を全部乗せ! 全身の鎧に眼魂のマークをちりばめ、頭部は一本角からムサシ魂の刀の柄などを用いた冠を戴いた風貌に変化した仮面ライダーゴースト・グレイトフル魂に変身!

 各英雄の武器はもちろん、場合によっては英雄を召還――ヒラヒラしたゴーストパーカー状態ではなく黒ずくめの肉体を得た英雄が!――タケルとともに戦ってくれるのだ!!

 しかしこの英雄たちすべての声を担当しているのが特撮ファンとしても知られる声優・関 智一氏ひとりなのだ! 

 ショッカー首領の声を担当してきた故・納谷悟朗氏に代わり、その声色を見事に再現! ショッカー怪人も担当するなど驚異的な活躍をしている関 智一氏!

 邪馬台国卑弥呼など女性眼魂までやってのける達者ぶりは脱帽ものなのだが、逆にいえばそこまで予算が苦しいのか? ゲスト声優お笑い芸人を使うのも良いが、これから先のことも考えて凄みを出せる怪人の声優も発掘していただきたい!!


 マコトはシルバーとパープルのツートンボディの仮面ライダーディープスペクターに変身! 闘魂ブースト魂と同じく眼魂を装填することでパワーアップする銃剣・ディープスラッシャーを得物に、凶々しい翼で空を斬るゲキコウモードでライダーキックもパワーアップした!


 全部乗せをやってしまったあとはどうするのか? 近年のライダーはその先のパワーアップも目指さなければならない!

 火や水、風といったエレメントを司るガンマイザーはゴーストたちを排除すべく行動を開始した! オレ魂ゴースト眼魂を破壊され霧散するタケル……。希望を失う彼を復活させたのはアカリの科学的探求心と必ず帰ってくると信じる御成・マコト・カノンたち仲間の熱き想いだった!

 人が生きること、それが命と思いをつないでゆく無限の道となる! 想いの大切さをかみしめ再生したタケル。彼の内なる熱い心が新たなるアイテム=無限大のマークをあしらったムゲンゴースト眼魂を産み出し、究極の姿=仮面ライダーゴースト・ムゲン魂に変身した!!

 オレ魂も胸部のアーマーが透明となっていたが、このムゲン魂は全身がクリアパーツ! さらに七色に輝くラメが混入されておりきらびやかさも増している!


 ガンマイザーに対抗できる力を得たタケルだが、問題はまだまだ山積している。今は戦いを避けられない状態だが、事件のなかで出会った画材眼魔=キュビちゃんや音符眼魔と心を通じあえたことから、肉体を奪われた眼魔の世界の人々を救う道をとることは必定。

 

 それがタケルと父・龍が現世に帰るために避けて通れない障害にもなるであろう。そのとき肉体を奪われたままのマコト、眼魔の世界が故郷であるアランはどう動くのか?

 夏の劇場版を含め、本作のラストをいかに締めくくるのか、しっかりと見届けたい。


(了)



仮面ライダーゴースト 〜中盤合評3

仮面ライダーゴースト』中盤評 ――帰ってきた坂本浩一監督!――

(文・久保達也)


第29話『再臨! 脱出王の試練!』〜第30話『永遠! 心の叫び!』


タコ焼きを頬張って戦うアラン=仮面ライダーネクロム!


 第30話、第2期平成ライダーシリーズではすっかりおなじみのロケ地となった(笑)、廃工場を舞台にしたクライマックスバトル!


 本作の敵役・眼魔(ガンマ=怪人)や戦闘員たちが集結する廃工場に、単身で潜入するアラン=仮面ライダーネクロムの足下(もと)がスローモーションで、カツカツという靴音を響かせながら映しだされる。

 これは次の瞬間に、視聴者の度肝(どぎも)を抜くための演出である!

 続いて映しだされるのは、なんと、左手にたこ焼きが詰まった紙箱を持ち、それを次々にほおばりながら、戦闘員とのバトルアクションを繰り広げるアランの姿である!


フミ婆「わたしの見立てどおり、よく似合ってるよ」


 たこ焼きの屋台を営んでいた、「心」暖まる老婆・フミ婆(ばあ)から、かつて「セレブの彼氏」(笑)などとからかわれた、眼魔の世界の貴族のような黒い衣装を脱ぎ捨て、まるでアランの正体がネクロムであることを知っていたかのようなフミ婆から贈られた、白の上下に黄緑のトレーナーを纏(まと)うことで、アランは「新しい自分」に生まれ変わったのである!


 フミ婆だけではない。

 アランのバトルアクションと交錯させる形で、これまでの数々の回想場面が挿入されることにより、


天空寺(てんくうじ)タケル=仮面ライダーゴースト

・深海(ふかみ)マコト=仮面ライダースペクター


との出会いもまた、アランにとっては実に大きいものであったことが端的に、そして絶妙なまでに表現されている!


アドニス「良き友を持ったな」

フミ婆「それが、人間ってもんだよ」


 父・アドニスやフミ婆をはじめ、信じるものを全て失い、フミ婆曰(いわ)く、


「世界の終わりみたいな顔をして」(笑)


いたアランを心機一転させたのは、やはりタケルやマコト、マコトの妹・カノンであった。


アラン「私は、自分がどうしたいのかもわからない」

マコト「答えは、おまえの心のなかにあるはずだ」

タケル「自分にとことん向き合えば、きっと答えは出るはずだよ」

カノン「アランさんがそんなんじゃ、きっとフミ婆も悲しみます」


 敵地に乗りこもうとするタケル&マコトと、「心」が迷っていたアランとの間で交わされた会話だが、カノンに手渡されたフミ婆からの贈りものを目にした途端、一気に吹っ切れるアランの笑顔が実に自然でよい!


「ああ、そうだな。人間も悪くない!」


 アラン、仮面ライダーネクロムに変身!

 優勢となるも、実の兄・アデルが送りこんだ赤い殺戮(さつりく)マシン、ガンマイザー・ファイヤーの


「排除開始」

――女性による機械的な声がまた、絶妙な不気味さを醸(かも)し出している!――


により、ネクロムの変身が解けてしまう!

 ガンマイザーの攻撃の炎はCGで描かれているが、吹っ飛ばされるアランの背景では実物の炎が燃えあがるという、使い分けの妙が絶品である!



アラン改心の動機付け! 守るべき世界と人情の象徴としてのフミ婆!


アドニス「自分の心に従え」

フミ婆「心のままに、やってごらんよ」


 倒れ伏したアランの「心」に、アドニスとフミ婆が語りかける!


アラン「私の、心は……!?」


 そこに、倉庫内からの主観で、タケルとマコトがバイクを併走(へいそう)させ、入り口から乱入するさまをとらえた演出が、あまりにもヒロイックにすぎる!


アラン「私の心は、この世界の宝物を、守りたいと叫んでいる! そしていつか私の世界も、この世界と同じように、美しい世界に、人間の手で変えてみせる!」


 起き上がりながら、アランはタケルとマコトの眼前で、「心」の叫びを爆発させる!


 第29話で、フミ婆はかつて画家をめざしていたことをアランに明かし、久しぶりに絵を描きたいと願う。

 この世界に存在する、すべての「宝物」を描きたいと。


アラン「空が、青い……」


 人間界に来て最も感動したのは、空が青いことであると、アランはかつて父のアドニスにそう語っていた。

 あまりにもあたりまえにすぎる、そんな日常にごく普通に存在するもの、そして、そんな程度のものに素直に感動できる「心」こそが、『ゴースト』の世界では「宝物」であり、絶対に守らねばならないものとして描かれているのである!


 いつの間にか、アランの肩にもたれて眠りこけるフミ婆の姿が、ラストの悲劇を暗示する描写としては秀逸(しゅういつ)にすぎるものがある。

 そして、フミ婆の願いをかなえようと、画材を手にスローモーションで駆けるアランの姿と、ベンチで眠りこけるフミ婆の姿を交錯させ、アランのために用意したであろう、最後のたこ焼きの箱がその手からこぼれ落ちる描写は、定番ながらも実に泣かせるものがある!


 第30話前半、喪服(もふく)姿のエキストラを大量に動員することで、フミ婆が実に多くの人々から慕(した)われていた事実を丁寧(ていねい)に描いた演出も秀逸だが、フミ婆が生前にアランに語った


「心は、死なないんだよ」


の係り結びとなる形で、葬儀場でタケルがアランに


「フミ婆の想いは、みんなの心の中で生き続けるんだ。きっと、アランの心にも」


と語りかけ、アランが手で左胸をおさえる描写もまた、


「自分の心に、正直になりなよ」


とのフミ婆の願いを受け、アランを決意へと導く動機づけとして立派に機能しているのである!



アラン改心を受けて、3大ライダー大活躍も盛り上がる!


マコト「あいつ、限界を超えた!」

タケル「行こう!」


 タケル・マコト・アランが順に各変身アイテムに眼魂(アイコン)を装着し、レバーを作動させるさまが省略されずに描かれることにより、変身したゴーストスペクターネクロムの、トリプルライダーが揃い踏み!


・倉庫内でバイクをジャンプさせるゴーストの背景で、本物の炎がハデにブチあがる!

・そして、CGで逆ウイリー状態となったゴーストのバイクの後輪を眼魔にブチあてる!

スペクターのバイクがジャンプするさまが真下からあおりでとらえられたかと思えば、次の場面ではCGのバイクがあおりで描かれ、多数のチェーンを発射して戦闘員たちを攻撃する!

・さらにはCGではなく、ワイヤーで吊られたスペクターが必殺キックを繰り出す!


 ネクロム、ガンマイザー・ファイヤーが放ったCGの炎に包まれるも、


「この心の求めるままに!」


と、それを振り切って「心」の叫びをあげる!

 最後まで残ったガンマイザー・ファイヤーを相手に、


ゴーストは15人の英雄の力を結集させた仮面ライダーゴースト・グレイトフル魂に!


スペクターは、まるでクワガタ虫の大アゴを思わせるギザ状のアンテナがかっこいい仮面ライダー・ディープスペクターに!

――既に多くの人がツッコミを入れていることかと思うが、この名称、確信犯だろうけど饒舌(じょうぜつ)にすぎる外人タレントのデーブ・スペクターの名とあまりにもまぎらわしい(笑)。眼魔に乗っ取られたディープ・コネクト社の社長を演じているのが、セイン・カミュでよかった(爆)――


強化形態へとタイプチェンジを遂げる!


ゴースト「魂は、永遠に不滅だ!」

スペクター「オレの生きざま、見せてやる!」

ネクロム「心の叫びを聞け!」


 バツグンにかっこいいキメゼリフが放たれたあと、背景に黄・紫・緑と、それぞれのカラーの紋章が浮きあがるばかりでなく、ゴーストスペクターネクロムの脚部に、紋章からスパークが放たれるデジタル演出が実に華(はな)がある!

 華麗に宙に舞いあがり、ガンマイザー・ファイヤーにトリプルキックを炸裂(さくれつ)させる仮面ライダー

 そして、それぞれが着地するさままでもが順にとらえられているのは、どこまでも仮面ライダーを徹底的にかっこよく見せようとするこだわりの演出であり、まさに圧巻のひとことに尽きる!

 燃えあがる炎の前に揃い踏みするトリプルライダー

 これこそが、ドラマ演出とバトル演出のクライマックスが華麗に融合した瞬間である!



「心の要否と解放テーマ」&「偉人召喚設定」も巧妙に接合!


「心があるからこんな気持ちになるのなら、心なんていらない」


 第30話冒頭、フミ婆を失ったアランはこう嘆(なげ)いていたが、事故で失ったばかりの父親に会いたいと願ったものの、眼魔の幹部・イゴールによって復活した父が、


イゴールいわく「心など、ありません」


であったことに傷心し、


「おとうさんに会いたいなんて、思わなければよかった」


と苦悩する女子高生・ユキの物語が、


タケル「ユキさんの心はどうしたいんですか?」


などと、アランと対比させて並行して描かれていたことが、より奥深い趣(おもむき)を感じさせてくれることとなった。


 ユキは伝説の脱出王・フーディーニに何度かとりつかれてしまうさまが描かれているが、第30話のクライマックスで、フーディーニの眼魂はゴーストに力を貸す際、


「心を鎖から解き放つ手助けをしよう」


と語っている。

 アラン、そして、ユキの「心」が解き放たれる物語を描くにあたり、偉人の選定も実に的確になされていたと言えるだろう。

 それにしても、フーディーニにとりつかれている間のユキは、セーラー服各部に切られた鎖が飾られているばかりか、それを使って戦闘員をしばいたりもする(笑)。



坂本監督の趣味!? 坂本作品常連の「小宮有沙」嬢も登板!


 ユキを演じているのは、『特命戦隊ゴーバスターズ』(12年)の宇佐見(うさみ)ヨーコ=イエローバスター役でドラマデビューを果たしたあと、


アイドルグループでんぱ組.inc(インク)主演の映画『白魔女学園』(13年・東映)の生徒会・三雲杏(みくも・あん)役

・映画『劇場版 ウルトラマンギンガS(エス) 決戦! ウルトラ10勇士!!』(15年・松竹)のアレーナ役


などで、既に今回のユキのような、両極端な二面性のある役柄を披露し(笑)、さらに、


大人気となったアイドルアニメラブライブ!』(13年・2013プロジェクトラブライブ!)の続編である『ラブライブ! サンシャイン!!』(16年7月スタート! さあ、みんなで観よう!・爆)の生徒会長兼スクールアイドル・黒澤(くろさわ)ダイヤ役


で、遂に声優にも初挑戦することとなった小宮有沙(こみや・ありさ)である。


 今回のユキのような、前髪をおろしてメガネをかけた姿は結構かわいらしく、とても22歳には見えませんな(笑)。


 その小宮を、先述した『白魔女学園』や『俺たち賞金稼ぎ団』(14年)や『劇場版ウルトラマンギンガS』など、自身の作品でしつこく(笑)起用し続けてきたのが、今回久々に『仮面ライダー』のメガホンをとることとなった、坂本浩一(さかもと・こういち)監督である!



エネルギッシュな坂本浩一監督のライダー再登板に期待!


 坂本監督の『ライダー』への登板は、テレビシリーズでは実に『仮面ライダーフォーゼ』(11年)以来のことであり、劇場版では映画『仮面ライダー×仮面ライダー ウィザード&フォーゼ MOVIE大戦(ムービー・たいせん)アルティメイタム』(12年・東映)以来、一本もライダー映画を撮ってはいない。


 当時は人気面でも商業面でも絶頂だった第2期平成ライダーが低迷を始めた要因の中には、それ以降、坂本監督が不在となったことも含まれるように思えてならないものがあるのだ。


 今回の前後編はまさに、バトル・アクションで魅せる、ハート・ウォーミングなドラマといった趣であった。

 実際第29話は、坂本監督作品としてはアクションの占める割合が意外に少なく、結構「人間ドラマ」が中心であるような印象が強い。


 それでもディープ・コネクト社本社ビル内の狭い廊下での場面でさえ、複数の仮面ライダーに複数の眼魔、戦闘員たちが格闘しているほど、バトル演出では、常に多数の仮面キャラクターが配置されているばかりでなく、屋上でのバトルではゴーストビリー・ザ・キッドの力を借りてガンさばきを見せるなど、必ず仮面ライダーがタイプチェンジを披露しているのである。

 今回の前後編のオープニングを見ても一目瞭然(りょうぜん)であるが、通常回とは異なり、まさにスーパー戦隊並みに多数のスーツアクターの名前がクレジットされているのだ。


 近年の平成ライダーが失いかけていたものを、坂本監督がようやく取り戻してくれた。

 今回はやはり、そんな想いを抱かずにはいられないのである。


アラン「この世界の宝物は、必ず守ってみせる」


 屋上で青空を見上げながらたこ焼きをほおばるという、この世界の「宝物」を満喫(まんきつ)しながら戦う決意を新たにするアランの眼前に現れて、


「よく似合ってるよ」


と、語りかけるフミ婆の幻影にアランが笑顔を見せるラストシーンは、実に微笑(ほほえ)ましいものがあった。


 だが、筆者にはアランのラストのセリフが、本来なら我々にとって「宝物」であるにもかかわらず、シリーズが存在するのがあたりまえとなることで、すっかりありがたみが失われ、長期低落傾向にあるのに作り手もマニアの側も危機感が薄いように見える平成『仮面ライダー』を、自身が必ず守ってみせるという、坂本監督の決意表明のように思えてならないものがあるのだ。


2016.7.1.

(了)

(初出・特撮同人誌『仮面特攻隊2016年初夏号』(16年7月2日発行)〜『仮面特攻隊2017年準備号』(16年8月13日発行)所収『仮面ライダーゴースト』中盤合評より抜粋)



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2016-09-14 ザ・ウルトラマン 〜アンドロメロス見参!

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 庵野秀明率いるスタジオカラーが2015年公開予定であった『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』をさておいて(?)、制作にまわった短編アニメザ・ウルトラマン ジャッカルウルトラマン』(2015年)が、NHK−BSプレミアム『日本アニメ(ーター)見本市セレクション』にて2016年9月14日(水)AM11:40から放映記念!


 ……とカコつけて(汗)、『ザ・ウルトラマン ジャッカルウルトラマン』評を発掘UP!


 さかのぼること、今年の1月15日にすでに放映されてたそうですが……(恥ずかしながら存じておらず・汗)



ザ・ウルトラマン ジャッカルウルトラマン』 〜ウルトラ一族VSジャッカル大軍団! 宇宙警備隊アンドロメダ星雲支部隊長・アンドロメロス見参! 往年の学年誌マンガが40年目に短編アニメ化!

(文・T.SATO)

(昨15年11月15日脱稿。後半部分は16年9月14日に新規書き下ろし


ザ・ウルトラマン』 〜イントロダクション!


 ウルトラマンレオ(74年)が悪の惑星・ブラックスターのブラック司令による侵略の魔手から地球を守りきった西暦1975年春、宇宙に新たな脅威が訪れようとしていた。


 歴代ウルトラ兄弟と戦った強豪怪獣が次々と復活! 宇宙空間、星々と地球で、歴代強豪怪獣たちは歴戦の勇者・ウルトラ兄弟たちを次々に殺害していく!

 劣勢に立たされたウルトラ一族は、自身たちの全宇宙を守る機関・宇宙警備隊の隊員たち数千人を動員して警戒に当たらせる。そんなさなか、地球衛星・月に怪しい光が……。


 駆けつけたゾフィーとレオ、ウルトラ族の一般兵士たちが見たものは、レオの弟・アストラの亡骸を踏みつけにする、ウルトラ兄弟の長男にして宇宙警備隊・隊長ゾフィー(偽者)の姿であった! 偽者ゾフィーの姿が鳴動しだす。

 そしてついにその正体を現す。……歴代ウルトラ兄弟と戦った強豪怪獣たちに次々と変身し、その能力も使うことができる強敵宇宙人・ジャッカル大魔王だ!


 アストラを倒されて、ウルトラ8兄弟はゾフィーとレオのふたりを残すのみ。ゾフィーとレオと一般兵士たちが束になってかかるも、ジャッカル大魔王にはかなわない。


 いったん、ウルトラの星へと退却するゾフィーたち。

 しかしそこで、ウルトラ族の一般兵士に変身して退却の列に紛れ込んでいたジャッカル大魔王が、不敵な笑みとともに正体を現した!


 事の一大事にウルトラの父ウルトラマンキングは緊急招令をかける! ウルトラの国の超近代的な高層建築群が居並ぶ未来都市に、大動員されるウルトラ一族の宇宙警備隊・一般隊員100万人! そのうちの一部は、ウルトラの国の動力にして、ウルトラ一族の生命エネルギーの源、人工太陽プラズマスパーク核融合炉の防衛に廻させる。


 ジャッカル大魔王。彼は大むかしにもウルトラの星を襲撃し、ウルトラの国に大打撃を与えるも、ウルトラ一族の長老・ウルトラマンキングとの闘いに敗れ、光すら飲み込む天体ブラックホールに永久追放された強敵宇宙人だったのだ! 年月を経て、ブラックホールエネルギーをすら吸収して復活を遂げたジャッカル大魔王のリベンジ!


 ウルトラ一族最強のウルトラマンキングがそのマントを脱ぎ捨て、ジャッカル大魔王との再戦にのぞむ! 突きと蹴りの凄まじいワザの応酬で、勝負は拮抗する!

 しかし遂に、ジャッカル大魔王が両腕をあげてポーズを取るやその身を発光させ、全身から前後左右上方の全方位へ一斉にジャッカル破壊光線を発射した!

 猛烈な光線の圧力台風のごとき爆風で、吹き飛ばされていくウルトラの兵士たちに、粉々に破壊されていく高層建築群!


 プラズマスパークも半壊し、薄明に閉ざされたウルトラの星。全滅したかに見えたウルトラの星だが、瓦礫の中から傷ついた姿を現す者たちがいた。

 ゾフィーウルトラの母、そして一般のウルトラ兵士たち28名。


 第2ウルトラタワーに収納され、ウルトラの星の軌道を司(つかさど)る大型のカギ型アイテム・ウルトラキー。その秘めたパワーは絶大で、ウルトラセブンが幼いころに目撃したその威力は、ウルトラの父が銃器のように引き金をひいて強烈な光線を発射したところ、天空に迫っていた悪魔の星“デモス一等星”をも一撃のもとに粉砕し、星ひとつを消失させるほどのものだったという。

 ジャッカル大魔王に万が一にも、奪われることを危惧したウルトラの父に命じられて、ゾフィーはウルトラキーの保護に動いていたのだ。

 ジャッカル大魔王の桁違いに猛烈な破壊光線による、ウルトラの星の半球規模の大爆発の際にも、ウルトラの一族は全滅せず、数万人は宇宙への脱出に成功したにちがいないとの理性的・合理的な推測を一般のウルトラ兵士にも語らせて、ゾフィーとそして名付けて“ウルトラ28人衆”は廃墟の下、打倒・ジャッカル大魔王に奮起するのであった!



ザ・ウルトラマン』の原典は、1975年度『小学三年生』連載マンガ!


 ……というのが、2015年夏に「日本アニメ(ーター)見本市」で公開された、8分弱の短編アニメザ・ウルトラマン ジャッカルウルトラマン』の原作マンガである、通称『ザ・ウルトラマン』の物語のアタマ1/3ほどの展開である。

――第3期ウルトラシリーズ(≒第3次怪獣ブーム)時のTVアニメ作品『ザ☆ウルトラマン』(79年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20100430/p1)のネーミングの由来ではあるも、まったくの別作品なので念のため。この短編アニメでは、冒頭の初代ウルトラマンVSジャッカル大魔王が化けた宇宙恐竜ゼットン戦のみ本格的に映像化されているが、今述べたアタマ1/3の展開は実はほぼ端折(はしょ)られている――


 原作マンガは、第2期ウルトラシリーズ(≒第2次怪獣ブーム)の最終作にして、当時はコレでウルトラシリーズも本当に終焉だと思われていた『ウルトラマンレオ』(74年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20090405/p1)が終了した直後の1975年(昭和50年)度の学年誌小学三年生』に1年間、初出時は

・第1部『さよならウルトラ兄弟』(4〜8月号)

・第2部『たたかえ! ウルトラ戦士』(9〜12月号)

・第3部『復活! ウルトラ兄弟』(1〜3月号)

 のタイトルにて連載された作品だ。


――のちに、創刊間もない当時は隔月刊化したばかりの児童漫画誌コロコロコミック』No.5(78年3月15日号)からNo.7(78年7月15日号)まで『ザ・ウルトラマン』と改題して終章直前分までが再連載されて大人気を博す。『コロコロコミック特別増刊号 決定版ウルトラマン』(78年7月24日号)で改めて第1話〜最終回までが一挙に再録されて、奇しくも到来した第3次怪獣ブームともあいまって大売れし、夏休みの終わりに発売された新作書き下ろしも含む『コロコロコミック特別増刊2号 決定版ウルトラマン』(78年9月24日号)に至っては、地元の小書店でも100部前後(?)が山積みになっていたのに、即日完売したほどの爆発的な売上であったことが強く印象に残る――


 原典は学年誌連載ということで、週刊少年マンガ誌に比すると発行部数も少なく、特定の学年限定との印象を、世代人以外には持たれるやもしれない。

 だが、当時は少子化の時代ではなくベビーブームで子供の数も非常に多かった時代であり、同時に学年誌の子供たちへの権威・ブランド力もまだまだ絶大なるものがあって、各学年誌は100万部前後の発行部数を誇っていた。


 加えて、古い話で恐縮だけれど、当時は新興住宅地でも良くも悪くも今ほどには「隣りは何をするヒトぞ」的な分断・孤島化は発生していなかった。それがムラ世間的な監視・同調圧力の息苦しさを生じさせるのと同時に、人情裏長屋的な向こう三軒両隣りの親密感をも生じさせていたものだ。

 家々の境もブロック塀ではない生け垣が多かったり、ブロック塀でも隙間があったりして、道路にいったん出てから隣家の玄関にまわってブザーを押すのではない。南の庭の生け垣の隙間から隣の敷地へ潜入し、隣家の北側の台所のウラ口でノックして回覧板を渡すような、「自他の境目」=A.T.フィールド(笑)があいまいで敷居も低いような時代でもあった――「むかしは良かった」と安直に云いたいのではナイ。おおかたの物事はなにごとも一長一短ですので、念のため――。

 出来事の羅列でしかない大文字の歴史年表には残りにくいので忘れ去られがちな、しかしてあらゆる物事の本質・人々の行動原理にも関わってくる時代の空気、その時代の人々の気分・メンタルにも関わることなので、ここについでに言語化させてもらった次第。


 そんなわけで、学年の異なるご近所の子供グループが、個々人宅に遊びに行き、そのコの家にある学年誌を毎号といわずとも廻し読みなどをしたものだ。だから当時の学年誌には、実売部数の数倍以上の影響力があったといってもよいだろう!


