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2016-06-27

参院選マニフェスト比較2016(障害者分野) 00:45 参院選マニフェスト比較2016(障害者分野)を含むブックマーク 参院選マニフェスト比較2016(障害者分野)のブックマークコメント

 さて、すっかりブログをほったらかしにしてしまっているのですが、参議院選挙前なので、これだけはやっておこうと思います。「障害者分野」限定のマニフェスト比較です。

 ちなみに過去の選挙におけるマニフェスト比較はこちら(衆院選2014参院選2013衆院選2012参院選2010)をご覧ください。各政党の主張がどう変化してきたのか、を知ることも有意義です。

 社会保障や教育・保育施策全般はもちろん、経済だって安全保障だって憲法だって「障害者」に関連がないとは言えません。特に「障害」と書かれた部分を抜き出しているだけですので、その点はご理解ください。

自民党

選挙公約2016

https://jimin.ncss.nifty.com/pdf/manifest/2016sanin2016-06-22.pdf

■持続可能な社会保障制度の確立

・障害者が自らの望む地域生活を営むことができるよう、「生活」と「就労」に対する支援を一層充実します。

・65歳に至るまで長期間にわたり障害福祉サービスを利用していた低所得の高齢障害者に対し、介護保険サービスの利用者負担を軽減します。

・医療的ケアを必要とする障害児が地域で必要な支援を受けられるようにします。

・重度の障害等のために外出が著しく困難な障害児を支援するため、居宅を訪問して発達支援を行うサービスを創設します。

未来を築く教育

いじめや不登校、発達障害等への対応力を強化するために、教員の能力をさらに高めるとともに、スクールカウンセラーや特別支援教育支援員の配置拡充に取り組みます。

 平成30年に予定されている総合支援法の見直しを意識した内容と言ってよいのではないかと思います。個別に列挙された事項は、昨年12月に出された社会保障審議会障害者部会の報告書(参照)にもある内容です。重度障害児のための居宅訪問型の発達支援については、5月に法改正が終えられているため、ほっておいても公約は実現します(平成30年施行)。今回の選挙にあたって独自色と呼べるようなものはありません。過去の公約を見ても、与党はだいたいこんなものです。

 社保審による報告書の論点が他にもある中で、あえて介護保険との関連に触れているところには、単なる利用者負担の問題にとどまらず「統合論」への布石を感じたりもします。医療的ケアについては、現場からのアクションが政治家の関心をうまく高められているよなあ、という印象を改めて感じました。


民進党

国民との約束

https://www.minshin.or.jp/election2016/yakusoku

■02. チルドレン・ファースト 子ども第一

4 保育・医療等の自己負担を軽減します

医療・介護・保育・障害福祉にかかる自己負担を一度に背負えば、生活は立ち行かなくなります。自己負担の合計額に上限を設け、安心してサービスが受けられる「総合合算制度」を創設します。不妊治療の公費負担、相談・支援体制を拡充します。

 ウェブサイトに書かれた「国民との約束」に「障害」を単独で取り上げた項目はありませんでした。民主党時代からボリュームは少なかったのですが、どうしちゃったのでしょうか。そもそも「国民との約束」のPDF版がどこを探しても見つかりません(6/27現在)。

 「国民との約束」とは別に「政策集2016」があったので、そちらを確認すると、そちらにはありました。この「政策集」を参院選マニフェストとして読み替えてよいのかどうかはわかりませんが、発行が6月ですし、そう解釈してほしいのではないかと。ならば、「概要」「詳細」と区別させてほしいです。後になって「こっちは選挙公約じゃない」と言われても困りますし。いちおうご紹介します。

民進党政策集2016

https://www.minshin.or.jp/election2016/policies

■障がい者対策

・2009年以降、旧民主党が主導してきた障害者の権利に関する条約の批准のための一連の障がい者制度改革の成果を踏まえながら、2014年1月に批准した同条約を誠実に履行するために条約の規定に基づいて、障がいのある人のニーズを踏まえ、障がい者施策を着実に進めます。

・障がいのある人のニーズを踏まえ、障害種別や程度、年齢、性別を問わず、難病患者も含めて、家族介護だけに頼らずに、障がいのない人とともに、安心して地域で自立した生活ができるよう、仕組みづくりや基盤整備、人材育成に取り組みます。精神疾患による患者やその家族への支援を充実します。また、改正された障害者総合支援法の附則を踏まえ、常時介護を要する障がい者等に対する支援、障がい者等の移動や就労の支援、障害福祉サービスの在り方、障害程度区分の認定を含めた支給決定の在り方、意思疎通を図ることに支障がある障がい者等に対する支援の在り方等のうち、積み残された課題について検討します。政策の推進にあたっては、当事者の声に引き続き耳を傾け、ともに議論しながら進めます。

