小覇王の徒然はてな別館 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2016-07-28

剣と魔法と諸言語と ウォークラフト

| 23:04 | 剣と魔法と諸言語と ウォークラフトを含むブックマーク

 皆さん「ポケモンGO」遊んでますか?僕もすっかりハマってスマホ片手に外を彷徨いてますが、このゲーム自分の部屋にいるときはまったく遊べない代物なので(周囲の環境によるけれど自分の場合はまったくポケモンが出現せず)、ある意味外にいる時だけ遊ぶゲームと割り切って付き合えるのは良いと思います。ちなみにポケモンはその昔学生時代にレンタルビデオ店でバイトしていた時にアニメの「ポケットモンスター」で画面の光の点滅の激しさで視聴者が体調不良を訴える、という事件の余波で店にあるポケモンのビデオを全部メーカーに一旦返却する作業に従事して、それで興味を持ってアニメを見たら結構ハマって初期の方は見てました。ゲームの方は10年ぐらい前に最初の緑をプレイしたけど途中でやめちゃったなあ。まあこういうそれまでポケモンに特に興味がなかった人にまでやってみようと思わせただけでも凄いゲームだとは思います。

 本来モンスターである敵を集めるゲームというと自分の場合「女神転生」シリーズの仲魔なので是非メガテンバージョンも出してほしいなあと思ったり。ARの都会に潜むって設定だとポケモンより悪魔のほうが合ってる気もするんですよね。

 で、こんなゲームの話から始めたのは、今回の映画がゲームの映画化作品だから。ダンカン・ジョーンズ監督作品「ウォークラフト」を鑑賞。

f:id:susahadeth52623:20160728223410j:image

物語

 オークの世界は滅びかけており、オークたちは人間やエルフたちの住む世界アゼロスへと異次元の扉「ポータル」を使って進出をはじめていた。オークたちは魔導師グルダンに率いられアゼロスを襲撃するが、ある部族の長デュロタンはそんなグルダンの姿勢に疑問を抱く。

 一方人間たちも手をこまねいていたわけではなく、王の義理の兄で一番の戦士でもあるローサーは守護者であるメディブ、落ちこぼれ魔法使いであるカドガーとともに対策を練る。オークとの戦闘で人間とオークのハーフであるガローナを捕虜としたことで両軍に対話の道が開かれたかに見えたが…

 原作はパソコンのゲームでもう20年ぐらいの歴史はあるそうだが、僕は全くの未経験。ただ、映画を見終わった後で軽く調べたところによると大体のファンタジーゲームでは敵となることが多いオークをプレイヤーキャラとして選べることが珍しく、それも「ウォザードリー検廚澆燭い陛┐領場でというよりはそれぞれに戦うべき大義がある、みたいな設定らしい。オークのデザインもブタを思わせる「指輪物語ロード・オブ・ザ・リング)」系ではなくどちらかと言えばオーガと言ったほうがいいようなデザイン。世界設定や登場人物、物語なんかもかなりゲームの要素は生かされているみたい。

 監督のダンカン・ジョーンズは今年亡くなったデヴィッド・ボウイの息子で「月に囚われた男」「ミッション:8ミニッツ」に続く三作目。1,2作目がどちらかと言えば限られたシチュエーションで展開する作品だったのに比べるとかなり趣も異なり作品規模も大きくなった。元々映画化の企画自体はかなり前から進んでいてダンカン・ジョーンズは後から参加した形らしいが、元々の脚本ではオークがタンなり倒すべき敵でしかなかったのを、もう一人の主役として共感できるように描いたのはジョーンズの功績だそうだ。

f:id:susahadeth52623:20160728223402j:image

 主人公はオーク側のデュロタン、人間側のローサーとなる。オークのデザインは一般のオークと言って思い浮かべるデザインよりももっと大柄に筋肉質に描かれており、基本的にはCGだろう。様々な部族に分かれており、おそらくモデルとしてはインディアンネイティブ・アメリカンだと思う。肌の色が二種類に分かれるが緑の肌のオークは元々そういう種族なのか、劇中で出てくる闇の魔力によってそういう色になったのかちょっと分からない感じ。主人公デュロタンはそんなオークの中でも(アゼロスの人間が見て)かなり優しそうなイメージでデザインされていて、他のオーク(特に緑色の)と一線を画す。「スコーピオン・キング」の時のロック様をベースに筋肉や牙などを盛っていた感じか。ひと目で悪いやつじゃないな、と分かるデザインではあるのだが、もっと他のオーク同様外見は人間が醜悪に見える感じに、でもその中身は人間とも分かり合える、とかでも良かったのではないのか、という気もしないでもない。ホード(オークの軍団)の指導者グルダンはフードを被り魔導師みたいなのに、最後は肉弾バトルだったりするのは結構好き。てかハルクとかドゥームズデイみたいな感じすらする。

 人間側は戦士ローサーを主人公とするが、オーク側に比べるとあんまり個性は強くない。ローサーの妹で王妃であるタリアをルース・ネッガが演じていて、この人はTVドラマ「エージェント・オブ・シールド」なんかに出てますね。エチオピア系のアイルランド人ということで兄であるローサー役のトラヴィス・フィメルとは明らかに人種違うじゃん!とか思ったりもするのだが、あんまりそのへんは気にならずドミニク・クーパー(この人もあんまり人種を問わずいろいろ演じる人だ)の国王と並んで個性的な夫婦。ドミニク・クーパーはまた王様を演じているが今回は良い人。

 ベン・フォスターのメディヴやベン・シュネッツアーのカドガーがもう少し魅力的だと良かったのだが、ちょっとキャラは弱かったかな。

f:id:susahadeth52623:20160728223359j:image

 面白かったのは劇中での言語表現。もちろん使用されているのは英語なのだが、例えば「指輪物語ロード・オブ・ザ・リング)」はそもそも英語による神話創造がトールキンの執筆目的でもあったりするので使われているのが英語であるのは当然なのだが、他のファンタジーではそうは行かない。中世ヨーロッパをモデルとしていてもそれぞれ言葉は異なるはず。

 本作ではオーク同士や、アゼロスの者同士で会話する場合は英語が使われるが、オークと人間が会話をする場合は通訳を介し、それぞれ別の言語を使う。つまり「本来はそれぞれ異なる言語を使っているけれど、それでは色々面倒だし物語進行に支障をきたすから、便宜上英語で喋ってもらってますよ」という体裁なのだ。人間が英語を使い、それを通訳がオークの言葉に治すシーンが多いけれど、人間の捕虜になったオークが通訳となるガローナと英語で会話をして、その背景でローサーが何やら違う言語で喋っているシーンも有るので決して人間も英語を使っているわけではない。あくまで物語の進行上、主となる視点のものに便宜上英語で喋らせているだけなのだ。言ってみればこれは英語吹替版みたいなものと言える。オークの部族名も英語のままだが、これも本来はオークの言葉を英語訳したものという感じだろう。

D

 セットや世界観はやはりゲームが下地にあるな、という感じはして、「ロード・オブ・ザ・リング」の重厚さにはちょっと及ばない(もちろん「LOTR」以降のファンタジー作品として影響は受けているだろう)。ただ、独自の描写も多く、予告編だけ観た時の印象からは異なり面白かった。

 ただこの作品続編製作が前提にあるのか、物語としてはかなり中途半端に終わる。敵の首領であるグルダンすら倒れることはなく退却する終わり方はちょっとカタルシスに欠ける。あからさまに続編への含みを残す要素も多い。こういうシリーズ化前提の作品作りは最近の傾向ではあるのだが、この作品の場合米国内ではあんまり興行成績も評価も良くなかったそうなので続編が制作されるかも分からず(ただ中国ではヒットしたそう)、もし続編が作られなければ宙ぶらりん出終わってしまう事になるなあ。

 映画はデュロタンの息子である赤ん坊が人間に拾われるところで終わる。この描写旧約聖書モーゼを連想させるが、彼がオークと人間の架け橋になるのか、あるいは人間を知ってなお人間を敵とする存在になるのか(彼は最初にアゼロスで生まれたオークであり、その際にグルダンの魔力を受けている)それも続編次第である。

関連記事

監督の前作。

ウォークラフト3 コンプリート 日本語版

ウォークラフト3 コンプリート 日本語版

原作となったゲーム(3って言うから3作目?)

