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2012-02-10 第3回FTMラウンドテーブル/社会が変われば消費も変わる このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント



1月26日(木)に、国際大学GLOCOM主催のFTM フォーラム(Future Technology Management フォーラム。 議長:村上憲郎GLOCOM教授・主幹研究員、多様な人々を幸せにする「スマート社会」の構想と、その実現に必要な技術を取り巻く制度・カルチャー・企業経営を議論)の一貫で開催されているGreen Table (今後5年以内に社会の中心を担う世代の研究者、経営者、技術者、社会活動家をコアメンバーとしたラウンドテーブル)の第三回目が開催されたので参加した。

第3回FTMラウンドテーブル(Green-Table)「消費はこの先どう変わるのか? 」: GLOCOM


『感想/まとめ』を書くのに手間取っていたら、何と追い打ちをかけるように、インフルエンザにかかってしまってブログを書くどころではなくなってしまった。やっと回復したとは言え気力が続かないので、ごく簡単なメモになってしまいそうだが、それでも何か書いておこうと思う。



開催概要(敬称略)


・日時:2012年1月26日(木)18:00〜20:00

・場所:国際大学GLOCOM ホール

・話題提供

「消費はこの先どう変わるのか?」

山田メユミ(株式会社アイスタイル取締役 兼 @cosme主宰)

WEBサービスデバイスの発展により消費や流通は今後どう変化するのか?弊社運営の化粧品サイト『アットコスメ』の利用動向や、ネットを起点に商品開発・EC・データ分析・リアル店舗運営など様々なソリューションサービスをしている事業の紹介、これらを通じて感じていること等をお話し、スマート社会へ向けた今後のあるべき進化の形について、皆様とディスカッションしたいと考えています。』


・参考資料

フィリップ・コトラーほか著、『コトラーのマーケティング3.0 ソーシャル・メディア時代の新法則』、朝日新聞出版、2010年。

アットコスメ


・プログラム

18:00 〜 これまでの議論の整理

     庄司昌彦(国際大学GLOCOM主任研究員)

18:10 〜 話題提供「消費はこの先どう変わるのか?」

     山田メユミ(株式会社アイスタイル取締役 兼 @cosme主宰)

18:40 〜 ディスカッション(予定)

     川崎裕一 (株式会社kamado代表取締役社長)

     閑歳孝子 (株式会社ユーザーローカル 製品企画・開発担当)

     楠 正憲 (日本マイクロソフト株式会社 技術標準部 部長)

     庄司昌彦 (国際大学GLOCOM 講師・主任研究員)

     西田亮介 (東洋大学経済学部非常勤講師)

     藤代裕之 (NTTレゾナント株式会社 新規ビジネス開発担当)

     藤本真樹 (グリー株式会社 取締役 執行役員CTO 開発本部長)

     山田メユミ (株式会社アイスタイル 取締役 兼 @cosme主宰)

19:30 〜 オピニオンメンバー・会場も含めた全体ディスカッション

20:00   終了



驚くべき先進性


山田メユミ氏による、『アットコスメ』のお話は事前の予想以上に非常に面白かったし、あらためてこのサービスが非常に良くできていることに感服した。しかも、よく考えてみると、この日本最大級の化粧品の口コミサイトがサービスを開始したのは、1999年12月だ。やっとその前年にGoogleが創業されたばかり。今やすっかり見る影もなくなってしまった米Yahoo!がその最盛期を迎えようとしていたころだ。ソーシャル・ネットワーク・サービス(SNS)どころか、日本にはまだブログさえない。このような時期に、よくぞこれほど先進的なビジネスを立ち上げることが出来たものだ。ネットビジネスの激しい栄枯盛衰の歴史を多少なりとも知るものなら、感嘆の念を抱かずにはいられないはずだ。


インターネットの覇権は、当時、MicrosoftYahoo!が握っていたが、Googleを経て今では、SNS巨人Facebookに移りつつある。ここに来てやっと、ごく普通の会社でも、口コミを利用することが現実的になってきた。創業から10年以上経って、やっと時代が『アットコスメ』に追いついてきた、ということになる。



消費の変化のガイドライン『マーケティング3.0』


その山田氏が、今後の消費の変化のガイドラインとして上げたのが、マーケッティング界の超大物フィリップ・コトラー氏が提唱する、『マーケティング3.0』である。もう少し丁寧な言い方をすれば、『マーケッティング3.0』を語らざるを得なくなったコトラー氏の見る、消費および消費者の変化をガイドラインとして提示した、ということだ。


コトラー氏が『マーケティング3.0』について解説する著作、『コトラーのマーケティング3.0 ソーシャル・メディア時代の新法則 』*1が発売された時、私も一早く購入して、当ブログ書評も書いた。http://d.hatena.ne.jp/ta26/20101113 コトラー氏は、マーケティング1.0が『製品』、2.0が『消費者』、そして3.0に至ると、『価値創造』が主導し、消費者は『恊働』『文化』『精神性』をマーケティング手法に求めるようになると述べる。


ご参考に、本書から、主張の核心(と私が感じた)部分を再度引用しておく。


それは消費者がより恊働的、文化的、精神的なマーケティング手法を求める、より洗練された形の消費者中心の段階である。ニューウェーブのテクノロジーは情報やアイデアや意見の広範な普及を容易にし、そのおかげで消費者は価値創造のために恊働することができる。テクノロジーは政治的・法的状況や経済や社会文化的状況のグローバル化を推進し、それが社会の中に文化的パラドックスを生み出す。テクノロジーは、世界をより精神的な視点からとらえる創造的な市場の台頭も推進する。 同掲書P44



根本的な変化


この変化の根本原因は、本のタイトルにもあるとおり、ソーシャル・メディアが社会に行き渡った結果、企業と消費者の関係に根本的な変化が起きたことにある。従来は消費者に比べて量質とも圧倒的に上回る情報を持ち、時に『イメージ操作』をしたり、製品の欠点を隠したり見え難くしてきた企業側も、ソーシャル・メディアを経由して消費者の口コミ等による情報が急増して、情報のバランスは逆転し、今では企業の嘘や誤摩化しは難なく見破られてしまうようになった。消費者にとって真に価値ある製品やサービスを提供する企業だけが生残って行くようになり、消費者の側も、選択眼が研かれ、消費行動はより洗練されて行く。また、双方向の情報交換が容易になって、消費者同士、あるいは消費者と企業はより恊働的になって行くことも、マクロの方向性という点では大方誰もが賛同できるところだろう。



それでも感じる違和感?


