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2020-01-01

2017-06-28

[]季刊「未来」の後藤明生論第四回「憧れと挫折」について

後藤論連載第四回の掲載された季刊「未来」2017年夏号が出ました。

今回から最終回までの三回にわたり『挾み撃ち』論が続くことになります。冒頭に書いたように、この作品は「夢」の小説だ、とぶち上げてみています。

今回はおおむね『挾み撃ち』の概要を確認したかたちですけれど、これまであまりちゃんと言及されていないところとしては、『挾み撃ち』はゴーゴリとともに、『墨東綺譚』をベースにしている、という点についてでしょうか。『挾み撃ち』の模倣対象としてはつねにゴーゴリばかり言及されて、荷風も重要な模倣対象だよと強調しておこうと。そして『壁の中』との関係を指摘してみましたけど、どうでしょうか。『墨東綺譚』についてはまた出てきます。

この関係についての言及としては、坪内祐三が坂本忠雄の座談集『文学の器』で、『挾み撃ち』を「現代版『墨東綺譚』みたいなところがある」と言っています。再読に耐える、という理由以外はいわないものの、別の文脈で『墨東綺譚』の都市小説性やジイドの後期作品を念頭に置いた批評的作品だとも言及していて*1、このあたりを踏まえてのことでしょう。

文学の器

文学の器

出典は挾み撃ちばかりでそれはおおむね頁数を併記してあるので、削った出典注は今回はなし。

*1:267-271P

2017-06-13

[]朴裕河 - 引揚げ文学論序説

引揚げ文学論序説 - 株式会社 人文書院
人文書院のサイトには各種書評へのリンクがある。

2008年以来朴裕河が発表してきた引揚げ文学に関する論文や講演を一冊にまとめたもの。著者の言に従うなら「引揚げ文学」についての始めてまとめられた書籍になるだろうか。

著者は十人に一人が引揚者だったという体験の膨大さに比べてその記憶はあまりにも忘れられていることを指摘する。引揚げが日本において「国民の物語」、「公的記憶」にはならなかった理由を、植民者たちという「加害者」のものだったこと、また引揚者は戦後帰還した内地において、差別蔑視されたことなどがあるとしている。そして引揚げが文学事典の類いに記載がないことを指摘する。

しかしながら、「帝国」と「帝国後」をとらえる引揚げ文学の存在は、「内地」中心の文学観をアジアに広げる視点になりうるのではないかと著者は言う。引揚げ文学の研究は「「内地」中心主義と混血文化の切断と「定住者」中心主義の上に築かれた、「日本近代文学」と「日本現代文学」の組み替えさえ迫るかもしれない」という。そうして戦後国内における「異邦人性」を持ち続けた存在としての引揚作家たちが本作で論じられる対象となる。

著者の引揚げ文学の総論部分は、原型が立命館大学のサイトに公開されているので、まずはそこから読んでみるのがいいだろう。

「引揚げ文学」に耳を傾ける - 立命館大学

本書には漱石『明暗』に出てくる小林が朝鮮行きになっていることについての講演や、小林勝の諸作、湯浅克衛「移民」についての論考などがあるけれども、とりわけ丁寧に論じられていて、本書の核となっているのは後藤明生論だろう。

著者は、「植民地や占領地以外には「故郷」がないと感じていたひとたち」、つまり典型として「敗戦当時の少年少女たちこそが、「引揚げ文学」の主役なのである」(15-16頁)と言う。この場合、漱石はもちろん、植民地で育ちながらも引揚げを経験していない湯浅よりも、敗戦まで内地体験のほとんどない後藤明生が「引揚げ文学」の恰好のモデルケースになる。

その後藤明生『夢かたり』(76年刊)についての二つの論考は、子供の目から見た植民地の光景における、植民者と被植民者の関係を丁寧に取り出した「内破する植民地主義」と、植民地で育った者の戦後の身体感覚について論じた「植民地的身体の戦後の日々」。二つ合わせて朝鮮にまつわる過去と現在から照射したかたちだ。