ラヴクラフト全集 (1) (創元推理文庫 (523‐1))

ラヴクラフト全集 (1) (創元推理文庫 (523‐1))

戦争より愛を!というわけで「ラブクラフト全集」。

戦争より平和を!というわけでミリアルド&リリーナ・ピースクラフトさんが登場する「新機動戦記ガンダムW」。

2016-07-10

スーパーヒーローの肥溜め(褒めてる) デッドプール

| 19:58 | スーパーヒーローの肥溜め(褒めてる) デッドプールを含むブックマーク

YO It's me It's me It's D・D・P

オレだよ、オレDDPだ!

 というわけで、我らがクソ無責任ヒーローDDPことダイアモンド・ダラス・ペイジ……じゃなかったデッドプールの登場だ!最初の映画登場から7年。そのキャラクター同様死んでも生きかえるゾンビのような、否、不死身のヒーロー映画がついに登場(と言いつつすでに公開はほぼ終わっているいつものパターンなのはご了承ください)。アメコミヒーローを肥溜めにぶち込んで熟成させたような(褒め言葉)アンチ・ヒーロー大活躍「デッドプール」を鑑賞。

f:id:susahadeth52623:20160705203656j:image

物語

 かつてウェイド・ウィルソンは特殊部隊にいた。そして改造され口を縫われ真っ二つにされた…が生きていた。でもとりあえずそのことは忘れてくれ。それとは特に関係なしに、ウィド・ウィルソンは赤いコスチュームに赤いマスクを被りデッドプールを名乗って過激な復讐稼業に精を出していた。特殊部隊で活躍したウィド・ウィルソンは2年前、最愛の女性ヴァネッサと出会い激しく愛しあった。婚約もした幸せ絶頂のウェイドに襲いかかったのが全身ガンに侵されているという宣告。落ち込むウィエドに目をつけたのがソフビ人形のような顔をした胡散臭い男で彼によるとある人体実験に参加すれば末期ガンも完治するという。ヴァネッサに黙ってその実験に参加することを決めたウェイド。しかしそこは粗悪な実験施設で実は人為的なミュータントを作り出すためのものだった。まるで拷問のような実験を経て不死身の肉体を手に入れるウェイド。しかし彼の顔は醜いハンバーガーヘッドとなってしまった。施設の責任者であるクソ野郎エイジャックスは彼をいたぶり続け、ウィエドはついに反旗を翻す。脱出したウェイドはマスクを被り自らをデッドプールと名乗りエイジャックスへの復讐ときちんとした顔を取り返すためちまちまとエイジャックス周りの人間を血祭りにあげるのだった。時々ヴァネッサのストーカーもしながら…

 一応、20世紀FOXの「X-MENユニバース」に所属する一本。本作にもコロッサスと新人のX-MENが登場します。ただ劇中でデッドプール本人も言っている通り(プロフェッサーXはパトリック・スチュアートジェームズ・マカヴォイ?)、どの時間軸で?と言うのは明言されておらず、その辺はあんまり気にしない方が楽しめます(元々矛盾上等のシリーズだ)。コロッサスのキャラもこれまでの映画とは結構違うしな。

 またデッドプール自体もこれが映画初登場ではなく、スピンオフの「ウルヴァリン:X-MEN ZERO」のラスボスとして登場済み。あの作品は時系列的には2000年の第1作「X-メン」の直前につながる前日譚。ただ「X-MEN フューチャー&パスト」で70年代を基点に時系列が分岐したため、今回の新作はあえて言うならその分岐した時間軸の先にある現代が舞台といったところか。待機作の「X-MEN:アポカリプス」から本作につながるのかは不明。劇中で「X-MEN ZERO」で出てきたハゲ、口縫い、手からアダマンチウムの爪のデッドプールフィギュアをウィエド・ウィルソンが持っていたりする(つまり自分のフィギュアを自分で持っている)ので単にパラレルワールドと思ってもらってもいいかも。

 まあそんなことはあんまり関係なく、とりあえず何の説明もなくコロッサスなどミュータントが出てくる世界だと思っていればよいのです。

f:id:susahadeth52623:20160705203655j:image

 主演のライアン・レイノルズはこの映画がもう5本目ぐらいのアメコミ映画で主人公としては3本目、にしてようやく当たり役になった、というところだろうか。ご存知のように「ZERO」でもデッドプールを演じ、その後「グリーンランタン」でタイトルロールを。「ZERO」のデッドプールは全然喋らず、せっかくライアン・レイノルズを起用した意味が無い!と思ったりしたのだが、本作はやっとそのライアン・レイノルズの持ち味も活かした作品に。ライアン・レイノルズ本人が製作に関わり作り上げた。映画でも冒頭にあるハイウェイの上から車に飛び移って中の人間を軽口叩きながら殺すアクションシーンはCGで作られたのが、先に動画サイトなどで公開され、それが評判が良かったので正式に製作された模様。このシーンもきちんと実写として作りなおされている。

 さて、そもそもデッドプールとはなんぞや?日本でもこの映画やアニメ「ディスク・ウォーズ・アベンジャーズ」などでおなじみとなったが、デビューは割合最近で変態仮面より約一年早い1991年(それでももう25年以上)。デザイン(DCのデスストロークのアレンジ)から性格(喋りながら戦う傭兵)まで一発屋前提の予定だったためかかなり適当な存在だったがその適当さが逆に受けて今や大人気のアンチ・ヒーローである。ウルヴァリン同様カナダの超人兵士製造計画で不死身の肉体を与えられるもそのガン細胞も元気に増殖して彼の顔を醜くしている。不死身度も刺されたり折られたりしても直ぐ治るし、腕ぐらいならちぎれてもまた生えてくる。

 彼の一番の特徴は第4の壁を超えること。いわゆる劇中の登場人物に対してだけでなく観客にも語り語りかけてくることだ。ただ、これ自体はそんなに珍しいことではなく、映画の冒頭で主人公(またはそれに準じる人物)がナレーションとして観客に語りかけるとかはよくあること(映画「スパイダーマン」がそうだ)。彼の場合はそれをはるかに超えて、きちんと自分がコミックスの登場人物であることを認識し、なんなら漫画の制作者(マーベルの編集者など)に直談判してみせたりする。日本の漫画でもギャグ漫画なら珍しくはないが、これが他のシリアスなマーベルユニバースも含んだ上で行われる。デッドプールが読者に何か言っているのを他のキャラクターが気付いて、でもデッドプールがひとりごと言ってる、と思ったりする。

 この映画でも先の映画「X-MEN」シリーズの時系列についてだとか、X-MENがコロッサスと新人のネガソニック・ティーンエイジ・ウォーヘッド(クソかっけえ名前。以後ネガソニ子)しか出てこないのは予算のせいか、とか言ってみたりする。ただ、その方面ではちょっとまだ真面目すぎるというか、映画の常識の範囲内。続編ではもっとはっちゃけてくれるとうれしいな。

 常識の範囲内といえば、構成をいじくってなんとか飽きさせないように工夫してはあるものの、やはりいわゆるオリジン部分がちょっとたるい。モリーナ・バッカリン演じるヴァネッサはスーパーヒロインでないアメコミ映画のキャラクターとしては多分これまででも最も魅力的なキャラの一人だし、素顔のライアン・レイノルズも格好いいのだが、どうにもたるいな、という印象になってしまう。逆にそこを乗り越えてマスクをかぶった、あるいは醜くなったデッドプールになると一気にテンポが良くなるのでちょっとの我慢だ。

f:id:susahadeth52623:20160208150337j:image

 他の登場キャラクターはX-MENからコロッサス。この映画では唯一のCGキャラクターでモーション・キャプチャーとかでもないみたい。よって変身前の姿は登場せず、常に(シリアル食べるときでも)あの鋼の体。今までの映画シリーズではまだ生徒としての扱いが多かったのでそんなに頼れる兄キ感は感じなかったが、本作では徹頭徹尾マッチョで、でも生真面目で頑固な兄貴ぶりを発揮しています。CGだけど。

 本作はメインヒロインのヴァネッサはじめ魅力的なヒロインが勢揃い。ネガソニ子はブリアナ・ヒルデブランドという丸坊主にゴスメイクの人が演じていて、そのパンキッシュな悪ガキ態度が素敵。キャラクターはこの映画で初めて聞いたのだけど最近のデビューなのかしら?敵にもエンジェル・ダスト*1というパワー自慢の女ミュータントが登場。演じるジーナ・カラーノは「エージェント・マロリー」の主人公ですね。他にもデッドプールの同居人である盲目の黒人老婆ブラインド・アルとかも印象強烈。全体的に女性が強い映画、というか敵ボス、フランシス(エイジャックス)は確かにパワーこそ強力だけど目立たないし、デッドプールの仲間であるウィーゼル(イタチ)ものらりくらりするとした性格、そしてデッドプール自体が(デッドプールになってからは)案外女々しい性格なので、この映画総じて男性キャラが女々しく、女性キャラが雄々しい映画だったりします。繰り返すが男らしさの塊のようなコロッサス兄貴はCG。

D

 R指定になっただけあって、この手の映画ではまったく容赦しない人体破壊描写もあるし、セリフもかなりお下劣。だけど不快な感じはまったくしないです。続編では是非この方向性のまま、更に(先程述べた第4の壁を超える描写などで)ハチャメチャなものにして欲しい。

 アメコミ映画お約束のエンドロール後のお楽しみではデッドプール自ら続編について語ってくれるよ!次はケーブル(サイクロップスとジーン・グレイのクローンの間に出来た子供で未来で育ったため親よりもおっさんな人)が出るらしいがあんまり過剰な期待すんなよ!