ただ、非常に興味深いことに、この『マーケティング3.0』に言及した山田さん自身は、このコンセプトはまだ必ずしもピンと来ないところもあると言い、パネラーや会場の参加からも、それに賛同する声は少なくなかった。実のところ、私自身、日本の消費は3.0に行き着く前に、2.5くらいの段階が比較的長く続くのではないかと考えている者の一人だったりする。


それは、一つには、フィリップ・コトラー氏が主にベースとする米国と私達のいる日本の『価値』や『洗練の意味』あるいは、『恊働』の現れ方の違い等が大きいと考えられることもあるが、それ以上に、消費という行為が、いまだに、価格や利便性のような単純な合理性を超えた巨大な不合理や無意識に支配されている、ある意味シンボリックな行為であり続けているからだ。洗練された美意識が背後にあることもあれば、不安にかられた自我承認欲求が消費の形をとっていることもけして少なくない。だから、相応に、企業側も善性一辺倒というわけにも行くまい。表の光が強ければ、闇もまた濃くなるということもあるだろう。当分清濁相半ばするというのが現実に近いと思う。



社会行動全般の変化


ソーシャル・メディアの洗礼を受けて、消費行動に限らず、社会行動全般に広範かつ劇的な変化が及ぶであろうことについては、繰り返すが、私もまったく異論はない。異論はないどころか、これこそが、2010年代前半の最も重要な論点だと考える。


その重要な論点を提供してくれる一人がフィリップ・コトラー氏であるわけだが、昨今様々な論者が、様々な切り口でこの問題を語るようになってきており、私自身もう少し立入ってお話したいところなのだが、病からの復帰直後の今の私にはこのあたりが限界か。次回以降、あらためて取組んでみたいと思う。

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2012-01-29 第8回ジオメディアサミット/さらなる無限の可能性へ このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント


去る2012年1月23日、第8回ジオメディアサミットが開催されたので、参加してきた。遅ればせながら、感想をまとめてみた。



開催概要


・開催日時:1/23(月)15:30-19:30(15:00 開場) : 懇親会:19:30〜22:00

・開催場所:東京大学 駒場リサーチキャンパス コンベンション・ホール

http://wwwsoc.nii.ac.jp/scdj/access.html

・参加費:無料(懇親会は3000円)

・公式ハッシュタグ:#gms2012

第8回ジオメディアサミット | PeaTiX



○第一部:メイン講演:各30分(敬称略)

講演1:40,000店舗、3,850万会員基盤によるDBマーケティング

カルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社 藤澤幸生

講演2:ニコトコを中心とした二子玉川でのジオサービス(仮題)

東京急行電鉄株式会社 福島 啓吾

都市生活創造本部事業統括部 企画開発部 企画担当

講演3「NFC利用によるビジネス拡大の可能性」

株式会社リクルート 鵜飼伸光



○第二部:パネルディスカッション:45分(敬称略)

店舗運営者からみたジオメディア

モデレーター

 株式会社ゴーガ 小山文彦

パネラー(順不同)

 株式会社マイネット・ジャパン 代表取締役社長 上原仁

 株式会社サンゼロミニッツ 代表取締役社長 谷郷 元昭

 株式会社FrogApps 代表取締役社長 中村仁

 株式会社nomad 代表取締役社長 小笠原

 有限会社らしく 代表取締役社長 佐藤 純也

 株式会社ゆめみ ソーシャルアプリ事業部 副事業部長 君塚 賢一

○ショートプレゼン:15分

GPSによるシームレス測位技術”IMES"について

測位衛星技術株式会社 取締役営業部長 石井 真



○第三部:ライトニングトーク:5分x12本



多様化する参加者


ジオメディア・サミットは今回がもう第8回目となる。運営は整然と行われ、閉会後には即座にUstream等により当日の模様がまとめられる*1、という具合にすっかり組織だって洗練されて来た。もう押しも押されもせぬ、ジオ系の権威ある情報発信と意見交換の場と言っていい。こうなると従来は近そうで遠かった流通や小売り、実店舗、あるいは不動産等やインフラ関連等のややオールド・エコノミーの側に属する職種の人たちの参加も一層増えて行くだろう。一方で、初期の頃のゴツゴツした手作り感の良さを知る人には「らしさ」を感じられない一抹の寂しさを感じた人もいたかもしれない。だが、黎明期にあるジオメディアサービスは今後急激に社会に浸透し、モノや人の流れを変え、人々の生活の質を上げ、ライフスタイルを変える中核的な役割を担って行くことは間違いない。ギーク*2やオタク系のマニアックな人から、普通のリアルのビジネスに従事する人まで一同に会して、従来の関係性を繋ぎ直して行くような、新しいタイプの『リワイヤリング(繋ぎ直し)』が尚一層必要になってくる。ジオメディアサミットは、今以上に多様性を受け入れ、トレンドセッターの役割を担い続けていくに違いないし、是非そうあってほしいものだと思う。



メインテーマはO2O


今回のメインテーマはO2Oということだが、O2Oとは、インターネットのソーシャルメディアや情報サイト等での人々の口コミ等の情報交換やゲーム、さらには電子マネー等のネット上の(オンライン)の活動や情報がリアルの購買行動に影響を及ぼしてリアルの店舗(オフライン)の売上げを押上げてきていること等を概観する概念だ。そして、今度はそのリアルな購買行動は大容量が蓄積可能になったクラウド(オンライン)に蓄積され、次のオフラインとの関係構築を準備することになる。蓄積されたいわゆるビッグデータ(数百テラバイトからペタバイト級以上のデータ量で、かつ非定型でリアルタイム性が高いデータ)がITの技術進化に後押しされ、比較的小規模の企業でも扱えるようになったことから、これ自体も非常に大きなビジネスのポテンシャルとして取り上げられるようになってきた。


ネット系のサービスは、今でこそソーシャル・ゲームのような巨額のマネタイズの実現を見ている領域があるとはいえ、全体で見ればまだマネタイズのハードルは高い。しかも、そこには、Google、アマゾン、アップルというような巨大プラット・フォーマーがいて、有望なビジネスは皆ブラックホールのように吸い取って行ってしまう。だが、マネタイズのパターン(ビジネスモデル)がしっかりと構築されているリアルと連携することができれば、オンラインとオフラインを統合して持続可能な新たなサービスが確立できる可能性がある。オフラインの側も、インターネットを活用した売上げ増には期待が大きい。



