takeruko の小説置場

3000-01-01

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長編

Struggles of the Empire
皇帝ラインハルト死後、摂政皇太后ヒルダが直面する内紛を描きます。
The Tycoons
Struggles of the Empire の続編。新体制下における政治状況を描きます。

エッセイ

銀河英雄伝説のこと
銀河英雄伝説とジェンダー

2099-07-03

2016-06-09

2013-07-04

The Tycoons 第1章 王朝の剣として(1)


 新帝国暦4年(宇宙暦802年)6月29日、帝国軍総司令官ウォルフガング・ミッターマイヤー首席元帥は軍を退役した。年齢は未だ36歳であり、士官学校を卒業して少尉に任官してから16年の軍人生活にピリオドを打った。退役と同時にミッターマイヤーは元帥杖を返上し、元帥としての立場と特権を失った。ただし儀礼称号としては従前通り、ミッターマイヤー元帥と呼ばれ、ミッターマイヤー元帥公邸は、ミッターマイヤーに私邸として下賜された。ミッタイマイヤー家はそこからほど近い、かつての公邸よりはこじんまりとした家を別途に購入しそちらに移り、かつての公邸を、ミッタイマイヤーは共和党設立準備本部・仮党本部とした。
 7月2日、ミッターマイヤーの勧誘に応じて、内務尚書エルスハイマー、司法尚書ブルックドルフ、国務次官マインホフ、憲兵総監ケスラー元帥、そして超光速通信を介してアルターラント方面軍司令官メックリンガー元帥、イゼルローン総督ワーレン元帥が共和党仮本部に集い、この7名にて共和党結党が合意、宣言され、ミッターマイヤーを党首に選出した。エルスハイマーは幹事長、ブルックドルフは政策委員長、マインホフは選挙対策本部長に選任され、この3名はただちに政府の職を退き、党活動に専従することが決定された。
 これについてはマリーンドルフ国務尚書から、特にエルスハイマーを引き抜かれては政府の運営に支障が出ると苦情が寄せられたが、ミッターマイヤーは、
「3年後の総選挙を見据えて、共和党を成長させることが国家にとって最優先事項です」
 と言って、エルスハイマーを政府に復帰させるようにとの国務尚書の要請を断った。
 7月中には、幹事長となったエルスハイマーは党本部のスタッフとして約200名を雇用し、財界から1億帝国マルクを結党原資としてかき集めた。次々に各星系に支部が作られ、バーラト自治共和政府領内にも共和党支部はもうけられた。新帝国暦7年3月までに、共和党は党員数11億5665万人を数えるまでに至っていた。

 両雄の勅令を受けての、ミッターマイヤーのこの素早い動きを警戒したのは、バーラト自治共和政府であった。
「我々も党員の拡大を目指さなければならんだろうな」
 ヤン・ウェンリー党の幹事長キャゼルヌはそう言ったが、自治共和政府首相の座にあるフレデリカはうなずなかった。
「ヤン・ウェンリー党はあくまでバーラト自治共和政府の政党です。そもそも名前からして宇宙の半分に対してしか対象に対して希求していません。ヤン・ウェンリー党をバーラト星系以外で活動させるのは和平合意に反します」
「しかし両雄の勅令で事情は変わったのではないのかね」
「そうだとしても、まず帝国政府に了承を得る必要があります。了承が得られたとしても、党として新体制に移行するのは党首としては反対です」
 フレデリカのこの消極姿勢に、キャゼルヌのみならず、ヤン・ウェンリー党幹部の面々は内心、不満を抱いたが、とにかくはまず、帝国政府に了承の意思があるかどうかを確認するのが先であった。外務大臣のアッテンボローがフェザーンに派遣され、摂政皇太后ヒルダと面談した。
 ヒルダは正直言って、事前にバーラト自治共和政府の政党に帝国全域での政治活動を認めるかどうかまでは考えていなかったので、これについて閣議にかけた。産業尚書のライヘナウなどは、
「和平合意にてバーラトの政党活動をバーラト星系に限るとしてある以上、考慮するには及びません。拒否しましょう」
 と述べたが、財務尚書リヒターや民政尚書ブラッケらは、異論を唱えた。
「それは両雄の勅令以前の話だ。両雄の勅令を受けて、3年後にはバーラト自治共和政府も解体されるよう交渉しているし、おそらくそうなるだろう。ならば、同時にバーラト星系の政党にも帝国領全域での活動を認めなければ整合性がとれない」
 リヒターがそう述べた。
 エルスハイマーやブルックドルフらの保守派が閣議から抜けて、閣議においてはリヒターらのリベラル派が優勢になり、調整者に過ぎないマリーンドルフ国務尚書を差し置いて、リヒターが事実上、内閣を指導する立場にあった。リヒターの言は他の閣僚の同意を得て、内閣の意思となった。
 これによって、ヤン・ウェンリー党の帝国全域での活動が可能になり、それを担保する意味合いもあって、財務尚書リヒターと民政尚書ブラッケはヤン・ウェンリー党に入党した。
 仮に、保守とリベラルに分かれるとしても、旧銀河帝国系と旧自由惑星同盟に更に分かれ、保守とリベラルの軸だけでも主要政党が4つになる可能性があったが、旧銀河帝国系のリベラル陣営の中核となるべきリヒターとブラッケが旧自由惑星同盟系のリベラル政党であるヤン・ウェンリー党に合流したことから、リベラル軸においてはヤン・ウェンリー党が帝国全域での代表的なリベラル政党となる公算が強まったのであった。
 リヒターとブラッケの入党は、ハイネセンにいるキャゼルヌらにとっては大きな成果であり、すぐに両名を党最高顧問に任じたが、フレデリカは良い顔をしなかった。何しろヤン・ウェンリーという彼女の亡夫の名声を最大限に利用して結党された党であったから、フレデリカの意向は、単に彼女が党首であると言う以上に致命的に重要であって、また表立って対立が激化してしまえば、思わぬ混乱を招きかねなかった。
 ミッターマイヤーらの共和党が着々と勢力を広げているのを横目で見ながら、キャゼルヌはここで党を分裂させることはどうしても避けたかった。自身が直接フレデリカの意向を確かめたり、説得すれば亀裂が生じるかも知れないと恐れたキャゼルヌは、ユリアン・ミンツにフレデリカの意思確認を依頼した。
 ユリアンは身重の夫人と共に、ウルヴァシーに滞在していたが、新帝国暦4年9月25日、キャゼルヌの要請に応じて、ハイネセンに到着した。

2013-07-03

銀河帝国憲法(新帝国暦6年3月30日発布、新帝国暦6年4月1日施行)