That's not bad thing,That's a good thing!

悪いことじゃない、それはいいことさ!

f:id:susahadeth52623:20160710173243p:image

D

セルフ・ハイ・ハイブ!

f:id:susahadeth52623:20160710173242j:image

特に関係ないんだけど、デッドプールとDDP(ダイアモンド・ダラス・ペイジ)ってなんとなく似てるなあ、と思ったのでつい……

Superstar Series: Diamond Dallas Page [VHS] [Import]

Superstar Series: Diamond Dallas Page [VHS] [Import]

関連記事

ウルヴァリン:X-MEN ZERO - 小覇王の徒然なるままにぶれぶれ!!!

無口なオレちゃんがラスボスで出てくる(一応の)前作?(旧ブログです)

*1:日本語だと単にエンジェルになっててX-MENではエンジェルという名のミュータントが多数登場するので紛らわしい

2016-07-01

悲しき対決 貞子vs伽椰子

| 12:20 | 悲しき対決 貞子vs伽椰子を含むブックマーク

 6月中にまた更新するという公約を見事に守れなかったのですが、現在プレイ中の「ドラゴンクエスト6」が程よく行き詰まったのでブログに精を出します。「ドラクエ6」はこれが初プレイなので知らなかったけど「ドラゴンクエストモンスターズ テリーのワンダーランド」は「ドラクエ6」の前日譚(外伝)だったのね!昔ゲームボーイカラー版に熱中してたよ!

 さて、今回は和製ホラー映画の金字塔「リング」の貞子と「呪怨」の伽椰子が戦うというクロスオーバーホラー「貞子vs伽椰子」を鑑賞。他の作品をさておいてこちらの感想を書くというのはそうです、あんまり楽しめませんでした。負の感情が大きい時のほうがスムーズに書けるのは悲しいところ。とはいえ世間的にはそれなりに評判もよいのであくまで僕の意見ということで何かの参考になれば。

f:id:susahadeth52623:20160628154103j:image

物語

 女子大生ユリは友達の夏美から両親の結婚式のビデオをDVDに焼いてほしいと頼まれる。そのためにリサイクルショップを訪れた二人は一番安いVHSデッキを購入。そのデッキの中にはすでにテープが挿入されていて、夏美はそこに映されていた映像を見てしまう。直後にかかってくる謎の電話。これは都市伝説の「呪いのビデオ」に違いない!このままでは夏美の命はあと2日。二人は都市伝説を大学で研究している森繁に相談、森繁もそのビデオを見てこれは本物と判断森繁の知り合いの霊能力者に診てもらうことに。

 一方同じ頃新居に越してきた女子高生鈴花は向かいの今は立入禁止となっている一軒家が気になっていた。小学生が行方不明になっていたが鈴花はこの家の前でその小学生たちを目撃していたのだ。この家が関係していると思った鈴花は家に足を踏み入れてしまう。

 夏美霊能力者に見てもらうがその呪いの力は強く霊能力者たちを殺してしまう。ユリは夏美から呪いを引き継ぐべく同じく呪いのビデオを見る。そこに現れたのが別の霊能力者常盤経蔵。彼は呪いのビデオの呪いの主、貞子と忌まわしき一軒家の呪いの主、伽椰子の2つの呪いを同時にその一身に宿らせることで呪いの対消滅という驚くべ戦法を立てる。ユリと鈴花が経蔵の手引のもと出会うことに。

「化け物には化け物をぶつけんだよ!」

 現代日本を代表する怪談キャラクター。今は少し落ち着いたが一時は世界的にブームにもなったJホラーの立役者となった2シリーズが共演。それこそ「東海道四谷怪談」のお岩さんぐらいまでは容易に遡れる*1黒髪に白い服の伝統的な日本幽霊を引き継ぎつつ、きちんと現代の要素を足しているところがこの2つのシリーズの特色でもあるだろう。

 僕は両シリーズとも一応それなりには見ていて、「リング」は最初の映画版と続編の「らせん」「リング2」、ハリウッド版のリメイクである「ザ・リング」と「ザ・リング2」はチェック済み。ほとんど記憶には」ないけれどオリジナルビデオやTVドラマ「リング」も少し見ていたと思う。鈴木光司の原作は読んでいない*2。ただクライマックスでTVから出てくる貞子、という表現は映画オリジナルだそうで「リング」が世界的に評判となったのはこの映画版あればこそだと思う。現にハリウッド版も鈴木光司の原作を改めて映画化、ではなくあくまで映画「リング」のハリウッドリメイクである。

呪怨」の方は最初のオリジナルビデオ2作、映画版2作、そしてハリウッドリメイク作2本は鑑賞済み。特にこちらの方は大石圭ノベライズも読んでいたりしてかなりハマった覚えがある。僕はどちらかと言えば「呪怨」の方が好きである。

 両シリーズとも、最近の作品はチェックしてはいないが初期作はだいたい見ているという感じだろうか。原作小説そのものよりも映像化によって世界にその存在が認識されていくさまは「ドラキュラ」や「フランケンシュタイン」と同様であり、その辺でもまさに現代を代表するホラーキャラクターと言えるだろう。

 監督は白石晃士これまでは主にフェイクドキュメンタリーの形式でホラー映画を撮ってきた人だ。僕はこの人の作品はこれが初となるが、なかなか熱狂的なファンがいる印象で、監督自身の露出も多いみたい。本作では自分から名乗りを上げて監督をし(元々は2015年エイプリルフール企画だったそうな)脚本も手がけている。だからまあ、本作への批判はほぼ白石監督に向けて良いだろう。

 こんな書き方をしたとおり、僕は今回の「貞子vs伽椰子」全然ノレなかった。物語の流れはともかく登場人物の造形と会話が薄っぺらすぎ、互いの設定も元々の設定をきちんと活かしているというよりはこの作品のために安易な方安易な方に改変しているように思えた。もちろん僕はこの両シリーズを全てチェクしているわけではなく、そもそもこの作品はおそらくパラレルワールド的な扱いになるのだろうし、独自の解釈があっても良いのだが、なんだか釈然としない。例えば分かりやすいところでは呪いのビデオを見て死ぬまでの日数が七日間から二日間に短縮。またその呪いのビデオ自体が最初の「リング」の時に作られた映像に比べるとかなりお粗末になってないか(廃墟と思われる建物の部屋が映って中央の扉から貞子らしい人物が姿を表すというだけ)?あと髪の毛を触手のように使うのはどちらかと言えば伽椰子の領分ではなかったかな?