背景と展望


O2Oがこれほど注目されている背景には、スマートフォンの拡大』Facebook/Twitterを中心としたSNSの拡大』があることは言うまでもない。スマートフォンは何より先ずGPSをはじめとした位置情報の補足と利用の汎用化を進めた。同時に、SNS、中でもビジネスとして利用しやすい実名制のFacebookが日本でも思いのほか会員を増やした。しかも、SNSスマートフォンとの相性がことのほか良いため、これらが相乗効果を生み『オンライン』と『オフライン』は急激に接近し、リアルタイムに結びつけられるようになった。GPSだけではなく様々なセンシング技術の活用、写真や動画との連携等も容易にできるようになり、入手した情報の整理/分析/活用が現場でできるため、単純な物流改善やコスト低減だけではなく、バーチャルの場でしかできなかった『ソーシャル・ゲーム』の要素をよりリアルの場に持ち込むこともできるようになってきている。昨今、ゲーミフィケーション』(ゲームの力学=メカニズムをゲームではない分野に応用しようというコンセプト)ジオメディア系の関係者にもバズワードとして盛んに語られるようになって来ているのは、このような『インフラ』の充実があるからだろう。(foursquareのバッジや、食べログのレビュアーランキング等、位置情報と関連の深い著名サービスでも実装が進んで来ている。)



マスメディアではなくミドルメディア


ただ、現段階でジオメディア・サービスのメディアの部分の心臓部にあるのは、あくまでソーシャル・メディアであって、マスメディアではない。そこのところの特性を理解せずに単純に既存のマスメディアの代替物と考えてしまうようだと思いのほか効果を得ることができずに失望することになる。


今回は、最初にカルチュア・コンビニエンス・クラブと東急電鉄のプレゼンテーションがあった。両社ともジオメディアとの相性が非常に良さそうなのは間違いないところだが、今ひとつその活用法に新規性がなく、プレゼンターもオーディエンスも今ひとつ『熱』を感じることができなかったと言わざるをえない。一方で、パネルディスカッションに参加したメンバーの話は、具体性もあり、『熱』を十二分に感じることができた。特に小規模な実店舗や地域の活性化を目的としてSNSを活用している、株式会社FrogAppsの中村社長や、株式会社nomad小笠原 治社長はすでに店の売上げの10〜20%をSNSの活用で押上げていると語り、成果に手応えを感じている様子だ。最近では、マネタイズとの関連に疑念の声さえ上がることも少なくない位置情報サービスの『チェックイン』機能についても、ビジネスにおける意義と可能性を感じていることが伝わってくる。どうして、そのような違いがあるのか。


ソーシャル・メディアに精通した人ならすでに十分ご存知の通り、ソーシャル・メディアはあくまで『ミドルメディアであり、価値観を共用する少人数、共感を感じることが出来る範囲のコミュニティ、震災復興のような共通の課題を抱える地域等に対して、自分の価値観を伝え、相互のコミュニケーションを活性化し、ファンや理解者を増やす等の目的で利用する場合には、非常な効果を発揮しうる。一方で、大量の人に一気に認知させるTV宣伝のような効果は期待薄だ。



規模の大きなビジネスに発展させるための方向性


だが、この段階に留まっていては、サービスのスケールを拡大することができない。ジオメディアによって世界を変えるほどのインパクトを持つサービスを実現するためには、もう一工夫必要だろう。そして、その方向性に関わるヒントは今回ジオメディアサミットの随所に見つけることができた。少なくとも以下の3つは明確に指摘できるし、サミットの開催者の意図/含意を感じることもできる。



(1)ソーシャル・メディアによって生成される新しい『社会的関係』を研究して

  『お金を使う』動機を見つけ、リアルビジネスにつなげて行く



パネラーの一人、マイネット・ジャパンの上原社長は、ちょうどこのジオメディアサミットの当日、新サービスを立ち上げを発表した。(ライトニングトークでも担当の青木氏より説明があった。元気玉系・お誕生日パーティー開催支援サービス「O.E.Y」) Facebookで繋がっている人の誕生日情報を元にネット内で人を集めたりパーティーをアレンジしたりして、これを実店舗に誘導して実際にパーティーを開いたり、プレゼントを贈呈するような行動につなげるサービスだという。リアルの現場では、誰かの誕生日にパーティーを開いてあげようと思いついても、実際には面倒であったり、時間がなかったりして萎んでしまうことが多い。これをSNSを利用して、リアルの活動に繋げるまで熟成するのが『コアコンセプト』だろう。この類いのサービスは今続々と立ち上がりつつあり、最も旬なサービスの一つと言っていいかもしれない。『ちょっとした感謝』『ちょっとした(盆暮れやおはよう、おやすみ等の)挨拶』『ちょっとしたうけ狙い』『ちょっとした見栄』『ちょっとした虚栄心』・・・SNSが無い頃には陽炎のように消えてしまったがSNSがあれば熟成してマネタイズにつなげていくことができる『淡い気持ち』は誕生日のお祝い以外にも沢山あるだろう。個人的には、このSNS内で生まれる新しい社会的関係(変化)をリアルビジネスに昇華していくタイプのサービスには今最も注目している。



(2)有力個人の発信を集め、編集により個性ある『メディア化』をめざす


パネラーの一人、サンゼロミニッツの谷郷社長の主催するサービス『30min.』はブログ記事を収集して上手く活用することで、サービスの個性化、差別化を実現している。インターネットの進化は、個人のメディア化を強力にサポートしているが、年々各個人の情報発信力やクリエイティビティには拍車がかかり、クオリティーは非常に上がっている(このままではプロのクリエーターという職種はなくなってしまうという意見さえある)。このような情報を上手く収集/編集して活用することで、従来とは一味違ったメディアを作ることができる可能性も一層高まっている。これは、個人の力量に負うところも大きく、誰でも可能というわけではないが、『ビッグデータ』の時代の競争に生き残るヒントとなる可能性もあり、もっと注目していい領域だ。