・障がいの有無によって分け隔てられることなく、障がいのある人もない人もともに生きる共生社会を実現するため、旧民主党が主導してきた障害者差別解消法の成立を踏まえ、その実効性ある運用をめざします。

・障害福祉従事者の賃金を他産業並みに引き上げることを目標とし、第1段階として、民進党の議員立法である「介護・障害福祉従事者の人材確保に関する特別措置法案」を早期に成立させ、月額1万円の引き上げを実現します。

地方自治体における障がい者雇用配慮型の総合入札方式の拡大を進めるなど、さらなる障害者雇用の拡充を図ります。福祉と農の連携をはじめ、既存の発想にとらわれない障がい者への新たな社会参加・就労機会を提供します。また、障がい者のスポーツや余暇活動に対する支援の充実に努めます。

・共生社会の創造に向けた地域住民・NPOの活動に対する支援をより拡充するとともに、それらを通じて障がいの軽重にかかわらず、健常者とできる限り同等に社会に参画する選択肢を増やしていきます。

・改正発達障害者支援法に基づき、発達障がい者に対して切れ目のない支援が行われるよう、発達障がいの疑いのある児童の保護者への支援、教育における配慮、関係機関と民間団体の間での支援に資する情報の共有、就労の支援、地域での生活支援、権利利益の擁護、司法手続における配慮、発達障がい者の家族等への支援等を着実に進めます。

希望する子どもたちが障がいの有無などに関わらず、同じ場でともに学ぶことを追求します。個別の教育ニーズのある子どもに対し、適切な指導と必要な支援を提供できるインクルーシブ(ともに生きともに学ぶ)教育を実現します。

 こちらは総論的でボリュームがあります。従事者の賃金引上げには昔から熱心で、前回衆院選のマニフェストから引き継がれた論点です。なお、インクルーシブ教育は民主党時代にマニフェストで強調されたことがありませんでした。障害者権利条約などを踏まえたものと思われます。権利条約や差別解消法は自分たちが頑張ってきた結果だぞ、とアピール。「家族介護だけに頼らず」とか「当事者の声」とかの文言に精いっぱいのプライドを感じるものの、「総合支援法改正の附則を踏まえ」としか書けないところに悲哀も感じます。自立支援法を天下の悪法と叩きながら、当事者からの意見を丁寧に集約しつつ、ほとんど何も変えることができずに成立させた総合支援法。強く否定などできるはずもありません。


公明党

https://www.komei.or.jp/policy/policy/pdf/manifesto2016.pdf

1−8.科学技術・文化芸術・スポーツ

・(パラリンピック)東京大会を契機として障がい者への理解が一層進み、障害者が身近な地域においてスポーツに親しむことができる社会の実現に向けて、障がい児・者のスポーツ活動の推進、障がい者スポーツに対する理解促進、障がい者スポーツの推進体制の整備等の取り組みを強化します。

・東京大会の成功に向けてスポーツを通じた取り組みだけでなく、障がい者芸術を含む文化プログラム・日本遺産ホストタウンを推進します。

2−8 障がい者の活躍

・障がい者が安心して地域生活を送ることができるよう、グループホーム等の整備を進め、農福連携やテレワークなどの就労支援及び定着支援に取り組むとともに、発達障がい児・者の地域支援体制を強化します。

・発達障がいも含めた障がいのある子どもが早期から継続的に適切な教育や必要な支援を受けられるよう、各地域で教育・医療・福祉・就労等の関係部局、機関が連携し、発達障がいなどの早期発見・早期療育支援、保育・学校教育・社会教育・就労等を通じた情報の適切な共有・引き継ぎ等、乳幼児期から就労期まで一貫した支援の仕組みづくりを推進します。

・障がい児が幼児期から身近な子ども子育て施設を利用できるよう推進するとともに、ライフステージに応じて、能力、特性を踏まえた専門的で十分な教育を受けられるよう、特別支援教育を担当する教員をはじめ、すべての教職員の資質能力、専門性の向上を促進します。一人ひとりのニーズに応じた連続性のある多様な学びの場の整備、通級指導の拡充や特別支援教育コーディネーターの専任化のための教職員定数の改善、高校での通級指導の制度化及び体制整備、個別の教育支援計画及び個別の指導計画の義務化の検討、特別支援教育支援員の配置促進など、障がいのある子と障がいのない子が共に学ぶことをめざすインクルーシブ教育の支援体制を整備します。

・学習に困難を抱えている子どもたちの学びを支援するため、デイジー教科書などのデジタル教材等を支給する仕組みを制度化するとともに、ICTの積極的な活用を推進します。