 伽椰子の方は伽椰子の方で俊雄くんがアグレッシブすぎる。俊雄くんはあくまであの家の水先案内人とでもいう役割で俊雄くん自ら手を下す役割ではなかった気がする。それがこの作品ではかなり直接的に俊雄くんが手を下す。

 後は両者の違いって言うことでいうとやはり伽椰子は貞子と違って藤貴子という女優に負うところが大きいのではないかと思う。フレディがロバート・イングランドでなきゃ魅力が半減するように。

f:id:susahadeth52623:20160628154102j:image

 登場人物の会話が薄っぺらいと書いたがそれは主役が一定しないところもあるだろう。山本美月のユリと玉城ティナの鈴花は良かったと思うのだが、それ以外のキャラクターがきつい(常磐経蔵はまた別)。例えば甲本雅裕が演じる森繁都市伝説としての「呪いのビデオ」に熱中し、探偵役となって物語を主導するのかとおもいきやあっけなく死ぬ(貞子の呪いを受けたものは勝手に死ぬことも許されない、とか言っていた割に彼はあっさり一日目で死んでしまう。この辺りも設定が一貫してなくてイラッとするところ)。

 玉城ティナはお人形さん的な美しさははあったけれど、こういうホラーで被害に合う側としてはちょっとその美しさが逆に邪魔になっていたかな、という感じ。それでもそんなに台詞も多くなくそこにいるだけで魅力的な感じではある。 山本美月は想像した以上によく今風でありながら芯の強い女子大生をうまく演じていたと思う。後半のアクの強い常磐経蔵と対等に立ち向かえていた。

f:id:susahadeth52623:20160628154101j:image

 この作品で一番むかつくのは霊能力者法柳だ。堂免一るこ、という人が演じるこの役はかなり不快。口調が完全に命令口調。これが知りあいである森繁に対してだけなら別にいいのだが、初対面で客でもあるユリや夏美に対しても命令口調なのでこの上なく不快。いざ、除霊の時になったら口調が変わるとかならまだいいのだが、画一的に同じ口調でさっさと死なねーかな、と思うこと間違いない(案の定死ぬ)。この霊能力者は高天原が云々と神道ぽいことを口に出したと思ったら次は真言タントラを唱える節操のなさで普通に人格がやばいだけでなく霊能力者としても無能なんじゃねえの?と思ってしまう。ホラー映画では大体観客に不快感を味あわせた人物は無残な死に方をして観客の溜飲を下げさせるのが定番だが、その意味では正しい最後を迎える。がどうも普通に格好いいキャラとして創造されたような気もするんだよな……全体的に悪い意味での漫画っぽい単純な人物造形が多く、そのせいで作品そのものが薄っぺらくなっています。

 中盤から物語を主導し、解決に導くのが安藤政信演じる常磐経蔵なのだが、これはやはり漫画的な造形の人物ながらそれがうまい方向へ作用しているキャラクター。盲目で少女の相棒珠緒を連れた無頼の霊能力者。探偵役でヒーローの役柄だが、彼はかなり唐突に登場する。一応法柳の手に負えないから彼にも連絡しておいた」、という体で登場するが、それまでに彼の説明がない。実質主役なのに登場が遅いということもあるがそのまるで誰もが知っているキャラクターかのように登場する(まるでホームズ明智小五郎が中盤に事件が行き詰まってからいきなり登場しても問題ないように)ので、僕はてっきりこの常磐経蔵と珠緒の二人が僕が見ていない「リング」呪怨」どちらかのシリーズ作品か、あるいは白石監督の過去作ですでに登場済みのキャラクターなのかと思ったぐらい。ところがこれがまったくの初登場らしい。これなら例えば映画の冒頭に本編とは直接関係ない幽霊事件を解決する常磐経蔵みたいな描写を入れて最初に主人公だと示したほうが良かったと思う。

 盲目の霊感少女珠緒も法柳同様口調が誰にでもタメ口、というか上からの不遜な口調で、相棒である経蔵との間では、それはむしろ信頼の絆を伺わせて全然良いのだが、ユリたちに対しては、もうちょっとやわらかい口調にできなかったものか。常磐経蔵も基本の口調は誰にでも乱暴なタメ口なんだけど、そこは安藤政信がきちんとセリフを咀嚼しているというか、人によっての微妙な機微を感じ分け、相手の様子を考慮して不快にならないようにしているのに対して珠緒はただ誰にでもぶっきらぼうなだけでセリフを自分の物にしていない感じが強い。

 モンスター映画としてみた場合、ラストのバトルと融合は面白かったが、それほど両者の個性が発揮されていたとは思えない。

 結局ホラーとしてもモンスター映画としても中途半端になっているように思える。「フレディVSジェイソン」を反面教師にしたと言っているがあの作品がきちんと両者の個性、フレディの邪悪さ、ジェイソンの悲劇性を再表現した上で互いの設定をすりあわせているのに対して、本作の貞子と伽椰子はほぼ出てくるだけ。過去のシリーズで散々描写されてきたからかもしれないが、どうしてこの二人の女性が怨霊となったかがまったく無視されているのは悲しい。呪いのビデオやあの家についてユリや鈴花が調べていってただ怖がるのではなく多少の共感を覚えるような過去の作品にあった要素が、綺麗に消えている。「外なる恐怖と内なる恐怖」というのはスティーブン・キングの言葉で超常現象を発端とする恐怖「外なる恐怖」とサイコホラーなど人間の内面を根源とする「内なる恐怖」の両輪があって、この作品で言えば外なる恐怖は描けても内なる恐怖は皆無。もちろん実際にあんな状況に放り込まれればそれは恐怖だろうけど、映画として観客が味わう恐怖感とはちょっと違う。効果音などでビクッとする瞬間はたくさんあるが、それと恐怖はまた別だと思う。

D

 急いで書いておくと、超常現象ホラー系の作品の時には毎回言っている通り僕は「フィクションの素材としては大好きだけれど、現実のものとしては超常現象の類を一切信じていない」人間なので、そういう人間の感想だし、実際僕がホラー映画を見て感じる恐怖は決して一般的ではないと思うので気になる人は各自確認を、ということになる。

聖飢魔IIが主題歌!楽しい曲だったけどホラー映画のクレジットでかかるのにふさわしかったかはちょっと疑問。

リング コンプリートBOX [DVD]

リング コンプリートBOX [DVD]

フレディVSジェイソン」は偉大だ。

*1:ヘタすれば黄泉比良坂の伊邪那岐命まで辿れる?

*2:関係ないが鈴木光司は昔NHKスティーブン・キングドキュメンタリーを放送した時にスタジオ出演していて、学校が嫌いだった、というキングに「ボクはわからないな〜学校大好きでしょうがなかった」みたいなことを言っていた時に、この人とは友達になれないな、と思った

2016-06-23

シェルターとゴーレム 10クローバーフィールド・レーン

| 12:24 | シェルターとゴーレム 10クローバーフィールド・レーンを含むブックマーク

 ここしばらくブログも更新せず何をしていたかというと、5月下旬はずっと「銀河英雄伝説」のOVA(全110話)を第1話から見なおしていて、6月に入ってからは、なぜか急にドラゴンクエストがやりたくなって、DS版の「ドラゴンクエスト5」を引っ張り出してきて遊んでいたりしていたのであります。ちなみに「銀河英雄伝説」は中学の時に知ってから、なぜか定期テスト前の切羽詰まった時になると原作を第一巻から読み直す、という事があって、今回は原作でこそなかったけれど、その時の現実逃避に近い感覚だったのかも。ドラクエ5もそれに近いものがあって、幼少期から結婚、双子の子供とのヴァーチャルな生活を現実逃避して楽しんでおりました。ちなみにDS版の「ドラクエ5」はプレイ3周目なので、花嫁はデブラです*1。そして、ドラクエ5をクリアした後はそのままドラクエ熱が持続してしまい、今のところオンラインゲームである「ドラクエX」以外では唯一プレイしたことのなかったナンバリングタイトル「ドラクエ6」をプレイしているところです。

 さて、そんなわけで家にいるときはずっとゲームをプレイしたりしていたわけですが、映画もそれなりに観ていたりはします。もう「劇場で観た映画は感想を書く」というこのブログの俺ルールは有名無実化したわけですが、アメコミ、スーパーヒーロー関係で「デッドプール」「変態仮面2」「シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ」は感想書きます(できれば6月中に)。ただ今回はちょっと別の映画を。J・J・エイブラムス制作の話題作「10 クローバーフィールド・レーン」を鑑賞。ドラクエの話題を冒頭に持ってきたのはちょっと本題とも関連あるからです。

f:id:susahadeth52623:20160623022952j:image

物語

 恋人との別れを決意し一人車を走らせるミシェル。しかし追突事故に遭い、車は転倒。気づくと見知らぬ場所に監禁されていた。監禁した主はハワードという初老の男。彼によると世界は何者かに攻撃され大気が汚染されたため外に出ると死んでしまうという。ハワードは自分の作ったこの地下シェルターへと急ぐ途中でミシェルの車に追突してしまい、怪我した彼女を救ってここに連れてきたという。シェルターには食料や水、エアフィルター、そして娯楽が完備してあり、何年でも暮らせるようになっていた。もう一人シェルターにはハワードのシェルター製作を手伝い、その縁でシェルターに逃げこむことができたエメットという青年がいた。ミシェルはハワードの言を信じず、脱走を試みるがその時エアロックで窓から恐ろしい光景を目にすることに。実際に外で何かが起きたことは確かだ。シェルターの中でミシェルとエメットそしてシェルターのボスとして君臨するハワードの3人の奇妙な生活が始まった。