(3)ゲーミフィケーションの高度活用をはかる


先に述べたように、スマートフォンタブレットPCの普及は、ジオメディアにゲームのメカニズムを持ち込んで参加者を増やし、活性化することができる余地を大きく広げた(今でも広げている)。旅行に出かけたり、ドライブに出かける等の活動が活発で、位置情報(地図)をアシストとして必要とするニーズが大きいわりには不便なサービスが多かった時代には、競合他社より利便性で勝る製品やサービスを出すことに集中すればよかった。だが、今ではその競争も一巡し、どのサービスも遜色無くなって来ている。今後は『動機そのものをどう引き出すか』『サービスへのエンゲージメントをどう高めていくか』が最大の課題となり、人間の感情や習性を研究して巧みに利用することに長けたゲームのメカニズムを理解し、利用することの意義が益々大きくなって行くだろう。もちろん、ゲーム要素なら何でもいいわけではなく、競争のポイントは『消費者心理の高度理解』とシナリオライティングやサービスのパッケージングの『センスの良さ』にある。そして、特にこれをソーシャルの要素、中でも(1)のようなSNSを利用することで生じる『新しい社会的関係』と絡めたサービスとして提供できれば、大きく花開く可能性は大きい。



『身体』から『ハートとマインド』へ


今回のサミットに出席して、こうやって全体を振り返って見ると、トレンドの変化をひしひしと感じる。従来の位置情報サービスは、リアル世界の問題解決、利便性の向上、物流効率の向上、地域分析等、『身体』に関わるものがほとんどだったと言える。だが、SNSの要素がネット世界を覆い尽くすようになった今、そしてこれからは、感情、欲望、理想、愛情等、人の『ハートとマインド』マッピングこそ重要になっていくだろう。今回、インフラ側の提案として出て来た、NFC*3((NFCポータルサイト))やIMES*4等も、『身体』以上に『ハートとマインド』を意識したサービス利用を考えるほうがより大きく発展する可能性が高いと思う。(ライトニングトークで出て来たいくつかのサービスにもそのポテンシャルを十分感じることができた)。



停滞とは無縁のジオメディア


世界は、欧州の危機や中国経済の崩壊に怯え、日本では未来の見通しが全く閉ざされてしまったかのように語られることも多いが、ジオメディアサービスには、そのような停滞感など無縁な無限の可能性とチャレンジングな課題が沢山あることも再確認できた。運営の関係者の方々のご尽力にあらためて感謝の意を表したい。



<参考情報>

チミンモラスイ! : 「第8回ジオメディアサミット」終了!

第8回ジオメディアサミット、無事終了いたしました。

Facebook

[私家版] 第8回ジオメディアサミット #GMS2012 - Togetter

2012/1/23 #gms2012 第8回ジオメディアサミット - Togetter

ジオガールズブログ: 第8回ジオメディアサミットにいってきました

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2012-01-22 カイゼンではなく変革/既存組織からの切り離しが必要 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント



行き詰まる短期利益志向


2012年1月23日付けの日経ビジネスに、『利益より売り上げ さらば縮小均衡路線』という記事があって興味深く読んだ。確かに、昨今の日本企業は、日本的経営に自信満々で、株主や株価など何するものぞという気概に溢れていたころと違って、経営者に対する短期高収益のプレッシャーは強い。長期投資や成長戦略が必要であることはわかっていても、一方で、四半期決算が導入され、もう一方でヘッジファンドのような短期利益志向の影響力もあって、自社の株価に敏感な経営者はどうしても目先の収益にとらわれざるをえない。


だが、日本企業の大抵の経営者は、欧米のようなタイプの経営に慣れているわけではないし、労働慣行や従業員の意識もさほど従来と変わらない中では取れる具体策もたかが知れている。結果、80〜90年代に一世を風靡した、GEのジャック・ウエルチの経営手法の劣化コピーのような『選択と集中』『リストラ』『ダウンサイジング』が大流行することになる。自社の収益の出ている部門や事業を残し、収益の悪い部門をリストラする。スリムになって経営資源を得意なところに集中することで、企業をコンパクトにして高収益体質にしようというわけだ。



4つのウソ


ところが、市場は大転換期にあり、従来は強かったはずの部門や事業も、ビジネスモデルはすでに峠を超えていて、一方で自社の強みではないからということを言い訳に、転換期には不可欠な新規分野の開拓、新規投資、新規の人材への投資等にはまるで手をつけない。こんなことでは、短期的に収益が出て見えるのもつかのま、気がつくと何も売りがなくなって立ち往生ということになるのは必定だ。記事では、『利益偏重経営4つのウソ』と銘打って、従来の常識に従っていたはずが、実は落とし穴にはまって、企業の土台そのものを壊してしまうリスクに言及しているが、いまだにその迷妄から覚めていない経営者は非常に多いのではないか。


1ウソ 利益確保こそ企業存続の条件 

     →ホント 縮小に均衡なし、衰退の始まり

2ウソ ニッチ市場を狙え 

     → ホント ニッチ市場こそ優勝劣敗の激しい市場

3ウソ 高付加価値が利益の源泉 

     → ホント 高付加価値だけでは儲からない

4ウソ 海外企業は利益重視  

     → ホント 成長市場ではシェアを優先


2012年1月23日付け 日経ビジネス P40〜50



夢よもう一度?


そして、記事では『海外に目を向ければかつての高度成長期を彷彿させる市場があるのだから、もう一度売り上げ重視で打って出るべき』というアドバイスになる。韓国サムソン等をお手本として見れば、確かにそれは一つの選択肢であることはわからないでもない。ターゲットにした国に社員を20年以上も駐在させ、骨の髄まで現地のマーケットを知り尽くすという徹底ぶりには脱帽するしかない。もっとも高度成長期前後の日本のサラリーマンにもその類いの苦労話は沢山あった。それはまた日本自身の強みでもあった。



変革が中核になければ・・


だが、本当にそれだけで何とかなるのだろうか。かつて日本の強さの象徴だった製造業の多くは、今や新興国にほどなく追いつかれることが確実な産業領域だ。そこでは利益率均等化の法則が冷酷に働き、日本企業の競争力は低下の一途である。日本国内の雇用は縮小を余儀なくされ、世界市場に打って出ようにも有能な人材にあてがう原資も先細りだ。やはり『変革』『イノベーション体質への転換』が中核になければいかんともしがたいのではないか。



