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山寺のんびり日記

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2017-03-27 イタリアンの教科書的

 



本好き×料理好き


ということで、時々、料理の本が読みたくなる。


テレビで時々お見かけする落合務さんという方のレシピのレビューが良かったので古書にて購入。とりあえずはその著書の作品で最もレビューの厚そうなものを買うのがいつものパターンである。


ちゃんと作れるイタリアン

ちゃんと作れるイタリアン


そんなに期待していなかったのだが最初のレシピを見た途端にこれは良い本だ…という実感があった。なんということはない前菜のレシピだったのだがちよっと感動した。



料理のプロセスが実に要領よく書かれている。



特に「〜すると美味しくなる」と「〜すると失敗する(美味しくなくなる)」という指摘が実にいい塩梅なのである。


思ったより肉料理も少なく、我が家の家メシに応用できそうな小技大技も沢山載っていた。


これほど有名なシェフなのでおそらくどこの図書館にも1冊や2冊はあるに違いない。

関心のある方は1度ご覧になられてはどうだろうか。


但し本が良く売れる著者にありがちだが、同じような内容のものが別のタイトルで出版されていることがあるようなので少し要注意である。



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作業用BGMとして御世話になっています】

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2017-03-26 着火1分後  ら・ら・ら

 




相変わらずいつまでも気温が低い。今朝は氷点下にまで下がったとのこと。




法務が続いて下降した体調もようやく回復傾向。





午前中、法事が2件あったが2件目で食事を出して頂いた。



よく考えたら1週間ほど軽いものしか食べていなかったことに気がついた。いきなりヘビーなご馳走を食べても大丈夫かな…と思ったが無事終了。






まだまだ寒い日が続くので薪で焚いたお風呂に入るのが愉しみである。




焚口に薪、小枝、杉葉などを入れて火をつけるのだが、ごくまれに着火して1、2分した頃、焚口から突然に炎が逆流してくることがある。



場合によっては40、50センチくらいの炎が爆発するように噴出してくる。




迂闊に覗き込んでいたら火傷は免れない。



火が燃えることで空気は炉のなかに吸い込まれるのだがそれがなんらかの原因で逆流するらしいのだが、詳細はよくわからない。




先日、妻が初めてその事態に遭遇したのだが、かなりびっくりしたらしく


バックドラフト!」


と言っていたので笑ってしまった。昔の映画のタイトルである。




バックドラフト (字幕版)

バックドラフト (字幕版)





待ち合わせで駅のそばの古書店に入ったら空海の言葉を現代語訳している本を見かけた。



タイトルは失念したが、現代語訳した空海の言葉を箴言として読む…という趣旨のようだった。




そのなかにおおよそこんな一節があった



美食をするような美女もやがて野犬の糞尿になる



なかなか凄惨なことばだが仏教は亡くなった美女の死骸がやがて変色、腐敗し、最後は燦爛する骸骨なるというような画が沢山残っている。



インドでも死体を前にそれらが形を変えやがて腐敗していく様を凝視することで人生の無常を覚るというような修行法があったようなので、そのこととも関係があのかもしれない。




空海様といえば有名な方でファンも多いのだろが、類書が随分出版されている。



密林だと「なか見!検索」といって内容の一部を読むことができる。



パラパラみても表面的に解釈しているようなものが多く少しがっかりである。





それにしても美人が野犬の糞尿になるというのは死体が放置されるかそれに近い状態になることで野犬に食べられることえを意味しているのだろう。



丁寧に土葬されたり、火葬されればそのような事態にはならない。



往時、人が亡くなるとしかるべき場所に運んでいって捨てていたとも言われるが今日とは随分感覚が異なる。




いよいよ人生というのはうかうかしていると本当に残り僅かだだなと思うことがある。その短い間にいかほどのことがなし得るのだろうか。







数日前にテレビで大黒 摩季の「ら・ら・ら」という歌が流れていたが、久しぶりに聞いたら数日頭のなかで鳴っている。そしてなんとなくこの歌を聞いていると体も元気になる気がしている。昔の歌はいいものである。




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QwanzanQwanzan 2017/03/27 20:29 お大師様のご入定のお歳を思うと(比較するのは失礼な話ですけど)なんというか焦るような、なんとも。。。もう遅いような。。(半日ほど誤字のまま恥)