・障がいがあっても大学等の高等教育機関において質の高い教育を受けることは重要であり、各地域において中心となる大学を選定し、財政支援を拡充し、障がいのある学生の修学・就職支援のための当該地域における「センター」の形成を推進します。

・新生児聴覚スクリーニングにより、聴覚障がいのある子どもを早期に適切な治療や療育につなげる体制を整備します。

2−9 人権、性的マイノリティーの支援

成年後見制度が、必要とする方に十分利用されていない状況を改善するため、公明党主導で成立した成年後見二法に基づく施策を着実に実施し、ノーマライゼーション自己決定権の尊重などの成年後見制度の理念を踏まえつつ、制度の改善、権利制限(欠格条項)の撤廃、人材の育成、不正防止対策などを進めることにより、成年後見制度の適切な利用を促進します。

3−1 保育や介護従事者の賃金引き上げなど処遇改善、キャリアアップ支援

・保育士・介護福祉士など介護従事者・障害福祉サービス等の従事者といった今後の福祉人材の確保のため、待遇改善や専門性の確保など総合的な取り組みを進めます。

3−5 地域包括ケアシステムの構築

・高齢、障がい、児童等の対象者ごとに充実させてきた福祉サービスについて、多様化・複合化する地域のニーズに対応するため地域共生型の福祉サービスが必要となっており、それぞれの地域の実情を踏まえた地域包括型の支援体制の整備を進めます。

3−7 難病対策の推進

・医療費助成の対象を大幅に拡大した難病関連二法(難病医療法、改正児童福祉法)に基づく「基本方針」を踏まえ、さらなる指定難病の対象拡大、医療提供体制の構築、効果的な治療法の研究開発、相談・就労支援、子どもの自立支援事業など、難病対策を強力に推進します。

・「軽度外傷性脳損傷」「線維筋痛症」など国民から新たな「疾病」として確立の要請が強い病態への対策を総合的に進めます。

 いつも独特の内容が含まれては消えていく公明党。前回マニフェストにあった「手話言語法」制定や「司法ソーシャルワーク」「発達障害支援アドバイザー」などの文言が無くなったものの、発達障害、特別支援教育、成年後見制度あたりへの関心の高さは引き続き感じられます。特別支援教育コーディネーターの専任化は教育再生実行会議の第九次提言(今年5月)にも載っていますが、指導計画や教育支援計画の義務化や大学進学などの提案は、よく隙間を突いています。「地域包括型の支援体制」は様々な解釈ができそうで、評価に悩むところです。


共産党

参議院選挙公約2016全文パンフレット

http://www.jcp.or.jp/web_download/2016-sanin-seisaku-zen-s.pdf

第2のチェンジ―税金の使い方を変える

社会保障、子育て、若者に優先して税金を使う

─障害者・児の福祉・医療の「応益負担」を撤廃し、無料化をすすめます。

「あれ、これだけ?」…のはずがありません。共産党のサイトには「各分野の政策」が62項目掲げられており、その中には「障害者」関連の言及が膨大にあります。これもいつものことです。コピペするにも多すぎるので、下にリンクしたサイトを各自でご確認ください。共産党ならばこういう内容かな、と想像されるかもしれません。それでだいたいあっています。

各分野の政策

http://www.jcp.or.jp/web_policy/html/2016-sanin-seisaku.html#_2016bunya


おおさか維新

2016参院選マニフェスト

https://o-ishin.jp/election/sangiin2016/pdf/manifest_detail.pdf

社会保障制度改革

・ICT技術を活用し、障がい者(チャレンジド)の自立と社会参画を促進する。在宅での業務遂行を普及するなど、障がい者を納税者に。

前回選挙ではじめて「障害者」が登場したと思ったら、「障害者を納税者に。就労支援を促進する」の一文だけで、余すところなく自分たちの社会観を表してくれていました。今回はなぜか「障害者」を「障がい者」と表記変更。そしてわざわざ「チャレンジド」。ICT技術の活用も含めて、大阪らしく竹中ナミさんをリスペクトしているのでしょうか。確かに主張には親和性がありそうです。想定されている障害者の範囲がいっそう透けて見えるようになってきました。


社民党

選挙公約2016ダイジェスト版

http://media.wix.com/ugd/354569_8c4001c6bba44c26ba79b221e58b5040.pdf

安心の年金、医療、介護、福祉を

12 障がい者差別をなくすために、「合理的配慮の提供義務」をまず公的機関に徹底し、共に生きる社会をつくります。障がい者の働く場を拡大します。障がい者の所得保障に取り組みます。

 前回と同様に少な目の記述となり、公明党と同じく「手話言語法」の記述がなくなりました。地方自治体レベルではこの数年でかなり広がりを見せてきたようなので(参照)、その影響もあるのでしょうか。合理的配慮の提供義務が公的機関に徹底されるのは差別解消法の通りなので、マニフェストとしては未来に向けてもう一歩踏み込んでほしかったです。