クラウドブラックホール


市場の大転換といえば、今日本市場にもクラウドブラックホール』が来襲しつつある。この『クラウドブラックホール』というのは、近著『クラウドの未来』*1を発刊した、米国在住のジャーナリスト小池良次氏の命名だが、言い得て妙だ。従来の日本の製造業は、(ハードとソフトを一体で設計して)高度な機能をハードに作り込むことで製品の付加価値を高めて来た。だが、今『クラウドブラックホール』はそういう旧来のビジネスモデルごとすべて飲み込んでしまいかねない。後に来るのはハードとソフトが徹底的に分離され、かつての日本製品の持っていた付加価値はどんどんクラウドのほうに移行してしまう世界だ。それどころか、そこでは従来は想像もできなかったようなビジネスモデルが続々と生まれることになる。だが、小池氏が指摘するように、日本企業の多くは、今頃自社の虎の子であるデバイス(ハード)をインターネットに繋ぐことだけに血道を上げているようなところが多く、ブラックホールを直視しようとしているとは到底思えない。必要なのは、変革であり、イノベーションのはずなのだが、あいかわらず『カイゼン』でしのごうとしているようにしか見えない。これはいったいどうしたことだろう。



適応を妨げる二つのパターン


ボストン・コンサルティング・グループの日本代表である御立尚資氏によれば、企業の環境変化への適応を妨げるあり方には二つのパターンがあるという。


第一のパターンは、「変化している現実」と「経営者のモノを見る眼(メンタルモデル)」のズレだ。単純化してしまえば、過去の成功体験から来る「情報の認識パターン」の歪みと言ってもよい。例えば、自分たちとは全く異なった経済性を有する新しいタイプの競合企業が登場し、相当の脅威になるといった状況でも、「これまで大丈夫だったから、きっと大丈夫」といった「見たい形でしか、モノを見ない」という類いである。(中略)


第二のパターンは、「変化の必要性は認識し、手を打つのだが、よってたかって足を引っ張る」というタイプである。既存航空会社各社が、自社で格安航空界者(LCC)を作った際に起こったことだが、豪カンタス航空をはじめとした何社かの例外を除けば、ほとんどのケースが失敗に終わった。「既存ビジネスとの競合(カニバリゼーション)を理由にした妨害」や「既存ビジネスのやり方を押し付けることによるコスト構造の高止まり」などが原因だ。既存証券会社によるネット証券ビジネス設立に関しても、似たような話は枚挙にいとまがない。


『変化の時代、変わる力』 *2P225〜227


恐ろしいことに、ほとんどの日本企業がこの二つのパターンのどちらかにはまっているように思えてならない。



成功するためには


数少ない成功例として知られるカンタス航空の例では、最初に次のような方針を決めて実行したという。


ー LCCのオフィスを(カンタス本社のあるシドニーから遠く離れた)

  メルボルンに置く。


ー 立ち上げメンバーとしてカンタスから派遣するのは数人のみ。

  あとは、別の業界から新規採用。


ー 路線権益の移管、財務状の支援を除き、あえて既存の

  カンタスオペレーションとのシナジー(相乗効果)は考えず、

  完全に別のオペレーションを組み立てる。



同掲書 P228〜229



その結果、別の経営モデルと企業文化が誕生したという。


今何より日本企業に必要なのは、カイゼンでも選択と集中でも、シナジーの見直しでもない。時代と市場の変化にあわせて企業体質の変革をすることだ。イノベーション体質に変わることを志向することだ。それをカンタス航空の事例は雄弁に物語っている。


イノベーション体質に変わる、というのは少々誤解しかねない言い方かもしれない。既存の大企業の体質を変えることに使っている時間はもうないと考えるのが現実的かもしれない。となるとカンタス航空のように、イノベーションのための組織は既存のマネジメントや組織とは切り離すことが成功の秘訣ということになる。では、本体のほうはどうなのか。



『リストラ』ではなく『トランスフォーメーション』


古い体質の巨大企業が大転換に成功した事例もないわけではない。90年代初めのIBMの事例だ。しかしながら、ここで起こっていたのは、『リストラ』ではなく『トランスフォーメーション』であったことを知る人は意外に少ない。


金巻氏は、経済のサービス化が進み、国内で製品を生産する企業が少なくなってきたと述べる。つまり、製造業がサービス業に姿を変えるなど、さまざまな形で業態が変わってきている(=やることを変えている)のだ。トランスフォーメーションとは、このような変革を指し示すキーワードだといえる。


 1986年、IBMは世界で40万人の社員を抱える大企業であったが、その後、深刻な経営危機に直面する。1993年にはルイス・ガースナー氏が会長兼CEOに就任してリストラを実施、ハードウェア中心のビジネスからサービス手動への転換を成功裏に導いた。ここで重要なのは「リストラに成功したから収益が出たのではない」(金巻氏)ということだ。


 IBMの社員数は、1986年の40万人から1996年の24万人にまで削減された。この24万人のうち、1986年から在籍する社員は9万人だったという。つまり、残りの15万人は新たに雇い入れられた人材だったのだ。金巻氏はこの点にこそトランスフォーメーションの真価があるとする。

 「新たに十数万人を雇い入れることで、スキルセットの変換に成功したのだ」(金巻氏)


経営会議の課題に居座る「ビッグ・アジェンダ」 日本IBMが解決支援へ - ZDNet Japan



もちろんこのような改革は大変な痛みを伴うものだろう。だが、その痛みを避けて体質はそのままにカイゼンで乗り切るのは、もう限界と考えたほうがいい。もう後がないところまで追い込まれていることを再認識すべきだと思う。それでも、もう、『ポイント・オブ・ノーリターン』は過ぎているかもしれないのだが。

*1

クラウドの未来─超集中と超分散の世界 (講談社現代新書)

クラウドの未来─超集中と超分散の世界 (講談社現代新書)

*2

変化の時代、変わる力―続・経営思考の「補助線」

変化の時代、変わる力―続・経営思考の「補助線」

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2012-01-15 『大陸』ではなく『次元』として理解すべきインターネット世界 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント



先見性に溢れた『新資本論


経営コンサルタントの大前研一氏がインターネットによる経済の進化の方向を予見した書、『新資本論*1は2001年に出版されて、当時大変話題になったし、2000年代後半頃に書かれた書評を読んでも、絶賛する向きが多かった印象がある。かくいう私も、2008年のはじめ頃に本書を再読し、このブログを書き始めたころに取り上げたことがある。当時は、本書での大前氏の先見性は大変素晴らしいと私も感じたものだ。


見えない大陸では、従来の実体経済に加え、「ボーダレス経済」 「サイバー経済」 「マルチプル経済」 という経済空間が急速に拡大して行くという指摘は、まさにその通りになっていたし、さらに勢力を増しつつあった。リーマンショック前(リーマンショックは2008年9月)ということもあって、経済のマルチプル化についても、それを支えるデリバティブズ等の金融技術は、いくつかの危機を乗り越えてよりスマートに社会に浸透して行くかに見えた時期でもある。ネットベンチャーとして立ち上がった楽天等もすっかり成長軌道に乗って、日本でもサイバー経済の勢いがどんどん拡大してもいた。



