プロ野球チーム。千葉ロッテマリーンズの前身。パ・リーグに所属。 本拠地は東京スタジアム→県営宮城球場→川崎球場。
チームカラーは赤と紺。 球団歌は「わがオリオンズ」、応援歌は「ビバ・オリオンズ」 リーグ優勝2回(1970,1974)、半期優勝3回(1977、1980、1981)。 日本一1回(1974)。
*1:12球団で最も遅い最下位転落であった。
*2:首位打者・高沢秀昭、盗塁王・西村徳文、最多セーブ・牛島和彦、奪三振王・小川博。
今日、ネットニュースで1990年にプロ野球選手を引退された、元ロッテオリオンズのエース、村田兆治さんのことが書かれていました。村田さんはロッテのエースとして長年活躍されて、引退した年の1990年でも10勝を挙げていましたので、私自身もまだまだ投げるんだろうなって思ってましたし、周りの人もそう思っておられたと思います。引退したときの年齢が40歳。球速も球威も全く衰えを見せない中での引退でした。その村田さんが引退した時のことを語っていたんですが、周囲はまだまだやれるとみていた中での引退について「変化球主体であれば、まだ数年は投げられたと思う。でもそれは自分の考える村田兆治ではない。私はあくまで先発…
6/28/21 fa30y(6/28/21) 5:49起床、二度寝7:09 w 935→927 ジム17クール突入。3/1から皆勤。本日も行きました。しかし、わけあってバイク15分。これは連続出場のための守備固め程度の評価。 朝、ジムに向かう途中、チャミーのお友達のラッキーのお父さんとばったり。10歳くらい歳上だけど、合気道の大先生。で、杖ついて歩行訓練。聞けば心臓、腰(菌が溜まって、背骨にボルト)、それに肺がん。超ヤバいじゃないですか。 ただ、腰の病は僕と同じ。で、今週僕が紹介されて行く病院に入院していたそうで情報収集。いろいろ聞かせていただいた。それでジムの時間が圧迫された。笹塚からタクシ…
(写真1 千葉市発祥につながる千葉神社尊星殿の門) 人口百万の政令指定都市 千葉に出かけた。何度も訪れているはずなのに、千葉市街中心部を歩くのはほぼ初めてだった。所用でなら千葉駅に降り立ったこともたびたびだったのだが、散策ということもしたことがなかった。 東京湾に面し、房総半島の付け根に当たり、千葉県中央部に位置する。千葉県の県庁所在地であり、人口百万の政令指定都市である。東京駅から総武線の快速電車で千葉駅までわずかに40分のところ。京葉工業地帯の中核であり、幕張メッセを擁する国際都市でもある。幕張はプロ野球ロッテオリオンズのフランチャイズでもある。中心部には、モノレール路線が敷かれ、いかにも…
6/25/21 fo30y(6/25/21) 6:49起床 w 951 ぐっすり寝れた。目覚めもいい。しかし、なんだろう、このウエイト。常識的にはあり得ん。敗因としたら2日間連続で田島で生クリームコッペパンを食したくらいで、あとは暴飲暴食なし。不気味だけど、一時的なリバウンドだと思う。明日の計量に期待しよう。 それよりも問題なのが、トップ睡魔。異常だ。本日も昼、ジムのエアロバイクで漕ぎながら寝てしまった。とにかく眠い。夕方も坂道を登りながら、今度は歩き寝、我ながら器用にこなす。ただひたすら眠い。みなさんはどうですか? 午後、青山、246沿いの洒落たカフェーでミーティング。レモネードをオーダー。…
またマイペースでボチボチ書いていきますので、引き続きよろしくお願いします。
トレッドミルについて書いておこう。室内ランは最高。自転車のローラー台と同じ。文句なしに最高。 というその考えは脆くも崩れ去った。トレッドミルの唯一の欠点によって、私は灰となった。 屋外での実走と併用することを前提として、まずは良いところ。トレッドミルの何が良いかって手元に補給食を置けること。持って走らなくていい。自販機やコンビニを探さなくていい。素晴らしい。 次に、天候に左右されない。暑さ寒さはもちろん、不愉快な向かい風もなく、雨や雷も関係ない。最高。 さらには足腰に優しい。屋外のアスファルトやコンクリートと違ってトレッドミルはそれほど足腰にダメージが来ない。安心して有酸素運動を行える。これは…
いい顔ふやそう。沖宗正明です。 昨夜ほろ酔いで早めに床に就きました。深夜に眼が覚めて上の3冊を一気に読みました。おかげで寝不足です。 「弱い男」は昨年2月に亡くなった、野村克也さんの著書です。試合後のぼやきは良く知られていましたが、データを重視した名将、知将の印象でした。ところが、この中では一貫してぼやきが書き連ねられ、自ら弱さをカミングアウトています。沙知代さんが亡くなって弱気になったのが大きく影響したのでしょう。高齢の男やもめの悲哀が伝わってきます。 父親が戦死したため、幼い頃は町内で一番貧しかったと回想しています。選手として南海ホークス、ロッテオリオンズ、西武ライオンズ、監督としてヤクル…
日本ハムファイターズさんで起きた コロナウィルス集団感染の影響から 5/3~5/5に予定されていたZOZOカード延期。 今思うと、40年ほど前は球場に屋根がなかった 且つ、ちょっと雨降ったら中止になる 川崎球場をホームにしてたロッテオリオンズからしたら 『フツーのことやん』 ですが、時代が流れ、時が過ぎ、フツーじゃなくなって してのコレは結構キツい。。。 そんなもあってワタシも【プロスピ日記】なんて やり始めたりしてるし(笑) まぁこのコロナ禍のGW。 思い起こせば今回緊急事態宣言発令された 1都2府1県(東京・大阪・京都・兵庫)の人は2年連続。 大阪府民は北の兵庫・京都もガッチリとブロックさ…