 筆者もご近所の年上の友人宅にてこの原作マンガに遭遇した。物語はちょうど中盤、ゾフィーとウルトラ28人衆が地球人の姿に変身して、日本の各地に潜伏していた時期だ。



ジャッカル軍団、東京蹂躙! 雌伏するウルトラ28人衆!


 ジャッカル大魔王は孤高の宇宙人ではなく、同族のジャッカルの一族を、大魔王・四天王・軍団長・軍団員の4階層に分けた20万人以上の規模を誇る大軍団に編成していた。

 そして直接に自身では手をくださず、部下たちに宇宙の各所を制覇させていた。


 次からは、まさに本作の「名場面」集といった、この短編アニメでも、ちょうど物の見事にハイライト的に映像化されていた、本作中盤のクライマックスだ!


 白昼の東京都心に降下してきたジャッカル軍団数十人は、地球人を奴隷にしようと威圧をかける!

 都心でウルトラ族VSジャッカル族の集団戦を起こしてしまっては大規模な被害が出てしまう。地下鉄の地上出入り口階段に隠れて忸怩(じくじ)たる思いで状況を見守る、人間に変身しているゾフィー隊長とウルトラの母にウルトラの兵士たち数名。


――原作マンガだと「他の兵士たちは日本の各地に分散して潜伏している」という、劇中内での時間の流れをメタ的に止めての「ウラ設定」を説明する1コマが挿入されている。

 劇中内での時間の流れ方が現実世界のそれに近いマンガならぬ映像作品では、それをベタにやると説明的でまだるっこしくて浮いてしまうせいか(もちろん尺の都合が第一義ではあろうけど)、このへんの説明のくだりはカット。

 個人的には今このシチュエーションをリメイク再現するならば、「日本の各地」ではなく「世界の各地」に改変してスケール雄大感を出してほしい。

 ウルトラ一族は「日本人」や「地球人」を、ウルトラ族に進化する27万年前の自身らの祖先の姿形と同一であったから……という人種的な好悪や一種の優生学(汗)の観点からエコヒイキして守っているのではなく(笑)、「日本」にかぎらず「世界各国」、「地球人」に限らず地球や宇宙の善良なる全生物をその姿形に関係なく守っているような公明正大なニュアンスを、行間に感じさせてほしいので――


 ダメ押しで、ウルトラ一族と同様の巨人族でもある彼らにとっては、手狭だから場所を確保しようとして、ジャッカル軍団は周囲の建築物を破壊する。

 彼らのひとりは、別の地区で捕まえた人間体のウルトラの兵士1名を右手に握りしめ人質にして、地球に潜伏しているウルトラ族たちをおびきだそうとする。

 調子付いたジャッカル軍団長が上司である四天王のひとりにおべっかを使ってか、「ついでに地球人もいくらか殺しましょう!(大意)」と大勢の人々を両手ですくい上げる!


 衝撃が走り血気に逸ったウルトラの兵士たちを、涙を飲んで無言で制するゾフィー

 するとそこに、電光と落雷が走る!


 目くらましにあったジャッカル軍団員はその手から、地球人たち数十名をポロポロと地に落としてしまう! 思わず、ヒトとしての本能か、地上にいる群衆が我も我もと、バラバラと落下してきた人々を手を差し出して受け止めて救おうとする、人情にも合致したナチュラルな腑に落ちるシーンも、原作マンガ通りに再現



観たかった東京の広大なビル街での「特撮演出」(!?)が実現!


 あたりから光が失せるや、そこにはすっくと立った西洋甲冑風のヨロイを身にまとった巨大超人が屹立! レオ兄弟が活躍するシーンでの印象が深い勇壮かつ軽快なBGMが流れ出し、東京のビル街を舞台に、ナゾの巨大超人が戦闘を開始する!


 ビル街の路地の合間から見える、大通りにいるナゾの巨大超人の踏み出した第一歩の足先がヨコから捉えられる。

 このへんのアングル&映像は、原作マンガにはない、この短編アニメ・オリジナルの「絵」だが、超人の「巨大感」と、踏ん張って歩を進めていくことでの、助走と今後の勇ましい反撃の戦闘の予感に満ち満ちた「力強さ」が絶妙に表現されている!


 80年代以降に普及する全面ガラス張りのビルではなく、70年代以前のコンクリート壁の高層ビル街での特撮シーンというと、個人的には初代『ウルトラマン』(66年)の第33話「禁じられた言葉」に出てくる巨大フジ隊員もとい(笑)3大宇宙人登場シーンを思い出す。

 『ウルトラセブン』(67年)第34話「蒸発都市」での敵に操られてレギュラーの防衛隊員たちに刃を向けてしまうセブンや発砲怪獣ダンカン戦も思い出す。

 あるいは、東宝の広大な第7ステージだったかで撮影されたという、『ウルトラマンエース』(72年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20070430/p1)と『ウルトラマンタロウ』(73年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20071202/p1)第30話までに登場した、膨大なミニチュア建造物群をも思い出す。


 今にして思えば、『エース』や『タロウ』のミニチュア建造物は東宝の持ち物であり、円谷プロの所有物ではなかったから、東宝ではなく栄スタジオで撮影されるようになったという『タロウ』第31話以降のミニチュア群は金銭を払って東宝から借り受けていたものだったのではないかと推測する。もしも円谷の所有物であるのなら、毎回毎回壊したり捨ててしまっていたワケもないのだから、翌年度の『ウルトラマンレオ』(74年)でも、特撮背景美術として飾り付けて流用してもイイわけだ。

 73年秋の第1次「石油ショック」のあとの、物価高の中で製作された『レオ』ではそれが果たせず、非常に閑散とした特撮背景美術の中での特撮バトルになってしまったことが、手前ミソで恐縮だけれど、筆者の推測をウラ打ちする。


 巨大ヒーローや巨大宇宙人の胸・肩サイズの前後という、彼らの巨大感を表現するのにちょうどイイ塩梅の高さのビル街!

――彼らよりも高いビルばかりだとウルトラマンや怪獣たちが高層ビルに囲まれてしまって貧相な感じがしてくるし、逆にビル群が巨大ヒーローの腹部よりも低かったら低かったで今度はミニチュアビル群の方の存在感・質量感が減じてしまって貧相に見えてくる――


 同じく東宝――正確には東宝本社から分社した「東宝映像株式会社」――が円谷の下請けとして特撮を担当した後年の『ウルトラマン80(エイティ)』(80年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/19971121/p1)では、ノウハウの蓄積なり内外の批判もあってか、カメラ手前にミニチュアを斜め向きに配置して隠すようになったが、『エース』『タロウ』の時代だとミニチュアの精巧さやその数の膨大さとはウラハラに、ビルの間に大通りではなく、ドッタンバッタン組んずぼぐれつ「怪獣プロレス」用の「ナゾの広場」(笑)――実は平成以降のウルトラ作品にも存在してはいるのだが――がバレバレで見えてしまっていた。


 もちろんコレは幼児であれば気が付かないとは思うが、小学校の中高学年ともなれば気付いてしまうことでもある。70年代末期の第3次怪獣ブーム時代、関東地方の小学生たちは平日早朝6時台のウルトラシリーズ再放送を早起きして夢中になって観ていたものだが、と同時に『エース』#3の異次元人ヤプールよろしく


「子供が純真だと思っているのは人間だけだ!」


ではないけれど、こまっしゃくれたクソ生意気な同級生のガキどもは、「ウルトラ」が好きではあっても、同時に作り物であることも十分にわかっていて、そろそろ卒業せねばならないという焦りや照れも混じっての、他の子供たちとの差別化心理か、イキがったりワルぶったりして、


「広場ができてる〜」「広場がある〜」


などとバカにもしていたものである(汗)。


――筆者個人も小学校中高学年にもなれば、「ナゾの広場」には気付いていて、それはスキではなかったけれども、「ウルトラ」に対しては我ながら今から思うに前近代的・古代中世的な宗教的忠誠心をいだくようなメンタリティを持っており、ヨソの子供たちのそーいう言動がイヤでイヤでたまらなかったものだ(笑)。と同時に、そーいうあからさまにツッコミが入ってしまうような隙があるチャチなところは解消してほしいとは「子供心」に思ってはいた(いやすでにもう本邦初のマニア向けムックなどを十分読み込んでいたから、十分に今でいう「マニア・オタク」であったけど・汗)――


 そう、「ナゾの広場」ではなく、両脇をビル街に囲まれた、遠近感のパースも効いた長いアソファルトの車道大通りを舞台にした巨人の戦闘! こんな「ウルトラマン」作品が観たかったんですヨ!



ナゾの巨大ヨロイ超人を圧倒的に強くカッコよく描く「アクション演出」!


 ナゾの巨大超人がその両腕を大きく振り回す一定のポーズを取って、前方へ突きだした両手から猛烈な太っとい光線を放つ!


レーザーショット・アンドロメロス!!」


 ビビビビ〜〜〜〜〜、ドカ〜〜〜ン!!! ……我ながら文学的レトリックもクソもない、子供じみた擬音表現になっておりますが(笑)。


 コレは悪口批判ではなく云うけれど、昭和のウルトラマンの光線は、あくまでも人類よりも進歩した超科学の申し子・未来科学の精霊たるスマートでクールなものであって、光線自体は重さのある物質ではない熱線、もしくは質量・重さのない放射線なり科学的・物理的な光の粒子であった。

 それが、平成以降のウルトラにかぎらず、80年代以降のマンガやアニメなどのジャンル作品では、もう60年代までの科学万能の時代が終わって久しいせいか、光線自体を科学的・物理的なだけの存在とはせず、そこに光線ワザを放つ者の精神や気力・気合い・ド根性などといったドロくさい要素をオーバーラップさせていくようになったと思う。


 本作短編アニメにおいても、ナゾの巨大超人による光線ワザ「レーザーショット・アンドロメロス」は光線、つまり一応は質量のない光、もしくはそれに類するものなのに、物理的・物質的・気合い・気功(笑)的な圧力・勢いをもって、ジャッカルの軍団長を大通りに沿ってはるか後方にズルズルと滑らせていく!

 先日放映されたばかりの『ウルトラマンX(エックス)』(15年)#13「勝利への剣(つるぎ)」の坂本浩一カントク回でも、ウルトラマンビクトリーの強化形態・ウルトラマンビクトリーナイトが剣およびそれを握った右腕からタテ長の必殺光線を発射するや、それを浴びたマグマ星人が後方に地滑りしていったが……。互いに互いをマネたということはないにせよ、やっていることは同じだ(笑)。


 だからこのへんの演出は、原作マンガが描かれた70年代的なものではなく、80年代中盤以降のアクション演出の流儀だとも思うのだが、通常の光線よりも強い! という表現でもあり、モーレツにカッコいいので70年代っぽくなくても無問題

 物事を顕微鏡的に眺めて、その微差を言語化して、作品の本質をより捉まえたいと思う「腐れ評論オタク」としては、そのへんのニュアンスも腑分けして成文化しておきたい。

 とにかくナゾの巨大超人の強さが、原作マンガ以上に際立つアクション演出だ!


 そして、ヨロイの腹部にある飾りをハズすや、


「アンドラン!!」


 と叫んで、中空にブーメランのように放つ!


 ウルトラセブンの頭頂部のトサカ部分をハズして放り投げる宇宙ブーメランアイスラッガーとほぼ同じ、だけれど若干(じゃっかん)加工した飛行音&切断音がして、宙に浮遊していたジャッカル軍団員たちを次々に両断して爆破させていく!

 ……千人万人にひとり、異常者がいて彼らに悪影響を与えるのであれば、切断ワザの「自主規制」も仕方がナイと個人的には思っているけど、今回は媒体が大勢の眼にふれるTVではないせいか、怪獣の触手とかではなくヒト型のジャッカル軍団員たちなのに、その胴体が次々と、しかも腹部で真っ二つに切断されて爆発四散!(イイのかよ!?・笑)


 そして、ヨロイの両肩から前方腹部に延びる細長い2本のサスペンダー(?)を上方に開扉するや、その先端から、


「アンドロレーザー・N75(エヌ・ななじゅうご)!!」


 ビル街の広大な上空に放った細長い光線を左右に一閃! 宙に浮遊していた数十人のジャッカル軍団員たちは大爆発の猛煙の中に消えていく!


 ナゾの巨大超人の圧倒的な強さもさることながら、原作マンガにおいても、天才漫画家内山まもる大センセイの圧倒的な画力・デッサン力・レイアウト力によってある程度はすでに達成されていた、長大なビル街と広大な大空というパノラミックなスケールを感じさせる「絵」が、アニメであってもついに実現!(感涙)


 続けて、巨大超人がその仮面をはぎ取り、ヨロイも無数のパーツに分解、キャスト・オフ(笑)して空中に飛ばして、その正体を明かす!


「オレは宇宙警備隊、アンドロメダ星雲、支部・隊長! メロスだ!!」


 ♪ジャジャーン!! みたいな(笑)。



アンドロメロスの卓抜な出自設定! オトナではなく小学生児童レベルの知的・SF的好奇心を喚起せよ!


 我らが住まう銀河系の外に出て14万8千光年かなたをめざす、日本におけるジャンル作品のエポックメイキング『宇宙戦艦ヤマト』(74年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20101207/p1)よりも前、多分『ウルトラマンエース』(72年)や『ウルトラマンタロウ』(73年)の時期には、初代『ウルトラマン』#1などで語られてきたウルトラマンたちが所属する「宇宙警備隊」という組織が、ウルトラ一族の故郷である300万光年先のM78星雲のみならず、


 銀河系星雲

 アンドロメダ星雲

 M25星雲

 S・P5星雲

 L・P372星雲


――今なら銀河系内ガス雲の「星雲」と区別して、銀河系と同等の「○○銀河」と呼称するだろうけど(笑)――などにも支部が存在するという、複数の銀河をもまたにかけた、おそらく円谷プロの作り手たちも、記事を監修していた満田かずほプロデューサー以外は知らないような(汗)SF設定が学年誌で発表されていた。


――学年誌の編集者が勝手に作ったように云われていて、たしかにそうでもあるのだろうけど、当時の記事や付録をオタク友達のネットワークを駆使して取り寄せて読んでみると、往時は円谷プロに在籍していたオタク第1世代特撮ライターにして、草創期のマニア向けムックにて第1期ウルトラ至上主義を流布したひとりでもあられる竹内博=酒井敏夫の署名もよく見かける。氏もこの設定構築にはかなり関わっているようにも見える。しかも、イヤイヤやっているようには見えずノリノリで書いているようにも見える(笑)。まぁ同一個人の中にも矛盾・分裂した指向が併存していることは往々にしてあるのだろうけれど――


 その世界観設定が今ここで活かされる!

 宇宙警備隊の支部組織、そしてある意味ではウルトラ兄弟たちを上回り、ゾフィー「隊長」とも拮抗する支部「隊長」の称号を得た、格下の「弟」ではない新たなウルトラ戦士の登場だ!


 自虐ではなく云うのだが、このテのジャンル作品・娯楽活劇作品は本質的には高尚な文芸作品などではないのだから、ポッと出のまったくの新設定による形勢逆転劇など、多少のご都合主義的な展開はあってもよいとは思う。

 だが、できうれば作品の外の設定ではあっても、すでにある設定を後付けでもパスルのピースをハメるかのように活かした方が、そこに一応の子供レベルでの知的快感(笑)もあるのだし、戦闘ヒーローの肩書き(笑)による魅力倍増が、即座にバトルシーンの盛り上がりにもつながるのであれば、それに越したことはないのである。

 そんな観点からも、新超人・アンドロメロスの設定がいかに卓抜であったことか。



 残念ながら、今回の短編アニメでは中盤のクライマックスはここでブツ切れしてしまい、イキナリ飛んでジャッカル星での最終決戦が映像化されている。


 今回の短編アニメでは惜しくも映像化されなかったが、止め絵でもイイので、先のアンドロメロスVSジャッカル大軍団との大乱闘シーンの最中に、ウルトラ28人衆が例の変身巨大化時の右拳を硬く握って右腕を前方に突き出したポーズで、東京上空に一斉に出現(!)する2ページ見開きのパノラミックで壮観な図を、このアニメでも再現してほしかったのだけれども!

――もちろん続けて、70年代当時には不可能であった(90年代後半の平成ウルトラシリーズ3部作の時代でもまだ困難であった)――、飛行・浮遊能力のあるウルトラ一族とジャッカル軍団員たちの宙に浮遊したままでの直後の大混戦も再現してほしかったのだけれども!――


 まぁそんな世代人の要望は、作り手たちも百も承知であろうし、彼ら自身もぜひとも映像化したかったシーンではあろうとも思うので、「予算と尺の都合」で泣く泣く削ったのであろうともわかるけど、一応やっぱり指摘はしておきます(笑)。



ただし、冒頭の初代ウルトラマンVS宇宙恐竜ゼットンとの再戦は、原作マンガ版よりもボリュームアップ!


 本作を鑑賞していると、娯楽活劇作品とは、「殺陣(たて)」、つまりは「アクション演出」といったものが、いかに大切であるのかについても、改めて痛感してしまう。


 たとえば、この短編アニメの冒頭は、原典の原作マンガ版ファンならばとても印象深い、のちにジャッカル大魔王が化けた姿であったことが判明する、初代『ウルトラマン』最終回で初代ウルトラマンを打ち負かした強敵怪獣・宇宙恐竜ゼットン初代ウルトラマンとの広大な宇宙空間を自由自在・縦横無尽に飛行しつつバトルする再戦で、再び初代ウルトラマンが負けてしまうという衝撃的なシークエンスが描かれる。

 つまりは、古い世代人(笑)にとっては、この勝敗の決着は、すでに確定している既定路線でもあるのだ。


 でもだからと云って、初代ウルトラマンが敗北するという結論・落としどころはもう決まっているのだから、そのバトルの中間過程におけるシークエンスを膨らませたり、凝ってみせたり、アレンジを加えることがムダであり無意味なのだ! とゆーものでもないハズだ。


 「月刊連載マンガ」の文法においては、漫画家内山まもる大先生による、原典のマンガ版のようにウルトラマンVSゼットンのバトルが一手・二手程度の殺陣(たて)でもOKで、1回分の連載の中で他にも語るべき事項がある以上は、そこに早く到達するためには、バトルを簡略化して展開をサクサクと先へ進めるのはむしろ妥当だとも云えるだろう。


 しかし、「週刊連載マンガ」なり「映像作品」においては、「ドラマ」や「ストーリー展開」ではなく、局所的な「アクション」描写だけでもクライマックスとすることができる。


 そうであれば、原典のウルトラマンVSゼットンにおける一手・二手程度の攻防では、映像作品においてはたったの数秒で終了してしまい(笑)、それではあまりにアッサリ淡泊にすぎるワケであり……。


 初代マンが弱すぎる! ではなく、ジャッカル大魔王が強すぎるのだ! とお客さんに思わせるには、ドーするべきなのか?


 それは初代マンも程々に強いのだ! と思わせる描写。たとえば、敵の攻撃を機敏に避けて瞬時に反撃してみせる描写を、執拗に積み重ね積み重ねして、強敵に対して善戦するなり拮抗するなりのシーソーバトルのシーンを、物足りなくないように、かと云って応酬が長すぎてクドすぎてアキてもこないように、その両者の狭間で、適度な分量で挿入していけばいいワケだ。


 そして、この作品はそれを見事に達成して、作品自体の冒頭のツカミとすることに成功していたのであった……。



アンドロメロスVSジャッカル大魔王! 原典マンガの「アクション演出」は不十分だったのか!?


 終盤のアンドロメロスVSジャッカル大魔王の一騎打ちの膨らませ方、両者の設定を活かした多彩な変身や必殺ワザの存分な見せ合いの応酬の羅列なども、まさに本アニメ冒頭におけるウルトラマンVSゼットン戦の膨らませ方と同様の「アクション演出」かと思われる。

――どのように一挙手一投足を描写すれば、観客の心情を高揚させる「アクション」を構築できるのかについての心的な法則性!――


 アッとかオッとかハッとかと驚かせたり、緊張させたり緩めたりして興味を引かせつつ、最終的にはアーこーなったぁ! みたいな。


 いかに「アクション演出」といったものも、作品をエモーショナルな次元で底上げするのに大切なものであるのか? そんな模範例としても、この短編アニメを語り継いでいきたく思うのだ。



 もちろんだからと云って、今度はその裏返しとして、原典マンガの「アクション演出」の不備(?)をケナすのでもなく、ソレは「月刊」と「週刊マンガ」、もしくは「映像作品」との文法の違いに由来するモノであって、当時はアレでも十分に許容されていた! という事実はくれぐれも時代の当事者としては証言しておきたい。

 数十年後の後出しジャンケンで、今の眼で見ると冒頭のウルトラ兄弟VSジャッカル大魔王との戦いが「若干物足りない」などという類いの感慨を、70年代当時の感想とも織り混ぜたかたちで、選り分けずに未分化で語るような愚は犯すべきではないのだ。


 ではあるのだが……。



少々の瑕瑾。ウルトラ兄弟VSジャッカル大魔王のラストバトル!


 コレは原典のマンガ版がそうであったから仕方がナイともいえるのだが……。子供のころから漠然と感じていた少々の不満を、この短編アニメで解消してほしかったともまた思ったりもする。


 その1。ラストバトルの場にそろうのは、ウルトラ6兄弟のみならず、ウルトラマンレオアストラも含めたウルトラ8兄弟であってほしかった(笑)。


 その2。もちろん最後にラスボスであるジャッカル大魔王がやっつけられるのは当然であるにしても、そのヤラれ方の「アクション演出」にはもう一工夫がほしかった。

 単なる6兄弟の合体光線でヤラれてしまうのでは、アレだけの強大さを誇った強敵にしては、あっけないとも思うからだ。あと、もう一手か二手はほしい!


 ここはひとつ、ウルトラ兄弟たちの必殺光線一斉発射を受けて、一歩はあとずさりしてたじろくも凌いでみせるジャッカル大魔王!

 しかしすかさず、ウルトラ兄弟たちも第二打として、前面に出たウルトラマンエースの頭頂部のトサカの円型空洞にエネルギーを放射して、エースがトサカに充電されたエネルギーボールを両手に取って超特大の合体光球・スペースQを放つ!

 コレまたジャッカル大魔王はしばらく踏みこたえる!

 しかしそこに、『ウルトラマンレオ』本編での対ババルウ星人編における失態を挽回するためか、レオ&アストラ兄弟が件の原典マンガでは途中で忘れ去られてしまっていた(汗)ウルトラキーを携えて伏線解消(笑)のために見参し、トリガーを引いてキーから超強力な光線を発射!!

 ようやっとジャッカル大魔王も堪えきれずに大爆発!!