第1条 国号を銀河帝国とする。
第2条 この国は、この憲法施行以前の銀河帝国の継承国家であるが、理念と実態において新国家である。

第3条 主権は国民と皇帝、双方に属する。
第4条 国民は皇帝との対比においてより優位の主権者である。
第5条 皇帝は国家元首である。

第6条 皇帝は以下の独自権限を持つ。
    ・皇帝府官僚の任免する権限。
    ・一年度に10人までを上限とする恩赦する権限。
    ・上級大将を元帥に任免する権限。
    ・勅選官を任免する権限。
    ・授爵・勲章の授与・恩賜年金など恩典を与える権限。
    ・帝国議会によって最終的に承認された法案に対し、注意事項を付記して一回限り下院に差し戻す権限。
    ・帝国大法院裁判官の任命に拒否権を行使する権限。
    ・内閣総理大臣に対して不信任権を行使する権限。
    ・将官以上の軍人事について拒否権を行使する権限。
    ・内閣総理大臣以外の国務大臣について任命を拒否する権限。
    ・他の法規に違反しない範囲内で勅令を発布する権限。
第7条 皇帝は内閣総理大臣の助言と承認に基づいて以下の権限を有し、行使する。
    ・勅任官を任命する権限。
    ・下院を解散する権限。
    ・儀典を執り行う権限。
    ・帝国議会を召集する権限。
第8条 皇帝が諸事情で政務を執れない場合は法律に基づいて摂政を置く。
第9条 皇帝は終身であり退位は認められない。

第10条 行政権は内閣に属する。
第11条 内閣総理大臣は下院の議決と指名によって選出され、皇帝によって任命される。
第12条 軍務大臣を除く国務大臣は内閣総理大臣の指名と皇帝の任命によって就任する。また、内閣総理大臣によって罷免される。
第13条 内閣総理大臣ならびに法律の定める国務大臣は下院議員でなければならない。
第14条 内閣総理大臣は帝国大法院裁判官を指名する。
第15条 内閣総理大臣が欠けた時、もしくは政務を執れない状態に陥った時、皇帝によって不信任権が行使された時はただちに内閣は総辞職する。また、下院によって不信任決議が可決された時は内閣は総辞職するか、解散総選挙を行う。
第16条 内閣は憲法、法律、条令、に違反しない範囲内で政令を定めることが出来る。

第15条 立法権は帝国議会に属する。
第16条 下院は民選議会でなければならない。
第17条 下院議員の任期は解散がない限り4年とする。
第18条 予算法案は下院のみで審議、決議される。
第19条 法案は下院議員のみが提出できる。
第20条 下院は憲法と法律を除く法規について、その無効を決議することが出来る。
第21条 法案は下院で決議された後、上院で審議される。下院で可決されて後、2年以内に上院で決議できなければ上院に決議の意思なしとみなされて下院の決議が両院の決議となる。
第22条 下院で可決された後、上院で否決された法案は、再度、下院で審議され、可決された場合は、上院に再度回される。上院で再度、否決された場合は、両院総会が開かれ、修正等を経ても10日以内に合意が得られなかった場合は、上院が議員の三分の二以上の意思でもって否決の意思が表明されれば否決される。上院が議員の三分の二以上の意思で以て否決の意思を示さなかった場合には、施行が一年遅らされて公布される。
第23条 両院の可決を経て、皇帝によって拒否権を行使された法案は下院によって再度審議され、最終的な可否が決定される。
第24条 上院議員はその半数を各州の条例に基づいて州政府によって任免される。残りの半数は皇帝によって勅選される。
第25条 上院議員の通算在任期間は10年を越えてはならない。
第26条 下院議員は以下の条件に該当してはならない。
    ・世襲貴族である。
    ・現役の軍人である。
    ・過去10年以内に公民権停止処分を受けている。
    ・現役の裁判官である。
第27条 下院は内閣不信任決議を行うことが出来る。

第28条 司法権は大法院ならびに他の裁判所に属する。
第29条 特別法廷は軍事法廷以外を認めない。
第30条 裁判官は司法試験に合格していなければならない。
第31条 帝国大法院裁判官は内閣総理大臣によって指名され、皇帝から拒否されなければ皇帝によって任命される。
第32条 帝国大法院裁判官任期は終身である。
第33条 裁判所は最上位の法解釈者である。

第34条 軍務大臣は勅選官である。
第35条 統帥権は内閣総理大臣に属する。

(以下略)
 

2012-10-22

Struggles of the Empire 目次


第1章 伝説の終焉
 1/2/3/4/5/6/7/8/9/10/11/12/

第2章 十一月の新政府
 1/2/3/4/5/6/7/8/9/10/11/12/13/

第3章 シュナイダーの旅
 1/2/3/4/5/6/7/

第4章 ワルキューレは眠らず
 1/2/3/4/5/6/7/8/9/10/11/12/

第5章 ロキの円舞曲
 1/2/3/4/5/6/7/8/9/10/11/

第6章 終わりなき夜に生まれつく
 1/2/3/4/5/6/7/8/

第7章 我らは嘆かず、遺されしものに力を見出すなり
 1/2/3/4/5/6/7/8/

第8章(終章) 両雄の勅令
 1/2/3/4/5/6/完結/あとがき

2012-10-21

Struggles of the Empire あとがき


 数日、執筆できないので、書けるうちに書いてしまおうとして最後は駆け足になりましたが、銀河英雄伝説の長編二次小説"Struggles of the Empire"、完結しました。
 自分がこれまで書いた小説の中でもたぶん一番長いものなのかなあと思います。
 書いていて思ったのですが、やっぱり田中芳樹先生はすごいですよね。だれることなく、最後まで一気に読ませますから。それに比べればこの作品は足元にも及びません。言い訳をさせてもらうと(笑)、艦隊戦は銀英伝の華、その艦隊戦を使えないのはなかなか苦労しました。艦隊っていうのはどこかで湧き出てくるものじゃないですからね。それに統一後も艦隊戦が起こるようだったらラインハルトが為した統一ってのは一体なんだったんだってことになりますから。
 それでお読みいただいたような、"struggles(もがき、苦闘)"の話になったんですが、まあ、あんまり爽やかではないですよね(笑)。ここは一発、爽やかに「ファイエル!」なんて叫ばせたいとうずうずとしたんですが、繰り返すようですが艦隊戦は使えなかったんです(泣)。
 それと作中でも言及しましたが、本編は本当に、トラブルの種を全部潰して綺麗に終わってるんですよね。ヒルダと対立しそうなオーベルシュタイン、ロイエンタール、レンネンカンプあたりはカイザーがまとめてヴァルハラ送りにするという。二次創作を書いてみていっそう、ああ、田中先生は本当に続編をお書きになる気は無いんだなと感じました。
 ただトラブルがないと話のタネがありませんから(笑)。
 最初から全体の構想があったわけじゃなくて、書きながら考えていったんですけど、第二章くらいまでは本編の後日譚だったので妄想しまくりで書いていて楽しかったんですが、それ以後ももちろん楽しくはあったんですが展開がよりオリジナル寄りになって、いろいろ無理をしたなという感じはします。
 ともあれとにかく完成したので今は満足です。
 drei-3cucuさん、白詰草さん、michikaさんはじめ、読者のみなさまには励ましていただきました。心より感謝いたします。
 また、数多くの記憶違いを修正していただいたこと、本当にありがとうございました。
 誤字脱字がずいぶん残されていると思いますので、しばらくは修正作業に入りたいと思います。
 銀英伝については14歳くらいの頃の皇帝アレクを主人公にしてコメディタッチのものが書けたらなあと更に妄想を逞しくしておりますが、その時にはまたお読みいただければ幸いです。
 読んでくださってありがとうございました。       
                                        takeruko

Struggles of the Empire 第8章(終章) 両雄の勅令(6)