もはやこれだけでは足りない


だが、インターネットが当時よりもっと存在感を増した今、あらためて見てみると、今起きている(起きつつある)ことを分析するには、これでは足りないと感じてしまう。焦点の当てどころを変えたり分析ツーツをリファインすれば何とかなる、というレベルではない。もっと深いレベルでの変化が、まったく違った意味で起きて来ているとしか言いようがない。加えて、わずかの間に私の認識自体が変わってしまっていることにも驚きを禁じえない。



どんな言葉で表現すればいいのか


これを何とか表現するために、2012年のインターネットサービスやユーザーの消費行動を象徴する言葉を思いつくままに書いてみた。そもそも私自身、今起きているインターネットに影響を受けた消費構造の大きな変化については、あまりに巨大で前例もなく茫漠としているため、おさまりのいい言葉で全体を括ったり説明することがどうしてもできないでいる。だから、他人の案出した表現であれ、どこかでふと耳にしたり、目にしたりした言葉であれ、何らかの印象が残ったものをとにかくピックアップしてみて、その羅列から何を感じることができないのか、何か説明できる概念が見つからないのか自問自答して見たいと思った。もちろん私自身の認識のバイアスが大いにかかっていることは自覚している。だが、それ以上に、大量の概念が濁流のように押し寄せてきて、古い概念もろとも押し流されてしまう気もする。


心の消費の増大

深層心理化

モノより心

新しい儀礼贈答

ゲーム化(ゲーミフィケーション

ソーシャルメディアがもたらす新しい消費スタイル

・・・・・・



大陸の出現


インターネットの浸透は、実体経済に付随する、国境、距離、時間、旧来の商習慣等による制約をゆるめ、あるいは無くして行く。大前研一氏の著作が当時画期的だったのは、物理的な大陸に加えて(物理的な大陸に似た)インターネット大陸が出現したことが単に示されただけではなく、インターネッと大陸の影響力が物理的な大陸全域に及び、既存の商習慣、経済の仕組み、消費のあり方等が全般的に変化していくというビジョンが明確に語られていたことだ。



大陸ではなく『次元』


だが、今や『大陸』というアナロジーはあまり適切とは思えない。特にモバイル機器を媒介としたソーシャル・メディアソーシャル・ネットワーク・サービス(SNS)の浸透により、あらゆる物理次元の存在が人とモノとを問わずサイバー空間に繋がりつつあり、人間のコミュニケーションの手法も作法もすべてがドラスティックに変化しようとしている。あえてこれを表現するなら、『次元』だ。『3次元=物理的な位置と、一方向に均質に流れる時間に制約を受けた空間世界』に浸透しながらその制約を受けない次元(高次元)、このほうが今のインターネット世界のあり様をより的確に表現しているように私には思える。



実体経済への影響は軽微?


このような議論を始めると、必ず出てくる反論がある。いかにインターネットが時空を超えようとも、肉体としての人間は3次元的な制約(空間、時間)に制約された存在であり、物理的な代謝を伴う生活世界に生きて行かざるを得ず、よって、実体経済の支配力は相変わらず大きい。当然物理的な生活世界を維持していくための必要悪としての国家や政治の影響力も大きく、マクロで見た構造はさほど大きな影響は受けない(まだ受けていない)、という類いの議論だ。



ソーシャルメディア消費


だが、本当にそうだろうか。まだ見えにくいかもしれないが、すでに実体経済への影響や浸透も相当程度及んでいる兆しは今ではどこにでも見つけることができる。


例えば、野村総研が2011年11月に発表した試算では、ソーシャルメディア利用者拡大により、直近1年間で約1兆5,000億円の消費がソーシャルメディア内で行われ、それは今後5年以内に3兆1,900億円にまで拡大するという。しかも、ソーシャルメディアがもたらした新しい消費スタイルにより促進されるというのだ。それは、次のように命名されている。

ソーシャルメディアの普及で、新たに消費が1兆6700億円拡大、野村総研が試算 | 産業・業界 | 投資・経済・ビジネスの東洋経済オンライン

 

「玉突き消費」「ゆる消費」「ネタ消費」「プレゼント消費」


何のことやらさっぱりわからない、という人も多かろうと思う。だが、最後の「プレゼント消費」であれば、ソーシャルメディア内で出来た関係の中でプレゼントの贈答が行われているのだろうという想像はできるかもしれない。ただ、どの文化文明にも普遍的である『贈答』という行為も、その現れ方は千差万別で、もちろんソーシャルメディア内で起きている贈答も未解明の分野というべきだろう。だが、確実にそれは今起きている『現実』だ。



ソーシャルゲームで何故お金を使うのか


また、こんな例もある。ジャーナリストの石島照代氏の2012年1月10日付けDIAMOND onlineの記事、『任天堂はなぜソーシャルゲームをやらないのか(下)ユーザーに自己効力感を促す制作方針の気骨と強み』という記事に、現代の消費スタイル変化、消費のシフトに関わる非常に興味深いヒントが示されている。ここでは、どうして人は(生活保護を受けているお金がない人まで含めて)ソーシャルゲームにお金を使ってしまうのか、という点について興味深い解説が展開されている。その分析ツールのとして『自己効力感』『自尊感情』というような概念を援用している。

任天堂はなぜソーシャルゲームをやらないのか(下) ユーザーに自己効力感を促す制作方針の気骨と強み|コンテンツ業界キャッチアップ|ダイヤモンド・オンライン

自己効力感 - Wikipedia

自尊感情



この記事で言及されている、松本芳之・早稲田大教育・総合科学学術院教授(社会心理学)の解説部分として引用されている部分を以下に再引用する。


ソーシャルゲームは、単なる遊びとしてのゲームの側面もあるでしょうが、一方で、『自尊感情補完ビジネスとしてのソーシャルゲーム』を遊んでいる人もいると思います。自尊感情は、『どれだけ他社に受け容れられているかの指標』だという考え方があります。他者に認められた、集団の一員として認められたと実感できたとき、自尊感情が高まることになります。コミュニティで友情を築く『週刊プレーボーイ』の話は、この自尊感情を強く補完するビジネスだと思います。

