僕は毎夜、寝床に入ると、まず「極楽じゃ、極楽じゃ……」と、何度かつぶやくことにしている。そうすると、いつの間にか眠ってしまっている。睡眠のための「呪文」のようなものかもしれない。この「極楽じゃ」は僕自身が考えたものではない。僕と同年配の知人の母親が昔々、夜の寝床で唱えていたという話を聞き、真似するようになった。何しろ、当時は太平洋戦争の頃である。この母親は何人もの幼子を抱え、朝早くから炊事、洗濯、掃除……田畑があるので、農作業もある。おまけに、夫は戦争に取られ、いつ戻ってくるか、分からない。毎日、毎日、くたびれはてて、夜に横になるのが唯一の楽しみ。思わず「極楽じゃ、極楽じゃ」という声が出たのだ…