 新帝国暦8年5月1日、シュナイダーは惑星テルヌーゼンの地方都市、アマルフィにいた。アマルフィは人口がわずか2万人であり、これという見るべき物も、語るべき産業も無かったが、その町外れに小さな養護施設があった。
 バーラト星系の養護施設はほとんどが公営であったが、ごく例外的に民間のものがあり、そのほとんどは宗教団体が運営していた。バーラト星系では宗教活動は決して活発ではなかったが、古代よりの宗教のいくつかが細々と存続していて、その養護施設は統一キリスト教会が運営していた。と言っても、宗教教育を施すのは固く禁じられていて、そういうところで育ったからと言って、ほとんどの子は信仰心を持たなかったが、日常的に宗教者と接していれば、影響を受ける子も稀にはいた。
 シュナイダーが面会を求めた少年もそのようであって、会ってみれば非常に穏やかな表情をした、優しそうな少年であった。
 学園長のシスターに同伴されて、面談室に現れたその少年は何人もの幼い子供たちにまとわりつかれながらも、迷惑がる風でもなく、優しく、
「お兄ちゃんはちょっと、お客さんとお話があるからね、あちらで遊んでおいで」
 と諭すのであった。
「まあまあ、子供たちが騒いでごめんなさいね。お客様が珍しいものだから。アーウィンは本当に優しい子で、よく下の子たちの面倒を見てくれているんですよ。できればここに残って、私たちの後を継いで欲しいくらいなんですが、この子には将来がありますからね。私たちの都合を押し付けるわけにはいきません」
「そうおっしゃっていただけるだけで僕は本当に幸せです。ここに来て、僕は初めて家族のぬくもりを知りました。園長先生は僕のお母さんだからなんでもお手伝いするのは当然です」
 アーウィンと呼ばれたその少年はにっこりと笑った。この子にはどこかしら人の心をつかむところがあり、それだけでシスターはとろけるような喜びを感じるのであった。
「アーウィン君は、物心ついた時からこちらに?」
 シュナイダーは尋ねた。それについてはシスターが答えた。
「いえそうではないんですよ。あれは7年くらい前かしら。あの頃はあなたは痩せて小さかったわよね。叔父さんとおっしゃる方が、アーウィンを連れてきて、面倒をもうみられないから、頼むとおっしゃって。あなたはあれから半年くらいはほとんど口も利かないで、沈んでいたのよね」
「もうずいぶんむかしのことです。僕はあの頃は他人を信じられなかったんです。そんな僕をここの人たちは受け入れてくれて、次第に笑うことを覚えていったんです」
「失礼ですが差支えなければ君の社会保障証を見せてもらってもいいかな」
 アーウィンはそう言われるのを予想していたのかそれを持参していて、シュナイダーに差し出した。社会保障証は自由惑星同盟の時代からすべての同盟市民に配布される身分証明証で、そこにはアーウィン・シルヴァー、と書かれていた。
「ハイネセンの生まれなんだね」
「そうらしいんですが転々としていて、ハイネセンのことは正直記憶にありません」
「たぶん私はハイネセンで君とは何度か会っていると思うよ」
 シュナイダーがそう言うと、アーウィンは笑みをたやしはしなかったが、明らかに表情をこわばらせた。
「まあ、では、この子のおじさんのお知り合いですか」
「ええ、そうです。もうこの子のおじさんはいませんが、言伝のようなものがあります。園長先生、差支えなければ、アーウィン君としばらくふたりだけにさせていただいてもよろしいでしょうか」
「え、ええ、それは構いませんが、それでいいの?アーウィン」
「はい。僕からもお願いします。我がままを言ってすいません」
「分かったわ。用があるならすぐに呼んでね。子供室にいますから」
 そう言って、シスターは立ち去った。シュナイダーは立ち上がり、窓の外の運動場を見ながら話し始めた。
「君のおじさんには苦労させられた。二重に罠を仕込んでいたんだからね。ランズベルク伯は、銀河帝国正統政府の崩壊の直前に、短期間、ハイネセンを離れている。そして混乱の中、ハイネセンに戻り、気が狂ったふりをして、遺体安置所から少年の遺体を盗み出して、その少年が彼がハイネセンからテルヌーゼンに連れ去った少年であるかのように扱い、手記を残した。最初に罠があることは帝国憲兵も気づいたがそれが二重構造になっていることにまでは分からなかったようだ。大した役者だよ、君のおじさんは。残念ながら彼は先年、収監されていた精神病院で亡くなったそうだ。最後まで演じきったってわけだ」
「彼だけが結局、僕のためを思ってくれたわけです。ああいう形で関わった人ですが、今はご冥福を祈りたいと思います」
「ところで私のことは記憶にあるかい?メルカッツ提督の副官としてお会いしたのだが」
「すいません。あの頃のことは本当にぼんやりとしか覚えていないんです。生まれてからずっと、長い悪夢を見ていたようで。メルカッツ提督のことはかすかに覚えています。優しそうな人だった。僕のことを心配してくれているような。でもあの人も亡くなったのですよね」
「私は彼の遺志でここに来たんだ。君が幸福かどうかを確かめて欲しいと」
「僕のことを気にかけてくれていた人がいたんですね。それだけで僕は十分にしあわせです」
「君はここで十分にしあわせそうだね」
「ええ、とてもよくしてもらっています。僕の一族の人たちもこういうところで育てられたらあんな風にはならなかったでしょう。それが残念でなりません」
「君は元の立場に戻る意思はあるのかい?」
「それだけはごめんこうむります。今の皇帝にも僕は同情しているんです。彼の父親は好き好んでその立場になったんだからそれでいいでしょう。けれども子供にまで重荷を負わせるのは、負わされる身のことを考えれば気の毒としかいいようがありません」
「そうだね、私もそう思う」
 シュナイダーは右手を差し出した。アーウィンは不思議そうにその手をとると、シュナイダーはアーウィンの手を強く握った。
「しあわせになってくれてありがとう。あの混乱の中では多くの人たちが不幸になってしまった。そんな中で、年端もいかない子供だった君のことがずっと気にかかっていた。君が今、しあわせでいてくれて、報われた思いがする」
「そうおっしゃっていただけると、僕も嬉しいです。本当は、僕の立場だったらしあわせになってはいけないんでしょうけれど。僕の一族は多くの人たちを不幸にしましたから」
「だからと言って、君がそれを背負う必要はない。君は君だ。君の人生は君だけのものだ。そうだろう?」
「そう思ってもいいんでしょうか」
「君の人生はまだ始まったばかりじゃないか。ここはとてもいいところだけれど、そう遠くない日に君はここを出ていかなければならないだろう。違うかい?」
「ええ。シスターたちは残って欲しいようですが、いずれはそうなるとしても、その前に世界を見てみたいんです。僕がいなくなってしまったことで、世界がどうなってしまったのか。それが義務のような気がして」
「君が負う義務なんてないんだよ。でもそういう気持ちがあるなら、私と一緒に旅をしてみないか。そう、君さえよければ、私の息子として」
「僕が、シュナイダーさんの息子に?」
「そうすれば君は少なくとも私をしあわせに出来ると思うよ。まずはそこから始めてみてはどうだい?」
 シュナイダーはにっこりと笑った。
 アーウィンは数秒とまどっていたが、やがて満面の笑みを浮かべた。
「嬉しいです。僕にお父さんが出来るなんて」
「君はこれからもっともっとたくさんのしあわせを知るだろう。そしてそのしあわせをいつか他の誰かにも与えられるようになったらいいね」
 アーウィンは強くうなづいた。
 シュナイダーの旅はこうして終わった。シュナイダーは結局、「エルウィン・ヨーゼフ2世」を見つけることは出来なかった。しかし、代わりに息子、アーウィン・フォン・シュナイダーを見つけた。
 シュナイダーの旅は終わり、シュナイダーとその息子の旅が始まる。