…と、思っていたら「総合版」というのがありました。

選挙公約2016総合版

http://www.sdpelection.com/#!blank-5/c7n1n

2−4

〇障がい者差別禁止と合理的配慮の提供義務化に加え、2018年度から精神障がい者が雇用義務制度の対象となります。これら踏まえ、障がい者の就労支援の拡充・職域の拡大をはかります。

3−6

視覚障がい者や低視力の高齢者等に読書や情報入手の権利を保護するため、図書館等の公共施設を拠点に、読み書きを支援(代読・代筆)する公的サービスを広げます。

精神障害者の雇用義務を踏まえた就労支援の拡充や代読・代筆など、こちらには個性が強く出ていました。


生活の党と山本太郎となかまたち

http://www.seikatsu1.jp/wp-content/uploads/2016manifest.pdf

言及なし

生活の中に障害者の生活は含まれておらず、なかまたちのなかにも障害者は含まれていなかったようです。残念です。


日本のこころを大切にする党

https://nippon-kokoro.jp/news/policies/28.php

そもそもマニフェストにあたるものがどれなのかよくわからず、「政策実例」として掲載されているものが該当すると仮定しました。

その中には言及がないように見えますが、強いていえば、次の部分でしょうか。

6−(6)介護に携わる人全体の待遇を改善し、被介護者、介護者と地域社会による温かい、つながりの場を育てる。

 なんだかよくわかりませんでした。

(6/28追記)

コメント欄で情報いただきました。こちらのようです。

選挙公約

https://nippon-kokoro.jp/election/san2016/promise/

内容はいっしょですね。


新党改革

http://shintokaikaku.jp/web/wp-content/uploads/2016/06/2016yakusoku.pdf

障がい者の皆さん

 私たちは、障がい者・障がい児の皆さんと共に豊かさを感じられる社会をつくってゆきたいと考えます。

 お、おう…。急に呼びかけられてびっくりしました。そうですか。


幸福実現党

http://hr-party.jp/policy/

社会活動支援

障害を持つ人が幅広く社会参加できるよう支援し、社会に貢献する生きがいと、税金を納められる喜びを感じられる国を目指します。

 確認したところ、2013年の参院選マニフェストと一字一句違わない文章でした。3年の間に何も新しく考えたことはなかったようです。


国民怒りの声

http://kokumin-no-koe.com/wp/wp-content/uploads/2016/06/kihonseisaku-1.pdf

言及なし

 この規模と歴史の政党に期待するのは酷かもしれませんが、「国民」と名乗るのであれば、頑張ってほしいところです。


支持政党なし

http://xn--68jubz91pp0oypc1c.com/riyuu.html

政策なし

 障害者についての記述が無いとかいう話ではなく、「政策なし」なのだそうです(その理由にもし関心があれば、サイトをご覧ください)。紹介するのもバカバカしい気がするのですが、「支持政党なし」という名の政党があることを啓蒙しておかないと、本当に投票者が続出しそうな気がするので。

 以上です。全体を見ると、各政党とも大きくカラーを変えることはなかったように思います。なんというか野党はもうちょっと野党らしさが出てもよいのではないでしょうか。与党と大差ない中身か、バリバリ働いて納税する障害者大好きか、共産党か、全く興味なしかでは、やや選択肢に欠ける気がします。このような現状を障害福祉施策の成熟と見るか、硬直と見るか。

 有権者全体から見れば、マイナーな興味関心でしょうが、関係者であっても全部のマニフェストに目を通すのはなかなか大変でしょう。投票行動のお役に立てていただければ幸いです。

wandewande 2016/06/28 21:10 日本のこころを大切にする党のマニフェストは、どうやらこれみたいです。
書いてあること自体は、あまり変わらないようですが。
https://nippon-kokoro.jp/election/san2016/promise/

lessorlessor 2016/06/28 22:42 情報ありがとうございます。本文に追記させていただきました。該当部分の内容は同じでしたね。

ヒロヒロ 2016/06/29 08:37 私のブログに転載してもよろしいでしょうか?