任天堂はなぜソーシャルゲームをやらないのか(下) ユーザーに自己効力感を促す制作方針の気骨と強み|コンテンツ業界キャッチアップ|ダイヤモンド・オンライン


そして、これはバブル期に売れたブランドバックと一緒だという。自尊感情を補完したいという欲望はバブル期も今も同じだが、バブル期にはブランドバックを買ってそれを充足し、今はソーシャルゲームプレゼンスを拡大することで充足する、ということだ。そして、今のソーシャルメディアは『自尊感情』や『自己効力感』に限らず、実際の社会(ソーシャル)における社会的欲望のかなりの部分をSNSソーシャルゲームで代替/補完出来て来ているのではないか。どうやら、まだ必ずしも実証できているとまではいかない仮説レベルのものを含め、さまざまな代替/補完が起きていると考えてみるべきではないのか。



活動のシフト


『消費による自己実現』、『消費による自己表現』等、消費記号論が全盛だった、80年代末〜90年代では、消費は効用より記号であることが喧伝され、消費行動がさまざまな記号になりうることが盛んに議論された。この議論を受けて言えば、現在ブランド品も自己表現の中核的なアイテムだった自動車も、共に売れなくなっているなっている理由の一つはここにあることになる。すなわち、自尊感情の補完、他者からの承認欲求等、バブル期には高額商品の購入によって充足されていた欲求が、ソーシャル(ソーシャルゲーム)内の活動で代替されているということだ。



さらに進むシフト


この種の議論は、気鋭の経済学者で著名なブロガーでもある、タイラー・コーエン氏*2等によりすでにポピュラーになって来ているので、ここではその仮説の検証の一端を見ていると言ったほうがいいかもしれないが、その同じタイラー・コーエン氏の言が正しければ、不況や経済的な困窮が深まるほどこの傾向は顕著になる(より一層シフトが進む)ことになる。個人消費がさらに縮小して行く可能性の高い日本ではこの仮説が該当する可能性がさらに高まるとも言える。(但しそれは、個々人の効用や幸福感の縮小とダイレクトにはリンクしない。表に現れる経済活動としては縮小しても、個人個人は充足し、満足していることが十分に予見されるからだ。)


このことで、日本では経済を回す効果の高いモノから、実質的にほとんど何も消費しないソーシャルの中での活動(ゲームでお金を使うことはあるにせよ)にシフトすることによるさらなる消費金額の縮小を心配する向きもあるし、タイラー・コーエン氏に言わせれば先進国はおしなべてそうなる可能性があるということになる。重要な点ではあるが、今回はこれ以上立ち入らない。



新しい法則性


このような現象の帰結は、繰り返すが、まだ私にもその全般を言い当てることができない。ただ、少なくとも、従来の実体経済が何らかの影響を受けるというようなことではなくて、ネット側に急速に生成してきつつある新しい法則性の側から見ていかないと確実に後手に回ることになる。理論として認知されるかどうかは別として、ビジネスの現実として、日々競争に曝されている人であれば、感性のレベルでもいいからこれを把握して、実際の競争に後手に回らないように備えるべきだと思う。理論として認知されるのを待っていては競争に負けてしまうのは必定だ。それよりも、新しい次元に積極的に自ら参入し、そこで暮らし、そこで起きていることを身を以て体験することだ。けして他人任せにはできないことを再確認すべきだ。

*1

大前研一「新・資本論」―見えない経済大陸へ挑む

大前研一「新・資本論」―見えない経済大陸へ挑む

*2

Create Your Own Economy: The Path to Prosperity in a Disordered World

Create Your Own Economy: The Path to Prosperity in a Disordered World

2012-01-07 「直感」が経営判断の最も重要な要素になる日 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント


明けましておめでとうございます。

今年もよろしくお願い申し上げます。


情報の氾濫をあらためて実感



今年はカレンダーの具体で年末年始のお休みが短かったせいか、例年よりあわただしかった気がする。それでも、普段より少しは時間を取れる環境にあったため、自分の情報ソースや集めた情報を整理してみた。また、新たな情報ソースとして有用なものをピックアップして、目に付きやすい場所(iGoogle上等)に置いて見るようなこともやってみた。そして、今更ながら思った。


何という情報の氾濫!


何時の間にか、自分が普段接する情報ソースが陳腐化して、もっと有用なソースが沢山出てきていて、最先端の重要な議論を見逃していたことに気づく。そこまでしてまでキャッチアップする必要があるのかとも言われてしまいそうだが、少なくともある程度「情報」やそれをベースにした議論を仕事として取り組もうと決意を決めている身としては、これは由々しい事態である。それに、現代のビジネスに片足なりとも突っ込んでいる人なら、多かれ少なかれこの情報氾濫の時代にどのように自分を適応させて行くのかということ自体が競争となっていて、現実に生き残りの鍵となっているのだから、誰にとっても他人事ではすまなくなってるはずだ。



拠り所がなくなってしまった


特に昨年は、311を契機に、マスコミ(の情報)に対する懐疑が一般人にまで広がったエポックメーキングな年だった。同時に、tiwitterやFacebookのようなソーシャルメディアの有効性に注目が集まった一方、デマの拡散や怪しげな意見が続出して、メディアと自分との関係に見直しを迫られた人が多かったと思う。正確な、あるいは、自分にとって本当に必要な情報をどう取得するのかということもさることながら、その情報を元にどのように正しい、有意義な判断を下していけばいいのか、どうすればそれができるのか、拠り所をなくしてしまったと感じた人も多かったのではないか。



混乱の時代を象徴する原発問題


特にその典型例として日本人の心にずっしりとのしかかってきた問題の一つが、原発問題だったと言える。政府やマスコミの情報がすべて正しいとはもう誰も思わなくなっただろうが、一方で、インターネットに氾濫する反原発派の人たちの情報もピンキリで、誰を信頼していいのかわからない、というのが大方の人の実感だろう。だから、「あらためて厳密な事実だけに基づいた科学を中心に据えてきちんと議論を重ねよ」という意見はもっともで、日本だけではなく、世界の命運に関わるような重大な案件なのだから、世界中の優れた学識者が議論を重ねることのできる場をもっと整備することには基本的には大賛成である。