                                               (完結)

2012-10-20

Struggles of the Empire 第8章(終章) 両雄の勅令(5)


 地球は900年に及んで汚染され、そこに居住していた人々は、辺境惑星としてはそれなりのボリュームである2000万人を数えていたが、彼らの大半は地球教徒であり、ヒマラヤ山中の地下シェルターで生活をしていた。しかしその人々もワーレン艦隊による地球教本部攻撃によってちりぢりになり、地球は行政単位としては帝国から放置され、どれほどの人間がいるのかは定かではなかったが多く見積もっても5万人は上回らないであろうと思われた。
 ただし、地球表面のすべてが汚染されているのではなく、地球環境は次第次第に回復していて、一部の地域では居住可能なレベルにまで、自然浄化されつつあった。そのことをイワン・コーネフが知ったのは地球教徒本部に潜伏するために下調べをした時であって、アラスカ、マダガスカル、モンゴル、イースター島などにごく小さなコミューンが地球教とは関係なく成立していた。それらのうち最大のものが東アフリカの大地溝帯にあり、人口2000人程度の村が成立していた。
 イワン・コーネフはその妻の「コーネフのおかみさん」と共にその村にたどり着くと、周辺の荒野を開拓し、数年のうちに農場を成立させた。村人の多くも元は流浪の身であったので、コーネフたちの素性を詮索せずに、村人の仲間として受け入れた。
 他の星系どころか惑星内の他の地域ともまったくと言っていいほど交流がなく、孤立していたその村では、技術レベルは西暦10世紀のレベルにまで後退していた。畑を耕すにしても、人力で鍬をふるって耕すのであり、肥料もそれ用に育てたマメ科の植物などを堆肥として用いた。
 何事につけてもお祭り好きなコーネフは自分たちの生活が安定すると村のあれこれに首を突っ込んで、やがて村長に担ぎ上げられるのだが、それはその小さな村での小さなお話である。銀河系の他の地域では誰も知りもしないし、知ったところで耳を右から左へと流れてゆくだけであろう。
 それでもその小さな世界で、小さな日々を送って、それでコーネフとコーネフのおかみさんは幸福であった。ふたりともさいわい長寿であり、亡くなる時は多くの子供と孫、ひ孫たちに見送られて、粗末な手作りの墓に葬られたが、コーネフのおかみさんは生まれ変わるとしても、やっぱりこの村でコーネフと暮らしたいと言った。2年前に夫を見送った老婆のそれが最後の言葉であった。口にする前に息絶えたので、彼女の子供たちはその続きの言葉を聞けなかったが、「間違っても帝都で貴族の娘なんかには生まれたくない」と続いたはずであった。
 イワン・コーネフと開拓者たちが畑を広げ、収穫に一喜一憂する生涯を終えても、地球はなお辺境であった。銀河帝国は公式にはこの惑星への立ち入りを禁止していて、地球に生きる人々は、帝国の版図に生きながらも帝国とはまったく無縁に生きていた。
 それでも魚は絶え、鳥も消えたこの惑星にあっても次第次第に緑は人々の営みによって回復していった。地球の丘と言う丘が再び緑に覆われる頃、この惑星は再び、生命の聖地としての実質を取り戻すのかも知れない。銀河系規模で見れば、ほんの一瞬に過ぎないイワン・コーネフ一代をかけてもそれは途方もない先の話であった。けれども、種をまく人がいる限り、いつか花は実を結ぶ。99億回失敗しても、最後の一回成功したならば、それは確実に未来につながってゆくのであった。

Struggles of the Empire 第8章(終章) 両雄の勅令(4)


 新帝国暦7年4月1日、予定通り、帝国議会選挙が実施され、共和党と連立を組んで与党となった保守党から、ウォルフガング・ミッターマイヤー党首が首班指名を受け、ローエングラム王朝の初代内閣総理大臣となった。バーラト自治政府のヤン・ウェンリー党を母体としていた民主党は、第一党にはなったが、過半数を制するには至らず、保守党と共和党の連立政権の発足を許すことになった。
 同日、バーラト自治政府は法的に正式に終焉を迎えた。銀河帝国全土において議会制民主主義が達成されるならば、バーラトにおいて独立国家を維持する意味は無くなったからであった。銀河帝国はおおむね星系ごとに州が置かれ、州の自治権は大幅に拡充された。銀河帝国は議会制民主主義国家に移行するのと同時に、連邦制に移行した。
 バーラト星系では、銀河全体の人口の1割を占める惑星ハイネセンに独自の州、ハイネセン特別州が置かれ、バーラト州の首都星はテルヌーゼンに移動することになった。
 フレデリカ・グリーンヒル・ヤンは首相公邸で、後任のハイネセン特別州刺史マグダレーナ・フィルボット女史に、引継ぎを終え、その時点で無位無官の一民間人に戻った。もっとも、フレデリカがカリスマ的な存在であり、好むと好まざるとに関わらず政治的な余韻の中になおも居続けなければならなかったから、フィルボット刺史の好意によって、当面、公費にてボディガードがつけられることになった。主要政治家の護衛を任務とする特殊警備隊の隊長カスパー・リンツがフレデリカの護衛に充てられた。
 ハイネセンにはもう、ヤン艦隊の人々はほとんどいない。ヤン・ウェンリー党が発展解消して成立した民主党の党首にはキャゼルヌが推されて就任、オイゲン・リヒターが幹事長に就任していた。彼らは帝国代議院議員としてフェザーンにいる。バグダッシュも、ホアン・ルイも、シトレも、アイランズもみな、帝国代議院議員としてフェザーンに移動していた。
 引き続き、民主党の党首となって議員となり、党を率いることを懇願された時、フレデリカはきっぱりとそれを断った。
「ヤンの遺志は叶ったのですから、ヤンの未亡人としての私の責務もこれでおしまいです。政治からは引退します」
 とはっきりと宣言した。数々の慰留があった。皇太后ヒルダからも直々に通信があり、代議院議員として議会に入って、引き続き国家の礎を支えて欲しい、それが叶わぬならせめて元老院議員として、自分を補佐して欲しい、との懇願もあったが、それも謝絶した。
 ユリアンやキャゼルヌなど、フレデリカに近い人は何も言わなかった。フレデリカはやってみればかなり政治家向きではあったが、向いているからと言って、当人がそれをやりたいとは限らないからであった。フレデリカの場合は、どうしてもヤン・ウェンリーの影を背負ってしまう。フレデリカ・ヤンとしてではなく、ヤン夫人として生きることを強いられていた。ヤンの死去から5年が過ぎて、ヤンへの思いが薄らいだわけではなかったが、未亡人として生きること、しかも公的に未亡人扱いされることは、フレデリカはもううんざりとしていた。
 まずはフレモント街の旧宅に移り、近隣の人々と旧交を温め、たまには「孫」と超光速通信を介して話して、ボランティア活動を熱心に行い、そういう日々をフレデリカは送った。
 フレデリカを護衛するのは、リンツの任務であったが、24時間警護するためか、いつしかリンツはフレモント街のヤン邸に越してきた。護衛者と護衛対象者の関係を越えて、フレデリカとリンツの関係が密接なものであるのは誰の眼にも明らかであったが、それ以上はなかなか発展しなかった。
 再婚するのはヤンへの裏切りではないかとの思いがやはりフレデリカの胸の内にあったからであり、リンツも、忠誠を誓ったヤン・ウェンリーの後釜に座るような真似は、なかなか出来なかったからである。
 ただ、ユリアンたちには黙っていることは出来ないと言って、リンツはまず恐る恐る、カリンにフレデリカと交際していることを報告した。それとなくユリアンにもうまく伝えて欲しいとカリンは頼まれたが、カリンにもユリアンがどのように反応するかは分からなかった。カリン本人はヤン・ウェンリーを敬愛はしていたが、死者に貞節を尽くして、生きている者が幸福になれないなんて馬鹿げたことだと他人事ならばそう思ったので、代父であるリンツにしっかりやるようにと激励したのであった。
 ユリアンはその報告をカリンから聞いて、その場ですぐにフレデリカに連絡を取り、フレデリカが再婚するつもりならば反対するつもりはないこと、むしろリンツと一緒になって幸福になって欲しいとはっきりと伝えた。
 このユリアンの言葉が後押しとなって、リンツはフレデリカに求婚し、フレデリカはそれを受けた。
 フレデリカの再婚については、ヤン・ウェンリーを崇拝する多くの人々から批判されたが、この件についてメディアから感想を聞かれたユリアンが、通常はほとんど返答しないにも関わらず、はっきりと、この再婚を歓迎する考えを明らかにしたことによって、やがて批判は下火になり、消えていった。
 フレデリカが幸福になるなら、ヤン・ウェンリーが反対するはずがないではないか、としごく当然のことをユリアンは指摘した。
 フレデリカとリンツの結婚式にはユリアンとカリン、その間の2人の子供、キャゼルヌ夫妻、あいかわらず独身主義者のアッテンボロー、同じくいまだ独り身であったバグダッシュ、介添え人としてシトレ元帥、そして今は与党の議員となっているワーレンと、お忍びでグリューネワルト大公ナイトハルト・ミュラーが出席した。
 その式が終わると、フレデリカとリンツ、ユリアンとカリン、そして子供たちのみで、市民墓地に眠るヤンに結婚の報告を行った。
 そしてその後は、再びそれぞれの元の生活に戻っていった。
 違ったのはフレモント街のヤン邸がリンツ邸と名を変えたことと、フレデリカが未亡人のヤン夫人から、現役のリンツ夫人になったことだけであった。