 ……などといった「アクション演出」にしてほしかったとも思うのだ。

――スペースQでもダメージは与えるけど決定打にはならなくて、エースからタロウへと選手交代して、ウルトラ兄弟たちがウルトラマンタロウの左右のツノにエネルギーを照射して、充電されたタロウが両腕から最強のコスモミラクル光線を放つ! というシークエンスを挟んでもイイです(笑)――


 こーいうちょっとした「アクション演出」の積み重ね描写で、その作品の「テーマ」や「ドラマ」とはまったく無関係でも(笑)、ジャッカル大魔王の十分な強さとウルトラ兄弟の一致団結によるさらなる強さを描けることになるワケで、それが視聴者の高揚とカタルシスをも増進させることにもつながると信じるのだ。


 ……そうした小さな瑕瑾(かきん)はあるけれど、『スター・ウォーズ』(77年・日本公開78年)封切以前の1975年に、すでにここまでのビジュアルイメージを達成していた作品があったことを、そして70年代後半のマニア評論・特撮評論の草創期の時代で、オタク第1世代が「ウルトラ兄弟」や「ウルトラの国」の設定やウルトラマンたちに人間クサいキャラクターを付与することは「ウルトラマンの神秘性」を損なうとモーレツに批判していたあの時代に、その下の世代の子供たちは「ウルトラ兄弟」や「ウルトラの国」の設定を宇宙規模レベルで十全に活用した本短編アニメの原典マンガに夢中になっていたことを、今の若いマニアたちにも改めて伝えておきたいし、それを見事に理想的に映像化した短編アニメであったことも讃えておきたいのであった。



本作『ザ・ウルトラマン』の正史化への試みが実はあった!?


 余談。『ウルトラマンメビウス』(06年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20070506/p1)のDVDライナーノーツにおける、メインライター・赤星政尚のインタビューによると、ナント! 『メビウス』ではその中盤、#11〜#17のウルトラマンヒカリ編の直後に、実写でのジャッカル大魔王の復活とアンドロメロスの登場編を構想していたそうである! 惜しくも却下されてしまったが、コレが実現していれば、『ザ・ウルトラマン ジャッカルウルトラマン』はまごうことなきウルトラシリーズ正史になっていたハズである。

 世代人であれば、本作を正史としてほしいと願うヒトは多いハズである。コレから昭和ウルトラの世界観を引き継ぐ新作シリーズを作る際には、『ザ・ウルトラマン ジャッカルウルトラマン』のみならず、世代人には馴染みが深い78年秋〜79年秋にかけて『コロコロコミック』に月刊連載された、かたおか徹治センセイのマンガ『ウルトラ兄弟物語』(ISBN:4575935875ASIN:B000J8GFFC)などもぜひとも正史にしてほしいものである。

 加えて、『ウルトラマン80』終了直後に、幼児誌『てれびくん』にて月刊連載された居村真二センセイのマンガ『ウルトラ超伝説』(ISBN:4886531067ISBN:4886533647)も正史にしてほしいものである。


 『ウルトラマン80』#1が『ウルトラマンレオ』終了以来、5年ぶりに怪獣が出現した世界であることと矛盾が生じるって? スペースサタンキングは怪獣ではなく宇宙人なので大丈夫(笑)。

 『ウルトラマンメビウス』#1が『ウルトラマン80』終了以来、25年と2週間ぶりに怪獣が出現した世界であることと矛盾が生じるって? 『ウルトラ超伝説』冒頭は『ウルトラマン80』終了直後の時期が舞台なので、コレもまたギリギリ大丈夫なハズ(笑)。



 本作の原典マンガ『ザ・ウルトラマン』への約35年後のオマージュでもある、ウルトラマン映画『大怪獣バトル ウルトラ銀河伝説 THE MOVIE』(09年)からのフィードバックも本作には見られる。

 ウルトラマンの一族の故郷には、地球上に出現した赤いボディーの持ち主のみではなく、青いボディーの持ち主もいるとして描かれた映画『ウルトラ銀河伝説』での描写を受けてか、はるか後年の作品との設定上の後付け的な整合性を取るためか、本作『ザ・ウルトラマン』でもウルトラ一族の一般兵士の半分は青いボディーの持ち主として描かれているのがまたグッド!

――大むかしの学年誌や子供向け豆百科、あるいは比較的近年の『ウルトラマンメビウス』における青いウルトラマンウルトラマンヒカリを指して語られた、「青いボディーの持ち主は、戦士の職業者である『宇宙警備隊の隊員』ではない!」という設定とはムジュンが生じてしまうかもしれないが(汗)。しかし青い戦士は、『宇宙警備隊の見習い隊員』なのだと解釈すれば、ムジュンは生じなくなる!?(笑)――


(了)

(初出・特撮同人誌『仮面特攻隊2015年晩秋号』(15年11月15日発行)〜『仮面特攻隊2016年号』(15年12月30日発行)所収『ザ・ウルトラマン ジャッカルウルトラマン』評より抜粋。後半部分はブログUPに際して新規書き下ろし



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ザ・ウルトラマン評価・全話評 〜序文!

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ザ・ウルトラマン#1「新しいヒーローの誕生!!」

  http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20090505/p1

ザ・ウルトラマン#19「これがウルトラの星だ!! 第1部」

  http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20090913/p1

ザ・ウルトラマン#20「これがウルトラの星だ!! 第2部」

  http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20090914/p1

ザ・ウルトラマン#21「これがウルトラの星だ!! 第3部」

  http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20090920/p1

ザ・ウルトラマン最終回 #47「ウルトラの星へ!! 第1部 女戦士の情報」

  http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20100328/p1

ザ・ウルトラマン最終回 #48「ウルトラの星へ!! 第2部 前線基地撃滅」

  http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20100404/p1

ザ・ウルトラマン最終回 #49「ウルトラの星へ!! 第3部 U(ウルトラ)艦隊大激戦」

  http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20100411/p1

ザ・ウルトラマン最終回 #50「ウルトラの星へ!! 完結編 平和への勝利

  (そのうちにUP予定・汗)

ザ・ウルトラマン全話評価 〜全記事見出し一覧(スマホの場合、全記事・年月別一覧)

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 スーパーマン映画『マン・オブ・スティール』(2013年)や今春の映画『バットマンvsスーパーマン ジャスティスの誕生』(2016年)の直続・直系の世界観で、DCコミックスのヒーローであるバットマンやフラッシュも登場するらしいけど(未見・汗)、『バットマン』(1939年)の宿敵・ジョーカーをはじめとする悪役連中や、『フラッシュ』(1940年)の悪役が、徒党を組んで正義のために(?)大活躍をするという映画『スーサイド・スクワッド』(2016年)が9月10日に公開記念!


 ……とカコつけて(汗)、『バットマンvsスーパーマン ジャスティスの誕生』評をUP!



バットマンvsスーパーマン ジャスティスの誕生』

(16年3月25日(金)封切)

バットマンvsスーパーマン』 〜アメコミ2大古典ヒーロー対決映画! 日本のヒーローものの「VS」「大集合」映画と比較!

(文・T.SATO)

(16年4月30日脱稿


 元祖アメコミヒーロースーパーマンと、アメコミヒーロー第2号のバットマンが戦う! という夢のマッチメイクの大ネタ。

 本邦・日本においても、ヒーローVSヒーロー映画や、ヒーロー大集合映画、多数のヒーローが同一世界で共存共闘しているという世界観の漫画やアニメ、『僕のヒーローアカデミア』(16年)、『ワンパンマン』や『コンクリート・レボルティオ〜超人幻想〜』(共に15年)に『サムライフラメンコ』(13年)や『タイガー&バニー』(11年)などの作品が連発されるようになって久しい。


 それらとの対比で、ヒーローVSヒーロー映画やヒーロー大集合映画における、作劇的な要素要素・パーツ・パーツの並べ方や組み立て方の技巧、つまりは理想の「作劇術」……などなどが、ついでに透けて見えてこないものだろうか? という観点で、話題の映画『バットマンvs(ブイエス)スーパーマン ジャスティスの誕生』を鑑賞してみたのだが……。


 その仕上がり・出来については、個人的には「ウ〜ム」といったところ。


 この作品をスキなヒト、評価するヒトには申し訳ないけれども、端的に云ってしまうと、個人的にはあまり面白くなくて、どころか次第にタイクツにもなっていた(汗)。

 コレだけの大ネタの作品を、こんなレベルの作品に留めてしまうだなんて……。


 もうノンキに、日米のヒーローVSヒーロー作品、ヒーロー大集合作品の比較論なんぞを、やってる場合じゃないゾ!

 僭越ながらこの作品を単独で論じて、その娯楽活劇映画としての作劇的な弱点と、そしてナゼにそのような作劇的隘路(あいろ)に陥ってしまったのかの原因についても分析してみたい。



特撮演出」「アクション演出」の達成度!


 まずは、特撮映像やアクション演出

 特撮映像・CG映像については、もちろんハリウッドの大作映画であるだけに、おカネもそーとーにかかっているとおぼしきで、チャチさはむろんナイ。

 15年前のワールド・トレード・センターへのハイジャック特攻である9.11をチョット想起させてしまう、冒頭の白昼の摩天楼上空で、雲を引いて落下してくるナゾの隕石群(?)と戦うスーパーマン

 そして、その足元では落下してくる高層ビルの残骸から徒歩で逃げまどう人々や、崩落してくる瓦礫を避けつつ黒塗り高級車で路地を縫って現場に急行するバットマンの変身前の中の人であるダンディな社長の一連のシーンなどの特撮映像&演出の仕上がりは、ソレ単独だけで云えば「さすがにハリウッド映画!」と喝采を送りたいくらいだ。


 ラストでは、夜の闇に包まれて瓦礫と化した湾岸地帯で、スーパーマンの今は亡き故郷・クリプトン出自の超強敵の巨大怪物と、スーパーマンバットマンワンダーウーマンの3大アメコミ古典ヒーローが共闘して戦いを挑む!

 70〜80年代のハリウッド特撮映画であれば、フワッとした吊り(ワイヤー・ワーク)での飛行であったり、光線もシャープな細っこいもの(同語反復・汗)であった。

 それらと比すると、30〜40年後の今日におけるそれはデジタル合成で、かつ瞬時に初速から弾丸のように音を切って超高速で上昇して飛翔する!


 敵・味方が放つ光線の類いも、科学的・物理的・SF的なクールでシャープで透き通ったイメージの光跡ではなく、光線を放っているキャラクターの身長にも匹敵するまでにその幅が膨張したような極太のブットくて(同語反復・汗)、ドチラかとゆーと光線を放つキャラクターの心情の強さに比例しているとおぼしき精神主義的(笑)な力強くて迫力のある光線を放つ!

 それらの光線の直撃を喰らったヒーローや、巨大怪物パンチを喰らったヒロインは、何キロメートルも後方にブッ飛ばされていき、接地してからも何百メートルも瓦礫の上をゴロゴロと高速で転がっていく!


 このへんのアクション演出は、当たり前だが70〜80年代の『スーパーマン』映画にはなかったもので、長足の進歩ではあるとは思う。それは認める。

 しかし、ヌルい一般ピープルならばともかく、日本のマニア・オタク人種がコレらのアクション描写を「さすが、ハリウッド!」なぞと両手をあげて無条件で賛美してしまうのは、「おフランスざます」的な「植民地の民の奴隷根性」というべきものであって、それは待ってほしいし、カンベンしてほしいとも思う。


 だって、極端に太ットい光線とか、殴り飛ばされたら何キロも後方に飛ばされて何百メートルもゴロゴロと高速で転がるなんて描写は、おそらく80年代後半以降に「週刊少年ジャンプ」連載の漫画『ドラゴンボール』の中盤あたりから始まって、漫画&アニメ特撮ジャンル作品のアクション演出テンプレートの域にまで普及して、今では……というかココ10数年間は女児向けTVアニメプリキュア』シリーズでも毎週のように繰り広げられているアクション演出だったよネ(笑)。


 そーいう意味では、トオの経ったマニアであれば、コレらのアクション演出は日本出自のものが芽吹いたものであるとわかるべきで、そのような歴史的な射程をもってコレらの描写を瞬時に全的に把握して、同時に要素要素に腑分けして認識できないようでは、いかがなものだろう!?

 「やっぱりハリウッド映画はスゴい! 日本の特撮映画はダメ!」みたいな、90年代以降には絶滅したけど80年代以前の若者文化には根深くあった「洋楽サイコー! 日本のポップスはダメ!」のリフレインみたいで――古い例え話でゴメン。ココに「アメコミ漫画」知識などを代入してもイイです(笑)――、スカした文化的カーストをドコか行間に構築するような論法には、個人的にはプチ反発を覚えないでもない。


 だからと云って、「日本の特撮映画、日本のジャンル作品、日本のオタク文化、サイコー!」、「ブラック(黒人)・イズ・ビューティフル」ならぬ「オタク・イズ・ビューティフル」、「オタクエリート」などと夜郎自大に、プチナショナリスト・自民族優越主義・ジャンルナショナリストになろう! と呼びかけているワケでもないのだが(笑)。

 その中間で、もっと要素要素に分解して、「A」という面ではハリウッドが優れているけど、「B」という面では日本のオタクジャンル作品の方が優れていて、「C」という面ではドチラが優れているとも云えないとか、それも6対4なのか3対7なのか8対2なのか? みたいな計量的な測り方で、「増長」でも「卑下」でもない、自分や自国や嗜好ジャンルに対する「正当評価」としての適切な「自信」というものを、引き出すことができないものなのだろうか? とも思うのだ。

 以上は、映像・アクション演出方面にまつわる、個人的な感慨である。



2大ヒーロー対決ものとしての「作劇」の達成度!


 で、実はコッチの方を主眼に語りたかったのだが、「作劇」的な次元での問題点も指摘したい。


 第1の問題点。スーパーマンバットマン直接対決がなかなか始まらない。直接バトルするシーンは、物語も後半以降に至ってからである! 遅い、遅すぎる!

 しかも、そこに至るまでのドラマ・テーマがヘンにマジメすぎるものだから、スーパーマンバットマンの世紀の戦いを、もっと無責任かつ不謹慎にも面白がることができない(笑)。

 いやもちろん、マジメなドラマやテーマがあってもイイのだけれども、それはやはり共演や対決や共闘させるための二次的な言い訳にすぎない。


 人間も他の動物や植物を捕食して食べる生物である以上は、根源的かつプリミティブ(原始的)な深層意識の情動の次元では「攻撃性」や「残虐性」の本能を持っており、「A」と「B」が戦ったらドチラが強いのかの成り行きをコーフンして見入ってしまうような、善悪はさておいた不謹慎な性向を持っているものである。

 もちろんそれが凄惨な殺し合いになって際ギワがなくなってしまっても人類は絶滅してしまうのであって、戦争にもルールを作ったり、武士道騎士道を発達させたり、殺しは抜きのスポーツに留めたり、肉体も使わないゲームにしたり、言葉だけの悪口に留めたり、フィクションの世界での戦闘で代理的に発散するワケだけれども。


 そーいう観点からすると、スーパーマンバットマンの戦いへとサッサとなだれこんで、早々に迫力のあるカッコいい強者拮抗のバトルを見せてくれて、それを不謹慎にも無責任にも外野席からヤンヤンヤと指をさして筆者は楽しみたかったのだが。

 しかも、それを1回だけじゃなくて、物語の頭と中間とお尻に配置して3回戦くらいやってくれてもバチは当たらなかったのではあるまいか?(笑)

 もっと全編に渡って、スーパーマンVSバットマンのそれぞれの必殺ワザや必殺武器に特殊車両や飛行メカを披露して、それぞれの能力を存分に駆使した、丁々発止のチカラ比べ・得意ワザ比べ・知恵比べのバトルを繰り広げて、それを数回戦にわたって魅せるべきではなかったか!?


 第2の問題点。2大ヒーローそれぞれがそれぞれ異なる良さを出しつつ、気持ちよく大活躍してくれて頼もしさを感じさせ、スカッとさせてくれるようなカタルシスのあるアクションがない!

 もちろん全員とはいわずとも、たいていの人間には「良心」もあるから、理不尽な戦いや暴力での勝利には、「罪悪感」も生じてくるものだ。

 だから、その後ろめたさを減少させるためにも、敵には成敗されても仕方がないと思わせる「非道」や「加害」を行なわせ、味方には「正義の鉄槌」なり「復讐」やその代行を行なってもイイだけの「道理」なり「被害」を与えて、反撃まではじっとガマンをこうむらせる必要がある。

 そーいうワケで、全編が「道理」も「正義」もないヒーローVSヒーローの力比べ、理由なき暴力の行使であったのならば、一時的にはカタルシスを得られても、トータルでは後味は悪くなるだろう。


 そーいう観点から云うならば、物語の巻頭シーンは、


摩天楼の上空で下界の人間の惨劇とは関係なく、天上の神々のごとき戦いを繰り広げるスーパーマンに対するバットマン中の人の反発を描くシーン


 ではなく、


・いわんや冒頭・アバンタイトルにおけるバットマン中の人の幼少時代の両親の死の寒々とした回想などの陰鬱な描写シーン


 などなどではなかった方がよかったかもしれない。


 それらの描写や展開は中盤以降にタネ明かし的に回す。そして、冒頭はテンプレでもスタンダードな2大ヒーローそれぞれのいかにもなフォーマット的な明朗な人助けシーンとか、爽快な悪人懲らしめシーンなどの大活躍を点描的に見せる。つまり最初に、両ヒーローの最低限のカッコよさや頼もしさから来る気持ちよさも描いてヒーロー性を担保して、それを観客にも印象付けておいた方がよかったのではあるまいか?

 そして、最初はそれぞれがそれぞれの存在を新聞なりTVで見て、悪を倒す一応の正義の味方であると最低限認め合ったり敬意を持ったりしている、といった描写がベタでも存在した方がよかったのではあるまいか?


 その上で、ある事件に対する対処の仕方をキッカケに、双方の価値観の齟齬から来る相互不信、方法論の違い、行き違い、誤解、そして互いに譲れない対決へと至る! という変心の過程があるような。

 ……というようなストーリー展開になったとしても、ちょっとカッタルくて重たいか?


 であれば、前言を翻すけれども、冒頭から不謹慎でも爽快かつカッコいいスーパーマンVSバットマンの丁々発止の応酬バトルを見せておいて、そこに至ってしまった辛気クサい理由やドラマは中盤以降で小出しに回想で挟んで見せていく……というような倒置法のストーリーテリングでもよかったかもしれない。



対決の動機となる「テーマ」は「公」VS「私」か!?


 で、筆者個人は結局ナニを云いたいのかと云えば、この作品はその映像の色彩設計象徴するように、ちょっとクラすぎるのではないかと思うのだ。

 「クラい」という言葉が悪ければ、「マジメ」すぎると思うのだ。「マジメ」といって語弊があるならば、「マジメ」がカラ回り・カラ滑りしているというべきか?

 「マジメ」が「マジメ」なだけで終わっていて、爽快な娯楽活劇作品としては昇華されていないのだ。


 たしかに、それぞれのヒーローの在り方・戦い方・理念のプチ「ダークサイド」や、陰鬱なプチ「悩み」は描かれてはいる。それはそれで各ヒーローに単純な正義の味方には留まらない、人間的な苦悩・内面も持っている存在として、人物像に深みを出そうとしている狙いもわかる。その試みを一概には否定はしない。

 しかし、それがラストの大バトルに参戦するに至る「動機」として機能したり、「起承転結」における「転」や「結」としての、急転直下の「落差」としてのエッジが立つように機能しているワケでもない。


 彼らの「苦悩」や「疑問」も、根本的もしくは暫定的に解決したのではなく、双方の母親の名前がキーワードとなる、ごくごく個人的な「私情」もしくは「私怨」によって接点を持たせて、イジワルに云えば作劇的な「スリ替え」が行なわれて、それが動機となって「共闘」が実現するに至る。

 ウ〜ム。わかるんだけど、道義的に間違っているとも云わないけれど、破綻しているとも云わないけれども、少し苦しいなぁ。


 コレだと、個人的に見知った周囲の情実ある人間への危害から来た「発憤」「私憤」ではなく、それとは無関係の公的事象に対する「義憤」「公憤」の側に立つ人間の立場がないというか、そーいう側の人間がグローバリズム(=アメリカニズム)の手先として中東途上国諸国で「大の虫を生かすために小の虫を殺す」=「国家権力悪」に一度でも加担したことがある有罪のままの存在で終わっていて、スーパーマンの方が複雑性を持っておらず一面的に見えて、分が悪く見えてしまうのだ。

 アメリカ文化帝国主義に対するアメリカ人というかハリウッドの作り手たちによる自己批判、という社会派テーマもどきの意図もわかるけど、ベトナム戦争この方、SF洋画『アバター』(09年)に至るまで、その手法自体がもう手垢にまみれていてテンプレ化しているとも思うし。


 そういった問題意識があった上で、それでもスーパーマンのキャラを立てるのであれば、アメリカニズムを超える、より大きくて高くて広いスケールでの公正で公平で公共的な「正義」を彼が目指すのが、作劇の論理的必然という気が個人的にはするのだが。

 良くも悪くも左翼リベラル思想の宗教にも近いような呪縛なのか、国家権力を代案なしの没論理でも監視・批判さえしていれば、「俺、カッケェェーーー!!!」で事足れりで、よりマシな国家権力を構築して操縦する等々の、その先の展望がナイのだナ。

 まぁ日本の80年代以降の「公」よりも「私」を称揚する、「公」を主張した瞬間にそれは戦前の軍国主義に即座に通じる! というような、中間のグラデーションがない極論・暴論のミーイズム・エゴイズムの風潮に、ついにハリウッドも染まってしまいましたか?(笑)


 つまり、スーパーマンの方が天上=「公」から地上=「私」へ歩み寄っただけなのである。例えば、バットマンの方からもスーパーマンの必ずしもアメリカニズムには留まらない大局観からの行動に、全理を認めずとも一理は認めて歩み寄ったというようなストーリー展開はない。

 そーいうところにも、2大ヒーローがその価値観は異なるままでもイーブンで並び立つ、という気持ちのよさには至らない原因があるのではないのかなぁ? ナンとはなしになし崩し的に「私情・俗情との結託」だけでフワッと共闘しただけに見えなくもないのであった。


 そのような、性格や価値観の対比や接点、距離や接近、反発や和解といったストーリー展開のダイナミズムの妙こそが、このテの善VS悪には留まらない2大ヒーロー激突作品を、ウェルメイドな娯楽活劇作品として仕上げる「テクニック」であり「コツ」であり「職人芸的な技巧」として必要とされるものでもあると思う。

 しかるにこの作品は、展開の妙や最終的な気持ちのよさよりも、マジメなドラマやテーマをただヤリたいだけ、という感じがするのだ。


 それをカンゲイするような御仁もそれなりにいるのだろうけど、その気持ちも自身の若いころを振り返るとわからなくもないけれど、筆者にとってはそれがむしろ小賢しいというか浅知恵というかアザトいというか。鼻につくというか中二病的に見えると云おうか(笑)。

 そーいうドラマやテーマを入れてもイイけれども、このテの娯楽活劇作品にそれらを入れ過ぎると、その問題意識が仮に正しかったとしても、かえってダレてきたり浮いてきたりタイクツしてきたりもする。


 だから、もしコレらのドラマやテーマをやるにしても、もっと凝縮・圧縮して「点描」みたいなかたちで留めることはできなかったものなのか?

 云ってることは正しくても、そろそろカッタルくなりそうだナ……という地点にまで来たら、そこで唐突に事件や事故を起こして、バトルシーン・特撮ドンパチシーンに場面転換して展開をサクサクさせるとか、もう一方のヒーローが同時並行的に行なっている戦闘シーンに切り替えるとか(笑)。

 むしろそーすることによって、そのテーマやドラマも鼻につかずに印象の残ることもある。シニカル(冷笑的)に云えば、そのテーマやドラマが真のイミで突き詰められているワケでも決着が付いているワケでもないけれど、「深そうだ」とか「スゴそうだ」などと「錯覚」させることができたりもする。このテのジャンル作品におけるドラマやテーマ表現はそのテの「錯覚」の方向を狙うべきだと思うのだ(笑)。



日本の「2大ヒーロー対決もの」「ヒーロー大集合もの」と比較!