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2016-03-21

支援における「ズルさ」 00:29 支援における「ズルさ」を含むブックマーク 支援における「ズルさ」のブックマークコメント

・外出の支援というのは、(1)屋外での行動に支援が必要である場合と(2)屋外での単独行動に本人が不安を抱えている場合とに大きく分類できると思っていたが、もうひとつあった。(3)外出支援を使わないと出不精で家にこもってしまう場合だ。

・その(1)(2)(3)を順にこなした三日間。(2)はほぼ見守りであり、(3)は家を出た時点で、もうヘルパーとしてほとんど役割を終えている。そこから長時間になると、なかなか忍耐がいる。

・いろいろ創意工夫ができるのはやはり通所系の支援だと思える。場があるのは大きい。大人の余暇を広げていくにも、通所を拠点に考えたほうがイメージしやすいのではないか。しかし、自分の立場では無いものねだりにしかならない。

ダブルチーズバーガーのセットって、牛丼特盛と同じくらいのカロリーなのか…。罪深い商品だなあ。

・知的障害+自閉症の彼。自分で決めてもらえば、外食はどこでもマクドナルド一択になる。はじめっから頭にはマクドナルドの特定のメニューしかない。同じような人は他にもたくさんいる。「マクドナルドはダメ」と言えば「従う」人もいるだろうが、なぜダメなのか。正当な理由はない。「外食の幅を広げたい」は目標になりうるだろう。でも、一方的に選択肢を制限するような方法を正当化はしない。

・ここで都合よく集団を活用したくなる。みんなでここで食事をとるのだと。だから、今回はこの中から選んでくださいと。すると、なんとなく「折り合いをつけねばならないのは世の常」と納得できてしまう。納得するのは誰か。本人か。支援者か。

生活に変化を生じさせるのに、誰かが背中を押さねばならないタイプの人がいる。自分自身もそんなタイプなので、自発にまかせていては行動がなかなか変わらないのもわかる。それでも、同じ生活者の関係性の中で違う行動を促されて変わるのと、支援者から特定の行動に制約をかけられるのは、意味が違う。

・支援者は支援者である限り、暴力性を自覚せざるをえないのかもしれない。作為的でない人対人の関係性の中であれば、誰も罪悪感を感じることなく、自然に変容を求められるのだろう。ただ、それは暴力性に無自覚なだけであるとも思う。まして、作為的に支援者がそれを活用するのは「ズルい」。

・支援において「ズルい」のは許容されるべきか否か、という問題。

・たとえ答えが出せたところで、そんなズルい方法さえもヘルパーと2人だと使えない。支援者が、支援者としての役割から一時的に離れてみせるのはありうる。たとえばヘルパーが「自分はマクドナルドで食べたくない」というわけだ。しかし、これは「介助者手足論」的に見れば、もってのほかである。関係性のあり方に議論の焦点は移る。

・足の重さがものすごいので、寝よう。ただ、考えているうちに眠気はすっかりなくなってしまった。

skywalkerskywalker 2016/03/23 20:57 知的障がいのヘルパーに限っていえば、ヘルパーの意図を全く出さずに手足になるのはあり得ないと思っています。そこが難しいところで面白いところだとも感じますが。支援者としては、本人の意思決定において、何らかの干渉をせざるを得ず、そのことは暴力性を常に内在しているということには、自覚的であるべきとは思います。

2016-03-03

静養中 17:58 静養中を含むブックマーク 静養中のブックマークコメント

 インフルエンザB型

 理事会と大事な面接を終えた後でよかった(それらの時点ですでに発症していたと思われるけれど)。

 短期的には食事の確保と請求事務が気がかり。

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2016-02-28

眠れない 04:04 眠れないを含むブックマーク 眠れないのブックマークコメント

来週が大変な日々になりそうと恐れてしたら、今夜さらに状況は複雑になった。もう全く気持ちが休まらない。

布団で横になったまま2時間。考えないことの難しさ。

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2016-02-02

「つながり原理主義」の帰結 01:16 「つながり原理主義」の帰結を含むブックマーク 「つながり原理主義」の帰結のブックマークコメント

 子どもたちの居場所が必要だ、と言われる。それを否定する人はあまりいない。

 学校があって家庭があるだけではまだ足りないから、求められる。求めているのが子ども自身なのかどうかは、よくわからない。「僕に居場所を」と訴える子どもはあまりいないからだ。必要性を言うのは大人である。もちろん根拠がないはずはなく、少しばかり見聞きした成功体験も背景にあるのだろう。

 居場所を作りたい、という大人たちの希望にどんな風が吹いているかと言えば、ずっと追い風だと思う。学校教育でも生涯学習でも地域福祉でも子どもの貧困支援でも「居場所」やそれに類するものがバックアップされるような施策がある。既存の社会資源やネットワークの中で解決されていない問題があるとき、新たな「居場所」は魔法の箱として期待を集めていく。トップダウンかつ縦割り行政の中でそれぞれ中途半端につけられた「居場所」関連予算は、何ら新奇性を示せることなく、既存事業を当てはめるように消化されて終わることも多い。