2012-10-19

Struggles of the Empire 第8章(終章) 両雄の勅令(3)


 新帝国暦4年6月に入って、ミッターマイヤー銀河帝国軍総司令官は退役する意向を皇太后と国務尚書に告げた。むろん、両名はすぐに慰留したが、ミッターマイヤーの意思は固かった。更に驚かせたのは、退役と同時に元帥杖を返上し、上級大将の階級に戻る意向を明らかにしたことであった。
「単に、私に仕えるのがお厭になったというわけではないようですね。どういうご存念あってのことか、ご説明いただけますか」
 ヒルダに対して、ミッターマイヤーは存念を打ち明けた。
 まず第一に軍組織のこと。自分はまだ壮年であり、それでいながら既に軍のトップに登ってしまった。このまま居座ればこの先、二十年以上、帝国軍上層部では人事的な停滞が発生するであろう。本来、元帥は退役間近になって極官として与えられるもので、二十代や三十代で叙された最近の状況が異常であったこと。自分が退任することで、軍組織の健全化が可能になるだろう、とミッターマイヤーは言った。
 しかし退任はそれが目的ではなく、あくまで要素のひとつに過ぎず、先日の両雄の勅令を踏まえれば、今後は王朝を守るための主戦場は政治に足場を移し、帝国議会がその舞台になるであろう。ならばそこに立たなければならない。旧帝国には政党はこれまでなく、政党を結成し、その支持を拡大させるためのノウハウがない。3年後に、議会制民主主義に移行するならば、王朝を擁護する国民政党がなければならない。ミッターマイヤーはその中核に自分がなろうと言うのだった。これから先、ミッターマイヤーは議会制民主主義の下において政治家として王朝を守り抜く決意を固めていた。
 司法省の憲法草案に目を通したミッターマイヤーは、現役の軍人は行政官・立法官・司法官のいずれも兼務できないことを知った。これは政治学的には常識であったから、ミッターマイヤーはそれに異は唱えなかったが、問題は元帥と言う地位であった。元帥に退役なしと言う。むろん、一時的な措置として退任する例はあったが、元帥はいつでも現役復帰できる特権があり、その特権がある限り、法的には退役状態にはなり得ないのであった。ミッターマイヤーが帝国議会において議席を占めるためには、元帥杖を返上する必要があった。
 帝国議会は二院制になる予定であり、各選挙区から議員を選出する代議院と、構成員を専門家集団や軍人、貴族、官僚などから皇帝(あるいは摂政)が勅任する元老院から成っていた。軍人は元老院議員には退任せずとも勅任を受ければなれたが、元老院には法案のチェック機能しかなく、政治を主導するのはあくまで代議院であった。代議院議員になるためには、ミッターマイヤーは元帥を辞さなければならなかった。
 この3年の間に、ミッターマイヤーは保守党を結成し、代議院において過半数を得られる政党に成長させるつもりであった。
 この構想に対して閣僚たちのうち、エルスハイマー、ブルックドルフ、マインホフらは賛成し、保守党の結党メンバーとなったが、リヒターとブラッケは、自分たちの立場はむしろヤン・ウェンリー党に近いと言って、彼らは現役閣僚のまま、ヤン・ウェンリー党に入党した。
 メックリンガー、ワーレン、ケスラーもミッターマイヤーに賛同し、彼らは現時点では退役しなかったが、3年後には、ミッターマイヤーと同様に退役したうえで元帥杖を返上し、保守党の政治家として第二の人生を送る意思を皇太后に伝えた。
 メックリンガーは空席となった統帥本部総長に請われたが、オーディーンの状況未だ安定ならずと言って、現役中はアルターラント方面軍司令官として職務を全うする意向を示した。ワーレンもまた、この3年のうちにイゼルローン総督としてやるべきことはやっておきたいと述べ、イゼルローン総督として現役を終える意思を示した。ケスラーも退役まで憲兵総監にとどまることになったが、ビッテンフェルトは生涯一軍人として、残留する決意をミッターマイヤーらに告げた。
 ミッターマイヤーは6月中に実際に退役したが、各元帥の意向を前提にして、帝国軍上層部の大幅な入れ替えが行われた。ミッターマイヤーの後継として、ビッテンフェルトが首席元帥に移動し、帝国軍総司令官となった。人々はこの人事に驚き、ミッターマイヤーの後継となるなら、メックリンガーやワーレンの方が適任だろうと噂されたが、実際には、現役元帥はビッテンフェルトただひとりとなる予定であり、ビッテンフェルトは軍の実務から離れて、皇帝ラインハルト旗下の諸提督のうちの遺老として、帝国軍の栄光を象徴する存在となるのであった。
 そのビッテンフェルトの下にあって実務を補佐する者として、軍務尚書にはこれまでどおり、フェルナーがとどまり、統帥本部総長にはオルラウが、宇宙艦隊司令長官にはバイエルラインがあてられた。彼ら三長官に元帥杖を授与すべきかどうか、皇太后の諮問があり、ミッターマイヤーを含む現役の元帥たちは討議したが、今後は元帥杖はよほどのことがない限り、授与しない方針が決せられた。バイエルラインらもまだ若く、人事の流動性を強めるために適当な時期に退役しておそらくは保守党に合流して貰う以上、元帥杖は障壁となりかねないからであった。
 こうした情勢の中、この先、10年、20年に及んで軍に影響力を強め、軍を代表するようになったのが、フェルナーであった。
 閣僚たちは新体制下では議院内閣制によって選出される予定であったが、軍務尚書の後継職となる軍務大臣のみは別であった。軍務大臣は勅任官であり、閣議の決定に従う必要はあっても、首相によって任免されない存在であった。軍務大臣のみは現役の軍人が務め、そしてそれにはフェルナーが長く在任したのであった。これは民主主義体制において、時に政治家たちの政治的野心のために無謀な軍事作戦行動が繰り返されたことをかんがみてなされた措置であり、軍政と軍令を専門家である軍人に委ねるためになされた措置であった。フェルナーは政治的術数に長け、政党政治家たちとも良好な関係を築き、なおかつ軍の中立性を保ったために、統帥本部総長と宇宙艦隊司令長官、それと憲兵総監は随時入れ替わっても、フェルナーは軍務大臣として在任し続けた。
 ミッターマイヤーは後に内閣総理大臣となり3度に渡って組閣し、在任は通算8年を越えたが、フェルナーの軍務大臣としての在任はそれをはるかに上回る22年間に及んだ。フェルナーはミッターマイヤー内閣でも軍務大臣であったが、キャゼルヌ内閣、アッテンボロー内閣、エルスハイマー内閣でも軍務大臣であった。
 フェルナーは退役間際に元帥杖を受けるか否かを皇帝アレクサンデル・ジークフリードに打診されたが、謝絶している。フェルナーでさえ謝絶したことが前例となって、その後、上級大将たちは元帥杖の授与を打診されても謝絶することが慣例になった。従って、元帥杖を授与されてなおかつ返上しなかった元帥としては、ビッテンフェルトとミュラーが最後の例となった。