 そーいう点では、なかなか世間ではそーは見てはもらえないけど、「ブランド」志向や「権威主義」的な先入観を取っ払ってしまって純粋に観れば、特撮CGシーンの出来ではハリウッド作品が勝るにしても、00年代以降の日本のジャンル作品における作劇術もバカにしたものではないと思う――それ以前の作品はそーでもないかもしらんけど(汗)――。

 嘲笑(あざわら)ってくれても結構だが、例年の作品と比するとイマイチという気もするけど、映画『手裏剣戦隊ニンニンジャーVS(たい)トッキュウジャー THE MOVIE 忍者・イン・ワンダーランド』(16年)をはじめとする、2大戦隊が対決〜共闘する『スーパー戦隊VS』シリーズ映画の方が、映像面では見劣りしても、テイストはチャイルディッシュでも、純・娯楽活劇作品としての作劇術は優れていると思う。


 たとえば、70年代の第2期ウルトラシリーズにおいては、現役・最新ウルトラマンのピンチに先輩ウルトラマンが助っ人参戦しても、残念ながら最新ヒーローを立てようという配慮が悪いイミで強すぎたせいか、噛ませキャラクターや前座として、先輩ウルトラマンがボコボコにヤラれてしまって、当時の子供たちが見たかった強い先輩ウルトラマンの爽快感あるバトルを見ることができないことがままあった。

 しかるに、そのへんに不満を覚えた世代が長じて作り手にまわったせいであろうか、「2大スーパー戦隊VS」作品においては、先輩ヒーローたちの分を悪くして、相対的に最新ヒーローたちを立てるような作劇は決して行なわない。

 あくまでも、先輩ヒーローの強さ&頼もしさも描いた上で、後輩ヒーローに華を持たせて、両者をほぼイーブンか拮抗させる作りとなっている。


 それに何より、テンポがよくて展開がサクサクとしていて、タイクツさせずに気持ちよく見せている。

 ドラマやテーマも適度にあるけれど、それがダレてきそうになると、怪獣怪人がご都合主義にもヨコ入り的(笑)に出現して、1回戦だか2回戦だか3回戦目だかのバトルになだれこみ、ドラマやテーマよりかは2大戦隊10数名に新旧の複数敵幹部のキャラクター・人物像やリアクション芸の「さもありなん」「待ってました!」的な楽しさを見せる方向に、イイ意味で作劇の方向性が寄っている。

 途中で多少の苦難・困難があっても、予定調和のボリューム・尺もある歌舞伎的な様式美の大バトルで、勝利カタルシスが半ば強制的にもたらされることで、仮に途中に重苦しさがあった場合でもそれらは最後には一掃されて、物語の決着感やまとまり感も強い。


 それではついでに、2大ヒーローVS作品ならぬ、ヒーロー大集合作品の場合ではドーか?

 映画『仮面ライダー×スーパー戦隊 スーパーヒーロー大戦』(12年)や映画『ゴーカイジャー ゴセイジャー スーパー戦隊199(ひゃくきゅうじゅうきゅう)ヒーロー大決戦』(11年)などの作品は、私見では多少モタついたり、シンプルにライダー&戦隊連合軍vs2大敵軍団! には収束せず、なぜだかBL(ボーイズ・ラブ)的に仮面ライダーディケイドVS仮面ライダーディエンドとのラストバトルになるような妙なヒネりがあったりして、それでイイのか!? という気もするけれど(笑)。


 女児向けアニメの『プリキュア オールスターズ DX(デラックス)』映画初期3作(09〜11年)だの、特撮マニア間でもほとんど鑑賞されていないとは思うけど映画『日本ローカルヒーロー大決戦』(15年)などは、まさにテイストはチャイルディッシュでも敵・味方の膨大な数十名にものぼるキャラクターを、ムダなドラマは抜きのシーソーバトルの攻防劇の中で、お団子にならないように数組ずつに分けて行動させて、たとえ点描であっても印象的にそのキャラクターが立つような見せ場やセリフも最低一言ずつは与えて、最後はラスボスとの最終決戦に収束させて大団円! といったさりげに十分に技巧的・職人芸的な作劇は、深みはないかもしれないが(笑)、気持ちのよい娯楽活劇作品として神懸った出来の大傑作に仕上がっているとすら私見する。


 が、まぁ映画は総合芸術である以上、そして特撮ジャンルとは「特撮映像」そのものを主眼とするジャンルである以上は、「ブランド」でもなく「権威主義」でもない視点から、日本特撮よりもハリウッドの大作ヒーロー映画のいくつかの作品群の方に軍配を上げる感性があってももちろんイイとは思う。

 けれども、筆者個人はこの映画『バットマンvsスーパーマン』からは、2大ヒーロー共演・激突・共闘映画としての理想の作劇術を見ることはできず、むしろ反面教師にすべき出来であり、かつ悪い例としての作劇術であったと結論している……(異論はもちろん認めます・笑)。



バットマンvsスーパーマン』エトセトラ


 他にも取って付けたようなワンダーウーマンの終盤からの登場とか、我々ロートル世代にとっては80年代末期のアサヒスーパードライのCMの印象も強い初老のジーン・ハックマン演じた悪役レックス・ルーサーが、若造の天才科学者ベンチャー企業の若手ヤリ手社長にリマジネーションされてしまってイイのか! とか――いやまぁ別にイイけれど(笑)――、何の説明もなくスーパーマンの故郷出自で同族の宿敵・ゾッド将軍の死体が出てくるけど、映画『スーパーマンII/冒険篇』(81年)なんてもう35年も前の大むかしの作品なのだから、一般ピープルには分からねーだろ! ……もとい、ゾッド将軍・リマジ版も登場する本作の前日談である『スーパーマン』の幾度目かのリメイク映画『マン・オブ・スティール』(13年)だって観客の全員が観ているワケじゃないのだから、一般ピープルには分からねーだろ! そこにセピア色の静止画でイイから回想の戦闘シーンを1カットでも挟んで観客に承知させろや! とか、クラい雰囲気の映画ではあってもスーパーマンの活躍シーンに往年の70〜80年代の映画版のジョン・ウィリアムズのテーマ楽曲でもカブせれば少しはその高揚感で作風を底上げできたかも……とか、しかしてバットマンの方に60年代の実写TVシリーズのコミカルなテーマ楽曲を使用したら台無しになったろう(笑)とか、いろいろとツッコミしたいトコロもあるけれど……。まぁそのへんは揚げ足取りの些事ではあります。


(了)

(初出・特撮同人誌『仮面特攻隊2016年GW号』(16年5月1日発行)〜『仮面特攻隊2017年号』(16年12月29日発行予定)所収『バットマンvsスーパーマン ジャスティスの誕生』合評(2)より抜粋)



年末発行予定の『仮面特攻隊2017年号』 〜特撮洋画記事一覧

・『バットマンvsスーパーマン ジャスティスの誕生』合評 〜2大アメコミ古典ヒーロー対決映画を、本邦2大ヒーロー対決映画とも比較!

・『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』合評 〜アイアンマンvsキャプテンアメリカの思想対決は、『バットマンvsスーパーマン』と比すればイーブンだが…しかし!

・『デッドプール』合評 〜X−MENの一部ストイックメンバーが客演で、「公」よりも「私」で戦う異端ヒーローの毒を中和か!?

・『インデペンデンス・デイ:リサージェンス』評

・『X−MEN:アポカリプス』評

・『スーサイド・スクワッド』評(予定)

・『ゴーストバスターズ』評ほか(予定)



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(カットされた30分を追加版! 拙ブログ管理人は未見です・汗)

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『シン・ゴジラ』 〜震災・原発・安保法制! そも反戦反核作品か!? 世界情勢・理想の外交・徳義国家ニッポン!

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2016-09-04 機動戦士ガンダムUC(ユニコーン) episode7 虹の彼方に

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『シン・ゴジラ』 〜震災・原発・安保法制! そも反戦反核作品か!? 世界情勢・理想の外交・徳義国家ニッポン!

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『機動戦士ガンダム』シリーズ評 〜全記事見出し一覧 (スマホの場合、画面遷移後に一番下の「PC版」を押下すると参照可。「スマホに最適な表示」で元に戻る」)


 映画館で先行公開のオリジナルビデオ『機動戦士ガンダムUCユニコーン)』(10年)全7作の再編集2クールTV版『機動戦士ガンダムユニコーン RE:0096』(16年)が完結間近記念!


 ……とカコつけて(汗)、『機動戦士ガンダムUC』最終章『episode7 虹の彼方に』評を今さら発掘UP!



機動戦士ガンダムUC episode7 虹の彼方に

(14年5月17日公開)

(文・T.SATO)

(一昨年14年6月14日脱稿


 『ガンダム』シリーズこそ今では「重力の井戸」で、それに魂を奪われた連中こそ、今では「オールドタイプ」じゃネ? とも思っているけど、かつて『ガンダム』とそれを手懸けた富野喜幸カントクを崇拝し、アニメ界の革新を夢見た恥ずい過去を持つ筆者は、愛憎あい半ばした気持ちで新旧『ガンダム』を観てしまう。

 あの頃みたく、内向的な主人公少年を自分自身の似姿だ! なんて見方はしないけど(笑)。


 昔はリアルに思えたことが、それは前時代のロボアニメと比して相対的にリアルに見えただけであって、今観るとリアルではないこともしばしば。

 本作『ガンダムUC』でも主人公の民間人少年が偶然、巨大ロボットの機体を生き別れの父から譲り受け、初搭乗で乗りこなし、圧倒的な強さも披露する。

 主人公少年がパイロット適性があるという「ニュータイプ」という存在だからで、かつ「最新鋭機」だからとゆー理由もわかるのだが、ちっともリアルじゃない(笑)――もちろんさっさと巨大ロボで戦闘しなきゃ話にならんので、作り手も判っていてあえてこーしているとも推察はするのだが――。


 でもコレを10代の時分で観たらドーか?

 思春期少年の鬱屈。そんな自分を解放してくれる非日常。多少なりとも主体的能動的に状況に介入し、事態を積極的に改変していく行為。

 ヒーローロボットならぬリアルロボットものも、結局は少々の言い訳をスパイスした「身体拡張」の「全能感」・「カタルシス」を味あわせる装置だから、そーいう時分に観れば当方もベタに共感、ハマったろうとも思えなくもない。よって、上から目線で本作を過剰に否定する気もまた毛頭ナイ。


 本作『UC』では、『ガンダム』シリーズに対する意地悪なマニアたちによる根強い批判言説をも意識したのか、「民間人が軍事機密に関わることで死刑もありうる」という現実世界での軍規に即したことにも一応は言及。

 そうは云っても、一方で主人公少年が乗艦することになる戦艦に同乗していた金髪の青年軍人クンは、偶然避難していた敵・ネオジオンの姫様・ミネバ嬢を奪取し、色恋&戦争回避を目的に独断で地球に降下、議員の父に斡旋を頼まんとする。

 コレも敵前逃亡の重罪じゃネ? とも思うけど、『ガンダム』シリーズではいつものことだし(笑)。


 大状況を縮図として描くのが大方のリアルロボットもの。だからリアルな軍隊像としてはオカシくても、軍隊の論理を相対化する視点として民間人を軍人たちと同一の空間に置き、両者の齟齬を描くのは物語としてはアリだとも思う。

 その延長線上で、敵味方・双方の軍&政府をも倫理的に批判する存在として、非・富野作品の平成『ガンダム』諸作や『ガンダム』以外のリアルロボットアニメ作品のように、主人公少年たちが属する軍艦や組織をシリーズ途中で軍揮下から離脱させたり、遊撃軍・テロ組織・民間軍事会社にして、複数の理念相克を描くのも、戦争状況の寓話化・思考実験としてはアリだろう。


 富野信者は認めたくないだろうが、本作終盤での文字通りの呉越同舟や、敵の軍人を殺傷せずに機体のみを戦闘不能にする戦い方は、『機動戦士ガンダムSEED(シード)』(02年)や『新機動戦記ガンダムW(ウイング)』(95年)などの平成『ガンダム』シリーズの成果を受けてのものだとも私見する――本作『UC』におけるそれらの描写が大成功していたとも思わないけれど――。


 人類が宇宙に進出すると認識力が拡大し、人間同士が誤解なしに理解しあえる「ニュータイプ」に進化するという理想主義的な理念が甘ったるくてイヤになったとおぼしき富野は、90年代には大地に根ざした健全な家族と生活を称揚、それを「ニュータイプ」と呼称する大転換を遂げ、宇宙移民者はニュータイプに進化せず、その寄る辺なさを旧弊な「貴族主義」や「母性主義」で糾合した様が描かれた。

 宇宙移民者側の心理の変化が筆者には実にリアルに思えたが、シリーズのスキ間を埋める富野以外の作家が描く本作『UC』でも、開拓小惑星の民衆・労働者描写でその萌芽を描いていたのには感心。


 人類は今後も「新人類」などには進化せず、集団同士の力の均衡と闘争の歴史を繰り返すという一部キャラの述懐も、個人的には同意をするし、その諦観や愚行も含めて人間賛歌として捉えてイイ気もする。


 が、エンタメとしてはニヒルに過ぎるし、大破局や暴政を防ごうと尽力した人々の営為で、社会のバランスが取れた面もあったろうことを思えば、その役回りを若者たちに振るのも、ある程度まではウェルメイドをめざすべきエンタメ作品の作劇としては間違ってはいないとも思う。

――ただし約20年前に批評家・佐藤健志(さとう・けんじ)が指摘してみせたように、コレは「可能性」を次世代へと都度託しているだけで、問題の根本解決では毛頭ナイけれど――


 イカれた強化人間」や物理法則を超える(笑)「サイコフレーム」なる機器に「残留思念」などの要素は、初作にはなく初作の直続編『機動戦士Z(ゼータ)ガンダム』(85年)以降の要素である。ロートルの筆者としては実にゲンナリするけれど、今さらコレらの諸設定をスルーするワケにもいかないのもわかる。

 しかし、初作にはあり続編『Z』では描かれなかった戦災後の庶民や、汚れ仕事も必要悪の職務として行なう敵味方&財団のオールドタイプなムクつけきオジサンたちにも、一理を認める好感度大の描写で帳消し。


 『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』(88年)以降、富野が執着するもオタは見ていない(笑)男女間でのボディータッチ演出などは、本作『UC』ではなし。

 ただし富野作品におけるそれらの演出描写も成功していたとはとても思えなかったし、戦争や作戦や政治をさておいて痴話喧嘩などをしている作劇などは不自然・論外にも思えたので、なくても問題なし。


 敵将フル・フロンタルオカルトSFなウラ設定は、かの人の描写に失敗したときの「逃げ」や「保険」に思えてドーかと思ったけど、映像作品では語られない公式設定(笑)なぞはともかく、完成フィルムだけを観れば、偽物ではなく彼のヒトのベタな再来だと受け取っても問題はナイだろうとも思う。


 謎のアイテムの正体と幻の憲章条文を盾に、経済的に「地球」を封鎖し「宇宙」側が優位に立つという、彼の着想にはシビれた。

 初作以来の好敵手・シャアらしくないと劇中では批判されるが、『逆シャア』こそ彼らしくないと見る筆者は、初作劇場版『機動戦士ガンダムIII めぐりあい宇宙(そら)編』(82年)の主題歌である「ビギニング」アレンジ曲に涙腺を刺激されて、情緒の次元でダマされていると思いつつも、彼の決着もここで着いたことに感傷的になる。


(了)

(初出・オールジャンル同人誌『SHOUT!』VOL.62(14年8月15日発行))



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2016年アニメ中間評 〜ももくりこの美術部には問題がある!チア男子!!初恋モンスターRewriteReLIFEorange

(文・T.SATO)

(16年8月7日脱稿


ももくり

(金曜22時30分 TOKYO MXほか)

 デザイン骨格シッカリしてない系で、手足体が棒の淡泊な細い描線による萌え絵キャラデザ

 小鳥がさえずっているような超音波系の声と、ソバージュ・ヘアで全身女のコ! といった風情の小柄で小顔な制服姿の美少女高校生主人公――サブ主人公?――が、同じく小柄で細身で色白で非力そうなお坊ちゃんお坊ちゃんした、年齢相応なりの背伸び・虚勢は張ってはいるけど、それも危険性や不良性感度はゼロで安全に回収されてしまう範囲である人畜無害な美少年を、校内で遠目に眺めてファンになり、どころかストーカーやフェチ的変態にも近しくなって、勝手にひとりで、

「○○クン、可愛い。○○くん、ハァハァ

と顔を真っ赤にしてコーフンしている姿を、我々視聴者は愛でて萌えるアニメ


 多少突き放して、ハシゴ外し的に分析してみると、ジャンルの歴史の原初においては、あるいは今でもオタク系ではない一般少年マンガ系であれば、男のコの方から女のコの方へと能動的・狩猟・ハンティング的にアタックをかける作劇になると思う。

 ところがドッコイ、我々が住まうオタクジャンルとは、世間や若者一般マジョリティからは脱落した、もしくはそこで伍していくことに苦手意識を持つ「弱者」が愛好しているジャンルであるという側面が否めないとも思う。残念ではあることに。認めたくはないやもしれないけれど。


 で、そんな我々、「性格弱者」や「性的弱者」は、普通の一般的な少年マンガにおける男のコから女のコへとモーションをかける流儀には親近感・リアリティを持たないか無意識下で自分にはムリだと判定して、プチ疎外感や劣等感さえ感じているのではないかとも思う――ソースは俺!(笑)――

 そんな我々オタクたちのネバーランド・安息地・駆け込み寺として、女のコの方から男のコの方へとモーションをかけてくれる美少女アニメというジャンルが成立して、勃興を極めているのだとも愚考する。


 しかし、女のコからの好意を男のコの方がすぐに受け入れて、男のコが了承して結ばれてしまっては、物語はそこで終わってしまう。そこを回避するために、男のコには鈍感属性を、もしくはヘタレ難聴属性(笑)を与える。

 加えて、声を荒げた威嚇・恫喝的な野蛮なコミュニケーション込みの暴力的なヤンキー漫画が多少苦手な、心優しい――ヘタレともいう(笑)――、可愛いものがわかってしまうボク!(笑)でもある、コミュニケーション不全でありインポテンツにも近しいような我々オタク男子諸君は――ただしインポテンツそのものではなく性欲はある(笑)――、男性キャラ(=自身の分身)が女性キャラに対して性的に発情している見苦しい姿(=自身の似姿・鏡像)を、たとえフィクション作品の中であってさえも、あまり直視はしたくナイという心理的メカニズムが働いているようにさえ思う。


 それに対する半ば無意識、半ば意識的解決策も、作り手と受け手の側が共犯して、ここ10年ほどで急速に樹立されてきたと愚考する。

 それが、女性に対する男性の側の性的興奮を、完全に否定はせずとも消臭・脱臭してキレイなものとして回収・消費するための換骨奪胎メカニズムである。

 それすなわち、美少女ハーレムものでも、男のコはやはり欲情させずに、美少女キャラが別の美少女キャラのことを好いたり執着したりボディータッチしたりコーフンしたり嫉妬したりする……といったサマである。

 美少女による男性チックな性的コーフンは見苦しくないのである(笑)。ついでに、その美少女に女性的恍惚と男性的興奮を二重にダブらせる、一粒で二度オイシいダブル・ミーニング!


 このようにムダに奇形的に進化したキャラクターシフトが、現今のジャンルには蔓延して普及している。

 そのかぎりでコレらの描写は、野郎の性的興奮を美少女キャラに代替させているだけであって、いわゆる女性同士の愛・ガールズラブの意味での「百合」ではないのでは? とも私見するけど、本作評では「百合」についての議題は脱線にすぎるので、またの機会に別の作品評にカラめて。


 あとひとつ。本作のような作品にはやっぱり小ズルいマジックがあり、性的に興奮している人物が、デザイン骨格シッカリ系でボン・キュッ・ボンと行かずとも、適度に厚みがあって肉体感もあるキャラデザの成熟した女性キャラであったなら、もっと生グサく重たくなってしまうだろう。

 しかし、あくまでも本作のヒロインは小柄で小顔でスレンダーで、声質とニコニコした笑顔とルックス・髪型も含めて、母性というより少女性、フェミニンさを強調したものとなっている。

 それゆえにこそ、安心して美少女ヒロインのプチ性的興奮を、安全な範囲で消費できる作品として成立しているのだともいえる。


 だから、このテの作品は偽善であり欺瞞でありダメであり否定されるべきなのだ! と主張したいのでもない。こーいう作品もジャンルの豊饒さの現れとして存在しても大いに結構だとは思う――そんなに高尚なものだとも思われないけどネ(笑)――。

 しかし、作品を分析して、その内実を矛盾や混乱や、受け手の側の偽善や欺瞞に慰謝をも込みで、全的に捉まえてナットクしたいような――それによって何の得もナイけれど、プチ優越感には浸ろうとする――それはそれで病的(笑)な批評オタクの気がある人種には、そんな解題をしてみせることも勧めたい。


 結論。主人公女子の栗原さんは可愛いと思います!(……我ながらダメじゃん・汗)


(了)



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この美術部には問題がある!

(木曜26時28分 TBSテレビほか)

 『ももくり』と同趣向の作品であった(爆)。

 制服姿で小柄な黒髪オカッパの女子高生が、同じ美術部の部員でもあり低血圧系の鈍感美少年――唯一の欠点は部室のキャンパスに絵具で2次元美少女キャラをせっせと描くこと(笑)――にホレこんでいて、彼女の彼に対する一喜一憂している姿を眺めて愛でて萌えるアニメ


 同じような題材・テーマの深夜アニメが同季に複数登場することは、毎季に数十本も深夜アニメが制作されている今日では、今季にかぎったことではないけれど。

 そこでスレたマニア諸氏であるならば、似て非なる「微差」を探し出してそれを言語化していくのがミッション・使命なのである!――そうなのか? とセルフ・ツッコミ(汗)――


 ンで、『ももくり』との「微差」について。本作のヒロインは彼氏へは告白はしていません! お近づきになろうとはしてますが、露骨にベタベタとまとわりつくことはありません!

 むしろ照れからか、その気のないフリをしていて、ツンデレ気味ではありますけど、ツンデレゆえに時々瞬間湯沸かし器的にフットウして小爆発してるので、そのために70年代乙女チック少女マンガ的な、イジイジウジウジした内面での堂々巡りなどの過剰に内省的な方向へは行かずにカラッとしています。……以上!


 同じく美術部という設定から、筆者のまわりのロートルオタクたちの間では、「先ごろ逝去された小山田いく先生による往年の『週刊少年チャンピオン』連載のマンガ『すくらっぷ・ブック』(80年)ガー」、とかいう意見も出そうだけれども……。

 オイオイ、それって35年も前のマンガなんだから、今の若いコにとっては、往時の我々から見た『のらくろ』とか『タンクタンクロー』並みに古いマンガだゾ(汗)。自分の年齢を客観視しろい! 仮に影響があっても、直接ではなく隔世遺伝、原オタク的な感性のモノとして位置付け・分析しろや!(笑)


 同じく美術部(高校美術科)を舞台のひとつにした00年代の萌え4コマ『ひだまりスケッチ』(04年・07年にTVアニメ化)なんかを挙げるのもまた形態・表層的類似だけの近視眼的な分析であって、フツーにライトノベル金字塔涼宮ハルヒの憂鬱』(03年・06年にTVアニメ化)のSOS団以降に隆盛を極める「文化系部活もの」の系譜として、加えてやはりスポーツや体育会系のムダにテンション高いノリや空気が苦手な我々オタにとっての、まだしも安心して息がつける穏やかな場所としての舞台装置の一環として捉える方がクレバーだとは思います。


 結論。本作のヒロイン・宇佐美さんは非常に可愛いと思います!(……我ながら直前までの分析とつながってないゾ・汗)


(了)



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チア男子!!

(火曜23時 TOKYO MXほか)

 「チアダンス」を踊る男子という題材からも、絶対にイロモノのナンチャッテ的なギャグアニメだろう、タイトルからして「笑い」を取りに来てるよネ? ……などと思っていたら、マジメな作りの深夜アニメであった。


 スタッフはラノベ原作の深夜アニメ『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』第1期(13年)や少女マンガ原作の深夜アニメアオハライド』(14年)などの監督で名をなした吉村愛――私見では両作ともに傑作!――。

 脚本も今やベテラン実力派脚本家で、近年では特撮でも坂本浩一カントクと組んだ『白魔女学園』(13年)――コレも傑作!――なども執筆している吉田玲子


 絵柄は少女マンガ系。よって、少女マンガが原作か? タイトル末尾が「!!」とケーハクであることからライトノベルが原作か? と思いきや……。

 なんと、スクールカースト文学金字塔桐島、部活やめるってよ』(10年)――まぁ筆者も映画版(12年)しか観てないですけど――の朝井リョウ原作の小説なのでした!