山崎山崎 2017/03/27 21:06  「ら・ら・ら」 初めてまともに聞いてみましたが、切なくて悲しくなる曲です。振られた訳でも無いのに、切ない恋の曲。複雑だな、不思議な曲です。昔の曲は、歌詞を大切にきちんと歌っている感じがします。

burogubouburogubou 2017/03/28 00:23 Q様。お大師様とは遠くに仰ぎ見る御存在であると同時に同行二人として身近におられると思います。ご加護を念じつつ僅かでも、一歩でも近づきたいものです。

burogubouburogubou 2017/03/28 00:24 山崎様。古い歌はいいというと年寄りめきますが、歌詞もメロディーも良い歌です。良い歌というのはいろんな状況で聴いてもハマるものがあります。

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2017-03-20 彼岸のお中日  遺伝的影響 

 


17日から4日間続いた松尾寺の彼岸法要への出仕も無事終了。


珍しく体調不良のため波乱があったかようやく収束しそうな気配。健康のありがたさをしみじみと感じた。





身体が弱ると、メンタルも影響を受けるらしく。


娘が見ていた「ドラえもん」の映画で号泣しそうになった…






娘が学校が面白くないというのだが、親である私も幼稚園の頃は行事に参加するのもお手伝いするのも楽しいことばかりだったが、小学校にあがってからは学校行事にもすっかり関心がなくなった。お手伝いの気力もわかない。



同じようなこと言われている若いお母さんがおられて私だけではないのかもしれないと思う。どうなんだろうか…



これから長い長い学校生活が続くのだが娘の得意科目は


『図工と体育』



あきらかに‘勉強できない系’である(苦笑)



先日はとうとう…



「くノ一になりたい」



と言い出した…




忍者は頭が悪くてはなれませんから!



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考えてみると私が子供の頃愛読した本が「忍者手品のひみつ」という本だったので私の悪しき遺伝的影響をうけたのかもしれない…




忍術・手品のひみつ (学研まんが ひみつシリーズ)

忍術・手品のひみつ (学研まんが ひみつシリーズ)




お彼岸とは何であろうかと考えると少し返答に困る。



日本人にとっては先祖供養の期間であるが、春秋の彼岸の中日は太陽が真東から昇って真西に太陽が沈むことから西方浄土の思想、すなわち阿弥陀仏の信仰を抜きにしては考えられない。


そんなことを考えて本日のお彼岸の供養では「阿弥陀如来根本陀羅尼」をおとなえした。



彼岸で思い出すのはイギリスの先史時代の遺跡であるストーンヘンジである。

巨石を直立させ夏至の日に太陽が遺跡の特定の配置と照応するように作られているという。




太陽への崇敬は仏教以前から存在していたと考えられるので仏教以前の太陽信仰と仏教の西方浄土信仰が習合とは考えられないだろうか。



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QwanzanQwanzan 2017/03/21 02:57 大阪では四天王寺さんの日想観が有名です。門のとなりにお大師様がおわします。https://goo.gl/89G2YY
今日はお大師さんですけど雨みたいです。

QwanzanQwanzan 2017/03/21 04:36 法話で、蝋燭、電燈、太陽を比べて、蝋燭は暗く、すぐ消えるのに経済的でない。反対にお日様は全ての生命を育んでいるのに只であり、尊いというのがありましたわ

thistlethistle 2017/03/21 08:24 ご体調の悪い中、暖かいご教示、ありがとうございました<(_ _)>
裕福ではありませんでしたが、良き家庭人として優秀な息子にも恵まれた兄ですが、幼い頃、面倒を見てもらった私も、できることで兄を幸せにしてあげたかった。
戴いたお言葉を心に、偲びます。
ありがとうございます!

お嬢様、くノ一になれます!
知り合いのカリスマ予備校講師は、自分の子供には「人生を豊かにするのは副教科!」が口癖で、絵画&ピアノを習わせておられました。

burogubouburogubou 2017/03/21 15:06 Q様。太陽信仰というのは浄土とも結びつきますし、宗教の原型といえるかもしれません。大日如来の光とはすべてのものをくまなくてらすと教えて頂いたことがあります。
また酷熱にインドでは太陽よりも月が清浄なる霊性にシンボルであった可能性もあり興味ふかいところです。

burogubouburogubou 2017/03/21 15:08 thistle様、早速のご返信ありがとうございます。ご参考になれば幸いです。また何かございましたらお気軽にお訪ねくださいませ。