 自治体で行政計画を策定しようとワークショップを開けば、居場所が必要だという結論めいたものが出て、計画に盛り込まれる。都市計画とか福祉計画とか分野別にいろいろあるが、どこでも「つながり」が大事だとされる。そして、地域の中で人と人との結びつきが弱まってしまったという言説が「居場所」の必要性を支える。そもそもまちづくりの計画に参画しようとする人はそういう思いをもつ人たちであろう。地域の人間関係とかわずらわしい、という人はあまり加わってこない。

 ボトムアップの居場所づくりとトップダウンの居場所づくりが合流すれば、実現するしかないように思える。しかし、うまくいっていない。まちづくりに熱心な大人たちのたまり場になるか、退職教員が子どもたちに体験を積ませようとする場になるか。子どもの貧困対策ではじめたところでさえ、子どもが集まってこないという事例を聞く。子どもは正直である。自ら行きたいと思えない場所には、行かない。

 子どもたちのために役立ちたいという大人の思いは、役に立てるはずだという信念に変わり、大人が加わる居場所こそが子どもの閉じられた生活を地域社会へと開いていくものだという主張へとつながっていく。人と人とのつながり。共生。インクルーシブな地域社会。多様性。「私の望む社会の形」が、あるべき子どもの居場所へと投影される。

 学校や部活での関係性をリセットできる場を必要とする子どもがいる。子どもよりも大人と接するほうがラクに過ごせる子どもがいる。日ごろの学校での関係性に傷つき、他者への信頼をゼロから築き直す足場が必要な子どももいる。「居場所」に求められるものは、複雑だ。その言葉のやさしさに反して、丁寧に検討された理念とそれを具体化するためのスキルがいる。漠然とした「つながり原理主義」は、無限の可能性を持っているようで、結果的に何も生み出せない。

 子どもの貧困とか不登校とかに足をつっこむようになって、8か月ぐらいが経った。ずっと支援してきた「障害児」と比べたとき、子どもが「学校でも家庭でもない場」に望むものはとてもわかりにくいと痛感している。子ども自身にもわかっていないのかもしれない。もちろん親にもわからないのだろう。きっと障害児についても「わかった気」になっているだけだったのではないかと疑う。子どもが親によって「預けられる」という関係性は、支援者を勘違いさせるのに十分である。子どもが主体的に選び取れるような条件が整えば、障害児の居場所づくりとはどれほどの多様性を達成しなければならないだろうか。

 明日が地元の子ども・子育て会議なので。頭の整理をするために、書いた。

hatabohatabo 2016/02/06 11:09 毎日ご苦労様です。「居場所」とか「つながり」って子供たちを「彼ららしく」(いい言葉が思い浮かばない)生活できるようにするための手段であって、「居場所」づくりや「つながり」づくりが目的ではないのでしょうが、それだけでは子供は集まらないと思う。 仮に今まで子供が持っていた多様な選択肢が変化し、選択肢の獲得のしやすさに格差が生まれることによりつながりがなくなる、居場所がなくなる
と思っている子供が増えてきたとすれば、「このよう選択肢を希望していいんだよ」「あなたの思う価値感でもいいのだよ」などといった教育的支援も必要になってくる。  会議に出席した人にも聞きたいけど、「最近子供の声かけをした中で行動に対する肯定と否定どちらが多いですか?」と聞いてみたい。

2016-01-24

認知を変える方へ 00:13 認知を変える方へを含むブックマーク 認知を変える方へのブックマークコメント

 相変わらず、とにかく生きづらく。

 攻撃にさらされると大変もろく、他のことが何も考えられなくなり、仕事に負の影響が及ぶ。

 この問答を読んで、少し救われた思いを抱き、

ミャンマーで尼になりました

ミャンマーで尼になりました

 回答者の著作を読んで「瞑想」というのがとても認知行動療法っぽいと思うようになり(もっと「神秘的」なものと誤解していた)、

 こんなものを読むに至る。やはり宗教的なものに寄りすぎるとついていけない感がある。認知に関するところだけでよい。

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2016-01-22

一切皆苦 03:34 一切皆苦を含むブックマーク 一切皆苦のブックマークコメント

皆に読んでもらえるものを書きたい。けれども、自分に可能な限りの努力をしながら、なおも責められ叱られ、心身の余力がない。

日々の仕事へのモチベーションさえ減退していく。誰もやりたがらないことだけ自分の仕事。地域でも、組織でも。にも関わらず、叩かれる。すべきことができていない、偉そうに福祉を語るなと。

眠いのに、眠れない。罵倒と詰問のメール文面がずっと脳裏に焼き付いて離れない。床のなかでブログ更新して気を紛らわす。

限界まで眠くなれば、必ず眠れるときは来る、はず。

ダメだ。眠れない。きつい。 03:56 ダメだ。眠れない。きつい。を含むブックマーク ダメだ。眠れない。きつい。のブックマークコメント

たまたまたまたま 2016/01/22 14:01 たまたま、本日こちらのブログにたどりつきました。
まだ全然読んでないので、これからじっくり読ませていただくこととして。
何もわからないまま、書き込ませてもらいます。