 タイトルと製作者J・J・エイブラムスから分かる通りあの「クローバーフィールド/HAKAISHA」の関連作。とはいえ物語は全然違っていて、一応続編らしいのだが世界観がつながっているのかも不明だ。共通点といえば主人公たちが謎の根幹に関わるわけではないので何も解明せず翻弄されるところだろうか。「HAKAISHA」は今のアメリカの怪獣映画ブーム(モンスターズとかパシフィック・リムとかゴジラとか)の先駆けと言ってもいい感じで怪獣そのものは魅力は薄かったが作劇にPOVを採用していて作品としては面白かった。映画そのものとは別にネット上で作品を紐解く上で重要なことが展開されていたりしてその辺でも面白かったものだ(もっとも僕はあんまりそういうのを見たりしないので謎は依然として謎のままだったのだが)。

 監督は新人のダン・トラクテンンバーグ。TVシリーズ「バフィー〜恋する十字架〜」でサラ・ミッシェル・ゲラーの主人公バフィーの妹ドーンを演じたミシェル・トラクテンバーグとは関係無いようです。長編はこれがデビュー作の模様。

 映画はIMAX上映もされている作品で僕もIMAXで観たのだが、その価値があったかは疑問。というのもこの作品上映時間の殆どは密室に近い舞台で展開するのだ。最初の追突事故のところは音響でびっくりしたけれど、それ以外は特にアクションやSFX的に派手な見せ場があるわけでもない。IMAXが駄目とは言わないけれど通常の上映で十分だと思います。

 そう、この作品は一見するとSF映画だが実際は閉鎖空間での人間劇だ。「スカイライン」のもっと閉鎖的な息詰まる作品。あるいはスピルバーグJJとは縁深い監督だ)の「宇宙戦争」のトムとダコダ・ファニングが逃げ込んだ先にいたティム・ロビンスとの一時的な暮らし。あんな感じの部分に特化した作品である。途中で人類ではない何かに侵略され、それで外に出れなくなった事態が分かるが、それも物語の主目的というよりは舞台を作り出すための設定にすぎない。

サバイバリスト

 映画ではジョン・グッドマン演じるハワードという男がサバイバリストとして地下シェルターに君臨している。サバイバリストは映画では「トレマーズ」シリーズのマイケル・グロス演じるガンマーとその妻だったり、あるいは最近の作品だと「プリズナーズ」のヒュー・ジャックマン一家。前者は純粋に生き残りのために備えるのが趣味の男で、後者は宗教的な価値観が根底にある。映画ではハワードのサバイバリズムの根底に宗教が関連しているのかは特に語られないが、実際に事が起きる前は地元では変人と思われていたことは分かる。

 で、実際に世界が崩壊し、ハワードはその備えによってシェルターに君臨するが、元々他人を救う気などこれっぽちもなく人とのコミュニケーションもろくに取れないような男。彼にシェルターに匿われ助けられてもまともな関係を築くなど不可能なのだ。

 そしてハワードには秘密があって、おそらく彼はペドフィリアの殺人犯で、ミシェルに語っていた娘が実は行方不明になっていたエメットの妹の同級生で、このシェルターに監禁された挙句殺された可能性があることが判明する。小説のタイトルをその単語を使わず説明して当てるゲームではエメットがヒントとしてミシェルのことを指すとハワードは「少女」とかばかり言いエメットが「ミシェルは女の子じゃない。大人の女性だよ」とか言うシーンがあり(ハワードは「Little Princess小公女」と答えるが正解は「Little Women若草物語」)、ここはハワードがミシェルを大人の女性ではなく子供として見ていて、しかしそれが性的対象になっている不気味さを理解させるシーン。

 もしかしたら最初のきっかけとなる事故も、ハワードは緊急事態に家路を急いだハワードが誤ってミシェルの車に激突したと説明するが、これもウソで最初から拉致監禁のために狙ったのもしれない。

f:id:susahadeth52623:20160623022951j:image

違うシェルター

 ミシェルは開始早々、急ぐように荷物をまとめ、恋人との生活を後にする。恋人であるベン(声だけの出演だが演じているのはブラッドリー・クーパー)からはしつこく電話がかかってくるがそれにミシェルが答えることはない。ここでも明確には説明されないが、おそらくミシェルはベンからドメスティック・バイオレンスを受けている。だから逃げ出したのだ。この物語の舞台は生き延びるための自家製地下シェルターだが、DVに遭った被害者が加害者から避難し保護されるための施設もDVシェルターなどと呼称される。もしかしたらミシェルもそんなDVシェルターを目指していたのかもしれないが、彼女が連れて来られた先は別のシェルターであった。

映画のキャッチフレーズは「奴らはあらゆるフォームでやってくる」で、これはオリジナル「MONSTERS COME IN MANY FORMS」の日本語訳。実際見ると別に「あらゆるフォーム」とか特に意味なくね?」と思う。ただこの「MONTERS」を宇宙人だと思うのはミスリードで、ベンやハワードの姿を取って絶え間なくミシェルを襲う男性(に代表される暴力)のことなのかもしれない。

f:id:susahadeth52623:20160623022950j:image

ゴーレム

 さて、ここからはひとつこじつけを。エメットはそれなりに優秀な青年で都会の大学に行くチャンスが有ったにも関わらず不安から地元に残ってしまった。そしてハワードに雇われてシェルター作りに従事する。その御蔭で緊急事態に真っ先にハワードのシェルターへ逃げ込む選択ができたのだが、おそらくハワードに取っては異分子以外の何物でもなかったのだろう。そんなエメットが食事の時に刺青について語る。こんな事態になったのだったら世間体など気にせず刺青を入れまくったら良かった、と。腕、身体はもちろん額にEMMETTと自分の名前を入れる、など。このシーンを見て僕がふと思い出したのがユダヤ教伝承に登場するゴーレムゴーレムは泥土で出来た人形だが作った主人の命令を実行するロボットのようなもの。このゴーレムは額に「真理(英語でemeth)」と書かれた護符のようなものを貼り付け動き出す。そして額の文字を一文字削り「meth(死亡)」とすることで崩壊させることができる。多分僕が思っただけで制作者がそこまで考えいたかは分からないが「エメットEMMETT」と「EMETH真実」は似ていないか?(エメットの元の意味は「力強い」「パワフル」などで全然違う)

 エメットはミシェルと共謀して銃を持っているハワ−ドを捕縛して脱出する計画を立てるがそれが露呈するとミシェルをかばいハワードに撃たれ死亡する。この時直接的な描写はないが、至近距離から撃たれ、おそらくその即死したことから頭、額を撃ち抜かれたと思われる。emethからmeth。真実を知って死んだエメット。シェルターづくりに従事させられ必要なくなったら何の躊躇もなく殺されるエメットはゴーレムと存在が重なってしまった。僕がゴーレムの存在を初めて知ったのはおそらく「ドラゴンクエスト」の城塞都市メルキドを守るゴーレムだが、ここでは城塞に入るためではなく、城塞=シェルターから脱出するためにゴーレムの死が起きる。

D

 さて肝心の地上を侵略した何かについては、漠然とまあ宇宙人なのだろうなあ、という感じしか分からない。一応「HAKAISHA」の怪獣も宇宙から来たのか?と思えるような描写もあるのだが(最後の主人公が過去に撮影したシーンでさり気なく「空から海に落ちてくる何か」が映っている)*2、、本作との直接的な関連も不明。タイトルの「10 クローバーフィールド・レーン」もハワードのシェルターがある付近の住所という以上のものもない(「HAKAISHA]ではもっと意味不明ではなかったか?)。

 ラスト、ミシェルはシェルターを脱出すると休息する間もなく宇宙人に追われこれに抵抗するのだが、この作品明らかに力を入れているのはシェルター内の方なのでここはもうシェルターを脱出したら、謎の何かがバーン!!で終わっても良かった気がする。本来なら「宇宙戦争」みたいに一挿話で済む話で一本仕上げたようなもんだからね。下手に宇宙人とのファイトを入れたせいでテーマがぼやけたような気もする。

 ミシェルは自動車を走らせ10クローバーフィールド・レーンを後にする。ラジオからは2つの行き先が。単に避難する場所と戦うための人員を求める場所。その選択肢の中からミシェルが選んだのは…。

Ost: 10 Cloverfield Lane

Ost: 10 Cloverfield Lane

「HAKAISHA」で最高だったものの一つにエンドロールで流れたスコア「ROAR!」があるんだけれど、あれには及ばないものの今回もスコアは良かったです。

関連記事

一応前作の記事(旧ブログ)。実はなにげにブログを初めて最初に書いた劇場で鑑賞した作品の感想記事です。今観るとかなり拙い。

果たして関係あるのかないのか製作のJ・J・エイブラムス監督による「SUPER8/スーパーエイト」感想記事。

アルティメット ヒッツ ドラゴンクエストV 天空の花嫁

アルティメット ヒッツ ドラゴンクエストV 天空の花嫁

ダクトテープ最強!