前年につづき、ゴールデンウィークに野球がないのは異例‥‥というのは前回記事でも書いた。 まぁ他のカードの試合感想などを綴ってもいいのだけれど、それでは読者も退屈だろうし、何より私自身がつまらない(笑)。せっかくだから、この空き時間?に「GWとファイターズ」の思い出を、超主観で送ってみたい。 まだ幼いころ、今は失き後楽園球場にも足を運んでいるそうなのだが、さすがに記憶にない。したがって、筆者の記憶は「東京ドーム時代」から始まる。 ヲタク的ハム好き親父に連れられ、初めて家族で足を運んだのはドーム開場年の1988年。今は誰もそう呼ぶ人はいないけれど、東京ドームが「ビッグエッグ」と呼ばれていた時代だ。…
1【TOKUMEI】2009/05/08(金) 02:50:37 バレンタイン監督の就任から始まる一連のチーム改革・地域密着は、 赤字解消や球団内部の権力闘争によって失われつつある。 千葉からの撤退、他地域への移転も噂される逆境の中で、 ファンが増え、真に千葉に根付いていく方法を探っていくスレの5スレ目。 テンプレみたいなのは>>2-10の辺り。 5【TOKUMEI】2009/05/08(金) 02:56:37 ■2009年のゴタゴタ ロッテ大丈夫? 占い師の顔を持つ女性球団幹部がやりたい放題、監督の批判記事を要求 http://www.zakzak.co.jp/spo/200904/s200…
プロ野球界の特に有名な兄弟のプレイヤーを紹介していきます。 新井兄弟 まず紹介するのは、兄の新井貴浩、弟の新井良太の兄弟です。 概要紹介 新井貴浩 「新井さん」こと新井貴浩は広島、阪神で活躍した名選手。金本を慕い、広島から阪神に移籍するとき「辛いです」の名言を残します。広島復帰後、2016年には2000本安打を達成し、広島の25年ぶりの優勝に貢献。史上最年長のシーズンMVPに選ばれます。多くのプロ野球ファンから愛された人物。 新井良太 弟、新井良太は中日、阪神でプレー。ホームランを打った後のバット投げが有名。阪神では4番を務めた経験もあります。 エピソード トリプルツレー まず、「ツラゲ」とい…
私事ですが、先日大学を卒業しました。大学周辺の麺屋を巡りきれなかったことが心残りです。 8. 東京スタジアム-大毎オリオンズ- 【目次】 球場完成まで 球場の概要 閉場まで 「光の球場」の現在 麺 球場完成まで この球場の竣工は1962年。後楽園球場でのプロ野球過密日程の解消のために作られました。 元々この場所には「千住製絨所」がありました。1879年、それまで輸入に頼っていた軍服の国産化のため、明治政府によって千住の地に軍服の生地を作るための工場が作られました。 ドイツで毛織技術を学んだ井上省三が中心となり、日本で初めて蒸気力を用いて羊毛から軍服を製造する工場として、長年操業され続けました。…
東京球場も大阪球場も今はなくなった野球場です。 「東京」と「大阪」を冠した野球場がなくなったの偶然ですがどうしてでしょう? 自分が子供のころはまだ東京球場は存在していて、遠くから見たことがあります。 東京球場は荒川区の南千住駅そばにあったそうです。 南千住と言えば、かつてのドヤ街「山谷(さんや)」のあった地ですが、山谷とは駅の反対側だったようです。 東京球場を本拠地にしていたのは、現在のロッテオリオンズで当時は大毎オリオンズという名前でした。 オーナーは当時、映画大手「大映」のオーナーでしたが、映画産業の衰退で経営権をロッテに譲渡したそうです。 しかし、オリオンズはパリーグで不人気チームで赤字…
西武の外崎修汰や横浜の大和、ホークスの周東佑京、牧原大成など日本プロ野球界にはさまざまなユーティリティープレイヤーが存在します。彼らは本職の守備位置の他に、複数の守備可能なポジションを持つ、非常に監督にとっては助かる選手です。しかし過去にはピッチャーを含む全ポジションを守ったことのあるユーティリテーも存在していました。今回はそんな選手2人を紹介していきます。 1.五十嵐章人 まず紹介するのはNPB史上唯一、全打順本塁打と全ポジション出場の両方を達成した五十嵐章人選手です。 外野手としてプロ入り 前橋商業高校の3年次に、エースで3番として夏の甲子園に出場し、ベスト16入りします。その後、日本石油…
長いプロ野球の歴史において、様々な珍しい試合が中止やノーゲームとなった原因があります。今回はそれを見ていきましょう。 1.火災によるノーゲーム 1951年8月19日、悲劇が起こる。中日スタヂアム(現・ナゴヤ球場)での中日対巨人戦3回裏、中日の4番の西沢道夫がバッターボックスに入った際、ネット裏から火の手があがった。火は一瞬にして燃え上がり、試合を観戦していた観客はパニックに陥った。球場は全焼し、死者4人、負傷者318人を出す大惨事となった。原因は床板の隙間から落ちた煙草の吸い殻が引火したことであった。当時10歳の高木守道はスタンドで兄とともにこの試合を見ていたという。この日以降のシーズンの残り…