 ただし少女マンガ絵でも、近年では少女マンガにもよくある(?)、BL(ボーイズ・ラブ)ではないけどBL的な消費も可能な、男のコたちだけのホモソーシャルな世界が中心で、女の子キャラは基本的に脇役としてしか登場しない――序盤を見ているかぎりでは――。


 単なるイロモノ作品としては終わらせないためか、主人公の可愛いお坊ちゃん系の大学生男子は淡泊で巻き込まれ型のキャラであり、我ら凡俗たる視聴者に近しい存在ではあるけれど、物語が開幕した早々で、柔道一家落ちこぼれであり、相手を投げ飛ばす際に自身の方が痛そうな顔をしていると、コレまたよく見ている友人に指摘させ、彼を心優しい共感能力に優れた人物として造形してみせて、視聴者の感情移入を誘うあたりの作劇はお見事。

 で、凡人が主人公の作品の典型で(?)、彼の一応の相棒である男子の方が能動的で、彼の方が男子チアリーディング部を能動的に設立していくサマを描いていく。


 そこに集っていく、センスのなさそうなデブの初心者や、ご都合にもバック転なども最初からできる運動神経バツグンのチャラ男、元・男子チア経験者らしきコーチ業のみを希望する青年……。

 といった感じで、集結劇・群像劇としても、物語的には拙(つたな)いところはない。ないのだが、もう少しコレ見よがしのケレン味やスパイスがほしいような気はする。


(了)



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初恋モンスター

(土曜25時 TOKYO MXほか)

 冒頭から出てきた、腰まで届く黒髪ロングだけれども気高そうではなく、お目めキラキラしてるけど垂れ目で意志薄弱そうで儚げでもある小柄な美少女高校生。

 肩幅狭くて、手の甲まで隠した黒い長ソデ制服と、素肌を隠した黒ストッキングにより、コンサバ(保守的・控えめ)な印象も醸す。

 両腕の黒長ソデで目立たないけど、腰骨は左右に張っていて、制服ミニスカートと黒ストッキングの隙間のいわゆる絶対領域にのぞく太モモは適度にムッチリしていて、微量にエロくもある。

 コ、コレはイイ! と身を乗り出したのだが……(笑)。


 その内実は野郎オタク向けの作品ではなく、女のコ、もとい女のコのオタクの中の、そのまた腐女子向けの作品であった!?

 主人公(?)女子が高校入学を機に、ナントカ荘に入居しようとするや、そこはイケメン・パラダイス!


 なーんだ。ただの逆ハーレムものか……と見切ったつもりでいたら、さらなるサプライズ!

 ナントカ荘に住まう長身のイケメン男子はどう見ても高校生以上なのに、その正体は小学5年生!(爆)

 声をアテているのはイケメンボイスの櫻井孝宏。小学生っぽい演技はまったくしていません。どころか毎度おなじみウラがアリそうな声してます(笑)。


 しかも長身イケメン小学5年生が3人も登場してきて、小柄な美少女高校生の後ろから覆いかぶさるように両手を降ろして抱きついてきたり……。キャ〜〜〜〜!!!(黄色い声)


 なんじゃコリャ。イケメンとショタ(年下少年愛好)を左右に花の、クロスオーバーフュージョンアップ作品ですか!? またまたムダに奇形的に進化して新たなステージに立ったのか、それとも進化の袋小路に入っているのか、筆者にはわかりかねるけど。


 ちなみにヒロイン声優アラフォーアイドル声優堀江由衣でした(笑)。


(了)



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Rewrite(リライト)

(土曜23時30分 TOKYO MXほか)

 普通星で生まれた普通星人の高校2年生の主人公男子がこのままでは普通怪獣チカチーになってしまう! ガオー、ギャオギャオ、ビビーー、ドカーンと焦って――別の番組と一部を混同しております(笑)――、自分を変えようとオカルト研究会を結成するんだが入会するんだか……といったお話らしい。

 Rewrite(上書き)なんていう、一般用語でもありIT用語(?)でもありながら、ゲーム的リアリズム(笑)なループもの的「人生やり直し」や「リセット」の切なさも想起させる――かもしれない――秀逸なタイトリングで、実は主人公少年の実年齢は17歳ではなく10歳ほど年上である!? というウワサも仄聞したことで、チョットだけ期待する。


 が、個人的にはあんまり面白くないなぁ。

 製作母体は恋愛アドベンチャーゲームで00年代に一世を風靡したKey。だが、信者の方々には申し訳ないけれども、あくまでもTVアニメ化された作品群に対する感想ではあるけれど、筆者個人はKey系の作品は狙いもわかるけど、そんなに出来がイイ代物には見えなかったものでして(汗)。


 ナンなのだろう。題材というよりも語り口・叙述・広い意味での演出の問題なのだろうか? 狙いのワリにはすぐに悪い意味でのマンガ・アニメ的な楽屋オチ、お約束反復ギャグに走ることに、違和感と内容の空中分裂感をいだいてしまうのか? もちろんこーいう判断には個人の好みの要素が強いことは自覚しています。


 まぁアニメにかぎらずフィクション作品のキャラクターなんて全て記号だともいえるけど、ジャンル的なお約束反復ギャグが多用されると、そのキャラの血肉・実在感が減じて記号性がますます高まっていくワケで。そのこと自体も決して悪いワケではないけれど、本作の最終的な狙いであるハズの(?)文学的な興趣からは遠ざかっていくような気がしてしまうのだ。


 その意味ではKey系の近年の作品『Angel Beats!(エンジェル・ビーツ)』(10年)や『リトルバスターズ!』(12年)に『Charlotte(シャーロット)』(15年)などともまったく共通する弛緩した印象を醸す――くれぐれもスイマセン、あくまでも一使用者の感想です。効能には個人差があります(笑)――。


(了)



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Rewrite

Rewrite



ReLIFE(リライフ)

(金曜24時 TOKYO MXほか)

 『Rewrite』とネーミングがカブってるよなぁ……と思いきや。

 筆者が(勝手に)妄想していた『真・Rewrite』がココにある!?


 大学院まで進んだものの就職した会社を3ヵ月で止めて、ニートになって下宿に引きこもってしまった27歳の主人公青年。

 サラリーマン生活を送る友人たちとの飲み会に、ミエを張って無職であることを隠して背広姿で参加する姿が、彼の追い詰められている心境・切迫感をいや増す。


 そんな彼を見定めた某研究所の申し出にいぶかりながらも彼は乗る。それは薬(錠剤)で見た目を10歳若くして、高校3年生として1年間を過ごす実験であった!


 そしてはじまる高校生生活。

 もうすでに3年生なので知己同士も多くて、その輪の中へ入りづらい感などの描写もさもありなんでリアル。

 ついついクセで缶ビールをたしなみタバコを吸ってしまうのもリアル。かつては解けたハズの数学の問題がまったくわからないのもリアル(笑)。

 姉御肌系のボイスが印象的な沢城みゆき嬢が演じるジャージ姿の体育会系女教師にも、主人公が物怖じせずについ年上目線で接してしまうのもまた笑える。


 同様に若返りして彼とクラスメートになる、研究所のニコニコ笑顔な青年。


 ボッチ少女マンガ君に届け』の地味な黒髪主人公を想起させる極度のコミュ弱者で、「愛想笑い」の概念をつい最近身に着けた(!)けど、表情筋の未発達ゆえ(笑)、一部に嘲り笑いだとの誤解を与えている低血圧っぽい優等生の黒髪少女。


 かつては学級委員を務めたのに、3年生に進級してみれば、先のボッチ優等生の学業成績と、幼馴染の女子バレーボール部長の身体能力には勝てないことで、その栄冠を奪われて内心キーキー云って対抗心・敵愾心を燃やしている、コレまた戸松遥の華のある早口元気ボイスが絶妙にハマる、赤髪サイドテールのツンデレ女子。


 もちろん女子ばかりのハーレムものではなく、男子キャラも公平に数名が重要な役回りの友人となっていきますが……、以下略(笑)。


 #4〜5では、勝気な戸松遥、もとい少女キャラが嫉妬心にかられてつい魔が差して、低血圧優等生少女の学生カバンを突発的に盗んで隠そうとしてしまった(!)ところを目撃した主人公男子との一悶着となる!

 そして、涙を流して爆発する戸松遥の劣等感と激情! たしかに人間なんて自身の劣情を自覚できても制御できずに往々にして衝動に走ってしまうものですナ。心を打たれます。

 てなワケで、なかなかにドラマチックな群像劇が今後も繰り広げられそうであり、もちろん平穏なふだんの学園生活描写も実に味わいがあり、おすすめです!


 ……ま、筆者自身はこんな男女混合のグループに所属するような、健全な高校生生活は送ってこなかったけどナ!(笑)


(了)



(『ReLIFE』アマゾンプライムビデオ)

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orange(オレンジ)

(日曜24時 TOKYO MXほか)

 全文字が小文字の「orange」表記。

 同名タイトルの邦画が、特撮マニアの文脈的にはエメラナ姫(『ウルトラマンゼロ』)の土屋太鳳、キョウリュウレッドの竜星涼仮面ライダーNEW電王桜田通などのメンツで、昨年末の正月映画として公開されたことは知っていたけれど。

 おなじみ少女マンガ誌『別冊マーガレット』に連載されていた少女マンガ――のちに『月刊アクション』に移籍――のTVアニメ化作品。


 10年後の未来の世界で後悔している自分から手紙が届く。その内容に基づいて、主人公少女が人生をやり直そう(?)とするのが本作の内容。

 ……って、『ReLIFE』や場合によっては『Rewrite』とも、イコールではないにせよ類似を連想してしまって、つまりはネタがカブっていやしないか!?(爆)


 まぁいつものことですか。人間のイマジネーションなんてのも限界があるのだし、パクったワケではなく、サメとイクチオサウルスイルカが似てたり、フクロオオカミやフクロアリクイにフクロモモンガなどの有袋類哺乳類のそれと似てても無関係かつ類似の進化を遂げた「収斂進化」みたいなモノであるのだろうとも推測。


 手紙の内容には半信半疑でありながらも、好ましい寂しげなイケメン男子の転入生のことが気になったり、手紙に従って彼との今後の歴史を変えようとドーにかコーにかしようとしたり、なにぶんにも控えめな性格なので、心の中で思っても直前で行動に移せなかったり、それどころかそもそも声掛けすらもができなかったりと、延々と逡巡していくサマを見せる……というのが序盤の展開。

 特にベタでアリガチで既視感はあっても、手作りのお弁当を前日の晩から、当日も早起きして作ってあげているのに、それを手渡せない、声も掛けられないというサマが実にイジらしい(萌え〜・笑)。


 まぁ控えめとはいっても、クラス内の男女が複数いるグループに所属しているので、ご同輩のみなさま方にはボッチ属性の付与までは期待しないでおくんなまし(汗)。


 SFチックな設定でありながらも、未来からの手紙は携帯メールではなく手書きの便箋であることからも、クールなSF性よりもとことん文学的・誌的な興趣の方を重視していて、しかもそれは成功もしている。


 #4〜5では突然、時系列が10年後の未来へと飛ぶ。10年後の少女の成れの果てが過去の自分へ欝々と手紙を書いている……なぞということなど微塵もなさそうな、ナゾすぎる光景なのだが……。

 かの転入生ははるかむかしにもう死んでいて、命日にグループのみんなで彼の実家へお線香をあげに行くという展開に!

 しかも主人公女子は転入生ではなく、別の男子と結婚していて一児まで儲けている……。ナ、ナンダッテェェェェ〜〜〜!


 てなワケで、秘めた純愛のようでもあり、時空を超えたヨロメキの不倫のようでもあるフカシギな感慨までをも醸し出してきた。

 いやぁ面白いです。おすすめです!


(了)



(『orange』アマゾンプライムビデオ 〜なぜかリンク不能だが、経験則からその内にリンクされるハズ・汗)

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ASIN:B01HNOSEK8:title

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(初出・オールジャンル同人誌『DEATH−VOLT』VOL.75(16年8月13日発行))



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『シン・ゴジラ』 〜震災・原発・安保法制! そも反戦反核作品か!? 世界情勢・理想の外交・徳義国家ニッポン!

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2016-08-24 シン・ゴジラ 〜「シン・ゴジラ」VS「オール・ニッポン」!

[]シン・ゴジラ 〜震災原発安保法制! そも反戦反核作品か!? 世界情勢・理想の外交・徳義国家ニッポン! シン・ゴジラ 〜震災・原発・安保法制! そも反戦反核作品か!? 世界情勢・理想の外交・徳義国家ニッポン!を含むブックマーク シン・ゴジラ 〜震災・原発・安保法制! そも反戦反核作品か!? 世界情勢・理想の外交・徳義国家ニッポン!のブックマークコメント

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シン・ゴジラ

(16年7月29日(金)封切)

シン・ゴジラ」VS「オール・ニッポン」!

(文・T.SATO)

(16年8月11日脱稿


 いやはや、こんなガチンコなポリティカル・フィクション映画になるとは……。手放しで絶賛したくないところもあるけれど、打ちのめされた(汗)。

 個人的には引き込まれた! タイクツしなかった! 面白かった!


 個人的な印象としては、ゴジラが既知の存在ではなく未知の存在であるから、本作こそが原点に回帰した「恐怖」としての、62年前の『ゴジラ』第1作目(1954年)の再現だ! などとは思わない。

 未知と既知とのちがいはあれど、30数年前の当時はまだ若かりし、今で云う中二病(笑)まっさかりだった時期の特撮マニアに望まれて、現実世界に本当に巨大怪獣が出現したらドーなるか? という、子供ダマしならぬオトナ向け作品(笑)をめざした一応のシミュレーション作品であった、32年前の新『ゴジラ』(1984年)の非常に出来のよいリブート版だともいえるだろう。もちろんそんな一言居士なフレーズだけで、本作の本質・エッセンスをすべて説明したことにもならないが。


 ゴジラのための映画か? ゴジラを通じて別ものを描いたり主張したりする映画か?

 若い特撮マニアの方々はご存じないだろうが、90年代前半の平成ゴジラシリーズの時代に、マニアの世界の小さな井戸の中で(笑)、そんな議論などもあったように思う――大元は『ゴジラVS(たい)ビオランテ』(89年)を監督した、当時の新進気鋭の大森一樹(おおもり・かずき)が特撮雑誌『宇宙船』に寄せた発言だったかと記憶――。

 そして、ゴジラ至上主義者の方々は、とりあえず眼の前の作品が彼らにとっては理想のゴジラ映画ではなかったことの理由のロジックを構築するために、「前者」ではなく「後者」の作劇をしたからダメになったのだ! と云い募っていたように思う。



震災原発安保法制・避難民・ニコ動Twitterの2010年代!


 その伝で云うならば、本作は一見、まさにゴジラを使って、ゴジラに右往左往する人々のリアクションから、2010年代の現代ニッポンの諸相を描こうとしている。


・憲法9条や自衛隊関連の諸法律では明瞭に規定されているとは云いがたい、未知の存在が出現して侵攻してきた場合の、人々や政府指揮系統の混乱

・その際の未知の存在(ゴジラ) VS 日本政府の閣僚たち

・その際の未知の存在(ゴジラ) VS 日本の自衛隊

・その際に局地的にではあっても、ドーしても発生してしまう甚大な被害


 作品の前半に登場するゴジラの幼生形態は、前足はなく首に相当する左右の両脇にはいくつものエラのような裂け目がある。そこから粒状の固形物のような赤い肉片(?)がバラバラと落下し続けていることで少々のキモさも醸す。

 が、しかし、その大きめな丸〜るいお眼めは半濁しており、焦点が定まらないため意志的・知性的なものはほとんど感じられず、原始的で鈍重な下等生物のようでもある。

 コレを可愛いと見るかキモいと見るかもヒトそれぞれだろうが、個人的にはコレらの所作や造形により、マニアによる長年に渡るゴジラ評論において散々に論じられてきた、ゴジラは「恐怖」なのだ! 人類に対する「警鐘」なのだ! 人類に「怒り」を表明しているのだ! あるいは単なる「悪」ではなく同情すべき「被害者」でもあり「悲しみ」も込められているのだ! などといった諸々のメンドくさい思想的なドグマからは解放されて、単なる無個性な「災害」に近しくなったともいえる。


 そのゴジラ幼生は、東京の南方にある下町ロケットな中小零細で家内制手工業な工場が立ち並ぶ東京都大田区下町の小河川を、大量のボート群を水面ごと持ち上げながら、遡上していく! ここで観客の脳裏にカブるのは、5年前の2011年3月11日(金)に発生した東日本大震災津波の光景であろう。実際に筆者も東京都内で当日、帰宅困難者が徒歩で帰宅を急ぐヨコで、小河川が逆流していくのを見かけたものである。

 そして、警察や消防による避難民の誘導! そう、今度のゴジラは「震災メタファー」でもあるのだ。


 続けて、都内の各地で、放射能が検出される。すぐに政府に報告が上がるも、インターネットの時代である。TVで報道されていなくても、すでにTwitterではこの情報は民間に拡散しており、隠し通すことなどできやしない――1億総ジャーナリスト(?)になったのやもしれない冒頭の東京湾アクアライントンネル内の映像がすぐにニコニコ動画にUPされて字幕付きで感想を共有しあうあたりも同様だが――。

 震災のあとの放射能の流出。云うまでもなく、コレも3.11における大津波のあとの原発の冷却電源破損にともなうメルトダウンによる放射能流出をダイレクトに想起させずにはおれない。ここでゴジラは「原発メルトダウンメタファー」にもなる!

 そして、ニコニコ動画にTwitter。まさに2010年代!


・もっとあとのシーンにはなるが、350万人の国民の東京大脱出の先の埼玉群馬の体育館の避難所における風邪マスクを付けて炊き出しを受けている光景に至っては、災害の度に頻繁に見かけるものではあるけれど、撮影終了後の出来事である直近の2016年4月の熊本地震のそれも想起せずにはいられない。

ゴジラに長大なクレーン車を複数台も使って、その口へ血液凝固剤をながしこむサマは、だれがドー見たって、フクシマ原発でのメルトダウンを防ぐための放水である。

放射性物質が付着した土壌の除染の問題はそのまんまである(汗)。

・夜の国会前デモも、安保法制に反対した政治集団・シールズ主体のデモを想起させる。



序盤は攻撃躊躇/終盤は攻撃決断! 〜人命尊重としての少数の犠牲!?


 ゴジラに対してどう対処するか? 閣僚会議では早々に「日米安保」の適用の可能性にも言及されるが、剛腕そうな女性防衛相はシブる。主軸はニッポン、アメリカは支援の立場だと。当たり前ではあるのだが、ついに怪獣映画ゴレンジャーのピンチに仮面ライダーは助けに来ないのか!? ならぬ日本の怪獣災害にアメリカは助けに来ないのか問題が俎上にのぼった! 後手後手ではあったが、戦後初の防衛出動が発令される!


 敗戦後の70年間で良くも悪くも民主化されて、テッテイ的に骨抜き・牙抜きされてしまって、権力を監視するマスコミサヨク言論も強くなりすぎ、人権意識も過剰に行き過ぎてしまった現在、すでに40年前の70年代後半には、「人の命は地球よりも重い」という文学的なセリフで、ハイジャック犯の要求を呑んで収監中だった左翼過激派を開放して、今後は同様の犯罪を頻発させる短慮だ! と先進各国から大ブーイングを買ったのは、サヨクによれば極右勢力である(笑)政府自民党の当時の総理であった。

 個人的にはニッポンの保守勢力なんてのもその程度の存在にすぎないとも思うけど、何事も一長一短なので、この行為を取り立てて悪しざまに罵る気も筆者にはない。

 ないのだが、イスラム国による人質事件での交渉や、リベラリズムリバタリアニズム自由至上主義)とも異なるコミュニタリアニズム共同体主義)に立つサンデル教授の白熱教室における、「1人は残念ながら死んでしまうが5人を救うことができる場合に、君はどうするか?」という緊急事態における究極的な選択の問題も浮上する。


 一部では人でなしのように罵倒されている政府自民党(笑)の歴代法相たちも、署名を躊躇して死刑執行は遅々として進まない。

 ヒトとしての良心か、左翼マスコミからの批判を避けるための自己保身か、その両方が混交したものかは知らねども、本作におけるショッカー大幹部・地獄大使リブート版(笑)ならぬ大杉漣(おおすぎ・れん)が演じる保守党総理も、京浜急行の各駅停車・北品川駅近辺の踏切を逃げ遅れたヒトが渡っている旨の報告のUPに接して、国民に被害がおよぶやもしれない自衛隊によるヘリコプター攻撃を、苦渋の末ではあるけれど中止してしまう!

 もちろんコレを二者択一での悪行である! なぞと本作では感情的に悪しざまには描写はせずにサラッと流していくのだが、映画の題材的にも今後はゴジラの大暴れによる大被害が出ることがわかっている観客としては、この行為は絶対正義とは見えないし、どころか愚行に近いようにも見えてしまうだろう。


 ストーリーも追いつつ作品を語るという意味では、話が飛びすぎてしまうけど、コレと「係り結び」になるのが、最終作戦での長谷川博己(はせがわ・ひろき)演じる主人公青年の決断である。

 まだ人々の避難は完全には完了していないとの報告があがる。しかし、主人公は「この機を逃しては台無しになる」(大意)と、ゴジラ攻撃を決断してみせる!

 筆者もヘタレなので自分個人の考え・ホンネは隠しておくけど、ある意味ではツーカイでもある。しかし、主人公による問題発言・問題行動である! と批判する意見があってもイイとは思う。けれど、映画としては怒涛の畳みかけるようなカッコいい特撮作戦描写に呑まれてしまっていてあまり目立っていないのではあった……。コレは皮肉・批判ではない。思想・イデオロギーを描くためではなく、あくまでも一時の快楽や慰謝を与えるエンタメである本作としては、実にうまい寸止めのサジ加減だったとも思うのだ(笑)。


――こう書いてくると、女児向けアニメ『プリキュア』シリーズやあまたの少年マンガのごとく、「愛」だの「絆」だの「全てのヒトを救いたい!」なぞと主張してそれを実現してみせる大ウソ(爆)の子供番組を、筆者が冷笑していると見えるやもしれないが、そうではナイ。メインターゲットの年齢を考慮すれば情操教育的にもコレらの作品でシニカルなアンハッピーエンドはアリエナイし、現実世界では万人を救うことが困難であるにしても、ギリギリまでそれを目指した上での決断であるべきだ。それに、幼少期からあまりに達観させすぎても歪みが出そうだし、ならば子供向け作品では甘々でも「理想」を謳った方がイイだろう――



反戦反核映画か!? 政治家官僚は悪党の映画か!?