*1:余談だが僕はギャルゲーとかでも結構一途に一人のキャラに尽くすタイプなので1周目でビアンカ以外(フローラとデブラ)を選べる度胸がありません

*2J・J・エイブラムスが監督した「SUPER8/スーパーエイト」の宇宙生物もシルエットが似てるので関係有るのかなー?とか思ったり

2016-06-08

混沌英雄神話 バットマンVSスーパーマン ジャスティスの誕生

| 21:52 | 混沌英雄神話 バットマンVSスーパーマン ジャスティスの誕生を含むブックマーク

 今回の記事は劇場公開終了後、ソフト発売前の空白期間という中途半端な時期の感想であり、途中まで書いた記事が消えると言うアクシデントを経たことで著しく熱意に欠けたものとなっていることをご了承ください。

 今、映画史上に残る壮大なプロジェクトとして躍進を続けるマーベルスタジオによるマーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)だけれど、それではアメリカン・コミックスのもう一方の雄、DCコミックスはどうしているかというと、その答えがバットマンスーパーマンが共演する「マン・オブ・スティール」の続編でもある。映画におけるDCユニバース作品(DCエクステンデッド・ユニバースというそう略称はDCEU)、ザック・スナイダー監督「バットマンVスーパーマン ジャスティスの誕生(以下BVS)」を鑑賞。一応ね3回観ました。

f:id:susahadeth52623:20160402035225j:image

物語

 スーパーマンの登場とゾッド将軍との戦いから2年、スーパーマンは恋人ロイス・レーンをテロ組織から救出したが、そこには別の集団によってテロリストたちが惨殺され、その責任がスーパーマンにあるのでは?という疑惑がかけられた。

 一方ゴッサムティでは町の守護者バットマンの自警行為が過激化し、スーパーマンクラーク・ケントが警戒。バットマンブルース・ウェインも2年前にメトロポリスで自社の人員に多大な被害を受けたことでスーパーマンを許せないでいた。

 メトロポリスの若き企業家レックス・ルーサースーパーマンクリプトン星人に影響を及ぼす放射性鉱物クリプトナイトを見つけ、その塊の国内への輸入を上院議員らに許可を得ようとする。ブルースは追っていたテロリストからルーサーへの足がかりを見つけ、彼の主催するパーティーへ。そこへは取材に来たクラークも。三者三様の思惑が交わる……

 前作の感想はこちら。

 かつてマーベルコミックスが自社のキャラクターを実写化する際、別々の映画会社にその都度権利を分けていたので、なかなか実写映画でのクロスオーバーができなかったと言われていた。一方でDCコミックス1950年代からワーナー・ブラザーズの子会社となっていて、必然的にその映画化は全てワーナー作品となる。だから一時期は実写映画で本格的なクロスオーバー作品が作られるならDCのほうが先だろう、と言われていたのだが、結果としてマーベルに先を越される結果となった。

 マーベルコミックスMCUとして実写映画版マーベルユニバースを大成功させる一方、DCもその構想を持ちながら今まで実現しなかった。もちろん、実写作品に限ってもすでに映像化作品のクロスオーバーはこれまでもあって、アニメの「ジャステス・リーグ」はもちろん、TVシリーズ「ヤング・スーパーマンSMALLVILLE)」でもフラッシュやサイボーグアクアマン(となる少年たち)との共演があったり、スペシャルドラマとしてスーパーマンバットマンワンダーウーマン抜きの「ジャステス・リーグ」が作られたりした。このドラマではフラッシュが仕事が早すぎて逆にサボっているように見えてすぐクビになるダメ社会人になっていたりする。現在はTVシリーズ「ARROW」を中心に「フラッシュ」や「リーグ・オブ・トゥモロー」などが同じ世界観を共有するTV版DCユニバースを構築している。ただ、それが映画となるとかなり難しかったようだ。一時はライアン・レイノルズ主演の「グリーン・ランタン」が映画版DCユニバースの始めとなる作品とか噂されていて、あの作品自体の出来はともかく、作品の雰囲気や大風呂敷を広げた世界観はそれに相応しいと思っていたのだが、興行的に振るわず作品自体が1作で終わりとなった。

 アメコミの2大出版社といえばDCとマーベルだが、単にアメコミの2大ヒーローといった場合スーパーマンバットマン、とDCのヒーローが1,2フィニッシュを決めるだろう。1938年に生まれたスーパーマンはすべての元祖となるスーパーヒーローであり、翌年に生まれた常人ヒーローであるバットマンはその対比として完璧だ。スーパーマンの光とバットマンの闇。ここに女性スーパーヒーローの代表となるワンダーウーマンを加えてこの3人は全てのスーパーヒーローの雛形となった。

 有名すぎるDCコミックスの3大ヒーローだが、逆にいうとこの3人が偉大すぎるからこそそのクロスオーバーが難しかったとも考えられそうだ。ここ10年でもスーパーマンは「スーパーマン リターンズ」、バットマンは「ダークナイト」トリロジー。ワンダーウーマンも映画化こそまだだが、TVシリーズはずっと企画が上がっては消えていた。この3人が突出しているからどうせなら単独シリーズとして作りたいという思惑があったのではないか?

スーパーマン

f:id:susahadeth52623:20160402035223j:image

 前作「マン・オブ・スティール」は僕としては「自分の理想とするスーパーマンとは違う」というような理由で評価は低めであった。映画、コミックス、アニメ、ドラマといったこれまでに作られたスーパーマン作品が自分の中で築き上げた理想のスーパーマンザック・スナイダーの思い描くスーパーマンはかなり差があったからだ。ただ、本作は2作目であり観る側のこちらもすでにザックのスーパーマン観は了承して臨んでいるわけで今更そこに文句を言うつもりはない。映画はブルース・ウェインの両親の死から始まるが、やはり全体としては主役はスーパーマンである。

 スーパーマンクラーク・ケントとして新聞記者を務める一方、スーパーマンとしての責務も果たしており一部からは賞賛を受けるが一方で全ての原因として憎むものもいる。

 ザックの描くスーパーマンの問題点(とあえていってしまおう)のひとつはスーパーマンの飛行に全く優雅さが欠けるところであろう。全部弾丸系。ふわっと浮き上がって飛行を楽しむみたいな描写が皆無。クリストファー・リーブその他のスーパーマンなら女性ならずとも抱きかかえられて一緒に空の旅を愉しみたいとか思うけれど、ヘンリー・カヴィルスーパーマンには抱き抱えられたくないもの。ただこの常に切羽詰まっているような余裕のないスーパーマンにはあっている描写で逆にいうとスーパーマンがもっと飛行を愉しめばあの世界も余裕あるものとなったりするんじゃなかろうか。

 ヘンリー・カヴィル自身は前作に比べるとユーモアも感じられるようになって、前作より断然良いです。この前の主演作「コードネーム・U.N.C.L.E.」におけるナポレオン・ソロの大人の余裕たっぷりのカヴィルが最高に良かったので、次あたりはもっとその辺の魅力もスーパマンに取り込んで欲しいですね。

 

 ロイス・レーンペリー・ホワイトも再び登場。次々超人が登場する中でちょっとロイスの影は薄いか。最初の中東アフリカと思われる地域での取材で出てくる実はCIAの局員だったカメラマンがジミー・オルセンという説もあるそうだが、ちょっとジミー・オルセンのキャラクターとは違いすぎて信じたくない。