いずれも、作品の語りのなかから、植民者が必ずしも優越的地位に安住できたわけはなく、その優越意識が不安にさらされていること、朝鮮と日本の境界相互浸食されている状況を取り出す。子供故にその禁じられた境界を越え出て行く場面や、植民地育ちの人間にとって気づかないうちに日常語に朝鮮語が入り交じっていることなど、植民地の日常においてはどうしたってお互いに影響し合う。これは当時においてもそうだし、そして数十年経った現在時においても引揚者が自分の日本語にどうも自信がない、というような状況をもたらすアイロニー、「内破する植民地主義」を指摘する。

そもそも中期後藤明生について長い論考はほぼないので、この論はそれだけでも貴重だし、引揚者後藤明生についての論としても拙稿の重要な先行研究となっている。国会図書館の関西館にしかない「日本學報」という韓国学術誌に載っていて参照が難しかったのが一般書として刊行された点、とても意義がある。

 

『夢かたり』のほぼ前半について論文二本を費やして論じたことで丁寧な読み取りがされているけれども、反面、『夢かたり』論としては作品後半への踏み込みがされていない憾みがある。朝鮮在住時を主に描いたのは前半なので妥当ではあるけれど、後半は同郷ながらも語り手とは違うスタンスの人たちが出てきて、語り手の認識を相対化していくからだ。従姉や特に母の存在等、この別視点は三部作にかけてのテーマとなるわけだけれども、本書では母や従姉や同郷の友人らが語り手に対して持っている意味があまり意識されていない。

それともかかわるけれども、たとえば本書のなかで気になったのは、148Pにある「チョコマンナノーソク」のくだりだ。朝鮮人の子供のつたない日本語を日本人少年が笑いものにした場面があると述べた後で、「チョコマン」が朝鮮語だったことでそれが言葉の混交の場面だと著者は言うけれど、この場面はもっと別の意味がある。

「カミサマニ、タテマツル、チョコマンナ、ノーソクハ、アリマセンカ?」(小さいロウソクのこと)

という朝鮮人の子供の不慣れな日本語を節回しや手真似をして「大笑い」したこの場面は、語り手もまた「コウゴグシンミンを笑ったコウコクシンミン」にほかならなかったことを示しているはずだ。そしてこのことを語り手はまったく覚えておらず、何十年ぶりかに再会した田中から聞くことで知る、という過程が重要だ。自身もまた無邪気に差別構造に乗っていたわけで、その「笑った」ことが無意識にされたものだったからこそ、加害者としての意識が容易に忘却されていたことを露呈した場面だからだ。

もっといえば、「朝鮮人くさい」という父の言葉が分からない、と語られたりして、積極的には差別に荷担したことがなかったかのような叙述が続いたなかにあって、語り手もまた植民地における差別的振る舞いとは無縁ではなかったことがわかる場面だ。著者は「少年がまだ差別意識に汚染されていない」と言うけれども、これは語り手を無垢に見ようとしすぎている。小学生ころの少年が差別意識と無縁なわけがあるだろうか。植民地差別構造をまだ内面化していない子供、という書き方をしているところもあるけれども、子供こそ無邪気にその、周囲の環境にある差別構造を体現してしまうものではないか。

著者は「内破する植民地主義」で触れたこの場面について、「植民地的身体の戦後の日々」のほうで、きちんと加害体験に気づく過程だと指摘している(176P)けれども、これがノーソクのくだりと同じ場面についての指摘だとはわかりづらい。笑いものにした加害の場面だということはきちんと指摘してはいるけれど、この場面についての著者の言及の仕方は私には少しばかり違和感がある。

それと、著者は『夢かたり』について、後藤の個人的な体験が時空間の領域を広げて「国家」や「世界」の体験となり、結果として「歴史」となることを目指している、と書いている(136頁)けれど、これは明確に違う、と思う。むしろ後藤としてはこれは歴史あるいは政治とは違う、あくまでも個人的な体験として局限して語っている。ここらへんは私の後藤論の第二部のテーマになるので、ここでは書かないけれども。

もう一点細かいところだけれど指摘したいのは、159Pの注11において、川村二郎が後藤を批判したという記述だ。「植民地に対して日本人がどういうことをしたか」を「問題的に書こうということは、一切しない」と川村が批判し、坂上弘が擁護したと著者は書いているけれども、川村は先の一文に続けて「だから、しないことによって、個々のイメージ、あるいは風景というのは、とても鮮明に出てきています」として、「その鮮明さが僕には好ましい」とむしろ好意的に評している。川村はこのアンビバレントな事態について、それでいいのか、とはいうけれども、川村と坂上は順接して話している(「文藝」76年6月号)。川村のこの発言は私も好意的なものとして引用したのですぐわかったけれど、これはややアンフェアな引用ではないか。