Struggles of the Empire 第8章(終章) 両雄の勅令(2)


 あの会見から4日後、メディアを避けるようにして大学に赴いたユリアンは、指導教授に今後の授業を通信を介して行って欲しい旨を伝え、了承の返事を貰うと同時に、幾つかの課題を与えられた。大学図書館でその下調べをしていた時、前の席に背の高い男性が腰を掛けて、ユリアンに声をかけた。
 ケスラーだった。
「ケスラー元帥、こんなところでお会いするとは。軍服を着ていらっしゃらないお姿を拝見するのは初めてです」
 ケスラーは、濃い灰色の背広を着ていた。
「大学を訪れるのに、軍服を着ていては無粋というものだろう。実は卿に話があるのだが、ここ数日、大学に籠りきりのようじゃないか。仕方がないからこうして足を運んだ。学問の邪魔をして申し訳ないが、そろそろ昼食時だ。お詫びにランチを奢るよ」
 ケスラーがユリアンを連れだしたのは構内にある教員専用のカフェテリアで、パーテーションで区切られている個室もあった。ケスラーはあらかじめ、学長に使用許可をとっていたのだった。
 会話しながらのランチになるのだろうと見越したユリアンは、会話の邪魔にならないサンドイッチとコーヒーを頼み、ケスラーの用件を聞いた。憲兵総監が世間話をするためにわざわざ足を運んだとは考えられなかったからである。
「おそらく卿にとっては意外なことではないだろうが、帝国同胞団の幹部の中で、オリビエ・ポプランとクロジンデ・フォン・メルカッツの行方が知れない。オーディーンでの足取りがふいに途絶えている。まるで誰かが脱出用のシャトルを用意していたかのようだ」
「用意してたんじゃないんですか?別に逃走用の手段を事前に用意していたとして不思議はありませんが」
「ところが、ゾンネンフェルスは用意させていなかったようなのだ。逮捕はしていないが、中級の幹部たちの足取りは追えている。彼らはすべてオーディーン内に潜伏している。その中にポプランとクロジンデ・フォン・メルカッツの名だけがない」
「ケスラー元帥。私にはよく分からない事情ですが、むしろ彼らの足取りが不明だというならそれに越したことはないのではないでしょうか。ポプラン中佐も、そしてメルカッツ提督の娘さんも、私たちヤン艦隊の面々にとっては大事な人です。その人たちを逮捕されて粗略にでも扱われれば黙っているわけにはいきません。むろん、彼らが姿を現せば、憲兵隊は逮捕しないわけにはいかないでしょう。両雄の勅令の精神を重んじるならば、帝国と同盟、ローエングラム王朝とバーラト自治政府はこれから互いに助け合わなければなりません。その仲を引き裂きかねないポプラン中佐らの扱いを、行方不明ということで棚上げ出来るならそれに越したことは無いですよね」
「確かに以前、私はもしバーラトが噛んでいるなら、うまく取り繕えと言った。皇太后陛下のお考えを踏まえれば、バーラトと対立するわけにはいかなかったのでね。しかし実際にはバーラトは関与していなかったのだろう。それは判明している。ポプランが騒乱に加担したのは彼個人の判断だろう。ならば犯罪としてこれを処断しないわけにはいかない」
「たとえそうであったとしても、ポプラン中佐は私たちの仲間です。申し上げておきますが、ヤン夫人もキャゼルヌ中将も、アッテンボロー提督も、決してポプラン中佐を見捨てることはしないでしょう。帝国が彼を敵として扱うというならば、ヤン艦隊全体が敵になるまでのことです。もちろんその中には私もカリンも含まれています」
「うむ。念のために聞いておくが、卿はその言で以て、私を脅迫しているのか」
「私は事実を申し上げているだけのことです。ご理解いただけると思いますが、どれほど友好を尊重したとしても譲れないものは誰にでもありますから」
「ところでだ、ヘル・ミンツ。卿の口座から最近、巨額の金額が失われているようだが、使い途を伺ってもよろしいだろうか」
「一般市民の口座は守秘されるべきであって、それについては黙秘するのが妥当だと思います」
「卿が果たして一般市民と言えるかどうかはなはだ疑問だが、まあいい。先ほどの卿の言う棚上げ論はなかなかに説得力があった。今回は卿に免じて、説得されたということにしよう。卿には我が王朝に対して、多大なる功績もあったのだし。ただし二度目は無いと思って欲しい。今回のようなことが再び無いよう、卿も卿の仲間に対しては十分に警告を発しておくことだな。それこそ誰にとっても譲れないものはあるのだから」
「ご忠告のとおりにいたしましょう」
「ところで、さすがにあれだけの金額が無くなれば、卿の今後の生活にも響くのではないか。子も産まれるということだし、グリューネワルト大公妃殿下をお守りした件にしても、ワーレンを慰問した件にしても、そして無論、先の勅令の件にしても、卿は実際、多大な貢献を国家に対して為している。皇太后陛下に申し上げれば同額以上の相応の慰労金が下賜されるはずだが、お節介を承知で言うが、卿自身はともかく卿の妻子のためには、意地を張らずに下賜金を受け取るべきではないか。そのつもりがあるなら、すぐにでも私の方から皇太后陛下に報告しておくが」
「まあ、当面、私が学生でいる間の生活くらいはなんとかなるでしょう。大学を出れば働くまでのことです。どこかの高校ででも歴史教師をやれればいいと思います。生活するために働く、みんなやっていることです。ご配慮いただくには及びません」
「卿ほどの人物を一教師に雇う学校が果たしてあるかどうか。ならばせめて、ヤン夫人には事情を話したらどうか。卿の独立心は賞するべきだが、彼女を家族と思っているならば、苦境のことを話されなかったと後で知れば、彼女は傷つくだろう」
「ご忠告ありがとうございます。今はまだ苦境と言えるような状況ではありませんので、いよいよになればもちろん“母”を頼るつもりです。私としても、妻に対して偉ぶりたい欲求はありますから、まあまずは自分でやってみようと思います」
「ヘル・ミンツ。卿はおそらくワーレンやミュラーに対してほどは私に対しては無条件に親愛の情は抱いていないのだろうな。むろん、憲兵総監という任に私がいる以上、それも無理もないことだ。実際、ワーレンやミュラーだったら言うはずもない嫌なことを私はずいぶん卿に対しても言った。しかしどうか、私としても卿に対しては友情を感じていることは疑わないでほしい。もし、本当に困ったことがあったなら、どうか意地を張らずに私を頼って欲しい。どうしても私に頼るのが嫌なら、せめてワーレンやミュラー、皇太后陛下を頼って欲しい。みな、卿に対しては友情もあれば恩義もあるのだから」
「ありがとうございます。友情と言う語を使わせていただけるのなら、私もまたケスラー元帥に対してその念は抱いています。お互いに年を取り、引退して、現在のことがすべて遠い過去になったならば、銀河帝国の秘史を伺わせていただくことを楽しみにしています。これは友人という名目を借りた、歴史家としての欲でしょうが」
 ユリアンのその言葉に、ケスラーは穏やかに頷いた。その時が来たならば。暖かい暖炉の前で、冷えたワインを開けて、夜通し語り尽くそう。この時代を共に生きた者として。
 ケスラーの眼差しはそう語っているようだった。
 ケスラーを心配させたミンツ家の経済状況は、この年の暮れまでには大幅に改善された。夏の終わり頃に、ユリアン・ミンツが初の著作となる「ヤン・ウェンリー語録」を出版したからである。ヤン・ウェンリーの言葉は公式に発言されたものはむろん記録され流布していたが、ユリアンはその著作の中で、ユリアン個人に対して語られた私的な語録を大幅に加えたために、ヤン・ウェンリーの人間像がより正確に、鮮やかに描き出されたのであった。人々はそれ読み、ヤン・ウェンリーが単に軍事的天才にとどまらない、良き教師であり、細やかな配慮をした保護者であったことを知った。
 この著作は新帝国暦4年最大のベストセラーになり、何十年にも渡って売れ続けた。この著作によってユリアンはポプランのために使った金額の何十倍もの印税収入を手にすることになった。