何を信じればいいのか


だが、一方で、これほど重大な案件でさえ、科学的に厳密な情報を集めることも、最高の頭脳の持ち主による議論を重ねることも、現実にはそれほど簡単ではない。しかも科学的な事実とそれを社会にどのように取り入れて行くのか、それを含めてどのような社会をつくっていくべきなのか、というような問いかけに正しい答えを得ることは尚一層難しい。情報がないからというより、情報がありすぎて、何が正しいか、今何を重視すべきか、捌くこと自体がものすごく大変だ。しかも、今では原発問題以外にも、年金問題、少子化問題財政赤字問題等、政治的な問題に限定しても、嫌になるほど困難な問題が次々と押しよせてくる。考えることが多過ぎてどうにもならないのに、どの情報源も、どんな賢い人でも、何をどこまで信じていいのかわからない。それが「現代」だ。



2012年以降の最大の課題


このように考えると、あらためて、東浩紀氏が「一般意志2.0」で展開した議論がいかに今日的で、誰もが直面する日常的な問題なのかを実感させられる。誰も、どんな問題についても科学的に(あるいは理性で熟考した結果として)正しい事実を手にすることができるわけではなく、熟議を重ねることができる時間も余裕もない中で、それでも何らかの判断を都度迫られる。そのような状態を根本的に回避できる方法はないと言わざるを得ないし、そもそも熟考し、熟議したからといって最適解が簡単に見つかるわけでもない。


そして、その改善策(あえて解決策ではなく)として、一般意志=無意識の可視化を行い、参考に供していくという東氏の提案につながっていくわけだが、これは、個々人にとって、今/ここでどうすればいいか、という点に対する具体的な回答というわけではない。また、ジャーナリスト佐々木俊尚氏が提案して以来、拡大解釈を含めて大変多くの人が口にするようになった『キュレーター』を見つけて行くことは、もはや誰にとっても必須の課題となった感があるが、最終的にどのようにすれば最適のキュレーターを見つけ、そこから最良の知恵をくんで行くことが出来るのかという点についてはもう少し探求し、試行錯誤していくプロセスが要りそうだ。


では、不確かな情報の洪水の中で、少しでも賢明な判断をするためにするためには、今、まず第一に必要なことは何か。現代人にとって最大の問題に対する、今すぐ取り組める対応策をどう探求していくかという課題こそ、まさに2012年以降の最大の課題と言っていいのではないか。



ヒューリスティック


その点で、私が今一番注目しているのは、最近急速に浸透してきた「行動経済学」で取り上げられている「ヒューリスティックス」という概念だ。(従来は、主に計算機科学や心理学で使われる概念だった。ここでは行動経済学による定義に基づき話を進める。)


これは、一番近い日本語をあてるとすれば、「ひらめき」「直感」ということになるだろうか。限られた時間の中で、とっさの判断や意識決定を求められた場合、情報を十分に精査する余裕はなく、瞬時に情報を取捨選択して決めるしかない。その際には、誰しも「直感」に頼らざるを得ないが、その場合の直感がここでいう「ヒューリスティック」に近い。



直感=不真面目?


直感と言えば、私がかつて奉職していた自動車会社では、この「直感」を口にするすることがはばかられるムードがあったことを思い出すが、厳密な品質管理、原価管理に基づく、「改善」を強みとする製造業の現場では多かれ少なかれ今でもそういう雰囲気がある。実際その曖昧さを許さない厳密さが多くの日本の製造業の競合力の中核となっていたことは事実で、愚直で飛躍はないが安全確実な事実に基づく現場管理を重視する空気の中では、時にものすごい飛躍をもたらす可能性があるとは言え、間違いも多く不確実な「直感」を口にすることは、不真面目さの象徴のように看做されることも少なくない。



直感=時代を切り開く?


だが、一方で、昨年惜しまれながら亡くなった天才スティーブ・ジョブズ氏の豊かな直感力に世界が目を見張ったように、直感力こそ時代を切り開くのではないかと、それこそ「直感」した人は少なくなかったはずだ。それに、どのように厳密に「事実だけ」に心がけている人でも、事実かどうかわからない大量の情報や意見を相手に、必ずしも分析/吟味する時間もなく、スピード重視で判断を求められるということが現実に沢山起きてきている。多かれ少なかれ皆直感的に判断を下していると言っても過言ではない


そして、今後はより一層情報が溢れる一方で、さらにスピーディな判断が求められるようになることはもう避けられない。だから、誰にとっても、如何に直感的な判断を的確行うことができるようにするか、また直感による判断が誤りやすいところ(直感の弱点)を出来るだけ具体的に知って、少しでも自分の直感的な判断の精度を上げ、間違いをなくして行くためのノウハウこそ、ビジネスマンならずとも誰にとっても最重要なノウハウの一つとして認知されていくのではないか。



留意すべき点


今回は具体的なノウハウや留意事項について詳しく述べる余裕がないので、一例を示し、おりを見てまた探求した結果をご報告したいと思う。


行動経済学の研究成果によれば、人は膨大で不確かな情報しか無い時に迅速な判断を求められると、物事を大づかみで直感的に把握することを迫られる。そのために、複雑な物事をできるだけ単純化し、利用しやすい限られた情報や記憶に頼る。それは、時に驚くほど正鵠を得た判断を引き出すこともあるが、物事を単純化するあまり、事象を過度に単純化してしまい、画一的になり、そもそも人は往々にして経験主義に縛られがちなこともあり、新しい要素を見落とし、適正な判断をする妨げになってしまうことも少なくない。


すなわち、情報氾濫の時代に正しい判断を下すためには、従来以上に以下のようなことに気を配ることが必要になると考えられる。


・経験を過度に重視したり、成功体験に固執することが従来以上に

 リスキーであることを認識して、自分が経験や特定の権威の

 言うことに囚われていないか常に反省を怠らないこと。


・最初に目に入った数字や、最初の強い印象に判断が引きずられて

 いないか、都度自分を振り返る習慣をつけること。


・直感的な違和感等の感覚を大事にして、論理だけに判断の采配を

 与えてしまわないようにすること。

等々



一早く取組みたい


情報処理能力の限界を誰でも感じるようになればなるほど、このような学問分野にもどんどん光があたるようになるとは思うが、社会の常識になるにはまだ相当時間がかかるだろう。であればこそ、個人として市場での価値を高めたいと考えている向きには、積極的に取組むと面白い領域だと思う。さらには経営判断のノウハウとして昇華していくだけの価値があると私はかなり真面目に考えている。


<ご参考>

最新 行動経済学入門 「心」で読み解く景気とビジネス (朝日新書)

最新 行動経済学入門 「心」で読み解く景気とビジネス (朝日新書)

ヒューリスティクス - Wikipedia