 加えて、この作品は、見ようによっては、戦後民主主義的なヒューマニズム反戦反核を称揚するような作品ではないようにも見える。かといって、保守反動・反革命復古主義的なニッポン礼賛の映画でもない。

 左右のイデオロギー・理念ではなく――まぁ多少の理念がスパイスとして混ざっている気配を感じなくもないけれど(笑)――、きわめてプラグマティック(実利的・実際的・実用主義的)なものに貫かれた作品であるようにも思える。以下に例を挙げていく。


・ラストでは、「原発メルトダウン」もしくは「原発」(原子力発電所)そのものとも取れるゴジラ(の凍結状態)とも、必要悪として我々はそこから新エネルギーを汲み取り、共存していかなければならないとも主張する。

・米が国連安保理(安全保障理事会)を通じて世界各国の了解を取り付けた、ゴジラ駆逐のための首都東京への核攻撃を、ゴジラ凍結作戦が失敗した暁には、東京への核投下に反対していた主要人物たちでさえも容認していたことを示す描写がラストにあったり。

・いわんや、急速進化を遂げるゴジラが翼を生やして世界各地に被害をもたらす脅威を天秤ではかった末の、自国に被害をおよぼさないために東京には核攻撃で犠牲になってもらうという世界各国の非情な決断も絶対悪とはせず、一定の理解は示す主要人物たち。

・あげくの果てにセリフのみではあるけれど、都心壊滅後に起こった「対馬沖」での不審な動きについても本作では言及――ホントは「尖閣」にしたかったけど自粛したと推測(笑)――


 個人的には極めてクレバーで是々非々かつ理性的な価値判断だとは思うけど、もうコレは絶対的な「反核」であったり「反戦」ですらないよネ?(汗)――もちろん「核兵器賛成」「戦争礼賛」ということでもないにせよ、極めてフラットに双方の概念を並置――


 ロートルマニアならばご存じ、『シン・ゴジラ』を監督した庵野秀明も私淑する、本作の消えた科学者・牧博士の遺影を演じた(?)のは故・岡本喜八監督。

 氏の作品に、特撮を使わないSF映画として、UFOの飛来やUFOと自衛隊機との接近遭遇、UFOと遭遇した人間たちの身体に生じる異変、そして彼らの存在を秘密裏に抹殺しようとする国家の陰謀などをハイテンポかつスリリングなポリティカル・フィクションで描いた、ただし評価は割れている(笑)『ブルークリスマス』(78年・東宝)という映画がある――筆者は名画座で後年に鑑賞した世代だが肯定派――。

 演出の技法的には当作もソースのひとつではないかとも私見するけど、生まれ育った時代的にも仕方がないどころかムリもなかったトコロもあるのだが、そしてそれゆえの時代的な限界も個人的には感じるけれども、岡本喜八カントク流のムダに左翼的な「反体制」や「反権力」を、庵野カントクは引き継がなかったようである。

――余談だが、21世紀のミレニアムゴジラシリーズの映画『ゴジラ・モスラ・キングギドラ 大怪獣総攻撃』(01年)や一部のゴジラ言説における、ゴジラは太平洋戦争での南方戦線における旧軍人たちの亡霊の集合意識による(右傾化する)ニッポンへの復讐であると云わんばかりのゴジラ観の論法にも筆者個人は違和感をおぼえる。一部の大学出の学徒動員兵ならばともかく、学のない末端の兵士たちの過半はベタに鬼畜米英・皇国日本を信じていたハズで、彼らが良くも悪くも護国の鬼となるならばともかく、それが死後に(戦後民主主義的な)真理・真実に目覚めて警鐘せんとする……などといったご都合主義的な事態もおおよそなさそうなことに思えるので――


 ここ10年ほどのことだが、庵野秀明がドコかで「司馬遼太郎(しば・りょうたろう)的に言うと、日本の電圧が下がってきている」などと、まさにかの歴史小説家の故・司馬遼太郎大先生のように、文学的とは云いがたいけど面白い(笑)司馬語としか云いようのない物言いで大局論をブっていたことがあった。

 そう、本作は愚昧な権力者やファッション&スイーツに浮かれる庶民が跋扈する現代ニッポンなんぞ滅びてしまえ! と万年野党気分でアジるような作品でもなかったのである。


 いや、物語前半では政府閣僚たちを無能として批判的に描いていた、という意見もあるやもしれない。しかし筆者には必ずしもそうは見えない。もちろん英雄として肯定的に描かれていたとも云わないが、左右ともに小粒・軽量の政治家たちががんばる現代日本において、しかも未曾有の想定外の事象が起きたら、それが巨大生物のしわざだの、90年代における大ヒット書籍『空想科学読本』(96年)での指摘のように、巨大生物が実在しても自重でつぶれるし上陸なんてできるワケもないと考えるのも科学的には正しいし、国民の生命・財産を守ることとゴジラ攻撃を天秤にかけて悩むことも当然ではあって。


 誤解を恐れずに云えば、中露や北などの国家は緊急事態には超法規的な行動でイザとなれば対処ができそうだけれども、あるいは世界の各国も緊急事態条項・国家緊急権に基づいてイザとなれば対処ができそうなものだけど、良くも悪くも現代日本はそんなときに円滑に動ける法的な根拠などは整備されていない。

 また近代民主主義法治国家とは権力者、のみならず庶民のたまさかの気分や恣意的な判断に任せないように、法律・ルールを決定してその範疇の中だけで行動させるべきものである。法律を決める過程においては、民主的な手続き――実質的には議会(立法府)による承認――を経た正統性が必要なだけであって。

 その伝で云うなら、法律的な根拠がなくても、日本人はイザとなればうまくヤレるから、事前の法律の整備など不要! という意見には筆者は組しない。長い歴史的な眼で見れば、それこそが悪しき前例を残して、近代法治国家とは云いがたい権力者や一部勢力の専横をもたらす危険性があるからだ――お上の意向をムシして関東軍が暴走した満州事変・日中戦争など!――。


 そんなワケで彼らは彼らなりに一生懸命にやっていたと筆者は思う。死んじゃったのは別に天罰が下ったとかのオカルトではなく、端的に物理的な巡り合せが悪かっただけで。


・主人公いわく「日本にはまだまだ優秀な人材が官民ともに残っている!」

・そして、成熟社会の層のブ厚さが物を云い、ヘリを使わず車両を使って立川基地方面へ避難していた中級政治家や中級官僚である主要人物の廻りには、いくらか生き残った「巨大不明生物特設災害対策本部(巨災対)」の省庁のワクを超えた奇人変人たちも再結集!

・家族もあるのに、おそらく欧米流な事前のギャランティ交渉もせずに(笑)、事務所に泊まり込みで各自の作業に勤しむ彼ら!

ゴジラエネルギー源である核分裂の熱エネルギーの冷却は、背ビレだけでなくその血液循環にあり! と研究家気質の人間たちが喝破していく過程!

・続けて、必要となった数百キロリットルにもおよぶ血液凝固剤を製造するため、日本各地の化学工場のプラントを持つ民間企業に協力を仰ごうと、実務家気質の人間たちが即座に交渉に走っていく光景!

・そこに映し出されるのは工業地帯の勇壮で力強い銀色のパイプに満ちたプラント群!


 「ゴジラ」 VS NHKの今は亡きTV番組『プロジェクトX』(00年)! のごとき、政治家官僚だけではなく、民間企業も巻き込んだ様相も本作は呈して、第2次産業・重工業・町工場・モノづくり日本で、日本への応援歌ともなっていく。ニッポン、がんばれ! 日本人も捨てたもんじゃない! みたいな。

 その代わりに、第3次産業のサービス業とか、我々みたいなオタ、生産者労働者というより消費者みたいな人物は一切出てはこないけど。……やっぱ、オレたちは危急の際には使えない無用の長物なんだヨなぁとも(笑)。いや実際に、リアルに考えれば、そーだと思います。巨災対の一部メンツはオタだけど、我々とはレベルが違うでしょ(汗)。


 と、ココまでは、60年代の高度経済成長期的で牧歌的な日本像の再現でもあり、ココを重視することに、現今の日本の苦境の糸口を打開するひとつを見ているのだともいえる――個人的にはその認識に一理はあっても、万全だとも思わないけどネ(汗)――。



ニッポンVS世界! 〜「世界情勢」と「理想の外交」と「徳義国家ニッポン」!


 しかし、本作はその先の地平にも射程を延ばす。80年代までの東西冷戦の時代とはすっかり異なってしまったニッポンの昨今の防衛と外交問題についてである。

 ネトウヨ作品とも揶揄されるライトノベル原作の深夜アニメ『GATE(ゲート) 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり』(15年)も彷彿とさせるような、鉱物資源などにも満ち満ちたファンタジー風異世界への入り口であるGATE・門ならぬ、今回の超常識的な生物・ゴジラをめぐって各国は、国益に基づいた利害を主張して事態は錯綜する。

 中露は「国際的な共同管理」を主張し、米は「日米共同の管理」を主張。国際社会日本国憲法前文にあるようにホントウに「平和を愛する諸国民」ばかりであるのならば、「前者」の方がイイのだろう。が、そーでもないのならば消去法で消極的に「後者」を選択するのもむべなるかな。


 かといって、往年の9.11同時多発テロと思想マンガ『新ゴーマニズム宣言SPECIAL 戦争論2』(01年・ISBN:4344001311ASIN:B00W4Y7G48)で勃発した、論壇の「親米保守」(≒新自由主義)VS「反米保守」(≒新保守主義)の論争のフレームが提示してきたように、アメリカへの疑問と、アメリカの靴の底までナメるような外交ではなく、かといって非・現実的な念仏・お題目だけを唱えるようなお花畑外交でもない、劇中でのセリフにもある通りニッポン独自の「覇道」ではなく「王道」に基づいた、いわば「徳義国家」としての外交への希望のイメージをも提示する。


 まずはニッポンのゴジラ対策の意思決定の場に、米の軍官を常駐させることは断る。

 そして、ニッポンの国内同様、アメリカでさえもその内実は決して一枚岩ではない。アメリカにも東京ゴジラへの核投下に反対する、もしくは急ぐべきではないと考える政権中枢の心あるヒトたちはいる――核は使わないからこそ「抑止力」たりうるとの発言から、彼らは核それ自体を否定もしてないが(汗)――。よって、そこに対してロビー活動を仕掛ける。

 米英とはむかしから一定の距離を置き、独自性を主張しようとする、そしてそのためには自国が「核実験禁止条約」に調印する直前において駆け込み的に、示威的・デモンストレーション的な意味も兼ねてか数度の核実験を強行してみせた(汗)国連常任理事国フランスに働きかけて、国連安保理での米主導の東京核投下の決定をせめて遅延せしめんとする交渉をたくらむ!


 そして、アメリカ人の某登場人物いわく、危機に際してニッポンは外交的にイイ意味でココまで狡猾に成長したのか? と驚嘆たらしめる……。

 ホントにココの域にまでも成長できたならイイよね〜。とはいえ、ニッポンが短期的にはともかく中長期でめざすべき進路ではあると心の底から思うけど。


 泥クサい話ばかりしてきたが、世界中のスーパーコンピューターをつないで、牧博士が残したナゾの図面の意味を並列計算で解析させる交渉では、部下からの情報漏洩の危険性の進言を退けて、日本と同じく敗戦国で覇権的なふるまいは周到に避けているように見えるドイツの研究所の女性所長は、無償の人道の見地から快く協力を申し出る。


 このあたりで、エクスキューズでもあるのか(笑)、実務家の側面ばかりを見せていた主人公もその人間性を少しずつ垣間見せていく。都心壊滅後に立川に到着した彼は、あまりの惨事に対して一時的に冷静さを失って苛立ちを隠せなくなる側面も見せた。

 政治家になろうとした理由は、白か黒か物事がハッキリしているからかもしれないとも彼は云う――個人的には「政治」とは白か黒かがハッキリしない世界だとも思うけど、まぁ中長期ではなく短期の期限で便宜的にではあっても物事を画定・裁断していかなければならないという意味でならば同意する――。そして10年後の未来を見据えているとも、心を許した保守党の小太りな友人――彼のキャラも実によかった(笑)――には豪語する。

 主人公の一応の上司(?)にあたる竹野内豊演じる副主人公も、「親のコネをも利用するヤツでも(彼のことが)スキだ」と主人公のことを人物批評してみせ、根っからの「政治家タイプ」であるともホメる。ってことは主人公は二世政治家であり、結果を出せる仕事さえできれば二世か否かも関係ナイというのが、庵野カントクプラグマティックな認識か?

――もちろん10年後の総理大臣を夢見る、そんな野心ある彼ではあっても、立川への避難途中の渋滞に巻き込まれて、米空軍によるゴジラ攻撃にともなう都心空爆が迫れば、クルマを降りて周辺の庶民・大衆を地下鉄へ避難・誘導しようとも努める。個人的な野望はあっても、イザとなれば我が身の安全よりも公共心!――


 とはいえ、それでもこのへんはナマ臭くて反発を覚える人間もいるやもしれない。しかし、非・政治的なタイプの人間がホントウにクリーンであるのかについても非常に怪しい。文壇や画壇にオタクの世界も残念ながら世間のオヤジの縮小再生産・2軍的な要素はドーしても逃れられず、その中でもまたカースト的な競争が始まってしまったりもする(汗)。

 良く云えばコレは、人生や社会という大きな「キャンバス」で、自分が思い描く「絵」を壮大に描いて悦に入ってみたいというアイデンティティ承認の備給的な欲求に基づくものである。この欲求を減らすことはできてもゼロにすることは不可能だとも思う。そして、その「キャンバス」が「現実世界」か、その万分の一の「コップの中の世界」かの「量」の違いにすぎなくて、「質」の次元においては我々も相似形の「俗物」であるように筆者は思うのだ――もちろんそれを自覚した上でのブレーキは絶対に必要ではあるのだが――。


 つまりは、自分の得意な分野では自己を思いっきり実現して充足を得たい、何かデカいことをやってみたいという俗っぽい願望が人間一般にはあり、その舞台がある種のタイプの人間ならば「政治」ということなのであろうとも思う。

 そしてそのへんを否定的にも描かずに、そのナマ臭さやある種のキタナさも含めて、広い意味での「人間賛歌」のごときに、本作はサラッと描いているようにも見えるのだ。


 キミとボクとの2項しかない「セカイ系」の元祖とも目された庵野カントクも20年を経て、随分と遠い多層的で「シャカイ派」的な地点へ到達したものだとも思う。



でもやっぱりドンパチのカッコよさを追求する「特撮映画」!


 出演者は300人超とも云われているように、セリフがひとつふたつしかないような政治家官僚自衛隊員・警察・駐日大使の姿が、省かれることなく点描されていくことで、そして物事や作戦の段取り・過程をたとえ一瞬でもキチンと映像化していくことで、本作は一応の「リアリティ」を確保していく。

 セリフだけで説明してもイイような、牧博士の消息をたどる刑事の姿までもが点描されて、多摩川でのゴジラ迎撃作戦に失敗した陸自隊員たちが人々の避難の応援にまわる姿までもが描かれてきた本作だが……。しかし、それも実は前段〜中盤までである(笑)。


 終盤は省略の演出技法が多用されて、有無を云わさず畳みかけるように、往年のゴジラ映画『怪獣大戦争』(65年)のマーチ曲ならぬ、そのハイテンポ版の東宝特撮映画『宇宙大戦争』(59年)の軽快かつ勇壮なマーチ曲も流して盛り上げて、東京駅におけるゴジラ凍結作戦がテンポよく決行されていく。

 このへんになると、実は「特撮」シーンのカッコよさ、「戦闘」シーンのカッコよさ、といった快感原則に奉仕するような映像・演出・描写になっていく。


 無人の新幹線が、無人の山手線中央線東海道線京浜東北線が爆弾を搭載して、左右からゴジラに次々と激突して、長大な車両が空中で舞いながら爆発していく!

 「血液凝固剤」を製造するのは大変だという話は延々としてたけど、そんな作戦があったとはそれまでに聞いていない! 伏線はナイぞ!(笑)


 本作のヒロインであり、石原さとみ演じる日系3世の米大統領特使ほかの働きもあって、なおかつ志願者も続出した(涙)というワリには、無人機であったりもする(笑)米空軍がゴジラの全方位光線エネルギーを消耗させつつ、周囲の高層ビルを崩壊させて足止めしようと空爆!


 本作においては、そもそもシミったれた人間描写はなく、カラッとしていたが、ついには作戦遂行中の人間=自衛隊員たちの姿も確信犯でか描かれなくなっていく。

 コレまた聞いてないけど、いつの間にか自衛隊の方でも訓練ができていたという(笑)、長大なクレーン車が幾台も、そして崩落した幾つもの高層ビルの瓦礫の下敷きになって動けなくなったゴジラに経口注入しようと群がっていく。しかし、ある程度までは成功するものの、眼を覚ましたゴジラによって粉砕されてしまう!


 ウラ設定があるのやもしれないが、コレらのクレーン車やポンプ車って無人ではなく有人だよネ? 乗員は死んじゃってるよネ? コレらの作戦はいつ立案して訓練したの? とあとから冷静に振り返ればそこに思い至るけど、映像本編ではまさに演出のマジック、その悲惨さや唐突さを観客はスルーして、作戦の勇ましさ・頼もしさ・カッコよさだけを描くように、乗員の壮絶な死のみならず乗員の姿自体もはしょってテンポよく、第1小隊が全滅したあとは第2小隊が、そして第3小隊が繰り出すシークエンスを見せていく!

 そこに偽善や欺瞞があるとのツッコミも可能だとは思うけど、それをも承知で確信犯でムシして強行するのが、エンタメ作品として正しい「演出」なのだと筆者は強く思う。

 ただ、まぁそこのトリックに思い至らずに、「リアル」だの「SF」だののモノサシで本作をベタに肯定してしまう知性には疑問を感じるが。


――上記のシーンにかぎらず、90年代前半の平成ゴジラシリーズよりかはアダルトな路線をねらった00年代前半のミレニアムゴジラシリーズでは、マニアのゴジラ言説における要望を取り入れたのであろう、冒頭からゴジラが敵意や悪意をムキ出しにして自衛隊員や人間を直接、殺傷してみせる残虐シーンが描かれていた(そこでママたちが子供を連れて続々と退去して、劇場は半数以下になってしまう・笑)。本作においても、死傷者が出ているのに決まってはいるけれど、一般庶民や自衛隊員の忌の際の断末魔の叫び声や血や死体や重傷者などの描写は周到にオミットすることで、女性や子供・ファミリー層に対して過剰にイヤ〜ンな感じを醸させないようにしている点にも、良くも悪くも注目!――


 ラストの展開を見るにつけ、やっぱり本作は広い意味での「SF」ではあっても狭い意味ので「SF」ではなく、それはあくまで味付けであって、それ以上に「ポリティカル・フィクション」であるのだし、かつまたそれ以上に本作も結局はイイ意味での、怪獣やメカが大活躍する「特撮」シーンと「戦闘」シーンのカッコよさを最終的には見せることに収斂していく「特撮映画」であり「怪獣映画」であったとは思う。

 「リアル」至上であるのならば、着ぐるみならぬCGなのに、ゴジラのような生物の両脚が人間の脚のように関節屈曲しているのはオカシい。体表がゴムのように見えるのもオカシいのである(笑)。しかし、非・合理的であろうが慣れ親しみの伝統にすぎないのであろうが、欧米のゴジラ・マニアも含めて、ゴジラは日本の着ぐるみ的なスタイルが望まれる。そーいう意味では本作は「リアル」一辺倒というワケでも実はないのである。

 ゴジラ東京駅に向かうことも実はご都合主義である。JR列車爆弾の絵を見せたいがためである。今回のゴジラの口が大きめにダラシなく裂けて、あんまり噛み噛みしそうにないのも、ラストでクレーン車が経口注入するためであろう(笑)。

 往年のジャンル作品にはよくあった「地球には存在しない未知の元素」同様、細胞膜で元素変換して新元素(笑)を作るなんてのも、「元素周期表」的にアリエナイ。

 実は新元素放射能半減期が20日以下! というのもご都合主義ではある。


 とはいえ、筆者はコレらの描写にガチでケチを付けているのではない。劇中でそれらしく通用するのであれば、それでイイのである。ニッポンと日本人の未来に希望を託すことが主眼であるのなら――多少の不穏さは残しても――、フィクション作品としてウェルメイドに東京もナントカ復興できそうだ! と希望を持たせることは正しいとすら思うのだ。



 ただし、作品の外での懸案点を挙げるなら、それはこの異形の大ケッサク作品のせいで、別の作家や監督が『ゴジラ』映画を作りにくくなってしまったことかもしれない。

 怪獣VS路線やオールスター怪獣ものやチャイルディッシュなノリの怪獣映画がまたもや否定される時代が来ることも恐れる。

 また本作のような内容の作品ばかりでは、70年代の東宝チャンピオン祭りや春・夏・冬休みの夕方に頻繁にTV放送されていた『ゴジラ』映画のおかげで、ゴジラファンとなっていった我々オッサン世代のように、子供や未就学児童のゴジラ・マニアや特撮マニア予備軍をゲットできるとも思えない。


 本作の信者の方々には不快な発言やもしれないが、水と空気を細胞膜で新元素に変換できるという、ハードSF的にはトンデモ設定だがライトSF的にはカッチョいい設定を活かして、新怪獣や超兵器を登場させて、本作並みの映像クオリティでバトルする『シン・ゴジラ』シリーズを作ってもらい、今回のCGはかの「白組」メインなのだから、そこに所属する映画『ALWAYS(オールウェイズ) 三丁目の夕日』(05年)や『SPACE BATTLESHIP ヤマト』(10年)に『永遠の0(ゼロ)』(13年)などを担当した山崎貴カントクなどなどにも門戸を開放していってほしいものである(笑)。


 まだ書き足りないこともあるのだが、時間の都合でこのあたりで筆を置く。


(了)

(初出・特撮同人誌『仮面特攻隊2017年準備号』(16年8月13日発行)〜『仮面特攻隊2017年号』(16年12月29日発行予定)所収『シン・ゴジラ』賛否合評大特集!(編集協力・MUGENオペレーション)・合評(11)より抜粋)





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2016-07-09 劇場版ラブライブ!The School Idol Movie

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ラブライブ!・Wake Up,Girls!・アイドルマスター 〜2013〜14年3大アイドルアニメ評

ラブライブ! School Idol Project(第1期) 〜2013年冬アニメ評!

ラブライブ! School Idol Project(第2期) 〜2014年春アニメ評!


 TVアニメラブライブ!』1期(13年)、2期(14年)につづく、同一世界の別のスクールアイドルグループを主人公に据えたTVアニメラブライブ!サンシャイン!!』(16年)放映開始記念! とカコつけて……

 劇場版『ラブライブ!The School Idol Movie』(15年)合評をUP!


 新作『ラブライブ! サンシャイン!!』自体は、神傑作のオリジナルとどうしても比べられて、人気的には苦戦すると思うし、初作#1の神懸った出来と比すると、新作#1は正直ツカミには弱かったとは思います(汗)。


 初作における母校廃校の危機アキバの巨大液晶ビジョンでのスクールアイドルとの邂逅の衝撃といった、主人公女子の二重のダメ押しでの動機付け

 廃校が夢の中での出来事だったと勘違いして、♪タラッタラッタラッタ〜と廊下を笑顔でスキップするも、現実に直面して二度目(笑)の衝撃を受ける主人公女子のオッチョコチョイな性格描写

 それに振り回されていく、同学年の幼馴染女子2名のリアクションの違いによる描き分けと関係性。

 「ドラマ性」というよりかは「キャラクター性」。


 そんな観点から比較すると、新作の主人公女子も、生家の旅館で、ムズカしいことは考えないコだけども(多分)、明るく元気に物怖じせずに、小走りがちでまめまめしく家のお仕事・客仕事も一生懸命、手伝ってます! 「このコはこんなコだよ!」みたいな「絵や動作で見てわかる」健気さなどをまずは延々と綿密に描写して、視聴者の認知度や好感度をアップさせる! というような方法論。

 技巧的なストーリーよりもキャラクター性重視の展開で、そのキャラの存在感を増させて、あとはそのキャラが劇中内にて自律的に動き出してくれれば、彼女らのいかにもな言動で楽しませる! というような持っていき方のほうが良かったんじゃネ? などという「反語」的な感想も抱いてはしまいましたが(笑)。

 あとは、本作は「リアリズム」よりも「象徴・寓意」の方を優先する世界観ですよ〜と言明する意味もある、歌って踊る「ミュージカル演出」も#1ラストのみならず、#1序盤や中盤からあった方がよかった気もします。

 が、ナンにせよ、まだ放映も始まったばかりですので、勇み足の感慨ですから、気長に生温かく見守っていきたいとも思います。



合評1 『ラブライブ! The School Idol Movie』

(文・T.SATO)

(15年7月26日脱稿


 TVアニメ放映開始から2年半。本作がこんなにも巨大化して、映画興行3週連続第1位までをも達成するとは!――アメコミ洋画『アベンジャーズ』が来なけりゃ、もっと行けた!?―― 嬉しくって涙がチョチョ切れらぁ。


 志が高かったハズの「アニメ新世紀宣言」から35年目がこんなに惰弱(だじゃく)でイイのか!? とも一方では思うけど(汗)。

 ブームとは恐ろしい。周辺層やライト層にも微妙に越境して浸透。地元のシネコンで日曜昼に観たら、小中高女子や部活帰りジャージ女子、若干の子連れファミリー層までも!