2012-10-18

Struggles of the Empire 第8章(終章) 両雄の勅令(1)

 
 新帝国暦4年5月20日、この日の19時から、全国民に向けて銀河帝国摂政皇太后が政見放送を行う旨、告知されていた。可能な限り広範囲の国民が視聴することが望ましいとされていたが、その内容がなんであるかについては、知る者はごくわずかであった。帝国政府と軍においても、内容を大雑把にでも知らされていたのは、国務尚書、内務尚書、財務尚書、司法尚書、それとヴェストパーレ男爵夫人とミッターマイヤー帝国軍総司令官のみであった。軍務尚書や宇宙艦隊司令長官に対してさえ、内容は伏せられていた。
 皇太后執務室が会見場になり、複数台のカメラのみが入れられた。同室で立ち会うのはヴェストパーレ男爵夫人ともうひとりのみであり、19時の定時になると、そのもうひとりを連れて、ヒルダはカメラの前の執務用デスクに着席した。
「あのお姿は。それにあれはユリアン・ミンツか」
 モニターに映し出された映像を見て、憲兵総監執務室にいたケスラーは思わずそう独り言を呟いた。ヒルダの左隣にはユリアン・ミンツがヒルダを後見するかのように立っていた。そして両名の衣装は軍服、ヒルダは中将待遇で大本営幕僚総監を任じた時の服装であり、ユリアンは自由惑星同盟軍中尉の礼装であった。
 静かに、しかし力強く、ヒルダは語りだした。
「みなさま、こんにちは。銀河帝国摂政皇太后ヒルデガルド・フォン・ローエングラムです。今日は幾つかの大きな政策の転換と、国家の根底を変更する新たなる勅令についてお話するためにこのような機会をもうけさせていただきました。また、本日、この決定をなすにあたって、私と共に共同責任者となっていただく、元イゼルローン共和政府軍総司令官ユリアン・ミンツ氏にも同席をお願いすること、あらかじめご了承ください。
 さて、本日、私とミンツ氏は共にそれぞれ過去において着用した軍服を身に着けております。これは内容が軍事に及ぶからではなく、私たちがこの服を身に着けた時、それぞれの英雄に仕えたということを皆様に思い起こしていただくためです。つまり、私たちは摂政皇太后として、そしてその協力者として話しているのはもちろんですが、それだけでなく、皇帝ラインハルト陛下とヤン・ウェンリー提督の、それぞれの後継者、代行者として話しております。
 過去において一度だけ、皇帝ラインハルト陛下は、ヤン・ウェンリー提督と面談なさっておられます。その時も、今後の人類社会について話し合いがもたれたのですが、次の機会はなかなか訪れませんでした。回廊の戦いの後、両者は再び面談することになっていたのですが、両者が共に互いとの対話を通して、人類社会のよりよい未来を模索していたのは、皇帝ラインハルト陛下については私が、ヤン・ウェンリー提督についてはミンツ氏が保証するところです。
 しかしながら残念ながら、その後、ヤン・ウェンリー提督はテロに斃れ、皇帝ラインハルト陛下は病に斃れられました。両者の志は未完のまま、それぞれの後継者の手に、つまり私とミンツ氏に委ねられました。
 その後、私とミンツ氏は忌憚のない話し合いを数百時間を越えて、行いました。それを通して私たちの間に友情が形成されたのは確かですが、互いに安易に馴れ合ったわけではありません。お互いにかなり辛辣な、時には敵対的な粗探しまでをして、それぞれの考えを鍛えなおしました。それは確かに一つの戦いでした。
 今日皆様にお話をする政策の変換と勅令は、その中からつむいでいったものです。確かにこれは私とミンツ氏の共同作業を経て生み出されたものですが、本来であれば、もし時間が両雄に与えられていたならば、皇帝ラインハルト陛下とヤン・ウェンリー提督の間で成し遂げられたはずでした。そのことを私とミンツ氏は確信しております。
 銀河帝国の歴史を経て、そして自由惑星同盟の歴史を経て、それぞれの国家においてもっとも純度が高い抽出物であったふたりの英雄が、今日この時、私とミンツ氏の傍らにいてくれるはずだと信じております。これからお話しする政策と勅令については、私とミンツ氏が述べているのだという以上に、皇帝ラインハルト陛下とヤン・ウェンリー提督の意志であるとお考えいただきたくお願い申し上げます。