「人生を豊かにするのは副教科!」…良いことを教えていただきました。やりたいことはできるだけトライさせてやりたいものです。

山崎山崎 2017/03/21 18:28  私も学校嫌いでした。祖母が「学校楽しい?」と可笑しな質問をするので、「楽しくない。」というと「どうして?」と聞かれて返答に困った記憶が有ります。学校なんて面白くないのが当たり前だと思っていました。クラスメートは仲間では無く敵だと思っていました。お嬢さんがお友達と仲良く出来るのなら心配は少ないと思います。

empirestateempirestate 2017/03/21 19:19 太陽信仰と阿弥陀如来信仰の関係については、太陽信仰においては日が昇る東に対して日が沈む西はネガティブなイメージがついていたのでは?と思うので微妙な気がします。古代エジプトでも東は生者の方角だけど西は死者の方角、ということで家も建てられず墓だけがあったとか言いますし。
仏教はそれ以前の伝統宗教と比べて死をそれほど忌むことがないように思えますので、ネガティブなイメージのある西に逆にポジティブなイメージを与えたのか、あるいは暑いインドでは日が沈む方角に悪いイメージがなかったのか?とは思います。それにしても仏教では比較的太陽のイメージがよく使われているようには思いますね。

QwanzanQwanzan 2017/03/22 18:55 ぼんやり思ったのですが、仏壇仏具、神棚の類を西向けに置かないのもそんなことなのかなあ?と

burogubouburogubou 2017/03/22 19:51 山崎様。案外、大半の方にとって学校は楽しくない場所だったのかもしれません…少し安心しました(笑)

burogubouburogubou 2017/03/22 20:21 empirestate様。日本の缶詰で朝日の絵が書いてあるものがありますが、中東では太陽の絵は不人気とのことで熱い国では太陽はあまりありがたがられないかもしれませんし、そういう地域では陽が沈むということもマイナスではなくプラスのイメージであってもおかしくありません。
西方極楽浄土の起源も詳細は不明のようですがひとつの説としてエジプトが上げられているのも貴下の仰ることと符合するようで面白く感じます。

burogubouburogubou 2017/03/22 20:24 Q様。確信はありませんが私もそんな気がします。方位というはかっては大変気にされたみたいです。西方浄土という考えは特に顕著でしたから後世にも影響している可能性は大きいですね。

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2017-03-19 お彼岸


明日は彼岸の中日。


彼岸とは向こう岸という意味であるが、迷いや煩悩を大河にたとえ、それを越えたところに悟りの世界があるとされる。



丈夫なだけがとりえなのだが法務が続いたせいか高熱をだして昏々と眠り続けた。



少し回復に転じて小康状態だが、まだ歩くとフワフワする…



というわけでしばらく更新できそうにありませんが御了解くださいませ。

                              九拝

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empirestateempirestate 2017/03/20 18:29 お疲れさまです。

burogubouburogubou 2017/03/20 19:14 empirestate様。いつもありがとうございます。なんとか回復しつつあります。

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2017-03-14 お土産 快慶グッズ 求道空手

 


この冬は久しぶりの大雪で倒竹、倒木が多く。娘には格好の遊び道具。



ほどほどにしてくださいね…




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本夕から荒天。夜半には雪が降るとの予報もある。



昨日は兼務寺院へ留守番に行く。


お参りも少ないので少しのんびりした時間を過ごす。




耳を澄ませると絶え間なく鳥の声が聞える。



ツツ…ピ…ツツ…ピ…ツツ…ピ…



心が溶かされるような穏やかな空気である。




今朝は久しぶりに家の裏手で立禅を行う。



腰を落として立つという一見地味なトレーニングだが、体を練り上げるのには欠かせない鍛錬だと思っている。




今朝も盛んに鳥の声が聞える。



昨日と違って遠く、近く、様々な距離から様々な鳥の声が聞えて心がゆるんだ。




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紅茶好きの檀家さんがあって月に1回美味しい紅茶をご馳走になる。私はお返しに仏教のレクチャーをする。



今日お邪魔したら帰りがけに福井で買ったというお土産を頂いた。



外観は小瓶に入った野沢菜のようである。



品名は「はなはじき」。



<花が咲く>という優雅な意味かと思ったらわさびの新芽の漬物で目鼻がはじめるほど辛いのだとか…




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来月、奈良博で開かれる快慶展にあわせてグッズへの使用許可を求められた。



仏様を描いた“しおり”で



『仏マーカー(ブッツマーカー)』

……


いっそのこと

『仏摩訶』

にしたらいいと思うのだが。







先日、地場産の海草アカモク”について書いたが、本日は朝イチにてスーパーフードとして取り上げられていた。





なんでも花粉症に絶大な?効果があり、ダイエットにも良いのだとか。




NHKの朝イチの影響力は大きいので当面は売り切れ必死。私は“じんばそう”を食べることにしよう。








立禅を再開したのは昨日読んだ西田幸夫「空手!極意化への道」に刺激されたから。



外国人の圧倒的なパワーにどう対抗するか?