 カル・エルの実父ジョー・エルは今回は登場しないが養父ジョナサン・ケントスーパーマンの見る幻影として登場。助けられ役としてのヒロインとしてはマーサ・ケントの方が印象深いかも。こっちはブルースにとってもヒロインだしね。

バットマン

f:id:susahadeth52623:20160402035222j:image

 映画は映像化されたものとしては何度目かのトーマス&マーサ・ウェインの死から始まり(ちなみに父親であるトーマス・ウェインを演じているのはザックの「ウォッチメン」でコメディアンを演じていたジェフリー・ディーン・モーガンでありトレードマークであるヒゲも生やしたままなのでとても強そう)、前作のクライマックス、スーパーマンとゾッド将軍の戦いに巻き込まれるウェイン・エンタープライズのビルから社員を救い出そうとするブルースのシーンにつながる。前作の時点ではクライマックスの戦いがそれほど911をイメージしているとは思わなかったのだが、本作では明確に911をイメージしているだろう。また過去の戦闘に巻き込まれて被害に遭い、残された者がその原因となった主人公を憎むという展開は「ガメラ3」を思わせる。

 同じ大爆発&大破壊でも例えばマイケル・ベイなんかだと「今回も派手にやってるなー。たーまやー!」という感じであんまりそこに劇中では出てこない犠牲者の存在を感じ取ることはないのだけれど、ザックの場合「主役たちが派手にやりあっているその見えないところで何十人も犠牲になっている……」とか思ってしまう。これが娯楽作品の監督としてどちらが良いのかは判然としないのだけど。ただ、その辺の見えない被害者の存在が感じられるのは製作のクリストファー・ノーランの影響もあるのかもしれないけれど、はっきり言えばザックは人の生死の描き方としては雑(ウォッチメンのザック独自の描写に顕著)。また例によって無意味なザック擁護の代わりにもはやヘイト(憎しみ)と言っていいノーラン批判批判でもないな)があったりしたのだが、何度も言うように褒めるにしろ貶すにしろそれはザックに向けてでなければおかしいと思う。

 

 過去のバットマンの映画化作品ではどちらかというとブルース父親トーマスとの絆が描かれてきたが*1本作ではどちらかと言えば母親との関係が重視される。これはスーパーマンの方でクラークの母マーサ・ケントブルースの母マーサ・ウェインがともにマーサという名前である事による。このマーサかぶりが1940年代当時のコミックスにおいて偶然なのか狙ったのかは分からないが、本作ではともすれば収集のつかなくなりそうな展開に有無を言わせぬ力強い説得力を与えている。「スパイダーマン」の最初の読み切りの時、なぜスタン・リーがピーターをわざわざ叔父夫婦に育てられる孤児として描いたのか不思議だったりしたのだが、よく考えると元祖スーパーヒーローのスーパーマンバットマンからして孤児なのだな。というかスーパーヒーローは孤児が多い……

 バットマンについてはすでに活動して20年ということが語られていて、確かに演じるベン・アフレックの年齢から言ってもそれぐらい経っていても不思議ではないのだが、やはり 劇中ではこの2年ぐらいで急に出てきたコスチューム姿の自警者という印象になってしまう。やはり間にアフレック版の「バットマン」を一作製作しておくべきだったのではないかなあ。多分これまでもゴッサムの守護者として活動してきたが、スーパーマンの登場を受けたここ2年ぐらいで急に過激化した、ということなんだと思うが。

 またゴッサムティメトロポリスと並ぶもう一つの舞台として出てくるが、ちょっとメトロポリスとの位置関係がよくわからない。最初に観た時は独立した都市ではなくメトロポリス内の一区画なのかな、とも思ったけれどやはり基本的には別都市のよう。ただ凄い近いぽいです。原作だとニューヨークを挟む形で存在するんだっけかな。まあ、ゴッサムメトロポリスも元々はニューヨークの異名だったのだがそれぞれニューヨークの明るい面、暗い面と特化して独立した感じなのだけれど(たしか初期のコミックスでは共にニューヨークそのものが舞台ではなかったか)。

f:id:susahadeth52623:20160402035214j:image

 演じるベン・アフレックは過去にデアデビルを演じていて、スーパーヒーローとしてはこれが2本目ということになるがデアデビルにしてもバットマンにしても顔の下半分を出すタイプのマスクは彼の四角いアゴにピッタリだと思う。そしてベン・アフレックといえば実はスーパーマンも演じているのだな。厳密には1950年代TVドラマスーパーマン」でスーパーマンを演じたジョージ・リーブスを「ハリウッドランド」という作品で演じたのだ。ジョージ・リーブスはこのスーパーマンのイメージが強すぎて不遇の死を遂げるのだが、当然劇中でもスーパーマンの格好をするシーンが存在し、ここでのアフレックスーパーマン姿はよく似合っていた。コミックスだと長方形の四角い顔なのでアゴに特徴のあるベン・アフレックは結構ヒーロー向きなのだ。多分(間接的とはいえ)スーパーマンバットマンの両方を演じた俳優としては唯一なんじゃないかな?と思うのだが、本作のブルース・ウェインではちょっとアゴがしゅっとしたというか痩せた感じもした。まさCG修正ではないとは思うけど、ハンサム度は増したが、マスクのヒーローとしてはもっとアゴを強調したほうが、とか思った。

 そのバットマンのコスチュームはこれまでのラバー製のボディスーツと言うよりはコミックスに近いタイツっぽい仕上がりで個人的には鎧系より好き。スーパーマンとの一騎打ちでは「ダークナイト・リターンズ(DKR)」オマージュと思われる特殊装甲のスーツも。今回直接的なストーリーには「DKR」は関係ないけれど画作りの部分ではかなりDKR色は強いです。もう今更ザック・スナイダー監督に拠る「DKR」はいらないね。フランク・ミラーの「DKR」発表後バットマンの映像化作品は大なり小なりその影響下にあるのだけれど、そろそろバットマンを「DKR」の呪縛から解き放ってほしいと思う。画作りの面ではこの「BVS」がここまでやり遂げたのだから。

 バットマン側の人物としてはアルフレッド・ペニーワースが出ていて演じるのはジェレミー・アイアンズ。これまでのアルフレッド役者と比べてもかなり若がっていて、ブルースとの関係も擬似親子というよりは義兄弟と言った感じに。いろいろメカニックも担当している。今回は基本的にはバットケイヴでサポートと言う従来の役割をそれほど逸脱はしていないのだが、普通に強そう。次のバットマン映画では犯罪組織への潜入捜査ぐらいはして欲しい勢い。アルフレッドもああ見えて元軍人(それも特殊部隊?)の舞台出身のシェイクスピア俳優、といういろんな設定背負っているので。

 メカニックといえば今回はバットモービルとバットウィングが登場。バットモービルは「ダークナイト」トリロジーのタンブラーぽい部分も残したデザインだが、バットウィングはがっつりコウモリ(というかバットシグナル)のシルエットを残したデザインなのが嬉しい。

 そういやクレジットではバットマン原案ボブ・ケインだけでなく「with Bill Finger」とビル・フィンガーの名前もきちんと出ていた。「ダークナイト ライジング」ではまだボブ・ケイン単独クレジットだったと思うのでこれが初かな。ビル・フィンガーが初期のバットマンボブ・ケインとともにストーリーや設定を固めた人です。

ワンダーウーマン

f:id:susahadeth52623:20160402035221j:image

 基本的にはタイトル通りバットマンスーパーマンの出会いと対立、融和の物語なのだが、事前に出るらしいよ、と言われていたのがワンダーウーマン。メインというほど物語には関わってこないがゲストというには活躍しすぎ、という感じで登場。ワンダーウーマンは1941年にデビュー。原作者のウィリアム・モールトン・マーストンは心理学者で嘘発見器を発明(そのものではないんだったかな)した人でもある。異星人であるスーパーマンと常人であるバットマン。そこに加わる第三のヒーローはギリシア神話を由来とするスーパーヒロイン。本名はダイアナ・プリンスでスーパーマンに匹敵する身体能力に超能力、更には不老の存在でもある。マーベルだとソーが近いのか。