管理人様。
ご自身にできることはあなたの手のひらの大きさまでです。
それ以上のものはあなた一人ではもてません。
どんな人でも、手は最大で2本しかありません。
できないものは、できないのです。
それ以上に、自分を追いつめてはいけません。

私が自分の限界を感じた時は、自分の手のひらを見つめて気持ちを落ち着かせることにしています。

取り急ぎ。

lessorlessor 2016/01/23 22:02 ありがとうございます…。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/lessor/20160122

2016-01-05

ヒザが痛い 00:57 ヒザが痛いを含むブックマーク ヒザが痛いのブックマークコメント

 これまでは何ともなかったのに、2時間ぐらい歩くと痛み始める。

 寒さと膝下O脚のせいなのだろうなあ。だましだましやっていくしかない。

 ガイドヘルパーの職業病みたいなものだ。

2015-12-15

ボーダー児」と親の孤独を描いたマンガを読んで 00:04 「ボーダー児」と親の孤独を描いたマンガを読んでを含むブックマーク 「ボーダー児」と親の孤独を描いたマンガを読んでのブックマークコメント

 偶然に書店で見つけた沖田×華の新作。ノンフィクションコミックエッセイ。原作者である君影草さんが、本作に登場する子どもの母親である。ちなみに、原作は『はざまのセイカツ』というタイトルで、ウェブ上に公開されているマンガ。メジャーマンガ家が描き直す「ワンパンマン方式」とでも言おうか。

 障害児の子育てについて親の目線で描いたマンガはこれまでにもいくつかあったと思うが、いわゆる「ボーダー」の子ども(と親)の苦難を描いたものは読んだことがなかった。医学的な診断としては「障害」とみなされないが、学校生活や社会生活上でうまくやっていけない人はたくさんいて、その人たちは境界線上にいるという意味でしばしば「ボーダー」などと呼ばれる。

 障害に限らず「どっちつかずである」という状態は、社会制度の隙間に落ちやすい。あらゆる支援の受給要件なんて「必要かどうか」で決めればよいはずなのに、標準化しようとして支援の必要度とは別の基準を設けた結果、「ひどく困っているとみんなわかっているのに、何も対応されない」という事態が生じる。制度的なネグレクトと呼んでもよいだろう。本作では、このネグレクト状態に母親がひとりで立ち向かっていく様子が描かれている。

 最も多くのページが割かれているのは中学への就学問題だった。普通学級での学習が難しいのに、IQが高いために療育手帳(東京都は「愛の手帳」)が取得できず、特別支援教育の対象として認めてもらえない。小学校からは手帳をとってくるように急かされるが、検査を受けても手帳は出ない(広汎性発達障害の診断は受けられている)。担任や管理職から転校を勧められたり、行ける中学校がないからと専修学校やフリースクールを探したりする。このプロセスにほとんど「支援者」と呼べる者は出てこない。一方で、この種のストーリーにはおなじみの「クラス運営にとって邪魔な子どもを積極的に排除したがる、すがすがしいくらいのクズ教員」は出てくる。

 おそらく就学の仕組みや運用地域差はあるのだろう。このマンガに描かれている状況は、かなり異様である。そもそも「手帳を持たなければ、特別支援学級や特別支援学校に行けない」なんてことはない。療育手帳に「知的障害」の有無を決めるような効力はなく(そもそも子どもに手帳をとらせたくないと考える保護者もたくさんいる)、知的な発達の遅れや偏りから普通学級での学習に困難があれば、特別支援教育は受けられる。が、少なくとも、原作者が経験したのは「手帳がなければ、中学では普通学級にいるしかなく、サポートも受けられない」というよくわからないルール運用だったようだ。こうしたローカルルールのようなものは本当におそろしく、保護者や教員個人が抗うのは難しい。

 中学校への特別支援学級進学にあたっては、中学校に「嘆願書」を出すことを教育委員会が保護者に助言している(そして、この嘆願は成功する)。これは「それぞれの学校が子どもの就学について教育委員会よりも権限をもっている」ということを意味する。そんなバカな話があろうか。各中学校が支援学級での受け入れ(や普通学級でのサポート)を拒否したら、実質的にどこにも通えず、教育委員会も親といっしょに残念がって終わりなのだろうか。教育行政としての存在価値を自ら放棄している。