年齢を重ねても衰えない技は何か?




というテーマから空手を追求されている内容である。武道の根本には究極的な真理が存在する。各武道はそれぞれの立場からその真理にアプローチしているのであるとされる。


著者は極真空手の重鎮でありながら太気拳、形意拳、八卦掌、大東流合気柔術、沖縄空手、鶴拳など諸流を真摯に学ばれる姿には多いに感化を受けた。




どのようなジャンルでもあくなき向上心を持ち続けることは“求道”と呼ぶに相応しい。その姿勢に感銘を覚えずにはいられなかった。






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山崎山崎 2017/03/15 19:26  運動不足の高齢者にみられるロコモティブシンドロームと同じ症状が、小中学生にもみられると言われています。
その点自然の中で思いっきり体を動かしておられるようで、お嬢さんは環境に恵まれていますね。
 伝統空手の実戦的な演武の動画が以前有ったのですが、探しても見つかりません。見てほしい動画が有ればすぐに言わなければ、探せなくなりますね。
 一日一日が大切だな。しみじみ

burogubouburogubou 2017/03/15 19:38 山崎様。高度の情報化社会の利便性、発展性が身体能力の低下を招くことは確実のようです。意識して自然に触れ、体を動かすことに意識をおくことでバランスが取れるということでしょうか。
良い動画があれば早々にお教えください。私もお気に入りに登録していた動画が随分削除されてしまいがっかりしています。

thistlethistle 2017/03/17 12:22 いつも拝見しています。
ブログの内容とは異なることで、失礼します<(_ _)>

小さい時に一緒に暮らしていた一回り上の従兄弟が、1年余の闘病の末、昨日、亡くなりました。
お別れに行きましたが、私が微妙な体調なこともあり、お通夜&お式は欠席です。
例え、不調に陥っても、行くべきではないのか・・・

小さい時に色々、面倒を見てもらい、大好きな兄ちゃんだったのに、何の恩返しもできず、そのことに打ちひしがれます。

こんな気持ちはいつか許されることがあるものでしょうか?
もしくは、持ち続けることが贖罪に繋がるのでしょうか?

ご教示ください。

burogubouburogubou 2017/03/17 22:42 thistle様。ご訪問頂き感謝申し上げます。ご質問は歓迎です。実はめったにないことなのですが連日葬儀が続いており多忙にて更新の時間がもてません。返信は数日お待ちいただければ幸いです。九拝。

burogubouburogubou 2017/03/19 22:28 thistle様。

めったにないことですが法務多忙にて体調を崩してしまったようです。
返信が遅れ失礼しました。


子供の頃、従姉妹(従兄弟)達と遊んだ記憶を懐かしく思い出すことがあります。彼ら(彼女ら)の存在は私の人間性に少なからず影響を与えていると思います。

亡くなった従兄弟様とは一緒に暮らしておられたとのことで、きっと良いご関係だったのでしょう。従兄弟様は貴下に感謝されこそすれ、葬儀に参列できなかったことを苦にされているとは思えません。

ましてや体調不良という理由であれば致しかたないと思います。葬儀の参列者もいわば義理で参列されている方も少なくないかと思います。そういう方は故人への思いもそんなに深いものではないのでしょう。

それにひきかえ貴下はそのことを大変重く受け止めておられます。人が亡くなった後の世界は思いの世界だと思います。離れていても貴下の思いは必ず故人に届いていると思います。むしろ貴下が贖罪というような意識を持ち続けることは故人にとっても望まれないことだと思います。

故人は貴下と過ごした歳月を大切に思っておられることでしょう。努々贖罪というようなお気持ちはもたれませんように。

折にふれで故人を懐かしんであげ、ご供養してあげればそれで十分であると思います。言葉足らずではありますがもし不明の点がありましたらお尋ね下さい。

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