 

本書に収められたのは『夢かたり』論だけれども、当然後藤の引揚げ体験としては『挾み撃ち」やその他の諸作も重要で、特に『挾み撃ち』での土着からの疎外体験は「定住者中心主義」を批判する著者にしてみれば重要な論点になるはずだ。また後藤はずっとマンションアパート住まいの、根っからの非定住者だったことなど、著者によって書かれるべき本論はまだまだあると思われる。

私は私で初期からの後藤を引揚げの視点から通時的に検討した拙稿でカバーしたつもりなので、挾み撃ち以後を論じる第二部をそのうち発表できればな、と。そこで同郷の友人や母の存在について引揚げ三部作を通して扱ったので。

全体についていえば、『明暗』の小林がそうだったように、貧困故に移動していった人々の存在を指摘し、植民地という場所は内地の増えすぎた人口を放出するための帝国日本の棄民の場所だったと論じ、その記憶が見落とされていたことは、最初の棄民に続く〈記憶の棄民〉になっていたとする指摘は重要だろう。この二重の忘却は後藤明生の論じられかたを見るにつけ、正しいと思う。後藤の引揚げ体験は論及においてほとんど中心に捉えられることがなかった。

この忘却の問題として、本書で扱われた小林勝や湯浅克衛は、短篇がアンソロジーで読めるくらいで、著書が現行きわめて入手困難なのは一例だろうか。

渡邊一民や磯貝治良などによる、日本文学のなかの朝鮮を探る試みなどはあったけれども、それとはまた違い、植民地から本国へ移動した引揚者による引揚げ文学という視点はまだこれからだろう。その意味で小著ながらも重要な一冊。

また、著者は「日本學報」2012年11月号に、「「引揚げ」と戦後日本の定住者主義」という論文を発表している。文学論ではないので本書未収だけれど、今めくってみたところ、本書のなかで見た文章が散見されるので関連のある部分を引っ張ってちりばめてあるようだ。

なお一点、「植民地的身体の戦後の日々」の註16、「植田康夫書評クリニック」の出典は、「諸君」1979年3月ではなく、79年7月。

 

そういえば本書でも引かれる成田龍一の論考は「引揚げ」と「抑留」を論じたものだけれど、抑留文学、というカテゴリはあるのか。抑留者の文学、というと石原吉郎が浮かぶけれど(拙稿と同じ季刊「未来」に現在郷原宏の石原論が連載されている)、石原は帰還したとき、両親を亡くしていたため親族の元にむかったら、まず「赤」でないことをはっきりさせ、「赤」ならばつきあえないこと、精神的な親にはなれても、物質的な親にはなれないこと、祖先供養をしなければならないことを最初に言われたという話があり、引揚者のそれにくわえ政治的な排除も受けていた。石原論のように、個々の作家の抑留体験を見るものはあるとして、抑留者の文学を横断的に見たような研究はありそうだけれど。

シベリア抑留者たちの戦後 - 株式会社 人文書院

これはちょっと違うか。

渡邊利道/J・G・バラード『ハイ・ライズ』(村上博基 訳)解説(全文)[2016年7月]|Science Fiction|Webミステリーズ!

また、この植民地上海出身のJ・G・バラードの解説で渡邊利道が書いている、朝鮮出身の後藤と満洲出身の安部公房、そしてヌーヴォーロマンの作家が植民地出身だったりすることを指して、「みな戦争や植民地での体験によって古典的な人間性に強い懐疑を抱き、十九世紀風のオーソドックスな小説技法に積極的に揺さぶりをかけ続けた作家たち」だとする指摘は興味深い。

しかし、本書を読んでも、著者がなぜ慰安婦問題で大きな事件を抱え込んだのか、ややわかりづらいところがある。右派的な植民地主義肯定者ではないし、ジェンダー問題についても踏み込んで論じており、問題意識もある。ただ、この記事を書きながらぽつぽつ読み返してみるとき、日本人と朝鮮人のあいだの境界がくずれ、言葉が混交し、またお互いに助け合った人たち、あるいは日朝の子供同士のほほえましい場面、といった支配関係を越え出る瞬間に着目する方向性は、行きすぎれば注意を要する議論ではある。当該書籍は読んでいないので触れるべきではないかも知れない。とりあえずのメモとして。