 昨年初夏の金曜夜、超満員の終電に漫画『私モテ』――『私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!』(13年)――の主人公少女の現実版みたいな、仕事帰りのグレーのスーツの化粧っ気のナイ痩身女子が乗車してきて、『ラブライブ!』の音ゲー(ム)を始めたときには、「女子ライバーってこーいう娘か」(汗)と思ったモノだけど。以降、シネコンや電車で非オタ女子やヤンキーDQN(ドキュン)男が音ゲーしてるのを見かけるようになり。


 ケッ、ニワカどもめ! オレなんか2年半前から本作を観てたんだゾ! と浅ましいことを心の中で叫んでしまう――我ながら心が狭いけど(笑)――。


 全国で部活の延長チックな女子高生アイドルが勃興し始めたとゆー世界観で、母校の廃校を阻止せんがために立ち上がった9人の女子高生! とゆーのが本作劇場版の前日談たるTVアニメシリーズでの物語。

 アニメ1期で廃校を阻止し、2期ではスクールアイドル対抗ラブライブで優勝も果たす。


 濃密な時間を共に過ごした彼女らは、アイドルユニット・μ’s(ミューズ)としての活動はこの9人以外ではアリエナイ、それを大切にしたいと3年生組の卒業をもって解散を決める。

 終盤目前、近寄る別離の予感の中、真冬の夕陽の海辺でコラえようとしてもコラえきれずに抱き合って号泣する9人……――書いていてもウルッと来る(笑)――。


 春〜夏を描いた1期、秋〜来春の卒業をも描いた2期。人気が出たのだからもっと引き延ばしてほしかったのだが――作り手もココまでヒットするとは思わなかった?――、2期最終回ラストで取って付けたような急展開があって、劇場版の来年公開を告知!


 イベント的山場も人間ドラマ的山場もすでに描き切った本作はもう描くモノがないハズ。あとはファンムービーとしてキャラ見せ&歌唱中心でスカスカな内容を予想した。そして実際にその通りであった(笑)。


 前半はラブライブ主宰者に招聘されて保護者もなしにニューヨーク観光&かのタイムズスクエア(!)でライブ!

 後半は日本に凱旋帰国するや時の人となっていて、ついにはアキバ歩行者天国を占拠して、ライバルのアイドルグループ・アライズや、全国のスクールアイドル数百名で今度は順位争い関係なしに一斉に歌唱!


 超展開だが、個人的には面白い! 盛り上がる!


 盤石な確立されたキャラ。

・元気少女

・天然少女

・心配性キマジメ女子

ツンデレ女子

・白米大スキ少女

・「にゃ」語尾少女

・にこにー

・元生徒会長

スピリチュアルデブ(悪口じゃないです。グラマーで母性あふれる副会長・ノンたんも大スキです・笑)。


「ダレカタスケテ〜!」

(チョットマッテテ〜!)

(真姫ちゃん可愛い、かきくけこ!)

(かしこい可愛い、エリーチカ!)。

 ……カッコの中は筆者の心の中の声で、本編にはありません(汗)。


 いやもう主人公女子の誤字脱字メモのせいで3人だけ間違ったボロい安ホテルに着いちゃうとか、無事に合流しても心配性キマジメ女子は当たり散らして大声でオイオイ枕に突っ伏して泣いてるとか、主人公女子だけ一瞬ハグれたら逆行きの地下鉄に乗ってしまい対向車両の窓から皆が驚愕とかの漫才コントの数々。


 合間合間で突如ミュージカル時空にも変化!

 まぁ第1期#1冒頭からミュージカル仕立てだし、2期#1ラストでも主人公が「雨止めぇぇー!!」と叫んだら陽が差してきて前途洋々な高揚感あふれるピアノBGMが流れてくる、リアリズムよりも精神主義・根性の方が勝利する世界観だと言明してたので無問題


 もう解散を決めたのにブレイクして人々に求められてしまったことで、彼女らが改めて今後の選択肢を検討し直すとゆー、作品それ自体ともカブるメタ的な一応のドラマもある。しかし大局では選択は覆らない。


 最後のライブは幻想なのか、翌年度ラブライブ・ドーム開催にゲストで呼ばれた姿なのか、主人公と元生徒会長の妹たちによるアイドル研究部の部室での新入部員への説明会も、明けて4月なのか9人全員が卒業した2年後なのかもボカされる。

 脱ぎ捨てられたステージ衣装は写しても、飛び立った9人のその後の姿は写さないエンドロール。湿ってはいないけど寂寥感がタマらない。

 ホントに終わりみたいじゃネーか!?――終わりです(汗)――


 徹底的に終わりっぽく描いて卒業・解散・神格化を醸すのも演出としてはアリだろうが、同一世界の同じ時代の別グループを描いた新たな物語などで、彼女らとニアミス再会できるよネ!?


(了)


(初出・オールジャンル同人誌『SHOUT!』VOL.65(15年8月14日発行))



合評2 『ラブライブ! The School Idol Movie』

(2015プロジェクトラブライブ! ムービー)

(文・久保達也)

(昨15年7月6日脱稿


 筆者は都合3回鑑賞したが、映画を観に行くというよりは、スクールアイドル・μ's(ミューズ)のライブに、毎週月曜のメンズデーを利用して通いつめている、そんな感覚だった。

 そうした観点から、筆者が感じた本作の魅力についてあげてみる。



【音楽性】


 ニューヨークでステージの場所を探すμ'sを、突然の雨が襲う。あきらめてホテルに帰ろうとするメンバーたちだが……


凛「大丈夫にゃぁ!」


 1年生のショートカットの元気娘・星空凛(ほしぞら・りん)が雨の中に飛び出していく!

 普段から語尾に「にゃぁ」を付けて話すわりには、設定でも特に猫好きというワケでもない凛――それどころか、設定では嫌いな食べ物は魚である(爆)――が、今回は両手を猫招きのポージングにして、降りしきる雨の中を元気に踊り出す!

 そこにタクシーから降りてきた、筆者イチオシ(笑)の1年生で赤い髪の西木野真姫(にしきの・まき)と、オープンカフェでお茶を飲んでいた、同じく1年生で白米フェチ(爆)の小泉花陽(こいずみ・はなよ)が、傘を手に凛に加わり、舞台となったアパートの住人たちがバックダンサーと化す!

 夜のレインボーブリッジを背景に、河川敷で歌い踊る3人の姿で、1年生部員の楽曲

・『Hello,星を数えて』

は締めくくられる。


 こうしたミュージカル的な、リアリズムとはかけ離れた演出は、テレビシリーズ第1期(13年)や第2期(14年)でも時折見られたが、それを学園群像劇と華麗に調和させた作風こそが、その高い「ドラマ性」以上に、『ラブライブ!』最大の魅力のひとつだと、筆者には思えるのである。


 ニューヨークでのライブ映像が無料動画配信サイトで流れたのを機に、帰国するや大勢のファンに取り囲まれ、身動きがとれなくなるμ's。

 そこからどう脱出するかを思案する3年生部員たち、元生徒会長の金髪クウォーター・絢瀬絵里(まきせ・えり)、黒髪の元副会長・東條希(とうじょう・のぞみ)、見た目はロリで黒髪ツインテール矢澤にこが赤いサングラスをかけるや、

・『?←HEARTBEAT』

のPV(ピーブイ。プロモーションビデオ)へと転じる演出は、ほとんどウルトラアイを着眼してウルトラセブンへと変身するモロボシ・ダンのようだ(笑)。


 にこがセンターを務めることで、舞台がにこの幼い妹や弟のいる自宅へと転じるのも、第2期第4話『宇宙No.1アイドル』の流れを継承しており、秀逸な演出であるといえよう。


 ニューヨークで他のメンバーとは違う行き先の地下鉄に乗ってしまうという、いつもながらのドジっコぶりを発揮する、μ'sのリーダーでセンターを務めるサイドテールの元気少女で2年生部員・高坂穂乃果(こうさか・ほのか)が、街頭で偶然出くわすことになる、日本人女性の謎のストリートシンガー。

 その謎のシンガーが歌いあげる、あまりに見事なジャズボーカルの圧倒的なライブ感には、穂乃果でなくともおもわずひきつけられずにはいられない!

 こうしたキャッチーな演出にあふれていたこともまた、『ラブライブ!』の大きな魅力のひとつであり、それは今回の劇場版でも散見されたのである。



【キャラクター性】


 ニューヨークで滞在先のホテルの名を穂乃果が誤って伝えてしまったことにより、2年生部員の園田海未(そのだ・うみ)・南ことりと凛が乗ったタクシーが、本来泊まるハズの高級ホテルとは違う、ボロボロのホテルに到着してしまう。


 屋上の装飾がガラガラと崩れていくのを眼前にしながらも、


ことり「なんか……違うような……?」


と、トロトロと可愛らしい声でどこまでも天然ボケを発揮することり(爆)。


 一方、穂乃果のせいで危うく命を失うところだった! などと、大袈裟にガミガミと穂乃果を怒鳴り散らしたあげく、今さらながらにショックがよみがえったせいか、


海未「お〜いおいおいおい」(笑)


とベッドに泣き伏す海未。


 こうしたリアクションを絶妙に対比させることにより、各キャラクターの違いを浮き彫りにし、まさに生命を吹きこむかのごとく演出されているのは、見事と言うよりほかにない。


 また、滞在先で毎日パンばかり食べさせられることに嫌気がさしたご飯フェチの花陽が、白米を恋しがる場面はあまりにベタではあるものの、ここにおける


花陽「白米はサブじゃなくて主食!」


をはじめとする花陽の一連のセリフは、よく聞いてみると2015年現在放映中の『手裏剣戦隊ニンニンジャー』(15年)に登場する6人目の戦士、キンジ・タキガワ=スターニンジャーのごとく、60年代から70年代の映画やドラマにおける、外国人俳優たちのヘンテコな日本語セリフみたいなイントネーションなのである(爆)。


 これは花陽の声を演じる久保ユリカのアドリブである可能性も高いが、これもまた、あれだけ駄々をこねたのに結局は出されたパンを一口齧るや「これおいしい!」と食べてしまうというギャグを、単なるベタには終わらせず、秀逸なパロディへと昇華させているのである!



 さらに、空港に車で送ってくれた父親に、真姫が目を閉じてキスをねだったり(!)、第2期終盤で3年生が欠けたμ'sの存続に最も強硬に反対していたハズの作曲担当の真姫が、ひそかにμ's最後の楽曲を用意していたことが明らかになったり!

――それを希に知られるのが、真姫の入浴中(!)のことであり、真姫がタオルで髪を拭きながら照れ隠しもあってか少々気だるげに、譜面を見たのかと希を問いつめる場面は、筆者的にはあまりにたまらん(爆)――


 クールビューティーなツンデレ娘として描かれてきた真姫が、幼い子供ならばともかく高校生になってもまだ出がけにパパにキスしてくれる、実はファザコンの甘えん坊であることがこの映画で発覚するのは、第2期第2話『優勝をめざして』で描かれた、一見冷めている真姫が高校生にもなっていまだにサンタクロースの存在を信じているという衝撃の事実(!)

――これには、にこでなくとも「あの真姫がよ!」などと、おもわずおちょくりたくなるが(爆)、そのギャップがまた真姫に対する我々の「萌え」感情を惹起する!(笑)――

に、より真実味を与える効果をあげているかと思える。


 素直でなく、自己表現が苦手なことから、周囲に冷たい印象を与えがちな真姫は、μ'sの中である意味我々のようなオタク種族に最も近いように思えるのであり、それこそが筆者が真姫に魅力を感じる理由だったりする(爆)。


 また、μ's存続問題の件にせよ、


穂乃果「限られた時間の中で、精一杯輝こうとするスクールアイドルが好き!」


という考えによって、穂乃果たちは「μ's解散」という結論を貫き通したものの、それでも揺れ動いてしまうのが、いわゆる乙女心というものではあるまいか?

 決して一枚岩ではなく、こうした多面性を与えられることにより、μ'sのメンバーたちは、より輝いたスクールアイドルとなり得ていたように思えるのである。



【背景映像】


 実際のダンサーの踊りをモーション・キャプチャーすることによって製作された、μ'sの華麗なダンシング! こそ、『ラブライブ!』最大の魅力のひとつであるが、決してそればかりではない。


・μ'sがジョギングする朝の公園の爽やかな光景、

・超大型のトレーラーが行き交うハイウェイ

・海を走る自由の女神の観光船……


・μ'sが見下ろす摩天楼の夜景、

・巨大な駅構内やネオンが輝く盛り場を行き交う大勢の群衆

ヘッドライトを点けて交差点をカーブする自動車のあまりに自然な動き……


 ニューヨークという巨大な街の、スケール感、異国情緒、そして、昼間と夜間では微妙に異なる顔を見せるさまが、実際に行ったことは筆者もないが(笑)、絶妙なまでにリアルに描きだされている!

 これはもう、完全に「アニメ」を超越してしまっている!

 デジタル技術のあまりの進歩には、古い世代としては、やはり驚嘆の声をあげずにはいられなかったのである!



【夢の競演】


 穂乃果がスクールアイドルを結成するキッカケとなり、第1期・第2期を通してμ's最大のライバルとして描かれる、UTX学院のスクールアイドル・A―RISE(ア・ライズ)のみならず、クライマックスでは日本全国のスクールアイドルたち数百人が秋葉原に大集結!

 全スクールアイドルが新曲

・『SUNNY DAY SONG』

を熱唱するさまは、まさに圧巻の一言に尽きる!


 これは個人的には映画『仮面ライダー×スーパー戦隊 スーパーヒーロー大戦』(12年・東映)のクライマックスで、全仮面ライダーと全スーパー戦隊が数百人集結したさまを彷彿とさせられたものである!

 あのとき、隣の席にいた3歳くらいの女の子が「いっぱい! いっぱい! いっぱい! いっぱい!」と、文字通りに小躍りして喜んでいたものだが、筆者は今回、そんなふうに喜びを体で表現したいという衝動に駆られたものである(爆)。



アニメ映画史上最大の駄作かも!?】


 そんなワケで、当初から本作をライブ感覚で楽しもうと考えていた筆者からすれば、これほど素晴らしい見世物はない! と、おおいに満足させられたものである。

 しかしながら、本作を映画として、ドラマとして、そして、テレビシリーズで描かれてきた物語の総決算としての完成度を期待していた、決して少なくはない観客にとっては、「アニメ映画史上最大の駄作」「おおいなる蛇足」「クソ映画」として映ったようである。


・「計画も準備も親の承諾もないままに、女子高生たちだけでいきなり海外に行ってしまう」(笑)

・「いまどきの女子高生は、泊まるホテルの名前をわざわざ紙に書いて伝えない。迷子になってスマホで連絡とらないのも不自然」(笑)

・「ライブ場所がタイムズスクエアというのも、そんなに気軽に借りられる場所なのか?」(笑)


などという正論、もとい重箱の隅つつきに過ぎないような批判は論外である(笑)。


 また、冒頭であげた凛の「大丈夫にゃぁ!」にはじまるミュージカル仕立ての演出に対し、


・「あまりに雑でつながりのない、唐突な映像の切り替え」

・「アパートの住人の迷惑も考えずに、凛が非常識にも夜中に大声ではしゃぎ回る」(爆)


などと批判している者たちは、映画『サウンド・オブ・ミュージック』(65年・20世紀フォックス)を観たこともないほど、ミュージカルというものをまったく理解していないのであろう。



【「ドラマありき」か!? 「キャラ萌えありき」か!?】


 だが、そんな中で、どうにも気になった意見がある。


・「しっかりとした物語があるからこそ、キャラや歌が生きて、素晴らしいライブになると思う」


 これは、草創期のマニア向け書籍『ファンタスティックコレクション No.11 ウルトラセブン SFヒーローのすばらしき世界』(朝日ソノラマ・79年1月20日発行)の「総論」の中で、アニメ特撮評論家・池田憲章(いけだ・けんしょう)先生が書いていた、


特撮映画は、特撮以上に本編の部分が重要となる。

 映画にとっては、まずストーリーとドラマだ。

 すばらしい特撮シーンも、特撮に至るまでのドラマの盛り上がりがあってこそ、はじめて生きるのである」


なる主張と、論旨はほぼ、いや、完全に同じである。


 「変身ヒーロー作品」「怪獣番組」「子供番組」の市民権向上のため、36年も前に特撮マニアが唱えた古クサい「リアリズム」や「人間ドラマ至上主義」を、本来は「萌え」欲求を満たすために製作されたハズの「アイドルアニメ」「美少女アニメ」「深夜アニメ」に対し、平成のこの世にラブライバー(笑)が声高に叫ぶとは。

 では、しっかりとした「物語」の盛り上がりがなければ、μ'sの「キャラクター」や「楽曲」は、生きては来ない存在にすぎないのであろうか?

 それは断じて「否」である。「ドラマ性」が多少弱かったり「リアリズム」に乏しかったとしても、「キャラクター」や「楽曲」の魅力で間が持ってしまって、楽しく鑑賞できることは十分にありうる。


 そもそも『ラブライブ!』のプロジェクトは、2010年6月に雑誌『電撃G'sマガジン』(KADOKAWA アスキー・メディアワークス)でストーリー連載が開始されたことに端を発し、今回の劇場版でちょうど5年を迎えるという、意外に長い歴史を誇っている。

 そのストーリー連載の開始直後の2010年8月に、それこそ「AKB総選挙」のごとく、PVのセンターをファン投票で選ぶ「総選挙」が企画され、1stシングル『僕らのLIVE 君とのLIFE』が発売されている。

 つまり、連載ストーリーもロクに展開されないうちから早くもそうした動きがあったということは、『ラブライブ!』は「まず人間ドラマありき」ではなく、「まずキャラ萌えありき」から始まった作品なのである。


 以後、2012年末までの2年半の間に、PVを収録したDVD付きCDが続々発売、μ'sを演じる声優たちによるライブステージやWebラジオなどの展開があり、テレビシリーズ第1期がスタートしたのは、そのあとの2013年1月のことである。

 今回の劇場版から遡ればちょうど折り返し地点にあたる時期であり、『ラブライブ!』がドラマ性の高い作品としてファンから認知されることとなったのは、その長い歴史のわずか後半の期間にすぎないのである。

 つまり、これは元々のキャラクターや楽曲・PVの完成度の高さや、声優たちの人気とパフォーマンスに、むしろ物語・ドラマの方があとからついてきたということではあるまいか?



【「ドラマ性」重視にも弊害はある!?】


 穂乃果の音ノ木坂学院廃校阻止という目的と、スクールアイドルをやりたいという意思が、さまざまなキャラを巻きこみながら展開していく第1期の物語は、確かに筆者にとっても魅力的である。

 そこから『ラブライブ!』の世界に入り、第1期に想い入れが強いファンたちの中には、今回の劇場版の、あまりのドラマ性の低さ(爆)に衝撃を受け、世界観を台無しにされたと、憤ったり失望したりしている者が多いようだ。


 実は彼らの意見には半分くらいは共感している。それどころか、「あなたのおっしゃるとおりです!」などと、おもわず同調したくなるような意見も散見される(笑)。


 だが、『ラブライブ!』最大の魅力とは、果たして「ドラマ性」の高さのみに尽きるものなのであろうか?

 それも魅力の中のひとつ、とするのならまだ良いのだが、それを絶対視するあまりに、今回の劇場版や、テレビシリーズ第2期を酷評するというのはいかがなものか?

 これでは特撮ジャンルで言うならば、「昭和」の1960年代・第1期ウルトラマンシリーズのファンが、1970年代・第2期ウルトラマンシリーズを「ドラマがない」――実態はむしろまったく逆であり、どころか第2期ウルトラは「子供番組としては重苦しい人間ドラマをやりすぎた」ことに功と罪があったりして、事態は錯綜しているのだが(爆)――などと批判していたのと同じ現象を、ただひたすら繰り返すだけではないのだろうか?


 この際正直に書いてしまおう。

 あくまで筆者の個人的な、第1期終盤の展開に対する感想である。

 無理がたたってステージで倒れてしまった穂乃果を気遣い、μ'sはラブライブ! の出場を辞退してしまう。

 目標を見失い、傷心した穂乃果は、ことりが海外留学の件を相談しようとしていたことにも気づかない始末。

 あげくに穂乃果は「スクールアイドルを辞める」と主張し、海未に「あなたは最低です!」と平手打ちをくらう。

 ハッキリ言って、こうしたあまりにシリアスにすぎる展開には、個人的にはおもいっきりひいてしまったのである。


 当初の構想では、第1期でμ'sをラブライブ! に出場させる案もあったようだが、京極尚彦監督の「少女たちの成長物語をきちんと描きたい」との意向によって、前述したとおりに変更されたらしい。

 だが、『ラブライブ!』に「刺激」や「興奮」よりも、美少女たちの「キャッキャウフフ」を眺めたり「アイドルソング」を聞いて脳内を蕩(とろ)けさせ「安息」や「癒し」を得る「萌え」要素のみを期待していた筆者にとっては、当初からのドラマ性の高さに関しては「おもわぬ拾いもの」だと喜んだものの、第1期終盤の展開には「アイドルアニメ」としてはいささかやりすぎ、という感が否めなかったのである。



【「リアリズム」よりも「快感原則」に奉仕した「物語」】


 μ'sの物語として、描くべきことはテレビシリーズですべて描き尽くされた、というのは、ラブライバーの共通認識だったハズである。

 だから今回の劇場版に、まともな物語がないのは、最初からあたりまえのことなのである(爆)。


「この9人だからこそ、μ'sとしての意味がある。だから、ひとりでも欠けたら、それはμ'sじゃない!」


という、3年生の卒業に伴っての劇中でのμ'sの強い意志は、やはりファンとしても尊重したい。

 だが、それでもオレたちは、μ'sのステージをまだまだ観たい! と身勝手にも願う全国のラブライバーの声に応えるために、今回の劇場版は企画されたと思えるのだ。

 だから最初から無理がある、破綻しまくりの展開であるのもあたりまえなのである(笑)。


 前半部分の「μ'sニューヨークに行く!」に関しては、それこそアイドルCDの初回限定盤に付属するDVDの映像特典として収録されているような、「アイドル珍道中」ものとして、μ'sのファンなら素直に楽しむべき性質のものであるだろう。

 クライマックスにせよ、絵里・希・にこが、卒業式後のギリギリ3年生でいられる1ヶ月たらずの短い期間に、穂乃果たちが全国を駆け回ってスクールアイドルを数百人も集め、全員分のお揃いの衣装を用意して、全員でレッスンを重ね、秋葉原公道を占拠するなんぞ、リアルに考えたら絶対にできるワケがないのである(爆)。


 それでもμ's本当の(笑)ラストライブを観せてくれたスタッフたちには、感謝こそすれ、文句をつけるなどというのは、筋違いもはなはだしいのではあるまいか?