 本作ではレックス・ルーサーのもとにある自分の過去のデータを処分するべく暗躍しブルースに近づく。ダイアナがらみのシーン全体的に謎の女スパイと言うイメージでもあり、過去のDC映画だとキャットウーマンに近い感じ。実際パーティーなどでブルースと出会うシーンは「バットマン・リターンズ」や「ダークナイト ライジング」のキャットウーマン登場シーンを匂わせている。70年代に作られたリンダ・カーター主演のTVドラマシリーズだと第1シーズンはWW2が舞台になっていて、その後第2シーズンから現代を舞台に展開するのだが、レックス・ルーサーの持っていた資料だと100年前の第一次世界大戦の時点ですでに活躍していたがその後姿を消したという。世界大戦で人類に幻滅してその後のさらなる地獄を見なくて済んだか。

 演じるガル・ガドットはカーデシア人みたいな名前だけどとにかく格好良くて「ワイルド・スピード」シリーズ(MAX以降)に出演してた。トム・クルーズ&キャメロン・ディアスの「ナイト&デイ」にも出てたらしいんだけどちょっと思い出せず。もう映画のバランスを壊すぐらいクライマックスで活躍するので見どころではあると思う。スーパーマンとの絡みはほとんどなくクライマックスで「あんた誰?」状態だったりするのだが。

 他にもフラッシュとアクアマンサイボーグがルーサーの持っている資料映像として登場。それぞれ今後の映画化が控えている。フラッシュはTVドラマの方も展開中で正体は同じバリー・アレンだが、映画はまた別物で演じるのはエズラ・ミラー。また未来の彼は時空を越えてブルースに警告を与えた。アクアマンサモア系のレスラーみたいな雰囲気のジェイソン・モモアでどうやらクールカットのアクアマンではなく、ロン毛にヒゲの方のアクアマンとなるようだ。サイボーグもその誕生が簡単に描かれている。スーパーマン含めDCEUでの超人類はメタヒューマンと呼称されルーサーは彼らに対抗する人類の代表みたいな意識もあるようだ。

レックス・ルーサー マーシー・グレイブス ドゥームズデイ

f:id:susahadeth52623:20160402035220j:image

 スーパーマンの宿敵レックス・ルーサーが登場。これまでの作品と比べてもかなり若い天才科学者経営者として登場し、クリプトナイトの国内持ち込みを巡って議会対立する。演じるジェシー・アイゼンバーグはこれまでにもエキセントリックな天才役(感想書いてないけど「エージェント・ウルトラ」もそんな感じ)が多かったけど、本作もそんな感じで落ち着きのない陰謀家と言ったところ。ジェシー・アイゼンバーグヘンリー・カヴィルは共に1983年生まれであるけれど印象としてはカヴィルのほうが年長で設定は分からないが単純にスーパーマンとの対比では今までで最も若いルーサーだろう。基本的に本作はスーパーマンバットマン、そしてルーサーの三すくみ対立となっていて、互いに共通する部分もあれば激しく対立する部分もある。ホリー・ハンターの演じる上院議員とのちょっとマザコンちっくな一連のシーンはちょっとドキドキする。

 ルーサーの忠実な秘書であるマーシー・グレイブスはハーレイ・クイン同様ブルース・ティムアニメ版「スーパーマン」のオリジナルキャラクターでそこから原作や他の作品に逆輸入された。アニメではルーサーの運転手ボディガードで企業家・メトロポリスの名士としてのルーサーだけでないヴィランとしてのルーサーの顔も知る人物。アニメでのハーレイ・クインとのキャットファイトシーンが最高に好きです。

D

 マーシーを演じるのはTAO。「ウルヴァリン:SAMURAI」でヒロインを演じていた。それに続くアメコミ映画出演となるわけだが、本作のスタイル抜群の冷徹な女秘書という役柄にはぴったりでもしかしたらこの映画で僕が一番好きなキャラかもしれない。で一回目観た時には単純に次回作が愉しみ、って思っていたのだが、ニ回目冷静に観るとマーシーはルーサーの人身御供に…ルーサー許すまじ!

 最終的に本作のラスボスとなる相手ドゥームズデイ。「スーパーマンの最後」で出てきた肉体的にはDCユニバースでも最強のモンスター。本作では前作でゾッド将軍たちが乗ってきた宇宙船にルーサーがアクセスし、クリプトンデータベースからゾッド将軍の肉体を元に培養再生したクリプトンの最強生物という設定。復活の際にはルーサーの血液も使用しているためか、ルーサーのいうことは聞く感じに。前作のゾッド将軍といい今回のドゥームズデイといいいきなり強いキャラ出してくるなと思った。スーパーマンにもメタロとかトイマンとかいっぱい魅力的なヴィランはいるのに。というか最初はゾッド将軍の肉体を使用したビザロ(スーパーマンの劣化クローンとでも言うキャラクター)が出てくるのかな?とか思った。なんか映画だと肉弾戦ばかりやっているけど、意外とスーパーマンはそういうキャラクターよりミスターミックス(異次元世界の妖精みたいなキャラでスーパーマンをギャフンと言わせることに懸命なっている)とかのほうが好きです。ドゥームズデイは最初は「ロード・オブ・ザ・リング」に出てくるトロールという感じでまた魅力なくアレンジしたな、と思ったのだけれど途中から変化しコミックスに近い容姿に。

 で、スーパーマンヴィランとしてはドゥームズデイも前回のゾッド将軍も個人的にはあんまり好きではないんだけど、これがバットマンの敵としてはまた別。映画のバットマンはどうしても同じ人間キャラクターばかりが相手になってしまうことが多いんだけど(コミックスはもっと自由)、本作でいきなりバットマン相手として超生物であるドゥームズデイ相手にしたことでバットマン自由度はかなり高まったのではないだろうか。どうせなら今後展開するバットマンの新作でもジョーカートゥーフェイスとかばかりでなく、クレイフェイスとかキラークロックみたいなヴィランとも盛大に戦ってほしいですね。

D

 映画としてはかなり歪で(明らかに観客に説明されない必要なシーンが欠けてる気がする)、そりゃ「アベンジャーズ」の時点でも5作も作られて臨み、現在10作を越える作品数を誇るMCUに比べたら急ごしらえのクロスオーバーという感じは否めない。MCUが丁寧に作られたフルコースのフレンチだとすればこっちは闇鍋という感じ。ただ闇鍋にも闇鍋の魅力はあるし、その混沌とした感じは個人的に僕が思うDCコミックスの雰囲気に近い。全然練られていない世界観はそれゆえに神話的な有無を言わせぬ迫力もある。

 DCユニバースとしてはTVドラマの方も拡大しているがMCUの場合と違ってあくまで映画とTVは分けられて展開していくようだ(TVも全部が全部つながっているわけではない)。MCUも基本的には映画だけ追っかけていけば問題ないのだが、それでもやはり「エージェント・オブ・シールド」などで映画のサイドストーリーなどがあると気になるが、さすがにアメリカ本国とのタイムラグがあるので海外のファンには映画とTVが別なDCコミックスの展開のほうがありがたいかも。

 今後の展開としてはまずはDCコミックスの悪役がチームを作る「スーサイド・スクワッド」があり、ワンダーウーマン、フラッシュ、サイボーグアクアマンそしてバットマンのそれぞれの単独作が待機しており、その後で念願の「ジャスティスリーグ」が待っているのだろう。おそらく流れとしてはスーパマンの復活とマーシャン・マンハンター火星ジョン・ジョーンズ)を巡る物語となるのではないかと思う。最終的にはダークサイドとの対決となるのかな?とも思うが(本作でも少しその暗示がある)、ただダークサイドにしてもブレイニアックにしてもすでにMCUの方で似たキャラクターであるサノスやウルトロンが映像化されているのは辛いところ(キャラクターのデビュー自体はDCの二人のほうが早いはず)。がやはりDCEUにとってもこの二人のヴィランはいずれ必ず登場するであろう。その時はもう思い切ったアレンジもいいかもね。

 すでにソフトの概要が出てしまった。

 個人的にザックのスーパーヒーロー観や演出には疑問も多いんですが、次への期待も込めて結論としては圧倒的に賛です。

 で、実はマーベルの「シビル・ウォー キャプテン・アメリカ」もかなり似た話だったりするのです……(以下続く‥かもしれない)

*1:これは物語の本編となる現在においてゴードンやアルフレッド、フォックスといった年配の支援者とブルースが擬似的な父息子関係を結んでいることからだろう