 障害者差別解消法も施行されていくし、ここで描かれているような事態はおそらく解消されやすくなると信じたいのだが、自分の立場から気になるのは「これほど苦しんでいるプロセスを併走する支援者が誰も出てこない」ことだ。地域の学校で必要な支援を受けながら学んでいくことが当たり前である、という価値観が教育制度に組み込まれていっても、それを実現するために学校が動こうとしないときに、親はたったひとりで強大な学校組織、教育委員会に立ち向かっていかねばならない。

 相手が「障害福祉サービス」であれば、ひどい事業所があれば、契約解除してもよいし、相談支援事業所や福祉行政にタレこんでもいいし、都道府県社協にある運営適正化委員会に苦情を入れてもよい。社会資源の少ない中だと支援者の優位性は揺らがないかもしれないが、苦境から抜け出すための選択肢はいくつかあると言える。

 しかし、子どもを通わせている学校とのあいだで親が行き詰ったときの仕組みは何もない。この深刻さに教育制度(福祉制度でもよいけど)がどう取り組んでいくのか、が問われている(「障害」「ボーダー」に限らず、「不登校」「いじめ」などについても同様の指摘はできるだろう)。「スクールソーシャルワーカー」に期待したい気もするが、今の配置状況や身分を考えると、まだまだ現状は厳しい。学校の中に所属しながら、どこまでの動きができるか、という課題も残る。

 「ボーダー」の子どもは成長とともに、また違った問題が生じてくるだろう。ここで描かれたのは中学校までだ。あとがきによれば「今回のマンガの続きはこの本が売れたらまた沖田さんが描いてくれるとのこと」らしい。「ボーダー」で悩む人たちや学校との関係で苦しむ人たちの共感を呼び、続編が出版されることにも期待したい。

2015-12-14

この国の発達のアセスメントはどこに向かうのだろう 00:11 この国の発達のアセスメントはどこに向かうのだろうを含むブックマーク この国の発達のアセスメントはどこに向かうのだろうのブックマークコメント

 放課後等デイサービスのガイドラインで(「たとえば」と)推奨されているアセスメントツール「Vineland-2*1」を取り寄せてみる。これまで心理士に求められて購入してきた検査キットと比べれば、ずいぶん安い。保護者への半構造化面接によるので、マニュアルと用紙だけのもの。

 それでもマニュアルにはやっぱり「大学院で心理学を学んだ者が使うべき」という文言(「ソーシャルワークの大学院」も書かれていたが、心理色の薄い日本福祉系大学院がこれに相当するとは言えないだろう)。もう見飽きた感がある。

 保護者からの面接で行うアセスメントすらも制限されるのか…。もちろんこれは翻訳なので、日本語版の内容について何を言っても仕方がない。素人による取り扱いが危険なのもわかる。ただ、日本の児童発達心理業界の皆さんにお聞きしたいのは、この国の障害児支援業界の現状を見て、いったいどのようにアセスメントの能力を底上げしていきたいと考えているのか、ということである。4年制大学の福祉系学部を出ても発達についての学習ほとんどゼロの福祉職ばかりで、続々と異業種からの参入や転職も増えていく業界で。

 高いスキルが求められるのは理解できるけれど、それならば現場の支援者がもっと力を高めていけるように研修機会を増やすとか、やるべきことがあるだろうに、ほとんどない。障害者福祉業界との接点を深めていこうという動きも見えない。「検査は心理士でなければ無理」と言って、今さら大学院に行けるはずもない多くの支援者を心理士に従えさせたいのだろうか。臨床心理士は累計でも3万人程度。障害児の放課後等デイは6000か所以上まで増加。どう考えたって、院卒の心理士がこれから現場にあふれていくとは思えない(給料も安いし)。

 公認心理師法の今後にも左右されるとはいえ、心理士はこれまで国家資格でなかったこともあり、福祉事業の中では明確な位置づけがなかった。児童発達支援事業であれ、放課後等デイサービスであれ、人員配置の要件などからすれば、心理士よりも社会福祉士や介護福祉士のほうがずっと扱いは上である。障害福祉分野での従業歴をもたない人も多いので、管理責任者などのポストにつかせるまでにも長い時間を要することになり、その点でも雇いにくい(特に小さな事業所では)。

 日米で専門職の養成状況も福祉事業の制度化も大きく異なるのに、「検査」は担い手まで含めてがっつり標準化志向であるというのは無理がありすぎるのではないだろうか。もっと簡易な評価ツールでも活用していく習慣を現場に広めないと、障害児支援業界は発達を見る目が養えないと思う。検査に親しむというのは、子どもの育ちを分析的に見られるようになることでもあるわけで。フォーマルな評価を現場にとって縁のないものにしてしまうと、国が望んでいるような質の向上は期待できないのではないか。

 「発達」の自習に、いいかげんうんざり。

*1:本当はローマ数字

なかのひと