 これでは「さらば」だの「永遠に」だのと(爆)、毎回「最後」を謳(うた)いながらも新作が製作され続け、そのたびにファンから酷評されまくった、往年の某宇宙戦艦アニメと同様の運命をたどることになりそうで、今から頭が痛い(笑)。



【小さな不満。今までの巧妙なビジネス展開を次作へと繋げ!】


 本作は公開から3週連続で興行ランキング第1位を獲得し、劇場では関連グッズの棚が常にスカスカ状態であった――これはホントに幸か不幸か。売り切れでなかったら、カネもないのにバンバン買いまくるに決まっているから(笑)――。さらに劇中で流れた挿入歌のシングルCD3種全てが、オリコンチャートの上位にランクインするのみならず、有線放送で流れまくったことには、昼メシを食いながらニタニタせずにはいられなかった(笑)。

 これは当然映画自体の出来というよりは、これまでの『ラブライブ!』プロジェクトの巧妙な戦略の成果であり、筆者の趣味人としてのホームベースである特撮ジャンルの作り手たちに向けて言うなら東映円谷プロも見習うべきものであるだろう。

 仮にもファミリー向けの変身ヒーロー映画が、オタ向け深夜アニメ劇場版の足元にもおよばない成績しか稼げないという厳然たる事実は、いい加減に恥じるべき段階にきていると思えてならないものがあるのだ。


 その意味では、今回上映終了後に何ひとつ「特報!」が流れることがなかったのは、強いて言うなら筆者が本作に感じた唯一の不満である

――あとニューヨーク披露した

・『Angelic Angel(エンジェリック・エンジェル)』

が、他のμ'sのPVに比べ、真姫の出番が極端に少なかったのも気にいらなかったが(爆)――。


 『ラブライブ!』の派生作品として、『ラブライブ! サンシャイン!!』なる新企画が既に始動している。公式サイトでもその詳細が発表されているのだから、このブームと熱気を少しでも長く継続させるためにも、露骨だろうと声の大きな少々の信者的ファンの反発を買おうと、『サンシャイン!!』に関するお披露目、観客誘導としての字幕だけでの「告知!」すらも流さないというのは、商売としては上手くないし、長年の『ラブライブ!』プロジェクトの巧妙な商業展開「らしくない」と思えてならないものがあるのだ。


 そして、筆者としては、それとは別に、まだまだμ'sのライブを観せてもらいたい、と願わずにはいられないのである。


 真姫がひそかに用意していた

・『僕たちはひとつの光

――「ほのかな」「にっこにこ」「星空」「海」「小鳥」など、メンバー全員の名前が巧妙に織りこまれた歌詞には素直に感動! 真姫はどうするのかと思ったら、「時をまき戻して」……山田くん、座布団3枚!(爆)――

をμ'sが披露するラストシーン、これは劇中で語られる架空の「アキバドーム」で行われた、「本当の」ラストライブであるだろう。


 だが、これは3年生がまだ所属していた時期に行われたものなのか、それとも第3回ラブライブ! に特別ゲストとして招かれた際の限定再結成だったのかは、いっさい語られることはない。

 そうした部分は、受け手が行間を読むべき性質のものであるのかもしれない。

 それでもファンの数自体が膨大であり、安定した収益も期待できることを考えれば、やはりそれに至る物語を続編として描くべきであり、μ'sファンが再び「愛」を共有できる場を再度提供してほしいと、当面はμ'sファン「卒業」できそうもない筆者は思えてならないのである。


(了)

(初出・オールジャンル同人誌『DEATH−VOLT』VOL.71(15年8月14日発行))



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 TVアニメげんしけん二代目』(13年)評をUP!



げんしけん二代目

(13年・げんしけん二代目製作委員会

(文・久保達也)

(14年10月7日脱稿


 都内の椎応(しいおう)大学にあるサークル・現代視覚文化研究会略称・「げんしけん」で繰り広げられる「日常」=「オタ的青春」まっしぐら! を描く群像劇である。


 「視覚文化」とは言っても、その活動の中心として扱われているのは漫画とコスプレであり、しかも女性部員の大半の者が、BL(ボーイズ・ラブ。青少年同士の恋愛作品)に対する関心が非常に高いこと。

 そして、今年度の新入部員・波戸(はと)くんが、コスプレ以前に「女装」した美少年であること。

 ゆえに正直、文章化するには躊躇してしまうようなセリフや描写も散見される――実際、第11話の予告編では「ピー」を連発するほどだったし(笑)――。


 波戸と同じ新入部員であり、太っていてメガネをかけた、いつも地味な格好の昔ながらの女オタ・矢島。

 第2話では彼女の下宿で、新入女子部員全員(?)が宿泊した折り、女装姿で眠りこけた波戸のスカートを、彼はホントに男性なのか? と矢島がおずおずと赤面しながらこっそりめくろうとしたり!(笑)


 やはり新入部員で、いわゆる歴史マニアの女性こと「歴女(れきじょ)」でもあり――第9話の高校時代の友人と交わす「そもさん!」「せっぱ!」なんていう、いかにも「歴女」らしい禅問答での掛け声は、筆者の世代だとテレビアニメ一休さん』(75年)で知ったものだが(笑)――、やたらと波戸をいじくり回す、コミュ力が高くて屈託のない、小柄でメガネの吉武(よしたけ)。

 第6話では、彼女の下宿のシャワー室で、着替えている波戸を吉武は覗こうとする!

 その吉武を必死で止めようとする矢島! それをおさえつける姉よりも背が高くて男装姿もばっちりハマる吉武の妹!

「デブの筋力なめんな〜!」

とこれを振り払い、吉武に飛びかかる矢島!(笑)


 最終回でも合宿として旅した甲府の温泉で、男湯を覗こうとする吉武! それだけにとどまらず、部長である小柄な荻上の胸を大柄な巨乳娘の大野と比較し、同じ彼氏がいるのにどうして!? などと、吉武は最悪のセクハラをやらかす始末(笑)。


 これらは完全に、立派な「犯罪」行為である(爆)。


 ほとんど変態としか言いようがない(笑)、サークルの空気を読めない長身の問題児の男子部員・朽木(くちき)が、やたらと美少女に見える波戸に抱きついて襲おうとしてはいつも痛い目にあったり、毎回要所要所でアメリカからの留学生である幼女のようなルックスでツインテールの無口な白人オタク女子部員のスーが入れる、実に的確な片言のツッコミが絶妙であるとか、こうしたドタバタを観ているだけでも、個人的にはかなり楽しめたものだ。

 いや、だからこそ、こうした痛い姿をさらけ出すに至るほど、彼らがBLや女装に執拗にこだわってしまう背景にある諸問題に対しては、決して目を背けずにはいられないのである。


 初期の回で矢島が

「ムダな美しさがまわりに迷惑をかける」(笑)

とか、

「人の劣等感あおりやがって!」

などと、やたらとやめさせようとしていたほど、波戸の女装の完成度は実に高いものであった。


 だが、そこはフィクション作品ゆえ、女装しているときの波戸はキレイで耽美的な少女漫画・BL漫画風の絵を描くのに、男でいるときの波戸が描く絵はほとんどシュールレアリズムで、萌えとは程遠い無骨で難解な現代美術風の世界だったりするのである(笑)。


 その理由・原因らしきものも描かれる。

 波戸は高校で所属していた美術部の、BL好きのちょっと颯爽とした姉御肌の先輩女子に憧れ、少しでも彼女の画風に近づきたいという想いを抱いていた。

 だが、ふとしたことで自身のBL好きが校内で広まって迫害されてしまったこと。

 そして、波戸の実の兄がその先輩女子と交際を始めてしまったこと――第10話では結婚が決まったことまでもが語られている!――。


 以来「げんしけん」に所属するまでの間に、波戸が女装するようになった細かな経緯については具体的には描かれてはいない。だが、先輩の技量に近づきたいと思うだけなのであれば、何も女装なんぞしなくても、絵を頑張るだけでよいのである。

 だが、先輩が兄のものとなってしまったことで、彼女を自分のものにはできないという絶望的で残酷な現実が確定してしまったタイミングで、いっそのこと先輩そのものになってしまおう、というフェティッシュな同一化願望が強く働いたのではあるまいか?

 波戸の女装バージョン(笑)は何種類か存在するのだが、その中心となるのは、実は髪型もメイクも憧れていた先輩の姿を踏襲したものであったのだ。

 波戸の行動が女装男子の典型例であるとは思われないし、抑揚あるドラマと感情移入できる人物をつくるためのキャラクラーの肉付けではあるのだろうが、中学までは柔道をやっており、何度も朽木に見事な投げ技をキメた(笑)ほどの波戸が、まさに「変身!」することとなった理由には、まさにそうした錯綜とした想いが感じられるのである。


 高校時代、恋愛に縁がなかったのは波戸ばかりではない。


 現在は部長に昇格し、「げんしけん」OBで漫画編集者となった初代主人公・笹原(ささはら)青年と交際する荻上(おぎうえ)。

――普段は標準語で話すのに、心の声はおもいっきりの東北弁という演出が、地方出身者の筆者としては実にリアルに感じられる。これに対し、漫画研究会の部長は普段からおもいっきりの関西弁だが(笑)――


 BLトーク以外では、歴女トークでひたすら盛り上がっているばかりだった吉武。


 ヤンキー風だったのにイラストは自分よりうまく、自分を

「(へ)たっぴ」

と呼んでいた高校生男子にほのかな想いを寄せていた矢島。

――「それってからかわれていただけじゃないの?」と部員たちにつっこまれた矢島が、クラス替えのあとに廊下で再会した際、彼が自分のことを「矢島」と本名で呼んでくれた、と弁明するさまはちょっと泣ける――


 見事なまでに、みんな「なんもなかった」のである。


 長年、いや、現在でもBLという世界自体は、失礼ながら正直なところ実感としては少々理解するのに苦しむ筆者ではあるが、3次元の世界で「なんもない」人間が、2次元の世界でこうした世界観に逃げこむ、いや、浸ってしまう傾向が強くなるのは必然ではないのだろうか?

 筆者みたいな、やはり「なんもない」(爆)人間がこれを批判できるはずもない。

 どう見てもモテるハズのない男性主人公が、美少女たちに囲まれてハーレム状態となる「非リアル」(笑)なアニメに逃げこむ男性オタクたちの行為と、本質的には何も変わらないはずなのである。

 なので、BL好きのオタ娘が「腐女子(ふじょし。腐っている女子)」と、自らを自虐的にジョークとユーモアも込めて自称するようになったのにもかかわらず、どうしてBL漫画もたしなむごくごく少数の男性オタクという意味での「腐男子」という新語が派生的に誕生する前に、オタク男子の方から積極的に道化(ピエロ)的に振る舞って自らを「腐男子」と自嘲的に自称してみせなかったのかが、今となっては筆者には少々不思議なくらいだが(笑)。



 その意味では、大学に近くて、「げんしけん」に立ち寄ることができるという理由だけで就職先を選ぶような(笑)、やはりメガネをかけ、常に倦怠感が漂う貧相な体つきのカマキリみたいな、まさに筆者をモデルにしたような(爆)OBの斑目(まだらめ)青年こそは立派な「腐男子」であり、筆者的には最も感情移入せずにはいられなかったキャラである。

 生涯オタであることを誓った(汗)ものの、就職して忙しい日々を過ごす中、たとえば3日間の開催日すべてに参加していたコミケに1日しか出られないなど、趣味に没頭してばかりもいられなくなり、悶々とする斑目の姿は、普段はオタらしいことが何もできずにいる社会人オタには共感せずにはいられないであろう。


 さらに加え、斑目には、「げんしけん」時代から片想いをしてきた春日部の存在があった。

 春日部はファッション&スイーツ非オタ一般ピープルの女性であって、「げんしけん」に所属してはいたものの、交際していたイケメンオタクの高坂(こうさか)青年目当てで、彼のオタ趣味をやめさせようと(笑)部室に出入りしていたのが入部のキッカケであり、しかも、現在に至るまでオタ趣味には染まっていない、一般人の娘なのだ。

 そして高坂は、ノーメイクでも美少女キャラになれる(爆)ほどの美少年であり、就職したエロゲー(ム)メーカー(笑)では、彼をゲームのキャラとしてそのまま登場させているほどなのである。

 さらに、ふたりが交際を始めたのは、春日部から高坂に熱烈なアプローチをしたのが発端だったのだ。


 リア充どもであれば、こうした最悪の状況下であっても、高坂から春日部を奪うことを考えるのかもしれない。

 だが、我々のような人種からすれば、そんな「何やったって、勝てやしねえ」戦いに、挑むワケがないのは当たり前であり、そして、「負け犬気分は一生続く」のである(爆)。

 オタクの笹原の妹であるにもかかわらずギャル系であり、八王子キャバ嬢をしている(爆)恵子から

「ちゃんと失恋できてない。いっぺんくらいちゃんとコクってみろ!」

とあおられようが、その後の精神的ダメージを考えれば、ちゃんと失恋する必要なんかない、と考える方が妥当である(笑)。


 かと言って、スーから

「新しい恋を見つけろ」(笑)

と言われようが、そんな気分にもさらさらなれず、春日部への想いをひきずっているしかない斑目の心情は、痛いほど理解できるのだ。


 どうにも手が届くハズのない娘ばかりを好きになる傾向が強かった者からすれば、大事に想うからこそ、自身がこんなふうなのだから、やはり「遠慮」をしておくのが正解かと思えるのだ。

 自身がイケメンだのスポーツ万能であれば手は届いたのかもしれず、そんな高嶺の花を好きになる自分が悪いのであり、斑目のように

「フラれんの前提の告白なんて意味あんのか?」

などと、悶々としていた若いころが実に懐かしく感じられたものである(笑)。


 だが、第11話で班目と同じくOBの春日部が大学の文化祭を訪れたことから、波戸と恵子の気を利かせたセッティングにより、斑目春日部と「げんしけん」部室でふたりきりにされてしまい、意を決するしかない状況に追いこまれる!

 もちろん斑目は「好きだ」だの「つきあってくれ」だのと、フツーの告白をするハズがない(笑)。


 斑目が涙を流しながら叫んだ言葉は、

「あのとき君は鼻毛が出てた!」

である(爆)。


 初めて春日部を意識したあの日……それは文化祭春日部の頭に猫耳をつけようとした、あのときの状況のことだった。

 当然春日部の返事は、

「高坂がいるからつきあえない」

である。


 だが、この場面には、斑目にとってはかなりの「救い」となる演出が、いくつもなされていたのであった。

 「鼻毛が出てた」などと、普通なら「フザけんな!」で終わってしまう(笑)ような、斑目の言葉の裏に秘められた想いをすぐに察し、

「でも、伝わったかな」

と返す春日部の姿は、並みの告白なんぞ期待してもしょうがないと思うほど、斑目のことを十分に理解している証であり、精一杯の気遣い・優しさも感じられるのだ。


 これは

「もし高坂がいなかったら?」

との斑目の問いに対する、

「そんな人生もあったかもね」

の答えにしてもそうであるし、涙を流しながら

「ずっと斑目を苦しめていたのかな」

に至っては……


 「終わった」のは確かである。

 だが、こうした春日部描写が丁寧に積み重ねられているからこそ、恋は成就しなかったものの、斑目

「マジでスッキリした」

「本当に、楽しかったんだ」

なるセリフに、深い感動を与えることとなったのである!


 もっとも、これに至る前に、春日部が部員たちに斑目のことを散々罵倒したり、第12話で、斑目を気遣った部員たちが、高坂が出演するエロゲーのジャケットを再現する形で斑目を囲んで記念写真を撮ろうとしたら、斑目が女子部員のコスプレに文句をつけてみたり、といった描写を見ると、「素直じゃない」点では斑目春日部はまさに「似た者どうし」であり、「そんな人生もあったかもね」という春日部のセリフにも、俄然真実味・説得力が感じられるというものである。

 実際後者の場面では、春日部

「あ〜あ、嫌いだったころの斑目に戻っちゃった」

などと口にしているほどであり、少なくともその後は斑目に対し、春日部は悪感情を抱いてはいなかったことがこれで明白なのである。


 この事件の直後、斑目は勤務先を辞めてしまう!

 波戸は責任を感じ、部室に姿を見せなくなってしまうほどであったのだが、単に失恋ばかりではなく、以前より仕事が少なくなり、早帰りが増えたことで会社の将来に不安を感じたこと、卒業した人間がいつまでも大学のそばにいるのもよくないと考えるようになったことなど、斑目の退職は複合的な要因がからんだものだったのだ。


 リアルが充実していない人間は、常に「人生を変えたい」と考える。それには転職もそうだが、人生をいったん「リセット」し、しばらくして「リブート再起動)」するのが最もてっとり早くて、理にかなっているとも思われる。筆者なんかはまさにその繰り返しである(爆)。

 そのための良い口実になるとでも考えたのか、斑目は波戸と恵子の計略にワザとはまって、告白して退職までして部室から遠ざかるために自爆したとする見方も可能なのである。

 晴れて無職となり、昼間から秋葉原を散策できる自由選択した斑目の姿は、筆者には必ずしも誤っているとは思えないものがある。

 なぜなら、人生には個人が努力したらなんとかなるものもあるにはあるが、それ以上に個人の努力だけではどうにもできないものの方が圧倒的に多いと考えるからである。

 持って生まれた気質や性格、体質や体格、才能や体力の有無、能力の上限。

 最初はコミュ力がなくても人が近寄って来てナンパされたり話し掛けられることでコミュニケーションが自然に始まり経験値や自信を積められる人間もいれば、その逆に理不尽にも無視されたり遠ざけられたり蔑まれることでコミュニケーションの経験値を積みにくくなるどころか自信を奪われてしまう人間もいる。個人の努力を超えたところで、スタート地点までもが異なってしまう美醜などのルックスの格差!

 加えて、相手意向や趣味嗜好に思想信条や好悪などもからんできて、それがどこまでも自分個人のそれとは異なっていれば、想いや努力は報われないどころか、それが相手にとってはストーカー的な迷惑ともなりうることがある。要は双方のニーズの「相性」の問題である。


 「恋愛」なんぞはその最たるものだが、我々のような「コミュニケーション不全者」からすれば、「就職」もその代表格である。

 第12話では、コスプレ大好き娘の大野が4年生の11月になっても内定がないにもかかわらず、いまだにコスプレしか頭にないことを部員たちがたしなめる場面がある。

 だが、大野はどうせ「就活」しても内定なんかもらえないのだから、コスプレしてるしかないのだと、あきらめと開き直り半々の様子で答える。


 これを現実逃避だと非難するのはたやすい。

 だが、この国の大半の企業が、「コミュ不全者」の入社を、あからさまに「拒絶」しているのは、厳然たる事実なのである(汗)。


 私事で恐縮だが、大学卒業を直前に控えながらも、まだ内定のない学生たちを、企業の人事担当者と見合いさせる「就活」イベントに仕事で関わったことがある。

 約100人前後の学生が集まったのだが、彼らは男子も女子も、オタクであり「コミュ不全者」でもある筆者の目で見てさえも、明らかにそれとわかってしまう者が大半であった。

 だが、受付カードを見ると、結構著名な大学出身であったり、資格を数多く持っているような、優秀かと思える者もいたのである。そして、女子の一部には、ルックス的にも平均以上に見える者も存在したのである。

 しかしながら、そうした若者たちが、「コミュニケーション不全」という理由だけで、大手企業ではふるいにかけられることもなく、まさに門前払いされてしまっているという厳しい現実を、いやと言うほど見せつけられたのである!


 これでは帰国子女であり、英会話の能力を誇る大野さえもが、「就活」なんか努力するだけムダだと考えるのも、「わかっちゃいるけどやめられねえ」とばかりに、コスプレにのめりこむのも必然である。


 我々のような者が「就活」で努力できることがあるとしたら、よほど「いい人」ばかりが揃っている会社を動物的なカンで見つけるか、「コミュ不全」であることがバレないよう、面接でせいぜい演技をするかくらいしかないのである! イヤだろうとも欺瞞だろうとも苦手だろうとも我慢してみんな気を張って演技して面接で頑張るのだ!(涙)――幸いにして欧米とは異なり今のところは日本ではなかなか正社員をクビにはできないのだから、入ってしまえばこっちのもの。食べていくためだと開き直って入社してからムリのない自分ができるペースの範囲でコミュ力を少しずつ身に付けていけば良いだけだ。つーか、「コミュ不全者」である正体なんて、ヘタすりゃ入社して数日でバレるのだけれど(爆)――

 パパのコネで銀行への就職が決まっている朽木のことが、うらやましい限りである(笑)。


 こうした局面でさえも、たとえば平成ウルトラマンシリーズやあまたの子供向けヒーローものに少年漫画などであれば大野に対し、「就活」を

「あきらめるな!」(爆)

などと説教することであろう。

 だが、本作ではそんな「浅い」展開にはならない。


 コスプレ好きが縁で大野と交際し、彼女の衣装の製作や写真撮影をしている「げんしけん」OBの田中は、大野の深い悩みを解決しようと、

「君のために磨いた技術を仕事にする!」

と宣言し、吉武たちは

「これってプロポーズ?」

と大騒ぎする――つーか、オタとしてはかっこよすぎやろコレ! 斑目とはエラい違いだ(爆)――。


 田中がコスプレ趣味で将来食っていけるのかどうかは、現時点ではまったくアテにならない話であり、これでは単なる気休めではないかという見方もあろう――実際それは本編でも語られている――。

 しかしながら、大野も「就活」などというムダ(?)な努力をするくらいであれば、サッサと田中と結婚して食わせてもらう、もしくは共同で趣味を活かして起業するという選択の方も、それなりに現実的ではないだろうか?


 これは気休めではなく、「希望」なのである。

 たとえ田中がコスプレで食っていけなかったとしても、好きで一緒になった大野のためなら、別の仕事でも情熱を持って努力していくことができるだろう。

 いや、笹原が編集者、高坂がエロゲーメーカーと、趣味を究めることで、現在の仕事につながっている実例も本作では描かれているのだ。田中や大野がコスプレを究めることで、そうした道が開ける可能性だって、十分に考えられるのである。


 その意味では、大野のコスプレを収録したCD−ROMを自ら手売りするという吉武の案も、「就活」なんかに比べりゃはるかに現実的かもしれない。

 もっとも撮影の過程で吉武が大野に一升瓶を飲ませたことで、ベロンベロンになった大野が田中の前で激エロポーズを繰り広げるさまには、やはり心配になってしまったが(爆)。


 女装、BL、コスプレという世界に陶酔する者たちの内面・深層心理に迫りつつも、陰鬱に描くのではなく、そうしたギャグに転化・昇華させてしまう手法は、まさに近年の平成ライダー作品をも彷彿とさせるものがある。

 いや、登場人物たちの人間関係の密度や互いに対する執着の度合いが、回を重ねるごとに変遷を遂げていき、それが作品のパワーや作品を駆動する原動力・エンジンと化している点では、それこそ往年の『仮面ライダー555(ファイズ)』(03年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20031102/p1)の男女の六角・七角関係(笑)や、『仮面ライダーフォーゼ』(11年)の卒業式や修学旅行の回――高校生主人公・弦太朗を女子高生・優希奈の魔手(?)から守る2号ライダー・仮面ライダーメテオの流星くんとか、完全にBLだろ!(爆)――と共通するところのある群像劇として完成されているかと思える。


 今回の一応の主人公格である波戸もまた、文化祭で部長の荻上との共作漫画を完成させることにより、今後はBL以外の普通の漫画も描いていこうと考えるようになる。

 そして、斑目の一件で心を痛めた波戸は、最終回で描かれた合宿に、男子の姿で現れた。

 「げんしけん」入部以降のことを振り返り、

「みんな変わっていくし、変わらなきゃいけないし」

と、女装するのをやめる覚悟を決めたかに見えた波戸に、斑目はやさしくこう語る。


斑目「君は立派なオタク。それは未来永劫変わらない」


 そして、宴会で女装に着替え直した波戸の姿に、あれほど嫌がっていたハズの矢島が、

「こっちの方がしっくりとくる」

と、素直に喜ぶさまが、なんとも胸を熱くさせるものがある!


 こうしたマイノリティが存在を受け入れられたり、互いの下宿を行き来したり、みんなでコミケに出かけたり、文化祭でOB含めて全員集合したり……といったコミュニティが描かれているのは、あまりに理想郷ではある。


 しかしながら、そうした体験を積み重ねることにより、「コミュニケーション不全者」であるオタであっても、世間一般でも応用できるような「コミュニケーション能力」も少しは身についていくのではないのか? と、本作を観て思えたものであった――実際、春日部や恵子などの一般人も部室に出入りしていたのだからなおさらである――。


 我々が努力せねばならないことがあるとしたら、それは、3次元であれ2次元であれネット上のコミュニティであれ掲示板であれ、暫定的でも多少の人間関係齟齬はあっても「げんしけん」のような居場所や帰属意識の持てる場所を見つけたり、あるいは3次元やネット上に友人を見つけたり作ったりすることが困難で孤独・(ひとり)ボッチであったとしても、深夜アニメオタク系映画鑑賞やオタク系イベント参加などの趣味で、その場凌ぎではあってもそのときだけは高揚やホッと息の付けるような楽しみを見つけ出し、多少の安心や安息や慰めを得て、厳しい現実や人間関係でヘコんでしまった精神を癒したり、心のバランスを回復する術を見つけることではないのだろうか?

 筆者が若かったころはそのようなことが非常に困難であり、またそのようなノウハウも電子ツールもなかったが、現在であれば現実世界にも「コミュ不全者」のオタの若者たちの居場所や慰謝となれるような一応の理想郷や娯楽が、少なからず存在するかと思えるのである。


(了)

(初出・オールジャンル同人誌『DEATH−VOLT』VOL.68(14年10月26日発行))


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