2017-06-06

[]笙野頼子 - さあ、文学で戦争を止めよう 猫キッチン荒神

群像 2017年 04 月号 [雑誌]

群像 2017年 04 月号 [雑誌]

身辺理層夢経のシリーズとして書き継がれている今回は、タイトルそのものに強烈な主張を盛り込んだ笙野頼子の現在地点。

「さあ、今こそ文学で戦争を止めよう、この、売国内閣の下の植民地化を止めよう。10P

私小説にもかかわらず、若宮ににという荒神と笙野自身の語りという二重化した形で自身を語る実験的私小説ぶりはあいかわらずで、猫と暮らした幸福を小説というフィクションのなかで保存する方法などもいつも通りだけれど、ここで主題になるのはタイトル通りキッチンのこと、食卓のことだ。食卓と生活が政治と直結する回路を通して、経済と暴力による収奪から生活を守ろうとする意思に貫かれた作品。

膠原病の症状として突然死ぬことがあるという不安を抱きながら、つねにこれが「絶筆」となりうるかも知れないという危機意識のなかで書かれ、易疲労の体を押してデモに参加したり、『ひょうすべの国』という作品においても政治への危機を語り続けてきた。

文学に何が出来るのかだって、お前ら、原発TPP報道が「出来て」から言えよ、小説が「届かない」のはてめえらが隠蔽したからだろ。こっちは十年前から着々とやっていたよ。悔しかったらむしろ、お前らが文学に届いてみろ、小説を買いも覗きもしないで読む能力なくて、それで「文学に何が出来るんだ」じゃねえわい、ばーかばーかばーか。57P

TPPへの危機意識は薬価上昇が難病患者の語り手と猫の生活を直撃することで、生に直接関係するからだ。生そのものが国際政治そのものと直接関係する視座が近年の笙野作品の基盤となっている。

そして笙野の作品にはつねに自己とそれを批判的に捉える、後藤的に言えば楕円の目があり、語りの二重化のほかに、自己が基盤としてきたものの崩壊を繰り返し味わい、そしてそれを受けてなおも足場の再構築を繰り返してきた。

それは前半では政治の変動のなかで、TPPがトランプ当選によって流れるとか、過去作で未来史として据えていたはずのディストピアが五十年早く現実化してしまうことなどのほか、自分の体質が難病の膠原病だったことがわかるとか、家族関係での自己史の根本が覆るとか、そして今作では自分が野良猫を助けたのではない、自分は猫に助けられたのだ、と猫語の「翻訳」を書き換える場面がある。

それは、冬の公園でずーっと鳴いて呼ぶ猫、死にかけていると思ったらそうでもなかった白鯖。で? 必死の呼びかけに渾身のお願い、そこに打たれて私は連れ帰った。暴力猫だった、……

 しかしこれ。この冒頭から全部、嘘だった。逆だった。むしろドーラは私を助けようとして公園にかけつけ、私を捜し出してくれて生きさせてくれたのだった。72P

猫は語り手(=笙野と呼ばれていて、「沢野千本」といった虚構化がされていない)にとって生きる理由そのものともなり、これまさしく正しい意味で「信仰」の書だ。国家神道から神を切り離し、暴力と収奪宗教を拒否しながら自分なりの「信仰」を手ずからくみ上げる笙野独自の信仰の姿がここにある。


今作の核は食べることにあって、「蓄えよ、冷凍せよ、そして資本主義から逃走せよ、男の命令からも」41Pとか、「ご飯という神様」42Pなんていう印象的なフレーズがありつつ、「人との食卓が辛い」という語り手の暗い過去が後半の主題となる。

「私の母は料理が上手すぎたし、食べ物についても知りすぎていた。それが不幸だった。料理で身を滅ぼした」「男尊女卑とかを脱構築するための下手な、破れた、満足な、楽しい料理を私はずっとやっていたい」「私のお節はけしてお節とは呼べない代物であったが故に、まともに作っていないが故に幸福を呼んだ」(83P)