 ローエングラム王朝は成立以後、おおむね政府の関与を最小限にする路線を採ってきました。その結果、ノイエラントでは皆様の生活は目に見えて向上いたしましたが、一方でアルターラントでは、産業構造の変化に対応できないおびただしい流民を作り出すことになってしまいました。これはひとえに、ノイエラントの人々を占領地の民衆扱いして共に新国家建設の同志であると思いいたれなかった私の落ち度です。私はノイエラントの皆様に負担いただくのが恐ろしかったのです。それはただ単に、カネによって歓心を買おうとしているに過ぎないとミンツ氏からは叱られました。おっしゃるとおりでした。
 人類社会は数百年の分断を経て、ふたたび統一へ向かおうとしています。そこにある国家がなんであれ、統一に伴うきしみは必ずや発生いたします。それに対処するためのコストは弱い立場の人たちにのみ押し付けられてはいけないのです。今、心ならずも流民となっている方、農業に従事しながらも明日をも知れない方々に申し上げます。あなたがたが置かれている窮状はあなたがたが悪いのではありません。どうぞご自分をお責めにならないでください。これは人類社会の統一への道程に伴う避けがたい痛みなのです。たまたまその痛みが、あなたがたに集中してふりかかっているに過ぎません。
 では統一という事業を止めてしまうべきでしょうか。帝国同胞団やノイエラントで発生した幾つかのデモはそうすべきであると言いました。しかし思い起こしてください。あの何百年にも及ぶ人命の浪費の時代に立ち返ることが果たしてよいことなのでしょうか。皆さんの中には親しい人たちを戦死させた人たちが数多くいらっしゃるでしょう。次の世代、その次の世代に同じ思いをさせるのが果たして正義なのでしょうか。
 私たちはもう少し長く歴史を見る時間軸が必要です。ゴールデンバウム王朝銀河帝国だけではなく、自由惑星同盟だけではなく、更にそれ以前、銀河連邦の時代に、人々が政治を軽視し、享楽に流れたために、ルドルフ大帝は独裁政治を打ち立てる余地を得ました。今日のことはすべてその結果です。私はたまたま銀河帝国に生まれ、今、このような立場にあります。ミンツ氏はたまたま同盟に生まれ、今のお立場があります。そこには本来、私たち自身が選び取ったものはないはずなのです。私たちが選び取るのはただ、これからの人類社会に対してのみです。私たちは過去の結果としてここにありますが、過去に縛られてはなりません。しかし同時に未来の原因としてここにあることも忘れてはなりません。過去は変えられませんが未来は変えられます。
 私たちは一人一人、裸の人間となりただ後世の世代に残すべき社会のありようを考えてみるべきでしょう。
 銀河の統一は避けがたいものです。そしてそれはつまるところ、人類社会の幸福の礎となるでしょう。しかしそれに伴う痛みについては私たちすべてが同じようにわかちあわなければなりません。
 ここでノイエラントの人々に対してお願いがあります。10年を区切りとしてノイエラントのみ、消費税を10%引き上げさせてください。それで得られた税収は、主に困窮しているアルターラントの人々のために用いられます。これは確かに、見ようによってはアルターラントによるノイエラントの収奪でありましょう。その収奪者が、ノイエラントの人々よりもいっそう惨めな生活を強いられているという事実を無視すれば。どうか広く、10年後、20年後の銀河を思い浮かべてください。どのような社会を子供たちに残すか。より平均して豊かになる銀河系がそこにあるならば、それは負担を補って余りある達成ではないでしょうか。どうかアルターラントの人々を同胞として扱ってください。私は、私とミンツ氏は、あなたがたが同胞であることを信じます。
 また、同じく10年を区切りとして星系ごとにGDPに応じて関税設定権を与えます。この10年という期間の間に各星系は産業競争力を強めてください。それによって得られた税収は職業訓練に回されます。
 貧困者世帯については食料配布と医療費の無料化が行われます。また同時に次世代の教育については来年度中を目途にして一律に無料化を進めたいと思います。
 一言で言えば、これは大きな政府路線への転換です。政府にはなすべき義務があり、そこから逃げていてはならないのです。しかし、それで弊害が生じることもありましょうがその是非を判断するのはその時にはもう私ではなくなっているでしょう。

 ノイエラントの人々からすれば税負担は増える、何の決定権もないとなれば不満に思って当たり前です。それを軽減するための策として考えられたものではないのですが、これからお話しすることが現実になれば、その不満は意味を失くすでしょう。
 銀河帝国は、ここ3年以内を目途にして民主主義国家に移行します。
 正確に言えば議会制民主主義の立憲君主制であり、皇室や軍は議会に対して若干の影響力を残すことになるでしょう。それは自分たちの権益を保持するために残されるのではなく、時に生じる民主主義の弊害に対処するために残されるものです。
 まず憲法制定会議を開きます。座長は司法尚書が務めますが、会議にはここにいらっしゃるミンツ氏に入っていただくばかりではなく、バーラト自治政府にも協力をお願いして、複数の民主主義の政治家と専門家を派遣してもらうつもりです。憲法が整い、発布され次第、銀河帝国の全成人を有権者とする帝国議会選挙を行います。帝国議会において優勢を占めた政党によって内閣を構成していただきます。
 摂政皇太后である私、そして皇帝陛下の持つ政治的な権能は大幅に制限されることになるでしょう。皇室は今後は象徴的な存在になります。専制政治は廃され、実質的には民主主義国家に変わることになります。
 最初の話に戻りますがどうかこれが、単に私やミンツ氏の考えであると言うにとどまらず、皇帝ラインハルト陛下とヤン・ウェンリー提督のご遺志であることをお忘れなきようお願い申し上げます。今後、私が勅令を発する機会は少なくなるでしょうが、この決定をローエングラム王朝の意思として、勅令で以て発します」
 この放送を見ていた多くの人々、メックリンガーもビッテンフェルトもミュラーも立ち上がり、そして呆然とした。
 ハイネセン、テルヌーゼン、エルファシルと旧同盟領の各地では、人々が路上にあふれて歓喜の声を上げた。自由惑星同盟は滅びた。しかしこれはその精神の勝利であるのかも知れなかった。少なくとも彼らはそう思った。
 一方で旧帝国領では、この勅令が一体なにを意味するのか、よく理解されなかったというのが本当のところであった。民主主義は叛逆思想であると彼らは教えられていた。しかしそれで言うならば、かつては敵であった同盟市民が今では同胞であるという。それと同じようなことかと彼らは彼らなりに理解した。分かったのは、今後は暮らし向きがよくなるように政府が乗り出すということで、それは無論、歓迎すべきことであった。
 新帝国暦4年5月20日の勅令を、正式には新帝国暦4年第6勅令と呼ぶ。しかし一般には両雄の勅令と呼ばれる。この両雄とは皇太后ヒルダとユリアン・ミンツを指すのと同時に、ラインハルト・フォン・ローエングラムとヤン・ウェンリーを指していた。