この母の不幸と語り手の食卓の幸福が何に由来しているのかがわかるのが後半で、語り手の幼少期の食卓の様子はほとんど父から母へのDVと、両親から語り手への児童虐待が延々続くような感じで圧巻と言うしかない。家族から笑われ、怒られ、そのため、病院で症状を説明するとき「痛い」という言葉を「習う」までわからなかった、という下りが衝撃的だ。つまり、家庭での扱いによって、自分が何か被害を受けているという主張を持つ「痛い」という言葉が禁じられていたような状態だったわけだ。それが今でも確実に尾を引いている。

「ご飯のとき家にお父さんがいると自分の家じゃないみたい」136P

母や父からの扱いを微細に描き出していて、虐待家庭のドキュメントを読むようなつらさが充満する後半だけれど、語り手は憑きもの落としのように語りながらしかしこうも書いている。

うちの親は悪くない。悪いのは戦争と、一番最初養子話の時に出た「○○家」という家格差、家差別だけだから。123P

と、両親への憎しみを語ることはしていないのが非常に印象的。56年生まれの笙野の両親となると戦中生まれで、

母は殴られて、教練をされて、「男になった」のだ、勤労奉仕で徹夜させられて覚醒剤を配られ、鉄砲の弾の「おしゃかばっかり作って隠しに行った」って。一番誇らしげに言う記憶は、被暴力の事だった。123

両親の結婚の過程に家差別があり、その怨恨が母から子への小言となっていたこととか、母が戦後初の国立大学の女子学生のうちの一人だったとかで、新聞のインタビューを受けるぐらいの人物だったのが、高学歴ということで攻撃されたり、大企業に就職して差別されたりといった挫折を体験したことなど、さんざん酷い仕打ちを受けた母の生涯に対しても寄りそって語っている。「農学部農芸化学科」出身とかで食物への理系的知識が豊富で、ネットのない田舎で未知の食材を調理したり、あるいは近所の人を集めて料理教室を開いたり、そうした、

母の「業績」を覚えているのはもう私だけだ。台所であったことは誰も知らない。それは個人個人による個人のための「発明」にすぎないから。129P

妻とも呼んだ猫ドーラの生をフィクションのなかで保存する語りのなかで、歴史には残らないような女の歴史を語り、母への追悼と慰霊として書かれているのが本作だろう。そしてその女の歴史の舞台となったキッチン、食卓が政治的抵抗に繋がる回路を描いている。

なかなか奇遇なのは同号に土井善晴のエッセイがあり、

しかし、稼ぎ手として、また、子育てをしながらでも、今だに、家事に取り組み、プレッシャーを感じて、見えない要求に苦しんでいる人が、ほんとうに多くいるのです。だから、そんなご馳走は、毎日は不要であること、簡単な料理しか作れなくても、負い目を感じる必要はないことを、最小限のそれでいいと本人にも、家族にも知らせたくて著したのが、『一汁一菜でよいという提案』(グラフィック社)です。177P

と書いていることだ。

群像」は笙野さんから恵贈頂きました。ありがとうございます。

来月書籍化。

その他情報リンクはこちらから。

群像2017年4月号に笙野頼子新作長編小説「さあ、文学で戦争を止めよう 猫キッチン荒神」

2017-04-24

[]北海道新聞笠井清論を書きました。

Twitterで告知したまま忘れてましたけれど、さる3/28の北海道新聞夕刊で、連載企画「現代北海道文学論」の一環として私が担当した笠井清論が掲載されました。

北海道札幌プロレタリア文学運動の重要人物で、90年に亡くなるまで活動を続けた詩人です。

連載・特集:どうしん電子版(北海道新聞)

こちらにてウェブ公開されていますのでご参照を。


言及した木村友祐「幸福な水夫」はすばる2010年2月号掲載の作品。強引な父のわがままからある温泉宿を目指して、車いすの父と語り手とその兄とが下北半島を北へ上っていく道中を描いた小説。下北の地理と、嫌っていた父の歴史が絡んで、地方からの怒りを放つ、とても爽やかな家族小説でもある。父がとても問題のある人物で、わがまま、暴虐で。でも、人にはいろんな歴史があり、事情がある。かといってその暴虐さが許されたわけでも克服されるわけでもなくて、ここらへんのバランスがいい。書き手とダブる語り手の自己批判もそのバランスを支えている。こちらもお勧め。

すばる 2010年 02月号 [雑誌]

すばる 2010年 02月号 [雑誌]